劉浩は、篠原澪と真壁久忠の資料を人物別の欄から外した。
代わりに作ったのは、日付だけを基準にした一本の表だった。
合同会社押入商会が成立したのは、2026年6月中旬。
代表者は篠原澪。
真壁久忠と押入商会との正式な関係が記録へ現れるのは、その後である。
役員報酬も、2026年8月分から確認できた。
記録にあるものだけを並べれば、どの日付にも不審な点はない。
だが、順序を変えただけで、これまで立てていた仮説の一つが崩れた。
「……順番が逆です」
向かいで報告書を読んでいた趙麗華が顔を上げた。
「何が?」
「真壁久忠が先ではありません」
劉は画面を趙の方へ向けた。
「押入商会は先に成立しています」
「代表は篠原澪」
「はい」
劉は真壁の名が初めて出る位置を指した。
「真壁久忠と押入商会との正式な関係が記録へ現れるのは、その後です」
趙は画面へ目を落とした。
「真壁久忠が、若い代表を用意したわけではない?」
「少なくとも、確認できる時系列はそうなっていません」
「記録へ現れる前から関係していた可能性は?」
「否定できません」
劉はすぐに答えた。
記録がないことを、不在の証明にはできない。
ただし、真壁が会社を作り、澪を表向きの代表へ置いたという見方も、記録からは支えられなかった。
「真壁を調べた結果、また篠原澪へ戻りました」
「会社を調べた時も、同じだったわね」
「はい」
特殊材料の供給元を追えば、押入商会で線が止まる。
押入商会の判断を追えば、若い代表と、役割の見えにくい相談役へ行き着く。
相談役を単独で調べれば、今度は代表との関係が分からない。
分からないところを回っているうちに、また最初の名前へ戻っていた。
扉が開き、王建国が入ってきた。
趙が席を譲ろうとしたが、王は立ったまま画面を見た。
「真壁を調べて、篠原に戻ったか」
「はい」
「会社を調べても?」
「篠原澪へ戻ります」
王は日付順に並んだ二人の名前をしばらく見ていた。
「なら会え」
趙が王を見る。
「篠原澪に?」
「ああ」
「接触方法は?」
劉の問いに、王は押入商会の事業欄を指した。
「商社なのだろう」
指先が、特殊材料の継続供給という一行で止まる。
「客になればいい」
趙はすぐに頷かなかった。
「正面から商談を申し込むのですか」
「まずはな」
第三処が知りたいのは、押入商会の所在地だけではない。
どの程度の数量まで約束できるのか。
価格を誰が決めるのか。
供給量を増やす相談へ、誰が答えるのか。
そして篠原澪が、自分の会社と商品をどこまで理解しているのか。
資料を増やすより、取引相手として話した方が見えるものもある。
「第二案は待機だけだ」
王の声が少し低くなった。
「商談が不成立でも、それだけでは動くな」
「承知しました」
「こちらから改めて指示を出した場合に限る」
趙が今度ははっきり頷いた。
現地の判断で、接触の段階を変えることは許されない。
王はそれだけを確認すると、二人の資料から視線を外した。
周明宇の前には、三人の男が並んでいた。
押入商会の新事業所は、ここから直接見える場所にはない。
彼らが受けている指示も、今のところは待機だけだった。
「こちらから動くな」
周は三人を順に見た。
「交渉が続くなら、お前たちの出番はない」
「不成立の場合は?」
「それだけでは動かない」
周は即答した。
「上から指示が出るまで待機だ」
三人のうち、一人が声を落とした。
「もし公安に押さえられたら?」
周はすぐには答えなかった。
質問した男も、軽い気持ちで聞いた顔ではない。
「無理をして捕まったら、その時は与党の議員の筋を使う」
男の肩から、わずかに力が抜けた。
「安心しろ」
周はそこで言葉を切った。
「ただし、捕まっていいという意味ではない」
緩みかけた空気が戻る。
「余計な騒ぎを起こすな」
三人は短く返事をした。
誰も、議員の名前を尋ねなかった。
聞く必要のない情報まで持つことが、安心につながるとは限らない。
周も、それ以上は話さなかった。
「真壁さん、海外のお客さんです」
澪は印刷した問い合わせ内容を、机の上で真壁の方へ滑らせた。
「そうらしいな」
