押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第334話 全部捌いてみせるよ

 

「包める。だが、今すぐではない」

 

 隣の加工場から来た男へ、真壁が答えた。

 

「今回は三軒で試す。袋と器具の使い方を増やすのは、その結果を見てからだ」

 

「三軒なら、うちを入れてもいいだろう」

 

「もう決まっている」

 

 ロセリオが加工場の一覧を上げた。

 

 男は真空包装された燻製を惜しそうに見たが、無理に手を伸ばさなかった。代わりに七日後だなと念を押し、人垣の後ろへ下がる。

 

「で、置いていく分はいくらだ」

 

 ロセリオが売り台ではなく、真壁の分けた資材へ向き直った。

 

 大小の真空袋は、加工場ごとに百枚ずつ。合計三百枚。その上へ、同じ枚数のラベルが載っている。

 

 密封器具は三台。高性能な袋は、魚介スープの少量試験に使う二十枚だけで、そちらには専用のラベルが二十枚付いていた。

 

 ロセリオは真空袋の束から大きい物と小さい物を一枚ずつ抜き、重ねて光へ透かした。

 

「三百枚と言っても、大きさは同じではないんだな」

 

「干物と塩蔵の切り身では、必要な幅が違います。どの大きさを何枚使ったかも見たいので、束を混ぜないでください」

 

 澪が答えると、ロセリオは抜いた二枚を元の束へ戻した。今度は置き場所まで間違えない。

 

「初回の試験分で、小金貨一枚です」

 

 澪は内訳を確認してから答えた。

 

「真空袋三百枚とラベルで銀貨三枚。密封器具三台は、一台につき銀貨一枚の貸与料です。スープ用の高性能な袋二十枚と専用ラベルが銀貨四枚。合わせて銀貨十枚になります」

 

「ちゃんと売るんですね」

 

 理央が、澪と資材の束を交互に見た。

 

 今朝まで海を見に行く話をしていた人が、もう小金貨一枚を請求している。口には出さなかったが、視線は十分にそう言っていた。

 

「当然でしょう」

 

 セリネアは、自分の前に置いていた帳面をロセリオ側へ押した。

 

「無料で試した結果では、続けた時に費用が合うか分からないもの。伯爵家が配ったことにもしないわ」

 

「市場組合が買う」

 

 ロセリオは小金貨を一枚、澪の前へ置いた。

 

「三軒へ渡すのも、器具を預かるのもこちらでやる」

 

 澪はそれを受け取り、帳面へ記した。

 

「本契約の値ではない」

 

 真壁が言った。

 

「使った袋と失敗した袋を見てから、継続する場合の卸値を決めよう。今回の貸与料と、器具を売る時の価格も別だ」

 

「貸与中に通常の使い方で故障した場合はこちらで調べる。だが、紛失や、決めた使い方以外で壊した場合は市場組合の負担だ」

 

「当然だ。三台とも、使う加工場の名を付けて預かる」

 

「試して良ければ、そのまま銀貨一枚で買えるわけじゃないんだな」

 

「そういうことだ」

 

 ロセリオは三台の器具へ、それぞれ使う加工場の札を付けた。

 

 代金を払った後の方が、袋を数える手つきは慎重だった。

 

 試験の話が、そこで初めて貨幣の動く取引になった。

 

 

 

「次は、いつ来る?」

 

 ロセリオの問いに、真壁は卓上のラベルを一枚取った。

 

「七日後だ。同じ時刻までには、こちらへ来よう」

 

 セリネアは帳面の上端へ日付を書き、三つに分けた。干物、燻製、塩蔵魚の小分け。それぞれを担当する加工場の者が、自分の帳面を受け取る。

 

 薄焼きは、それを作った干物加工場の帳面へ、干物とは別の商品として記入することになった。

 

「使った袋と失敗した袋は、分けて数えて。大きさも書くのよ」

 

「売れた数だけじゃないのか?」

 

