劉浩は、画面の右上に出ている時刻を見てから、もう一度人物欄へ戻った。
そこにある名前は、朝から何度見ても変わらない。
真壁久忠。
押入商会、相談役。
会社側の人物として必要な記録はあり、少なくとも「誰なのか分からない人間」ではなかった。
押入商会との関係も確認できる。
相談役という肩書きも、書類の上だけに置かれたものには見えない。
問題は、その下だった。
劉は宮坂の報告を一つ開き、別の画面に並べた。
特殊材料の納品へ篠原澪と一緒に来る。
評価室へも入る。
鷺沼佳樹から説明を受け、必要なところでは口を挟む。
供給条件の話にも残っている。
どれも一件だけなら、相談役という肩書きで済ませられた。
それが何件も重なると、逆に輪郭がぼやける。
劉は椅子を少し後ろへ引いた。
机の端に置いていた紙のコップへ手を伸ばしたが、中身はとっくに冷めていた。
「真壁久忠が見えません」
向かいで資料を読んでいた趙麗華が、視線だけを上げた。
「記録はあるでしょう」
「記録がないのではありません」
劉は画面を回さず、そのまま指先で一つずつ報告を送った。
「押入商会で、何をしている人物なのかが見えないんです」
趙は紙を閉じた。
「相談役でしょう」
「肩書きだけなら」
「肩書きと実際の仕事が完全に一致しない人間なんて、いくらでもいるわ」
「そうなんです」
劉はそこで頷いた。
否定されているのに、むしろ話が進んだ気がした。
「だから、肩書きが違うこと自体は気にしていません」
「では何を気にしているの」
「どこへ置いても、少しはみ出すんです」
趙の眉がわずかに動いた。
劉は最初の報告を開いた。
東都特殊金属試作へ宮坂が入って間もない頃の記録だった。
真壁は篠原澪とともに現れ、納品と材料評価の話へ自然に加わっている。
別の日には、鷺沼と人のいない場所へ移って話している。
何を話したのかは分からない。
宮坂にも聞こえていない。
そこへ劉が勝手な中身を入れれば、調査ではなく物語になる。
その行は、会話内容不明のまま残した。
「技術者として見ると、少し違います」
「何が?」
「自分の専門を説明する側ではないんです」
研究者なら研究の話をする。
設計者なら設計の話をする。
材料技術者なら、試料の成分や工程へ自分から深く入る。
宮坂の報告に出てくる真壁は、そのどれとも少し違った。
説明を受ける。
必要なら質問する。
そのあとで、話の進む方向に口を出す。
自分の知識を見せることより、何を決めるかへ近い。
「では経営側では?」
「それだけでも説明できません」
劉は別の記録へ移った。
押入商会の代表者は篠原澪。
東都側も一貫して篠原を代表者として扱っている。
真壁が名刺を押しのけて自分を責任者として名乗った記録もない。
「経営者として見ると、前に出なさすぎます」
「相談役なら普通でしょう」
「そうなんですが……」
言いながら、劉自身も説明の弱さを感じた。
趙が椅子の背へ体を預ける。
「営業?」
「違うと思います」
「管理?」
「それだけでもないです」
「技術顧問?」
「それなら、もう少し技術側へ寄るはずです」
趙はしばらく黙った。
劉も黙った。
自分で言っていて、職業当てのようになってきた。
「人間を職種一つへ押し込む必要はないでしょう」
「もちろんです」
劉はすぐに答えた。
そこを間違えると、ただの型にはめた分析になる。
「多才な人間はいます」
「なら終わりね」
「終われないんです」
趙が目を細めた。
劉は宮坂の報告に残っている短い所見を表示した。
そこには、真壁久忠は読みづらい人物だと記されていた。
「宮坂が、この人だけ最初から気にしています」
「それは宮坂の印象でしょう」
「はい」
「なら、事実とは分けなさい」
「分けています」
劉は画面の端に付けた印を示した。
事実と本人の所感、それに分析側の仮説は、それぞれ別の印で分けてある。
「だから、本人にもう一度聞きたいです」
趙は数秒考え、机の上の紙を揃えた。
「いいでしょう」
「ただし、答えを誘導しないこと」
「分かっています」
「あなたが真壁を変な人物だと思い始めていることも、持ち込まないで」
