押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第326話 社員研修です

 

 朝の事業所は、まだ全員が持ち場へ散る前だった。

 

 外では荷車の車輪が鳴り、誰かが戸を開ける音がする。中では帳場に灯りが入り始めている。

 

 その少し手前の机に、昨日まで秘密基地で使っていた小さな魔石と、東都向けの棒状結晶が置かれていた。

 

 澪は椅子へ座るなり、その組み合わせを見た。

 

「今度は何を増やすんですか?」

 

「人だ」

 

「人?」

 

「出来る人間を増やす」

 

 真壁は判断魔石を指先で転がした。

 

「判断は他人の収納へ移せるようになった。だが、それだけでは生産を分けられない」

 

「使う側の問題ですか」

 

「ああ」

 

 真壁の話は短かった。

 

 今のままなら、自分の収納だけでも800万個は作れる。

 

 けれど毎月それを真壁へ集めれば、結局、生産の中心は一人のままだ。

 

 3人で分ければ一人当たりの負担は下がる。5人ならさらに下げられる。同時に複数の収納を動かせば、会社全体では速くなる。

 

 澪は最初、社員へ新しい仕事を押しつける話かと思った。

 

 聞いているうちに、逆だと分かった。

 

「1人に頑張ってもらうんじゃなくて、出来る人を増やすんですね」

 

「そうだ。量が増えた時も同じ方法で広げられる」

 

 外から荷を運ぶ掛け声が聞こえた。

 

 この事業所も、人が増えるたびに一人へ寄っていた仕事を少しずつ分けてきた。今回も同じだと思えば、話は分かりやすい。

 

 ただし今度、分けようとしているのは机仕事ではなく、収納の中にある工場だった。

 

「それなら……社員研修としてやりましょう」

 

 真壁が頷く。

 

「トル、ミラ、ピナを入れたい」

 

「3人ともですか?」

 

「収納と鑑定は育っている」

 

 そこまで言われて、澪は少し引っかかった。

 

「育っている?」

 

「収納7、鑑定7だ」

 

「いつの間に」

 

「普段の仕事で使わせていた」

 

 真壁は当然のように言った。

 

 澪の知らないところで社員教育が進んでいたらしい。

 

 いつもの仕事の延長で育てていたのなら、3人にとっても突然まったく別の仕事を押しつけられるわけではない。そこまで考えていたなら、なおさら先に一言ほしかった。

 

「それ、先に聞きたかったです」

 

「必要になったから今話している」

 

 そういう問題ではない気がした。

 

 でも、3人が今から収納の使い方を覚えるところではないのなら、今回の研修にはちょうどいい。

 

「私も参加します」

 

「そうしてくれ」

 

「社長なので仕組みは分かっておきたいですし」

 

「理央君もだな」

 

 少し離れた机で荷札を見ていた理央が、顔を上げた。

 

「え、私もですか?」

 

「今後使う可能性がある」

 

「社員研修って聞いてたんですけど」

 

「アルバイトも対象だ」

 

 理央が澪を見る。

 

 澪は申し訳ない気持ちを少しだけ込めて頷いた。

 

「私も入ってるから」

 

「社長まで研修対象なの、変じゃないですか?」

 

「私も今そう思ってる」

 

 真壁はもう参加者5人の名前を書いていた。

 

 社長が社員研修を決めた数分後、その社長自身も受講者になった。

 

 

 

 研修を決めたあと、真壁は教材を作らなかった。

 

 代わりに机へ原料を置き、工程魔石を置き、完成見本を置いた。

 

 澪はしばらく待ったが、紙の束も講義用の資料も出てこない。

 

「カリキュラムって、これですか?」

 

「ああ」

 

 真壁は原料を指した。

 

「まず収納する」

 

 次に工程魔石。

 

「決めた場所から原料を取る」

 

 最後に見本。

 

「これを出す」

 

「間がだいぶあります」

 

「その間を研修する」

 

 真壁はそこで、実際に量産を任せる人間が何をしなければならないかを順に拾い始めた。

 

 原料を自分の収納へ入れる。

 

