押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第324話 1秒に14個です

 

 秘密基地へ戻ってきても、火山の灰はきれいには落ちていなかった。

 

 理央のスニーカーの縁には薄い灰色が残り、作業台の端にも、持ち帰った袋から落ちた細かな石粉がついている。

 

 澪は上着を払ってから、真壁の前に並んだ物を見た。

 

 採ってきた天然の特殊蛍石の隣には、火山で作った白っぽいフッ化カルシウムの試料があり、その向こうには以前から真壁が作っていたフローライトの魔石結晶まで出ている。

 

 帰ってきたばかりなのに、もう比較が始まっていた。

 

「真壁さん、少しくらい休みません?」

 

 澪が言うと、真壁は天然の特殊蛍石を置いた。

 

「座っている」

 

「そういう意味ではないです」

 

 隣で理央が小さく笑った。自分も椅子に座りながら、袖についた灰を指で払っている。

 

「私はちょっと分かります。火山から戻ったら、いったん終わった感じしません?」

 

「原料の話は前進した」

 

 真壁は白い試料へ視線を移した。

 

「こちらも、フッ化カルシウムまでは作れた。フローライトを魔石結晶にする方法もある」

 

「じゃあ、こっちからも作れるんですか?」

 

「可能性はある。ただ、東都へ出せる品質で安定するかは別だ。天然側との差もまだ見たい」

 

「あ、そこはまだなんですね」

 

 理央は白い試料から、透明感のある天然石へ視線を戻した。

 

 澪にもそこは分かる。成分が同じになったからといって、そのまま代わりになるわけではない。けれど、掘る以外の道が見えたこと自体は大きい。

 

 火山まで行った甲斐はあった。

 

 そう思ったところで、真壁が別の小さなケースを出した。

 

 澪はその手元を見て、少しだけ嫌な予感がした。

 

「今度は何ですか?」

 

「東都へ渡す規格品の見本だ」

 

 ケースの中から出てきたのは、指先に乗るほどの細い棒だった。

 

 理央が身を乗り出す。

 

「小さっ」

 

「直径1.25mm、長さ4mmだ」

 

 真壁はそれを天然の特殊蛍石の横へ置いた。

 

 塊の石の隣では、余計に小さく見える。

 

「これが完成品ですか?」

 

「押入商会側では、ここまでだ。最終の光学研磨は東都がやる」

 

「じゃあ、私たちはこの棒を作って渡すんですね」

 

「そういうことだ」

 

 理央がケースを覗き込んだまま、しばらく黙る。

 

 澪も同じ物を見ていた。

 

 小さいから簡単、とは真壁が言うはずがない。

 

「試作の条件は、もう出てるんですよね?」

 

「ああ。1本を作る話なら終わっている」

 

 真壁は規格品を指先で転がした。

 

「問題は、この形と品質の物を必要数そろえることだ」

 

 理央が顔を上げた。

 

「必要数って……」

 

「3月分だ」

 

 真壁がノートPCを開く。

 

 澪は画面が立ち上がる前に数字を思い出した。

 

「800万個」

 

「そうだ」

 

 理央の手が、袖の灰を払う途中で止まった。

 

「石を見つけても、そこは減らないんですね」

 

「注文数だからな」

 

「それはそうなんですけど」

 

 真壁は気にした様子もなく、規格品をPCの横へ置いた。

 

「次は、この800万個をどう作るかだ」

 

 画面に数字を出すと、そのまま電卓を手前へ引く。

 

 澪はまだ灰の残る袖を見てから、8000000と表示された画面へ目を戻した。

 

 真壁の指は、もう割り算のキーへ移っていた。

 

 

 

「20日で見る」

 

 真壁が数字を入れる。

 

「1日8時間。まずは普通に人が扱える時間で必要能力を出そう」

 

 800万を20で割る。

 

 40万。

 

 さらに8で割ると、5万。

 

「1時間で5万個……」

 

 澪が言った途端、理央の眉が寄った。

 

