同じ大きさの包みが、食料の受け入れ場所へ次々と積まれていた。
小麦、大麦、豆。鑑定で品質を分け、空気を抜いて10kgずつ密封した包みは品ごとにまとまり、表の札には中身の区分と期限が記されている。レヴァニアの倉庫で見た麻袋の姿は、もう残っていなかった。
冬の冷気が入口から入り込み、包装材の擦れる音に、乾いた穀物の匂いが混じる。侯爵家側の受け取り担当者は包みを1つずつ開けず、札へ目を通してから、それぞれの置き場所へ運ばせていた。
「小麦は、そっちだ。豆と混ぜないでくれ」
声を掛けられた荷受けの男が、抱えていた包みを積み直す。その下にある札が見えなくなりかけていた。
「積む向きを揃えな」
リュシアが横から言った。
「下の札が読めなくなったら、また全部動かすことになるよ」
男は足を止め、先に置いた包みを見た。運ぶことだけを考えれば積めるが、あとで出す者には中身が分からなくなる。
「こうですか」
「それなら見えるね。次も同じ向きで頼むよ」
リュシアは包みの角へ指を当て、空気が入って膨らんでいないことも確かめた。破れた物はない。種類の違う荷が、途中で一つの山へ混ざってもいない。
商品は売ったところで消えるわけではない。相手が受け取り、使える状態で置かれるところまで進んで、ようやくこちらの手を離れる。
受け取り担当者の1人が、前に納めた同じ形式の包みを奥から持ってきた。新しい品と並べ、札の日付を見比べる。
「先に入った物から使います。新しい分を手前へ置くと、古い方が残りますので」
「分かってるなら安心だね。期限の札は、飾りじゃないから」
リュシアは古い包みの角も見た。空気は入っておらず、中で豆が動く乾いた感触がある。商品化した時に期限を付けても、受け取った側が新しい物から使えば、古い在庫を奥で傷ませることになる。
「同じ荷姿だからこそ、入った順を崩さないでおくれ」
「前の納品から、そのようにしています」
担当者は古い包みを先に出せる位置へ戻した。
別の場所では、札の端がめくれかけた包みを荷受けの男が止めていた。中身に問題はないが、種類と期限が読めなくなれば、揃えた意味が薄れる。新しい札へ替えるため、その1つだけが山から外された。
全部を開け直す者はいない。だからこそ、外から判断するための表示が傷んでいないかは見落とせなかった。
「侯爵家分は、これで最後です」
受け取り担当者が、残った包みを見回した。
「砂糖と塩も、受領しました。芋は別の場所へ運んでいます」
「傷んだ箱があったら、そのままにしないで知らせておくれ。出した時には分けてあるけど、運んだあとまで絶対とは言えないからね」
「承知しました」
返事を聞いてから、リュシアは積まれた荷の間をもう一度歩いた。通路を塞いでいないか。下になった包みへ無理な重さが掛かっていないか。受け取る側の動きを見て、ようやく肩の力を抜く。
真壁は少し離れた位置で、侯爵家分とは別に残された食料を見ていた。こちらも同じ荷姿だが、札の分け方が違う。
「王都へ回す分は、これで全部かね」
「そうだよ。侯爵家へ納める分を取って、領内で使う分も分けてある。残りが王都行きだね」
「王都へ回しても、侯爵領側の分は足りるのだな」
「そのために先に分けたんだよ。高く売れそうだからって、こっちへ納める分まで持っていったら商売にならないだろう?」
「当然だ」
「真壁さんが聞いたんじゃないか」
リュシアは呆れたが、真壁が残量だけでなく分配の根拠まで確かめたことには、それ以上文句を言わなかった。
「ならば、このまま持っていける」
真壁の返事に、リュシアが顔を向けた。
「このままって、今からかい?」
「王都では、すでに同じ荷姿で売った実績がある。改めて売り方を考える必要はないだろう」
「納品が終わったら、次は販売か。休むところが見当たらないね」
「飛行船では休んだではないか」
「船に乗ってたことを休みって数えるのは、真壁さんくらいだよ」
リュシアは呆れた顔をしたものの、王都行きの荷へ近づいた。札を数枚見て、種類ごとのまとまりが崩れていないことを確かめる。
「売るのは私がやる。前と同じ物でも、値段まで前と同じとは限らないからね」
「任せよう」
真壁は王都販売分を収納へ移した。靄が包みを覆い、積み上がっていた荷が順に消える。空いた床へ冬の光が伸びていった。
リュシアは侯爵家側の受け取り担当者へ最後に一礼すると、真壁の隣へ立った。
「それじゃ、王都まで連れていっておくれ」
「うむ」
2人は人と荷の動線から外れ、安全な場所へ移る。
次の瞬間、穀物の匂いと荷受けの足音は遠ざかり、王都の冬の空気が2人を迎えた。
真壁はもう、商業ギルドのある方角へ歩き始めていた。
王都商業ギルドの受け入れ場所には、荷を置く音と商人たちの声が絶えなかった。
外から入る者は肩へ雪気をまとい、奥で働く者の額には汗が浮いている。包みを運ぶたびに乾いた包装材が擦れ、そこへ別の取引を呼びかける声が重なっていた。
真壁が収納から最初の小麦を出す。床へ広がった靄が消えると、受け入れを担当する男は中身を開ける前に札を見た。
「前の品と同じ形式ですね」
「中身は今回仕入れた物だよ。品質は分けてある」
リュシアが答える。
男は包みの形を確かめ、同じ札の物をまとめるよう周囲へ声を掛けた。前に持ち込んだ時のように、一袋ずつ中を取り出して量り直す者はいない。10kgという表示と荷姿が揃っていることを見て、受け入れ側の手がすぐ次へ移る。