 決めた場所を工程の入口として使う。

 

 鑑定を動かす。

 

 大量の生成物を扱う。

 

 複数の処理を同時に維持する。

 

 収納の中で、一つの工程を途中で崩さず回し続ける。

 

 真壁は技能名を一度も口にしなかった。

 

 机の上の原料を入口に見立て、工程魔石を真ん中へ置き、完成見本を出口へ置く。その間で人間が何を支えなければならないかだけを拾っている。

 

 澪はそこで、ようやく考え方が分かった。

 

「技能を練習してから仕事をさせるんじゃないんですね」

 

「逆だ。仕事を小さく始める」

 

「そこで必要な技能を育てる?」

 

「そうだ」

 

 真壁は最初に使う材料を、ほんの少しだけ別へ分けた。

 

「少量で全部通す。足りない技能に芽が出たらSPを入れる。動くようになったら量を増やす」

 

「研修なのに、本番と同じ物を作るんですか?」

 

 理央が聞く。

 

「練習用に別の物を作る理由がない」

 

「それはそうなんですけど……」

 

 真壁は聞き流して、工程魔石を一つ持ち上げた。

 

 昨日作った判断魔石をそのまま配るわけではない。

 

 今回は、その判断部分を核にして、フローライトの魔石結晶生成から鑑定、分類、規格外品の再処理、完成品の保管までを一続きにした。

 

「これが工程魔石ですか?」

 

 澪が聞く。

 

「ああ。判断魔石の先に工程をつないだ」

 

 別の技術を新しく作ったというより、昨日まで作っていた判断器を量産用へ組み込んだ形だった。

 

 真壁は工程魔石を机へ戻す。

 

「これを動かせるところまでが最初の研修だ」

 

「座学は?」

 

「必要な説明はする」

 

「テストは?」

 

「製品が出る」

 

 理央が黙った。

 

「実技しかないですね」

 

「仕事だからな」

 

 澪は、社員研修という言葉から想像していたものを頭の中で捨てた。

 

 

 

 研修当日、トル、ミラ、ピナは呼ばれた場所へ少し早めに来ていた。

 

 そこへ澪と理央も加わり、机の前に5人が並ぶ。

 

 真壁はまず3人を鑑定した。

 

「問題ない。3人とも収納7、鑑定7だ」

 

 澪は改めて3人を見る。

 

 普段の荷扱いや仕分けで収納を使っているのは知っていたが、数字として聞くと印象が違う。

 

「本当に育ってたんですね」

 

「真壁さんに、少しずつ使えと言われていました」

 

 トルが答えた。

 

 ミラとピナも頷く。

 

 真壁だけが特別な研修をしていたつもりはないらしい。日々の仕事の中で使わせていた結果が、ここまで積み上がっていた。

 

「未使用SPも足りる。では始める」

 

「その前に、4人はこれを飲んでくれ」

 

 真壁が机の端へ小瓶を4本並べた。

 

 澪は本数を見て、自分の分がないことに気づく。

 

「真壁さん、私は?」

 

「澪君は必要ない。既存技能が十分育っている」

 

 今回、低Lvから使い始める技能が多いのはトル、ミラ、ピナ、それに理央だ。澪は収納も鑑定も大量生産も並行思考も、すでに実用域まで育っている。

 

「竜血疲労耐久薬だ。味は直してある」

 

 4人の視線が小瓶へ集まった。

 

 理央が一歩だけ引く。

 

「今、味は直してあるって先に言いましたよね」

 

「必要な情報だ」

 

「前は必要だったってことですよね」

 

 真壁は答えなかった。

 

 澪は苦笑する。

 

「疲労を消す薬じゃないですよ。新しい技能を低Lvから同時に使う、最初の負荷を支えるためです」

 

 理央はまだ瓶を見ている。

 

「澪さんは飲まないんですよね」

 

「今回はいらないって」

 

「ずるいです」

 

「私が決めたんじゃないから」

 

 理央が覚悟を決めて一口飲んだ。

 

 一瞬だけ止まり、それから眉を上げる。

 

「……普通です」

 

