真壁はセリムの視線を受けたまま、返事を急がなかった。
窓から入る夕方の光は、もうかなり弱い。
治療院には酒精と薬の匂いが残り、その奥ではアイリンが眠っている。
ハリルは寝台のそばに戻り、アイリンの呼吸を見ながら脈を取っていた。
その数歩手前で、祖父は軍務責任者の顔に戻っている。
「まず大きさを聞こう」
「全長は約200mだ」
セリムの目が止まった。
「200m……」
「大型貨物を運ぶための船だからな」
「どの程度の速さで飛ぶ」
「通常の経済運航で約150km/hだ」
セリムは返事をせず、次の問いを重ねた。
「貨物だけか」
「いや」
「人も運べるのか」
「運べる」
治療院の奥で布を絞る音がした。
セリムはそちらを一度も見なかった。
「兵士もか」
「乗せれば運べる。当然だ」
「街道を使わずに?」
「空を飛ぶ船だからな」
乾いた返答だった。
だが、その答えこそセリムが聞きたかったものらしい。
彼の視線が、真壁の顔から外れなくなった。
「王都近くまで、その速度で来られるのか」
「航路と運用条件次第だ」
「途中の関所は」
「空にはない」
そこで真壁は、質問の向きが商売から外れたことに気づいた。
何を運ぶかではない。
どこまで来られるのか。
誰が止めるのか。
セリムが知りたいのは、そこだった。
真壁は奥の寝台へ視線をやった。
この話を続ける場所ではない。
「場所を変えよう」
セリムも同じ結論だったらしい。
「そうしよう」
ハリルが顔を上げる。
「アイリンは私が見ておく」
「頼む」
セリムの返事だけが、ほんの一瞬祖父の声に戻った。
治療院を出ると、外気はさらに冷えていた。
ルネスタから来た使いが先に立ち、真壁とセリムは政府側の施設へ向かう。
歩きながらも、真壁の頭に残っていたのは200mという数字ではない。
セリムが恐れているのは、船の大きさそのものではなかった。
止められるかどうかだ。
会議室の長机には、王都から北部集積地、カルダノ、国境方面までを描いた地図が広げられていた。
窓の外は暗くなり、机の上だけがランプの火で明るい。
セリムのほかに、通商担当官と最低限の補佐役が席についた。
真壁は椅子へ座る前に地図へ目を落とす。
道路には線がある。
国境にも線がある。
関所を置ける場所も、街道の曲がり方も描かれている。
だが、その上には何もない。
「外国の大型飛行船を、王都近くまで自由に飛ばすことは認められない」
セリムは最初に結論を置いた。
「理由を聞こう」
「どこを飛ぶ」
「航路を決めればよい」
「その航路を外れたら?」
真壁は答えず、続きを待つ。
「止まれと命じて、従わなかったらどうする」
通商担当官が地図から顔を上げた。
「どこまで王都へ近づける」
「誰がそれを見張る」
「夜ならどうする」
質問が続くほど、真壁の視線は地図の上から空白へ移った。
地上の道を管理してきた国が、道のない空を初めて相手にしている。
真壁はようやく口を開いた。
「制空権に不安がおありですかな?」
セリムの眉が動く。
「……制空権?」
「自国の上空を飛ぶものを把握し、必要なら止められるか。その力だ」
会議室の空気が一段硬くなった。
「許可しなければ飛ばせない」
「入国を認めない。それは御国の判断だ」
真壁はそこで一拍置いた。
「だが、許可しないと言えば、飛んでいる船が消えるわけではない」
セリムの指が地図の端で止まる。
「私どもが無断で飛ぶと言っているのではない」
真壁は声を強めなかった。
「今後、同じ技術を持つ者が現れた時の話だ」
ランプの火が小さく揺れた。
「飛ぶな、と言う」
真壁は何も描かれていない地図の上へ視線を置く。
「それで本当に止められるのか?」
誰もすぐには答えなかった。
セリムが見ていたのは、もう押入商会の船だけではなかった。
外は完全に夜になっていた。
