押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第287話 それ先に言ってくださいよ

 

 冬の午前、六畳間へ差し込む光は白く、窓際だけがまだ少し冷たそうに見えた。暖房の低い運転音が続く中、真壁は押し入れの前で足を止めている。

 

 ミニテーブルの近くでは、理央が座布団に座っていた。本棚のそばではシロガネが丸くなり、古い燭台はいつもの場所から動かない。

 

 真壁が押し入れの戸へ手を掛けたところで、ふと思い出したように言った。

 

「そろそろレヴァニアに仕入れに行かねばならないな」

 

 澪は来週の予定を頭の中でなぞった。

 

 大学もある。それでも動けないほど詰まってはいない。

 

「来週あたりですね。向こうへ行った時に、リュシアさんにも伝えておきます」

 

「うむ」

 

 真壁はそこで戸を開けた。

 

 押し入れの中の暗がりではなく、その先には異世界側の空間が続いている。六畳間の暖房音と、戸の向こうから入ってくるわずかな生活音が一瞬だけ重なった。

 

「飛行船がいよいよ役に立つ。だが、何があるか分からん」

 

 その言い方に、理央が顔を上げた。

 

「仕入れですよね?」

 

「そうだ」

 

「真壁さんが言うと、普通の仕入れに聞こえないんですけど」

 

 真壁は特に反応せず、向こう側へ視線を移している。

 

 澪は理央を見る。

 

「仕入れですよ」

 

「飛行船で外国に行く仕入れが、普通なんですか?」

 

「押入商会では、たぶん」

 

「そこ、ちょっと自信なくなってません?」

 

 澪は答える前に一度口を閉じた。

 

 外国へ買い付けに行く。それだけなら商売としておかしくない。

 

 ただし移動手段が飛行船で、出発口が江古田の押し入れである。

 

 理央が引っ掛かっているところは、たぶんそこだ。

 

 真壁は話を長引かせなかった。

 

「では行ってくる」

 

「はい。お願いします」

 

 真壁が押し入れの向こうへ消える。

 

 戸が閉じると、六畳間にはまた暖房の音だけが残った。

 

 シロガネが一度だけ尻尾を動かす。

 

 理央は閉じた戸を見たまま、しばらく黙っていた。

 

 ついさっきまで、ただの冬の午前だったはずだ。

 

 それなのに、外国への仕入れと飛行船の話が、ゴミ出しの予定でも決めるような調子で終わってしまった。

 

 その違和感を言葉にする前に、澪が理央の方へ向き直った。

 

 

 

「さて」

 

 澪がそう言った瞬間、理央の肩がわずかに上がった。

 

「その『さて』が怖いんですけど」

 

「どうしてですか?」

 

「ここ数日で、だいたい分かってきました」

 

 理央はミニテーブルへ両手を置いた。

 

 身体が重いわけではない。先日飲んだ竜血疲労耐久強化薬のおかげもあって、あれだけ収納を使った割には疲労が残っていなかった。

 

 問題は別にある。

 

 澪が訓練を始める時の言葉を覚えてしまった。

 

「今日は収納を上げません」

 

 理央の顔が少し緩む。

 

「鑑定も上げません」

 

「よかった……」

 

「別のことをします」

 

 緩んだ顔が元に戻った。

 

「やっぱり何かするんじゃないですか」

 

「アルバイトですから」

 

「その一言、強いなあ」

 

 澪は笑いをこらえながら、理央へ鑑定を使った。

 

----------------------------------

飯島理央

分類:人間/異界渡航者

現在ジョブ:作家見習い

レベル:5

前職:箱入り娘 Lv5

状態:異世界再訪/情報過多/軽度疲労

疲労度:38%

身体異常:なし

----------------------------------

基礎能力値

体力:38

筋力:27

器用:76

知力:84

判断:72

精神:69

集中:91

----------------------------------

未使用SP

5

----------------------------------

取得スキル

共鳴:

作文:6

彫金:4

鑑定:7

収納:8

錬金:2

商才:芽あり(+)

薬学:芽あり(+)

並行思考:芽あり(+)

防衛用収納展開:芽あり(+)

雷:芽あり(+)

射撃:芽あり(+)

火:芽あり(+)

収納内時間停止:芽あり(+)

統率個体識別:芽あり(+)

