澪の視界には、まだ鑑定の表示が残っていた。
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アレシア・ヴァレシオ
分類:人間
身分:セレヴィア王国 第一王女
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「あ、ホントのお姫様みたいですよ」
「え?」
理央は馬車の前に立つ若い女性を見た。それから澪を見て、もう一度女性へ顔を戻す。
「……本当に第一王女なんですか?」
「第一王女って出てます」
「本当にあるんですね、こういう展開」
「自分で言ったんじゃないですか」
「言いましたけど、小説ならって意味です」
理央の声はまだ小さい。けれど、驚きだけは隠せていなかった。
若い女性――アレシアは、負傷した護衛を見回してから3人へ向き直った。外套には泥が付き、戦闘の最中に乱れた髪もそのままだった。それでも、護衛たちは彼女が動くたびに道を空ける。
馬車から降りてきた彼女は、理央とそれほど離れていない年頃にも見えた。理央が小説の中で思い浮かべた威厳のある王族より、ずっと若い。
その若い女性へ、血の付いた護衛たちが当然のように頭を下げている。理央はそこでようやく、澪の鑑定結果が冗談ではないと実感した。
「危ういところをお救いいただき、感謝いたします。皆様がいらっしゃらなければ、さらに多くの者が倒れていたでしょう」
アレシアが頭を下げると、立てる護衛まで姿勢を正そうとした。その一人が傷に顔をしかめる。
アレシアはそれに気づき、すぐ顔を上げた。
「無理に立たなくてよい。傷を見てもらいなさい」
命じられた護衛は、なおも王女のそばを離れることをためらった。別の護衛が肩を貸して、ようやく街道脇へ連れていく。
「2人とも、その話は後だ」
真壁の視線は、王女ではなく負傷者へ向いていた。
理央もすぐに口を閉じた。お約束が本当だったことより、目の前にはまだ血を流している人がいる。
ただ、処置を始める前に、アレシア側にも確認しておきたいことがあったらしい。
護衛を束ねている男が、真壁たちの前へ出た。剣は鞘へ戻しているが、その手はまだ柄から遠くない。
「失礼ながら、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
助けられたからといって、素性の分からない3人を無条件に信じるわけにはいかない。それは当然の警戒だった。
「篠原澪です」
「真壁久忠だ」
「飯島理央です」
澪は一瞬だけ真壁を見た。異世界とゲンダイを行き来していることも、押し入れのことも話せない。
真壁がその視線を受けて、先を引き取った。
「我々は王国から来た商人だ。西方の土地と商いを見るため、アルヴェラ方面へ向かっている」
護衛の男は3人を順に見た。
「……商人なのですか?」
「商人です」
澪は即答した。
だが、つい先ほどまで白い光が街道を走り、雷が襲撃者を倒し、飛んできた矢が薄い靄へ消えていた。疑問を持たれる方が自然だった。
「王国には、魔術を扱う商人もいる。我々もそのようなものだと思っていただければよい」
「あの戦い方で、そのようなものと言われましても……」
男は言いかけて、口を閉じた。アレシアも3人を観察していたが、それ以上は問い詰めなかった。
「今は皆様のお言葉を信じます。少なくとも、私どもの命を救ってくださったことは事実です」
全面的に信用したのではない。けれど、疑って話を止める場合でもない。
澪はその距離の取り方に、少しだけ安心した。
護衛の男には、もう一つ聞きたいことがあった。
「真壁殿。先ほど白い光を放っていた魔道具は、いったい何なのですか」
澪と理央が同時に真壁を見る。
フローライト魔石式ビームマシンガンは、すでに収納へ戻されている。名前も仕組みも、ここで教える必要はない。
「杖だ」
「……杖、ですか?」
「そうだ。魔術を行使するための杖だね」
