暖房の低い作動音が、六畳間の隅で続いていた。
窓の近くにはまだ冬の冷気が残っている。ミニテーブルの上には理央のノートと筆記具、その横には使い終わった彫金道具がまとめて置かれていた。
理央は座布団の上で膝を抱え、澪が自分を鑑定するのを待っている。
「……あれ?」
「何か変ですか?」
澪は表示を一度閉じかけて、もう一度開いた。
「並行思考、Lv3になってます」
「え?」
理央がすぐに身を乗り出した。
「この前、Lv2でしたよね?」
「はい。私もそう覚えてます」
共鳴Lv1、収納Lv8、鑑定Lv7、錬金Lv3、地図Lv1。作文はLv6、彫金はLv5。その数字は変わっていない。
変わっていたのは、並行思考だけだった。
澪が顔を上げると、理央は少し考えてから視線を泳がせた。
「……アニメ見ながら原稿書いてました」
「はい」
「資料を開きながら、次の文章考えたりも」
「はい」
「あと、地図を意識したまま収納から物を探したり」
「それですね」
「訓練したつもりはないんですけど」
「使ってはいますから」
理央は納得したような、していないような顔でスマホを見た。
「アニメ見てただけでも育つんだ……」
「並行して考えていたなら、そうなんでしょうね」
澪は表示を見ながら、少しだけ考えた。
教えた時より、自分で便利だと思って使っている時の方が早い。
理央は作家だ。文章を考えながら資料を探す。別のことを頭の隅へ置いたまま、目の前の文章を進める。並行思考は、わざわざ訓練時間を作らなくても日常へ入り込んでいた。
「本人が使いたいものは、放っておいても使いますね」
「放っておかれてたんですか、私」
「そういう意味ではないです」
澪は慌てて否定し、表示の別の場所へ目を移した。
「未使用SPは3です」
「まだ残ってます」
「今回は、1人になった時に困らない方を先にしましょう」
「1人になった時?」
理央の眉が動く。
澪は言葉を選んだが、結局ごまかさなかった。
「前みたいに、異世界で1人になった時です」
「そこ、まだ言います?」
「大事なので」
「……はい」
理央の返事が少しだけ小さくなる。
押し入れを越えた先で、帰り道が分からなくなった時間は、本人にとって冗談だけでは済まない。
澪はノートを理央の方へ向けた。
「まず転移です」
「それは分かります」
返事が早かった。
「帰るためですよね」
「はい。使える場所には条件がありますけど、登録した場所へ戻れるようになります」
理央は迷わず頷いた。
〖SPを1消費しました〗
〖転移 Lv1〗
残り2。
「次が重力です」
「急に物騒じゃないですか?」
「落ちた時に身体を軽くできます。普段は少し重くして、身体を鍛えることもできます」
「そっちなんだ」
「押さえつける使い方だけではないです」
理央はノートの文字をしばらく見てから、自分で決めた。
「じゃあ、取ります」
〖SPを1消費しました〗
〖重力 Lv1〗
「最後が雷です」
「最後だけ説明がなくても分かる気がする」
「自衛です」
「ですよね」
理央は一度、自分の手を見た。
17歳の手だった。銀線を曲げ、キーボードを打ち、原稿を書く手だ。
それでも、向こうで何か起きた時に澪が必ず隣にいるとは限らない。
「……取ります」
今度の声には迷いがなかった。
〖SPを1消費しました〗
〖雷 Lv1〗
「これで0です」
「きれいになくなりましたね」
「また上がれば増えますよ」
「その言い方、また何かやらされる感じがするんですけど」
澪は答えず、ノートを閉じた。
「では、実際に使ってみましょう」
「やっぱり」
理央はそう言いながらも、もうマフラーへ手を伸ばしていた。
押し入れを抜けた途端、理央は肩をすくめた。
「寒っ」
六畳間の暖房から出た直後だけに、異世界側の空気は余計に冷たく感じる。吐いた息が白くなり、靴の下では乾いた地面が硬い音を返した。
理央は振り返る。
何度も通っている入口だった。
「最初は転移ですね」
澪が言うと、理央はすぐ入口を指した。
「六畳間を登録すればいいんですよね?」
「そこはできません」
「え」
「転移だけでゲンダイとこちらを越えることはできないんです」
理央の指が止まった。
「じゃあ、帰れない?」