「変な人物とは言ってません」
「まだ、ね」
劉は反論しかけてやめた。
冷めた紙コップを持ち上げ、結局飲まずに元へ戻す。
画面には、相談役という四文字が残っている。
朝から何度見ても、その四文字だけでは足りなかった。
宮坂は、質問を聞いてすぐには答えなかった。
向かいには周明宇が座り、その横で劉浩が端末を開いている。
責任を追及する場ではないことは最初に伝えられていた。
だからこそ、宮坂は余計に言葉を選んだ。
「真壁久忠について、もう一度確認したい」
周の声はいつもと変わらなかった。
「何をですか」
「何者に見えた」
宮坂は一度だけ瞬きをした。
職種を聞かれるとは思っていなかった。
「技術者か?」
「そうは見えませんでした」
「経営者?」
「それだけでもないと思います」
「営業?」
宮坂は首を横へ振った。
東都で見た真壁の姿を順に思い出す。
大きな声で場を動かす人物ではない。
材料の説明が始まれば黙って聞いている。
質問も多くない。
けれど、話が結論へ近づくと、いつの間にか判断の近くにいる。
こちらが何を知りたいのか。
どこまで話してよいのか。
何を今は出さないのか。
その線を引くのが妙に速かった。
「では何だ」
周が聞く。
宮坂は少し間を置いた。
「……判断する側の人間に見えました」
劉の指が止まった。
「何を判断する?」
「何を使うか」
宮坂は自分が見た場面から外れないように続けた。
「何を出すか」
「どこで止めるかです」
周が背もたれへ寄りかかった。
「技術を持っているようには見えなかった?」
「持っていないとは言っていません」
「では?」
「自分から見せる人ではなかった、という意味です」
宮坂は、東都の評価室で真壁が壁際に立っていた姿を思い出した。
誰より前へ出ていたわけではない。
それでも、篠原澪も鷺沼も、真壁の言葉を聞き流してはいなかった。
何か決める時だけ真壁を見る、とまでは言えない。
しかし、真壁が口を開けば、その場の人間は一度聞いていた。
「説明を受ければ理解が早いです」
「どの程度?」
「少なくとも、話を止めて聞き直す場面はほとんどありませんでした」
劉が何かを打ち込む。
「専門知識があるからでは?」
「その可能性はあります」
宮坂はそこで止めた。
分からないものを、分かったように埋めるつもりはなかった。
「材料そのものを作っているようには?」
「分かりません」
「供給元を知っているようには?」
「それも分かりません」
周はそれ以上重ねなかった。
見ていないことへ答えさせても意味がない。
次の質問へ移る。
「初対面から警戒していたな」
「はい」
「理由は?」
今度は、答えるまで少し長くかかった。
真壁と最初に視線が合った瞬間。
ほんの一瞬だった。
何かを見られたような感覚だけが残った。
あの時は、自分が任務中だったから過敏になったのだと思った。
今でも、それを証拠に変えることはできない。
「理由にできるものではありません」
「何かあったのだろう」
「目が合っただけです」
「それで?」
「見られた気がしました」
言った瞬間、自分でも曖昧すぎると思った。
周も表情を変えない。
劉が口を開いた。
「その時、真壁の態度は?」
「変わりませんでした」
「その後は?」
「普通です」
「あなたへの接し方も?」
「変わっていません」
劉は入力を止めた。
「では、結果から逆算して、最初から見抜いていたことにはできません」
宮坂は小さく頷いた。
「私もそう思います」
あのフローライトを思い出せば、何もかも最初から仕組まれていたように考えたくなる。
だが、そう考えれば楽になるだけだ。
自分がどの時点で見られていたのか、そもそも見られていたのかさえ確定していない。
周が指先で机を一度だけ叩いた。
「篠原澪は?」
宮坂の脳裏に、真壁の隣に立っていた若い代表の姿が浮かんだ。
「普通の大学生に見えました」
「前にもそう言ったな」
「今も印象は変わっていません」
「真壁との関係は?」
その質問で、宮坂は少し困った。
上司と部下なら、どちらが指示を出すかがもっと分かりやすい。
親子には見えない。
