押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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また芋かよ


第349話 二日で260.9t

 

 翌朝、侯爵領事業所の作業台には、昨日使った透明容器がまだ並んでいた。

 

 洗って伏せてあるものが多い中、湿った土を入れた1つだけが蓋をされたまま残っている。

 

 澪は椅子へ座るより先に、自分の収納を開いた。

 

 農場の天頂部では《光》が消えることなく照り続け、刈らずに残した花と、緑の葉を明るく浮かび上がらせている。

 

 その下の土へ視線を移したところで、澪の指が止まった。

 

「昨日より増えてます」

 

 帳面を開きかけていた理央が、嫌な予感でもしたように顔を上げた。

 

「一晩でですか?」

 

「収納の中では、一晩じゃないですけど」

 

「それ、安心していい補足ですか?」

 

 魚とは違う、と言い返しかけたものの、澪にも自信がなかった。

 

 土の中を動く蚯蚓は、昨日の記録に残した密度ではない。

 

 植物の切れ端が目に見えて減り、表層には細かな糞が広がっている。

 

 しかも、ちらりと見える個体がどれも太い。

 

 増えてよい生き物だから成功、と帳面へ書くには、いささか元気がよすぎた。

 

 澪は比較用に数匹と周囲の土だけを選び、作業台の透明容器へ出した。

 

 湿った土が柔らかく崩れ、その中から艶のある蚯蚓が身をくねらせる。

 

 理央は容器を覗き込み、すぐに顔を澪へ向けた。

 

「これ、昨日のと同じ種類ですよね?」

 

「同じです」

 

「太くないですか?」

 

「そこが気になって出しました」

 

 真壁は容器を手元へ寄せ、土の匂いを確かめてから蚯蚓へ目を落とした。

 

「うーむ、いささか元気すぎるな」

 

「いささかで済ませていいんですか?」

 

「弱っているよりはよい」

 

 真壁は容器を返し、澪の帳面を指先で軽く叩いた。

 

「土の方はどうなのかね」

 

 澪は農場の表層を《鑑定》し、昨日の数値と見比べた。

 

 水分も空気の通りも許容範囲にあり、pHも大きく動いていない。

 

 植物残渣は減り、有機物が混じった表層には、小さな塊ができ始めている。

 

 火山灰を混ぜただけの頃にあった、指の間から逃げそうな頼りなさが薄れていた。

 

「土もよくなっています」

 

「蚯蚓のおかげですか?」

 

 理央の問いに、澪はすぐ答えず、表示を上から読み直した。

 

「蚯蚓だけ、とは言えません」

 

 火山性基材に根が入り、緑肥と微生物が加わり、水分と空気を調整した上で時間を進めた。

 

 そこへ蚯蚓が加わって、いくつもの働きが同時に進んでいる。

 

 太くなった理由には遊離魔素も考えられるが、今のところは候補の1つでしかない。

 

「原因は保留です」

 

「増えたのに?」

 

「増えたからこそです」

 

 理央は少し考え、容器の中で元気に動く蚯蚓を見直した。

 

「魚の時より慎重になってます」

 

「学びました」

 

「昨日ですよね、それ」

 

 澪は聞こえなかったことにして、土壌記録へ新しい数値を書き込んだ。

 

 昨日まで植物を育てる場所だった農場で、今は土そのものが育ち始めている。

 

 嬉しいはずなのに、収納の中で太い蚯蚓が増えていく光景を見ていると、手放しでは喜べなかった。

 

 

 

 

 土の変化を確かめたあと、澪は農場へ視線を戻した。

 

 レンゲソウとクローバーの花はまだ広く残り、白いソバの花がその間を埋めている。

 

 天頂部の《光》を受けた花畑は、昨日と変わらずきれいだった。

 

 だからこそ、その下へ《収納内工程》の指定範囲を重ねたところで、澪の手が止まった。

 

「……刈ります」

 

「間がありましたね」

 

「昨日、あんなにきれいだったので」

 

 理央も作業台に置かれた花の試料を見た。

 

 収納の中までは見えなくても、澪が何を惜しんでいるのかは分かったらしい。

 

「残すところはないんですか?」

 

「比較用の区画は残します」

 

「では、全部なくなるわけではないな」

 