真壁はまったく迷わなかった。
護衛の男は、白い光が連続して地面を弾いた光景を思い返しているらしい。眉間の皺が深くなる。
理央が澪へ顔を寄せた。
「どう見ても銃ですよね」
「理央ちゃん、言わないでください」
小声だったが、真壁には届いていた。
「形状は用途によって変わる」
「杖って普通、もうちょっと棒じゃないですか?」
「棒でなければならないという決まりはない」
「押し切るんですね」
澪が呆れた声を出す。
護衛の男はアレシアを見た。アレシアも答えに困ったらしく、ほんの少し首を傾けている。
「王国では、あのような杖が一般的なのでしょうか」
「いや、一般的ではない」
「そこは否定するんですね」
理央の反応に、澪は笑いそうになって口元を押さえた。
真壁は表情を変えない。
「魔石から光を放つ、魔術用の杖だ。それ以上でも以下でもない」
「……承知しました」
護衛の男は納得した顔ではなかった。しかし他国の魔道具について、違うと断言できる材料もない。
「杖だ」
真壁は最後にもう一度言った。
街道脇から低い呻き声が聞こえた。
真壁の顔から、わずかに残っていた会話の余裕が消える。
「話は後にしよう。まず怪我人だ」
「お願いします。私への説明より、皆を」
アレシアもすぐに道を空けた。
負傷者は一か所に集められていない。戦っていた位置のまま座り込んでいる者、馬車へ背を預けた者、横になったまま動けない者がいた。
護衛側だけではない。拘束された襲撃者の中にも、腕を押さえてうずくまる者がいる。真壁は所属で順番を決めず、今すぐ処置しなければ危ない者を探した。
真壁は端から順番に診ることはしなかった。全員を見渡し、鑑定を使いながら、呼吸、出血、意識の有無を確かめていく。
「この者を先に運ぼう。仰向けにはせず、そのまま支えてくれ」
護衛たちが指示に従う。
腕を深く斬られた者より先に、外からは大きな傷の見えない男へ向かった。男は浅く速い呼吸を繰り返し、返事も鈍い。
真壁が声をかけても、目だけがわずかに動いた。アレシアが近づこうとしたが、護衛を束ねる男が静かに前へ出て止める。王女を危険から遠ざけるためというより、真壁の手を邪魔しないためだった。
「こちらの方が危険なのですか?」
アレシアの問いに、真壁は男の胸元へ手を当てたまま答えた。
「見える血の量だけでは決められない。澪君、こちらへ」
「はい」
「理央君は、動ける者に倒れている者の名前を聞いてくれ。返事のない者がいたら、すぐ知らせるのだ」
「分かりました」
理央は走り出しかけ、一歩目で止まった。戦場だった場所を闇雲に走らず、落ちた武器を避けて進む。
返事ができる者には名前を聞き、そばの者にも確認する。声の出ない者を見つけると、自分で動かそうとせず真壁を呼んだ。
冬の空気に、血と泥の臭いが混じっていた。
剣戟が終わっても、人を助ける時間は終わっていない。
澪が収納から包帯を出そうとした時には、真壁の前に薄い靄が広がっていた。
街道脇へ、折り畳まれた敷物と救護用品が次々に現れる。
生理食塩水。純水。包帯。ガーゼ。清潔な布。手袋。傷を固定する用品。酸素。点滴用品。注射器。種類の違うポーション。
道端に作る応急処置の場所としては、明らかに量がおかしい。
護衛たちも、捕らえた者の見張りを忘れそうな顔で並んだ品を見た。この国の治療院でも、街道へこれだけの道具を一度に持ち出すのは難しい。荷馬車に積めば場所を取り、使うか分からない物まで運ぶ余裕はなくなる。
真壁の収納には、その制約がなかった。
戻ってきた理央が足を止めた。
「……それ、全部使うんですか?」
「必要なものだけだ」
「必要じゃない物まで出してません?」
澪も並んだ品を見回す。
「状態を見て戻せばよい。必要になってから探すより早い」
「応急処置の量じゃないですよね」
「収納に入れておけば、持ち運ぶ量を気にする必要はない」
真壁は当然のことを言った顔で手袋を着けた。
