押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第303話 杖だ

 

 澪の視界には、まだ鑑定の表示が残っていた。

 

────────────────

アレシア・ヴァレシオ

分類:人間

身分:セレヴィア王国 第一王女

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「あ、ホントのお姫様みたいですよ」

 

「え?」

 

 理央は馬車の前に立つ若い女性を見た。それから澪を見て、もう一度女性へ顔を戻す。

 

「……本当に第一王女なんですか?」

 

「第一王女って出てます」

 

「本当にあるんですね、こういう展開」

 

「自分で言ったんじゃないですか」

 

「言いましたけど、小説ならって意味です」

 

 理央の声はまだ小さい。けれど、驚きだけは隠せていなかった。

 

 若い女性――アレシアは、負傷した護衛を見回してから3人へ向き直った。外套には泥が付き、戦闘の最中に乱れた髪もそのままだった。それでも、護衛たちは彼女が動くたびに道を空ける。

 

 馬車から降りてきた彼女は、理央とそれほど離れていない年頃にも見えた。理央が小説の中で思い浮かべた威厳のある王族より、ずっと若い。

 

 その若い女性へ、血の付いた護衛たちが当然のように頭を下げている。理央はそこでようやく、澪の鑑定結果が冗談ではないと実感した。

 

「危ういところをお救いいただき、感謝いたします。皆様がいらっしゃらなければ、さらに多くの者が倒れていたでしょう」

 

 アレシアが頭を下げると、立てる護衛まで姿勢を正そうとした。その一人が傷に顔をしかめる。

 

 アレシアはそれに気づき、すぐ顔を上げた。

 

「無理に立たなくてよい。傷を見てもらいなさい」

 

 命じられた護衛は、なおも王女のそばを離れることをためらった。別の護衛が肩を貸して、ようやく街道脇へ連れていく。

 

「2人とも、その話は後だ」

 

 真壁の視線は、王女ではなく負傷者へ向いていた。

 

 理央もすぐに口を閉じた。お約束が本当だったことより、目の前にはまだ血を流している人がいる。

 

 

 

 

 ただ、処置を始める前に、アレシア側にも確認しておきたいことがあったらしい。

 

 護衛を束ねている男が、真壁たちの前へ出た。剣は鞘へ戻しているが、その手はまだ柄から遠くない。

 

「失礼ながら、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

 助けられたからといって、素性の分からない3人を無条件に信じるわけにはいかない。それは当然の警戒だった。

 

「篠原澪です」

 

「真壁久忠だ」

 

「飯島理央です」

 

 澪は一瞬だけ真壁を見た。異世界とゲンダイを行き来していることも、押し入れのことも話せない。

 

 真壁がその視線を受けて、先を引き取った。

 

「我々は王国から来た商人だ。西方の土地と商いを見るため、アルヴェラ方面へ向かっている」

 

 護衛の男は3人を順に見た。

 

「……商人なのですか?」

 

「商人です」

 

 澪は即答した。

 

 だが、つい先ほどまで白い光が街道を走り、雷が襲撃者を倒し、飛んできた矢が薄い靄へ消えていた。疑問を持たれる方が自然だった。

 

「王国には、魔術を扱う商人もいる。我々もそのようなものだと思っていただければよい」

 

「あの戦い方で、そのようなものと言われましても……」

 

 男は言いかけて、口を閉じた。アレシアも3人を観察していたが、それ以上は問い詰めなかった。

 

「今は皆様のお言葉を信じます。少なくとも、私どもの命を救ってくださったことは事実です」

 

 全面的に信用したのではない。けれど、疑って話を止める場合でもない。

 

 澪はその距離の取り方に、少しだけ安心した。

 

 

 

 

 護衛の男には、もう一つ聞きたいことがあった。

 

「真壁殿。先ほど白い光を放っていた魔道具は、いったい何なのですか」

 

 澪と理央が同時に真壁を見る。

 

 フローライト魔石式ビームマシンガンは、すでに収納へ戻されている。名前も仕組みも、ここで教える必要はない。

 

「杖だ」

 

「……杖、ですか?」

 

「そうだ。魔術を行使するための杖だね」

 

 真壁はまったく迷わなかった。

 

 護衛の男は、白い光が連続して地面を弾いた光景を思い返しているらしい。眉間の皺が深くなる。

 

 理央が澪へ顔を寄せた。

 

「どう見ても銃ですよね」

 

「理央ちゃん、言わないでください」

 