「ここへ戻ればいいんです」
澪が異世界側の入口を示した。
「異世界の中からここへ転移して、押し入れを通って江古田へ帰る。それならできます」
「ああ」
理央の顔から力が抜ける。
「そういうことか」
転移Lv1で登録できる場所は1か所だけ。
澪が説明を終える前から、理央は入口と周囲を見比べていた。
道の位置。建物の向き。人が通る場所。自分の地図に残っている線。
「ここでいいんですよね?」
「はい。ただ、誰かが立っている場所へいきなり出るのは危ないので、周りも見ておいてください」
「地図も使うんだ」
「使えるものは使いましょう」
理央は目を閉じず、入口を見たまま意識を集中した。
触れるものはない。それでも、ここを戻る場所にすると決めた瞬間、感覚の中に一点だけ印が残った。
〖転移拠点を登録しました〗
「……入りました」
「では、一度離れます」
「いきなりですか?」
「使わないと分かりませんから」
「澪さん、そういうところ真壁さんに似てきてません?」
「似てません」
返事だけは早かった。
澪が入口の近くに残り、理央は道を歩いて離れた。
何度も振り返りたくなったが、途中から地図へ意識を向ける。自分が歩いた線は残っている。戻る方向も分かる。
以前は、それすらなかった。
石造りの町で、子どもの声を追って歩き、どちらから来たのか分からなくなった時の感覚が一瞬だけ戻る。
理央は足を止めた。
今は違う。
頭の中には地図があり、その上とは別に、転移で登録した場所がはっきり分かる。
「戻る」
そう決めた。
視界が切り替わる。
「うわっ」
理央の靴が、さっきまで見ていた入口の前で地面を踏んだ。
すぐ横に澪がいる。
「成功です」
「ほんとに戻った」
理央は思わず入口へ手を伸ばした。
板の感触も、向こうに六畳間があることも、何も変わっていない。
なのに、さっきまでとは意味が違って見えた。
「もう1回やっていいですか?」
「もちろんです」
今度は少し落ち着いて離れた。
地図で周囲を見て、登録地点に人が重なっていないことを意識する。そこから転移。
2回目は声も出なかった。
戻った理央は、入口と澪を交互に見てから口元を緩めた。
「これで迷子になっても安心です」
「迷わないのが一番ですけどね」
「それはそうです」
理央は笑った。
以前は、誰かに見つけてもらわなければ帰れなかった。
今は、自分で戻る場所がある。
入口から離れた平坦な場所で、理央は両足を肩幅に開いた。
冬の風がコートの裾を揺らしている。
「次は重力です」
「何すればいいですか?」
「まず1.1Gにしてみましょう」
「1.1?」
理央は数字を聞いて、少しだけ気が抜けた顔をした。
「誤差みたいですね」
「やってみれば分かります」
澪に言われ、理央は自分へかかる重さを意識した。
強くする。
ほんの少しだけ。
「……あ」
立っているだけなのに、靴底が地面へ押しつけられる感じが増した。
理央が片足を上げる。
「重い」
「全部が1割増しですから」
「1割って、こんなに分かるんですか?」
「手だけじゃなくて身体全部です」
理央は数歩歩いた。
最初の2、3歩は普通に見えたが、すぐに歩幅が少し狭くなる。膝を曲げると、立ち上がる時の脚の感覚も違った。
「筋トレの重り持ってないのに、ずっと重り持ってるみたい」
「無理に強くしなくても、それを続ければ訓練になります」
「ずっと?」
「疲れない範囲でです」
「先にそれ言ってください」
澪は笑いそうになって、口元を押さえた。
理央はもう一度歩く。
数字だけなら小さい。それでも、日常の動き全部へ同じ負荷が乗るなら話が変わる。
「これなら、普段でも使えそう」
「そうですね」
「原稿書いてる時は?」
「座っていたら効果は小さいんじゃないですか」
「ですよね」
少し残念そうだった。
「では、一度戻して。次は軽くしてみましょう」
身体へかけていた重さを元へ戻す。
それだけで理央の肩が少し上がった。
「軽い……普通なのに」
「今度は、その普通より軽くします」
理央が慎重に重力を弱める。
「このくらい?」
「そのまま軽く跳んでみてください」
理央が膝を曲げた。
いつものつもりで地面を蹴る。
「わっ」
