押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第373話 収納ってすごいニャ

 

 自由を求めて逃げ出したレイニャは、三歩で理央に呼び止められた。

 

「レイニャさん」

 

「もう終わったニャ〜」

 

「あと少しだけです」

 

「その言葉、さっきも聞いたニャ」

 

 振り返ると、理央は追加の袋を持っていなかった。

 

 代わりに、床へ出したままの袋を指している。

 

「限界まで詰める訓練はしません」

 

「本当ニャ?」

 

「出し入れが乱れていないか、最後に確かめるだけです」

 

 レイニャは理央の顔をじっと見た。

 

 昨日までなら、素直で優しそうな子だと思えた顔である。

 

 今はその奥に、訓練をやり遂げる固い意志が見える。

 

「理央、教える時だけ真壁に似てるニャ」

 

「それは褒めています?」

 

「考え中ニャ」

 

 結局、軽い袋を二つ出し入れし、旅鞄とハープを取り違えないことまで確認させられた。

 

 澪が疲労の状態を見て、問題がないと頷く。

 

「はい、これで終わりです」

 

「今度こそニャ?」

 

「今度こそです」

 

 理央の返事を聞いたレイニャは、その場で両腕を大きく広げた。

 

 肩には何も掛かっていない。

 

 背中にも、腰にも、重い荷物はない。

 

 それなのに、自分の《収納》には旅鞄とハープが収まっている。

 

「軽いニャ〜」

 

「気に入りました?」

 

「気に入ったニャ」

 

 身体を左右へ振っても、肩紐がずれない。

 

 くるりと回っても、背中のハープが壁へ当たる心配もない。

 

「《収納》Lv2で十分かもしれないニャ」

 

「さっきまで、もっと上げるって言っていませんでした?」

 

「旅鞄もハープも入ったニャ」

 

「自分の荷物を運ぶだけなら、かなり楽になりますね」

 

「これ以上鍛えたら、また理央が怖くなるニャ」

 

「普通に教えただけです」

 

「普通じゃなかったニャ」

 

 理央は納得していない顔をしたが、訓練再開とは言わなかった。

 

 それだけで、レイニャは今の《収納》に満足できた。

 

「でも、《収納》って荷物を入れるだけじゃないですよ」

 

 理央が何気なく続けた。

 

「ニャ?」

 

「育つと、できることが増えます」

 

 レイニャは広げていた腕を下ろした。

 

「また、いっぱい入るようになる話ニャ?」

 

「それもありますけど、それだけではありません」

 

「まだ何かあるニャ?」

 

「今のレイニャさんは、入れて、出して、簡単に分けるくらいですよね」

 

「それで十分便利ニャ」

 

「先へ進むと、入れた物を長く保ちやすくなったり、混ざっている物を分けたりできるようになります」

 

 レイニャの耳が、ぴくりと理央へ向いた。

 

「混ざった物を、どうやって分けるニャ?」

 

「《収納》の中でです」

 

「手を入れるニャ?」

 

「入れません」

 

「じゃあ、どうするニャ」

 

「欲しい物だけを選んで取り出します」

 

 レイニャは、理央の両手を見た。

 

 特別な道具を隠している様子はない。

 

「ほかにも、収納の中で材料を処理できるようになる人がいます」

 

「処理?」

 

「溶かしたり、形を整えたり、固めたりですね」

 

「待つニャ」

 

「はい?」

 

「今、溶かすって言ったニャ?」

 

「言いました」

 

「《収納》の中で?」

 

「そうです」

 

「炉は?」

 

「使いません」

 

「火は?」

 

「使わないこともあります」

 

「職人は?」

 

「何を作るかによりますね」

 

 レイニャはしばらく理央を見つめた。

 

「それ、《収納》じゃないニャ」

 

「《収納》です」

 

「工房ニャ」

 

「そういう使い方もできます」

 

「便利の範囲がおかしいニャ」

 

 理央は少し困ったように澪を見た。

 