「改修済みだ」

 

 真壁は淡々としていた。

 

 トル、ミラ、ピナも続けて飲み終える。

 

「次は収納の中を決める」

 

 真壁がそれぞれへ工程魔石を渡した。

 

「原料用。完成品用。再処理用。自分の収納の中で、混ざらない場所を割り当ててくれ」

 

 真壁が他人の収納を勝手に触ることはない。

 

 5人はそれぞれ、自分の収納へ意識を向けて場所を決めていく。

 

 澪は自分の収納の中で、空いている部屋を三つ使うことにした。

 

 一つを原料。

 

 一つを完成品。

 

 残りを再処理。

 

 理央も少し考えたあと、自分なりに区切ったらしい。

 

「決めました」

 

 ミラが言う。

 

「こちらもです」

 

 ピナが続く。

 

 真壁は本人に割り当てた場所を順に確認させた。混ざりそうなところだけは、その人の了承を得て鑑定を向け、位置関係を確かめる。

 

「材料を置くのは原料用だけだ。別の場所へ入れても工程は拾わない」

 

「収納なら、どこに入れても同じじゃないんですね」

 

 理央が言う。

 

「今回は入口を決めてある」

 

 真壁は工程魔石を軽く持ち上げた。

 

「収納内の全てを原料扱いするわけにはいかない」

 

「それは困ります」

 

 理央の返事だけ妙に早かった。

 

 

 

 真壁が最初に配った材料は、量産研修という言葉に似合わないほど少なかった。

 

 トルが手のひらの材料を見てから、真壁を見る。

 

「これだけですか?」

 

「最初はこれでいい」

 

「もっと使えると思います」

 

「使えるかどうかを見るのが先だ」

 

 真壁はそこで全員へ同じ指示を出した。

 

「原料用の部屋へ入れる」

 

 5人が材料を収納する。

 

「工程魔石を置く」

 

 それぞれ、自分の収納内で決めた位置へ置く。

 

「起動」

 

 外から見れば、それだけだった。

 

 大きな設備はない。

 

 音もない。

 

 目の前にいる5人も、立ったまま急に忙しくなるわけではない。

 

 澪は自分の収納へ意識を向ける。

 

 工程魔石が指定した原料用の部屋から材料を拾い、処理を始めたことが分かる。

 

 魔石結晶を生成する。

 

 鑑定を通す。

 

 真壁が組んだ判断ロジックで振り分ける。

 

 合格したものは完成品用の部屋へ送られる。

 

 規格外として弾かれたものは再処理側へ回る。

 

 そこから再び材料へ戻し、生成へ戻す。

 

 自分の収納なのに、自分が一本ずつ触る必要はない。

 

 それでも、工程が自分の能力を使って動いている感覚はあった。

 

「動いてます」

 

 澪が言う。

 

 意識を戻すと、目の前の事業所は何も変わっていない。誰も走っていないし、大きな音も出ていない。それなのに5人分の収納の中では、それぞれ同じ工程が始まっている。

 

「こちらもです」

 

 トルたちからも返事が来る。

 

 理央だけ少し遅れて顔を上げた。

 

「静かすぎません?」

 

「何がだ」

 

「社員研修が始まった感じがしないです」

 

「工程が止まっていないなら問題ない」

 

 しばらくすると、澪の完成品用の部屋へ合格品が移った。

 

 その部屋の中で所定の単位にまとめられ、パッキングされる。

 

 包装された状態のまま、同じ部屋へ保管された。

 

 澪は一つだけ取り出して机へ置いた。

 

 小さなパックが一つ。

 

「本当に出てきた」

 

「出すために作った」

 

「分かってますけど」

 

 他の4人も順に取り出す。

 

 量産研修の最初の成果としては、机の上があまりにも地味だった。

 

 理央は5つの小さなパックを見比べた。

 

「工場の研修って、もっと音がすると思ってました」

 

「収納の中だからな」

 

 真壁はもう次の確認へ移っていた。

 

 

 

 工程を起動してから、ほとんど間を置かずに真壁が参加者を鑑定した。

 

 最初にトル。

 

