会議室の卓上には、4枚の紙が並んでいた。
ホブゴブリン。
ダイアウルフ。
ギガントベア。
アイアンボア。
それぞれの紙には、昨日レオンハルトが試した剣と槍の結果が記されている。
どこへ刃が入ったか。
どの部位で止まったか。
動いている相手へ同じ攻撃を入れられるか。
数字が細かく並んでいるわけではない。
どの記録も、結論は同じだった。
傷は付く。
だが、一撃か二撃で止めるのは難しい。
「倒せないとは言わん」
レオンハルトが4枚の紙を見渡した。
「精鋭を数人当てれば、一体は仕留められるでしょう」
「一体なら、か」
アルベルトは椅子の背へ寄りかからず、卓上へ目を向けたまま尋ねた。
「はい。問題は、それを森の中で何度繰り返すことになるかです」
マールヴェインにいるのは、上位種だけではない。
通常のゴブリンやファングウルフもいる。
群れは動き、木々が視界を塞ぐ。
一体を囲んでいる間に、別の魔物が背後から来る可能性もあった。
「兵を増やせばよい、とはならないか」
「森へ入る人数が増えれば、隊列が伸びます。撤退も難しくなります」
レオンハルトはダイアウルフの紙を指で押さえた。
「通常種と上位種が混じっていることも問題です」
「見分けられないんですか?」
澪が尋ねる。
「落ち着いて見れば分かる。だが、森の中で走ってくる相手を見て、一瞬で判断できるとは限らん」
普通のファングウルフだと思って踏み込んだ相手が、ダイアウルフだったら。
想定した距離も、最初の一撃に必要な力も狂う。
アイアンボアも同じだった。
通常のラッシュボアなら槍で受けられると判断した瞬間、槍ごと押し込まれるかもしれない。
森の中では、整地された訓練場のように左右へ逃げることもできない。
木の根に足を取られ、枝に穂先を弾かれ、隣の兵が見えなくなる。
そこで相手の強さを一段階読み違えれば、崩れるのは一人だけではなかった。
助けようとした兵が足を止め、その後ろの列まで詰まる。
一体を倒せても、隊全体が森から戻れなければ勝ちとは呼べない。
昨日、澪は死体へ剣が入るところを見ていた。
けれど、あの巨体が生きて動いていれば、斬りつける間にも牙や爪が返ってくる。
傷を付けられることと、安全に倒せることは違う。
澪には、昨日の試験が急に別のものへ見えた。
あれは武器の性能を測っていただけではない。
兵士が生きて帰れる境目を、死体を使って確かめていたのだ。
「精鋭だけで回せる数ならよいのだがな」
アルベルトの声が重くなる。
「森全体の間引きとなれば、一般兵を使わざるを得ない」
「相応の被害は出るでしょう」
レオンハルトは、その言葉を避けなかった。
倒せるかどうかではない。
何人の兵を失えば倒せるのかという話になっている。
ヴァルトは黙って4種類の記録を読み返していた。
真壁も、先ほどから一言も口を挟んでいない。
ただし、記録を読む目は止まっていた。
同じ一文を見続けながら、別のことを考えているように見える。
「真壁殿」
アルベルトが呼んだ。
「何か考えがあるようだな」
「ええ。一案あります」
真壁は顔を上げた。
「上位種の防御力を上回る武器を探す必要はございません」
レオンハルトが眉を寄せる。
「昨日、武器が足りないと確認したばかりだぞ」
「左様。だからこそ、武器で競う問い方を変えるべきでしょう」
アルベルトとレオンハルトの視線が、真壁へ集まった。
真壁は、卓上に並ぶ4種類の名前を順に指した。
「今回の対象は、いずれも哺乳類型の魔物ですな」
「それが?」
レオンハルトが聞き返す。
「いずれも肺を持っております」
会議室が静かになった。
澪も、話がどこへ向かったのか分からなかった。
昨日確認した死体には、心臓があり、血が流れ、呼吸するための器官がある。
だが、それは魔物を倒す相談とはあまりに遠い話に聞こえた。
「なるほど」
ヴァルトだけが、先に頷いた。
「何がなるほどなのだ」
レオンハルトの声が少し強くなる。
真壁は気にせず続けた。
「肺がある。つまり、呼吸をして生きているということだ」
「それは分かる」
「ならば、皮膚や筋肉がどれほど厚くとも、今回の作戦では問題になりますまい」