「袋に穴を開けて十枚捨てた後で一袋売れたなら、それも費用でしょう」

 

 セリネアは、包装前の値段と包装後の値段を書く場所を隣に作った。

 

「商品名、売れるまでの日数、売れ残った数も必要ね。運ぶ途中で破れたのか、骨や尾が刺さったのか、いつの間にか空気が戻ったのかも分けて書いて」

 

 返品があれば理由を残し、器具の使いにくさや追加で欲しい袋の大きさも記録することになった。

 

「それから、七日の間はこれまでと同じ期限で売ってください。袋へ入れたから長く売っていいとは、まだ決めていません」

 

 澪が言うと、三つの帳面へ同じ注意書きが加えられた。

 

「高く売れたかだけではなく、袋代と作業の分を引いて残るかを見るの。包むのに普段より時間が掛かったなら、それも書いて」

 

「客の言ったことまで全部書くのか?」

 

「全部は要らないわ。匂いが漏れない、持ちやすい、高いから買わない。次に値段を決める役に立つことだけでいい」

 

 燻製場の親方が、自分の干物の尾を見た。

 

「こいつは刺さりそうだな」

 

「刺さった袋も残しておいてください」

 

 澪は、真壁が貼った試験番号を指した。

 

「異臭、袋の膨らみ、空気が入った物、液漏れ、変色。何かおかしい物が出たら、その品だけ売るのを止めてください。開けずに、同じ番号の商品と一緒に残しておいてもらえますか」

 

 見つけた時刻と売り先、包んだ時の手順も帳面へ残してもらう。現物と袋とラベルが揃っていれば、七日後に同じ条件を追うことが出来る。

 

「知らせには行けんぞ」

 

 ロセリオが言った。

 

 ここから押入商会へ、すぐ言葉を届ける手段はない。

 

「承知している。だから七日後に、こちらから来る」

 

 真壁は三冊の帳面を順に開いた。

 

「勝手に袋を替えたり、密封の仕方を変えたりはしないでほしい。原因が分からなくなる。客から体調不良の申し出があれば、その品目は残りも販売停止だ」

 

 問題のあった袋は、売り台の下へ戻さず、蓋の閉まる箱へ分けることになった。ラベルを剥がさず、同じ日に包んだ残りも一緒に置く。

 

「捨てた方が早くないか?」

 

 親方が聞いた。

 

「原因を見ずに捨てれば、次も同じところで失敗する。腐敗が進んで危険な場合は、人が触れないよう箱ごと隔離してくれ」

 

 真壁の返事を聞き、ロセリオは保管用の箱にも加工場の札を付けさせた。

 

「干物で問題が出たら、燻製も止めるの?」

 

 セリネアが確認する。

 

「同じ原因が疑われるまでは、問題が出た品だけでよい。ただし、迷う状態なら売らない方を選んでくれ」

 

「分かったわ」

 

 先ほどの男が、また人垣の後ろから顔を出した。

 

「七日の間に袋が余ったら、うちも――」

 

「増やさない」

 

 今度はセリネアが止めた。

 

「三軒の結果が分からなくなるでしょう。参加を増やすのは、私たちも一緒に七日後に決めます」

 

 男は不満そうに口を曲げたが、帳面と三台の器具を見て引き下がった。

 

「魚醤はどうする?」

 

 ロセリオが尋ねる。

 

「同じ配合を、普通の時間で仕込んでください。七日後は完成を見るのではなく、匂いと液の状態、温度、塩分、異常がないかを確かめます」

 

「七日で売り物にはならんのだな」

 

「なりません」

 

 澪が答えると、理央も横で頷いた。

 

「そこは急がないんですね」

 

「急いで出来たことにする方が怖いですよ」

 

 七日後までにすることと、してはいけないことが、三冊の帳面へ分かれていった。

 

 

 

 密封器具は三つの加工場へ運ばれ、袋の束もロセリオの立ち会いで分けられた。

 

 試験販売の売り台には、真空包装された干物が残っている。

 

