3月に入ると、ヴァルディス侯爵領の景色から、冬の固さが少しずつ抜け始めた。
領都近郊の畑には、朝のうちだけ薄く霜が残っている。それでも日が高くなる頃には黒い土が湿り、しまわれていた鍬や鋤が外へ出されていた。荷車が農道を通るたび、車輪には冬の乾いた泥ではなく、重い土がまとわりつく。
澪が農地の脇を歩いていると、畑へ入っていた男が腰を伸ばした。
「今年は、この辺りだけずいぶん早いな」
「暖かかったんですか?」
「いつもの年よりはな。もう土を起こせる」
少し離れた畑では、まだ白い霜を踏んでいる人もいる。領都を離れれば例年通りの冬だった村もあると、エーリヒから聞いていた。
全部が春になったわけではない。ただ、少なくともこの辺りは動き出すのが早い。
道端の枯れ草の間には小さな緑が混じり、領都へ戻る人の中にも厚い外套を脱いで腕へ掛けている姿が目立った。畑の脇では、冬の間使っていなかった農具の柄を確かめる人がいる。別の家では荷車の車輪へ付いた泥を棒で落としていた。
人が動き始めれば、必要な物も一緒に動く。
澪は畑の端に並べられた空袋を見た。
種を播くなら、種だけでは済まない。
肥料もいる。
そして、この領地で春仕事を始めるのは、目の前の数軒だけではなかった。
事業所へ戻ると、その答えはもう来ていた。
エーリヒの靴には、乾ききっていない土が薄く付いている。机へ置かれた書類の端にも、細かな土埃が残っていた。
「各村で春の準備が始まりました。領都の近くは少し早いですが、離れた村もこれから順に動きます」
澪は向かいの椅子へ座った。
「肥料ですね」
「はい。今ある分だけでは足りません。押入商会で、追加を用意できますか」
どの畑へ何を入れるかまで、こちらに任せる話ではない。エーリヒが欲しいのは、侯爵領側で使い道を決められる肥料の供給だった。
新しい配合をいきなり全部の畑へ撒くつもりもないらしい。今まで使っているものはそのまま回し、確認が要るものは用途を分ける。その辺りはエーリヒが判断する。
澪は書類へ目を落とした。村ごとの名前を追うだけで、頼まれている範囲が一軒二軒ではないことは分かる。
「最初から全部を同じ日に、ではないんですよね」
「ええ。畑へ入る順も違います。用意できた分から回せれば助かります」
それなら、作れる量を確認しながら出せる。出来もしない数量をここで約束する必要はない。
「可能な限り納めます」
「助かります」
エーリヒはそこで数量を押しつけてこなかった。こちらがどこまで用意できるかを見て、配る側で組み直すつもりなのだろう。
話が終わり、戸口まで見送ったところで、澪の頭に最初に浮かんだ名前は、やはり真壁さんだった。
大量生産も原料調達も、収納内プラントの組み替えも、真壁さんならたぶん何とかする。
そこまで考えたところで、戸口を出ようとしていた足が止まった。
ついこの間、真壁さん一人へ集まっていた仕事を、わざわざ何人にも分けたばかりだ。
次の大量仕事が来た瞬間に元へ戻したら、何をしていたのか分からない。
澪は踵を返した。
向かう先は、真壁さんのところではなかった。
肥料の試料が置かれた作業台の前で、ヴァルトは澪の話を最後まで聞いた。
「春向けに、量を増やしたいのですね」
「はい。私が作れる形にしたいです」
そう言うと、ヴァルトは少しだけ目を細めた。
「それなら、今までの工程をそのまま私の収納で増やす必要はありませんね」
作業台には、土色の粉、灰色の細粒物、処理前の魔物由来原料の小さな試料が並んでいる。見た目だけなら、農家の納屋に置かれていても不思議ではない。
ヴァルトが指先で土色の試料を寄せ、その隣へ灰色のものを置いた。
「普段セルマさんへ納めているものなら、魔物由来の原料と火山灰を使っています。死骸や排出物から必要な成分を分け、火山由来の成分と合わせています」
言いながら、二つの試料の間へ空の小皿を置く。そこが完成側らしい。
「その工程を、私の収納で動かせますか?」
「できます。工程を魔石へ持たせましょう」
澪は作業台の端へ置かれた小さな魔石を見る。
判断魔石や工程魔石でやったことと考え方は同じだった。魔石が材料を生み出すわけではない。入れた原料を、決めた順で処理し、収納内プラントへ次の仕事を渡す。