豆の包みも、大麦も同じだった。札を読み、種類ごとに分け、所定の場所へ運ぶ。初めて見る商品を調べる流れではなく、以前扱った商品がもう一度入ってきた時の動きになっている。
「ずいぶん早くなったね」
リュシアが荷の流れを見ながら言った。
「前回の品に問題がなかったからです。買った商人からも、選り分ける手間が少ないと聞いています」
「それなら、今回も同じ扱いで売れるかい?」
「品質が同じなら、話は早いでしょう」
男はそう答えたが、値を決めるのは別の席だった。
運び込みが済む頃には、グスタフが商談の場を用意していた。リュシアは今回の品と王都側の在庫を踏まえた条件を聞き、すぐには頷かない。以前高く売れたからといって、その時の値を当然とはしなかった。
「今回は、前より入ってくる食料が減っておる」
グスタフが言った。
「それで、この値かい?」
「それだけではない。重さが揃い、品質も分けてある。次に買う者が、荷を全部開いて調べ直さんで済む」
グスタフは机上の札を指で押さえた。
「ただの小麦と、売るところまで整えられた小麦は同じではない」
提示された条件は、今回も高かった。珍しい南方産だからではない。買った側が払う手間まで減らしてある分が、値へ乗っている。
リュシアは、買い手への引き渡し方法と代金の受け取りを確かめた。保管中に包装が破れた場合の扱いも、ギルド側と分ける。
「荷受けが済んだあとの破れまで、こっちへ戻されちゃ困るよ」
「ギルドの保管中なら、こちらで引き受けよう。ただし、最初から傷んでいた物は別じゃ」
「それでいい」
リュシアが合意すると、周囲で待っていた者たちがすぐに動いた。商品は商業ギルドの中で止まらず、買い手ごとの話へ回されていく。
前回の取引が、今回の説明を短くしている。リュシアは流れていく包みを見ながら、レヴァニアで買った値と王都で売れた条件を頭の中で比べた。
「帰りに空気を運ばなくて正解だったね」
「初めから、そのつもりで買ったのではないか」
「そうだけど、売れてから言う方が気分がいいんだよ」
真壁はそれ以上口を挟まず、食料の商談が終わるまで待った。
最後の条件がまとまり、リュシアが席を離れたところで、真壁がグスタフへ向き直る。
「次も1か月か?」
グスタフはすぐには答えなかった。机の脇に置かれた紙を取り、王都へ入っている食料と、今ある在庫へ目を通す。
「現状なら、それぐらいじゃの」
「今回の分を入れてもか」
「入れたうえでじゃ。北と東からどれだけ入るかで前後はする。消費が増えれば早まりもする」
「固定した間隔ではない、ということだな」
「当たり前じゃ。毎月同じ日に腹を減らす市場などない」
グスタフは鼻を鳴らした。
「今ある量と、入ってくる量を見れば、次の谷がその辺りに来るというだけじゃ」
「十分だ」
真壁は短く答えた。次に仕入れへ動く時期を、今ここで決めたわけではない。
リュシアが受け入れ場所へ目をやると、小麦の包みはもう次の買い手へ回されていた。誰も中を開けて量り直していない。札を読み、必要な数を受け取っていく。
真壁は食料の札から手を離した。
次に視線を向けたのは、ギルドの奥にある建材取引の方だった。
建材を扱う一角では、食料の受け入れ場所ほど人が動いていなかった。
木材商と話していた男が、提示された条件を聞いて首を振る。補修に使う板を求めてきたらしいが、手にした紙を畳み、そのまま席を離れた。
「あれは高級材の話ではないな」
真壁が言った。
「普通の板じゃ」
グスタフの声に、勝ち誇った響きはなかった。
「柱も梁も上がった。板材も、補修用の角材もじゃ。木でなければ困るところだけでなく、今まで木を使ってきた場所がまとめて高くなっておる」
リュシアは、帰っていく男の背中を見た。
「あの手紙の話、本当にここまで進んだんだね」
「進んだのは、あやつら自身の買いじゃ」
グスタフは建材側の取引条件を真壁たちへ見せた。良材だけではない。一般の建物へ使う材まで、以前よりかなり高い。
「新築を止めた者もおる。屋根や床の補修を、春まで延ばせんかと相談する者も増えた」
「冬に延ばしていい補修ばかりじゃないだろう」
リュシアの声から軽さが消えた。
「じゃから、放ってはおけん。高級な木を欲しがる者が値を競うだけなら、市場の話で済む。普通の家を直す板まで買えなくなれば、別じゃ」
材木を抱え込んだ者だけが損をする段階ではなく、買えなくなった側へ負担が移り始めている。真壁は、人工木材を出す時期をさらに待つ理由がないと見た。
「最初に買い始めた者がおる。それを見た別の者も買った。売る側は、棚から材が減れば値を上げる」
「上がった値を見て、まだ不足すると考えた」
「そういうことじゃ」
真壁は、どこまで上がったかより、取引が止まり始めている方を見た。買い集めが進んだだけなら、木材は高くても動く。しかし補修を延ばし、新築を見合わせる者が出れば、一般の暮らしへ影響が移っている。
「抱えている量は多いのかね」
「少なくはない。すでに買った材の値が上がったことで、もっと買えると考えたらしい」
「自分で押し上げた値を、儲けと見たんだね」
リュシアは顔をしかめた。
倉庫へ積んだ木材をまだ売っていないなら、値札の上では高くなっても貨幣は戻っていない。それでも、持っている物の価値が増えたように見えれば、次の買い付けへ資金を入れたくなる。