 続いてミラ、ピナ。

 

 3人の結果を見た真壁が、短く頷く。

 

「出た」

 

「何がです?」

 

「芽だ」

 

 新しく必要になった技能に変化が出ていた。

 

 多数をまとめて扱うための大量生産、複数の処理を重ねるための並行思考、そして収納内部で連続した流れを保つ収納内工程。3人とも、今始めた仕事に必要な三つへ揃って芽が出ている。

 

「もうですか?」

 

 ピナが驚く。

 

「もう使っているからな」

 

 真壁は澪へ鑑定を向けた。

 

 澪には大量生産も並行思考も、すでにある。

 

 新しく出ていたのは収納内工程の芽だけだった。

 

「私は一つですね」

 

「そうだ。そこへSP1」

 

 澪が取得する。

 

 次に理央。

 

「理央君は並行思考はある。大量生産は前から芽があるな」

 

「あ、これですね」

 

「今回使う。SPを入れていい」

 

 理央が大量生産へSP1を入れる。

 

 収納内工程には新しく芽が出ていた。

 

 そちらにもSP1。

 

 トル、ミラ、ピナは、それぞれ三つへSPを入れてLv1にした。

 

 真壁は全員の取得を確認すると、それで終わりにした。

 

「続ける」

 

「え、もう?」

 

 理央が言う。

 

「取るのが目的ではない」

 

「もうちょっと新スキル取得した感じを味わっても」

 

「工程が動いている」

 

「はい」

 

 理央がすぐ自分の収納へ意識を戻した。

 

 澪は少し笑いながら、自分も工程へ集中する。

 

 真壁の言う通りだった。

 

 芽が出て、SPを入れてLv1になった。

 

 でも本番は、その技能を今まさに使い続けることだ。

 

 工程魔石は止まっていない。

 

 収納も鑑定も、大量生産も並行思考も、収納内工程も、自分の中で同時に働き続けていた。

 

 

 

 小規模運転を何度か繰り返すと、机の上にパッキング済みの完成品が少しずつ増えた。

 

 規格外品は外へ出てこない。

 

 各人の収納内で再処理へ回り、再び材料へ戻っている。

 

 澪は完成品を一つ取り出したあと、自分の状態を確かめるように肩を回した。

 

 最初より疲れている。

 

 ただ、澪はもともと使ってきた技能が多い。頭の奥へ薄く重さが残る程度で、まだ余裕はあった。

 

 隣ではトルが腕を回し、ミラは一度椅子へ腰を下ろしている。ピナも水を一口飲んだ。理央は平気な顔をしようとしているが、さっきより返事が少し遅い。薬を使った4人も、疲労そのものが消えているわけではなかった。

 

 真壁が順番に5人を鑑定する。

 

「成長している」

 

「もうですか?」

 

 澪が聞く。

 

「ああ。工程を動かしている間も使用扱いになっている」

 

「私、ほとんど見てただけですけど」

 

 理央が言った。

 

「君の収納で動いている」

 

「自動なのに?」

 

「自動で動かしているのも技能だ」

 

 真壁は理央の結果から目を離さない。

 

「鑑定も収納も使っている。大量生産も並行思考も同じだ」

 

 理央は自分の胸元を見たあと、何となく収納のある場所を見ようとした。

 

 もちろん外からは何も見えない。

 

「勝手に育っていく感じがします」

 

「勝手ではない。動かしている」

 

「見た目が勝手なんです」

 

 ミラが小さく笑った。

 

 真壁は次の材料を取り出す。

 

 今度は最初より少し多い。

 

「増やす」

 

「もうですか?」

 

 澪が聞く。

 

「状態に問題はない」

 

「全員です?」

 

「一律にはしない」

 

 真壁は5人の状態を見て、量を少しずつ変えた。

 

 疲労が強い者はそのまま。

 

 余裕のある者だけ増やす。

 

 同じ研修でも、全員を同じ速度で進めるつもりはないらしい。

 

 澪はそこに少し安心した。

 

 量産の話になると真壁は数字へ走りがちだが、人まで同じ数字として扱っているわけではない。

 