「ただ、今までと同じ原料だけで量を増やすと、窒素側が先に苦しくなります」
「窒素ですか」
「そこは別の入口を作れます」
ヴァルトは、何かを作る手つきではなく、工程の境目を確かめるように魔石を持ち上げた。
「真壁さんが液体窒素を持っています」
結局、名前は出た。
澪は少しだけ肩を落としたが、ヴァルトは気にせず続ける。
「肥料を真壁さんに作ってもらう必要はありません。原料として分けてもらえばいいのです」
それなら話が違う。
既にある材料を使わせてもらうことまで避けたら、分業ではなく意地になる。
「分けてもらってきます」
「その間に、こちらは窒素側の工程を組んでおきます」
ヴァルトはもう魔石と小さな試料を手元へ引き寄せている。
澪も立ち上がった。今度こそ真壁のいる作業場所へ向かう。頼むのは肥料ではなく、材料だった。
真壁は、澪が来ると手元の作業を止めた。
「どうした、澪君」
「液体窒素をください」
一拍だけ間があった。
「用途は?」
「春の肥料です。作るのは私です。ヴァルトさんに工程を魔石化してもらいます」
真壁の視線が澪の手元へ落ちる。そこには、ヴァルトから渡された必要原料のメモがある。
「量は決めてあるのか」
「最初に使う分は、ここに」
紙を渡すと、真壁は目を通した。数行を追ってから返してくる。
「よし。外へ出す必要はない。収納内で扱おう。工程へ入れる分だけ切り出してくれ」
「分かってます」
澪が紙を畳みかけると、真壁の指がその端を押さえた。
「もう一つ。大量に持てることと、大量に使ってよいことは別だ」
「分かってますって」
指が離れた。どうやらそこまでが受け渡し条件だったらしい。
真壁の収納から、指定された分の液体窒素が澪の収納へ渡される。澪は自分の収納側で受け取りを確かめ、窒素原料の区画へ置いた。外へ取り出して湯気を立てるようなことはしない。受け渡しが終わると、その区画だけを閉じる。
「これ、冬の間ずっと作ってたんですよね」
「ああ。必要な時にまとめて困るより、定期的に確保した方がいい」
「領都の空気から?」
「周辺の大気を入れて窒素を分けた。残りは戻している」
そこへ、工程の確認を終えたヴァルトも来た。
「処理で出る熱も、戻す空気と一緒に外へ逃がしていましたね」
「ああ」
澪は朝の畑を思い出した。
「今年、領都の辺りだけ少し暖かかったって聞きました」
真壁の手が止まった。
ヴァルトはすぐには答えず、少し考えてから言った。
「冬の間に何度も同じ場所で大気を処理していたなら、局地的には影響があっても不思議ではありません。ただ、どの程度かは分かりません」
「……真壁さん、液体窒素を作ってただけですよね?」
「そのつもりだ」
暖房を始めた覚えはないらしい。
真壁は自分の収納を見て、それから領都の外へ視線を向けるように少し顔を上げた。
「次から排熱の逃がし方も考えよう」
「そこはお願いします」
肥料の原料をもらいに来ただけなのに、冬の気温の話まで増えた。
澪が液体窒素を持って戻ると、ヴァルトは純水側の工程を準備していた。
「純水を電気分解して高純度の水素を取ります。窒素と水素を揃え、白金触媒を使って反応工程へ渡します」
「混ぜれば出来る、ではないんですよね」
「もちろんです。必要な条件は工程側で固定します。澪さんが毎回それを調整する必要はありません」
具体的な温度や圧力を覚えろとは言われなかった。
必要なのは、純度を揃えた原料を決めた区画へ入れることと、工程の結果を次へ渡すこと。
ヴァルトは魔石へ処理をまとめながら、小さな試料だけを工程へ流した。澪は自分の収納へ渡される処理の順を確かめる。窒素側と水素側が別々に入り、途中で一つになり、結果が次の区画へ送られる。
ヴァルトが出力を鑑定し、魔石へ戻した。
「ここまでで、アンモニアまでは作れます」
澪は透明な容器を見た。
完成した肥料には、まだ見えなかった。
「アンモニアから肥料にするには、どうすればいいんですか?」
澪が聞くと、ヴァルトは試料を戻した。
「そのまま畑へ撒くものではありません。農地で扱いやすい窒素肥料へ変えます」
「それで完成ですか?」