「もう嫌な数字です」

 

「1分なら約833個だ」

 

「小さくなってません」

 

「1秒なら約13.9個」

 

 真壁がそこで手を止めた。

 

「ほぼ14個だな」

 

 理央が画面と見本を見比べる。

 

「1秒に14個です?」

 

「ああ」

 

「それなら14個だけ見れば――」

 

「次の1秒にも14個だ」

 

「……ですよね」

 

 真壁はケースから見本を出し、机の上へ並べ始めた。

 

 14本が一列に並ぶ。

 

 小さい。

 

 これだけなら、800万個よりずっと現実的に見えた。

 

 壁の時計の秒針が一つ進んだ。

 

「次の14個だ」

 

「待ってください。まだ最初の14個見てます」

 

「もう次だ」

 

 もう一つ進む。

 

「さらに14個」

 

「時計見たくなくなってきました」

 

 理央が本当に時計から目を逸らしたので、澪は笑いそうになった。

 

 けれど、机の上の14本を見ると笑ってもいられない。

 

 この小さな棒が、1秒ごとに増える。それが1分でも1時間でもなく、8時間続く。

 

「もちろん毎秒14回、真壁さんが操作するわけじゃないですよね」

 

「それでは量産にならない」

 

 真壁は並べた見本をケースへ戻した。

 

「まとめて処理する。見るべきなのは、平均して合格品をこの速度で出せるかだ」

 

「合格品、ですか」

 

「作った数ではなく、東都へ渡せる数だ」

 

 その言葉で、澪の中でも数字の意味が少し変わった。

 

 800万個作ればいいわけではない。

 

 800万個、渡せる物をそろえなければならない。

 

 真壁はPCを閉じなかった。横へずらし、代わりに収納内プラントの作業領域へ意識を向ける。

 

「まず今の工程を、そのまま増やしてみよう」

 

「いきなりですか?」

 

「数字は出たからな」

 

 理央が時計を見ないまま言った。

 

「真壁さん、ほんとに休憩ないですね」

 

「座っている」

 

「それ、さっき澪さんにも言ってました」

 

 

 

 最初の試験は、見慣れた形から始まった。

 

 魔石結晶化したフローライトを、東都へ渡す棒状規格へ揃える。

 

 真壁は収納内プラントへ少量を流し、結果を取り出した。

 

 長さ。太さ。欠け。内部の亀裂。端の状態。

 

 既に試作で条件は出ている。1本なら問題なく作れる。

 

「これなら同じ条件で増やせますよね?」

 

 理央が聞く。

 

「増やせる」

 

 真壁は即答した。

 

 次の試験量を増やす。

 

 同じ条件で流した。出来上がった物を確認し、少し条件を直す。

 

 また流す。

 

 今度は前より揃った。

 

「いい感じじゃないですか」

 

 理央の声が明るくなる。

 

 澪もそう思った。

 

 真壁の収納内プラントは、もともと同じ処理を繰り返すことに強い。工程を決め、理解した処理を固定してしまえば、いちいち手元で1本ずつ作る必要はない。

 

 ところが真壁は次の量を流さなかった。

 

 出来上がった群れの中から、数本を別に取り出している。

 

「何かありました?」

 

「少し外れている」

 

 見せられても、澪の目にはほとんど同じに見えた。

 

 真壁は規格内へ収まった物と、わずかに外れた物を分ける。

 

「なら、もう少し条件を詰めれば……」

 

「ああ」

 

 結晶化の条件を詰める。

 

 形状の揃え方を直す。

 

 寸法が外れにくいようにする。

 

 もう一度。

 

 確かに合格側は増えた。

 

 ただ、その分だけ真壁が途中で見る場所も増えた。

 

 次は別の外れ方が出る。

 

 真壁はそこを直した。

 

 今度は別の条件を確認する。

 

 処理量を増やすほど、規格から外さないための確認が細かくなっていった。

 

 真壁は条件を一つ戻した。

 

 次の試験では別の値を詰める。

 