「刃を通さないのか」
「ええ。刃を通す必要がないのです」
アルベルトも、まだ意図を測りかねている。
「では、何をする」
真壁は4枚の記録から手を離した。
「奴らは生きている」
短い言葉だった。
それでも、先ほどまでとは声が違った。
「生きている以上、呼吸をやめることはできん」
澪は、少し嫌な予感がした。
真壁は相手の頑丈さを攻略しようとしていない。
頑丈な体のまま、生き物であることだけを使おうとしている。
「身体の外ではなく、中を狙うということか」
アルベルトが言った。
「左様です」
レオンハルトは腕を組んだまま、納得しきれない顔をしている。
「肺があるのは分かった。だが、それだけであの大きさをどうにかできるのか?」
「大きいからといって、呼吸をしないわけではない」
「むしろ、大きな体を動かすには相応の酸素が必要になります」
ヴァルトが補った。
澪は昨日のギガントベアを思い浮かべた。
刃を通そうとすれば、分厚い皮と脂肪と筋肉を越えなければならない。
だが、相手が自分から吸い込むものなら、そのすべてを迂回できる。
硬いことも、大きいことも、速いことも関係がない。
「一酸化炭素を使うのがよろしいでしょう」
真壁がそう言うと、今度はアルベルトとレオンハルトが揃って黙った。
「一酸化……?」
アルベルトが、聞き慣れない言葉を確かめるように繰り返した。
「毒か?」
「結果としては、そう考えて構わん」
真壁がレオンハルトへ答える。
「外から傷を負わせる必要がありませんね」
「ああ。そういうことだ」
ヴァルトには、すでに作戦の形が見え始めているらしい。
レオンハルトは二人を見比べた。
「待て。あの熊を、煙で倒すと言っているのか?」
「煙そのものを使うわけではない。火事で人が死ぬ理由は、炎や火傷だけではないという話だ」
燃えている建物から救い出された人の中には、大きな火傷がないのに意識を失っている者がいる。
煙を吸ったためだと現地でも理解されていた。
だが、その煙の中には目で見ただけでは分からない危険が含まれている。
「一酸化炭素は肺から体内へ入り、血液が酸素を運ぶ働きを妨げる」
真壁の説明は短かった。
「本人は呼吸をしている。肺も動く。それでも身体に必要な酸素が届かなくなるのだ」
化学の知識がなくても、血が酸素を運ぶことならアルベルトたちにも理解できる。
レオンハルトは、過去に見た火災を思い返すように目を細めた。
「火傷がないのに動けなかった者がいた。あれもそうだった可能性があるのか」
「一つの原因としては考えられる」
「外皮の厚さは、今回問題にはなりません」
真壁はアルベルトへ向き直った。
「吸わせるのか」
「向こう自身に吸ってもらえばよいのです」
「言い方だけ聞くと、ものすごく穏やかですね」
澪が言う。
「こちらから切りつける必要はないのでな」
真壁は本気だった。
レオンハルトは笑わず、さらに確認を続ける。
「では、見えないのか」
「見た目では分からん」
「匂いは?」
「頼りにはならん」
剣ならば、どこまで刃が入ったかを見て判断できる。
今回使うものは、それができない。
人間の目や鼻で安全を確かめることもできなかった。
「使用する側は、外気から隔離する必要がある」
「それだけではありません」
ヴァルトが口を開いた。
「森全体へ広げれば、通常の動物まで巻き込みます。使う空間を限定しなければなりません」
「そこは、あなたの結界へ任せたい」
「可能です。ただし、範囲と集める数を先に決める必要があります」
強い魔物だけを都合よく集め、そこへ見えないものを入れれば終わる。
そんな簡単な作戦ではなかった。
「集める方法なら、既にあります」
ヴァルトの言葉に、アルベルトが顔を上げた。
「石場町で押収した《魔物寄せの誘引石》です」
石臼に偽装され、魔物を町へ誘い寄せるために使われた魔道具だった。
事件の後は侯爵家の管理下へ置かれている。
「獣型だけでなく、ゴブリンにも作用した品だったな」
「ええ。今回の4種類を引き寄せるには使えます」
アルベルトはすぐに許可を出さなかった。
「森中の魔物を一度に呼ぶことにはならないのか」