「窒素だけで育つ植物なら話は簡単ですが、そうではありません」
ヴァルトは横に置かれていた土色の試料へ手を伸ばす。
「今まで使ってきた魔物由来の原料も要ります。火山由来の成分も合わせます。今回増やすのは窒素の入口です」
澪は頷いた。
既存の肥料を全部捨てて、新しいものへ置き換える話ではない。
足りなくなりやすい側だけ、別の原料ルートを作る。
ヴァルトは工程魔石を澪へ渡した。
澪が自分の収納へ入れ、小さな量で一連の流れを試す。アンモニア側から次の処理へ渡し、魔物由来の試料と合わせる。途中で原料不足になったところで工程が止まった。
「止まったのは、ここですね」
澪が自分の収納内の位置を示すと、ヴァルトが頷く。
「はい。火山由来の原料が入れば、最後まで回せます」
「火山灰ですか」
「はい」
澪の頭に、灰色の裾野が浮かんだ。
「あそこですね」
ヴァルトもすぐに分かったらしい。
「ゼグルド火山ですね。以前と同じ裾野なら、採取した場所も分かります」
「場所は覚えてます。私が取ってきます」
「真壁さんへ頼みますか?」
「今回は私が行きます。エアカーで行って、地図を見ながら安全な所だけで採ります」
ヴァルトは一度だけ澪の顔を見た。
「一人で?」
「はい。でも、真壁さんには言ってから行きます」
止められるとは思っていなかった。
ただ、黙って行くと、あとで自分が困る気がした。
魔石はもう澪の収納にある。ヴァルトのところへ毎回材料を持ち込み、完成を待つ形ではない。原料さえ揃えば、自分で同じ工程を動かせる。
止まっている場所へ足すものは、火山灰だった。
その足で真壁のところへ行くと、澪の話を聞いた真壁は手元の作業から顔を上げた。
「火山へ一人で行くのか」
「真壁さん、それを言います?」
「何の話だ」
「前に、一人で行きましたよね」
真壁の手が止まった。
ほんの一瞬だけだった。
「……行ったな」
「私、あれは今でもちょっと言いたいことありますからね」
「無事に戻っている」
「結果の話じゃないです」
澪が返すと、真壁は反論せずにこちらを見た。
そこは少し意外だった。
「でも」
澪は続けた。
「先に灰を採れる場所を見つけてくれたのは助かってます。私も前に行って地図へ入ってますし、どの辺りまでなら近づけるか分かりますから」
「褒められているのか?」
「半分くらいは」
真壁は小さく息を吐いた。
「なら、地図を見たまま飛べ。魔物の反応がない所を選んで降りろ。噴気側へ寄る必要はない。エアカーからも離れすぎるな」
「はい。危なかったらすぐ戻ります」
「それでいい」
「真壁さんも、次に一人で行くなら先に言ってくださいね」
「分かった」
今度は返事があった。
それだけ確認して、澪はエアカーへ向かった。
ゼグルド火山が見えてきても、澪はすぐには降りなかった。
エアカーの速度を落とし、灰色の裾野を大きく回る。
黒い山肌の下へ灰の積もった土地が広がり、風が吹くたびに表面の色が薄く揺れた。遠くには噴気が上がっている。上から見れば静かだが、静かだから安全とは限らないことは、もう知っている。
澪は地図を開いた。
前に来た範囲の中へ、いくつか魔物の反応が出ている。
「そこはなし」
反応のある場所は避け、別の反応からも十分に距離を取る。
噴気の筋から離れ、地図の上で魔物の反応が途切れている場所を探した。以前灰を採った辺りから大きく外れず、地面も比較的平らに見える場所がある。
その上を一度通り過ぎた。
反応は増えない。
もう一度回ってから、澪はゆっくりエアカーを降ろした。
着地しても、すぐには扉を開けなかった。地図をもう一度確かめ、近くに反応がないことを見てから、ようやく外へ出た。
風が車体の向こうから灰を転がしていく。細かな粒が地面を擦る音がして、少し離れた岩場から何かが落ちる乾いた音が響いた。
澪の顔がそちらへ向いた。岩場に動くものはなく、地図にも反応は出ていない。
「……岩ですよね」
当然、返事はなかった。
飛行船の上やエアカーの中から魔物を見るのと、地面へ一人で立つのは違った。
ここに何が出るのかを知らないなら、まだ気楽だったかもしれない。知っているから、岩陰が全部少し怪しく見える。