地図:芽あり(+)

移動加速:芽あり(+)

重力:芽あり(+)

転移:芽あり(+)

醸造:芽あり(+)

----------------------------------

加護

成長促進

見守り

----------------------------------

 

 表示そのものは理央には見えない。

 

 そのため理央は、澪の顔を見ながら結果を待っていた。

 

「やっぱり収納と鑑定は動いてませんね」

 

「あれだけ使ったのに?」

 

「はい」

 

 澪は表示をもう一度見直した。

 

 収納Lv8。鑑定Lv7。

 

 少し前までなら、使えば使った分だけ目に見えて数字が上がっていた。けれど今は、昨日までと同じ使い方を繰り返しても変化がない。

 

 だからといって、Lv8の次に見えない壁があると決めるのは早い。

 

「この辺まで来ると、ただ使うだけじゃ難しいのかもしれません」

 

「上げられないってことですか?」

 

「そこまでは分かりません。今までと同じやり方だけでは、という話です」

 

 理央は少し考えてから、テーブルの端を指でなぞった。

 

「ゲームみたいに、経験値が足りないとかじゃないんですね」

 

「少なくとも、数字だけ見ていればいい感じではなさそうです」

 

 澪はそこで、以前真壁から言われたことを思い出した。

 

 あの人は、スキルの数字そのものより、何が欲しいかを先に考えろと言った。

 

「ジョブのレベルが上がる段階で、この技能が欲しい、この能力が欲しいって思えって、真壁さんに言われました」

 

 理央が顔を上げる。

 

「思うんですか?」

 

「ただ欲しいじゃなくて、何に使いたいのかまで考えておいた方がいいみたいです」

 

「じゃあ今のうちに?」

 

「実際に使って、何が足りないのか分かっていた方がいいと思います」

 

 理央は自分の手を見た。

 

 収納はもう30t近い規模を扱える。鑑定も、物を見るだけならかなり細かいところまで拾えるようになった。

 

 それでも、自分が何をしたいかまでは数字の方から教えてくれない。

 

「今日は、収納と鑑定そのものを上げる練習はしません」

 

「それは助かります」

 

「今持っている収納を、別の技能と組み合わせます」

 

 理央は数秒黙った。

 

「……それ、楽な話ではないですよね?」

 

 澪は返事の代わりに、彫金道具を入れてある箱へ手を伸ばした。

 

 

 

 箱の蓋を開けると、金属同士が触れる乾いた音がした。

 

 理央の父、修が選んだ彫金道具だ。使った跡が残る工具に、細い銀線、小さな金具。澪はその横へ、小粒の石をいくつか並べた。

 

 理央の表情が少しだけ変わる。

 

 収納の訓練と言われるより、こちらの方が明らかに食いつきがいい。

 

「今日は収納の中でアクセサリーを作ってみましょう」

 

 理央が道具へ伸ばしかけた手を止めた。

 

「収納、上げないって言いましたよね?」

 

「上げる訓練ではなくて、Lv8を使う訓練です」

 

「言い方で逃げてません?」

 

「逃げてません」

 

 澪はきっぱり答えたが、理央の目はまだ疑っていた。

 

 それでも彫金道具を前にして、やらないとは言わない。

 

 理央は材料を一度見比べ、使うものだけを選んだ。それから工具、銀線、金具、石を収納へ入れる。

 

 靄が薄く広がり、ミニテーブルの上から材料が消えた。

 

「中で分けておくといいですよ。石と金具と銀線、それから途中のものも混ぜないように」

 

「この金具どこだっけ、がない」

 

「分類しておけますから」

 

 理央は収納の中へ意識を向けたまま、少し黙った。

 

 必要なものを探す時、机の上を端から見直す必要がない。

 

 使っていない工具は別。切った銀線は別。作業途中の部品も、完成品に混ざらない。

 

「作業机が散らからないんですけど」

 

「便利ですよね」

 

「これ、彫金やってる人に怒られません?」

 

「どうしてですか?」

 

「机の上で、どこ置いたっけって探す時間まで消えてます」

 

 澪には、それが怒られる理由には思えなかった。

 

 けれど理央にとっては、工具や材料を探す時間まで含めて、これまでの彫金だったらしい。

 

 最初は1個だけ作る。

 

 理央は小さな石を選び、銀線と金具を合わせていく。

 