身体が思ったより高く浮いた。
大きく跳んだわけではない。それでも、本人が予想した位置より明らかに上だ。
着地の直前、理央は慌てて脚を固くしたが、重さが軽いぶん衝撃も小さい。
「怖っ」
「いきなり強く軽くしない方がいいですね」
「それ、跳ぶ前に言うやつじゃないですか?」
「今ので分かりました」
「実験だった」
理央は澪を見たが、本気で怒ってはいない。
近くの低い段差でも試した。
上がる時は軽くなる。降りる時も、身体へ来る衝撃を減らせる。
「落ちた時にも使えますね」
「完全に止まれるわけではないです。でも、軽くできるだけでも違います」
理央は足元を見た。
転移は帰るため。
重力は、転んだり落ちたりした時にも使える。
最初に名前を見た時より、ずっと身近な技能になっていた。
「じゃあ、池へ行く間は1.1G?」
「疲れたらすぐ戻してください」
「はい」
理央は自分へ少しだけ重さを戻した。
歩き出した足音が、さっきよりわずかに重くなった。
灌漑用の管理池には、細かな波が立っていた。
冬の日差しは低く、水面だけが白く光っている。岸には枯れた草が倒れ、湿った土の匂いが冷たい風に混じっていた。
周囲には農地と水路が続いている。
「雷の練習で池って聞いた時から、嫌な予感してたんですけど」
理央が水面を見たまま言った。
「リュシアさんから、ここでもビッグバスが増えているって聞きました」
「やっぱり魚なんだ」
「小魚が減り始めているそうです。駆除して構わないと」
「訓練ついでに?」
「無駄にならない方がいいですから」
「澪さん、そういうとこですよね」
何が、と聞く前に理央は池へ向き直った。
水面を見ても魚は見えない。
風でできた波紋ばかりで、どこへ雷を使えばいいのか分からなかった。
「どこにいるか分かんないんですけど」
「地図を使ってみてください」
「魚も出るんですか?」
「名前までは分からないと思います。動いている反応を探してみましょう」
理央は岸から少し離れた場所に立ち、地図へ意識を向けた。
自分が来た道。池の縁。水路。
そこまでは分かる。
さらに、水の中へ意識を広げる。
「……ん?」
地図の中で、小さな反応が動いた。
止まる。
また動く。
別の位置にもある。
「います」
「ビッグバスですか?」
「そこまでは分かんないです」
「では、地図は位置までですね」
理央は水面と地図を交互に意識した。
反応の一つが岸寄りへ動いてくる。
少し遅れて、水面に小さな波紋が浮いた。
「あれ?」
「見えました?」
「たぶん」
理央が目を細める。
一瞬だけ、黒っぽい魚影が水面近くを横切った。
すぐに鑑定を向ける。
「ビッグバスです」
「地図で探して、鑑定で種類を確かめる。これなら狙う相手を間違えにくいですね」
「地図、道だけじゃないんだ」
理央の声が少し変わった。
江古田では家族のいる方向や、自分が通った道を気にして使っていた。
今は、見えない水の中にいるものを探している。
「次、どうします?」
理央が右手を上げた。
指先には何も見えない。
それでも、意識はもう雷へ向いていた。
「まず弱く試しましょう」
「はい」
理央は地図の反応を追いながら、水面近くへ戻ってきた魚を待った。
最初の雷は、弱かった。
水面が小さく震え、魚の反応が一度だけ乱れた。それでも、ビッグバスはそのまま向きを変えて逃げていく。
「あ、逃げた」
「効いてはいます」
「でも全然浮いてこないです」
「今の感覚を覚えて、少しだけ変えてみてください」
理央は自分の手を見た。
雷を出した感触だけが、まだ指先に残っているような気がする。
地図へ意識を戻す。
次の反応。
今度は岸から近い。
「来ます」
水面に魚影が見えた瞬間、理央はもう一度雷を使った。
小さな光が走る。
水面が揺れ、大きな魚体が横向きに浮いた。
「うわ」
驚いたのは理央自身だった。
「浮いた」
「近づけられますか?」
理央は岸際へ寄った魚へ手を伸ばしかけ、止まった。
思っていたより大きい。
「これ、重いですよね?」
「重力を使ってみてください」
「あ」
さっき自分の身体を軽くした時と同じだ。
理央は魚へかかる重さを弱める。
両手で持ち上げた瞬間、目が丸くなった。
「軽っ」