「グスタフ殿は、どこまで伝えたのだ」
「何も変えておらん。山の話を聞いた者がいる。それだけじゃ」
「木材を買えとは?」
「一度も言っておらん」
「値が上がるとも?」
「言うわけがなかろう」
グスタフは椅子へ背を預けた。
「買うと決めたのも、量を増やしたのも、売らずに抱えたのも、すべてあやつらじゃ」
リュシアは腕を組み、建材側へもう一度目を向けた。
「でも、このままじゃ買えない人まで困るよ」
「だから、頃合いを見ておった」
グスタフの目が真壁へ移る。
「そちらはどうじゃ」
真壁は収納へ意識を向けた。
グスタフの手紙を読んだ夜に少量から始めた人工木材は、もう試作品だけではなかった。職人に削らせ、切らせ、金具を入れさせた。使える形を絞り、品質を揃え、乾燥を終えた物を、用途ごとに分けてある。
「板材だけではないのかい?」
「板材で加工性を確かめたあと、角材へ進めた。長い材も、用途を決めて試してある」
「あの時、順番は守ってるって言ってたね」
「守った結果だ」
リュシアは、試作を止めなかった夜の会話を思い出した。反り、割れ、品質の揃い方、次も同じ物を出せるか。あの時に挙げた問題を、真壁は商品へ進める条件として全部使ったらしい。
「出せる」
返事は短かった。
「どれほどじゃ」
「商業ギルドが通常の商品として扱える量だ」
リュシアが真壁の横顔を見る。
「その言い方、少量じゃないね」
「少量を出す段階は終わったからな」
「いつの間に終わらせたんだい」
「職人が使えると判断し、同じ品質で作れることも確かめた」
聞かれたことには答えている。だが、いつという問いには答えていない。
リュシアは息を吐き、グスタフへ顔を戻した。
「値段は、前に決めた定価で出すよ。今の天然木の値段へ合わせる気はないからね」
「安売りではないのじゃな」
「商品として利益が出る値段だよ。向こうが勝手に高くなったからって、こっちまで上げる理由はない」
真壁はすでに立ち上がっていた。
「荷受けの場所を空けてもらおう」
グスタフは係の者を呼んだ。
荷受け場所から別の荷が運び出され、広い床が空けられていく。近くにいた建材商たちも、何が出てくるのかと足を止めた。
最初に現れたのは、柱へ使える人工木材だった。
収納の靄が引くと、同じ断面と長さに揃えられた材が、王都商業ギルドの荷受け場所へ並んでいた。次に梁材、角材、板材。それぞれが混ざらず、買う側が用途を見分けられる間隔を取って置かれた。
天然木のように節の位置や太さが1本ずつ違うわけではない。表面は乾いており、積み重ねても大きな反りが見えなかった。
「これで全部か?」
荷受けを担当する男が尋ねた。
「最初に出す分だ。通路を塞いでまで置く必要はない」
真壁は周囲を見渡し、追加分を出す場所だけを指した。
「減った規格から補充しよう。売れない物を積み上げても邪魔になるだけだ」
大量に持ってきたことを見せるのではなく、売り場が止まらない量だけを出す。係の者たちは材の種類を教えられると、ギルドで扱う場所へ順に移し始めた。
最初に実物を見に来た建築関係者は、材の端へ手を置いた。断面を見る。側面へ目を沿わせる。持ち上げたあと、隣の同じ規格の材と重ねた。
「同じ物なのか」
「同じ用途へ使う品は、揃えてある」
真壁が答える。
「天然木ではないと聞いた」
「木質の原料を再構成した物だ。使えるかどうかは、材を見て決めてくれ」
長い製造説明を聞かされるより、建築側の男はその答えを好んだらしい。持参した道具を当て、表面を軽く削る。木に近い削り屑が落ち、削った面にも大きな崩れはない。
「乾燥は?」
「済んでいる」
「買ってから待たなくてよいのか」
「そのまま加工へ回せる」
男の手が止まった。
天然木なら、同じ用途の材を揃えるにも1本ずつ見る。乾きが足りなければ待つ。反りや節を避け、使える部分を取り直す。その工程が、この材では少ない。
「値は?」
問いを受けた真壁が、リュシアへ顔を向けた。
リュシアは先ほど決めた条件を示した。
「それが定価だよ」
男は一瞬、聞き違いを疑った顔をした。現在の天然木より低い。だからといって、原料代を無視した投げ売りの額でもない。
「今だけか?」
「人工木材の値段として決めたものだよ。天然木が上がったから付けた値段じゃない」
「天然木が下がったら?」
「こっちの原料や作る手間が変わらないなら、天然木の値段に合わせて動かす理由はないね」
リュシアの返事に、男は材をもう一度見た。
「この柱材をまとめて欲しい。板材もだ」
「用途ごとに数を出しな。全部という注文は受けないよ」
「出せる量が少ないのか?」
「次の客が買えなくなる売り方をしないだけさ」
男が希望を分けて伝えると、ギルドの者が対応を始めた。
最初の注文が決まる前から、入口には別の職人が立っていた。先に来た男が材を削るところを見ていたらしい。今度は梁材を手に取り、端から端まで目を走らせる。
「これと同じ物を、次も買えるのか」
「同じ規格なら出せる」
「今日だけ出して終わりではない?」
「商品として持ってきたんだ。見世物じゃないよ」
リュシアが答えると、その男も希望する種類を言い始めた。
情報がギルド内へ回るにつれて、建材を扱う場所へ人が増えた。誰も押し合ってはいないが、材を確かめる順番ができ、ギルドの担当者は次々に条件を聞かれる。