 制作そのものを収納が勝手にやってくれるわけではない。石の位置を決めるのも、銀線の曲げ方を考えるのも理央だ。

 

 途中、金具の細かな形が気になったところで、錬金を使ってごく小さく整える。

 

 一度直して、もう一度見る。

 

 それでも気に入らず、少し戻す。

 

 澪は横から口を出さなかった。

 

 理央は材料の扱いに慣れている。完全な初心者なら手順を教える必要があるが、今は本人がどこまでできるかを見る方がいい。

 

 やがて、収納から靄とともに小さなアクセサリーが現れた。

 

 理央は手のひらへ載せ、すぐに裏側を見る。

 

「ここ、変じゃないですか?」

 

「鑑定しますね」

 

 澪が意識を向ける。

 

 形状に大きな崩れはない。金具も収まっている。石の見え方も悪くない。

 

 そして、品質の表示で目が止まった。

 

「☆5です」

 

「え?」

 

「品質、☆5です」

 

 理央は一度アクセサリーを見て、それから澪の顔を見る。

 

「ほんとに?」

 

「ほんとです」

 

「私が作ったやつですよね?」

 

「理央ちゃんが作ったやつです」

 

 確認する必要のないところまで確認してから、理央はもう一度手のひらへ視線を落とした。

 

 口元が少し緩んでいる。

 

 収納が便利だったことより、自分が作ったものに☆5が付いたことの方が、今はずっと大きいらしい。

 

 澪はそれを見てから、次に使う材料を2組分だけ取り出した。

 

 

 

 ミニテーブルの一角に、☆5のアクセサリーが置かれた。

 

 その横へ澪が2組分の材料を並べると、理央の目が細くなる。

 

「次は2個同時に作ります」

 

「やっぱり」

 

「やっぱり?」

 

「1個で終わるわけないと思ってました」

 

 理央は材料ではなく澪を見る。

 

「でも、なんで並行して作業しなくちゃいけないんですか?」

 

 言われて、澪は少し考えた。

 

 自分にとって並行思考は便利だ。

 

 大学でも商会でも、やることが一つだけという日はほとんどない。

 

「便利なんです。私も大学のゼミの発表とかで役に立ちました。収納で作業しながら打ち合わせの議事録を作ったり」

 

「それ、便利なんじゃなくてやること増えてません?」

 

「便利ですよ」

 

 理央が黙った。

 

 その視線に押され、澪も一瞬だけ黙る。

 

「今ちょっと考えましたよね」

 

「考えてません」

 

「間がありました」

 

 澪は別の例を探した。

 

 大学では刺さらないなら、もっと理央に近い使い方がある。

 

「真壁さんみたいに収納内でキーボードを操作できるなら、アニメを見ながら別の作業もできるかもしれません」

 

「それ先に言ってくださいよ」

 

 返事が速かった。

 

「ゼミの話よりそっちですか?」

 

「そっちです」

 

 理央は迷わず言い切った。

 

 何に使いたいかを考えろ、と言われた直後に、本人が欲しい理由を見つけている。

 

 方向が正しいのかはともかく、分かりやすい。

 

「では、まず今のままで2個やってみましょう」

 

「取ってからじゃないんですか?」

 

「今できないことを見た方がいいので」

 

 理央は2作品分の材料を収納した。

 

 収納Lv8なら、2つの制作途中品を分けて置くこと自体は難しくない。

 

 問題は理央の方だった。

 

 一つ目の銀線を曲げる。

 

 次に二つ目へ移り、石の位置を見る。

 

 また一つ目へ戻る。

 

「……あれ」

 

 理央の動きが止まった。

 

「どこまでやりました?」

 

「今それ考えてます」

 

 再び一つ目へ集中し、その状態を思い出す。

 

 今度は二つ目が薄くなる。

 

 しばらく見ていた澪は言った。

 

「それ、交互にやってるだけですね」

 

「やっぱり?」

 

「かなり速く切り替えてますけど、同時ではないです」

 

 理央自身も分かっていた。

 

 戻るたび、一瞬だけ「どこまでやったっけ」が入る。

 

 収納の中には2つとも残っているのに、頭の中では片方ずつしか前へ出てこない。

 

 澪は理央へ鑑定を使った。

 

