押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第379話 飛行船にのるニャ

 

 朝の地下ドックは、地上より少し冷えていた。

 

 作業灯の白い光が、壁のように立つ貨物カーゴの側面を照らしている。

 

 木箱を置く音、固定金具を締める音、荷札を読み上げる声が、広いドックに重なっていた。

 

 レイニャは首を伸ばし、カーゴの向こう側を覗こうとした。

 

 飛行船に乗るのは初めてだ。

 

 何度も話を聞き、遠くから眺めてもいたのに、実物を前にすると、目の置き場所が決まらない。

 

「レイニャ、そっちはまだ通路だよ」

 

 積荷一覧を手にしたリュシアが、帳面から目を上げずに言った。

 

「船が見えないニャ」

 

「目の前にあるのはカーゴ。ギャロップはあっちだよ」

 

 リュシアの指の先、梁と配管の奥に、飛行船の推進部が収まっていた。

 

 カーゴが大きすぎて、そちらはかえって小さく見える。

 

 けれど、その船体も、レイニャが見たどの馬車よりずっと大きかった。

 

「乗る日に見ると、大きくなるニャ」

 

 レイニャが尾を揺らす。

 

 リュシアは商会の担当者と、荷札を一つずつ照らし合わせていた。

 

 鉄と銅の箱は低い位置に左右へ分け、ニッケルや錫の箱も動かないよう固定されている。

 

 少し離れた場所では、セルマ工房の高級ポーションを入れた箱に仕切りが足されていた。

 

 透明な瓶がぶつからないよう、担当者が詰め物を指先で整える。

 

「これ、全部持っていくニャ?」

 

「持っていくんじゃないよ。売りに行くんだよ」

 

「同じに聞こえるニャ」

 

「商人には違うんだよ」

 

「売って、帰りは別の物を積んで帰るんですよね」

 

「そう。向こうは大麦や豆が強いからね」

 

「行きと帰りで船の中身が変わるニャ」

 

「それが交易です」

 

「理央、商人っぽいニャ」

 

「商人です」

 

 理央は言い切ったが、目はまたカーゴへ戻った。

 

 荷札を読む声が途切れず、何人もの手が一便を送り出そうと動いている。

 

 箱の中身だけでなく、それを運ぶ人の仕事も飛行船の一部なのだと思えた。

 

「最後の箱、固定できました」

 

 担当者の声に、リュシアが荷札と通路を見直す。

 

「よし。お願いします」

 

 短い返事があちこちから返り、荷役の人々は次の仕事へ移った。

 

 担当者は最後に荷札を撫でてから、カーゴの側面へ回った。

 

 そこには、行き先と品目が一目で分かるよう、商会の印が貼られている。

 

 リュシアはそれを見届けると、帳面を胸に抱え直した。

 

 朝のドックに、いつもの流れが戻っていく。

 

 

 

 レイニャはギャロップの真下で、長い尾を揺らしながら見上げた。

 

 外殻の継ぎ目を走る金属の帯が、作業灯を鈍く返している。

 

 船体は梁の間に収まりきらず、端が視界の外へ伸びていた。

 

「これに乗るんですね」

 

 理央も、首が痛くなるまで見上げた。

 

「全長二百メートルほどあるからね」

 

「私たちが乗るのはギャロップの中」

 

「カーゴはあとでつなぐよ」

 

「飛ぶときは一緒ニャ?」

 

「そう。別々の役目を持ったものを、飛ぶ前につなぐんだ」

 

「つながないと、荷物だけ置いていくニャ」

 

「そうならないように、確かめるんだよ」

 

 リュシアの声に笑いはなかったが、レイニャの耳は前を向いたままだった。

 

「早く中を見たいニャ」

 

「行こうか」

 

 三人は乗降用の足場へ向かった。

 

 ギャロップの入口は、外から見た大きさの割に落ち着いた造りだった。

 

 理央が足場の揺れを確かめて乗り込むと、レイニャも続いて、床に一歩踏み出した。

 

 そこで、ぴたりと止まる。

 

「……軽いニャ」

 

 もう一歩。

 

 体が思っていたより、すっと前へ出た。

 

 理央も鞄の肩紐を持ち直す。

 

「私の鞄も軽く感じます」

 

「重力を少し軽くしてあるんだよ」

 

 リュシアが説明した。

 

「重力まで軽くするニャ……すごいニャ」

 

 レイニャはその場で、軽く踵を上げてみた。

 

 尻尾がふわりと遅れて揺れる。

 

 中へ入ると、外の作業音が扉の向こうへ遠ざかった。

 

 船内には金属と油の匂いが薄く残り、外より空気が乾いている。

 

 床と壁は頑丈で、前方と側面に窓がある。

 

 座席と手すりの向こうに、航行状態を読む計器が並んでいた。

 

 華やかな客室ではないが、窓の外を見渡せる席がちゃんとある。

 

 レイニャは座席へ腰を下ろし、尻尾を座面の脇へ逃がした。

 