 結果を見て、また戻す。

 

 その次は二つ同時に変えかけて、途中で手を止めた。片方だけ元へ戻し、もう一度流す。

 

 それでも、処理量を増やした時だけ別の外れ方が出た。

 

 澪は途中から、出来上がった棒より真壁の手元を見るようになっていた。

 

 普段なら、試験が終わった時には次の試料がもう動いている。失敗しても、原因を一つ潰したとでも言うように、すぐ次へ進む。

 

 今回は、その次が来ない。

 

 真壁の指が操作位置から離れたままになっていた。

 

 合格品と、規格から少し外れた棒状結晶。その二つを並べ、しばらく黙って見ている。

 

 一度、合格品へ手を伸ばした。

 

 触れずに引っ込める。

 

 今度は規格外品を持ち上げ、見本の横へ置いた。向きを変えて見比べ、また置く。

 

 理央も、さすがに気づいたらしい。さっきまで次々に質問していたのに、声をかけるまで少し間があった。

 

「真壁さん、次やらないんですか?」

 

「考えている」

 

 短い返事だった。

 

 それきり動かない。

 

 収納内プラントの流れも止まったままだった。いつもなら真壁の判断に追い立てられるように区画が動くのに、今は細い棒状結晶だけが静かに並んでいる。

 

 澪は思わず理央と顔を見合わせた。

 

 真壁が試験で外すこと自体は珍しくない。むしろ外した後の方が速い人だ。

 

 だから、何も始めない時間の方が気になった。

 

 真壁は規格外になった棒を一本、指先で転がした。

 

 折れていない。曇ってもいない。

 

 ほんの少し、狙った寸法から外れているだけだ。

 

 さらにもう一本、別の規格外品を並べる。

 

 真壁の眉間に浅い皺が寄った。

 

 何かを確かめるように、合格側と規格外側を一度ずつ見直す。

 

 真壁の目が、そこで止まった。

 

「……待て」

 

 棒を持ち上げる。

 

「どうしました?」

 

「これを失敗にしているのが悪い」

 

 澪は見本と見比べた。

 

「でも、規格外ですよね」

 

「ああ」

 

 真壁は規格外品を戻さず、作業台へ置いた。

 

「800万個全部を、最初から規格どおりに作る必要はない」

 

 理央が首を傾げる。

 

「でも800万個、納めるんですよね?」

 

「納めるのは合格品だ」

 

 真壁の手が動き出した。

 

「合格品を800万個得ればいい」

 

 さっきまで止まっていたのが嘘のようだった。

 

 規格外品を捨てる区画から外す。

 

 生成側の条件を開く。

 

 澪が声をかける前に、真壁はもう次の試験量を増やしていた。

 

 

 

 次に出てきた棒状結晶を見て、理央が露骨に不安そうな顔をした。

 

「さっきより揃ってなくないですか?」

 

「揃えていないからな」

 

「えっ」

 

 長さは近いが同じではない。太さにも少しばらつきがあり、端の形もきれいに統一されていない。

 

 さっきまで真壁は、これを出さないために条件を詰めていた。

 

 今度は逆に、許す範囲を広げている。

 

「真壁さん、ちゃんと作るの諦めてません?」

 

「諦めてはいない」

 

 真壁は出来上がった群れをまとめて保持した。

 

「作る場所を変えただけだ」

 

「場所?」

 

「精度を生成側だけで出すのをやめる」

 

 澪は並んだ候補品を見て、少し遅れて意味を取った。

 

「先に棒状まで大量に作って、後から合う物を選ぶんですか?」

 

「そうしよう」

 

 また一群が作られる。

 

 今度は真壁が1本ずつ触らない。

 

 規格ぴったりに近づけるための細かな調整が減った分、候補品が増える速度は明らかに上がっている。

 

 見た目は前より雑然としていた。

 

 なのに真壁の表情は、前よりずっと穏やかだ。

 

「不揃いなのに、こっちの方がいいんですね」

 