「長さは、この規格だけか」
「板材はどこまで揃う」
「次の入荷はいつだ」
真壁は自分ですべてへ答えず、商品ごとの違いをギルド担当者へ渡した。リュシアも小売の列へ入らず、価格と供給条件だけを崩さない。
出した柱材の山が低くなると、真壁は同じ規格だけを追加した。売れていない物には触れない。荷受けの流れも、人が材を見る場所も塞がなかった。
グスタフは、その様子を少し離れたところから見ていた。
高くても天然木を買うしかなかった者たちが、別の商品を前に数量を決めている。相場を崩すための安売りではない。通常の価格で買える、通常の商品が増えたのだ。
「これなら、急いで高い材を押さえる必要はなくなるの」
「必要な物を、必要な時に買えばよい」
真壁が答えた時、板材を求める声がまた上がった。
天然木の値札を見て帰った男も、いつの間にか列の後ろへ戻っていた。
人工木材の注文が続く中、真壁は荷受け場所の空いた一角へ目を向けた。
「こちらも出そう」
靄が床へ広がり、人工木材とは違う硬い部材が現れた。
同じ厚みと形に揃った壁材。その隣には、床へ使う規格材が重ねられている。木目はなく、表面を叩けば乾いた硬い音が返った。
「まだあるのかい」
リュシアが真壁を見た。
「新町の住宅へ使った規格建材と同じ流れの物だ」
「そうじゃなくて、人工木材だけでも今売れてるだろう?」
「売れているから、組み合わせて使える物も出す」
真壁にとっては当然らしい。リュシアは人工木材を求める人の列と、新しく出された壁材を見比べた。
「どこまで出せる?」
「継続して供給できる。地下ドックの掘削資源から分けた材料もある」
「なら、試しに見せて終わりじゃないね」
「うむ」
話を聞いていた建築関係者が、壁材へ近づいた。角を持ち上げ、厚みを確かめる。
「これは、どこへ使う」
「柱と梁で組んだ間へ壁として入れられる。こちらは床だ」
真壁はそれ以上を言葉だけで説明せず、人工木材の柱材と壁材を並べた。完成した家を組むわけではない。接する位置と使い分けが分かるだけの置き方だった。
床材も一部を横へ並べ、継ぎ目がどう重なるかを見せる。建築関係者はしゃがみ込み、2枚の端を合わせた。厚みが揃っているため、一方だけが高くならない。
「下地を整えれば、このまま並べられるのか」
「用途に合う組み方は、職人側で決めてくれ。こちらで決めた一つの方法へ縛るつもりはない」
真壁は規格材の使い方まで独占しなかった。現場の建物や職人の道具が違えば、扱いやすい方法も変わる。
別の男は壁材の表と裏を確かめたあと、端へ小さな欠けを見つけた。
「これは売り物か」
ギルドの担当者が困った顔をする前に、リュシアが近づいた。
「外しておくれ。運ぶ時に欠けたなら、同じ山へ戻しちゃ駄目だよ」
「使えないほどではない」
「使えるかどうかと、同じ値段で売るかは別さ。端材として使う相手がいるなら、その条件で出す」
揃った規格を商品にしている以上、欠けた1枚を同じ物として混ぜない。リュシアは壁材を脇へ分けさせ、残りの端も確かめた。
男は柱材へ手を置き、次に壁材を叩いた。
「壁まで木にしなくてよい、ということか」
「木である必要がないならな」
「床も?」
「同じだ。見栄えや足触りのために天然木を使いたい場所まで、なくす必要はない」
その答えで、近くにいた別の職人が顔を上げた。
「では、客が木の床を望めば、そこは天然木でよいのか」
「当然だ。天然木を使うなという商品ではない」
人工木材、規格壁材、規格床材。すべてを一つにまとめて押しつけるのではなく、建物のどこへ何を使うかを選べる。
職人たちの質問が、材そのものから建物一棟へ変わり始めた。
1人が持ってきた建物の概略へ、必要な柱の位置を指で示す。その間を壁材へ変えた場合、何枚必要になるか。床のうち、人目に触れない場所だけ規格床材へ替えれば、天然木をどれだけ残せるか。
ギルドの担当者は、人工木材だけの注文を一度止め、壁材と床材を加えた組み合わせへ直した。買う側も、材木を何本減らせるかを見ながら数量を変える。
「天然木を買わなくなるわけではない」
建築関係者が、計算途中で言った。
「玄関や見える床には使いたい。だが、壁の中まで高い板で作る理由はないな」
「そういうことだ」
真壁は頷いた。
「柱と梁は、こちらの人工木材」
「外から見える床だけ天然木にして、下は規格材でもよいのか」
「壁に使っていた板が減るなら、その分の材は建具へ回せる」
手元の部材を見ながら、必要な木の量を組み替えている。壁一面、床一面へ使っていた天然木が不要になれば、高騰した材を大量に買う理由はさらに薄くなる。
グスタフも、そこで初めて人工木材から壁材へ視線を移した。
「これは、別の木材を売るだけの話ではないの」
「建物に必要な材料を売る話だ」
「天然木を買う量そのものが減る」
「木でなければならない用途は残る」
真壁は天然木の売り場を見た。
「木目を見せたい場所、天然材そのものに価値がある品、建具や家具。そうした需要まで消えるわけではない」
「じゃが、あやつらが抱えたのは、一般建築へ回す材が多い」
「ならば影響は大きいだろうな」
真壁の言葉は淡々としていた。
リュシアは床材の条件を聞き、人工木材とは別の商品として値を決める。天然木が高いから売れる値ではなく、規格建材として継続して扱える値だ。
「人工木材と一緒に買ったら安くなるのか?」