 真壁は急かさず、帳面へ日付だけを書いた。

 

「惜しいのだろう」

 

「はい」

 

「待っているよ」

 

 澪が収納を見たまま黙っていると、本当に誰も急かさなかった。

 

 数秒たってから理央が真壁へ目を向ける。

 

「本当に待つんですね」

 

「待つと言ったのでね」

 

 これ以上待たせる方が恥ずかしくなり、澪は《収納内工程》を実行した。

 

 指定した大区画から、花と茎が一斉に刈り取られる。

 

 刈った植物体は細かく刻み、根を抜かずに表層へ浅く戻した。

 

 11.7haをまとめて土へ混ぜれば、腐敗や酸欠が起きても止めにくい。

 

 澪は農場をいくつかに分け、1区画を処理するたびに水分と空気の通りを見直した。

 

 花の色が消え、代わりに刻まれた緑が土の上へ薄く広がっていく。

 

 惜しさは消えなかったが、なくなったようには見えなくなった。

 

 昨日咲いたものが、次に植える作物の足元へ移っただけだった。

 

「根は残しているんですか?」

 

「はい。土の中でそのまま分解させます」

 

「蚯蚓のご飯も増えるんですね」

 

 理央が透明容器へ目を向けると、土の中の蚯蚓がちょうど表面へ頭を出した。

 

「これ以上、元気になるんですか?」

 

「それは私も困ります」

 

「餌を増やしたのは澪さんですよ」

 

「土を作るためです」

 

「蚯蚓は区別してくれませんよ」

 

 真壁は2人のやり取りを聞きながら、処理済みの土を少量出すよう澪へ頼んだ。

 

 外へ出した土には、細断された茎と葉がむらなく混ざっている。

 

 握れば軽くまとまり、指を開くとゆっくり崩れた。

 

「悪くない」

 

 真壁の短い評価を聞き、澪は残る区画も同じ順番で進めた。

 

 最後の花を刈り終えた時、農場から鮮やかな色はほとんど消えていた。

 

 代わりに、次の作物を受け入れる土が一面に残った。

 

 

 

 

 緑肥を戻した土の状態が落ち着くまで、澪は収納内の時間を短く進めた。

 

 水分と空気の通りに異常がないことを確かめ、次に植えるものを考える。

 

 農場が作れることは分かった。

 

 けれど、花を咲かせて土を育てただけでは、食料を作れる場所になったとは言えない。

 

「次は何を植えるんです?」

 

 理央が帳面の空いた欄を覗き込んだ。

 

「サツマイモはどうでしょう」

 

「急においしそうになりましたね」

 

「食料になるものを作るための農場ですから」

 

 そう答えると、ようやく目的へ戻ってきた気がした。

 

 魚の餌を作るはずが蚯蚓を眺め、花畑を惜しみ、土の匂いを嗅いでいた。

 

 どれも必要な作業だったはずなのに、今日まで食べ物を1つも収穫していない。

 

 真壁は以前の農政記録を開き、サツマイモの項目で指を止めた。

 

「地下部が太る作物だ」

 

「土がどこまで変わったかも見られます」

 

「侯爵領で扱った実績もあるな」

 

 澪は頷き、保存してあった既存の種芋から用意した蔓苗を探した。

 

 未知の作物を試すより、過去の生育と比べられるものの方がよい。

 

 収穫できれば食料になり、一部は次の栽培にも回せる。

 

「たくさん採れたら、どうします?」

 

「まず育つかを確かめたまえ」

 

 真壁に先を塞がれ、澪は口を閉じた。

 

 頭の中ではもう、孤児院や農村へ渡す量を考え始めていた。

 

 育ってもいない芋の行き先を決めるのは、さすがに早い。

 

「……はい」

 

「今、売り先まで考えてました?」

 

「売るとは限りません」

 

「配る方でしたか」

 

 理央の返しが早く、澪は蔓苗の一覧へ視線を逃がした。

 

 《収納内工程》へ植付深さと間隔を指定し、蔓苗を農場へ並べていく。

 

 人が収納へ入って畝を歩くことはない。

 

 澪が外から対象と位置を定めるたび、蔓苗が土へ差し込まれ、広い農地へ規則正しく並んだ。

 