 燻製場の親方は最後まで袋の並びを気にしていた。客が一袋持ち上げるたびに接合部を見て、戻された袋が斜めになればすぐ直している。

 

 一袋目を買った客は、紙包みではなく透明な袋のまま籠へ入れた。親方は尾の先が隣の荷へ当たらないか見届け、ようやく売り台から離れる。

 

「自分で運ぶわけではないでしょう」

 

 理央が言う。

 

「最初の一袋だ。破れて戻ってきたら困る」

 

「もう七日分の心配を始めてますね」

 

「七日後に来るわ。途中で参加する加工場は増やさないで」

 

 セリネアはロセリオへもう一度念を押した。

 

「分かっている。姫様も毎日見に来るつもりか?」

 

「初日だけよ。私が立っていたら、客が干物ではなく私の顔を見て買うでしょう」

 

 ロセリオは否定しなかった。

 

 澪たちは市場を離れ、エアカーを置いた町外れの草地へ戻った。

 

 午後の日はまだ残っている。海から来る風には魚と煙の匂いが混じり、ここまで追いかけてきた。

 

 理央は乗り込む前に、市場の方を振り返った。

 

「七日後、売れてるといいですね」

 

「売れた数だけではなく、袋が破れないかも見ないといけません」

 

「分かってます。でも、最初に気になるのは売れたかです」

 

「それは私もです」

 

 澪は答えてから、自分の収納へ意識を向けた。

 

 中には、トルヴィアで買い取った魚介がまだ大量に残っている。薄焼き、魚醤、スープ、包装試験に使ったのは、全体から見ればほんの一部だった。

 

 買い取りの時に種類と状態を分けて収めているため、何が残っているかは分かる。

 

 分かるからこそ、一覧の長さもごまかせなかった。

 

「魚、まだすごい量ありますよね」

 

 理央も同じことへ気づいたらしい。

 

「あります」

 

「……あります、で終わらせる量じゃないですよね」

 

 澪はエアカーの扉へ掛けた手を止めた。

 

 魚は買った。処分される物から、商品になる可能性も作った。

 

 ただし、収納へ入れた残りをそのまま江古田へ持ち帰っても、冷蔵庫へ収まる量ではない。

 

「帰る前に、売らないと駄目ですね」

 

「ようやくそこへ来ましたか」

 

「リュシア君に見てもらおう」

 

 真壁は、最初から候補を決めていたように言った。

 

「海のない側なら、欲しがる店はあるはずだ」

 

「海を見た後に、魚を売りに行くんですね」

 

 理央が座席へ収まりながら呟いた。

 

 澪は否定出来なかった。

 

 

 

 トルヴィアを出たエアカーは、行きに通った道を国境側へ戻った。

 

 そのまま山脈を飛び越えはしない。

 

 真壁は訪問済みの安全な場所を選び、関所から離れた街道脇へ転移した。エアカーを収めてから、三人で列の最後へ並ぶ。

 

「関所の向こうまで転移した方が早いですよね」

 

 理央が、関所の向こうを見た。

 

「人の移動と、商売の荷は別だ」

 

 真壁の答えに迷いはなかった。

 

「売る物なら、通すものは通しておきましょう」

 

 澪は、トルヴィアの市場で受け取った仕入れの控えを出した。

 

 順番が来ると、魚介類、トルヴィアで買った商品、販売目的、押入商会の所有であることを申告する。

 

 収納内の荷をすべて街道へ出す必要はなかった。種類ごとに一部だけを清潔な容器へ出し、市場側で分けた区分と控えを見せる。

 

 役人は最初の見本だけでは通さなかった。

 

「小魚と書いてあるが、全部これか?」

 

「いいえ。大きさと状態で分けています」

 

 澪は次の見本を出した。売り場に並べられる形の物と、加工用の小さな物。傷のある白身魚も、使える部分を残した物だけを別にする。

 

「貝もあるな」

 