 小声だったが、真壁には届いていた。

 

「形状は用途によって変わる」

 

「杖って普通、もうちょっと棒じゃないですか?」

 

「棒でなければならないという決まりはない」

 

「押し切るんですね」

 

 澪が呆れた声を出す。

 

 護衛の男はアレシアを見た。アレシアも答えに困ったらしく、ほんの少し首を傾けている。

 

「王国では、あのような杖が一般的なのでしょうか」

 

「いや、一般的ではない」

 

「そこは否定するんですね」

 

 理央の反応に、澪は笑いそうになって口元を押さえた。

 

 真壁は表情を変えない。

 

「魔石から光を放つ、魔術用の杖だ。それ以上でも以下でもない」

 

「……承知しました」

 

 護衛の男は納得した顔ではなかった。しかし他国の魔道具について、違うと断言できる材料もない。

 

「杖だ」

 

 真壁は最後にもう一度言った。

 

 

 

 

 街道脇から低い呻き声が聞こえた。

 

 真壁の顔から、わずかに残っていた会話の余裕が消える。

 

「話は後にしよう。まず怪我人だ」

 

「お願いします。私への説明より、皆を」

 

 アレシアもすぐに道を空けた。

 

 負傷者は一か所に集められていない。戦っていた位置のまま座り込んでいる者、馬車へ背を預けた者、横になったまま動けない者がいた。

 

 護衛側だけではない。拘束された襲撃者の中にも、腕を押さえてうずくまる者がいる。真壁は所属で順番を決めず、今すぐ処置しなければ危ない者を探した。

 

 真壁は端から順番に診ることはしなかった。全員を見渡し、鑑定を使いながら、呼吸、出血、意識の有無を確かめていく。

 

「この者を先に運ぼう。仰向けにはせず、そのまま支えてくれ」

 

 護衛たちが指示に従う。

 

 腕を深く斬られた者より先に、外からは大きな傷の見えない男へ向かった。男は浅く速い呼吸を繰り返し、返事も鈍い。

 

 真壁が声をかけても、目だけがわずかに動いた。アレシアが近づこうとしたが、護衛を束ねる男が静かに前へ出て止める。王女を危険から遠ざけるためというより、真壁の手を邪魔しないためだった。

 

「こちらの方が危険なのですか?」

 

 アレシアの問いに、真壁は男の胸元へ手を当てたまま答えた。

 

「見える血の量だけでは決められない。澪君、こちらへ」

 

「はい」

 

「理央君は、動ける者に倒れている者の名前を聞いてくれ。返事のない者がいたら、すぐ知らせるのだ」

 

「分かりました」

 

 理央は走り出しかけ、一歩目で止まった。戦場だった場所を闇雲に走らず、落ちた武器を避けて進む。

 

 返事ができる者には名前を聞き、そばの者にも確認する。声の出ない者を見つけると、自分で動かそうとせず真壁を呼んだ。

 

 冬の空気に、血と泥の臭いが混じっていた。

 

 剣戟が終わっても、人を助ける時間は終わっていない。

 

 

 

 

 澪が収納から包帯を出そうとした時には、真壁の前に薄い靄が広がっていた。

 

 街道脇へ、折り畳まれた敷物と救護用品が次々に現れる。

 

 生理食塩水。純水。包帯。ガーゼ。清潔な布。手袋。傷を固定する用品。酸素。点滴用品。注射器。種類の違うポーション。

 

 道端に作る応急処置の場所としては、明らかに量がおかしい。

 

 護衛たちも、捕らえた者の見張りを忘れそうな顔で並んだ品を見た。この国の治療院でも、街道へこれだけの道具を一度に持ち出すのは難しい。荷馬車に積めば場所を取り、使うか分からない物まで運ぶ余裕はなくなる。

 

 真壁の収納には、その制約がなかった。

 

 戻ってきた理央が足を止めた。

 

「……それ、全部使うんですか?」

 

「必要なものだけだ」

 

「必要じゃない物まで出してません?」

 

 澪も並んだ品を見回す。

 

「状態を見て戻せばよい。必要になってから探すより早い」

 

「応急処置の量じゃないですよね」

 

「収納に入れておけば、持ち運ぶ量を気にする必要はない」

 

 真壁は当然のことを言った顔で手袋を着けた。

 

 並べた物を何でも使うわけではなかった。傷の洗浄には純水を使い、輸液が必要と判断した者には生理食塩水を選ぶ。呼吸が弱い者にだけ酸素を用意し、注射器には手を付けない。