 理央が納得しきれない顔で言う。

 

「後で分けられるならな」

 

 

 

「分ける方が大変じゃないですか?」

 

 そこで真壁の手が一度止まった。

 

 今度はさっきのような長い停止ではない。

 

「そこだな」

 

 大量生成した候補品が、収納内の一つの区画にまとまっている。

 

 肉眼で見て選ぶなら、理央の言う通りだった。

 

 800万個を作るために、800万個以上の候補品を1本ずつ見る。

 

 それでは何も解決していない。

 

「これ、全部鑑定するんですか?」

 

 理央が聞いた。

 

「1本ずつならやらない」

 

「ですよね」

 

 真壁は答えながら、候補品の群れをそのまま収納内に置いた。

 

「まず長さだけで分ける」

 

 靄が薄く広がる。

 

 候補品の一部が、別の区画へ移った。

 

 理央が目を瞬く。

 

「今、何しました?」

 

「分類だ」

 

「収納の?」

 

「ああ」

 

 それ自体は、澪にも珍しくない。

 

 素材で分ける。用途で分ける。状態で分ける。収納が育ってから、何度も使ってきた。

 

 真壁は移した群れを戻した。

 

 今度は長さだけでなく、直径の条件も加える。

 

 また分かれた。

 

 次は欠け。

 

 その次は内部の亀裂。

 

 東都から受けている規格に合わせて条件を重ねるほど、合格側に残る本数が減っていく。

 

「……これ、選別できてますよね」

 

 澪が言う。

 

「できている」

 

 真壁は返事をしたが、候補品ではなく、自分の収納を見ていた。

 

 すぐには次の条件を入れなかった。

 

 長さで分けた群れを元へ戻す。

 

 今度は直径だけで分ける。

 

 それも戻す。

 

 欠けの有無で分け、さらに戻す。

 

 どれも同じように通る。

 

 真壁は一度腕を組み、動いた区画を見たまま黙った。

 

 澪には、その沈黙の方が気になった。さっき規格品をどう作るかで止まった時と同じだった。答えがあるなら、真壁は話しながらもう試している。

 

 今は試しているのに、まだ何かが腑に落ちていない。

 

「真壁さん?」

 

 返事の代わりに、真壁はもう一度だけ分類をやり直した。

 

「分類は、何を見て分けている?」

 

「何をって……収納してる物じゃないんですか?」

 

 理央が答える。

 

「材質なら分かる。だが、今は寸法と内部の状態まで見た」

 

 真壁は候補品を一本取り出し、指で転がした。

 

「収納そのものが、これの内部亀裂を見ているのか?」

 

 言いながらも、納得している声ではなかった。

 

 澪もそこで引っかかった。

 

 収納には分類がある。

 

 でも、長さが規格内か、内部に亀裂があるかという情報を、何が判断しているのか。

 

 真壁はしばらく候補品を見た後、今度は鑑定を向けた。

 

 一度。

 

 もう一度、条件を変えて見る。

 

 その結果と、さっき分類された群れを見比べる。

 

 そこでようやく、口元がわずかに動いた。

 

「鑑定だな」

 

「分類に鑑定を使ってるってことですか?」

 

「そう考えると通る」

 

 真壁はもう一度、条件を変えた。

 

「収納が品質という言葉を理解しているわけではない。私が鑑定で取れる情報を、分類条件に使っている」

 

 今度は条件を一つ増やす。

 

 規格内で、欠けがなく、内部亀裂もないもの。

 

 靄が動く。

 

 条件に合った群れだけが分かれた。

 

 理央がその様子を見ながら、少し身を乗り出した。

 

「条件、いくつでも足せるんですか?」

 

「試そう」

 

 真壁はさらに条件を重ねた。

 

 東都から受けている規格の範囲。欠け。内部の状態。魔石結晶として必要な状態。

 

 結果は返ってくる。

 

 真壁はすぐには口を開かなかった。

 

 条件を一つ外す。

 

 戻す。

 

 順番を変える。

 