「私も最初は、物を入れておく技能だと思っていましたよ」

 

 澪は苦笑している。

 

「澪もできるニャ?」

 

「分類したり、必要な物を探したり、成分を分けたりするのは得意です」

 

「リュシアさんは、溶かしたり固めたりできます」

 

 理央が付け加えた。

 

「理央は?」

 

「私は、収納の中で順番に作業を進める技能があります」

 

「三人とも違うニャ?」

 

「同じ《収納》でも、育ち方は同じではありません」

 

「じゃあ、あたしも育てれば、どれかできるニャ?」

 

「それは分かりません」

 

「ニャ?」

 

「レイニャさんに何が向いているかは、育ててみないと分かりませんね」

 

 レイニャは自分の手のひらを見た。

 

 つい先ほど手に入れたばかりの《収納》は、今のところ旅鞄より便利な旅鞄でしかない。

 

 それが、この先どんなものになるのかは誰にも分からない。

 

「それは、ちょっと面白いニャ」

 

「興味が出ました?」

 

「でも、今日の訓練は終わりニャ」

 

「再開するとは言っていません」

 

「先に言っておくニャ」

 

 理央に釘を刺してから、レイニャは《収納》へ意識を向けた。

 

 淡い靄とともに、使い慣れたハープが腕の中へ現れる。

 

 出したいと思った物が、すぐに手へ収まる。

 

 それだけでも十分に不思議だった。

 

「そういえば、レイニャさん」

 

 澪がハープを見て声をかけた。

 

「少し見せてもらってもいいですか?」

 

「弦ニャ?」

 

「いえ、木の方です」

 

 昨夜切れた弦は、楽器工房で応急の手当てを受けている。

 

 強く弾かなければ音は出せるが、レヴァニアへ向かう前にきちんと直す予定だった。

 

 レイニャが差し出すと、澪はハープを両手で受け取った。

 

 表側を見て、裏返し、厚い木枠へ指を添える。

 

 やがて、木枠の根元近くで目が止まった。

 

「ここに、古い虫食いの跡がありますね」

 

「虫ニャ!?」

 

 レイニャの耳と尻尾が同時に立った。

 

 澪が示した場所へ顔を寄せる。

 

 表には針の先ほどの古い跡があるだけで、虫の姿はない。

 

「今もいるニャ?」

 

「いません」

 

「本当ニャ?」

 

「《鑑定》で見ていますから、大丈夫です」

 

 澪によれば、虫が通った細い道だけが木の内側に残っているらしい。

 

 今も広がっている傷ではなく、ずっと昔についたものだった。

 

「そんなの、よく見つけたニャ」

 

「外からは、ほとんど分かりませんね」

 

 レイニャも何度か見た覚えのある小さな跡だった。

 

 古い楽器なのだから、この程度は仕方がないと思っていた。

 

「中の穴は、開けないと直せないニャ?」

 

「普通なら、難しいと思います」

 

 澪の答えを聞いた理央が、ハープの木枠を覗き込んだ。

 

「澪さん、昨年ご実家でやったって言ってた補修みたいにできます?」

 

「祖父母の家の話ね。場所と広がりが正確に分かれば、できると思います」

 

「家と同じニャ?」

 

「やることは似ていますけど、これは楽器なので、もっと慎重にします」

 

 澪はもう一度《鑑定》を使った。

 

 虫の通った細い空隙だけでなく、木の継ぎ目や弦の力が掛かる場所も確かめているらしい。

 

「音を響かせるための空間には触れません」

 

「音、変わらないニャ?」

 

「変えないように、古い虫食いの部分だけを埋めます」

 

 澪は《収納》から、細かな木粉の入った小袋と木工用の接着材を出した。

 

 どちらも少量である。

 

「それを、外から入れるニャ?」

 

「外から押し込むと、必要のないところまで広がるかもしれません」

 

「じゃあ、ハープを開けるニャ?」

 

「開けませんよ」

 

 木粉と接着材が澪の《収納》へ消えた。

 