役所内を歩く足音も減り、会議室には紙をめくる音とランプの燃える音だけが残っている。
「そこまで危険なら、最初から国内へ入れなければよい」
セリムが言った。
真壁はすぐには返さなかった。
地図から目を上げ、向かいに座る男を見る。
「ある国の話をしよう」
「何の話だ」
「外国との往来を、長い間強く制限していた国だ」
通商担当官の視線も真壁へ向く。
「その間にも、外の世界は変わった」
「技術も進んだ」
「やがて支配する者たちは、外の技術を欲しがるようになった」
真壁はそこで言葉を切った。
「だが、それを持ってくる外国人には近づいてほしくない」
セリムの口元がわずかに固くなる。
「欲しい、だが来るなでは子供と変わらん」
「随分な言い方だな」
「事実は遠慮しても変わらん」
真壁は机上の地図には触れなかった。
今話している国は、この紙のどこにもない。
「外との技術差は広がった」
「外国からの圧力も強くなった」
「国内では、従来の支配層への不満が積もった」
「やがて地方の有力者たちが立ち上がった」
セリムが腕を組む。
「結局、その政権は滅びた」
「外国に滅ぼされたのか」
「いや。国内の者たちにだ」
通商担当官が息を置いた。
真壁はその反応を待たずに続ける。
「技術を拒んだから滅びた、と言いたいのではない」
「世界が変わっているのに、自分たちだけ変わらずに済むと思った。その結果だ」
セリムはしばらく黙っていた。
飛行船を入れなければ、飛行船という技術まで消えるわけではない。
むしろ国外だけで進めば、差は残る。
セリムが組んでいた腕を解いた。
何かを決めたように、地図から真壁へ視線を戻す。
真壁の表情は変わらなかった。
次に来る問いは読めていた。
「ならば、我が国にもその船を売れないか」
セリムは地図ではなく真壁を見ていた。
通商担当官も口を挟まない。
「それは断る」
真壁の返答には間がなかった。
セリムの眉が上がる。
「外の技術を知れと言ったのは真壁殿だろう」
「知ることと、外国軍へ渡すことは別だ」
「商船として買う」
「大型貨物を運べる船は、人も運べる」
真壁はさきほど自分が答えた内容を、そのまま返した。
「兵士も運べる」
「外国軍へ軍事転用可能な大型輸送船を供給する」
「それを一商会だけで決める気はない」
セリムはすぐに引かなかった。
「船体だけでも駄目か」
「船だけ渡して終わる品ではない」
真壁は指を折って数えなかった。
必要なものだけを順に口にする。
「操縦士がいる」
「整備がいる」
「魔石も交換部材も係留設備もいる」
「運航手順まで含めて、初めて船として動く」
セリムの目が細くなる。
「なら技術を教えろ」
「それも断る」
また即答だった。
「では、レヴァニア軍が持つ最新の軍事技術を、外国商会である私に一式渡していただけますかな?」
「渡すわけがない」
「同じことだ」
会議室が静かになる。
真壁は椅子へ深く座り直した。
「ただし、何も見せんと言っているわけではない」
セリムが視線を戻す。
「初回入港は、地上から監察してもらえばよい」
「進入、着陸、係留、荷役、検査まで見てもらう」
「その後、監察担当者を少人数乗せる」
「王都中心部を避けた指定空域で、短い確認飛行をする」
通商担当官が初めて身を乗り出した。
「実際の民間運航を、こちらが自分の目で見られるということですか」
「そうだ」
真壁は頷いた。
「核心技術を渡すことと、通常運航を見せることは別だからな」
セリムはすぐには答えない。
だが、最初の「売れ」から話の位置は確実に動いていた。
「それでも、定期的に外国の飛行船を入れることには慎重にならざるを得ない」
セリムは監察案を退けなかった。
ただ、そこで許可へ進むほど軽くもなかった。
「それでもよい」
真壁が言った。
通商担当官が顔を上げる。