 すべてを植え終えたあと、水分、温度、空気、pHをもう一度見る。

 

 数字に異常はなかった。

 

 それでも時間を進める直前になると、澪の指は慎重になった。

 

 花は育ち、土も変わった。

 

 今度は、食べられるものが土の下で太るかを確かめる番だった。

 

「始めます」

 

「短く、だな」

 

「はい。最初は発根だけ見ます」

 

 真壁の言葉に答え、澪は農場の時間を進めた。

 

 

 

 

 最初に進めたのは、根が土へついたかを見られるだけの短い時間だった。

 

 澪は蔓苗を端から確かめ、根が伸び始めたところでいったん止めた。

 

 枯れや傷みを分け、水分を整えてから、今度は数日分を進める。

 

 細かった蔓が伸び、葉の数が増えた。

 

 もう一度進めると、土の見えている面積が明らかに減った。

 

「また伸びてます」

 

「さっきも聞きました」

 

 理央は帳面の同じ欄へ、3度目の生育良好を書き足した。

 

「中では日数が経ってますから」

 

「分かってるんですけど、外では全然経ってないんですよ」

 

 事業所の窓から差す朝の光は、まだそれほど角度を変えていない。

 

 一方、収納の中には夕方も夜もなく、天頂部の《光》が同じ明るさで農場を照らし続けている。

 

 澪は葉の色と向きを見比べ、青色側と赤色側の波長をわずかに調整した。

 

 水分が減った区画へ水を回し、空気の組成を開く。

 

「澪君、二酸化炭素はどうかね」

 

「下がっています」

 

「補充したまえ」

 

「はい」

 

 葉が増えれば、その分だけ環境の変化も早い。

 

 二酸化炭素を足して濃度を戻し、酸素と温度にも偏りがないことを確かめる。

 

 理央は窓の外と、収納を操作している澪の手を交互に見た。

 

「そういえば、そこって夜がないんですよね」

 

「《光》を消していませんからね」

 

「サツマイモ、ずっと働いてません?」

 

「ブラック農場みたいに言わないでください」

 

「休憩時間は?」

 

「植物に聞いてください」

 

 言い返しながら、澪は葉と根の状態を見直した。

 

 夜を作っていないことが正しいのかは、まだ分からない。

 

 順調に見える時ほど、魚の幼体を育てた時のことを思い出す。

 

 育っているからと先へ進めすぎれば、異常に気づいた時には戻せなくなる。

 

 澪は勢いよく広がる蔓を見て、時間を止めた。

 

「止めるんですか?」

 

「一度、地下を見ます」

 

 葉や蔓だけが育って、肝心の芋ができていない可能性もある。

 

 地上部の勢いに浮かれず、細根と地下部を《鑑定》した。

 

 土の中では、根の一部がゆっくり太り始めている。

 

 澪の肩から力が抜けた。

 

「芋もでき始めています」

 

「では、次へ進められるな」

 

 真壁は成長の早さより、温度と空気の値を先に帳面へ写した。

 

 澪も同じ順序で記録を残し、また短い単位で時間を進める。

 

 やがて蔓と葉が11.7haの農地を覆い、土はほとんど見えなくなった。

 

 育つかどうかを心配していたはずなのに、いつの間にか、どこまで育つのかを心配していた。

 

 

 

 

 地下部の太り方が揃い、傷みも広がっていない。

 

 収穫できる状態だと判断した澪は、比較用の株だけを作業台へ出した。

 

 土のついた芋が数本、蔓の根元から連なっている。

 

 日本で見慣れたものより大ぶりだったが、大きさだけで良し悪しは決められない。

 

 理央は太い芋を両手で持ち上げ、収納の中へ戻す前に重さを確かめた。

 

「これを全部掘るんですか?」

 

「掘りませんよ」

 

 澪が答えると、理央は手にした芋と澪を交互に見た。

 

「芋掘りは?」

 

「しません」

 

「11.7haあるんですよね?」

 

「あるからしないんです」

 

 真壁が帳面から顔を上げた。

 

「掘りたいなら止めはせんよ」

 

 理央は数秒だけ考え、芋を作業台へ戻した。

 

「遠慮します」

 

「賢明だな」

 

 澪は収納内農場を対象に、《収納内工程》と《分類》を組み合わせた。

 