「並行思考、芽ありのままです。+も付いてます」

 

「1SPで取れるやつ?」

 

「はい」

 

 理央はほとんど迷わなかった。

 

「取ります」

 

「早いですね」

 

「アニメ見ながら使えるんですよね?」

 

「そこを目的にするんですか?」

 

「小説にも使えそうだし」

 

 後半が付いたので、澪は何も言わなかった。

 

 理央が取得を意識する。

 

 数字だけが増えたような派手な感覚はなかったらしい。それでも本人の鑑定結果は確かに変わった。

 

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飯島理央

分類:人間/異界渡航者

現在ジョブ:作家見習い

レベル:5

前職:箱入り娘 Lv5

状態:異世界再訪/情報過多/軽度疲労

疲労度:38%

身体異常:なし

----------------------------------

基礎能力値

体力:38

筋力:27

器用:76

知力:84

判断:72

精神:69

集中:91

----------------------------------

未使用SP

4

----------------------------------

取得スキル

共鳴:1

作文:6

彫金:4

鑑定:7

収納:8

錬金:2

並行思考:1

商才:芽あり(+)

薬学:芽あり(+)

防衛用収納展開:芽あり(+)

雷:芽あり(+)

射撃:芽あり(+)

火:芽あり(+)

収納内時間停止:芽あり(+)

統率個体識別:芽あり(+)

地図:芽あり(+)

移動加速:芽あり(+)

重力:芽あり(+)

転移:芽あり(+)

醸造:芽あり(+)

----------------------------------

加護

成長促進

見守り

----------------------------------

 

「取れました」

 

「では、もう一度」

 

「休憩なし?」

 

「まだ始めたばかりですよ」

 

「そうでした」

 

 理央は少しだけ嫌そうな顔をしたが、すぐ収納の中の2作品へ意識を戻した。

 

 今度は片方へ集中しても、もう片方がどこまで進んでいるかが、完全には消えなかった。

 

 

 

 並行思考を取った後は、同じ2個でも動きが変わった。

 

 一つ目の銀線を整えている間も、もう一つの石と金具がどの状態にあるかが頭から落ちない。

 

 完全に別々の手が2組あるわけではない。

 

 それでも、戻るたびに「どこまでやったっけ」と探し直す時間がなくなった。

 

「これならいけるかも」

 

 理央の声にも余裕が戻っていた。

 

 六畳間は静かだった。

 

 工具が触れる小さな音と、衣服がこすれる音。暖房の風が低く流れ、本棚の近くではシロガネが何もしていない猫の顔で座っている。

 

 古い燭台も、いつもと何も変わらない。

 

 それなのに、理央の視線が一度、燭台へ動いた。

 

 すぐ作業へ戻る。

 

 少しして、今度はシロガネへ。

 

「……なんか集中しづらいんですけど」

 

 澪は理央を見る。

 

 並行思考を取った直後だ。使い方に慣れていないせいかと思ったが、理央の視線は作業中の2作品ではなく、燭台とシロガネの方へ引かれている。

 

 その組み合わせに、澪は覚えがあった。

 

 アメジストのペンダントを作った時も、この2人は理央用だと分かった途端に加護を付けた。

 

 澪は古い燭台とシロガネを順番に見る。

 

「お二人とも、加護を付けようとしてません?」

 

 返事がない。

 

 その沈黙が、むしろ怪しい。

 

「売り物にしますので、やめてください」

 

『……そうか』

 

 燭台の神様から返事が来た。

 

『分かった』

 

 続いてシロガネ。

 

 理央の手が止まる。

 

「止まるんだ」

 

「売り物ですから」

 

「そこは分かってくれるんですね」

 

 シロガネは前足を揃えたまま、何事もなかったように目を細めている。

 

 燭台も当然ながら動かない。

 

 澪は念のため制作途中の2作品を鑑定した。

 

 加護は付いていない。

 

「大丈夫です。まだ付いてません」

 

「よかった……販売したアクセサリーに神様の加護が付いてたら、どう説明すればいいのか分からないです」

 

「説明しないで売るわけにもいきませんからね」

 

「そこ真面目に考えるんですね」

 

「商品ですから」

 

 理央は小さく息を吐き、作業へ戻った。

 

 邪魔が止まると、2作品は最後まで途切れず進んだ。

 