商人の問いに、リュシアは首を横へ振った。
「別の商品だよ。まとめて買ったからって、作る手間が消えるわけじゃない。必要な分だけ選びな」
抱き合わせで売ることもしない。壁材だけが必要なら壁材だけ、床材だけなら床材だけで買える。その方が、実際に建物へ使われる量も読みやすかった。
「これも王都だけか?」
建材商の1人が尋ねた。
「ほかにも出す予定はあるよ」
リュシアが答えると、男は少し考え、壁材と床材の両方を注文した。
その後ろからも声が続く。最初は人工木材だけを見に来た者が、建物一棟で必要な量を考え直し、壁材と床材を加えていく。
ギルドの担当者の手は、人工木材だけを扱っていた時より忙しくなった。
高騰した天然木の値下げを待つ者は、もう列の中心にはいなかった。
王都の別の場所では、倉庫の扉が開いたままになっていた。
中には天然木が積まれている。柱へ使う材、梁へ回す材、板へ挽く前の物。買い集めた時には、棚へ並べるほど値が上がる資産に見えた。
今は、乾いた木の匂いだけが動かない。
「問い合わせは?」
倉庫へ入ってきた男が尋ねた。
「朝に1件。それも値を聞いただけです」
「昨日までは、もっとあっただろう」
「建築側が買い控えています」
答えた者の声が小さくなる。
「値を下げろ。少し戻せば買う」
「すでに下げたところがあります。それでも注文が戻っていません」
男は積まれた材を見上げた。
高く仕入れた物を安く売れば損になる。だが、売れないよりはよい。そう考えていたところへ、ギルドへ様子を見に行かせた者が戻ってきた。
「人工木材が出ました」
「知っている。天然木でなければ困る者は、こちらへ戻る」
「柱と梁だけではありません」
報告に来た者は、倉庫の材を見て一度言葉を切った。
「板材もあります。乾燥済みで、規格が揃っています。今の天然木より安い」
「こちらも下げればよい」
「通常の定価だそうです」
男の眉が動いた。
「今だけ安くしたのではないのか」
「天然木の相場には合わせない、と」
それでも、まだ価格の問題だと思えた。天然木を人工木材と同じところまで下げられなくても、木目や天然材を求める客は残る。損を小さくする値を探せばよい。
「工房と家具商へ回せ。王都で駄目なら、建築が続いている土地へ出す」
「壁材と床材も出ています」
今度こそ、倉庫の中が静まり返った。
「何だと?」
「木の代わりになる壁材と床材です。人工木材の柱や梁と組み合わせて売っています」
男は目の前の板材へ手を置いた。
人工木材だけなら、別の木材が競争相手になっただけだ。価格を下げ、天然木であることを売れば客を取り戻せる。
だが、壁と床まで別の材料へ置き換われば、建物一棟へ使う木の量が減る。客が選ぶのは、どちらの木を買うかではない。そもそも木を買わない部分が増える。
「そんな物を、どこから用意した」
「以前から住宅へ使っていた規格建材だそうです。人工木材も、今日作った物ではありません」
今日思いついて、急に市場へ出したわけではない。
男は倉庫の奥へ視線を向けた。値が上がる前に買った材もある。上がり始めてから追加した材もある。高騰を見て、さらに資金を入れた分が最も多い。
「森林の話は、どこからだった」
誰かが答える。
寒波で木が傷んだ。水害が続いた。黒鎖が領内で動いていた。昔の紹介事情を知る男が、今は山と木の仕事をしている。
「伐採制限が掛かると、誰が言った」
「山の男が……」
「誰が、買えと言った」
返事がない。
「値が上がると断言した者は?」
それにも答えはなかった。
本当の出来事はあった。寒波も、水害も、黒鎖も調べれば出てくる。そこから王都へ出る材が減ると結びつけたのは、自分たちだった。
最初に自分たちが買い、ほかの商人が追った。市場から材が減って実際に値が上がると、その値を情報が正しかった証拠だと受け取った。そして、さらに買い増した。
「グスタフは、何を買った」
「確認できる範囲では、何も」
「押入商会は?」
「木材を買い集めてはいません。人工木材と規格建材を売っています」
男の手が、天然木の表面から離れた。
こちらが買うよう命じられたことは一度もない。止められなかったことを責めても、自分たちが市場を読んで買ったと言ってきた以上、責任を押しつけられない。
「……はめられた」
言葉は倉庫の奥へ低く響いた。
怒鳴る者はいなかった。怒鳴ったところで、木材が貨幣へ戻るわけではない。
「王都の外へ出す」
男は積まれた材を見たまま言った。
「建築資材を必要としている地域なら、まだ売れる。運賃を入れても、ここで寝かせるよりはましだ」
「値はどこまで下げます」
「今ここで決めるな。まず向こうの相場と、人工木材が入っているかを調べろ」
同じ失敗を繰り返すほど、何も学ばなかったわけではない。男は、売れるはずだという思い込みだけで荷を送ることを止めた。
1人が王国内の街道を記した地図を広げた。別の者は、王都外に取引先を持つ商人の名を挙げる。倉庫の者たちは、材を動かせそうな市場を探し始めた。
ただし、材木の山そのものは、1本も減っていなかった。
王都商業ギルドでは、まだ人工木材と規格建材を求める者が出入りしていた。
売れた規格を真壁が補充し、ギルドの担当者が次の買い手へ回す。最初の混雑が落ち着いても、注文は途切れていない。
リュシアは壁材の条件をもう一度ギルド側へ伝え、ようやく真壁のところへ戻った。