真壁は最初から最後まで目を通し、もう一度、会社名の欄へ戻った。
問い合わせてきたのは材料を扱う商社だった。
会社そのものは実在し、記載された連絡先も確認できる。
希望しているのは、押入商会が扱う特殊材料の継続取引である。
海外向けの販売も視野に入れ、長期契約とまとまった供給量について面談したいと書かれていた。
「とうとう押入商会も海外進出ですかね」
澪が言うと、真壁が資料から顔を上げた。
「澪君」
「はい?」
「我々は、海外から仕入れていることになっていなかったかね」
澪の口が閉じた。
異世界から仕入れているとは書けない。
そのため、特殊材料については海外調達を含む独自経路という説明にしている。
海外から来たことになっている物を、改めて海外へ売ろうとしている。
「……そうでした」
「海外へ売れないという意味ではない」
「分かってます」
分かっているが、海外進出という言葉の勢いが急に弱くなった。
澪は問い合わせ内容を自分の前へ戻した。
「用途と販売先は確認が要りますよね」
「当然だ」
「供給量も、先に約束はできません」
「その通り」
真壁は短く答えた。
宮坂の一件がなければ、澪はもう少し素直に喜んでいたかもしれない。
新しい取引先が増えることは、会社が育っている証拠である。
だが今は、整いすぎた問い合わせを見るだけで、どこかに餌が混じっていないか考えてしまう。
疑いすぎれば商売にならない。
疑わなければ、宮坂のような相手を社内へ近づけることになる。
その間の、普通の会社なら当たり前に取るはずの距離が、澪にはまだ難しかった。
「受けますか?」
「断る理由はないだろう」
真壁は資料を澪へ返した。
「商談は商談として行えばよい」
その言葉で、澪も面談を受けることにした。
ただし、何も調べずに客を迎えるつもりはない。
会社の存在と問い合わせの経路を確認し、送られてきた資料も事前に読んだ。
それでも、不自然な点は見つからなかった。
面談当日。
来客の予定時刻が近づくと、真壁は先に商談室へ入った。
机、椅子、壁際、来客用の備品。
室内全体へ《鑑定》を向ける。
見覚えのない機器はない。
盗聴や撮影を目的とした物も表示されなかった。
確認を終えた真壁が戻ると、澪は受付予定をもう一度見ていた。
「真壁さん」
「何だね」
「今回は、普通のお客さんですよね?」
真壁は時計を見た。
まだ相手には会っていない。
「会ってみれば分かるだろう」
「そこは普通ですよって言ってくれないんですね」
「会ってもいない相手を請け負うわけにはいかんな」
正しい。
正しいが、澪が欲しかった答えではなかった。
受付から来客を知らせる連絡が入り、澪は小さく息を吐いた。
代表として客を迎える顔を作る。
警戒しているからといって、普通の取引相手へ失礼な態度を取ってよい理由にはならない。
来客は、約束の時刻より少しだけ早く到着した。
濃紺のスーツに、細い縁の眼鏡。
手にしている鞄も、特に高価さを見せる物ではない。
男は商談室へ案内されると、澪と真壁へ順に名刺を差し出した。
「高橋直人と申します」
声も、頭を下げる角度も自然だった。
「篠原です」
「真壁です。よろしく」
澪は受け取った名刺へ目を落とした。
事前に確認した材料商社の名と、営業部門の肩書きが印刷されている。
高橋直人。
どこにでもありそうな日本人の名前だった。
真壁は挨拶を終えた男へ、何気ない視線のまま《鑑定》を使った。
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郭 文博(グオ・ウェンボー)
分類:人間
性別:男
年齢:41歳
国籍:中国
状態:正常
日本名:高橋 直人
状態:正常
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名刺の名前と一致しない。
真壁の視線が表示をなぞったのは、ほんの一瞬だった。
表情は変わらない。
声の調子も、初対面の客へ向けるものから動かなかった。
偽名を使っているというだけで、所属も目的も決まらない。
だが、宮坂が姿を消した直後に、別の名を使う男が特殊材料の商談へ来た。
普通の新規顧客としてだけ扱う理由はなくなった。