 

 ポーションも一律には飲ませなかった。

 

「これは傷には効くが、今の状態で急に飲ませるべきではない。こちらは意識が戻ってからだ」

 

 鑑定結果と負傷の状態を照らし合わせ、使う物を分けている。

 

 護衛の一人が、重傷者へすぐポーションを使わないことを不安そうに見ていた。真壁は視線だけでそれに気づく。

 

「効く薬でも、飲ませ方を誤れば危険になる。この者は先に呼吸を安定させる」

 

 護衛は完全に理解したわけではなさそうだったが、真壁が何もせず待っているのではないと分かり、口を閉じた。

 

 理央は並んだ用品と真壁を交互に見た。

 

「いつから、こんなに持ってたんですか?」

 

「少しずつ揃えた」

 

「少しずつの結果が多すぎません?」

 

 真壁は答えず、不要と判断した品を薄い靄へ戻した。

 

 その手つきに迷いはなかった。

 

 

 

 

 腕を斬られた護衛の傷を洗い、真壁は出血の位置を確かめた。ガーゼを当て、圧迫する場所を澪へ示す。

 

「そのまま押さえていてくれ」

 

「はい。……真壁さん、医術、取ったんですか?」

 

 以前、レヴァニアで治療を手伝った時とは違う。

 

 あの時の真壁は、鑑定で異常の位置を見つけ、それを医術の使えるハリルへ伝えていた。今は見るだけでなく、自分で処置している。

 

「レヴァニアから戻ってからね」

 

「もうどれくらいです?」

 

「Lv3だ」

 

 理央が新しい包帯を渡しながら、真壁の横顔を見た。

 

「3まで上げたんですか?」

 

「必要になる可能性があるからね」

 

 真壁は傷の深さをもう一度確かめ、包帯を巻く位置を変えた。

 

「誰にです?」

 

 澪に問われ、真壁は処置を続けたまま答えた。

 

「君たちだ。異世界で怪我をした時、医者や治療院が近くにあるとは限らない」

 

 澪の手に、少し力が入った。

 

 真壁が用意していた大量の用品は、見知らぬ街道で偶然出会う負傷者だけを想定したものではない。

 

「ゲンダイでも練習したんですか?」

 

「止血、洗浄、固定、搬送、呼吸の確認。必要な範囲は一通りだ。道具を持っていても、使えなければ意味がない」

 

「だからって、酸素と点滴まで持ち歩きます?」

 

「持ち歩いてはいない。収納している」

 

 理央は一度口を開き、閉じた。

 

「……そういう問題ですか?」

 

「少なくとも重量の問題ではないね」

 

 真壁は処置を終えた腕を確かめ、次の負傷者へ移った。

 

 目的はここで完治させることではない。治療を受けられる場所まで、生きた状態でつなぐことだった。

 

 

 

 

 負傷者は一人ではない。

 

 真壁が次の者を診ている間にも、別の護衛が痛みに顔を歪めていた。

 

「澪君、こちらの布を押さえてくれ」

 

「はい」

 

「理央君、その包帯を取ってくれ」

 

「これですか?」

 

「それだ。端を地面へ付けないように」

 

 理央は両手で包帯を持ち直した。指先が少し震えている。それでも目を逸らさず、真壁の手元を見る。

 

 澪は負傷者へ鑑定を繰り返した。処置前に出ていた異常が、圧迫や固定の後にどう変わるのか。真壁が次に何をするのか。表示と実際の状態を一つずつ結びつけていく。

 

 鑑定を一度使って終わりにはしない。呼吸が変わればもう一度。包帯へ血が広がれば、押さえている位置と表示を見直す。真壁が指示を変えた時には、その前後で何が違ったのかを確かめた。

 

 理央も鑑定は使えるが、今日は真壁から渡された仕事で手いっぱいだった。包帯を渡し、言われた場所を押さえ、汚れた物と未使用の物を混ぜないように分ける。真壁の処置を前後まで追い続けているのは澪だけだった。

 

「呼吸は?」

 

「さっきより落ち着いています。出血も減っています」

 

「では、そのまま維持しよう」

 

 理央が包帯を渡しながら、小さく尋ねた。

 

「……これも訓練なんですか?」

 

「そうだね」

 

「本物の怪我人なんですけど」

 

「だから私が見ている。任せてよいことしか頼んでいない」

 

 真壁は手を止めなかった。

 