真壁は建材の山ではなく、西の方角へ目を向けていた。
「その顔、もう次へ行く顔だね」
「王都で売れることは分かった」
「まだ売ってる途中だよ」
「販売はギルドで続けられる。私たちが列の横へ立ち続ける必要はない」
リュシアは反論しかけ、働いているギルドの者たちを見た。確かに、真壁やリュシアが1人ずつ客を相手にしなくても取引は動いている。
「それで、次はどこだい」
分かっていながら尋ねると、真壁は迷わず答えた。
「リュシア君、ベラクルス侯爵領に飛ぼう」
「やっぱりそこかい」
グスタフの手紙を読んだ夜、人工木材の試作を始めた時から供給先に入っていた。王国内でも建築資材の需要が大きい。王都で売れたから突然思いついた市場ではない。
「同じ物を持っていくのかい?」
「人工木材、壁材、床材。王都へ出した規格と同じ物だ」
「値段は?」
「変える理由があるかね」
リュシアは真壁を見返した。
「その答えを私に言わせる気だね」
「価格を決めたのはリュシア君だからな」
「同じ定価だよ。天然木が高くなってる地域を探して、値段を変えるような売り方はしない」
「では、決まりだ」
真壁はすでに王都分とは別の在庫を確かめていた。
ベラクルス侯爵領へ入った商品は、王都と同じ荷姿で並べられた。人工木材の柱材と梁材。用途ごとに分けた板材。規格壁材と床材。
販売場所が変わっても、寸法を作り直す必要はない。品質の説明も、別の商品として最初から組み立て直さない。王都へ出した物と同じ規格であり、値も同じだった。
大量の建築資材を求める側は、最初に人工木材の供給量を確かめた。王都で売れて余った分を回したのではなく、継続して供給する商品だと分かると、柱と梁だけでなく壁材にも手を伸ばす。
「この値は、王都と同じなのか」
「同じ商品だからね」
リュシアが答える。
「運ぶ場所が違う」
「だからって、今の天然木の値段へ合わせたわけじゃないよ。こちらの商品として決めた値だ」
天然木の高騰に合わせて値上げしない代わりに、地域ごとの駆け引きで安くもしない。同じ物を買う者へ、同じ基準で出す。
建築側の者は床材の表面を確かめ、人工木材との組み合わせを尋ねた。王都で起きたのと同じように、話は1本の木材から建物一棟へ移っていく。
「壁へ木を使わないなら、その分を屋根や建具へ回せる」
「床も全部天然木にする必要はない」
「同じ規格が次も入るなら、工期を組みやすい」
注文は人工木材だけで終わらなかった。壁材と床材も一緒に動き始める。
リュシアは販売条件を整えながら、王都で売った物が別の地域でも同じ商品として通る様子を見た。
「これなら、王都だけの商品じゃないね」
「初めから、そのつもりだ」
「真壁さんの初めからは、どこまで戻ればいいのか分からないよ」
「少なくとも、昨夜ではない」
「そこまで最近だとは思ってないさ」
販売を現地の流れへ渡したあと、真壁は追加分を出す条件だけを残した。
受け入れ側の者が、近くの商人から何かを聞かれた。
「王都から天然木を運んでくる話もあるが、買い手はつくか?」
担当者は人工木材と壁材の注文へ目を通した。
「用途と値によります。一般建築用なら、今はこちらの注文が先に入っています」
質問した商人は、積まれた人工建材を見てから、王都へ出す手紙の内容を書き直し始めた。
日が傾く頃には、ベラクルス侯爵領でも人工建材の荷が減り始めていた。
一方、王都から運ぶ予定だった天然木の話は、まだ条件を決められないまま残された。
翌日、真壁は1人で王都商業ギルドを訪れた。
前日の建材売り場には、人工木材の追加分が並んでいる。人の列は短くなったが、ギルドの者は注文された規格を揃え、買い手へ渡し続けていた。
真壁は売り場へ寄らず、グスタフのもとへ向かった。
「今日は何を出すつもりじゃ」
顔を見るなり、グスタフが尋ねた。
「商品を追加しに来たのではない」
「それなら、何じゃ」
「売れ残った木材について相談がある」
「売れ残った材だが、原料としてなら買える」
グスタフは真壁の意図を測るように目を細めた。
「反対派の倉庫を空にしてやるつもりか」
「高値で買った材を、同じ値で引き取る気はない」
真壁は椅子へ座り、机の上には何も出さなかった。今回は新しい商品を見せる話ではない。
「人工木材には、木質の原料が要る。天然木として売れなくなった材でも、状態が悪くなければ原料へ回せる」
「すでに原料は持っておったはずじゃ」
「持っている。だからといって、使える原料を買わない理由にはならん」
最初の人工木材は、収納にあった植物繊維と炭素質素材から始めた。商品として供給を続けるなら、同じ原料だけへ頼り続ける必要はない。市場で動かなくなった木材を買い、使える部分を戻せるなら、仕入れ先が一つ増える。
「反対派の材を使って、さらに人工木材を作る。ずいぶん皮肉な話じゃの」
「誰から買った材であろうと、原料の状態は変わらん」
真壁は皮肉を商品価値へ入れなかった。
「柱や梁としての値では買わん、ということか」
「原料として査定する。相手がいくらで仕入れたかは、買値の基準にならん」
グスタフは髭へ手をやった。
「安く買い叩くのとは違うのか」
「私には原料が必要だ。相手には売れない在庫がある。使える状態なら、その価値で買う」
「相手の損は残るぞ」
「投機の損失まで私が払う理由はない」
返答に迷いはなかった。