 中で必要な固さに混ぜているのだと、理央が小声で教えてくれる。

 

 澪はハープを机の上へ置き、片手を木枠へ添えた。

 

 外から見える変化は何もない。

 

 刃物を入れることも、穴を広げることもなかった。

 

 ただ、澪の視線だけが、木の内部にある見えない道を追っていく。

 

「少しずつ入れます」

 

 澪の指先近くに、淡い靄がわずかに揺れた。

 

 それもすぐに消える。

 

 澪は位置をずらし、またほんの少しだけ補修材を出した。

 

 虫食いの空隙へ、《収納》から直接届けている。

 

 レイニャは澪の手元を見た。

 

 次にハープを見た。

 

 もう一度、澪を見る。

 

「……今、何したニャ?」

 

「中の空いていた部分へ、補修材を入れました」

 

「どこから?」

 

「《収納》からです」

 

「穴、開けてないニャ」

 

「開けていません」

 

「外から届いてないニャ」

 

「外から入れていませんから」

 

 澪は《鑑定》で補修箇所を確かめ、表面に残っていた小さな跡だけを整えた。

 

 木粉を詰めすぎたところはない。

 

 接合部にも、音を響かせるための空間にも漏れていない。

 

「これで大丈夫です」

 

 戻ってきたハープを、レイニャは上から下まで調べた。

 

 裏返しても、削った跡はない。

 

 小さな虫食い跡は目立たなくなっているが、その奥がどう直ったのかは見えなかった。

 

 椅子へ腰掛け、応急修理中の弦へ負担を掛けないよう、そっと和音を鳴らす。

 

 聞き慣れた音が、小さく部屋へ広がった。

 

 少なくとも、レイニャの耳には変な響きは混じっていない。

 

「中だけ直したニャ?」

 

「必要なところだけです」

 

「見えないところを?」

 

「場所が分かればできます」

 

 レイニャはハープを抱え、しばらく黙った。

 

「《収納》、ずるいニャ」

 

「何がです?」

 

「外から届かないところに届くニャ」

 

 理央から発展した使い方を聞いても、どこか遠い技能の話にしか思えなかった。

 

 だが、自分が毎日触れてきたハープの中へ、傷を増やさず材料が届くところを目の前で見た。

 

 これは、荷物を隠すためだけの技能ではない。

 

 使い方次第で、手では届かない場所にまで働きかけられる。

 

「でも、あたしは今、それできないニャ」

 

「できませんね」

 

 理央が迷わず答えた。

 

「はっきり言うニャ」

 

「《収納》Lv2ですから」

 

「じゃあ、今のあたしには何ができるニャ?」

 

「今できることを、使ってみたらいいんじゃないですか?」

 

「何に?」

 

「来週、レヴァニアへ行くんですよね」

 

 レイニャの耳が立った。

 

「行くニャ」

 

「では、《収納》を使って旅支度をしてみます?」

 

 それなら、レイニャにも分かる。

 

 何を持ち、何を置いていくのかを決めるのは、長く旅を続けてきた者の仕事だった。

 

「旅支度なら得意ニャ」

 

「説明を聞くより、自分の荷物を入れた方が早いです」

 

「今度はあたしが教えるニャ」

 

「お願いします」

 

 

 

 孤児院の病人用離れで借りている空室へ戻ると、レイニャは《収納》から旅鞄を出した。

 

 床へ座り、口を開く。

 

「まず、持っていきたい物を全部出すニャ」

 

「全部ですか?」

 

「入るかどうかは、そのあと考えるニャ」

 

 着替えを畳み直し、外套と雨具を壁際へ置く。

 

 丸めた旅用毛布の横には、水筒と保存食を並べた。

 

 洗面道具の小袋、筆記具、予備の弦、ハープを拭く布も出てくる。

 

 鞄の脇につけていた細かな旅道具を外すころには、狭い床のかなりの部分が埋まっていた。

 

「多いですね」

 

「少ないニャ」

 

「これで?」

 