「落とさないでくださいね」
「はい」
岸へ上げると、魚体が一度跳ねた。
まだ生きている。
理央の顔が固くなる。
「鑑定してみてください」
言われる前から、もう意識は切り替わっていた。
「……生きてます」
「食用にするなら、ここで〆ます」
「私が?」
「理央さんが駆除した魚ですから」
理央は魚と澪を見比べた。
「そういうとこだけ急に厳しくないですか」
「最後までやった方がいいと思います」
「……分かりました」
澪にやり方を教わり、理央は最初の1匹を手早く処理した。
終わると、息を吐く。
「これでいいですか?」
「はい」
理央が収納を使う。
薄い靄が魚を包み、その姿が消えた。
「1匹で何個使ったんだろ」
理央は指を折り始めた。
「地図、鑑定、雷、重力、収納……」
「並行思考も使ってますね」
「増えた」
次の反応を探しながら、理央は苦笑した。
2匹目は、最初より早かった。
地図で動きを追い、目で魚影を探す。鑑定でビッグバスと分かれば、雷へ切り替える。
浮いたら重力を軽くして岸へ上げる。
状態を確かめ、自分で処理し、収納する。
最初は一つ終わるたびに澪を見ていた。
何度か繰り返すうちに、その回数が減った。
「次、右の方にいます」
「見えてます?」
「まだ。地図だけです」
答えながら、理央は別の反応も頭の隅に置いている。
目の前の1匹へ雷を使っている間も、次に動いている魚の位置が消えない。
魚を岸へ寄せた時には、もう次の反応がどちらへ進んだか分かっていた。
「……これ、並行思考ないと忙しいですね」
「便利でしょう?」
「便利っていうか、使う技能増やしたの澪さんですよね?」
「理央さんが重力を使ったんですよ」
「そうでした」
言い返せなくなり、理央は魚を収納した。
その直後、視界に表示が重なった。
〖作家見習い Lv5→Lv6〗
続いて、もう1つ表示が重なった。
〖共鳴 Lv1→Lv2〗
「共鳴も?」
「上がってますね」
「え?」
「どうしました?」
「作家見習い、上がったんですけど」
「おめでとうございます」
「魚で?」
理央は本気で納得していない顔をした。
「経験は経験なんじゃないでしょうか」
「作家の経験ではないですよね?」
澪にも答えはなかった。
それでも訓練は続いた。
雷は少しずつ扱いやすくなり、重力へ切り替える間も短くなる。
地図では、最初なら見失っていた反応を追い続けられるようになった。
鑑定で魚を見れば、確認にかかる時間も短い。
靄が魚を収納するたび、理央の袖には水滴が増え、靴の周りには泥がついた。
冬の池なのに、本人の額には少し汗が浮いている。
「次、います」
もう澪に言われる前だった。
地図で探す。
魚影を見つける。
鑑定する。
雷を使う。
浮いた魚の重さを軽くする。
回収し、自分で処理して収納する。
一つずつだった作業が、途中から一本につながっていた。
何度かレベル上昇の表示が重なったが、理央はそのたびに手を止めなくなった。
「後で見ます」
そう言って、次の魚影を追う。
最後の1匹を収納した時には、池の手前側にあった大きな反応はほとんど消えていた。
理央はようやく両手を下ろした。
「……疲れた」
その一言だけは、最初から最後までまったく成長していなかった。
作業を止めた途端、冬の風が冷たくなった。
「寒い」
理央は濡れた袖を見てから、今さら気づいたように肩をすくめた。
岸には踏み荒らした泥が残り、水面は少しずつ元の静けさへ戻っている。
「さっきまで平気だったのに」
「動いてましたからね」
「脚も重いです」
「1.1Gも使ってましたし」
「あ」
理央は慌てて重力を通常へ戻した。
「忘れてた……」
「それだけ自然に使ってたということでしょう」
「いい話みたいにしないでください」
言いながらも、理央はその場へしゃがみ込みかけ、結局岸の乾いた場所に腰を下ろした。
「最後に見てみますか?」
「見ます」
返事だけは元気だった。
理央は自分へ鑑定を使った。
以前なら澪の顔を見て、結果を教えてもらうのを待っていた。
今は、自分で開いた表示を自分で追っていく。
──────────────────────────────────
飯島理央
分類:人間/異界渡航者