「そのような使い方は避けるべきでしょう」
真壁が答えた。
「作戦範囲を区画へ分けるのがよろしいかと」
マールヴェイン全域を一度に処理しない。
周囲の地形と魔物の分布を確認し、区切った一か所だけで《魔物寄せ》を使う。
集まり始めた魔物を、ヴァルトの結界で囲む。
「結界で押し潰すわけではありません」
ヴァルトは卓上へ簡単な区画を描いた。
「逃げ道を限定し、内部の空気が外へ広がるのを抑えます」
森を丸ごと密閉するのではない。
選んだ区画だけを囲い、その外側にもう一つ退避の線を用意する。
上位種が多数集まれば、結界へどれほどの負荷が掛かるか分からない。
絶対に破られないことを前提にはできなかった。
「誘引石は、上位種だけを選んで呼ぶ道具でもありません」
「通常種も来るか」
「来ます。想定していない種類や数が集まる可能性もあります」
レオンハルトは図を見ながら、外周へ指を置いた。
「誘引を始める前に、狩人と木こりを外へ出す必要がある」
「家畜や旅人もです」
「森へ入る道は、兵団で封鎖しよう。作戦中は誰も入れん」
人が残っていないことを確認してから、《魔物寄せ》を動かす。
集まる数が想定を超えた時は、その時点で中止する。
結界が安定しない場合も同じだった。
外周の兵は、魔物を内側へ追い立てるために置くのではない。
人を入れず、異常が起きた時に周辺へ知らせるために置く。
結界から魔物が出た場合も、包囲して討ち取ることを最初の命令にはしない。
進路を見て、村や街道から離れられるなら距離を取る。
止めなければ人へ向かう時だけ、あらかじめ選んだ部隊が対応する。
正面戦闘を避けるという方針は、結界の外でも変わらなかった。
「結界が閉じた後、収納内から一酸化炭素を展開する」
真壁が図の中央を指す。
「運び込むのではないのか」
「その必要はございません」
容器を置くことも、森で火を焚くこともない。
真壁の収納内から、結界の内側へ直接展開する。
森の地面や地下へ、熱や衝撃を与える必要もなかった。
「終わったら、すぐに結界を開くのですか?」
澪が尋ねる。
「いや。内部の安全を確認してからだ」
死骸もその場へ残さず、収納へ回収する。
放置すれば、別の魔物を呼び寄せる餌になるからだ。
回収した個体は種類と数を分け、どの区画から出たものか記録する。
上位種だけが減ったのか、通常種まで偏って集まったのかを確かめなければ、次の区画へ同じ方法を使えない。
一度目は、討伐であると同時に、森の変化を測るための試験でもあった。
作戦の輪郭が見えてくるほど、中へ入る二人の危険もはっきりした。
見えず、匂いにも頼れない空気の中へ、真壁とヴァルトが入ることになる。
「今回も気密防護服の出番ですね」
ヴァルトが言うと、真壁は当然のように頷いた。
「ああ。ジェダイ騎士団の正式装備を使う」
「まさか、また着ることになるとは思いませんでした」
ヴァルトの声には、懐かしむというより諦めに近いものが混じっていた。
「装備というものは、使うためにある」
「ジェダイ騎士団の正式装備でしたね」
「必要だから正式装備なのだ」
灰白色の全身気密服に、透明面の付いたヘルメットを組み合わせる。
外の空気と切り離した呼吸系に、防刃と防弾の層、内部空調まで備えているという。
前回は急激な低温と酸素の低下から身を守るために使われた。
今回は、外の空気を吸わないために使う。
澪は口を挟まず、二人の話を聞いていた。
真壁は続けて、使用する際の原則を確認した。
防護服に破損があれば作戦は中止。
密閉を確認できなければ、危険区域へ入らない。
結界を扱うヴァルトと、収納を扱う真壁の二人だけが中へ入る。
「二人だけを危険な区画へ入れるのか」
アルベルトが難色を示した。
「護衛を付けるべきではないか」
「ご懸念はもっともです」
真壁は否定から入らなかった。
「しかし、人数を増やせば防護装備も増え、確認すべき対象も増えます。退避時に守る者まで増やすことになります」
今回の作戦で、剣を振るう護衛が必要になる状況を作ってはいけない。
結界が成立しない。
魔物が想定より多い。
装備に異常がある。