「すでに処理を終えた物です。生きた物は収納へ入れられないので、持っていません」

 

 銀色の小魚。処理済みの小海老と小蟹。下処理を終えた貝。白身魚の切り身。烏賊や蛸に似た魚介も、すでに水揚げと処理を終えた物だけだった。

 

 関所の役人は見本と控えを照らし、仕入れ品の量と行き先を確かめた。

 

 大量の荷が収納に入っていても、申告する区分まで一つになるわけではない。役人が求めた物を順に出し、確認の終わった見本は同じ区分へ戻す。

 

「全部、向こうで売れ残った物か?」

 

「売約済みの分を除いた、加工原料向けの余剰分です。傷んだ物は入れていません」

 

 澪が答える。

 

「こちらで売るなら、荷として扱う」

 

「はい」

 

 税率の説明を長く聞く必要はなかった。必要な通行税と関税を支払い、控えへ確認を受ける。

 

 澪は支払った分も、トルヴィアで受け取った仕入れの控えと一緒にした。次に魚を売る時、関税だけを無かったことには出来ない。

 

 役人が荷の見本を戻すと、澪は種類を混ぜずに収納へ収めた。

 

 理央は国境を越えてから、振り返った。

 

「収納なら、黙っていたら分からないですよね」

 

「分からないことと、払わなくてよいことは別だ」

 

 真壁が言う。

 

 便利な収納も転移も、商売の荷から国境を消しはしなかった。

 

 関所を離れたところで、真壁は地図を開いた。

 

「リュシア君は、侯爵領の市場近くにいるようだ」

 

 地図に示されたのは、リュシア商会の倉庫だった。

 

 転移先に選んだのは、リュシア本人のいる場所ではない。三人とも訪れたことのある町外れの荷車置き場だ。

 

 周囲に人がいないことを確かめて移り、そこからエアカーで市場へ向かった。

 

 

 

 リュシアは倉庫脇の帳場で、商会員から受け取った荷札を見ていた。

 

 赤茶色の布で髪をまとめ、積み上がった箱と荷車の間へ次々に指示を出している。

 

「そっちは食品工場へ。油の壺は立てたまま運びな。蓋を下にするんじゃないよ」

 

 澪たちに気づくと、荷札を卓上へ置いた。

 

「早かったね。海は見られたのかい?」

 

「見ました」

 

「見たんですけど……」

 

 理央の返事だけが途中で止まる。

 

 リュシアは二人の顔を見比べ、最後に真壁へ目を向けた。

 

「何を持ってきたんだい」

 

「魚を買いました」

 

「土産なら、あとで皆と食べようじゃない」

 

「土産ではなく、商品です。受け入れられる場所を空けてもらえますか?」

 

 リュシアは澪の後ろへ魚籠がないことを確かめた。

 

「どれくらい?」

 

「少し多いです」

 

「澪の少しは、もう信用しないことにしてるよ。奥を空けな」

 

 返事を待たず、リュシアは商会員を呼んだ。

 

 倉庫の奥で荷箱が移され、床が洗われた受け入れ区画へ、浅い仕分け台と清潔な桶が並ぶ。魚を置く台、貝や小海老を受ける容器、状態を確かめる者まで、澪が収納を開く前に場所が出来ていった。

 

「水も持ってきな。魚を洗うんじゃないよ、台と手を洗う分だ。布は魚介の種類ごとに替えるんだよ」

 

「そんなに分けるんですか?」

 

 理央が、次々に増える桶を見た。

 

「海老を拭いた布で白身を触ったら、匂いまで混ざるじゃない」

 

 リュシアは当たり前のこととして答え、空の札を束で帳場から持ってこさせた。

 

「ここなら出せる。混ぜずに、分けて出しな」

 

 澪は最初に銀色の小魚を、用意された浅箱へ出した。

 

 靄から魚が現れ、箱の底を覆う。

 

 澪は一度に箱を満杯にしなかった。受ける側が魚種と状態を確認し、札を差してから次を出す。

 