現在ジョブ:作家見習い
レベル:10
前職:箱入り娘 Lv5
状態:訓練終了/疲労
疲労度:64%
身体異常:なし
──────────────────────────────────
基礎能力値
体力:45
筋力:32
器用:84
知力:92
判断:80
精神:75
集中:99
──────────────────────────────────
未使用SP
13
──────────────────────────────────
取得スキル
共鳴:2
鑑定:9
収納:9
錬金:4
並行思考:6
地図:5
転移:4
重力:5
雷:6
──────────────────────────────────
技能
作文:10
彫金:6
──────────────────────────────────
成長傾向
商才:芽あり(+)
薬学:芽あり(+)
防衛用収納展開:芽あり(+)
射撃:芽あり(+)
火:芽あり(+)
収納内時間停止:芽あり(+)
統率個体識別:芽あり(+)
移動加速:芽あり(+)
醸造:芽あり(+)
──────────────────────────────────
加護
成長促進
見守り
──────────────────────────────────
理央はしばらく黙っていた。
「……10?」
「Lv10ですね」
「朝、5でしたよね?」
「5でした」
「魚、10匹くらいですよね?」
「そのくらいですね」
理央は表示をもう一度上から見直した。
「これ、次は作家にジョブチェンジできたりします?」
「候補に出るかは、司祭様に見てもらわないと分からないですね」
「作家、あるといいなあ」
今度は未使用SPで目が止まる。
「13?」
理央が顔を上げた。
「朝、0にしましたよね?」
「Lv6から9までで2ずつ。Lv10で5増えています」
理央が指で数える。
「2、4、6、8……そこに5で13」
「はい」
「急に増えすぎじゃないですか?」
「使うのは今日はやめておきましょう」
「それは私もそう思います」
理央は素直に頷いた。
次に視線が止まったのは、作文だった。
「作文10」
声が少し高くなる。
「そこが一番嬉しいんですか?」
「だって10ですよ?」
「魚を処理してましたけどね」
「それ言わないでください。自分でも今思いました」
理央は表示を下へ動かす。
「並行思考6……」
こちらも反応が大きい。
「3だったのに」
「今日はずっと複数の技能を切り替えてましたから」
「これ、小説書く時にかなり使えそう」
「雷より先にそっちなんですね」
「雷で原稿は書けないですから」
「それはそうです」
澪も否定できなかった。
理央はさらに見ていく。
「転移4……あんまり使ってないですよね?」
「使った回数だけで上がるわけではないですから」
「帰りたいって思ったから?」
理央が先に言った。
澪は少しだけ目を見開いた。
「その影響はあるかもしれません」
理央はそこで笑わなかった。
以前、本当に帰れなかった時間を知っている。
転移は面白いから取った技能ではない。
その横では、重力がLv5、雷がLv6、地図がLv5まで伸びている。何度も使ったものほど大きく上がり、もともと高かった鑑定と収納は、それぞれLv9で止まっていた。
錬金はLv4、彫金はLv6。
理央は全部を見終えてから、ようやく息を吐いた。
「強くなった気はするんですけど」
「はい」
「疲労度64%なんですよね」
「能力が上がっても、疲れた分まで消えませんよ」
「そこはゲームみたいに回復しないんだ」
立とうとして、理央は一度膝へ手をついた。
「ほんとに疲れてる」
「今日はここまでです」
「賛成です」
理央は立ち上がると、最後に地図へ意識を向けた。
池まで来た道が残っている。
その先とは別に、転移で登録した場所が一つだけ、はっきり分かる。
六畳間そのものではない。
けれど、そこまで戻れば押し入れを通って江古田へ帰れる。
「帰る場所、ちゃんとありますね」
「はい」
冷たい風が水面を渡った。
理央はマフラーを巻き直し、もう一度だけ登録地点を意識した。
今度は、誰かに見つけてもらうための場所ではなかった。