 銀線を整え、金具の細かな形を錬金で直し、石の収まりを見直す。

 

 やがて2個が完成する。

 

 澪は並べた作品へ鑑定を使った。

 

 どちらも品質は☆4だった。

 

「☆5じゃない?」

 

「はい。若干、品質は落ちるみたいですよ」

 

 理央は先に作った☆5と、今の2個を見比べた。

 

 見た目だけなら、大きな差には見えない。

 

「神様に気を取られたからですか?」

 

「それだけとは決められません。並行して作った分、1個だけに集中した時より注意が分かれた可能性もあります」

 

「2個できたから、単純に2倍ってわけじゃないんだ」

 

「でも☆4なら、十分売り物になりますよ」

 

 理央が顔を上げた。

 

「売り物?」

 

「はい」

 

 澪にとっては自然な答えだった。

 

 完成していて、品質にも問題がない。

 

 理央はまだ訓練品のつもりだったらしく、机の上の2個を見る目が少し変わった。

 

 

 

 ☆5の1個と、☆4の2個を端へ寄せたあと、澪は新しい材料を3組用意した。

 

 理央はもう驚かなかった。

 

「では3個にしましょう」

 

「ですよね」

 

「慣れてきましたね」

 

「澪さんのやり方にです」

 

 3組は、理央が混同しにくいよう、色や大きさの違う石を選んだ。

 

 銀線と金具もそれぞれ分けて収納へ入れる。

 

 2個までなら、片方へ意識を向けても、もう片方の状態は残っていた。

 

 3個になると、その感覚が急に不安定になる。

 

 一つ目を進める。

 

 二つ目を見る。

 

 三つ目へ移った瞬間、一つ目か二つ目の細かい状態が薄くなる。

 

「2個なら分かるのに、3個になると1個どっか行きます」

 

「収納からは消えてませんよ」

 

「頭の中でです」

 

「ああ」

 

「今、物が消えたみたいに言わないでください」

 

 理央は口では返しながらも、意識は収納の中へ向いたままだ。

 

 3つ全部を同じ強さで考えようとすると、かえって順番が絡む。

 

 そこで一度、手を止めた。

 

「全部を同時に考えなくてもいいのか……」

 

 今加工しているもの。

 

 次に触るもの。

 

 状態だけ覚えておくもの。

 

 理央は3つへ付ける意識の強さを変えた。

 

 一つ目の金具を調整しながら、二つ目は次に触る場所だけを残し、三つ目は工程がどこまで進んでいるかだけを保持する。

 

 すると、さっきより見失いにくい。

 

 澪は口を出さずにしばらく見てから、試しに声を掛けた。

 

「理央ちゃん」

 

「はい?」

 

「次、どれを触ります?」

 

「2個目の石座です。そのあと3個目の銀線」

 

 答えてから、理央が目を見開いた。

 

「今しゃべったのに、中の3つ分からなくならなかった」

 

「並行思考は収納専用じゃありませんから」

 

「これ、本当に便利かも」

 

「でしょう?」

 

「でも3つになると頭がこんがらがります」

 

「そこは慣れですね」

 

「また慣れ」

 

 理央は呆れたように言ったが、作業は続けた。

 

 銀線の曲がりを直し、金具の細部へ錬金を使う。

 

 3つを完全に同時に加工しているわけではない。それぞれの状態を落とさず、次に触る順番を変えながら進めている。

 

 最後の1個を出した時、理央は肩を回した。

 

「終わった」

 

「では見ますね」

 

 澪が3個を順に鑑定する。

 

 すべて☆4。

 

 そして理央本人へ意識を向けたところで、表示が変わっていることに気づいた。

 

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飯島理央

分類:人間/異界渡航者

現在ジョブ:作家見習い

レベル:5

前職:箱入り娘 Lv5

状態:異世界再訪/情報過多/軽度疲労

疲労度:38%

身体異常:なし

----------------------------------

基礎能力値

体力:38

筋力:27

器用:76

知力:84

判断:72

精神:69

集中:91

----------------------------------

未使用SP

4

----------------------------------

取得スキル

共鳴:1

作文:6

彫金:5

鑑定:7

収納:8

錬金:3

並行思考:2

商才:芽あり(+)

薬学:芽あり(+)

防衛用収納展開:芽あり(+)

雷:芽あり(+)