「よいのですか」
「飛行船を拒否する。それは御国の自由だ」
真壁は地図へ手を伸ばした。
指先が王都から北へ動く。
カルダノを越え、その先の火山東街道で止まった。
「ならば従来通り、ここを使おう」
セリムの視線も指先を追う。
「軍が継続して安全を確保していただけるのであればな」
その一言で、セリムの表情が変わった。
「軍は必要な対応をしている」
「承知している」
真壁は否定しない。
「だから費用がかかる」
街道を使えば商隊が来る。
護衛が要る。
魔物が増えれば討伐が要る。
時間がたてば、また増える可能性もある。
「それを続けることになる」
真壁の指は火山東街道から動かない。
「費用も、兵の損耗も御国持ちだ」
通商担当官が小さく息を吐いた。
「以前、一度大量の食料を買い取ってもらいました」
「鉄と銅も入れていただいた」
「ですが、国境側の物流そのものが戻ったわけではありません」
真壁は何も言わず、続きを促した。
「麦も大麦も豆も、また余り始めています」
「鉄と銅は逆に足りなくなってきた」
セリムが地図へ目を落とす。
レヴァニア国内の街道は動いている。
詰まっているのは、その先へ抜ける国境側だった。
「空を使わない。それも選択だ」
真壁は手を引く。
「ならば地上を維持しなければならん」
「空も使わん。地上の安全も維持せん」
真壁は通商担当官を見る。
「それでは商人に商売をするなと言っているのと同じではないか」
通商担当官は返事をしなかった。
代わりに、セリムへ視線を向けた。
飛行船を入れる危険だけでは、もう比較できなくなっていた。
議論が長引き、補佐役がランプの芯を直した。
地図は王都郊外が中央へ来るよう置き直されている。
「少なくとも、外国飛行船を王都中心部へ自由に飛ばす形は認められない」
セリムが言った。
「私も自由に飛ばす気はない」
真壁の返事に、セリムが一度だけ瞬きをした。
「なら、どうする」
「入口を一つ作ろう」
真壁は王都中心部から少し離れた地図上へ指を置く。
「外国飛行船は、そこへだけ入る」
「王都へ直接行かせない」
「人も荷もそこで確認する」
通商担当官が地図へ身を寄せた。
「そこで積荷検査と関税処理ができます」
「荷車へ積み替えれば、国内の街道にも流せる」
セリムも同じ場所を見る。
「軍もそこだけを重点的に監視できる」
「そういうことだ」
真壁は指を離した。
「空の関所にすればよい」
抽象的だった空の話が、一気に土地と役人の話へ戻った。
「進入航路はそちらで指定してくれ。着陸地点も1か所でよい」
「最初は貴商会の1隻だけだ」
「構わん。乗員と積荷も事前に出そう」
通商担当官が続ける。
「着陸後はこちらで積荷を検査し、通常の関税をいただきます」
「当然だ」
「警備も置く。初回は地上から監察する」
「荷役と検査のあとなら、監察担当者を乗せてもよい。王都中心部を避けた指定空域を短く飛ぼう」
条件が一つ増えるたび、セリムの顔から「止められない船」という色が薄くなる。
代わりに、「管理する外国船」へ変わっていく。
「土地は我が国のものとする」
「当然だ」
「押入商会には使用権だけを認める」
「それでよい」
「将来の拡張は今回の結果を見てから再協議だ」
「異論はない」
通商担当官が紙へ目を落とす。
「まずは1隻分の試験施設ですね」
「係留、荷役、検査、警備ができればよい」
真壁は答えた。
セリムが最後に確認する。
「候補地をこちらで出す」
「現地を見て、問題がなければ1隻分の試験ドック建設を許可する」
「それで進めよう」
真壁の返事は早かった。
ようやく飛行船を入れるかどうかの議論が、どこへ入れるかの議論へ変わった。
王都郊外の候補地へ着いた時には、夜気が地面まで冷やしていた。
住宅の灯りは遠く、主要街道へつなげられる空き地が暗がりの中に広がっている。