 同じ小魚でも、形の揃った物と傷のある物を混ぜない。収納へ入れた時の区分を崩さず、商会員の指示した箱へ移していく。

 

 次の箱。その次の箱。白身魚の切り身、処理済みの小海老と小蟹、貝、烏賊や蛸に似た魚介が、種類ごとに別の台へ並んでいく。

 

 一つの台では足りず、商会員が隣の台を寄せた。空の桶も追加される。

 

「少し多いって言ったの、覚えてます?」

 

 理央が澪の隣から小声で聞いた。

 

「私の収納では、少しです」

 

「倉庫の人には大きい方の意味で伝えてください」

 

「……どこまで買ったんだい」

 

「捨てる分までです」

 

 リュシアの眉が上がった。

 

「傷んだ物は除いてあります。売約済みと、向こうで先に買うことが決まっている分も買っていません」

 

「なるほどね」

 

 呆れたのは、そこまでだった。

 

 リュシアは一番近い白身魚を裏返し、皮と切り口を見る。次に小魚を一匹取り、腹の張りと脂を確かめた。

 

「大きい魚はこっち。形の揃った小魚は別にしな。海老と蟹は出汁にする物を分ける。貝は先に状態を見て、今日使うところへ回すよ」

 

 指示を出しながら、リュシアは魚の産地と水揚げからの時間を澪へ聞いた。トルヴィアで処理した時点、収納へ入れた区分、関所で出した見本まで確かめる。

 

「品質は落ちていません。収納前と今で、鑑定上の変化もありません」

 

「なら、今の状態で値を付ける。保存出来るからって、台の上で待たせる理由はないよ」

 

 商会員が一斉に動き始めた。

 

 魚市場から持ってきた荷が、もう一つの市場を倉庫の中へ作っていた。

 

 

 

「これ、全部を買ってもらうんですか?」

 

 理央が、仕分け台の端へ避けながら尋ねた。

 

「売れる物ならね」

 

 リュシアは魚介を大きく五つへ分けていた。

 

 状態のよい魚は、そのまま料理店や食堂へ回す。色や味の珍しい魚介は、別の値を付けるための区分へ置かれた。

 

 小魚、小海老、小蟹などは、加工や出汁に向く物としてまとめられる。傷があっても可食部に問題のない魚は加工原料へ、貝や烏賊、蛸に似た物は、さらに料理用と加工用へ分けられていった。

 

「同じ重さで同じ値段ではないんですね」

 

「大きさも、傷も、売る先も違うからね。これを全部まとめたら、丁寧に分けた方が損をするじゃない」

 

 リュシアは状態のよい魚の買値を先に出した。珍しい魚介は、一つずつ味や使い道を確かめてから。加工向けは、使える身の割合と手間を見て値を下げる。

 

 帳場の商会員が秤の数字と区分を書き、箱へ札を差していく。

 

 一箱目の値が決まると、その場で押入商会からリュシア商会へ渡った印が付いた。次の箱は別の区分として量り、同じ魚でも傷の有無で買値を変える。

 

 澪は仕入れ時の区分と照らし、買い取り対象から外れる物がないかを一緒に確かめた。

 

「トルヴィアでは、もっと安かったんです」

 

 澪が仕入れの控えを渡した。

 

「向こうで余った値段は、こっちの値段じゃないよ」

 

「はい」

 

「関税は?」

 

「通してきました」

 

 リュシアは控えを受け取り、国境で確認された印まで見た。

 

「なら、それも仕入れに入れる。運ぶ費用を忘れて利益が出た顔をする商人にはなりたくないからね」

 

「袋の試験で小金貨一枚を受け取った後なので、今日は利益が出た気になりやすいです」

 

 澪が言うと、リュシアは控えから顔を上げた。

 

「別の商売を混ぜるんじゃないよ。袋で儲かって魚で損をしても、魚を運ぶ仕事は続かないじゃない」

 

「はい」

 

