ヴァルデスの市場へ通うようになって、澪には分からないことが一気に増えた。
商品の値段もそうだし、こちらで何が高くて何が安いのかも分からない。
その中でも、そろそろ放置できなくなってきたのがお金だった。
「リュシアさん」
「なんだい?」
市場裏の小さな台で売上を分けていたリュシアが顔を上げた。
「ここのお金って、どういう順番なんですか?」
「順番?」
「銅貨とか銀貨とか、小金貨とか。昨日、小金貨をもらいましたけど、あれがどのくらいなのか全然分かってなくて」
リュシアの手が止まった。
「ミオ、よくそれで商売したね」
「私もそう思います」
「威張るところじゃないよ」
「はい」
リュシアは呆れた顔をしながら、腰の革袋を開いた。
台の上へ銅貨を置き、その隣へ銀貨を並べる。
「まず、銅貨100枚で銀貨1枚」
「100枚……」
「銀貨10枚で小金貨1枚だよ」
次に置かれたのは、澪も受け取った小さな金貨だった。
「じゃあ、小金貨1枚で銅貨1,000枚?」
「そういうこと」
リュシアはさらに革袋の奥へ指を入れ、もう1枚取り出した。
今度の金貨は小金貨より大きく、厚みもある。
「これは?」
「正金貨。小金貨10枚で正金貨1枚だよ」
「……10枚」
「だから、銅貨なら1万枚だね」
澪は目の前の金貨を見た。
昨日まで、硬貨は全部まとめて「異世界のお金」だった。
それが急に、数字を伴って階段のように並び始める。
「怖くなってきました」
「何がだい?」
「金貨が」
「今さらだね」
リュシアは正金貨を革袋へ戻した。
「小金貨だって、そこらで見せびらかす金じゃないよ。まして今のヴァルデスじゃね」
市場の表から怒鳴り声が聞こえた。
値段でもめているのか、しばらくすると別の声まで加わる。
昨年の寒波で領内はまだ疲弊している。
仕事を失った者も多く、領都へ人が流れ込んでいるとリュシアから聞いていた。
人が集まる場所には商人も集まるが、商売をしない人間まで集まってくる。
「ミオは特に気をつけな」
「私ですか?」
「金をもらった時の顔が分かりやすすぎるんだよ」
「どうしたら直ります?」
「まず、受け取った金をいつまでも眺めない」
「それが難しいです」
「じゃあ、すぐ袋へ入れな。顔を直すより早い」
リュシアが笑った。
17歳。
澪より3つ年下なのに、金の扱いについては完全にこちらが教わる側だった。
「でも、ミオのところじゃ違うんだろ?」
「違いますね。現代側では、こういう金貨を普段使わないので」
リュシアが聞き返した。
「ゲンダイ?」
「あ」
澪は口を止めた。
「ゲンダイって、あんたの国の名前かい?」
「国というか……」
日本は国である。
だが、澪が言った「現代側」は、日本だけを指したつもりではなかった。
押入れのこちら側。
自分が大学へ行き、江古田で暮らし、コンビニで日本円を使っている側。
そこまで説明しようとすると、まず押入れから説明しなければならない。
「私が普段いる方のことです」
「そこをゲンダイっていうのかい?」
「ええと……もう、それでいいです」
「ずいぶん適当だね」
「説明すると長くなるので」
「ならゲンダイでいいじゃないか。通じるんだろ?」
リュシアはあっさり決めた。
「決まるの早いですね」
「名前なんて、呼べればいいんだよ」
商人らしいのかどうかは分からないが、少なくとも話は早かった。
こうして、澪が暮らしているこちら側は、リュシアの中で「ゲンダイ」になった。
◇ ◇ ◇
数日後。
江古田のアパートの六畳間で、澪はミニテーブルの上に小金貨を並べていた。
全部で5枚ある。
最初にリュシアから受け取った1枚だけではない。
鏡や針、爪切りを何度か持ち込み、その売上を受け取っているうちに少しずつ増えたものだ。
ヴァルデスでは、これでちゃんと物が買える。
問題は、江古田では何も買えないことだった。
澪は1枚をつまみ上げた。