澪はエアカーがすぐ見える位置から離れず、まず足元を鑑定した。地熱の高い所と噴気の筋を外し、灰で隠れた窪みも避ける。
火山へ来たからといって、危ない方へ行く理由はない。
今日は灰を持って帰れば終わりだ。
「ここなら大丈夫そう」
自分に確認するように呟き、灰の表面へ靄を伸ばした。
一か所を深く抉らず、広い範囲から薄く採る。前にやった方法は覚えている。
灰の表面だけがすっと消え、その下に少し濃い色の土が現れた。深い穴にはならない。
澪は一度地図を確かめた。反応に変化がないことを見て、次もエアカーの近くから薄く取る。
風が強くなるたびに手を止めた。灰が舞って視界が揺れると、まず地図を確かめる。何もいなければ再開する。
見た目だけなら、ほとんど進んでいない。
広い裾野の表面を少し削っただけだ。
収納の中には火山由来物のまとまりが増えているが、澪の感覚ではまだ小さい。
しばらく採ったところで、近くの灰が薄くなった。
澪はそこで粘らずエアカーへ戻る。
扉を閉め、地図を確認してから少し場所を移した。
次も地図上で魔物の反応がない所を選び、着地してから周囲と地図を確かめ、それから外へ出た。
何度か繰り返すうちに、手順だけは妙に慣れてきた。
怖くなくなったわけではない。
むしろ、地図を見る回数は増えていた。
灰の表面へ靄を広げたところで、その地図の端に反応が一つ現れた。
澪の手が止まる。
靄を消した。
迷うより先にエアカーへ戻り、扉を閉める。
「……来ないでくださいね」
反応は近づいてはいない。
少し横へ動き、しばらくすると離れていく。
澪はそのまま待った。
地図の端から反応が遠ざかっても、すぐには外へ出ない。もう一度周囲を見て、それから息を吐いた。
「帰ってもいいんですけど」
当然、止める人はいない。澪が収納へ意識を向けると、まだ十分に余裕がある。
外を見ると、少し先にも灰色の地面が続いていた。
「……もう少しくらい」
安全な場所を選び直し、エアカーを動かした。
今度はさっきより慎重に降り、薄く採っては地図を確かめ、またエアカーで場所を変える。
一度に採っている量が少ないせいで、どれだけ持ち帰っているのかという感覚だけが育たなかった。
深く掘らず、危険な所へ寄らず、魔物の反応が出れば離れる。その三つだけは最後まで守った。
その代わり、採取した場所の数が増えた。
何度目かの移動を終えたところで、澪はふと手を止めた。
「……何tいるんだろ」
聞いていなかった。
火山灰の全部を肥料へ入れるわけではない。必要な成分を分ける。その割合も、持ち帰って鑑定してから決めることになっていた。
つまり、現地でぴったり必要量だけ採ることは出来ない。
足りなくなれば、またここへ来ることになる。
その考えが浮かんだところで、さっき地図に出た反応を思い出す。
澪は少しだけ黙った。
「……また来るよりは」
続きを口にしないまま、次の安全な場所へ移った。
収納には十分な余裕がある。一か所を深く掘らず範囲を分けて薄く取れば、山の形そのものを変えるわけでもない。
そう考えると、止める理由がまた減った。
エアカーで移動するたびに地図を見て、反応のない所へ降りる。そこでも灰の薄い層だけを収納へ送った。
少しずつしか採っていないという感覚のまま、場所だけが次々に変わっていった。
ようやく風が強くなり、残っている灰が細く舞ったところで、澪は靄を消した。
「これくらいでいいかな」
収納にはまだ入るが、さすがに十分だろう。澪はエアカーへ戻り、そのまま離陸した。
少し高度が上がったところで、澪は来た時と同じように裾野を見下ろした。
そこで黙った。
灰が残っている場所の間に、黒い火山土が帯のように露出している。赤茶色の岩が見えるところも増え、ところどころ軽石質の白っぽい層まで混じっていた。
深い穴はない。
山の形も変えていない。
ただ、安全な場所を選びながら薄く採った跡が、かなり広い範囲へ散らばっている。
地上では一か所ずつしか見ていなかったものが、上から全部つながった。
「……ちょっと取りすぎました?」
エアカーの中でも、返事をする人はいない。
収納を確かめる。
大量にあることだけは分かった。