「飛行船でレヴァニアへ行く支度ニャ」

 

 レイニャは当然のように答えた。

 

「徒歩で長く旅するなら、水も食べ物も増やすニャ」

 

「飛行船でも持っていくんですね」

 

「止まった時に、自分の分が少しあると安心ニャ」

 

 理央は感心したように床を見回した。

 

 先ほどまで教える側だったが、旅支度については余計な口を挟まない。

 

 レイニャは旅鞄の底へ手を入れ、敷布の下から平たく巻いた袋を引き出した。

 

 それだけは、すぐに床へ置かなかった。

 

「それは何です?」

 

「昔の道具ニャ」

 

 紐を解くと、中から清潔な布や包帯、小瓶、簡単な処置に使う道具が現れた。

 

 どれも手入れはしてあるが、長く使われていない。

 

「治療の道具ですか?」

 

「そうニャ」

 

 白魔道士として旅をしていたころは、もっと多くの道具を持っていた。

 

 吟遊詩人になり、ハープを背負うようになってから、少しずつ減らした。

 

 旅鞄も、楽器も、雨具も、水も、自分の背中へ載せなければならない。

 

 使うかどうか分からない治療道具を全部運ぶ余裕はなかった。

 

 それでも捨てきれず、最低限の物だけを鞄の底へ残していた。

 

「持っていくんですか?」

 

 レイニャは包帯を一巻き手に取った。

 

「前なら、ここからもっと減らしたニャ」

 

「重いからですか?」

 

「重いし、場所も取るニャ」

 

 ハープを選んだ時に、白魔道士だった自分を捨てたつもりはない。

 

 ただ、歌を仕事にして旅をするなら、持てる量の中で選ばなければならなかった。

 

「でも、今は持っていけるニャ」

 

 理央は静かに頷いた。

 

「使う予定はあります?」

 

「ない方がいいニャ」

 

 レイニャが意識を向けると、治療道具を包んだ袋が靄に包まれた。

 

 そのまま《収納》へ消える。

 

「使わないで帰ってくるのが一番ニャ」

 

「そうですね」

 

 白魔道士へ戻るわけではない。

 

 レイニャの仕事は、今も吟遊詩人である。

 

 それでも、目の前で誰かが怪我をした時、何も持っていないよりはいい。

 

 持てるようになったのなら、置いていく理由はなかった。

 

 レイニャは紐を結び直すように両手を叩いた。

 

「じゃあ、残りも全部入れるニャ」

 

 静かだった空気は、そこで終わった。

 

 着替えが靄に包まれる。

 

 雨具が消える。

 

 毛布、水筒、保存食も続けて《収納》へ入っていく。

 

 予備弦と手入れ布は、ハープと一緒にした。

 

「入るニャ〜」

 

 レイニャは嬉しそうに外套へ手を伸ばした。

 

「ちょっと待ってください」

 

「まだあるニャ」

 

「全部入れないでください」

 

「どうしてニャ?」

 

「昨日のことを忘れました?」

 

 頭の内側を押されたような重さと、最後に出したくても出せなくなった声を思い出す。

 

 レイニャの手が止まった。

 

「覚えてるニャ」

 

「《収納》Lv2にも限界があります」

 

「でも、昨日よりいっぱい入るニャ」

 

「昨日よりは入ります」

 

「なら、大丈夫ニャ」

 

「帰りの荷物はどうするんです?」

 

「……帰り?」

 

「レヴァニアで、何も買わないんですか?」

 

 レイニャの耳が、ぴんと立った。

 

 海の向こうの国である。

 

 知らない品物も、初めて見る食べ物もあるに違いない。

 

 何も買わずに帰る自分は、まったく想像できなかった。

 

「買うニャ」

 

「最初から一杯にしたら、持って帰れませんよ」

 

「それは困るニャ」

 

 レイニャは真剣な顔で、床の荷物を見直した。

 

 入るから全部持っていくのでは、荷物を背負っていたころと考え方が違うだけで、結局は余裕がなくなる。

 