「それに、私が倒れることもある。その時は君たちがやらなければならない」

 

 澪が顔を上げる。

 

「真壁さんがですか?」

 

「可能性はある」

 

「そこは否定しないんですね」

 

 理央の声には、わずかな不安が混じった。

 

「否定はできないね。だから備えるのだ」

 

「でも、真壁さんを運ぶのって大変そうです」

 

 理央が真面目な顔で言った。

 

「そこですか?」

 

「だって、意識がなかったら自分で転移できないですよね」

 

「その場合も含めて、2人が最低限の状態を見られる必要がある」

 

 理央の疑問は冗談ではなかった。真壁が倒れた時、普段なら何でもできる本人へ頼ることはできない。

 

 真壁が絶対に倒れないという前提で動く方が危険だった。

 

 理央は包帯から手を離す前に、固定できていることを確かめた。

 

「これでいいですか?」

 

「ああ。上手くできている」

 

 その一言で、理央の肩から少しだけ力が抜けた。

 

 

 

 

 重傷者の呼吸と出血が落ち着き、街道脇の空気がようやく緩んだ。

 

 真壁は使い終えた物と未使用の物を分け、薄い靄の中へ戻していく。汚れた物まで同じ場所へ混ぜてはいないらしい。

 

 その様子を見ていた護衛の一人が、遠慮がちに声をかけた。

 

「真壁殿は、医師なのですか?」

 

「いや。商人だ」

 

 短い沈黙が落ちた。

 

 少し前まで、真壁は白い光を連射する杖を使っていた。戦場全体を見て護衛へ動く隙を作り、今は身体の中の異常まで見つけて処置を終えた。

 

 理央が澪へ小声で言う。

 

「……無理がありますよね」

 

「今回は私もそう思います」

 

「越後屋のご隠居さんみたいです」

 

「またそれですか」

 

「だって、商人で、魔術師で、変な杖を持ってて、戦えて、指揮できて、医術まで使えるんですよ」

 

「理央君、聞こえているよ」

 

 真壁が救護用品を片付けながら言った。

 

「すみません」

 

 理央は素直に謝った。けれど、少し考えてから首を傾げる。

 

「でも、だいたい合ってません?」

 

「ただの商人なのだがね」

 

「そこが一番無理あります」

 

 澪まで同意した。

 

 護衛は会話についていけていなかったが、3人の間に張り詰めたものがないことは分かったらしい。警戒したままでも、先ほどより表情は柔らかい。

 

 少し離れたところでは、アレシアが処置を終えた護衛一人ずつへ声をかけていた。

 

 真壁もその姿を見たが、評価を口にはしなかった。

 

 

 

 

 救護が一段落すると、真壁は襲撃現場へ戻った。

 

 拘束された襲撃者は、動ける護衛が見張っている。街道には折れた矢や落とされた武器が残り、車輪の脇には戦闘で削れた跡があった。

 

 理央は昨日すれ違った、盗賊被害を受けた商人の荷車を思い出した。

 

 裂けた幌。減った荷。奪われた後の空いた荷台。

 

 目の前の馬車は傷付いている。だが、積み荷は残っていた。

 

 澪は一つの荷箱へ近づき、蓋と留め具を見る。戦闘で土は付いているが、こじ開けた跡はない。別の馬車の荷台にも、布を掛けた荷がそのまま積まれていた。

 

「……何も盗っていませんね」

 

 理央の言葉に、澪も荷台を見る。

 

「そうですね。荷箱も開けられてないみたいです」

 

「ああ」

 

 真壁は馬車だけでなく、つながれた馬も確認した。

 

 馬を連れ去ろうとした形跡はない。荷物を探して辺りを荒らした様子も薄い。落ちた袋の口が開いているのは戦闘のためで、中身を選んで持ち去ったわけではなかった。

 

「途中で私たちが来たから、盗れなかっただけじゃないですか?」

 

 理央が尋ねる。

 

「その可能性はある。だが、襲撃者は戦闘中も荷へ向かっていなかった」

 

 真壁は、襲撃者が倒れていた位置も見る。荷台の後ろで捕らえられた者はほとんどいない。集まっていたのは、中央の馬車へ近づける場所ばかりだった。

 

 真壁の白い光に止められた者も、澪の雷を避けた者も、荷車へ手を伸ばしてはいない。

 

「目的が荷物なら、護衛が崩れた時に一箱でも持ち出そうとする者がいてよい」

 