「こちらが、今回想定しております取引の概要です」
高橋と名乗る男――郭文博は、鞄から資料を取り出した。
資料の置き方にも無駄がない。
澪へ正面を向け、真壁からも読める角度へ揃えている。
その間に何度か、荷物を持ち替える小さな動きがあった。
椅子を引く。
資料の位置を直す。
鞄を足元へ置く。
一つずつなら、商談室で誰でも行う動作だった。
真壁は止めなかった。
何かを残したように見える動きはあったが、その場で確認すれば、こちらが警戒していると教えることになる。
郭が席へ着くまでの動線だけを覚え、真壁も椅子へ座った。
「まず、継続して供給いただける数量を確認したいと考えております」
郭は資料の年間予定欄を示した。
「品目ごとに違います」
澪は答えながら、提示された数字を追った。
「それに、供給可能量と契約できる量は同じではありません」
「ほかのお取引先への供給分があるためでしょうか」
「それもあります」
澪は数字をすぐ肯定しなかった。
取引が大きく見えるからといって、先に量を約束すれば既存の供給へ影響する。
異世界側から持ち込める量だけでなく、ゲンダイ側で検査し、加工し、保証できる量まで考えなければならない。
「最終用途と販売先が確認できてからの判断になります」
「海外向けですと、確認項目は増えますか」
「増えます」
澪はそこで真壁を見なかった。
この程度の問いなら、自分で答えられる。
「こちらでも扱いを確認しますので、今日ここで年間数量まではお約束できません」
「承知しました」
郭は食い下がらなかった。
代わりに、品質保証と受入れ検査の話へ移った。
質問はどれも、材料商社の営業担当者が聞いて不自然ではない。
供給元を直接尋ねることもなかった。
製造場所を探るような言い回しもない。
澪が答えれば要点をまとめ、保留した項目には印だけを付ける。
名刺と《鑑定》の違いを知らなければ、手慣れた営業担当者にしか見えなかった。
真壁は会話を聞きながら、自分の《世界地図》を開いた。
ゲンダイ側の地形が意識の中へ広がる。
新事業所。
前を通る道路。
周囲の建物と区画。
その地形の上に、赤い反応が四つあった。
一つではない。
四つとも商談室の中ではなく、新事業所の周辺に留まっている。
郭文博は赤く表示されていなかった。
《世界地図》は、名刺の虚偽や違法行為を色分けするものではない。
郭が偽名を使っていることと、外にいる四人が澪たちへの直接的な敵対反応として映っていることは、別の情報だった。
真壁は四つの位置を記憶し、地図を開いたまま商談へ意識を戻した。
郭へも、澪へも、何も知らせない。
価格の話が一段落したところで、澪の中へ鋭い感覚が流れ込んだ。
声ではなかった。
言葉でもない。
普段、マカミから伝わる空腹や安心とはまるで違う。
何かを敵として捉えた時のような強い警戒と、澪のそばへ出ようとする意思だった。
澪の指が、資料の端で止まりかける。
生体収納の中では、マカミが落ち着きを失っていた。
なぜ外の異変へ反応したのかは分からない。
分かるのは、今にも自分の意思で出てきそうだということだけだった。
約3mのダイアウルフが商談室へ現れる光景を想像し、澪は表情を変えないまま接続へ意識を向けた。
待って。
短い意思だけを返す。
マカミの警戒は消えなかったが、外へ向かおうとする動きは止まった。
続いて、シロガネの声が届く。
『マカミが、敵がおると騒いでおるぞ』
澪は返事をしなかった。
目の前では郭が、試験供給から始める場合の数量を説明している。
澪は話を聞いている顔を崩さず、自分の《世界地図》を開いた。
見慣れた新事業所周辺の地形へ、四つの赤い反応が重なる。
郭は赤くない。
建物の外に、四つ。
澪は一瞬だけ真壁を見た。
真壁もこちらを見ていた。
ごく小さく頷く。
それだけで、真壁もすでに把握していると分かった。
澪は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「初回の評価量については、こちらの希望を別紙にしております」
郭が一枚めくる。
「確認します」
澪はいつもと同じ調子で答えた。