 材料が増える。

 

 工程が動く。

 

 技能を使う量も増える。

 

 その分だけ、次に確認した時の成長も大きくなる。

 

 研修と生産が別々に進んでいる感じは、もうほとんどなかった。

 

 

 

 小規模運転が安定したところで、澪は理央へ確認した。

 

「ブローチ、研修で使ってもいい?」

 

 理央は胸元のアメジストへ手をやった。

 

「これですか?」

 

「うん。成長促進」

 

「別にいいですよ。壊さないなら」

 

「壊す使い方はしない」

 

 真壁が即答する。

 

「そこは真壁さんが答えるんですね」

 

 理央は留め具を外して澪へ渡した。

 

 ブローチに付いている成長促進は、実際に使っている技能の成長速度を通常の3倍にする。

 

 何もせず身につけているだけで勝手に技能が増えるわけではない。今回のように、複数の技能を同時に使い続けている研修だからこそ効く。

 

「3倍なら使わない理由がない」

 

 真壁が言う。

 

「やっぱり数字で見てますよね」

 

「効果が分かっているなら使う」

 

 最初はトル。

 

 一定時間工程を回し、真壁が成長を確認する。

 

 次にミラ。

 

 その次にピナ。

 

 ブローチが一人から一人へ渡される。

 

 澪は途中から、少しおかしくなってきた。

 

 理央の私物だったはずの小さなブローチが、完全に研修備品のように机の上を移動している。

 

「順番待ちですね」

 

 澪が言う。

 

「私のなんですけど」

 

「最後に戻す」

 

「それはお願いします」

 

 澪の番が来る。

 

 胸元へ付けて工程を動かすと、体感そのものが3倍になるわけではない。

 

 けれど一定時間後、真壁の鑑定では成長の進み方に差が出ていた。

 

「効果は出ている」

 

「じゃあ次、理央さん」

 

「元の持ち主が最後なんですね」

 

「順番の問題だ」

 

 理央が自分のブローチを受け取り、また胸元へ付ける。

 

「なんか貸したのに返ってきた感じがしません」

 

「今は研修中だから」

 

「澪さんまで会社側になってる」

 

 その間にも真壁は、成長が早かった人の材料量をもう一段上げていた。

 

「待ってください。研修を早く終わらせるために使ってるんですよね?」

 

 理央が聞く。

 

「ああ」

 

「なんで課題が増えてるんです?」

 

「出来るようになったからだ」

 

 理央はしばらく黙ってから、澪を見た。

 

「社員研修って怖いですね」

 

「真壁さん式だけだと思う」

 

 

 

 研修の後半になると、机の上へ出てくる完成品の量が目に見えて増えた。

 

 材料を増やしたから、それだけなら当然だった。

 

 真壁が見ていたのは別のところだった。

 

「再処理へ戻る割合が下がっている」

 

 澪は自分の収納へ鑑定を向けた。

 

 規格外として弾かれ、再処理へ回る量を確認する。

 

 確かに最初より少ない。

 

 最初の頃は、完成品用の部屋へ一つまとまりが出来る間に、再処理側が何度も動いていた。今はその往復が減っている。外へ取り出したパックの数だけでなく、自分の収納の中の忙しさまで違って感じられた。

 

「判断条件を変えました?」

 

「変えていない」

 

「品質基準も?」

 

「同じだ」

 

 工程魔石も同じ。

 

 材料も同じ。

 

 真壁の判断ロジックも同じ。

 

 違うのは、使っている側だった。

 

 収納内工程が育ち、大量生産や並行思考も動かしやすくなっている。

 

 結晶生成から鑑定、分類までの流れが最初より安定していた。

 

「人が育った分、一度で規格に入る物が増えたんですね」

 

「そう見ていい」

 

 真壁はまた各人の状態を見る。

 

 投入量を増やしているのに、最初の少量運転より余裕がある者もいた。

 

 トルが自分の完成品を取り出す。

 

「最初より多いですね」

 

「再処理回数が減った分も効いている」

 

 真壁は完成品だけでなく、規格外品の割合と疲労も確認する。

 