並べた物を何でも使うわけではなかった。傷の洗浄には純水を使い、輸液が必要と判断した者には生理食塩水を選ぶ。呼吸が弱い者にだけ酸素を用意し、注射器には手を付けない。
ポーションも一律には飲ませなかった。
「これは傷には効くが、今の状態で急に飲ませるべきではない。こちらは意識が戻ってからだ」
鑑定結果と負傷の状態を照らし合わせ、使う物を分けている。
護衛の一人が、重傷者へすぐポーションを使わないことを不安そうに見ていた。真壁は視線だけでそれに気づく。
「効く薬でも、飲ませ方を誤れば危険になる。この者は先に呼吸を安定させる」
護衛は完全に理解したわけではなさそうだったが、真壁が何もせず待っているのではないと分かり、口を閉じた。
理央は並んだ用品と真壁を交互に見た。
「いつから、こんなに持ってたんですか?」
「少しずつ揃えた」
「少しずつの結果が多すぎません?」
真壁は答えず、不要と判断した品を薄い靄へ戻した。
その手つきに迷いはなかった。
腕を斬られた護衛の傷を洗い、真壁は出血の位置を確かめた。ガーゼを当て、圧迫する場所を澪へ示す。
「そのまま押さえていてくれ」
「はい。……真壁さん、医術、取ったんですか?」
以前、レヴァニアで治療を手伝った時とは違う。
あの時の真壁は、鑑定で異常の位置を見つけ、それを医術の使えるハリルへ伝えていた。今は見るだけでなく、自分で処置している。
「レヴァニアから戻ってからね」
「もうどれくらいです?」
「Lv3だ」
理央が新しい包帯を渡しながら、真壁の横顔を見た。
「3まで上げたんですか?」
「必要になる可能性があるからね」
真壁は傷の深さをもう一度確かめ、包帯を巻く位置を変えた。
「誰にです?」
澪に問われ、真壁は処置を続けたまま答えた。
「君たちだ。異世界で怪我をした時、医者や治療院が近くにあるとは限らない」
澪の手に、少し力が入った。
真壁が用意していた大量の用品は、見知らぬ街道で偶然出会う負傷者だけを想定したものではない。
「ゲンダイでも練習したんですか?」
「止血、洗浄、固定、搬送、呼吸の確認。必要な範囲は一通りだ。道具を持っていても、使えなければ意味がない」
「だからって、酸素と点滴まで持ち歩きます?」
「持ち歩いてはいない。収納している」
理央は一度口を開き、閉じた。
「……そういう問題ですか?」
「少なくとも重量の問題ではないね」
真壁は処置を終えた腕を確かめ、次の負傷者へ移った。
目的はここで完治させることではない。治療を受けられる場所まで、生きた状態でつなぐことだった。
負傷者は一人ではない。
真壁が次の者を診ている間にも、別の護衛が痛みに顔を歪めていた。
「澪君、こちらの布を押さえてくれ」
「はい」
「理央君、その包帯を取ってくれ」
「これですか?」
「それだ。端を地面へ付けないように」
理央は両手で包帯を持ち直した。指先が少し震えている。それでも目を逸らさず、真壁の手元を見る。
澪は負傷者へ鑑定を繰り返した。処置前に出ていた異常が、圧迫や固定の後にどう変わるのか。真壁が次に何をするのか。表示と実際の状態を一つずつ結びつけていく。
鑑定を一度使って終わりにはしない。呼吸が変わればもう一度。包帯へ血が広がれば、押さえている位置と表示を見直す。真壁が指示を変えた時には、その前後で何が違ったのかを確かめた。
理央も鑑定は使えるが、今日は真壁から渡された仕事で手いっぱいだった。包帯を渡し、言われた場所を押さえ、汚れた物と未使用の物を混ぜないように分ける。真壁の処置を前後まで追い続けているのは澪だけだった。
「呼吸は?」
「さっきより落ち着いています。出血も減っています」
「では、そのまま維持しよう」
理央が包帯を渡しながら、小さく尋ねた。
「……これも訓練なんですか?」
「そうだね」
「本物の怪我人なんですけど」
「だから私が見ている。任せてよいことしか頼んでいない」
真壁は手を止めなかった。
「それに、私が倒れることもある。その時は君たちがやらなければならない」