縁には細かな模様が入り、表には王冠のような刻印と、小さな竜にも見える意匠がある。
異世界の硬貨なのだから、もう少し雑でもよさそうなものなのに、腹が立つほどきちんと作られていた。
「見た目だけなら、すごいんだけどなあ……」
財布を開き、小銭入れへ入れてみる。
普通に収まった。
「入るのが腹立つんですよね」
そこまで日本の財布に馴染むなら、日本円として働いてほしい。
しかし、江古田の定食屋でこれを出しても夕飯は食べられない。
大学の食堂でも使えないし、スマホ代の引き落としにもならない。
家賃など、もっと無理だった。
澪は小金貨を財布から出し、ミニテーブルへ戻した。
スマホを手に取ると、銀行口座には山梨の実家から振り込まれた今月分の仕送りが入っている。
大学へ進学して一人暮らしを始めてから、両親にはずっと助けてもらっていた。
家賃も生活費も、全部を自分だけで賄っているわけではない。
だからこそ、小金貨を見ながら別のことも考えてしまう。
「もし、これが収入になったら……扶養って、どうなるんだろ」
大学2年になったばかりの澪に、扶養の条件を詳しく説明できる知識はない。
ただ、収入が大きくなれば親にも何か影響する。
その程度は知っていた。
山梨の実家から仕送りを受けながら、娘は東京で異世界の金貨を換金している。
文章にすると、かなり説明の難しい家庭事情だった。
「まだ換金できるって決まったわけじゃないですけどね」
誰に言い訳しているのか、自分でも分からない。
まずは、この小金貨が本当に金なのか。
そこから確認する必要がある。
澪はスマホで貴金属の買取や分析について調べ始めた。
駅前にも、それらしい店はある。
ガラス張りで明るく、ブランド品や時計の写真が並んだ、入りやすそうな店だった。
少なくともヴァルデス市場の門番のように、店員が剣を下げてはいない。
「……行ける」
小金貨を1枚だけ小袋へ入れ、それをポーチへしまった。
バッグを持って玄関へ向かい、スニーカーまで履く。
ドアノブへ手をかけた。
そこで、動きが止まった。
『こちら、どちらで手に入れられたものですか?』
脳内に、感じのいい店員さんが現れた。
「……」
祖父からもらった。
駄目だ。
山梨で元気に暮らしている祖父を勝手に出所へ使うわけにはいかない。
海外のお土産。
どこの国ですか、と聞かれる。
ゲンダイではない方です。
もっと駄目だった。
「押入れの向こうで……」
試しに口に出してみた。
自分でも無理だと思った。
「……戻ろう」
まだ玄関から一歩も出ていない。
それでも撤退した。
スニーカーを脱いで六畳間へ戻り、小袋をミニテーブルへ置く。
小金貨は何も悪くない。
悪くないのだが、見ていると少し腹が立ってくる。
「あなたたち、説明が必要なんですよ」
当然、小金貨は答えなかった。
澪は息を吐き、部屋の中へ目を向ける。
壁際にはギターがあり、その近くには工具箱と彫金用の道具が置かれている。
銀線やヤスリのそばには、彫金教室へ持っていく布袋が掛かっていた。
そこまで見たところで、1人の顔が浮かぶ。
「……修さん」
飯島修一郎。
澪が通っている彫金教室の講師だった。
金属について分からないことがあるなら、金属に詳しい人へ聞けばいい。
当たり前の話である。
少なくとも、知らない買取店へ説明のできない金貨を持ち込むよりは、ずっと怖くなかった。
◇ ◇ ◇
次の彫金教室の日。
澪は小金貨を1枚だけ持っていった。
5枚全部ではない。
まず1枚。
何かあった時に全部まとめて失うのは嫌だった。
御徒町寄りの雑居ビルにある教室へ入ると、いつもの金属と薬品の匂いがした。
壁にはヤスリやペンチ、糸鋸が並び、作業台からは軽い金槌の音が聞こえている。
ここへ来ると少し安心する。
金属相手なら、何をすればいいのか分かる。
「篠原さん、今日はずいぶん早いね」
修さんが声をかけてきた。
「ちょっと……相談がありまして」
「作る方?」