射撃:芽あり(+)

火:芽あり(+)

収納内時間停止:芽あり(+)

統率個体識別:芽あり(+)

地図:芽あり(+)

移動加速:芽あり(+)

重力:芽あり(+)

転移:芽あり(+)

醸造:芽あり(+)

----------------------------------

加護

成長促進

見守り

----------------------------------

 

「収納と鑑定は上がってません」

 

 理央の肩から力が抜けた。

 

「よかった」

 

「並行思考と彫金と錬金は上がりました」

 

「結局3つ上がってるじゃないですか!」

 

 澪は表示を見直した。

 

 収納Lv8、鑑定Lv7、作文Lv6、作家見習いLv5はそのまま。未使用SPも、並行思考の取得に1使ったので4だ。

 

 理央は文句を言いながらも、並行思考Lv2の方が気になるらしい。

 

「これ、小説にも使えますよね?」

 

「使えると思います」

 

「本文書きながら資料探したり」

 

「はい」

 

「設定を頭に置きながら次の場面考えたり」

 

「できますね」

 

「編集さんと話しながら修正考えたり?」

 

「かなり相性いいと思いますよ」

 

 理央は数秒黙った。

 

「……めちゃくちゃ使えるじゃないですか」

 

「だから便利だって」

 

「アニメの話からしてくださいよ」

 

「そこに戻るんですね」

 

 澪は少し笑ってから、さっき真壁の話をした理由へ戻った。

 

「次に作家見習いのレベルが上がる時、何が欲しいか考えておいてくださいね」

 

「収納Lv9」

 

「レベルじゃなくて、何ができるようになりたいかですよ」

 

「あ」

 

 理央は少し考える。

 

「もっと大きいものを扱える収納」

 

「はい」

 

「あと、今より細かいところまで分かる鑑定」

 

「そういう感じです」

 

「いっぱい思っておいた方が得じゃないですか?」

 

「欲張れとは言われてません」

 

「でも欲しいものは欲しいです」

 

「それはそうですけど」

 

 否定しきれず、澪は口を閉じた。

 

 理央はもう、収納Lv9という数字ではなく、その先で何をしたいかを考え始めていた。

 

 

 

 訓練が終わると、ミニテーブルの上には完成したアクセサリーが並んでいた。

 

 最初に1個だけ作った☆5。

 

 2個並行で作った☆4が2個。

 

 さらに3個並行で作った☆4が3個。

 

 工具はまだ完全には片づいておらず、細い銀線と金具が机の端に残っている。

 

 理央は完成品を見ながら、ようやく作業が終わった顔をしていた。

 

 澪は☆5と☆4をもう一度見比べる。

 

 鑑定では差が出る。

 

 ただ、普通に見ただけで「こちらが☆5、こちらが☆4」と分かるほど大きな違いではない。

 

「できたもの、どうします?」

 

 理央が顔を上げた。

 

「どうするって?」

 

「通販します?」

 

「売るんですか?」

 

 質問の速さに、澪の方が少し驚いた。

 

「☆4なら十分売り物になりますよ」

 

「これ訓練で作ったんですけど」

 

「この前も似たようなこと言ってませんでした?」

 

 理央が黙る。

 

 川底の泥を分けていた時も、訓練で出来た物をリュシアが次々と商品へ回した。

 

 その時は理央も、商人しかいない、と呆れていた。

 

 理央は澪をじっと見る。

 

「……澪さん、リュシアさんに影響されてません?」

 

「そうですか?」

 

「前より売る判断が早くなってます」

 

 言われてみれば、否定しきれない。

 

 使える物を作ったのなら、眠らせておく理由もない。

 

 そう考える速度は、確かに以前より上がっている。

 

 理央は最初の☆5を手に取った。

 

「これは?」

 

「これは残しておきません?」

 

「なんで?」

 

「1個だけ作った時の基準になりますから。今度、並列でも☆5が作れるようになったか比べられます」

 

「ああ」

 

 理央は☆5を手のひらで少し傾け、次に☆4の一つを持った。

 

 見た目はどちらも自分が作ったアクセサリーだ。

 

 けれど、制作した時の感覚は違う。

 

 1個へ全部の注意を向けたものと、複数を頭から落とさないようにしながら作ったもの。

 