心臓は、いつもと同じではなかった。
外には、こちらへ敵意を持つ何者かが四人いる。
収納の中では、マカミが今も澪を守ろうとしている。
正面の男が外の四人と関係しているのかも、澪にはまだ分からない。
何も知らない顔で商談を続けることが、これほど疲れるとは思わなかった。
それでも、郭の質問へ必要な範囲で答えた。
答えられないことは保留し、約束できない量は約束しない。
相手が誰であっても、押入商会の代表としてすることは変わらなかった。
商談は、予定していた時刻を少し過ぎて終わった。
「本日の条件を持ち帰って検討いたします」
郭は資料を揃え、立ち上がった。
「追加で確認が必要な項目は、正式な窓口からお送りします」
「よろしくお願いします」
澪も立ち上がった。
「よろしく」
真壁は最後まで態度を変えなかった。
郭は高橋直人として頭を下げ、商談室を出た。
来客を見送った澪が、閉じた扉を見ながら息を吸う。
「真壁さん、さっき――」
「澪君、次の予定を確認しよう」
真壁の声は、普段と変わらなかった。
澪は一瞬だけ真壁を見る。
部屋の中では話すなという意味だと気づいた。
「はい」
机の上の資料だけを持ち、二人は商談室を出た。
盗聴器という言葉も、《世界地図》という言葉も口にしない。
郭が事業所から完全に離れた後、真壁は廊下側から商談室へ再び《鑑定》を向けた。
商談前にはなかった反応が三つある。
いずれも、小型の盗聴機器として表示された。
郭が席へ着くまでに見せた、いくつかの不自然な動きと位置も重なる。
設置の瞬間を一つずつ見たわけではない。
それでも、商談前後の差と郭の動線を合わせれば、郭が持ち込んだ可能性は極めて高かった。
真壁は盗聴器へ触れなかった。
澪を連れ、重要な話をしても外へ届かないことを確認済みの別室へ移った。
扉が閉まるまで、澪は黙っていた。
「さっきの人、何だったんですか?」
「名刺の名前ではない」
「え?」
「本名は郭文博。中国籍だ」
澪は商談室の方向を見た。
もちろん、壁の向こうに男はもういない。
「最初から分かってたんですか?」
「ああ」
「言ってくださいよ……」
「商談中に顔へ出るだろう」
「出しません」
真壁は何も言わなかった。
澪は先ほど、赤い反応を見つけた瞬間に資料を持つ手を止めかけたことを思い出した。
「……少しは出るかもしれません」
「だから言わなかったのだよ」
「そこで納得しないでください」
言い返したことで、商談中から張っていた力が少しだけ抜けた。
だが、真壁の話は終わっていなかった。
「商談室に、盗聴器が三つある」
抜けた力が、すぐに戻った。
「三つ?」
「商談前にはなかった」
「あの人が?」
「可能性は高い」
真壁は断定しなかった。
「入室してから席へ着くまでに、妙な動きがいくつかあった」
「止めなかったんですか?」
「止めれば、気づいたと教えることになる」
澪は商談室の方角をもう一度見た。
自分は同じ机で、供給量や品質保証について普通に話していた。
その間に、小さな機器が三つも残されていた。
思い返しても、郭のどの動作がそれだったのか分からない。
「外します?」
「いや」
「そのままにするんですか」
「気づいたと知らせる必要はない」
真壁の答えは短かった。
「あの部屋では、聞かれて困る話をしなければよい」
「普通の商談室に戻すんですね」
「元から商談室だ」
「盗聴器が三つある普通の商談室は嫌です」
「気持ちは分かるが、今は残す」
澪は納得しきれないまま頷いた。
こちらが気づいたと知られれば、相手は別の方法へ変える。
何も知らないと思わせておいた方が、次の動きは見えやすい。
理屈は分かる。
分かることと、その部屋を今後も使いたいと思えることは別だった。
「外の四人は?」
澪は《世界地図》を開いた。
商談中から止まっていた赤い反応が、すでに動き始めている。
「動いてます」
「どう動いた」
「三人が同じ方向です」
まとまった三つが、事業所から離れていく。
もう一つだけが、別の方向へ動いていた。
「もう一つは?」
「別です」
真壁も自分の《世界地図》で位置を確かめた。
「一人の方を見る」
「三人じゃなくて?」