そのどれかが起きたなら、戦って押し切らずに中止する。
「レオンハルト殿、中に兵を増やす理由はありますまい」
「護衛も不要か」
「今回は、魔物と正面から戦わんための作戦だからな」
レオンハルトは納得しきれない顔をしたが、理屈には反論しなかった。
「では私は外で、逃げてきたものを止めればいいのだな」
「そこは、止める前に退く判断もしてもらいたい」
「そこまで込みか」
「ああ。そこまで込みだ」
成功の基準は、上位種を何体倒したかだけではない。
兵士が正面から戦わずに済むことも、同じくらい重要だった。
気密防護服の話が出てから、レオンハルトの表情が少しずつ変わっている。
過去の作戦を思い出している顔だった。
「待て。今回も、ベラクルスのようになるのではないだろうな」
レオンハルトの声で、会話が止まった。
澪には、何を指しているのかすぐに分かった。
18m級の巨人。
地下の魔力だまり。
急激な冷気と霧と降雪。
地下から噴き出した高濃度の魔素。
そして最後には、巨人も魔力だまりも現場から消えた。
押入商会側では、一つずつ理由のある作業だったのかもしれない。
だが、現地の兵から見れば、何が起きたのかを追うだけでも難しい作戦だった。
「その心配はない。今回は森を凍らせるつもりもない」
「そこだけではない」
レオンハルトは真壁を見たまま続けた。
「最初は魔物を止める話だった。それが、気づけば天候まで変わり、最後には大きなものがまとめて消えた」
今回も、少し間引くと言って始めた作戦が、森一帯を変える規模になるのではないか。
警戒しているのは、派手な現象そのものではなかった。
現場で作戦の大きさが変わり、領軍が把握できなくなることだった。
「森は領地の資源でもある」
アルベルトも言った。
「木材も薬草も採れる。狩りをする者もいれば、周辺の村は森の恵みを使って暮らしている」
危険な魔物を減らすために、森そのものを使えなくしては意味がない。
薬草の採取を止めれば、セルマ工房にも影響が出る。
狩猟ができなくなれば、周辺の村から肉と毛皮が消える。
木材を得られなければ、家や柵の修繕まで遅れる。
一つの作戦で魔物を減らしても、その後の暮らしを壊せば領地を守ったことにはならない。
「過去の間引きでも、森の均衡は崩さないようにしてきました」
ヴァルトが補った。
「通常種まで根こそぎ消すつもりはありません。対象は増えすぎた上位個体と、人の生活圏へ危険を及ぼす群れです」
真壁は卓上の区画図へ手を置いた。
「今回は、むしろ森を壊したくないと考えております」
火を使わない。
大規模な爆発も使わない。
地面を掘らない。
地下水脈を大きく動かさない。
木々も必要以上に倒さない。
魔物を限定した区画へ集め、その中だけで処理する。
「一度に森全体を片づけるつもりもございません」
真壁はアルベルトへ向き直った。
「区域ごとに結果を見ます。魔物の数、植生への影響、地下側の変化を確認してから、次へ進むのがよろしいでしょう」
「ずいぶん慎重だな」
レオンハルトが言う。
「真壁殿が森を守る側へ回るとは思わなかった」
アルベルトも半分は本気で驚いている。
「壊す必要のないものまで壊す趣味はございませんので」
言葉だけを聞けば、とても穏当だった。
澪はベラクルスを思い出したが、口には出さなかった。
「今回は慎重にもなりますな」
真壁の声から、わずかに軽さが消えた。
「あの森の下は、出来るだけ刺激したくないですな」
「地下に何かあるのか?」
レオンハルトがすぐに聞いた。
「厄介なシロモノの上に存在する森のようだ」
アルベルトも顔を上げる。
「何か《鑑定》で見えたのか」
「いえ、見えないからですよ」
真壁の返事に、レオンハルトは眉を寄せた。
「見えないのなら、何もないのではないのか」
「そうとは限らん」
地表では、すでに複数の異常が起きている。
下草が濃くなり、蔓が増え、葉が厚くなった。
魔物の数が増え、複数種類で上位種が現れている。
それなのに、原因だけが見つからない。
地図で見ても、地表に異常の中心らしい場所は出ていない。
《鑑定》を向けても、森全体を変えるほどの原因は表示されない。