 澪が中央の馬車へ目を向けた。

 

「じゃあ、何を取りに来たんでしょう」

 

 答えは、まだ出なかった。

 

 ただ、昨日出会った商人と同じ被害ではないことだけは分かる。あの商人は売るための荷を奪われた。ここでは、荷を奪うための動きそのものが見当たらなかった。

 

 

 

 

 数台の馬車を見比べると、違いははっきりしていた。

 

 他の馬車にも剣や矢の跡はある。だが、それは護衛と襲撃者がぶつかった場所に付いたものが多い。

 

 アレシアが乗っていた馬車だけは、扉の周囲と側面へ攻撃の跡が集まっていた。

 

「この馬車だけ、ひどくないですか?」

 

 澪が扉の脇に残る傷を指した。

 

「戦ってる時も、みんなここへ来ようとしてましたよね」

 

 理央も周囲を見回す。斧を持った男が回り込もうとしたのも、この馬車の側面だった。魔法使いが火球を放った先も同じ方向だった。

 

「ああ」

 

 真壁は襲撃が始まってからではなく、自分たちが見た時点の動きを頭の中で組み直した。

 

 正面から護衛を押す者。側面へ回る者。弓で馬車の周囲を狙う者。魔術で守りを崩そうとした者。

 

 全員が完璧に統率されていたわけではない。それでも、好き勝手に荷物へ群がった集団とも違う。

 

 弓を使った者は離れた位置から護衛を動かし、正面の者が押した時に側面の人数が増えている。真壁たちが介入した後も、全員が同時に逃げ出したのではなく、何人かは退路を作ろうとしていた。

 

 軍隊ほど揃った動きではない。だが、その場で偶然思いついたにしては噛み合っていた。

 

「最初から、この一台を狙っていたように見える」

 

 アレシアは黙って自分の馬車を見た。

 

「私が乗っていると、知っていたのでしょうか」

 

「その可能性はある。ただし、襲撃者がどこまで知っていたかは分からない」

 

「王女の馬車だと知らず、守りの厚い一台を狙った可能性もあるってことですか?」

 

 澪の問いに、真壁は頷いた。

 

「事実として言えるのは、この馬車へ攻撃が集中していたことだけだ」

 

 護衛を束ねる男も、馬車の傷を見ていた。戦闘中は目の前の相手を止めることで精一杯だったのだろう。改めて残った跡を比べ、その顔から血の気が引いていく。

 

 アレシアの表情は強張ったが、真壁は慰めるために推測を事実へ変えなかった。

 

 

 

 

 拘束された襲撃者たちは、地面へ座らされていた。

 

 装備は揃いではない。使い込まれた剣もあれば、手入れの悪い革具もある。一見すれば、街道に出る盗賊と大きくは違わなかった。

 

 武器へ製造元を示すような印はなく、同じ場所からまとめて支給された様子もない。服装もばらばらだった。見た目だけなら、普段から街道を襲っていた者を集めたと考えても不自然ではない。

 

「じゃあ、あの人たち、盗賊じゃないんですか?」

 

 理央が声を落として尋ねた。

 

「盗賊ではあるかもしれない」

 

「どっちなんです?」

 

「普段は盗賊でも、今回は金を受け取って別の仕事をした可能性がある」

 

 真壁は残された武器と、襲撃者同士の位置を見る。

 

「雇われたってことですか?」

 

 澪の表情が変わる。

 

「可能性はある。略奪が目的なら、荷や馬を無視する理由が薄い。目標を一台へ絞り、ある程度役割を分けて動いていたことにも説明が付く」

 

「盗賊に、お金を渡して別のことをさせたってことですか」

 

「そういう形も考えられる」

 

 理央は納得しかけ、すぐ別の疑問を持った。

 

「でも、雇われたなら、もっと同じ装備になりません?」

 

「装備まで用意すれば、依頼した側へつながる物が増える。元から持っている物を使わせる方が痕跡は少ないだろう」

 

 理央はアレシアの馬車を見た。

 

「王女様を殺すつもりだったんでしょうか」

 

「そこまでは分からない」

 

 真壁はすぐに否定した。

 

「殺害、誘拐、脅迫、あるいは進路を変えさせること。考えられる目的はいくつもある。誰が金を出したのかも、今は材料がない」

 

「小説なら、ここで黒幕が分かるんですけど」

 

「現実は、都合よく台詞を残してはくれないね」

 

 理央は拘束された者たちを見る。誰かが分かりやすい紋章や命令書を落としているわけではない。

 