「ああ」
「どうしてですか」
「郭文博は名前も顔も分かっている」
真壁は商談資料へ目を落とした。
「会社名も、使った窓口も残っている。後から確認する手掛かりはある」
指先が《世界地図》上の四つへ意識を戻す。
「だが、外の四人は今を逃せば誰か分からん」
「別に動く一人は、偉い人なんでしょうか」
「まだ分からん」
真壁はすぐに否定した。
「三人と役割が違う可能性はある」
赤い一つが、表示範囲の端へ近づいている。
「見てみる価値はあるだろう」
澪はスマートフォンと商談資料を鞄へ入れた。
大学へ行く時と同じ鞄で、敵対反応を追う準備をしている。
午前中までは、今日の予定を普通の商談だと思っていた。
普通だったのは、商談の内容だけだったらしい。
真壁が運転する車は、赤い反応へ近づきすぎない距離を保って進んだ。
肉眼で相手の車を見続ける必要はない。
澪の《世界地図》には、ゲンダイ側の道路と建物、その上を移動する赤い点が表示されている。
ただし、どこまでも無制限に見えるわけではなかった。
現在の感知範囲から外へ出れば、反応は追えなくなる。
見失わず、相手の視界にも入り続けない距離を保つ必要がある。
「まだ見えてます」
「なら、その距離でよい」
赤い点が交差点を曲がった。
真壁はすぐ同じ角へ入らず、一本先まで進んでから進路を変えた。
澪が見ているのは位置だけである。
相手の顔も、乗っている車も、車内で何を話しているかも分からない。
世界地図という名前でも、世界の答えを全部教えてくれるわけではなかった。
それでも、肉眼だけで追うよりはるかに有利だった。
対象が建物の陰へ入っても、赤い点は消えない。
何度か方向を変えたあと、一つの区画で動きを止めた。
「止まりました」
「周囲は?」
「ほかの赤はありません」
真壁は少し離れた位置で車を止めた。
人の出入りがある場所だった。
ここで騒ぎを起こせば、相手だけではなく無関係な人間まで巻き込む。
二人は車内から赤い点の位置を確かめた。
しばらくして、一人の男が建物から出てきた。
男は周囲を大げさに見回さない。
立ち止まりもせず、停めてあった車へ向かっている。
「あの人ですか」
「位置は合う」
真壁は男を視界へ入れ、《鑑定》を使った。
---------------------------------------------
周 明宇(ジョウ・ミンユー)
分類:人間
性別:男
年齢:39歳
国籍:中国
状態:正常
---------------------------------------------
表示されたのは、名前と基本情報だけだった。
所属組織も、郭文博との関係も出ていない。
もちろん、宮坂遼平という名もない。
宮坂遼平――李昊然が日本で直接報告を渡していた相手。
北辰新素材研究所の情報を聞いた時、最初に罠を疑った男である。
宮坂の件と、今日の商談は、同じ場所から伸びていた。
澪には、そこまでは分からない。
「知っている人ですか?」
「いや」
「中国の人なんですね」
「それだけでは何も分からん」
真壁は周から視線を外さなかった。
「分かっているのは、押入商会の近くに敵対反応として現れ、ほかの三人と別に動いたことだけだ」
澪は頷いた。
郭も周も中国籍だった。
だが、国籍が同じだから敵なのではない。
先に《世界地図》が敵対反応を示し、その人物を確かめた結果として国籍が分かっただけだった。
順番を取り違えてはいけない。
周が車へ乗り込んだ。
赤い点が、再び地図上で動き始める。
「捕まえないんですか?」
「まだだ」
「でも、赤いですよ」
「だからこそだよ」
真壁は車をすぐには出さなかった。
周との距離が少し開くのを待つ。
「宮坂さんの時は、相手の先が見えなかった」
盗まれた蛍石は普通の石だった。
宮坂本人の行動は確認できた。
それでも、誰へ渡すつもりだったのか、その先に何人いるのかまでは分からなかった。
今、目の前には自分から動いている赤い反応がある。
「動きました」
澪は《世界地図》を見たまま言った。
「ああ」
真壁が車を出す。
赤い点は、まだ感知範囲の内側にあった。
「今度は向こうから案内してくれている」