高値で仕入れた商品を、仕入れ値より低く売れば損になる。だが、在庫を持ち続ければ倉庫を塞ぎ、貨幣も戻らない。原料として売るか、天然木の買い手を待つかは、持ち主が選べばよい。
「ただし、誰の材でも無条件に買うわけではない」
「状態を見るのじゃな」
「腐食、虫害、汚れ、異物。加工へ回せない物は除く」
「反対派も、それで買うのか」
真壁は少し間を置いた。
「取引を禁じる理由はない。ただし、優先して損失を救う理由もない。まずは、グスタフ殿が普段の商売を把握している者を紹介してほしい」
その答えで、グスタフは反対派とは別の顔を思い浮かべたらしい。
「今回の値上がりを見て、仕入れを増やした者はほかにもおる」
「反対派ではないのか」
「違う。市場で実際に値が上がり、品が減っておった。商人なら、その先を考える」
「その判断まで咎める気はない。今回外れたからといって、値上がりを見た者が全員敵になるわけでもない」
「分けて考えるのじゃな」
「取引相手を、誰と同じ席にいたかだけで決めるつもりはない」
反グスタフ派と一緒に動いた者、値上がりだけを見て仕入れた者、普段の注文へ備えて少し増やした者。木材を持っているという一点だけで、同じ扱いにはできなかった。
木材不足の仕掛けを直接受けた中心ではなく、上がった相場を見て後から入った者たちだった。
「若い者もおる。規模の小さい商会もじゃ。値が上がれば売れると考え、普段より多く仕入れた」
「自分で判断した以上、損失は受け入れているかね」
「受け入れたくなくても、値を戻せと怒鳴る相手がおらん。あやつらが苦しいのは、損より先に資金が動かんことじゃ」
規模が小さければ、木材へ入れた貨幣が戻らないだけで次の商品を買えなくなる。倉庫も空かない。
「会えるか?」
「声を掛けよう。じゃが、買うと約束したとは言わんぞ」
「それでよい。現物を見てからだ」
グスタフは人を呼び、該当する商人へ連絡を出した。
真壁は待つ間、前日の建材売り場へ目を向けた。天然木の需要がすべて消えたわけではない。それでも、一般建築材として買い集められた物の一部は、もう元の用途では動きにくい。
完成商品として売れないなら、材料へ戻して使う。
真壁にとっては、市場の後始末ではなく、次の製造に必要な原料の仕入れだった。
グスタフが紹介した商人たちは、同じ商会の者ではなかった。
王都を主な商圏にする若い商人。扱う量の少ない小規模な商人。王都の外にも取引先を持ち、複数の土地の間で品を動かしている者。
全員に共通していたのは、普段より多くの木材を抱えていることだった。
「不足の話を直接聞いたわけではありません」
若い商人が先に言った。
「実際に値が上がっていました。売り場から材も減っていた。この先も上がると、自分で考えました」
「私も同じです」
別の商人が続ける。
「買った時点では、注文もありました。人工木材が出るとは考えていなかった」
誰も、騙された分を真壁に払えとは言わなかった。自分で相場を見て仕入れた以上、損が出ることは分かっている。
「私が買う場合、建築材としてではなく加工原料としての値になる」
真壁が先に条件を切った。
「君たちの仕入れ値は基準にしない。それでも見せるかね」
商人たちは互いの顔を見た。
「見てください」
若い商人が答えた。
「売るかどうかは、値を聞いてから決めます」
「それでよい」
保管場所へ移ると、乾いた木の匂いが鼻へ入った。
積まれた材には、まだ仕入れた時の荷姿が残っている。売るために選んだ柱材もあれば、板へ加工する前の材もあった。昨日まで値上がりを待つ商品だった物が、今日は倉庫と資金を占める在庫になっている。
真壁は最初の材へ手を置き、鑑定した。
木目の美しさや、建物へ使った時の見栄えを見ているのではない。内部まで傷んでいないか。虫害が広がっていないか。油や泥など、加工の妨げになる汚れが染み込んでいないか。
「これは使える」
次の材へ移る。
「こちらは外そう」
「何が悪いのですか」
「虫害が内部まで入っている。ほかの材と一緒に置かない方がよい」
商人の顔が強張った。真壁は買わないと言っただけで終わらず、その材を別へ離すよう示した。
「全部駄目ですか」
「このまとまりは見る。表面だけで判断はしない」
1本が使えないからと、その商人の在庫全部を落とすこともしなかった。
乾燥した材、規格から外れた材、節が多く建築用として値を付けにくかった材。元の商品価値は違っても、木質原料として使えるかどうかは別だった。
「これは、柱としては売りにくい物です」
小規模な商人が言った。
「原料にするなら、元の形は問わん。使える木質がどれだけあるかだ」
真壁は利用できる物と除く物を分け、全体を見終えてから条件を示した。
商人は聞いた額にすぐ頷かなかった。自分が払った額と比べ、口元を引き結ぶ。
「やはり、損になります」
「そうだろうな」
「もう少し上がりませんか」
「建築材として転売するのではない。加工して人工木材の原料にする。その用途で出せるのは、この条件だ」
真壁は、困っているから上乗せするとは言わなかった。反対に、売れない弱みを使って、使える原料の価値より下げることもしない。
「一部だけ売ることは?」
「構わん。残りの買い手を待つのも君の自由だ」
商人は倉庫の奥を見た。全部を抱えたままなら、貨幣は1枚も戻らない。必要な分だけでも現金へ戻せば、次の仕入れへ動ける。