 返事をしてから、澪は魚介の仕入れと国境で払った分だけを手元へ残した。

 

 理央が、トルヴィアの売れ残りだった小魚を見る。

 

「場所が変わっただけですよね」

 

「商売じゃ、それが大きいんだよ」

 

 リュシアは小魚を、加工原料の箱へ入れた。

 

「海の町では余る。ここでは、これだけ揃った魚を欲しくても買えない店がある。安く買えたからって安く売る必要もないし、高く売れるからって押入商会から買い叩く気もない」

 

「売れる値段から、加工と運ぶ分を引くんですね」

 

 澪が言う。

 

「それで私の商会にも、そっちにも利益が残る買値を出す」

 

 合計を先に決めるのではなく、分類された箱ごとに買値が積み上がっていく。

 

 珍しい魚介の値は、使い方を知る料理人へ見せるまで仮のままにした。それでも、状態のよい魚と加工向けの分は、その場で売買が成立していく。

 

 澪の収納にあった魚介が減るほど、押入商会からリュシア商会へ渡る商品が増えていった。

 

 

 

 買い取る区分が決まると、リュシア商会の動きはさらに速くなった。

 

「この白身は、南通りの食堂へ聞きな。今日の煮込みへ入るなら、日が落ちる前に持っていくんだよ」

 

 状態のよい魚は、料理店と食堂ごとの箱へ移される。宿の厨房へ回す分には、使う人数に合わせた札が付いた。

 

 店へ声を掛けに行った者が、返事を持って戻ってくる。

 

「南通りの食堂、白身を二箱。宿は一箱なら今日受けるそうです」

 

「食堂へ先に二箱だ。宿の分は夕食の仕込みへ間に合うように持っていきな」

 

 返事を聞いた別の商会員が箱を閉じ、荷車へ運ぶ。売り先を探す者と、荷を出す者が同時に動いていた。

 

「こっちの青い筋があるのは?」

 

 商会員が、烏賊に似た魚介を持ち上げる。

 

「先に料理人へ見せる。切って使う分と、干す分に分けてもらいな。勝手に全部同じ値を付けるんじゃないよ」

 

 蛸に似た物も、足の太さと傷で分けられた。

 

 小魚は揚げ物に使う店、煮込みへ入れる食堂、すり身にする加工場へ。小海老と小蟹は出汁を多く使う料理店へ回す分と、乾かす分に分かれる。

 

「小魚は安くしすぎるんじゃないよ。数を揃えられるなら、それを欲しがる加工場もある」

 

 リュシアは形の揃った小魚だけを一箱にまとめさせた。トルヴィアでは売り台に載せにくかった大きさでも、すり潰す加工場には揃っている方が扱いやすい。

 

 貝だけは、リュシア自身が一つずつ状態を確かめた。

 

「これは先に使う。今日中に引き取る店だけだよ」

 

 指示を受けた商会員が、すぐ店へ走る。

 

 別の者は荷車を用意し、収納を持つ者は行き先が決まった箱から収めていく。リュシアも仕分けを終えた魚介を自分の収納へ移した。

 

 それでも全部を一人で抱え込まない。

 

 倉庫の保管場所、商会員の収納、今日使う店へ向かう荷車。行き先が決まるたび、台の上の山が小さくなった。

 

 最初は魚介で埋まりかけていた床に、通路が戻る。空いた台は洗われ、次の区分を受ける場所へ変わった。

 

「もう売り先があるんですね」

 

 理央が、帳場と荷車の間を見渡した。

 

「全部が決まっていたわけじゃないよ。魚を見てから、使える店へ声を掛けてるのさ」

 

「トルヴィアで包装しなくても、こっちへ運べばいいんでしょうか」

 

 理央の疑問に、リュシアは魚の箱から顔を上げた。

 

「今日中に運べる分はね。でも、毎日こんな量を一度に持ってこられても、同じように売れるとは限らない」

 

 真壁が、干物へ回す小魚の箱を見た。

 