師弟と決める材料もない。
真壁は年長で、篠原より経験があるように見える。
それでも、篠原の前へ立って代表者のように振る舞うことはなかった。
「相談役と代表です」
周がわずかに眉を上げた。
「肩書きではなく」
「それ以上は、分かりません」
宮坂は正直に答えた。
分からない。
だが、真壁が篠原を軽く扱っていなかったことだけは覚えている。
若いから代わりに決めてやる、という態度ではなかった。
必要なら意見を言う。
篠原もそれを聞く。
それでも、最後に押入商会の代表として前へ出るのは篠原だった。
「真壁は篠原を操っているように見えたか」
周の質問に、宮坂は今度はすぐ首を振った。
「いいえ」
「迷わないな」
「そう見えたことはありません」
劉の指が再び動き始めた。
宮坂は机の上へ視線を落とした。
東都へ戻ることはもうできない。
それでも、あそこで見た人間まで都合よく別の形にするつもりはなかった。
押入商会の事業所では、澪がノートの真ん中に大きく「普通」と書いていた。
書いたあとで、自分でも妙だと思った。
会社の打ち合わせで、普通という二文字を丸で囲む日が来るとは思っていなかった。
横には、前回から残っているメモが並んでいる。
横には、倉庫、通常仕入れ、商品、物流と前回から残った項目が並んでいる。
言葉だけなら立派だが、中身はまだ一つも決まっていない。
「倉庫を借りるのが一番早いですかね」
向かいで資料を見ていた真壁が顔を上げた。
「借りてどうする」
「物を置きます」
「何をだね」
「……普通の物?」
真壁が黙った。
怒ってはいない。
ただ、その沈黙だけで答えが足りていないことはよく分かった。
「言ってから雑だと思いました」
「自覚があるなら結構」
澪はノートへ視線を戻した。
「でも、外から見て自然な会社にするなら、倉庫って要るんじゃないですか?」
「必要になればな」
「必要になる前に借りるのは?」
「空の倉庫を見せて安心する者がいるなら、会ってみたいものだ」
「いませんね」
澪は倉庫の横に小さく「後」と書いた。
異世界から持ってきた材料は、収納があれば大規模な保管場所を必要としない。
運ぶ時も同じだった。
自分たちにとって便利すぎる仕組みが、ゲンダイ側の会社として見ると穴になる。
そこまでは分かった。
けれど、穴を埋めるためだけに建物を借りても、中で物が動かなければ意味がない。
「じゃあ、普通に仕入れるところからですか」
「そうなるだろうな」
「スパイ対策で商売を増やすんですか」
「順序が逆だ」
真壁は机の上の紙を一枚取った。
「商売として成立するものを増やす」
「はい」
「仕入れて、保管して、売る」
「はい」
「それが結果として、会社の姿を自然にする」
澪はペンを止めた。
「……普通の会社って、やること多いですね」
「普通の会社だからな」
「押入商会も会社ですよ」
「その点は否定していない」
澪は少しだけ口を尖らせた。
設立してから税金も払っている。
給与も出している。
契約書も作る。
社会保険まできちんとしている。
それなのに、物流の話になると急に異世界と収納が顔を出す。
会社として真面目にやればやるほど、変なところだけが目立つのは納得がいかない。
「扱うなら、今の取引と相性がいい物ですよね」
「そうだな」
「特殊材料じゃない」
「それだけに寄せる必要はない」
「普通の物流で動かせる」
「それも必要だろう」
澪は条件だけを書き足した。
商品名はまだ書かない。
思いつきで増やして、あとで誰が売るのか分からなくなるのは避けたい。
異世界側では、何度も似た増え方を経験してきた。
便利だから始めた仕事が増え、気づけば人手が足りなくなる。
人を増やせば場所が要り、場所を作れば今度は管理する仕事まで増える。
ゲンダイ側でまで同じ増え方をしたら、大学の時間割がまた仕事で埋まる未来が見えた。
澪はスマートフォンに入れてある今学期の時間割を開きかけ、やめた。
見れば空いている曜日へ仕事を置きたくなる。
それはもう学習している。
「真壁さん」
「何だね」
「これ、普通の商売を増やしたら、私の仕事も普通に増えません?」