「水は、これだけでいいニャ」

 

 水筒を一つ残し、予備にするつもりだった分を外へ戻す。

 

「減らすんですか?」

 

「飛行船で移動するニャ」

 

「徒歩の旅と同じ量はいらないニャ」

 

 保存食も半分にした。

 

「向こうで買うニャ」

 

「口に合わなかったら?」

 

「それも旅ニャ」

 

 知らない土地へ行って、知っている物だけを食べるのはもったいない。

 

 雨具と外套は残した。

 

 天気と寒さは、食事のように楽しむわけにはいかない。

 

 予備弦と手入れ布も外さない。

 

 仕事道具を削る旅人は長続きしない。

 

 治療道具の袋も、そのまま《収納》へ置いておく。

 

「これでいいニャ」

 

「さっきより余裕ができました?」

 

「できたニャ」

 

「それなら、中も分けておきましょう」

 

「分けるニャ?」

 

「《収納》Lv2なら、簡単な分類ができます」

 

 レイニャは目を閉じ、自分の《収納》へ意識を向けた。

 

 入っている物が、ばらばらに浮かぶように感じられる。

 

 まず、着替えと雨具、毛布を旅の道具としてまとめた。

 

 ハープには予備弦と手入れ布を寄せる。

 

 治療道具は、ほかの袋と間違えないよう別にする。

 

 水と保存食も、一緒に取り出せるよう意識した。

 

「できたニャ」

 

「何をどこへ分けました?」

 

「旅の物と、演奏の物と、治療の物と、食べる物ニャ」

 

「大丈夫そうですね」

 

「財布は?」

 

 理央に聞かれ、レイニャは腰の小袋を叩いた。

 

「これは外ニャ」

 

「入れないんですか?」

 

「店の前で毎回《収納》から出したら、目立つニャ」

 

「確かにそうですね」

 

「旅人は、便利な物を持ってるって見せびらかさないニャ」

 

 理央は素直に頷いた。

 

 今度は、本当にレイニャが教える側だった。

 

 

 

 支度を終えたレイニャは、そのまま理央と領都へ出た。

 

 空室を出る時、いつもの癖で肩紐を探す。

 

 指は何もつかまなかった。

 

 階段を下りても、背中で荷物が跳ねない。

 

 孤児院の門を出て早足になっても、ハープが左右へ揺れない。

 

「……これ、本当に楽ニャ」

 

「昨日も言っていませんでした?」

 

「昨日は、鞄とハープを入れただけニャ」

 

 今は違う。

 

 着替えも、雨具も、毛布も、水も、食べ物も入っている。

 

 古い治療道具まで持っている。

 

 数日なら、そのまま旅へ出られるだけの荷物が一緒なのに、身体は手ぶらだった。

 

「旅そのものが変わるニャ」

 

 通りでは、昼を前に店先へ品物が並び始めていた。

 

 レイニャは歩きながら、露店の布や道具へ次々と目を向ける。

 

 長く旅をしていると、欲しい物があっても、値段より先に重さを考える癖がつく。

 

 買った品を、残りの旅のあいだ誰が運ぶのか。

 

 答えは、いつも自分だった。

 

 だから、気に入っても諦めた物は多い。

 

 だが今は、《収納》へ意識を向ければ、わざと空けておいた余裕が分かる。

 

 レイニャは露店の前で足を止めた。

 

「……持って帰れるニャ」

 

「何をです?」

 

「旅先で見つけた物ニャ」

 

 レヴァニアには、この領都でさえ見たことのない品があるはずだ。

 

 珍しい布も、知らない道具も、気に入れば自分で持ち帰れる。

 

「これ、すごいニャ」

 

「帰りの分を空けた意味がありましたね」

 

「理央、よく気づいたニャ」

 

「レイニャさんが全部入れようとしたからです」

 

「細かいことはいいニャ」

 

 そう言いながら、レイニャは露店に並ぶ細い青色の組紐を手に取った。

 