「現地で保存期間を伸ばす出口と、こちらへ運ぶ出口は別に持つべきだろう」

 

「そうだね。向こうで働く人の分まで、こっちへ持ってくる必要はないよ」

 

 リュシアは次の箱へ札を差した。

 

「こっちで欲しい量だけ、商売になる値段で運びな」

 

 リュシアはそう言うと、現地で加工する分を残すよう、仕入れの控えへ印を付けた。

 

 

 

 最初に魚を出した仕分け台が、半分ほど見えるようになっていた。

 

 トルヴィアでは、売り場にも加工場にも入らず、処分場所へ運ばれていた魚介だ。

 

 こちらでは、箱へ札が付くたびに料理店や食堂の名が増えていく。

 

 処分前だった魚に手を加えたわけではない。

 

 海辺の町から運び、国境を通し、足りない市場へ置いただけで、料理に使う相手が現れていた。

 

「トルヴィアでは、捨てる方だったんです」

 

 澪が言うと、リュシアは小海老の箱を量りながら答えた。

 

「ここじゃ、仕入れたい店が先に出るよ」

 

「同じ魚なのに」

 

 理央は、料理店行きになった白身魚と、加工場行きの傷魚を見比べた。

 

「場所が違えば、荷の意味も変わる」

 

 真壁が言った。

 

 澪は、トルヴィアで魚の使い道を考えた時、最初に加工を思い浮かべていた。

 

 薄く焼き、発酵させ、スープにし、保存袋へ入れる。

 

 どれも必要な出口だった。

 

 けれど、加工する前の魚を欲しがる場所まで運ぶだけで、値段を失わずに済む分もある。

 

 澪は、最後まで加工先の決まらなかった小魚の箱を見た。こちらでも売り切れなければ、同じ問題を場所だけ変えて繰り返す。

 

「この箱まで、今日中に行き先が決まるとは限りませんよね」

 

「決まらなければ、保存出来る分だけ保管し、残りは加工へ回す。それでも無理なら、次は同じ量を買わない」

 

 リュシアは、出来ることより先に限界を答えた。

 

「全部、こちらへ持ってくれば済むわけではないんですよね」

 

「そうだ。運べる量にも、売れる量にも限りがある」

 

 真壁は帳場へ置かれた国境の控えを指した。

 

「関税を含めた価格で利益が残るか。鮮度を保てるか。現地で加工する分を奪わないか。次は、それを見て仕入れる必要がある」

 

「今回は買ってから考えてませんでした?」

 

 理央が澪を見る。

 

「処分されるところを見たので」

 

「理由は分かります。でも、順番はそうですよね」

 

「次は先に聞きます」

 

 真壁は二人の会話へ口を挟まず、残った魚介の区分を確認していた。

 

 加工設備を全部持つ必要も、押入商会だけで売り先を全部探す必要もない。

 

 リュシア商会の荷札が増えるたび、魚はそれぞれ別の道へ運ばれていった。

 

 

 

 最後に残ったのは、大きさの揃わない小魚と、傷のある切り身だった。

 

 リュシアは使える身の量を確かめ、加工場へ回す値を出す。帳場の商会員が最後の札を書き終えると、澪の収納から出した魚介には、すべて行き先か保管場所が決まっていた。

 

 帳場の商会員は箱ごとの買値を集計し、買付控えを二通作った。リュシアは片方へ署名し、澪へ差し出す。

 

「支払いは、いつも通りでいいかい?」

 

「はい」

 

 澪は金額と、料理人の確認後に値を確定する品の印だけを確かめ、控えを収納へ収めた。

 

「次も、これくらい余るかもしれません」

 

 澪が言う。

 

「毎日かい?」

 

「大漁の日です。いつ、どれくらいになるかは、まだ分かりません」

 

「魚の種類も同じとは限らないんだね」

 

「はい」

 

 リュシアは、すぐに全部買うとは言わなかった。

 