「増えるだろうな」
「ですよね」
返事が早い。
澪はノートの端に、今度は小さく「人も必要」と書いた。
「そこまで含めて考えるのだよ」
「先に言ってください」
「今、気づいたではないか」
真壁は何でもないことのように次の資料へ手を伸ばした。
澪はその横顔を見てから、ノートへ戻る。
「真壁さんは仕事増えても平気そうですよね」
「増やす前に人を増やせと言ったのは澪君だろう」
「そうですけど」
「なら、代表が忘れてはいかんな」
代表という言葉で、ペン先が少し止まった。
宮坂の件がなければ、こんなふうに会社を外から見直すこともなかったかもしれない。
自分では当たり前になっていたやり方が、知らない人から見れば当たり前ではない。
普通の会社に見せたいのではない。
ゲンダイで本当に続けられる会社にして、その結果として不自然な穴を減らす。
そちらの方が、澪にもずっと分かりやすかった。
「候補は、ちゃんと商売になる物から探します」
「それでよい」
澪は「普通」の丸を一度消し、横へ書き直した。
今度は、その下に条件が五つ並んでいた。
最後の一つだけ、少し大きな字になっている。
人を増やす。
劉浩は、宮坂への聞き取りを終えたあと、最初に作った分類表を閉じた。
分類表には、技術者、経営者、営業、管理という欄が並んでいる。
どの欄にも真壁の名前を置ける。
しかし、どこへ置いても余る。
いっそ分類しない方が早いのではないかと思ったところで、趙が戻ってきた。
「どうだった?」
「余計に分からなくなりました」
「良い報告ね」
「褒めてます?」
「情報が増えたのに、無理に結論を作らなかった点は」
劉は苦笑し、宮坂の発言を開いた。
「本人は、判断する側だと言っています」
「判断?」
「何を使うか、何を出すか、どこで止めるか」
趙はその三つを黙って読んだ。
「役員なら、それくらいするでしょう」
「します」
「では?」
「範囲が広いんです」
劉は宮坂が見た案件を一つずつ並べるのをやめた。
並べれば並べるほど、報告書の読み上げにしかならない。
代わりに、押入商会の簡単な関係図を開いた。
代表者の欄に篠原澪。
相談役の欄に真壁久忠。
そこだけ見れば何もおかしくない。
「真壁久忠が、実質的な技術判断を担っている可能性があります」
「可能性はある」
趙は簡単に認めた。
劉は次の言葉を待った。
「でも、それで何が分かるの?」
「押入商会の特殊材料について、篠原より真壁の方が深く関わっている可能性が――」
「宮坂はそう言った?」
劉は口を閉じた。
言っていない。
宮坂が言ったのは、真壁が判断する側に見えたことだけだ。
篠原より上だとも、技術の核心を握っているとも言っていない。
「そこは推測です」
「なら推測のまま置いて」
「はい」
劉は表示の色を変えた。
事実と仮説が混ざらないようにする。
趙が関係図の篠原澪へ視線を移した。
「それより、真壁が中心なら変でしょう」
「何がです?」
「なぜ篠原澪が代表なの」
劉の手が止まった。
自分もそこには引っかかっていた。
篠原は大学生。
真壁は年長で、宮坂の目には判断力の高い人物に映っている。
それだけで真壁が代表になるべきだとは言えない。
会社の代表者は技術力だけで決まるものでもない。
それでも、真壁を中心人物だと置いた瞬間、篠原が代表である理由を別に考えなければならなくなる。
「真壁が篠原を前面に立たせている可能性は――」
「根拠は?」
趙の返事が早かった。
劉は途中で止めた。
「ありません」
「なら消して」
「はい」
仮説の欄から一行消す。
操作自体は一秒で終わった。
陰謀らしい説明ほど、証拠がなければ消えるのも早い。
「では、逆に篠原が真壁を使っている?」
劉は自分で口にして、自分で首を横へ振った。
「それも根拠がありません」
「学習が早くて助かるわ」
趙は少しだけ口元を緩めた。
劉は宮坂の記憶に残っていた二人の呼び方を見た。
真壁は篠原を澪君と呼ぶ。
篠原は真壁を真壁さんと呼ぶ。
年齢差はある。
距離も近い。
だが、それだけで親族にも師弟にもできない。
「宮坂は、真壁が篠原の決定を奪うような場面を見ていません」