 また戻す。

 

 同じ条件なら同じ群れが残る。

 

 次に、わざと規格から外れた一本を混ぜる。

 

 それだけが弾かれた。

 

 真壁はそこで、ようやく背もたれから身体を起こした。

 

「大量の情報から、指定した条件だけを拾って判定している」

 

「はい」

 

「AIに近いな」

 

 理央がすぐに顔を上げた。

 

「鑑定がAIなんですか?」

 

「同じだとは言っていない。働かせ方の話だ」

 

 真壁は条件を一つ外し、また戻した。

 

 同じ結果になる。

 

 そこで手が止まった。

 

「……待て」

 

 澪は今度こそ、何かを掴んだ時の止まり方だと分かった。

 

「条件を組める」

 

「今も組んでましたよね?」

 

「ああ。だが、見る項目を変えるだけではない」

 

 真壁は分類された群れへ視線を移した。

 

「条件そのものを順番に組んで、判定させられる」

 

 理央が少し考える。

 

「それって、プログラムみたいな?」

 

「そうだ」

 

 真壁の指が動いた。

 

「鑑定はプログラムできる」

 

 澪が思わず真壁を見る。

 

 真壁はもう次を見ていた。

 

「なら、判定の後もつなげられるはずだ」

 

 

 

 そこからの真壁は速かった。

 

 長さだけだった条件に、直径を足す。

 

 外観状態を足す。

 

 内部の異常を外す。

 

 魔石結晶として必要な状態も加える。

 

 一度に全部を入れて終わりにはしない。条件を一つ増やすたびに少量で流し、結果を外していないことを確かめる。

 

 澪は途中から、何を試しているのか追うだけで精いっぱいになった。

 

「合った物を分けるところまでは分かりました」

 

「次だ」

 

 真壁は規格外側を見る。

 

「戻せる物だけ、再処理側へ」

 

 靄が動いた。

 

 規格外品のうち、再利用できる物だけが別区画へ移る。

 

 残った物はそのまま隔離された。

 

 真壁は再処理側へ送った群れを、原料側の受入口へ戻した。

 

 そのまま結晶化工程へつなぐ。

 

 候補品が作られる。

 

 条件に合う物が分かれる。

 

 外れた物のうち、戻せる物だけが入口へ戻る。

 

「ちょっと待ってください」

 

 理央が両手を上げた。

 

「今、真壁さんが選んでないですよね?」

 

「選んでいない」

 

「鑑定して、分類して、外れたの戻しましたよね」

 

「ああ」

 

「それ、勝手に続けられるんですか?」

 

 真壁は答えず、流れをもう一周させた。

 

 同じように動いた。

 

 今度は途中で、条件から外れた別の状態を一つ混ぜる。

 

 その品だけが再処理側ではなく隔離区画へ残った。

 

 真壁がそこで処理を止める。

 

「判定結果を、次の収納機能へ渡せる」

 

 澪はその言葉を頭の中で追った。

 

 鑑定で条件を見る。

 

 条件に合えば完成側へ。

 

 再処理できるなら戻す。

 

 想定外なら分けて止める。

 

 それぞれは、真壁が前から持っている機能だ。

 

 違うのは、それを判定結果の後へつないでいることだった。

 

「それって……条件分岐みたいなものですか?」

 

 澪が聞くと、真壁は候補品を見たまま頷いた。

 

「そうだ」

 

 真壁は隔離した一本を取り出した。

 

「鑑定で条件を判定する。その結果に、自分が持っている収納の機能を割り当てられる」

 

 また手が動く。

 

 合格した物は完成側へ。

 

 再処理できる物は原料側へ。

 

 どちらにも入らない物は隔離したまま止める。

 

「今まで分類って、もっと単純に使ってましたよね」

 

 澪が言う。

 

「私もそうしていた」

 

 真壁はあっさり認めた。

 

「分類を突き詰めなかったな」

 

 理央が候補品の群れを見た。

 