「この分を売ります」
最初の合意が決まった。
別の商人は、真壁の提示した区分のうち、状態の良い材だけを手元へ残した。天然木として別の取引先へ回し、規格外の材を原料として売るという。
「それがよいだろう。私へ全部売る必要はない」
3人目は、王都外の取引先へ出す運賃と、今ここで原料として売る条件を比べた。長く考えたあと、一部を売ると決めた。
合意した材へ真壁が手を触れる。靄が広がり、倉庫の一角から木材が消えた。
空いた床が現れる。
商人の損失は消えていない。だが、売れない木材の一部は貨幣へ戻り、次の商品を置く場所も戻った。
「この材は、何になるのですか」
若い商人が尋ねた。
「状態に応じて分け、木質原料として使う。再び人工木材になる物もある」
「自分たちが売れなくなった原因の品に?」
「その原料が必要だから買った」
真壁の答えに、商人は空いた床を見た。
皮肉ではあったが、慈善ではないことだけは、よく分かったらしい。
木材の買い取りを終えても、真壁はすぐには帰らなかった。
王都商業ギルドへ戻ると、紹介された商人たちと小さな卓を囲んだ。前日のように建材を求める声が重なる場所ではない。机の上に大量の商品もなく、置かれているのは飲み物だけだった。
グスタフは少し離れた席にいる。紹介はしたが、商談の間へ割って入るつもりはないらしい。
「普段は何を扱っている」
真壁が若い商人へ尋ねた。
「王都で使う建築材と、工房向けの原料です。木材だけではありません」
「仕入れ先は王都周辺かね」
「主には。ただ、季節によって別の土地からも入れます」
真壁は次の商人へ目を向けた。
「君は王都の外にも取引先があると言っていたな」
「はい。大きな商会が毎回は行かない町にも、少量ずつ運びます」
「そこで不足する物は?」
質問を受けた商人は、すぐに商品名を並べなかった。季節によって違うこと、王都では余っても別の地域では足りない物があることを話す。
「逆に、王都へ持ってこられる物もあるのか」
「あります。ただ、少量では大きな商会が相手にしないことも多い」
「量だけで決めるつもりはない。用途があるかを見てからだ」
真壁は買うとは約束しなかった。
何でも持ってくれば引き取る相手だと思われれば、使えない在庫まで集まってくる。今回木材を買ったのは、原料として必要だったからだ。
「真壁殿は、木材以外には何を扱うのですか」
小規模な商人が尋ねた。
「食料、金属、ガラス用の原料、建材。ほかにもあるが、いつでも何でも出せるわけではない」
「今日のように、余った物を買うことも?」
「使い道があり、条件が合えばな」
「では、こちらで余る物があれば、相談してもよいでしょうか」
「話は聞こう。買うかどうかは現物を見て決める」
商人は頷いた。
木材を買った大口の客として始まった会話が、互いに何を扱う者なのかを知る話へ変わっていく。
王都だけで売る者もいれば、小さな町へ少量ずつ運ぶ者もいる。王都外の生産地と取引を持つ者もいた。商会の規模は小さくても、それぞれが真壁の知らない売り先と仕入れ先を持っていた。
「王都で余っても、別の土地なら売れる物があると言ったな」
「はい。ただ、運ぶ量が少ないと、荷車代で合わなくなることがあります」
「逆もあるだろう。小さな土地では余っているが、王都へ持ち込むほどまとまらない物だ」
商人は考え、いくつか心当たりがある顔をした。
「次に来る時、品そのものを持ってくる必要はない。まず、何がどの時期に余るかを教えてくれ」
「見本も要りませんか」
「話を聞いて用途がありそうなら、その時に頼む。先に大量に仕入れるな」
最後の一言で、商人は自分たちの木材を思い出したらしい。苦笑して頷いた。
「今後、話がある時はどうすればよいですか」
「商業ギルドを通してくれ。私が王都へ来た時に聞く。急ぐなら手紙を預けてもらえばよい」
その場で独占契約を結ぶことも、押入商会の名で囲い込むこともしない。まずは、必要な時に互いの話を聞ける関係で十分だった。
「こちらからも、扱える品が増えた時には知らせます」
「うむ。ただし、仕入れてから売り先を探すより、先に需要を聞いた方がよい」
木材を抱えた直後だけに、商人たちは揃って苦い顔をした。
「今度は、そうします」
若い商人が答える。
「高くなってから買うなとは言わん。なぜ高くなったかは、自分で確かめることだ」
「耳が痛いですね」
「忘れにくくてよいだろう」
真壁の返しに、卓の空気が少し緩んだ。
グスタフが席を立ち、こちらへ歩いてくる。
「話は済んだかの」
「木材の取引は済んだ。ほかの話は、これからだ」
「また王都へ来る理由が増えたわけじゃな」
「商人がいるところへ、商人が来るのは当然ではないか」
グスタフは鼻を鳴らしたが、口元はわずかに緩んでいた。
前日、人工木材を積み上げた場所では、ギルドの者が次の注文分を運んでいる。翌日の小さな卓では、まだ売る物も買う物も決まっていない商人たちが、互いの顔を覚えていた。
真壁は席を立つ前に、王都の外にも取引先を持つ商人の顔をもう一度見た。
自分で全部の町を回らなくても、商品を運べる道はそこにもある。
「次に王都へ来た時、また話を聞こう」
「お待ちしています」
真壁がギルドの扉を開けると、冬の風が外套の裾を揺らした。
背後では、木材を売った商人たちが、もう次に扱う品の話を始めていた。