澪が顔を上げる。
「真壁さんがですか?」
「可能性はある」
「そこは否定しないんですね」
理央の声には、わずかな不安が混じった。
「否定はできないね。だから備えるのだ」
「でも、真壁さんを運ぶのって大変そうです」
理央が真面目な顔で言った。
「そこですか?」
「だって、意識がなかったら自分で転移できないですよね」
「その場合も含めて、2人が最低限の状態を見られる必要がある」
理央の疑問は冗談ではなかった。真壁が倒れた時、普段なら何でもできる本人へ頼ることはできない。
真壁が絶対に倒れないという前提で動く方が危険だった。
理央は包帯から手を離す前に、固定できていることを確かめた。
「これでいいですか?」
「ああ。上手くできている」
その一言で、理央の肩から少しだけ力が抜けた。
重傷者の呼吸と出血が落ち着き、街道脇の空気がようやく緩んだ。
真壁は使い終えた物と未使用の物を分け、薄い靄の中へ戻していく。汚れた物まで同じ場所へ混ぜてはいないらしい。
その様子を見ていた護衛の一人が、遠慮がちに声をかけた。
「真壁殿は、医師なのですか?」
「いや。商人だ」
短い沈黙が落ちた。
少し前まで、真壁は白い光を連射する杖を使っていた。戦場全体を見て護衛へ動く隙を作り、今は身体の中の異常まで見つけて処置を終えた。
理央が澪へ小声で言う。
「……無理がありますよね」
「今回は私もそう思います」
「越後屋のご隠居さんみたいです」
「またそれですか」
「だって、商人で、魔術師で、変な杖を持ってて、戦えて、指揮できて、医術まで使えるんですよ」
「理央君、聞こえているよ」
真壁が救護用品を片付けながら言った。
「すみません」
理央は素直に謝った。けれど、少し考えてから首を傾げる。
「でも、だいたい合ってません?」
「ただの商人なのだがね」
「そこが一番無理あります」
澪まで同意した。
護衛は会話についていけていなかったが、3人の間に張り詰めたものがないことは分かったらしい。警戒したままでも、先ほどより表情は柔らかい。
少し離れたところでは、アレシアが処置を終えた護衛一人ずつへ声をかけていた。
真壁もその姿を見たが、評価を口にはしなかった。
救護が一段落すると、真壁は襲撃現場へ戻った。
拘束された襲撃者は、動ける護衛が見張っている。街道には折れた矢や落とされた武器が残り、車輪の脇には戦闘で削れた跡があった。
理央は昨日すれ違った、盗賊被害を受けた商人の荷車を思い出した。
裂けた幌。減った荷。奪われた後の空いた荷台。
目の前の馬車は傷付いている。だが、積み荷は残っていた。
澪は一つの荷箱へ近づき、蓋と留め具を見る。戦闘で土は付いているが、こじ開けた跡はない。別の馬車の荷台にも、布を掛けた荷がそのまま積まれていた。
「……何も盗っていませんね」
理央の言葉に、澪も荷台を見る。
「そうですね。荷箱も開けられてないみたいです」
「ああ」
真壁は馬車だけでなく、つながれた馬も確認した。
馬を連れ去ろうとした形跡はない。荷物を探して辺りを荒らした様子も薄い。落ちた袋の口が開いているのは戦闘のためで、中身を選んで持ち去ったわけではなかった。
「途中で私たちが来たから、盗れなかっただけじゃないですか?」
理央が尋ねる。
「その可能性はある。だが、襲撃者は戦闘中も荷へ向かっていなかった」
真壁は、襲撃者が倒れていた位置も見る。荷台の後ろで捕らえられた者はほとんどいない。集まっていたのは、中央の馬車へ近づける場所ばかりだった。
真壁の白い光に止められた者も、澪の雷を避けた者も、荷車へ手を伸ばしてはいない。
「目的が荷物なら、護衛が崩れた時に一箱でも持ち出そうとする者がいてよい」
澪が中央の馬車へ目を向けた。
「じゃあ、何を取りに来たんでしょう」
答えは、まだ出なかった。
ただ、昨日出会った商人と同じ被害ではないことだけは分かる。あの商人は売るための荷を奪われた。ここでは、荷を奪うための動きそのものが見当たらなかった。