 ミラは少し余裕がある。

 

 ピナは今の量で維持。

 

 澪はもう一段だけ増量。

 

 理央はブローチを付けたままなので、その効果を見るため同じ量を少し続ける。

 

「全員、同じ量にしないんですね」

 

 理央が聞いた。

 

「研修だからな」

 

「真壁さんなら、揃えるかと思ってました」

 

「揃えるのは品質だ」

 

 短い返事だった。

 

 澪はその言葉に少し納得した。

 

 人間まで同じ速度へ揃える必要はない。

 

 出来る量で続け、その人が育てば少し増やす。

 

 すると処理量が増え、技能を使う量も増え、また育つ。

 

 真壁が最初に言っていた「出来る人を増やす」が、ようやく数字以外の形で見えてきた。

 

 5人の収納が別々の速度で動きながら、同じ品質の物を出している。

 

 会社全体では、その全部が足し算になる。

 

 

 

 増量したあと、最初に止まったのはピナの工程だった。

 

 外から見ていた澪には、何も起きたようには見えない。

 

 ピナが先に顔を上げた。

 

「止まりました」

 

 真壁は慌てなかった。

 

「紙を見る」

 

「紙?」

 

 ピナが自分の収納へ意識を戻す。

 

 工程魔石には、停止時の出力先として紙ログ用の紙をあらかじめ指定してある。

 

 少しして、一枚の紙が取り出された。

 

 高度な判断魔石と工程魔石をつないだ結果が、机の上ではただの紙一枚になっている。

 

 理央が横から覗き込んだ。

 

「急に地味ですね」

 

「分かればいい」

 

 真壁は紙を取らず、ピナへ読むよう促した。

 

「どこで止まった」

 

 ピナが内容を追う。

 

「原料取得のあとです。必要な情報が足りない、とあります」

 

「原因は?」

 

 もう一度確認する。

 

 原料の一部が、想定していた状態から外れていた。

 

 工程魔石は、それを勝手に既知の材料だとみなさなかった。

 

「これなら、再処理へ回していいんでしょうか」

 

「今は駄目だ」

 

 真壁が即答する。

 

「ロジックにない状態なら止める。それで正しい」

 

「止まったのに、正しいんですか?」

 

「止まるべき時に止まった」

 

 ピナは紙と真壁を見比べた。

 

 真壁が原因の材料を確認し、今回は入力側の問題だと判断する。

 

 対象を外し、原料を入れ直す。

 

「もう一度起動」

 

 ピナが工程を再開した。

 

 今度は止まらない。

 

 完成品用の部屋へ処理が流れていく。

 

 澪はそこで、紙ログの意味をようやく実感した。

 

 真壁が横にいない時でも、何が起きたかまでは残る。

 

 担当者が勝手に答えを作らなくてもいい。

 

 分からない状態なら止める。

 

 紙を見る。

 

 必要なら詳しい人へ回す。

 

 何でも自動で答えを出す仕組みではない。分からない物を分からないまま先へ流さないことまで含めて、昨日まで真壁が作っていた判断が残っている。

 

 全部を自動で解決しないことも、工程の一部だった。

 

「魔石の中はかなり複雑なのに、エラーは紙なんですね」

 

 理央がまだ気にしている。

 

「読めれば十分だ」

 

「そこも真壁さんらしいです」

 

 真壁は返事をせず、次の工程確認へ移った。

 

 

 

 朝に始めた研修は、通常業務へ戻す時間になってようやく一区切りついた。

 

 作業台には、開始時にはなかったパッキング済みの完成品が並んでいる。

 

 5人分。

 

 量はまだ本格生産と呼ぶほどではない。

 

 それでも、朝の少量試験とは比べものにならなかった。

 

 真壁は最後に一人ずつ状態を確認した。

 

 トル、ミラ、ピナは、もともとの収納7と鑑定7を土台に、新しく量産へ必要な技能を使い始めている。

 

 澪と理央も、実際に同じ工程を動かしたことで、ただ説明を聞いただけでは分からない負荷や流れまで掴めた。

 