進入側には高い建物が少なく、風が枯草を低く倒していた。
土地担当者がランプを掲げる。
「使用できるのは、この範囲です」
真壁はまず境界を歩いた。
掘ってよい範囲を聞く。
街道へ荷車を出す位置を聞く。
警備側が視界を確保したい方向も聞く。
セリムは黙ってその様子を見ていた。
真壁は早く作る。
だが、許可されていないところまで早くする気はない。
「今日は現地を見て、明日から測量を――」
土地担当者が話し始める。
「職人の手配と資材の搬入も必要ですので」
真壁は足元の土を少量取った。
鑑定する。
少し位置を変え、今度は狭い範囲だけ収納で土を抜く。
露出した地層へ目を留める。
空洞はない。
極端に軟らかい層でもない。
地下水も、この位置では問題になりにくい。
真壁は露出した地層をもう一度鑑定した。
「ここなら問題ない」
土地担当者が位置を確かめる。
「そこなら許可された範囲内です」
セリムが真壁へ向き直った。
「1隻分の試験ドック建設を許可する」
「では、明日から職人を――」
「始めるのは今だ」
土地担当者の声が止まった。
セリムも真壁を見る。
「……今?」
「許可はいただいた。待つ理由はないではないか」
真壁はもう次の位置へ移っていた。
必要な範囲だけ土を収納する。
出した土は邪魔にならない場所へ分ける。
次に、収納から係留用の基礎部材を出した。
続いてアンカー部材、規格鉄材、規格木材が順に現れる。
靄が消えるたび、何もなかった土地へ材料が増えていく。
「資材搬入は……」
土地担当者が言いかける。
「終わっている」
真壁は短く答えた。
係留設備を組む。
荷を降ろせる平坦な場所を取る。
積荷を検査する場所と、荷車が寄れる動線を分ける。
役人と警備が待てる小さな場所を置き、最低限の雨除けも組む。
進入側には余計な物を置かない。
最初は質問していた担当者たちが、途中から何も言わなくなった。
用意していた部材を、決めた工程で出し、組み、置き、次へ進んでいるだけだ。
その「だけ」が異様に速い。
夜がさらに深くなった頃、真壁は最後の位置を見回した。
「これで1隻は入る」
周囲から返事がない。
セリムは完成した試験ドックと、許可範囲の境界を見比べた。
真壁は確かに速かった。
そして、1隻分より先へは1歩も出ていなかった。
真壁はそのまま帰るつもりだった。
王都へ戻る頃には、試験ドックの話は真壁より先に商人たちへ届いていた。
王都へ戻ったところで、ルネスタに捕まった。
「帰る前に寄ってください」
「もう夜だぞ」
「だからです」
連れて行かれた先には、すでに何人もの商人が集まっていた。
木の卓には麦パンと豆料理、肉、それに酒が並んでいる。
政府の会議室とは違い、声が大きい。
皿も鳴る。
火の暖かさまで、さっきまでの冬の空き地と別世界だった。
「とりあえず飲め!」
誰かが真壁の前へ酒器を置く。
「まだ何も運んでいないぞ」
「運べる場所ができた!」
「道筋ができたなら十分だ!」
空路の正式運航が始まったわけではない。
それでも、飛行船を受け入れる条件と場所に目処が立った。
荷が止まっていた商人たちには、それだけで祝い事らしい。
ルネスタは酒を煽らず、卓の端で話を聞いている。
宴会をしたいのではない。
商機が生まれたので、関係する者を集めただけだ。
「麦ならある。ありすぎる!」
穀物商がパンを指した。
「大麦もだ」
「豆も買ってくれ」
「食料ばかりでは困る」
反対側から声が飛ぶ。
「こっちは鉄だ」
「銅も欲しい」
真壁は酒器へ手を伸ばさず、先にそちらを見る。
「鉄はまた足りなくなったのか」
「あの時は助かった」
「だが次が来ない」
別の商人が割り込む。
「荷車を回せても、国境を越えるところで高くつくんだ」
「高品質ポーションも回せるのか?」
「魔石はどうだ。こっちも足りん」