「金属の方です」
「どっちも金属だけどね」
「あ」
言われてから気づいた。
修さんが少し笑う。
「授業が終わってからでいい?」
「はい」
それだけで、少し気が楽になった。
◇ ◇ ◇
教室が終わり、生徒たちが帰っていく。
澪は片づけを済ませたあとも、そのまま残っていた。
「それで、相談って?」
修さんが向かいへ座る。
澪はバッグからポーチを出し、その中の小袋を両手で持った。
「変な物なんですけど」
「篠原さんがそう言うなら、ちょっと楽しみだね」
「楽しみにしないでください」
「じゃあ、普通に見るよ」
逃げ道がなくなった。
澪は小袋を開き、小金貨を白い作業布の上へ置いた。
修さんの目つきが変わる。
大げさに驚いたわけではない。
教室で生徒の作品を見ていた目から、金属そのものを見る目に切り替わった。
表と裏を確認し、縁の模様を見る。
「外国のコイン?」
「……かなり遠いところの」
「かなり?」
「そこは聞かないでもらえると助かります」
修さんは一度だけ澪を見た。
「分かった」
「いいんですか?」
「金属の相談なんでしょう?」
「はい」
「じゃあ、まず金属として見よう」
それ以上は聞かなかった。
そのことが、澪にはありがたかった。
修さんはルーペを使い、刻印や表面を確かめていく。
「見覚えはないな。よく見る外国金貨でもないし、一般的な地金でもない」
「やっぱり」
「これだけでは何とも言えない。分析した方がいいね」
「分析できます?」
「うちなら」
「うち?」
修さんが名刺を取り出した。
澪は受け取り、そこに書かれた文字を見る。
飯島貴金属精錬株式会社。
代表取締役。
飯島修一郎。
名刺と修さんの顔を交互に見た。
「……社長さん?」
「一応ね」
「修さん、社長さんだったんですか?」
「教室でわざわざ言うことでもないから」
「私、ずっと普通に修さんって呼んでました」
「みんなそう呼んでるよ」
澪は少し考えた。
「急に社長って呼んだ方がいいですか」
「やめて。落ち着かない」
「よかったです」
「そこは安心するんだ」
修さんが笑った。
その笑い方は、教室にいる時と変わらない。
澪も少し肩の力を抜いた。
「会社で分析すれば、金の割合は分かるよ。売るなら、このまま正体不明のコインとして持ち込むより、地金として扱う方がいいと思う」
「売れます?」
「金がちゃんと入っていればね」
澪は小金貨を見る。
「同じのが、もう少しあります」
「何枚くらい?」
「……5枚」
「それなら、まず5枚で見ようか」
修さんにとっては、ごく普通の数量らしい。
澪にとっては家賃に化けるかもしれない5枚だった。
◇ ◇ ◇
「篠原さん、昼は?」
教室を出ようとしたところで、修さんに声をかけられた。
「まだです」
「私もまだなんだ。時間があるなら、近くで食べていかない?」
澪は一瞬迷った。
普段なら、こういう誘いは反射的に断ることが多い。
大学でも、講義が終わればそのまま帰る方だった。
けれど今日は、自分から修さんへ妙な相談を持ち込んでいる。
「……行きます」
「じゃあ行こう」
理由を聞かれることもなく、それだけで決まった。
◇ ◇ ◇
入ったのは、教室から近い小さな定食屋だった。
修さんは焼き魚定食を頼み、澪は生姜焼きにした。
注文を終えると、急に何を話せばいいのか分からなくなる。
澪が水のグラスへ手を伸ばしていると、修さんの方から口を開いた。
「篠原さん、大学2年だったよね」
「はい。経済学部です」
「20歳?」
「2月に20歳になりました」
「うちの娘と4つ違いか」
「娘さん、いるんですか?」
「16歳」
澪は少し意外だった。
「高校生ですか?」
修さんの表情が、ほんの少し止まる。
「それがね。今は学校へ行けてないんだ」
「あ……」
聞いてはいけないことを聞いた気がした。
「すみません」
「いや、謝らなくていいよ。私から話したんだから」