今ここで重量を集計しても、比較する数字がない。何t必要だったのかを聞いていないからだ。
「帰ってから見よう……」
それ以上は採らず、澪はエアカーを領都へ向けた。
事業所へ戻ってエアカーを降りたところで、ちょうど外へ出てきた真壁と目が合った。
「戻ったか」
「はい」
真壁は澪の服に付いた灰を見てから、顔へ視線を戻した。
「問題は?」
「途中で地図に魔物の反応が一つ出ました。すぐエアカーへ戻って、離れるまで待ちました。採ったのも、反応がない場所だけです」
「エアカーから離れたか」
「見えなくなるほどは離れてません。場所を変える時も、地図を見てから移動しました」
真壁は短く頷いた。
「それならいい。反応が出た時に作業を切ったのも正しい」
澪の肩から、少しだけ力が抜けた。
「ありがとうございます」
「私にあれだけ言っただけはあるな」
「そこは、まだ終わってませんけど」
「そうか」
真壁は気にした様子もない。
澪は一度だけ視線を逸らした。
「あと、灰は……ちょっと多いかもしれません」
「量は見たのか」
「まだです」
今度は真壁が黙った。
「先に見た方がいいな」
「はい」
伸びたばかりの背筋が、少しだけ元へ戻った。
澪はそのままヴァルトのいる作業場所へ向かった。
中へ入ると、ヴァルトは完成しかけた肥料用の工程魔石を確認していた。
「戻りましたか」
「火山灰、取ってきました」
「必要量は確保できそうですか?」
「たぶん。……少し取りすぎたかもしれません」
ヴァルトの手が止まった。
「少し、ですか」
「景色がちょっと変わってました」
言ってから、自分でも説明が弱いと思った。
「まず中身を分けましょう」
澪が自分の収納を開く。
火山で採ったまとまりを対象にし、鑑定を重ねる。火山灰のまま使えるもの、風化した土、砂、礫。そこから鉱物を分け、別の区分へ送る。
ヴァルトが同じ表示を見ているわけではない。澪が読み上げ、必要なものだけ取り出して見せる。
最初は大半が灰と土だった。そこから砂や礫が分かれ、鉱物を別へ送るたびに区分が増える。ごく小さい区分は、全体が大きすぎるせいで単位までおかしく見えた。
ヴァルトは途中で何度か試料を受け取り、指先で粒を転がしてから澪へ返した。分類そのものは澪が続ける。
最後に重量をまとめたところで、澪の声が止まった。
「……ヴァルトさん」
「はい」
「出ました」
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分類 収納量
火山灰 286,100t
風化火山灰土 68,500t
火山砂 31,300t
軽石・軽石質土 18,700t
火山礫・スコリア 9,700t
粘土質火山土 4,200t
火山性岩片・石英・長石類 2,050t
鉄・チタン系重鉱物 610t
火山性結晶鉱物 220t
副成分鉱物 17t
熱水性鉱物・結晶片 2.7t
希少原石・異世界固有結晶 0.3t
──────────────────────────────────
合計 421,400t
──────────────────────────────────
ヴァルトは何も言わなかった。
澪も言わなかった。
先に動いたのはヴァルトだった。取り出していた灰の試料を一度置き、澪を見る。
「澪さん。どのくらい採るつもりだったのですか」
「分からなかったので、入るだけです」
言い終えてから、戻った時に真壁さんから褒められたことを思い出した。
褒められたのは、魔物の反応が出た時にすぐ作業を切ったことだ。採取量ではない。
その前には、大量に持てることと、大量に使ってよいことは別だとも言われている。液体窒素の話だったはずなのに、今度は火山灰の方へ刺さった。
ヴァルトは眉間へ指を当てた。
「収納がいっぱいになったのですか?」
「いえ。まだ入ります」
「そうでしょうね」
そこは問題ではなかった。
澪は分類の一番下を見た。
「希少原石もあります」
「そこも分けておきましょう。ただし、先に総量の話です」
「はい……」
0.3tの区分をさらに鑑定し、品質の高い結晶だけを別へ送る。
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再分類 重量