別の卓から声が重なった。
「量は戻って確認する。今ここで大口は約束できん」
真壁が答えると、今度は何をどれだけ欲しいのかを商人たちが勝手に競い始めた。
「真壁殿、飲まないのか」
「話を聞いている」
「飲みながら聞け!」
押しつけられた酒器を、真壁はようやく手に取った。
麦を売りたい声、鉄を欲しがる声、ポーションと魔石を求める声が、卓の上でぶつかっている。
空に作ろうとしている道を使いたがる者は、少なくともここには大勢いた。
酒席が続く中、真壁の目が卓上の酒器で止まった。
透明なだけではない。
薄い色の重なりや、縁の形、表面の研磨に職人の手が見える。
「それは上物ですよ」
視線に気づいた商人が言った。
「ガラスか」
「ええ。王都でも良い工房の品です」
真壁は酒器を持ち上げ、ランプへ透かした。
レヴァニアには透明ガラスを作る技術がある。
しかも、ただ容器を作るだけではなく、工芸品として仕上げる職人がいる。
ならば完成品を持ち込んで競う必要はない。
真壁は収納へ意識を向けた。
掌の上へ靄が広がる。
消えたあとには、透明な粒が少量残った。
「こういう材料ならどうだ」
さきほどまで赤い顔で笑っていたガラス関係の商人が止まった。
「……見せてくれ」
一粒を取る。
ランプへ透かす。
角度を変える。
もう一粒取る。
酒器は卓へ置かれたままになった。
「濁りが少ない」
別の粒と見比べる。
「気泡も……ほとんど見えない」
「粒も揃っている」
酔った顔から、商人の顔へ戻っていく。
「……これを、揃えて作れるのか?」
「量は確認する。品質は揃えられる」
「完成品ではないのか」
「材料だ」
その答えで、逆に食いつきが強くなった。
「材料として工房へ入れられるなら話が違う」
「炉での扱いを見たい」
「試せる量は?」
「最初は試験量だ」
真壁はそこで線を引く。
「こちらで完成品まで作る必要はないではないか」
ガラス商人が顔を上げる。
「御国の職人が作る。その上物を、こちらが買ってもよい」
今度は周囲の商人まで黙った。
外国から完成品を売りつけられる話ではない。
自分たちの職人が使える材料が来る。
真壁は透明な粒を一つ転がした。
押入商会が全部作る必要はない。
腕のある者がいるなら、材料を渡した方が早い。
透明な粒で空気が変わると、今度は金属関係の商人が真壁へ身を寄せた。
「鉄と銅以外はどうなんだ」
「何が要る」
「何が出せる」
真壁は酒席の勢いに合わせて在庫を約束する気はなかった。
売れると言われれば、まず用途を聞く。
「錫は使うか」
「使う」
用途を聞き、真壁は次へ進む。
「鉛は?」
これも需要はあった。
ただし、真壁は使い道を先に聞いた。
毒性を知っている以上、食器や飲み物に関わる用途へ安易に勧める気はない。
「ニッケルはどうだ」
金属商の反応が変わった。
「出せるのか」
「少量なら出せる」
「どれくらい継続できる?」
「継続量は戻って確認しよう」
魔石について聞かれても答えは同じだった。
欲しがる者がいることと、大量に売ってよいことは別だ。
料理の皿がほとんど空になる頃には、卓の上に次の商談候補だけが増えていた。
真壁はようやく席を立つ。
「今度こそ帰る」
「次は荷を持って来てくれ」
「条件を確認してからだ」
外へ出ると、酒席の熱気が一気に遠ざかった。
冬の夜風が外套を揺らす。
王都の明かりを背にし、真壁は以前使った安全な地点まで歩いた。
地図で周囲を見る。
人の密集はない。
転移を見られる位置にも誰もいない。
真壁はその場から姿を消した。
帰還後、リュシアと顔を合わせる。
リュシアは真壁を見るなり聞いた。
「で、仕入れに行けそうなのかい?」
「問題ない」
真壁は外套を脱ぐ。
リュシアが続きを待つ。
「ドックも作ってきた」
リュシアの手が止まった。