修さんは水を一口飲んだ。
「理央っていうんだけどね。家では普通に話す日もあるし、好きなことならずっと集中してる。でも学校の話になると難しくて」
澪は黙って聞いた。
「妻は、焦らせない方がいいって言うんだ。私も頭では分かってる」
「でも?」
「父親って、何かしてやらなきゃいけない気になるんだよ」
修さんが苦笑した。
「何もしないで見ているのが、案外難しい」
澪は箸袋の端を指でなぞった。
「私も、大学で人付き合いがあまり得意じゃないんです」
「そうなの?」
「講義は平気なんですけど、そのあとが苦手で」
「そのあと?」
「昼どうする、とか。今度どこか行こう、とか。ああいう正解のない会話になると、何を言えばいいのか分からなくなって」
修さんが静かに聞いている。
「だから、理央さんと同じって言いたいわけじゃないです。ただ……」
澪は少し考えてから続けた。
「何か言わなきゃいけないと思われると、余計に何も言えなくなることはあります」
修さんはすぐには答えなかった。
ちょうど料理が運ばれてきて、店員が皿を並べて離れていく。
「何か言わなきゃいけない、か」
修さんは箸を取った。
「私は、聞きすぎてるのかもしれないな」
「分かりませんよ。理央さんに会ったことないですし」
「うん。そこまで分かった顔をしないのも大事だね」
澪は少し安心した。
自分が一言言っただけで家庭の問題が解決する流れになったら、どうしようかと思っていた。
「妻にも似たようなことを言われるよ。妙子っていうんだけど」
「奥さんですか」
「そう。私より娘との間の取り方がうまい」
「修さん、間を取るの上手そうですけど」
「教室ではね」
「家では違うんですか?」
「父親になると駄目だね」
修さんが笑った。
澪も少し笑う。
さっきまで代表取締役だった人が、娘との接し方で普通に困っている。
それを知っただけで、少し近くなった気がした。
◇ ◇ ◇
食事の途中で、今度は修さんが聞いた。
「篠原さんは実家、遠いの?」
「山梨です」
「じゃあ一人暮らし?」
「はい。江古田で」
「仕送りも?」
「してもらってます」
答えてから、澪は少し言いにくくなった。
「だから今回のお金が大きかったら、ちょっと困ることもあるかなって」
「困る?」
「扶養とか」
修さんが「ああ」と頷いた。
「そこは気になるね」
「急に収入が増えたら、親にも何かありますよね」
「可能性はある。金額や所得の扱いで変わるから、その辺は税金の専門家へ聞いた方がいいね」
「やっぱりそうですか」
「少なくとも、買取明細は捨てないこと。それから、仕入れや取得にかかった金額が分かる物も残しておいた方がいい」
澪の頭に、百円ショップのレシートが浮かんだ。
「一応、取ってあります」
「それなら、そのまま残しておこう」
「修さん、急に社長っぽいですね」
「社長だからね」
「あ、そうでした」
今度は修さんの方が笑った。
食事が終わる頃には、最初ほど緊張していなかった。
自分から誰かと昼を食べること自体、大学ではほとんどない。
それなのに今日は、説明できない金貨を持ち込んだ先で、修さんの娘や奥さんの話まで聞いている。
順番としては、かなりおかしい。
でも、嫌ではなかった。
◇ ◇ ◇
数日後。
澪は小金貨5枚を持って、飯島貴金属精錬株式会社を訪れた。
受付を済ませ、案内された作業室で修さんと合流する。
「今日は本当に5枚だね」
「はい」
「減らさなかった?」
「増やしませんでした」
「そっちか」
澪は小袋を開き、小金貨を1枚ずつ作業布の上へ出した。
修さんが電子秤へ載せていく。
5枚の重さはそれぞれ7.84g、7.91g、7.88g、7.86g、7.90gだった。
「合計39.39g」
修さんが数字を確認する。
「かなり揃ってるね」
「ちゃんと作ってあるんですね」
「貨幣として流通していたなら、重さがばらばらでは困るでしょう」
「向こうでも同じなんだ……」