 理央も隣に座り、鞄を膝の上へ置く。

 

「私も飛行船に乗るのは初めてです」

 

「理央もニャ?」

 

「はい。見たことはあっても、乗るのは初めてです」

 

「じゃあ、二人とも初めてニャ」

 

 リュシアは手すりの留め具を確かめた。

 

「私は前のレヴァニア便で乗ったよ。初めてのときは、ずっと窓から外を見てた」

 

「今も見るニャ?」

 

「見るよ。でも、今日は二人の顔も見ていたいかな」

 

 リュシアが笑う。

 

「真壁さんは来ないニャ?」

 

 出航前の確認を待ちながら、レイニャが入口を見た。

 

「向こうに着いたら、私が《関門接続》で押入商会の事業所につないでくれって言われました」

 

 理央が答える。

 

「飛行船に乗らないで、飛行船の試験を見るニャ?」

 

「そういうことです」

 

「遠い人ほど呼ぶのが簡単になるニャ」

 

 リュシアが苦笑した。

 

 理央は鞄からノートを取り出し、膝の上で開いた。

 

 今日は《順風満帆》を初めて意識して使う。

 

「試験は、理央が一人でやるニャ」

 

「はい。澪さんも真壁さんも同じ技能を持っていますけど、意識して使うのは初めてです」

 

「名前しか分からないニャ?」

 

「使い方も、まだ」

 

 レイニャは窓へ目をやった。

 

「じゃあ、風にお願いするニャ」

 

「そうですね」

 

 乗員が座席と固定具を点検し、荷役側からカーゴの準備完了が伝えられた。

 

 リュシアは外へ向けて手を上げる。

 

「全員、着席を確認しました」

 

 返事が通路を渡った。

 

 扉が閉じ、ドックの音が薄い壁の向こうへ沈む。

 

 床の下から、ごく低い振動が伝わり始めた。

 

「動いたニャ?」

 

「接続と浮力の確認中だよ」

 

 レイニャは座席の縁に手を置く。

 

 理央も肘掛けを握っていた。

 

 窓越しに、カーゴを支える架台が動き始める。

 

 巨大な箱がゆっくり浮き、ギャロップの下部へ位置を合わせていった。

 

 片側の接続部にわずかなずれが出ると、作業員が合図を送り、架台はその場で止まった。

 

 角度が調整され、再びゆっくり進む。

 

 金具の重なる音が、船内までかすかに届いた。

 

 一つ、二つ、三つ。

 

 確認灯が順に変わり、最後の留め具が固定される。

 

 作業員が左右から揺れを確かめた。

 

「つながったニャ」

 

 レイニャが息を吐いた。

 

「接続完了」

 

 乗員の声が響く。

 

 カーゴは、ギャロップの下で一つの船になっていた。

 

「荷物の箱ごと、船になるニャ」

 

「そう見えるね」

 

 リュシアは窓の外に目を向けた。

 

「初めての便は、積み込むだけで皆が集まってたよ」

 

「今は、どこへ何を運ぶかが仕事になった」

 

「いつもの便になったんですね」

 

 理央が言う。

 

「うん。そこがうれしいんだ」

 

 カーゴを支えていた架台が離れていく。

 

 外に残る作業員たちが合図を送り、乗員が応じた。

 

「出航許可、確認しました」

 

 三人はベルトを締めた。

 

 レイニャは尻尾が金具に挟まっていないことを確かめる。

 

 ギャロップの底で、浮力を支える機構が低く唸った。

 

 床が足裏を押し返すように感じた次の瞬間、ドックの床がゆっくり遠ざかった。

 

 作業員の頭が窓の下へ沈み、梁と灯りが後ろへ流れていく。

 

 カーゴは船体に確かにつながったまま、壁や足場から離れていった。

 

「地面が下がるニャ」

 

「私たちが上がってるんです」

 

 理央は窓へ手をついた。

 

 出入口の向こうに朝の白い光が広がり、新町の屋根と煙突、遠くの畑が見えた。

 

 屋根の形が一つずつ小さくなり、道を進む荷車は豆粒のように見えてくる。

 

 二百メートルの船体が、音もなく空へ出ていく様子は、窓から見るほど現実離れしていた。

 

 船体が空へ出ても、大きく揺れなかった。

 

 ただ、いつも足を支えていた地面が遠ざかる。

 

「ほんとに上がってる」

 

 理央の声は、自分でも驚くほど小さかった。

 

「飛んでるニャ」

 

 レイニャは窓へ近づきかけ、ベルトに止められた。

 

「立つのは許可が出てからね」

 

「分かってるニャ」

 

 レイニャは座り直したが、目は窓から離れなかった。

 

 リュシアは、そんな二人を少し離れた席から見て笑った。

 

 所定の高度に達し、船体の傾きが落ち着くと、ギャロップは南へ向きを変えた。

 

「巡航へ移行します」

 

 一定の推進音が続き、床からの振動も穏やかになる。

 

 理央はノートを開いた。

 