 今日売れる箱、加工へ回す箱、保管する箱を見回し、荷車へ積まれた量まで確かめる。

 

 商会員の一人が、今日中には引き取り手の決まらない箱を報告した。

 

「小魚が一箱、加工場の返事待ちです」

 

「日が落ちるまでに返事がなければ、こっちで保管する。明日の分まで混ぜるんじゃないよ」

 

 リュシアは売れ残りを隠さなかった。それも含めて、今回の量を受けられるか見ている。

 

「持ってくる前に、分かる範囲で種類と量を見な。こっちの店へ流せる分と、向こうで加工した方がいい分を分ける」

 

「定期的に無制限、ではないんですね」

 

 理央が確認した。

 

「そんな契約をしたら、海の魚を全部うちで買うことになるじゃない。商会員を魚の下へ埋める気はないよ」

 

 近くで箱を運んでいた商会員が、無言でリュシアを見た。

 

「見てないで運びな」

 

 すぐ仕事へ戻る。

 

 リュシアは、その背中を見送ってから澪へ向き直った。

 

「でも、今日くらいの荷なら売り先は作れる。珍しい魚は見たがる店があるし、小魚も加工へ回せる」

 

 リュシアは空になった仕分け台を軽く叩いた。

 

「また余った魚介があったら、全部捌いてみせるよ」

 

「捌くって……」

 

 理央が、魚を切る手つきだけを途中まで真似た。

 

「たぶん、両方です」

 

 澪が小声で答える。

 

「何か言ったかい?」

 

「何でもないです」

 

 リュシアは二人を一度見たが、次の荷札を受け取る方が早かった。

 

「その箱は食堂じゃないよ。加工場だ。札を見て持っていきな」

 

 魚を切る前に、商品としての魚の方が次々に捌かれていった。

 

 

 

 リュシア商会を出た時には、空が夕方の色へ変わり始めていた。

 

 魚を積んだ荷車は、もう何台か市場の通りへ出ている。倉庫の中には加工へ回す箱が残っていたが、澪の収納にあった大量の魚介は、すべてリュシア商会との取引へ移っていた。

 

「海を見に行ったんですよね」

 

 理央が、エアカーへ乗り込みながら言った。

 

「見ましたよ」

 

「途中から仕事でしたよね」

 

「途中からではない」

 

 真壁が運転席から答える。

 

「そこは否定してください」

 

 澪が言うと、理央も大きく頷いた。

 

「朝から仕事だったことになってます」

 

「海水を収納へ入れた時点で、調査は始まっていたではないか」

 

「それは私が言い出したんじゃないです」

 

「海を見たいと言ったのは理央さんですよ」

 

「見たいとは言いました。魚市場で商談を三つ作りたいとは言ってません」

 

 三つだっただろうか。

 

 澪は数えかけて、やめた。包装資材、試験販売、魚介の卸売。魚醤とスープまで別に数えると、理央の言う三つでは収まりそうにない。

 

 安全な帰還地点から江古田へ戻る。

 

 押し入れを抜けると、海の匂いも、魚市場の声も急に遠くなった。六畳間には見慣れた電灯がつき、窓の外では車の走る音がする。

 

 理央はスマートフォンを確認した。

 

「帰ったって連絡します。今日のことは書けませんけど」

 

「海へ行ったこともですか?」

 

「どこの海か聞かれたら困ります」

 

 短い文をRightInで送り、理央は玄関で靴を履いた。

 

「海を見てた時間より、魚を売ってた時間の方が長くなかったですか?」

 

「移動時間を除けば、海もちゃんと見ましたよ」

 

「除くものが多いです」

 

 澪は否定しようとして、トルヴィアへ七日後に戻る約束を思い出した。

 

 真空袋の使用数と破損の有無、それに売れた日数。戻った時に確かめることは、もう幾つもある。

 

「次は、本当に観光だけにしましょう」

 

「私もそうしたいです」

 

 返事のなかった真壁へ、二人の視線が同時に向いた。

 

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