言ってから、澪は口を閉じた。
修さんがちらりとこちらを見る。
「向こう?」
「かなり遠いところです」
「そういうことにしておこうか」
「お願いします」
修さんはそれ以上聞かず、まず非破壊で成分を確認した。
分析機の画面へ数字が並ぶ。
元素記号や比率を見ても、澪にはよく分からない。
「金が主成分だね」
「本当に?」
「平均で91.6%くらい。残りは銀と銅が中心だ」
「純金じゃないんですね」
「純金だけだと柔らかいからね。実際に貨幣として使うなら、こっちの方が自然だよ」
澪は5枚の小金貨を見る。
ヴァルデスでは革袋へ放り込まれ、商人から商人へ渡っていた。
それなら、柔らかすぎる金貨では困る。
「全部で39.39g。そのうち、純金換算でだいたい36.08g」
修さんがさらに計算する。
その日の飯島貴金属での買取基準を当てると、金部分の評価額は548,435円になった。
「……54万円?」
「まだ最終金額じゃないよ」
「あ」
分析と精錬にかかる費用が引かれる。
差し引かれるのは15,875円。
修さんが最後の数字を示した。
「買取額は532,560円」
「……532,560円」
澪は、そのまま読み上げた。
5枚で532,560円。
1枚あたりなら10万円を少し超える。
リュシアから受け取った時には、小金貨としか思っていなかった物が、ゲンダイではそこまでの金額になる。
澪はもう一度数字を見る。
「家賃……」
思わず声が漏れた。
「払えるね」
「何か月か払えます」
「そこは物件によるけどね」
「私のところなら大丈夫です」
かなり真剣に答えると、修さんが笑いを堪えるように口元へ手をやった。
「売却でいい?」
「お願いします」
「じゃあ明細を出す。振込先も確認しよう」
銀行口座、本人確認、買取明細、振込。
急に並ぶ言葉が、完全にゲンダイだった。
澪には、その方がむしろ安心できた。
◇ ◇ ◇
入金は本当にあった。
江古田のアパートへ戻り、スマホの銀行アプリを開く。
飯島貴金属精錬株式会社から、532,560円。
画面を閉じて、もう一度開く。
数字は消えない。
「……増えてる」
小金貨のままではできなかったことが、今ならできる。
コンビニで買い物ができる。
家賃も払えるし、電気代やガス代、スマホ代にも使える。
大学の教材を買っても、店員を困らせない。
ようやく小金貨が、こちら側のお金になった。
うれしくなりかけたところで、スマホに別の通知が届いた。
山梨の母からだった。
『今月分、振り込んであるから確認してね』
「……あ」
銀行アプリには、飯島貴金属からの入金と、実家からの仕送りが同じ画面に並んでいる。
澪はしばらく見ていた。
大学へ通わせてもらい、一人暮らしのために仕送りもしてもらっている。
その娘の口座へ、突然50万円を超える入金が来た。
「これ、続くなら言わないと駄目だよね……」
異世界の話はできない。
金貨の出所も説明できない。
それでも、今後も同じような収入が続くなら、仕送りや扶養のことを何も考えないままにはできなかった。
母への返信欄を開く。
『ありがとう。ちゃんと確認しました』
そこまで入力する。
続けて、
『ちょっと収入のことで相談したいことがあります』
と書いた。
指が止まる。
相談するとして、何から説明すればいい。
彫金関係で金属を売った。
それだけなら嘘ではない。
だが、その金属をどこから手に入れたのかと聞かれたら、結局同じところへ戻る。
澪は2行目だけ消した。
『ありがとう。ちゃんと確認しました』
送信する。
話さなくていい、とは思っていない。
ただ、自分でもまだ整理できていない話を、山梨の両親へ放り投げる勇気がなかった。
澪は飯島貴金属の買取明細をもう一度開いた。
532,560円。
小金貨5枚。
家賃にはなった。
けれど、家賃になった瞬間から、今度はゲンダイで説明しなければならないお金にもなった。