数台の馬車を見比べると、違いははっきりしていた。
他の馬車にも剣や矢の跡はある。だが、それは護衛と襲撃者がぶつかった場所に付いたものが多い。
アレシアが乗っていた馬車だけは、扉の周囲と側面へ攻撃の跡が集まっていた。
「この馬車だけ、ひどくないですか?」
澪が扉の脇に残る傷を指した。
「戦ってる時も、みんなここへ来ようとしてましたよね」
理央も周囲を見回す。斧を持った男が回り込もうとしたのも、この馬車の側面だった。魔法使いが火球を放った先も同じ方向だった。
「ああ」
真壁は襲撃が始まってからではなく、自分たちが見た時点の動きを頭の中で組み直した。
正面から護衛を押す者。側面へ回る者。弓で馬車の周囲を狙う者。魔術で守りを崩そうとした者。
全員が完璧に統率されていたわけではない。それでも、好き勝手に荷物へ群がった集団とも違う。
弓を使った者は離れた位置から護衛を動かし、正面の者が押した時に側面の人数が増えている。真壁たちが介入した後も、全員が同時に逃げ出したのではなく、何人かは退路を作ろうとしていた。
軍隊ほど揃った動きではない。だが、その場で偶然思いついたにしては噛み合っていた。
「最初から、この一台を狙っていたように見える」
アレシアは黙って自分の馬車を見た。
「私が乗っていると、知っていたのでしょうか」
「その可能性はある。ただし、襲撃者がどこまで知っていたかは分からない」
「王女の馬車だと知らず、守りの厚い一台を狙った可能性もあるってことですか?」
澪の問いに、真壁は頷いた。
「事実として言えるのは、この馬車へ攻撃が集中していたことだけだ」
護衛を束ねる男も、馬車の傷を見ていた。戦闘中は目の前の相手を止めることで精一杯だったのだろう。改めて残った跡を比べ、その顔から血の気が引いていく。
アレシアの表情は強張ったが、真壁は慰めるために推測を事実へ変えなかった。
拘束された襲撃者たちは、地面へ座らされていた。
装備は揃いではない。使い込まれた剣もあれば、手入れの悪い革具もある。一見すれば、街道に出る盗賊と大きくは違わなかった。
武器へ製造元を示すような印はなく、同じ場所からまとめて支給された様子もない。服装もばらばらだった。見た目だけなら、普段から街道を襲っていた者を集めたと考えても不自然ではない。
「じゃあ、あの人たち、盗賊じゃないんですか?」
理央が声を落として尋ねた。
「盗賊ではあるかもしれない」
「どっちなんです?」
「普段は盗賊でも、今回は金を受け取って別の仕事をした可能性がある」
真壁は残された武器と、襲撃者同士の位置を見る。
「雇われたってことですか?」
澪の表情が変わる。
「可能性はある。略奪が目的なら、荷や馬を無視する理由が薄い。目標を一台へ絞り、ある程度役割を分けて動いていたことにも説明が付く」
「盗賊に、お金を渡して別のことをさせたってことですか」
「そういう形も考えられる」
理央は納得しかけ、すぐ別の疑問を持った。
「でも、雇われたなら、もっと同じ装備になりません?」
「装備まで用意すれば、依頼した側へつながる物が増える。元から持っている物を使わせる方が痕跡は少ないだろう」
理央はアレシアの馬車を見た。
「王女様を殺すつもりだったんでしょうか」
「そこまでは分からない」
真壁はすぐに否定した。
「殺害、誘拐、脅迫、あるいは進路を変えさせること。考えられる目的はいくつもある。誰が金を出したのかも、今は材料がない」
「小説なら、ここで黒幕が分かるんですけど」
「現実は、都合よく台詞を残してはくれないね」
理央は拘束された者たちを見る。誰かが分かりやすい紋章や命令書を落としているわけではない。
真壁はアレシアにも、確認できたことだけを伝えた。
「普通の略奪目的とは考えにくい。金で雇われた者が混じっている可能性はある。ただし、目的も依頼主も不明だ」
「分かりました。捕らえた者への確認は、私どもで行います」