蛍石系高品質結晶 118kg
紫水晶・石英系高品質結晶 74kg
ジルコン系結晶 31kg
その他の希少鉱物 42kg
異世界固有結晶 35kg
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合計 300kg
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合計300kg。普段なら、それだけでも十分に大きな数字だ。
421,400tの下へ並べると、急に小さく見える。
「今回、火山由来原料として先に工程へ回すのは、1,200t程度で足ります」
ヴァルトが言った。
澪は聞き間違いかと思って、もう一度一覧を見る。
「……42万tありますけど」
「ありますね」
「でも、今後も使えますよね?」
「使えます」
少し安心した。
「肥料原料にもなりますし、土壌改良材や建材、鉱物原料として使えるものもあります」
「よかった」
「それと、採りすぎたことは別です」
「はい」
安心した分だけ戻された。
澪は一覧の上へ視線を戻し、421,400tの数字をもう一度見た。
次に何かを採りに行く時は、必要量だけでなく、まずどのくらい持ち帰れば判断できるのかまで聞こう。
少なくとも、火山灰については当分その機会が来そうになかった。
原料が揃うと、肥料用の工程魔石はようやく最後まで動かせた。
ヴァルトが最初の投入だけ横で見る。
真壁から受け取った液体窒素は、必要分だけ窒素側の区画へ送る。純水由来の水素を合わせ、白金触媒を使う反応工程へ渡す。出来たものは次へ進み、農地で扱える窒素肥料の原料へ変わっていく。
そこへ魔物由来の原料を足す。
火山由来物は、421,400tの山を丸ごと動かす必要など当然なかった。分類済みの区画から、今回使う約1,200tだけを用途ごとに切り出し、必要な工程へ送っていく。
「この出力を見ます」
ヴァルトが最初の生成物を鑑定した。
澪は自分の収納内の流れを止めず、結果だけ待つ。
「問題ありません。ここから先は、同じ条件で続けてください」
「分かりました」
ヴァルトが手を離した。
継続して作るのは澪だった。
材料を分け、工程魔石へ渡し、出来た肥料を完成側へ送る。必要な量が揃った分から、引き渡せるようにまとめていく。
ヴァルトは最初の結果を見終えると、作業台から自分の試料を片づけ始めた。
「次から私を待つ必要はありません。条件が外れた時だけ止めてください」
「はい」
澪は自分の収納内で次の原料を送る。工程はそのまま続いた。
最初の荷がまとまったところで、エーリヒへ連絡を入れた。
「供給できる分から順にお渡しします。全部を一度にではありません」
「それで十分です。こちらで回す順を決めます」
エーリヒは引き渡された肥料を確かめ、同行していた人へ声をかける。
受け取った側では、どの村から回すかの相談がもう始まっている。どの畑へ使い、何へ回すか。その先は侯爵領側の仕事だった。
押入商会がやるのは、作って渡すところまでだ。
そこから先まで抱え込む必要はない。
澪は荷車へ積まれていく最初の肥料を見送った。
農道を進む荷車の向こうでは、畑の土が起こされていた。
領都近郊では作業が一足早い。少し離れた村でも、3月に入ってから農具を出す家が増えている。
肥料を積んだ荷車が一台、また一台と別の道へ分かれていく。
まだ種を播いていない畑も多い。
何がどれだけ育つかは、これからだ。
澪はエーリヒたちの仕事を邪魔しないところまで下がり、土の匂いを吸い込んだ。
大量の依頼を受けた時、最初に真壁さんの顔は浮かんだ。けれど今、真壁さんはここにいない。ヴァルトさんも最初の出力を見ただけで、製造の前には立っていない。
自分の収納では、次の肥料が同じ工程を流れている。
そこへ目を向けた瞬間、さらに奥に分類したまま残っている火山由来物まで思い出した。
およそ42万t。
「次は、先に量を聞こう」
小さく呟いてから、澪は荷車の列へもう一度目を向けた。
車輪が柔らかい土へ跡を残し、肥料を積んだ一台が分かれ道の向こうへ消えていった。