 土は農場へ残し、蔓と葉は緑肥へ回す場所へ送り、細根は土壌側へ戻す。

 

 収穫できるサツマイモだけを収穫物の置き場へ移し、傷みや病変のあるものと未成熟なものは混ざらないよう別にした。

 

 指定を終えても、鎌も鍬も動かない。

 

 澪が実行すると、地中の芋が土から分かれ、次々と収穫物の区画へ移っていく。

 

 掘り上げる人も、運ぶ荷車もいない。

 

 さっきまで根につながっていた芋が、大きさも形もばらばらのまま、収納の中で積み上がった。

 

 土を大量に持ち出していないことを見直してから、澪は総重量を開いた。

 

 表示された数字を見ても、すぐには口から出なかった。

 

 作業があまりに早く終わったせいで、桁を読み間違えたような気がした。

 

「どうしました?」

 

「もう一度、量ります」

 

 同じ条件で集計し直しても、数字は変わらない。

 

「260.9tです」

 

 理央の手が、帳面の上で止まった。

 

「何がです?」

 

「サツマイモです」

 

「今の数秒で?」

 

「収穫作業が数秒だっただけです」

 

「そこを分けると普通になるんですか?」

 

 普通にはならない。

 

 澪は答えず、表示を読み上げた。

 

 理央が数値を帳面へ写し、収穫結果の表を作る。

 

────────────────────────

サツマイモ収穫結果

 

作付面積   約11.7ha

収穫量    260.9t

────────────────────────

 

 数字にしてしまうと、収納の中に積まれた量が急に現実味を帯びた。

 

 理央の手元にあるのは数本だけなのに、その向こうには同じ芋が260.9tある。

 

「収量としては悪くない」

 

 真壁は帳面の表を見て、いつもどおりの声で言った。

 

「悪くないで済む量ですか?」

 

「11.7ha分だからな」

 

「そう聞くと普通に思えそうで、全然普通じゃないです」

 

 澪にも、どちらの数字へ驚けばよいのか分からなかった。

 

 ただ、花を刈って土へ戻した場所から、本当に食べられるものが採れた。

 

 その事実だけは、表示を閉じても手の中へ重く残った。

 

 

 

 

 260.9tを収穫しても、作業はそこで終わらなかった。

 

 真壁がゲンダイ側で調べた資料によると、サツマイモは収穫後の扱いで甘さが変わる。

 

 傷を落ち着かせる工程を経てから、温度を保って寝かせるらしい。

 

 澪は収穫直後の比較用を残し、キュアリングを行う場所と、その後に熟成させる場所を収納内へ作った。

 

「収穫したのに、まだ終わらないんですね」

 

 理央は作業台に並んだ札を読み、半分呆れたように息をついた。

 

「甘くなるなら試したいです」

 

「260.9tありますよ?」

 

「全部で試すとは言ってません」

 

「今までの澪さんを見てると、そこは聞いておかないと」

 

 信用があるのかないのか分からない。

 

 澪は反論を諦め、同じ収穫場所から選んだ芋を条件別に分けた。

 

 収穫直後のものを残し、キュアリングの途中と終了後を比べる。

 

 さらに寝かせる温度と時間を変え、途中の状態も見比べた。

 

 真壁は札の並びを見て、似た大きさの芋を使うよう位置を入れ替えた。

 

「同じ芋で条件を分けた方が、差は見やすい」

 

「はい」

 

 澪は《収納内温度操作》でそれぞれの環境を整え、《収納内時間操作》を短く進めた。

 

 途中で止めては表面と内部の状態を《鑑定》し、収穫直後のものと比べる。

 

 何度目かの比較で、澪の視界に見慣れない表示が加わった。

 

 そこには、《熟成》芽ありと書かれている。

 

 読み間違いではないかと目をこすっても、その文字は消えなかった。

 

「……あ」

 

 理央がすぐに反応する。

 

「今度は何です?」

 

「《熟成》が芽ありになりました」

 

「芋を寝かせてたら、ですか?」

 

「たぶん」

 

「取るのかね」

 

 真壁に訊かれ、澪は表示へ目を戻した。

 

 必要なSPは1で、未使用SPは42ある。

 

 農場だけでなく、保存や食品加工にも使えるなら、迷う理由はなかった。

 