アレシアも、それ以上の答えを無理に求めなかった。
今必要なのは、推理を完成させることではなく、負傷者を連れて街道を離れることだった。
アレシア一行も、澪たちと同じくアルヴェラ方面へ向かっていた。
護衛には負傷者が出ている。馬車も走れないほどではないが、すぐに元の速度へ戻せる状態ではない。
「我々も同じ方向だ。当面は同行しよう」
真壁が申し出ると、アレシアは一度、護衛を束ねる男を見た。男が小さく頷く。
「ご厚意に甘えさせてください」
同行が決まり、動ける者たちは出発の準備へ戻った。
真壁は最後に、処置した負傷者をもう一度鑑定する。呼吸、出血、固定した傷。街道へ到着した時より、危険な表示は減っていた。
その時、真壁の前に新しい表示が現れた。
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医術 3 → 4
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「医術が上がったようだ」
「そりゃ、あれだけやれば上がりますよ」
澪も真壁を鑑定する。表示されている医術は、確かにLv4へ変わっていた。
「応急処置って量じゃなかったですからね」
澪は、処置を終えた負傷者にも目を向けた。
最初に鑑定した時の状態。真壁が選んだ処置。その後、身体の中で何が変わったのか。今日だけで何度も見比べた結果が、まだ頭の中に残っている。
その時、澪の前に新しい表示が現れた。
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医術:芽あり
────────────────
「……あれ?」
「どうしました?」
「医術の芽が出ました」
「澪さんにも?」
真壁が澪を見る。
「私の時と同じだろうね」
「真壁さんの時?」
「カラハンで、私がハリル先生の処置を鑑定していた時だ」
澪にも心当たりがあった。真壁がどこを見て、何を選び、どんな処置をしたのか。その前後を鑑定で繰り返し見続けていた。
「……真壁さんの医術を鑑定で見てたからですか」
「おそらくね」
カラハンでハリルの処置を見続けた真壁と同じように、鑑定で実際の医術を追い続けた結果らしい。
そう話している間に、今度は理央が固まった。
「……え?」
「今度は理央ちゃん?」
「私にも出ました」
「何が?」
「医術です。芽ありって」
澪はすぐに理央を鑑定した。理央には鑑定9がある。だが今日、真壁の処置を前後まで追っていたのは澪で、理央は指示された補助に集中していた。
それでも、ほとんど間を置かず同じ芽が現れた。
────────────────
共鳴 2
鑑定 9
医術:芽あり
────────────────
以前すでに成立していた共鳴。その技能はLv2まで上がっている。
「……共鳴?」
「これ、共鳴なんですか?」
真壁も2人の表示と、芽が現れた順番を確認した。
「その可能性が高いね」
「でも私、澪さんみたいにずっと鑑定してませんよ」
「だからじゃないですか?」
「私が覚えたんじゃなくて、澪さんに出たから……?」
「少なくとも、そう考えれば今回の現象には説明がつく。ただし、一例だけで共鳴の条件まで決めるのは早い。帰ってから確認しよう」
「やっぱりそうなりますよね」
理央は自分の表示を見直した。
「……私、医術まで増えるんですか」
「まだ芽ですけどね」
「そういう問題です?」
「共鳴の確認も増えましたね」
「今日、お姫様を助けただけのはずなんですけど」
「真壁さんが応急処置をやりすぎたからですよ」
「必要な処置をしただけだ」
「酸素と点滴まで出してましたよ」
「必要になる可能性があった」
理央は真壁と、片付けられた救護用品の跡を見比べた。
「やっぱり越後屋のご隠居さんじゃないですよ」
「じゃあ何なんです?」
澪に聞かれ、理央は少し考えた。
「……杖を撃つ移動病院」
「商人だ」