 その差を残しておけば、次に自分がどこまで上手くなったかも分かる。

 

「じゃあ、これは残す」

 

「はい」

 

 澪は☆5を別に置いた。

 

「なので☆4を売りましょう」

 

「そっちは即決なんですね」

 

「商品として問題ないですから」

 

「やっぱり影響されてる気がする」

 

 理央はそう言いながらも、止めなかった。

 

 机の上の☆4を一つずつ集め、通販へ回す側へ寄せていく。

 

 訓練で作っただけの品だったはずなのに、並べ方が変わっただけで、理央の目にも少しずつ商品らしく見え始めていた。

 

 

 

 冬の光が少し傾き、ミニテーブルの上の銀が白く反射していた。

 

 澪はスマホを構え、☆4のアクセサリーを一つずつ撮っていく。

 

 石の色が飛ばない角度。

 

 銀線の形が分かる向き。

 

 裏側も見えるように置き直す。

 

 理央はその横で、画面と実物を交互に見ていた。

 

「商品名、どうします?」

 

「私が決めるんですか?」

 

「作った人ですから」

 

 理央の指が止まる。

 

 小説なら、自分が書いたものへ題名を付けることは何度もやってきた。

 

 でも、今スマホの横に並んでいるのは文章ではない。

 

 自分の手で作ったアクセサリーだ。

 

「商品説明もお願いします」

 

「それも?」

 

「作家ですから」

 

「便利に使われてません?」

 

「適材適所です」

 

 理央は疑わしそうに澪を見たが、文章を書くこと自体には抵抗がない。

 

 スマホを受け取ると、実物を見ながら入力を始めた。

 

 石の色。

 

 銀の形。

 

 大きさを誤解しないための説明。

 

 身につけた時にどう見えるか。

 

 小説の紹介文とは違う。雰囲気だけを書いても、買う側には伝わらない。

 

 何度か文字を消し、実物を持ち上げてから書き直す。

 

「これ、小説のあらすじより難しくないですか?」

 

「用途が違いますからね」

 

「小説なら多少ぼかしてもいいのに」

 

「商品はぼかさない方がいいですね」

 

「ですよね……」

 

 理央は少しだけ唸り、また画面へ戻った。

 

 その時、視界の端に古い燭台が入った。

 

 本棚の近くにはシロガネもいる。

 

 理央の指が止まった。

 

「……加護、付いてませんよね?」

 

 澪も同じことを思い出した。

 

「見ます」

 

 通販へ出す5個を順に鑑定する。

 

 どれにも加護は付いていない。

 

「付いてません」

 

「よかった」

 

 理央はそこで燭台とシロガネへ顔を向けた。

 

「売り物なのでお願いしますね」

 

 理央がそう言うと、神々の掲示板に新しい書き込みが増えた。

 

----------------------------------

【販売品への加護について】【付与中止】

 

001:燭台

 付けぬ。

 

002:鎮守

 分かった。

----------------------------------

 

「ちゃんと分かってるんだ」

 

「一度止めましたからね」

 

 理央は安心したようにスマホへ戻った。

 

 澪が最後に商品ページを見直す。

 

 一般の通販商品として必要な範囲だけが載っている。

 

 品質☆4という鑑定結果は書かない。

 

 加護もない。

 

 魔法的な効果を売る商品ではなく、普通のアクセサリーとして並べる。

 

「これで出しますね」

 

「はい」

 

 澪が公開操作をする。

 

 画面が切り替わった。

 

 そこには、理央が作ったアクセサリーの写真と、自分で考えた商品名、自分で書いた説明文が並んでいる。

 

 理央はしばらく画面を見たまま動かなかった。

 

「……ほんとに出てる」

 

「出ましたね」

 

 小説が商品として売られることは、もう知っている。

 

 アクセサリーを作ることも、初めてではない。

 

 けれど、自分が作ったアクセサリーが、自分の作品として誰かに選ばれる場所へ並んだのは初めてだった。

 

「売れるかな」

 

「☆4ですよ」

 

「その☆、お客さんには見えませんよね?」

 

「見えませんね」

 

「じゃあ普通に不安なんですけど」

 

 理央はそう言いながら、もう一度商品ページを上から見直した。

 

 傾いた冬の日差しが、スマホの画面と机の上に残した☆5のアクセサリーを同時に照らしていた。

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