 最後に、同じ条件で1分だけ工程を動かす。

 

 真壁が結果をまとめた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

研修終了時 量産試験結果

 

担当   1分あたり   1時間あたり

トル   540個/分   32,400個/時

ミラ   600個/分   36,000個/時

ピナ   570個/分   34,200個/時

澪    800個/分   48,000個/時

理央   420個/分   25,200個/時

 

5人合計  2,930個/分  175,800個/時

参考:真壁 2,000個/分  120,000個/時

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 澪は、一番下の2行を見比べた。

 

「5人で2,930個……真壁さんより多い」

 

「ああ。私1人なら2,000個だ」

 

 誰か1人が真壁へ追いついたわけではない。

 

 その必要もなかった。

 

 トルは量を増やしても工程が崩れにくく、540個/分まで安定して流せた。ミラは鑑定と工程判断の噛み合わせがよく、3人の中では最も高い600個/分。ピナは再処理へ戻る割合が安定し、570個/分だった。

 

 澪は基礎の収納と鑑定が高く、800個/分。理央は経験こそ浅いが、研修中の伸びが大きく420個/分まで届いた。

 

 5人を同時に動かせば、真壁単独より930個/分多い。

 

 真壁へ集まっていた仕事を分けながら、会社全体ではむしろ速くなる。

 

 最初に真壁が話していた目的が、そのまま数字になっていた。

 

「今日はここまでだ」

 

 真壁が言う。

 

 理央がすぐ椅子へ座った。

 

「研修、終わりました?」

 

「今日はな」

 

「今日は」

 

 その一言だけで、続きがあることは分かった。

 

 澪は全員の顔を見た。

 

 疲れてはいる。

 

 薬を使った4人も、初期負荷を支えてもらっただけで、疲労そのものがなくなったわけではない。

 

 だから、続けるならそこを最初に決めておきたかった。

 

「これからも毎日お願いすることになると思います」

 

 トルたちが澪を見る。

 

「でも、無理しない範囲でお願いします。量を増やせるからって、限界までやる必要はないです」

 

 真壁も異論は挟まなかった。

 

 研修の目的は、一人を強くして全部背負わせることではない。

 

 出来る人を増やして、仕事を分けることだった。

 

 アメジストのブローチは理央の手元へ戻る。

 

「やっと私物に戻りました」

 

「お疲れさま」

 

「ブローチが?」

 

「理央さんも」

 

「そっち先に言ってください」

 

 澪は笑ってから、作業台の完成品へ視線を戻した。

 

 今日作ったのは、もちろん東都へ出す棒状結晶だった。

 

 でも、それだけではない。

 

 車を作る会社なら、車を一台ずつ手で作り続けるのではなく、車を作るレーンを作る。

 

 布を作るなら、毎回同じ手順を人が思い出しながら繰り返すのではなく、紡績工場を作る。

 

 物を作るというのは、目の前の物を一つ作ることだけではない。

 

 同じ物を繰り返し作れるようにする。

 

 人が代わっても、同じ基準で作れるようにする。

 

 誰か一人が無理をしなくても、続けられるようにする。

 

 今日、押入商会が作ったのは、たぶんそちらだった。

 

 原料を決めた部屋へ入れて工程魔石を起動すれば、完成品用の部屋にはパッキングされた製品が残る。想定外で止まった時だけ紙を確認すればよく、その仕事を続ける人自身も少しずつ育っていく。

 

 澪は机の上の小さな工程魔石を見た。

 

「社員研修っていうより、工場を作ったみたいですね」

 

「工場なら、人も工程の一部だ」

 

 真壁が言う。

 

 澪は少し考えてから首を振った。

 

「そこは、人が工場に合わせるんじゃなくて、続けられるようにしてください」

 

「そのために人数を増やした」

 

 返事が早かった。

 

 なら大丈夫だろう、とまではまだ思わない。

 

 真壁は放っておくと増やせるだけ増やす人だ。

 

 だから社長が止めるところは止める。

 

 その役割まで含めて、押入商会の新しい生産方式なのかもしれなかった。

 

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