「逆は?」
「篠原が真壁へ一方的に命令していた、という報告もありません」
「では普通に代表と相談役なのでは?」
「そう考えるのが一番自然です」
劉は答えてから、画面を見た。
「ただ、それだと真壁の役割がまた見えなくなります」
趙が小さく息を吐いた。
「戻ったわね」
「はい」
朝から同じ場所を回っているような気がする。
けれど、同じではない。
真壁が分からない理由は、記録不足だけではなかった。
篠原澪との関係を切り離して見ているから、役割の一部が消えている可能性がある。
劉は二人の名前を画面の中央へ寄せた。
それまで別々だった人物欄が、一本の線でつながる。
「この二人の関係が分かれば、真壁の役割も見えるかもしれません」
劉が言うと、趙はすぐには答えなかった。
二つの名前を見比べる。
「順番が逆だったのかもしれないわね」
「真壁からではなく?」
「一人ずつ見ること自体が」
劉は画面を閉じず、その言葉だけを新しいメモへ残した。
真壁を分類するために始めた作業が、篠原澪との関係を調べる作業へ変わり始めていた。
王建国は、劉の説明を最後まで聞いても、机の上の資料へ手を伸ばさなかった。
趙が持ち込んだ紙は薄い。
真壁久忠について集めた記録が少ないからではない。
確定して言えることだけを残した結果だった。
「真壁は何者だ」
王が聞いた。
「まだ分かりません」
劉は正直に答えた。
「記録は?」
「あります」
「では何が分からない」
「押入商会での役割です」
王が初めて資料へ目を落とした。
「相談役と書いてある」
「肩書きはそうです」
「技術者ではない?」
「技術の話は理解していますが、それだけではありません」
「経営者?」
「代表者ではありません」
「では相談役なのだろう」
劉は返事をしかけて止まった。
言われていることは正しい。
肩書きをそのまま受け取れば、それで終わる。
それでも宮坂が見た真壁は、何か一つの相談だけをする人物には見えなかった。
趙が横から口を挟んだ。
「問題は、真壁単体で見ても役割の中心が出てこないことです」
王は今度は篠原澪の欄を見た。
「代表はこの学生か」
「はい」
「真壁より若い」
「かなり」
「真壁が代表を動かしている証拠は?」
「ありません」
趙が即答した。
「宮坂の見た範囲では、むしろ篠原を代表者として扱っています」
「逆は?」
「真壁を単なる部下として扱っているようにも見えません」
王は指で机を一度だけ叩いた。
「肩書きどおりなら、何もおかしくない」
「はい」
「肩書きだけでは説明しきれない」
「そう見えます」
しばらく、紙を動かす音もしなかった。
王は真壁の欄ではなく、その隣に置かれた篠原澪の名前を見ていた。
「なら、真壁だけ見ても分からない」
劉が顔を上げる。
「関係を見ろ」
趙が聞いた。
「誰との?」
王は二つの名前へ視線を落とした。
「篠原澪だ」
劉は、開いたままだった端末へ新しい項目を作った。
これまでは別々の人物欄に置かれていた真壁久忠と篠原澪を、同じ見出しの下へ移す。
画面上では、名前を二つ並べただけだった。
それでも、見え方はさっきまでと少し違った。
真壁を単独で分類しようとすると、どの役割にも収まりきらない。
だが篠原との関係まで含めるなら、相談役という肩書きにも別の意味が出てくるかもしれない。
もちろん、それもまだ仮説だった。
「真壁を調べるはずだったんですが」
思わず漏れた言葉に、趙が横目を向けた。
「調べた結果、篠原澪へ戻った」
「はい」
王は資料を閉じた。
「次は、この二人の関係を見ろ」
劉は返事をし、画面へ戻った。
相談役と代表という肩書きだけなら、それで説明は終わる。
けれど宮坂の報告に残った二人は、肩書きだけで切り離して眺めるより、並べた方がむしろ分からないことが増えた。
なぜ真壁は、篠原より前へ出ないのか。
なぜ篠原は、真壁ほど年長の人物を相談役としてそばに置いているのか。
どちらがどちらを選んだのかさえ、今の資料からは分からない。
劉は新しい欄の一番上へ、まだ空白のままカーソルを置いた。
答えを書ける言葉は、まだ一つもなかった。