 真壁はアレシアにも、確認できたことだけを伝えた。

 

「普通の略奪目的とは考えにくい。金で雇われた者が混じっている可能性はある。ただし、目的も依頼主も不明だ」

 

「分かりました。捕らえた者への確認は、私どもで行います」

 

 アレシアも、それ以上の答えを無理に求めなかった。

 

 今必要なのは、推理を完成させることではなく、負傷者を連れて街道を離れることだった。

 

 

 

 

 アレシア一行も、澪たちと同じくアルヴェラ方面へ向かっていた。

 

 護衛には負傷者が出ている。馬車も走れないほどではないが、すぐに元の速度へ戻せる状態ではない。

 

「我々も同じ方向だ。当面は同行しよう」

 

 真壁が申し出ると、アレシアは一度、護衛を束ねる男を見た。男が小さく頷く。

 

「ご厚意に甘えさせてください」

 

 同行が決まり、動ける者たちは出発の準備へ戻った。

 

 真壁は最後に、処置した負傷者をもう一度鑑定する。呼吸、出血、固定した傷。街道へ到着した時より、危険な表示は減っていた。

 

 その時、真壁の前に新しい表示が現れた。

 

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医術 3 → 4

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「医術が上がったようだ」

 

「そりゃ、あれだけやれば上がりますよ」

 

 澪も真壁を鑑定する。表示されている医術は、確かにLv4へ変わっていた。

 

「応急処置って量じゃなかったですからね」

 

 澪は、処置を終えた負傷者にも目を向けた。

 

 最初に鑑定した時の状態。真壁が選んだ処置。その後、身体の中で何が変わったのか。今日だけで何度も見比べた結果が、まだ頭の中に残っている。

 

 その時、澪の前に新しい表示が現れた。

 

────────────────

医術:芽あり

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「……あれ?」

 

「どうしました?」

 

「医術の芽が出ました」

 

「澪さんにも?」

 

 真壁が澪を見る。

 

「私の時と同じだろうね」

 

「真壁さんの時?」

 

「カラハンで、私がハリル先生の処置を鑑定していた時だ」

 

 澪にも心当たりがあった。真壁がどこを見て、何を選び、どんな処置をしたのか。その前後を鑑定で繰り返し見続けていた。

 

「……真壁さんの医術を鑑定で見てたからですか」

 

「おそらくね」

 

 カラハンでハリルの処置を見続けた真壁と同じように、鑑定で実際の医術を追い続けた結果らしい。

 

 そう話している間に、今度は理央が固まった。

 

「……え?」

 

「今度は理央ちゃん?」

 

「私にも出ました」

 

「何が?」

 

「医術です。芽ありって」

 

 澪はすぐに理央を鑑定した。理央には鑑定9がある。だが今日、真壁の処置を前後まで追っていたのは澪で、理央は指示された補助に集中していた。

 

 それでも、ほとんど間を置かず同じ芽が現れた。

 

 

────────────────

共鳴 2

鑑定 9

医術:芽あり

────────────────

 

 以前すでに成立していた共鳴。その技能はLv2まで上がっている。

 

「……共鳴?」

 

「これ、共鳴なんですか?」

 

 真壁も2人の表示と、芽が現れた順番を確認した。

 

「その可能性が高いね」

 

「でも私、澪さんみたいにずっと鑑定してませんよ」

 

「だからじゃないですか?」

 

「私が覚えたんじゃなくて、澪さんに出たから……?」

 

「少なくとも、そう考えれば今回の現象には説明がつく。ただし、一例だけで共鳴の条件まで決めるのは早い。帰ってから確認しよう」

 

「やっぱりそうなりますよね」

 

 理央は自分の表示を見直した。

 

「……私、医術まで増えるんですか」

 

「まだ芽ですけどね」

 

「そういう問題です?」

 

「共鳴の確認も増えましたね」

 

「今日、お姫様を助けただけのはずなんですけど」

 

「真壁さんが応急処置をやりすぎたからですよ」

 

「必要な処置をしただけだ」

 

「酸素と点滴まで出してましたよ」

 

「必要になる可能性があった」

 

 理央は真壁と、片付けられた救護用品の跡を見比べた。

 

「やっぱり越後屋のご隠居さんじゃないですよ」

 

「じゃあ何なんです?」

 

 澪に聞かれ、理央は少し考えた。

 

「……杖を撃つ移動病院」

 

「商人だ」

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