「鑑定って、思ってたより変なスキルですね」

 

「便利なのは確かだ」

 

 真壁は流れを再開した。

 

 今度は誰も途中で手を入れない。

 

 棒状結晶が増え、条件に合う物が完成側へ分かれ、規格外の一部が原料側へ戻る。

 

 澪はしばらくその循環を見ていた。

 

「真壁さん」

 

「何だ」

 

「さっきまで止まってましたよね」

 

「ああ」

 

「もう別物になってません?」

 

 真壁は流れを見たまま答えた。

 

「問題が分かったからな」

 

 理央が小声で言った。

 

「分かった後が速すぎるんですよ」

 

 

 

 一周させただけでは終わらなかった。

 

 最初の流れでは、生成側から候補品が入りすぎて判定前に少し溜まった。

 

 真壁は量を落とさず、判定へ渡す単位を変えた。

 

 次は再処理側から戻る量と、新しく入れる原料が重なった。

 

 受入口を分ける。

 

 さらに流す。

 

 今度は合格側が途切れず増えた。

 

「また変えました?」

 

「戻す位置を変えた」

 

「さっきから、どこ触ってるのか分からなくなってきました」

 

「全部見る必要はない」

 

「真壁さんが言うと怖いです」

 

 理央の返しを聞き流しながら、真壁は完成側の棒状品を抜き取った。

 

 条件内。

 

 もう一群。

 

 こちらも問題なし。

 

 その次は途中で一度止め、隔離側へ上がった物だけを確認した。

 

 澪が気づく。

 

「最初より、真壁さんが止める回数減ってますね」

 

「通常の流れは見えた」

 

 真壁は処理を再開する。

 

「同じ条件なら任せられる」

 

「放っておいていいんですか?」

 

 理央が聞く。

 

「異常まで放っておく気はない」

 

 真壁は隔離側を指した。

 

「想定外はここへ出す。通常処理だけ固定する」

 

 もう一度流す。

 

 今度は途中で手を入れない。

 

 生成された小型棒状結晶が判定へ流れ、合格品が完成側へ移る。戻せる物は再処理へ回り、再び原料側へ入る。

 

 最初は真壁の操作で動いていた流れが、次第に一つの工程としてまとまっていく。

 

 澪はそこで、以前から真壁が言っていた「収納内プラント」の意味が少し違って見えた。

 

 中に便利な設備が置いてあるだけではない。

 

 真壁が理解した処理をつなぎ、同じ条件で繰り返せる形にしてしまう。

 

 今回はそこへ、鑑定の判定まで入った。

 

「これ、もう品質管理までプラントの中ですよね」

 

「通常判定はな」

 

「真壁さんは何をするんです?」

 

「異常を見る。条件を変える必要が出た時も私だ」

 

 理央が真壁をじっと見た。

 

「急に暇になったように見えます」

 

「そう見えるなら成功だ」

 

「暇ではないんですね」

 

「当然だ」

 

 理央が「ですよね」と肩を落とした。

 

 真壁はその間にも完成側の数を見ている。

 

 数回の調整を終えたところで、ようやく手を止めた。

 

「これで固定しよう」

 

 澪は完成側へ増えていく細い棒を見た。

 

 火山から持ち帰った石を前にしていた時には、800万個という数字しかなかった。

 

 真壁が手を離しても、完成側の区画へ細い棒状品は増え続けていた。

 

 

 

 固定した工程へ、まとまった量を流した。

 

 今度は真壁が途中へ手を入れない。

 

 澪は時計を見た。

 

 理央も同じことを考えたらしく、スマホを出している。

 

「1分、測るんですか?」

 

「ああ」

 

「最初の14個の時みたいで嫌ですね」

 

「今度は増えた方を見る」

 

「それも怖いです」

 

 真壁は合図もせずに開始した。

 

 候補品が生成される。

 

 判定。

 

 分離。

 

 再処理。

 

 完成側へ細い棒状品が増えていく。

 