 ハープにつけた飾りとは色合いが違う。

 

 値段を確かめ、財布から硬貨を出した。

 

「買うんですか?」

 

「《収納》の試験ニャ」

 

 人通りの少ない路地へ移り、外套の陰で組紐を靄に包む。

 

 小さな品は、何の抵抗もなく演奏道具のまとまりへ収まった。

 

「入ったニャ」

 

「それくらいなら入りますよ」

 

「実際にやるのが大事ニャ」

 

 次の露店では、蓋のついた木の杯が目に留まった。

 

 旅の途中でも中へ埃が入りにくそうである。

 

 レイニャは手に取り、軽さを確かめ、また買った。

 

「レイニャさん」

 

「ニャ?」

 

「さっきから、買っていますよね」

 

「試してるだけニャ」

 

「何をです?」

 

「《収納》ニャ」

 

「買い物を?」

 

「実地訓練ニャ」

 

 木の杯も、人目のないところで旅道具の側へ入れた。

 

 さらに厚手の布を一枚見つける。

 

 敷物にも、荷物を包むのにも使えそうだった。

 

 値段も悪くない。

 

「これも旅で使うニャ」

 

「本当に必要ですか?」

 

「使い道が二つもあるニャ」

 

「使う予定ではなくて、使い道ですよね」

 

「理央は細かいニャ」

 

 畳んでもらった布を受け取り、《収納》へ入れる。

 

 その瞬間、頭の奥へ軽い圧迫感が返ってきた。

 

「……ニャ」

 

「どうしました?」

 

「ちょっとだけ、重くなったニャ」

 

「買いすぎです」

 

「まだ三つニャ」

 

「来週の旅へ行く前ですよ」

 

「《収納》が小さいニャ」

 

「原因を《収納》のせいにしないでください」

 

 レイニャは、まだ並んでいる露店の先を見た。

 

 欲しい物を持ち帰れると気づいた途端、今まで素通りしていた物までよく見える。

 

「《収納》があると危険ニャ」

 

「財布の方が危険だと思います」

 

「理央、急にリュシアさんみたいなこと言うニャ」

 

「リュシアさんなら、もっと先に止めると思います」

 

 それは否定できなかった。

 

 レイニャは厚手の布だけを《収納》から戻し、腕へ抱えた。

 

「出すんですか?」

 

「これを持って歩けば、買ったのを忘れないニャ」

 

「全部出した方がいいのでは?」

 

「それだと《収納》の意味がないニャ」

 

 少なくとも、残りの余裕が分からなくなるほど買い込むのはやめた。

 

 領都を一回りして孤児院へ戻る道で、レイニャは空いている方の手を見た。

 

 《収納》の中には、旅の道具がある。

 

 ハープがある。

 

 昔の治療道具も、今日買った組紐と木の杯も入っている。

 

 昨日までなら、その全部を同時に運ぼうとは考えなかった。

 

 しかも、これはまだ《収納》Lv2でできることにすぎない。

 

 育てば分類はもっと細かくなり、物を保つ力もつく。

 

 分けたり、溶かしたり、形を整えたりできるようになるかもしれない。

 

 自分の《収納》がどちらへ育つのかは、まだ誰にも分からない。

 

 分からないからこそ、先を見てみたくなった。

 

「理央」

 

「はい?」

 

「やっぱり《収納》、もっと育てるニャ」

 

「昨日みたいに訓練します?」

 

 レイニャの耳が、ぺたりと伏せた。

 

「……訓練は、ほどほどがいいニャ」

 

「では、普通に使いながら育てましょう」

 

「旅してたら、勝手に使うニャ」

 

「そうですね」

 

「なら、旅をすれば育つニャ」

 

「そこまで単純かは分かりませんけど」

 

 レイニャは、来週飛ぶことになる空を見上げた。

 

「レヴァニアでいっぱい使うニャ」

 

「買い物で容量を埋めないでくださいね」

 

「それは約束できないニャ」

 

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