目に見える変化だけが広がり、その始まりがどこにもないように見える。
「見えない場所を、何もないと扱う方が危険なのだよ」
真壁は澪へ説明する時のような口調で言った。
「ベラクルスと同じものだと思っているのか」
「いや。同じものだと見る根拠はない」
「なら、なぜ地下を疑う」
アルベルトの問いに、真壁は少し考えてから答えた。
「地上だけを見ても、原因を説明しきれないからです」
植物だけなら、天候や土の変化も考えられる。
魔物だけなら、餌や縄張りの変化もある。
だが、植生と複数種の魔物が同じ時期に変わっている。
共通して影響を受ける何かがあると考えるべきだった。
原因が空にあるのか、地面にあるのか、地下にあるのかは分からない。
少なくとも、地下だけを候補から外す理由はなかった。
真壁は地下に原因があると言い切っているのではない。
分からない以上、取り返しのつかない刺激を避けると言っているだけだった。
何も見えない場所へ穴を開け、後から危険が噴き出したベラクルスを知っているからこその判断だった。
澪は《緑の手》Lv1を思い出した。
植物の異常なら、現地へ入った時に何か分かるかもしれない。
けれど、今の段階でできると決まったことは何もなかった。
「地下の魔力環境も、現地で確認する必要があります」
ヴァルトが区画図の外側へ指を置く。
「ただし、この数のまま調査へ入るのは危険です」
「減らしてから、調べるんですね」
「ええ。今の数のままでは、調査中も背後を気にし続けることになります」
「調べるために兵を失う必要はありますまい」
「そこは全面的に同意する」
レオンハルトが即答した。
第一段階は、上位魔物の間引き。
第二段階で、森の植生と原因を調べる。
ようやく、全員が同じ順序を見ていた。
アルベルトは、それまでに出た案を一つずつ確認した。
マールヴェイン全域へ、一度に兵を入れない。
作戦範囲を複数の区画へ分ける。
侯爵家が管理する《魔物寄せの誘引石》で、対象を一か所へ集める。
ヴァルトの結界で、逃走範囲と内部の空気を限定する。
真壁が収納内から、結界内へ一酸化炭素を展開する。
危険区画へ入る真壁とヴァルトは、ジェダイ騎士団の気密防護服を使う。
澪の名は、危険区画へ入る役としては挙がらなかった。
ほっとした気持ちはある。
同時に、二人を外から待つしかないことへの落ち着かなさも残った。
侯爵軍は外周を封鎖し、住民や狩人が森へ入らないようにする。
作戦後は、内部の安全を確認してから結界を解除する。
死骸は放置せず、すべて回収する。
地面や地下へ大きな衝撃を与える方法は避ける。
間引き後に、植生と地下を改めて調査する。
「実施する区画と外周の配置は、私が確認します」
レオンハルトが図を引き寄せた。
「退路と予備の防衛線も用意する。想定以上の数が集まった場合は、誘引を止めて撤退させる」
「結界の位置は、私も現地で確認します」
ヴァルトが言う。
アルベルトは二人の返事を聞いてから、真壁へ向いた。
「兵を上位種へ正面から当てるより、被害は抑えられるのだな」
「そのための作戦です」
「では、この形で進めるのがよろしいでしょう」
真壁が最終判断をアルベルトへ返した。
アルベルトはしばらく区画図を見た後、頷いた。
「許可する。《魔物寄せ》も使ってよい」
これで作戦の骨子は決まった。
ただし、今日はまだ会議室から出ない。
実施区画も、結界の位置も、現地を見なければ確定できなかった。
魔物が何体集まるかも分からない。
戦闘を避けるための作戦だからこそ、準備が崩れたまま始めるわけにはいかなかった。
「くれぐれも、森ごと消さないでくれ」
アルベルトが念を押す。
「そのつもりはございません」
「その言葉は信じてよいのだな」
レオンハルトも確認した。
真壁はわずかに間を置いた。
「今回は、ですな」
澪は、決まったばかりの作戦とは別のところで少しだけ不安になった。
次は、マールヴェインの森で作戦の場所を決める。
《魔物寄せ》を置き、外周を閉じ、結界を張る。
灰白色の気密防護服を着た二人が、その中へ入る。
剣を通さず、上位魔物を減らすために。