 工程の途中で真壁が触ったのは、隔離側へ異常が上がっていないことを確かめた時だけだった。

 

 1分。

 

「止める」

 

 流れが止まった。

 

 真壁が完成側の数を確認する。

 

 理央が先に覗き込んだ。

 

「……2,000、超えてません?」

 

「少しな」

 

 真壁は数字を見直した。

 

「安全側で2,000個/分として見よう」

 

 澪はさっきの計算を思い出した。

 

「必要なの、約833個/分でしたよね」

 

「ああ」

 

 理央がスマホの電卓を叩く。

 

「2,000割る60……33.3。1秒33個くらいです」

 

 自分で計算してから、理央は変な顔をした。

 

「1秒14個で困ってたんですよね?」

 

「そうだ」

 

「倍以上になってるじゃないですか」

 

「必要速度は超えたな」

 

 真壁はそこで終わらず、今度は800万を2,000で割った。

 

「4,000分」

 

 澪も計算する。

 

「66時間40分」

 

「20日なら、1日平均3時間20分ですね」

 

 理央が言った。

 

 数字だけ見れば、急に現実的になった。

 

「なら、いけるんじゃないですか?」

 

「作れる」

 

 真壁は簡単に認めた。

 

 澪はその返事の後があると分かった。

 

「でも、ですよね」

 

「ああ」

 

 真壁は収納内プラントを完全には解除せず、低い負荷で循環を残した。

 

「固定したから、66時間40分ずっと私が1本ずつ見る必要はない。だが、この処理を動かしているのは私の収納だ」

 

 澪は少し前まで見ていた流れを思い返した。

 

 結晶化。

 

 鑑定による判定。

 

 分類と分離。

 

 再処理。

 

 手は離れても、真壁の能力から離れたわけではない。

 

「魔力と集中力は使い続けるんですね」

 

「そうなる」

 

 真壁は短く答えた。

 

「じゃあ、寝てる間も回すのは?」

 

「やらない。休息を削る運用は続かない」

 

 理央は素直に頷いた。

 

「毎日3時間20分なら、真壁さんならできそうですけど」

 

 理央が言う。

 

 澪はそれを聞いて、すぐには頷けなかった。

 

 真壁ならできる。

 

 だから真壁にやらせる。

 

 それでは、少し前まで何でも澪と真壁で抱えていた頃と変わらない。

 

「でも真壁さん、これだけやってる人じゃないですから」

 

「その通りだ」

 

 真壁がPCの数字へ目を戻す。

 

「月800万個を作る方法はできた。毎月、私の収納へ800万個を集める設計にする必要はない」

 

「できるのに、やらないんですか?」

 

「余裕がない設計は続かない」

 

 理央が一度黙った。

 

「……また次があるんですね」

 

「ある」

 

「ですよね」

 

 諦めたような返事だった。

 

 真壁は66時間40分の横へ、別の数字を書き始めた。

 

「外で使う時間を減らす方法はある」

 

 澪には心当たりがあった。

 

「アルヴェラでやった、収納の中だけ時間を進めるやつですか?」

 

「ああ。それをこの固定工程へ使えるか試す」

 

 理央が顔を上げる。

 

「まだ速くするんですか?」

 

「外時間を減らす。意味が違う」

 

「1秒33個まで来たのに……」

 

「それと、同時処理だ」

 

 真壁はもう次の欄を作っている。

 

 理央がその手元を見て、深く息を吐いた。

 

「最初、棒を800万個作る話でしたよね」

 

「今もそうだ」

 

「収納の時間までいじる話になってます」

 

「作る方法が分かったから、次は楽に作る方法だな」

 

 澪は反射的に真壁を見た。

 

 その言い方をする時は、たいてい楽になるのは工程の方で、人ではない。

 

 理央も同じことを考えたらしい。

 

「真壁さんの『楽に』、信用していいんですか?」

 

「結果を見てから判断しよう」

 

 答えだけはまともだった。

 

 けれど真壁の手元では、もう次の試験条件が書き始められていた。

 

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