「取ります」

 

 1SPを割り振ると、《熟成》の表示がLv1へ変わり、未使用SPは41になった。

 

「本当に取った」

 

「これは使います」

 

「真壁さん、ちょっと嬉しそうじゃないですか?」

 

 理央の声に、澪も顔を上げた。

 

 真壁は窓の外へ目を向けていたが、口元にあったはずの笑みはもう消えている。

 

「何のことかね」

 

「今、笑ってました」

 

「気のせいだろう」

 

 否定が早い。

 

 もしかすると、真壁はこうなる可能性まで考えて、収穫後の処理を調べたのかもしれない。

 

 澪は問いただしかけたが、証拠もないのに認める人ではなかった。

 

 《熟成》を取ったからといって、芋が一瞬で完成品になるわけではない。

 

 澪は温度と時間の条件を戻し、《鑑定》と《収納内工程》を組み合わせて比較を続けた。

 

 寝かせた芋を1本だけ外へ出すと、表面は収穫直後より乾き、持った感触も落ち着いている。

 

 甘さがどう変わったのかは、焼いてみなければ分からなかった。

 

 

 

 

 試食用には、収納内農場で採れた熟成後の芋と、ゲンダイで用意した比較用の芋を選んだ。

 

 混ざらないよう別々の印をつけ、同じ程度の大きさに揃える。

 

 澪は石焼き用の場所へ洗浄済みの石を敷き、その中へ2種類の芋を離して置いた。

 

「160℃で120分にします」

 

「2時間ですか?」

 

「はい」

 

 理央は壁の時計を見た。

 

 午前中に終わると思っていた顔が、少しだけ曇る。

 

「待つんです?」

 

「待ちませんよ」

 

 澪には、その疑問の方が不思議だった。

 

 《収納内温度操作》で石の周囲を160℃に保ち、《収納内工程》へ焼成条件を入れる。

 

 最後に石焼きの場所だけを選び、《収納内時間操作》で120分進めた。

 

 石の間に置かれた芋は、澪の収納の中で2時間を過ごす。

 

 外では、理央が壁の時計から目を戻すほどの時間しか経っていない。

 

「はい、120分です」

 

「……もうですか?」

 

「芋の方は、ちゃんと120分です」

 

「じっくり石焼きって何でしょう」

 

「芋にとってはじっくりです」

 

 真壁は2人の間へ、空いた皿を置いた。

 

「時間を操作できるのだから、こちらが待つ必要はあるまい」

 

「真壁さんまで普通に受け入れないでください」

 

 澪は焼き上がった芋を取り出した。

 

 熱が通常空間へ移った途端、甘い香りが狭い事業所へ広がる。

 

 収納内農場で採れた方は皮が張り、表面の裂け目へ飴色の蜜がにじんでいた。

 

「澪さん、蜜が出てます」

 

「……出てますね」

 

 育てている間は葉と根の数値ばかり見ていた。

 

 収穫したあとも、重量、温度、経過時間と、数字を追い続けた。

 

 けれど、芋から立つ匂いは、ここにあるものが試験結果ではなく食べ物だと、数字より先に伝えてきた。

 

 澪は2種類をそれぞれ割り、湯気の立つ断面を皿へ並べた。

 

 農場産の中は濃い黄色で、柔らかな身から蜜が光っている。

 

 理央が息を吹きかけ、端を少しだけ口へ入れた。

 

 そのまま目を見開く。

 

「甘っ」

 

「そんなにですか?」

 

「澪さんも食べてください」

 

 渡された欠片を受け取り、澪も口に入れた。

 

 熱さのあとから、ねっとりした甘さが広がる。

 

 比較用も十分甘いのに、農場産を食べたあとでは印象が薄くなった。

 

「……これ、サツマイモですよね?」

 

「澪さんがそれを聞くんですか?」

 

「育てたのは私ですけど」

 

 真壁も両方を食べ比べ、農場産の方をもう一度見た。

 

「なるほど。これは甘いな」

 

「真壁さんが普通に甘いって言った」

 

「甘いものを甘いと言っただけだがね」

 

 澪は焼成後の状態を《鑑定》し、日本側の比較品と同じ項目で見比べた。

 

 表示でも農場産の方が甘さは上だったため、澪は結果を2枚の記録用紙へ書き分けた。

 

「遊離魔素の影響でしょうか」

 

「可能性はある」

 

 真壁はそう言ったあと、2枚の記録用紙を並べた。

 

「だが、条件が多すぎるな」

 

 候補には、常時の《光》、波長、水分、温度、二酸化炭素、緑肥、蚯蚓、収納内で進めた時間、それに《熟成》まで並んでいる。

 

 どれか1つを理由にするには、違いが重なりすぎている。

 

「原因は保留にします」

 

「それでよい」

 

 理央はもう一口食べ、蜜のついた指先を眺めた。

 

「原因が分からなくても、甘いのは分かります」

 

「それは間違いないな」

 

 土と蚯蚓から始まった農場が、ようやく澪の舌の上で食料になった。

 

 同時に、2時間かかるはずの加工まで、収納の外ではほとんど待たずに終わっている。

 

 農場を作ったつもりが、栽培から熟成、調理まで1つにつながり始めていた。

 

 

 

 

 焼き芋を食べ終えたあと、澪は260.9tの使い道を考えた。

 

 全部を焼き芋にする量ではない。

 

 売れば食料にはなるが、次の収穫を増やすなら種芋として回した方がよい。

 

 澪は以前の農政記録を開き、侯爵領へ用意した数量を探した。

 

「前に侯爵領へ用意した種芋は、20tでしたよね」

 

「そうだな」

 

「今回は260.9tあります」

 

 理央が指で計算しかけ、途中で帳面へ筆算した。

 

「……13回分くらい?」

 

「約13倍です」

 

「収納の中に、前の13回分があるんですか」

 

 澪も同じことを考え、急に収納の中が重くなった気がした。

 

 量として表示されているだけで、自分が背負っているわけではない。

 

 それでも20tを用意した時の手間を思い出すと、260.9tという数字の見え方が変わった。

 

「各地へ種芋として回せますね」

 

「王国内へ供給を始める量としては悪くない」

 

 真壁は農政記録を閉じず、空いている頁へ今回の収穫量を書き足した。

 

「ただし、配分は農政側へ渡したまえ」

 

「はい」

 

「我々が村ごとの量まで決める仕事ではない」

 

 王家や侯爵家が地域を選び、各地の苗床で蔓苗を増やす。

 

 260.9tあるからといって、王国中の畑をすぐ埋められるわけではない。

 

 植える密度も、苗を育てる場所も、運ぶ順番も農政側で決めることになる。

 

 澪は収穫物を、食味と研究に使うもの、食品加工を試すもの、種芋の候補へ仮に分けた。

 

 具体的な量は、侯爵家へ報告してから決めればよい。

 

 そこまで書き終えた理央が、ふと帳面の日付へ目を留めた。

 

「これ、いつ始めたんでしたっけ」

 

「サツマイモですか?」

 

「農場です」

 

 澪も日付を見た。

 

 火山性基材を2mの厚さで広げたのは、一昨日である。

 

「一昨日です」

 

「一昨日」

 

 理央が同じ言葉を繰り返し、真壁へ顔を向けた。

 

「農場を作り始めてから2日だな」

 

 真壁が訂正しなかったため、理央の顔がますます困ったものになった。

 

「2日で260.9t?」

 

「収納の中では時間を進めていますから」

 

「それで納得していい数字じゃないと思います」

 

「私も少しおかしいとは思ってます」

 

「少しなんですか?」

 

 澪は答えに詰まり、収納内の収穫物へ視線を移した。

 

 一昨日は、土を広げれば農場を作れるかもしれないと考えただけだった。

 

 それが今は、260.9tのサツマイモと《熟成》Lv1、それに王国各地へ回せる種芋の候補になっている。

 

 自分で時間を進めたとはいえ、さすがに速すぎた。

 

「収穫できたのだから、次は配分だな」

 

 真壁は何事もなかったように次の頁を開いた。

 

「誰か2日に引っかかってください」

 

「私も引っかかってます」

 

「時間を進めたのは澪君ではないかね」

 

「そうなんですけど」

 

 理央は納得しないまま、日付の横へ大きく書き足した。

 

 2日で260.9t。

 

 数字だけは、何度見ても変わらなかった。

 

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