 時刻と通常巡航、風向き、揺れの具合を一度だけ書き留める。

 

「これが普通の状態なんですね」

 

「うん。前の便の記録と比べるための基準だね」

 

 リュシアが頷いた。

 

 理央はノートを閉じた。

 

 窓の外を見たい気持ちの方が、もう勝っていた。

 

 雲が薄くなり、黒い山並みが姿を現した。

 

 ゼグルド火山の稜線から細い煙が立ち、灰色の裾には赤茶けた岩の筋が走っている。

 

 緑の斜面が続く中、その一角だけが不自然に削られ、岩と土が広く露出していた。

 

「……あそこだけ変ニャ」

 

 レイニャが窓を指さす。

 

「たぶん、澪さんが採ったところです」

 

 理央が答えた。

 

 自然に崩れた斜面とは違い、切り分けたような面が遠目にも分かる。

 

 それでも山全体が崩れたわけではない。

 

 採取跡は、大きな火山の一部に収まっていた。

 

 レイニャは山の裾を走る街道に目を移した。

 

 道は見えるのに、人も荷車もほとんどいない。

 

 その代わり、黒い影がいくつも動いていた。

 

「あそこ、道の上にもいるニャ」

 

 理央は《世界地図》を開いた。

 

 赤い反応が街道沿いに点々と続いている。

 

 一つの影が街道を横切ると、別の影が岩陰から出てきた。

 

 荷車の姿はない。

 

 人が歩く道でなくなっていることは、上からでもはっきり分かった。

 

 レイニャは自分の地図を見た。

 

「こっちは出ないニャ」

 

「上を通っただけですから」

 

「帰り歩いて帰れないニャ」

 

「帰りも飛行船です」

 

「それを聞いて安心したニャ」

 

 

 

 火山帯を抜けると、飛行船は雲の中へ入った。

 

 窓いっぱいに、白い雲が流れてくる。

 

 地上から見上げた雲より近く、手を伸ばせば届きそうなほど大きい。

 

 雲の上端は陽を受けて白く光り、影の部分は青みを帯びていた。

 

 雲の塊が窓の横を流れるたび、白い光が船内をすべっていく。

 

「雲が近いニャ」

 

 レイニャが窓の前へ寄る。

 

 理央も隣に並んだ。

 

「近いですね」

 

 レイニャは手を窓に近づけ、冷たいガラスに触れる寸前で止めた。

 

「触れないニャ?」

 

「窓は開けませんよ」

 

「残念ニャ」

 

 レイニャの耳は前を向き、尻尾は座席の脇で落ち着かず揺れている。

 

 理央はノートのことを忘れて、白い雲の切れ間を待った。

 

 そこがほどけるように開いた。

 

 下には、緑と茶色の台地がどこまでも続いていた。

 

 畑は細かな四角に分かれ、川は陽を受けて銀色に曲がる。

 

 街道は細い糸のように伸び、村の屋根は点の集まりになっていた。

 

 川は台地を縫うように枝分かれし、林の濃い緑が畑の境目をなぞっている。

 

 遠くの町は屋根の色だけが集まり、壁の外へ道が幾筋も伸びていた。

 

 その先にも、また大地が続いている。

 

 見たことのない国の広さが、窓いっぱいに広がった。

 

 理央とレイニャは並んだまま、しばらく何も言わなかった。

 

 二人の目には、雲の白と遠い大地が映り、輝いていた。

 

 理央の口元が、思わず緩む。

 

 レイニャは窓から離れようとせず、尻尾の先だけをそわそわ動かしていた。

 

 リュシアは少し離れた席から二人を見て、目元を和らげた。

 

「……あれ全部、レヴァニアニャ?」

 

 レイニャが囁く。

 

「たぶん、そうです」

 

「広いニャ……」

 

「はい」

 

 リュシアは窓の外から、船の下に積まれたカーゴへ目を移した。

 

「私たちが持ってきたものが、ちゃんと向こうへ届く。それがうれしい」

 

「リュシア、うれしそうニャ」

 

「うれしいよ。前に来たときは、売れるかどうかずっと考えてたから」

 

「今は、帰りに何を積むかも考えられるんですね」

 

「そう。商売が続いてるってことだからね」

 

 リュシアは二人の目を見て笑った。

 

 理央は窓枠へ手を置いた。

 

 眼下の道を、こちらへ向かう荷車が進んでいる。

 

 その道の先には火山帯があり、さらに向こうに街と畑がある。

 

 自分たちは初めての飛行船で、初めての外国へ向かっている。

 

 同じ船にはレイニャがいて、リュシアがいて、売りに行く商品が積まれている。

 

「みんなで無事に、レヴァニアまで行けますように」

 

 理央は小さく願った。

 

 ちゃんと着けますように。

 

 理央は目を閉じた。

 

 何かが光ったり、音を立てたりはしない。

 

 ただ、胸の中の願いが船の進む先へ向いた。

 

 数秒後、乗員が窓の外へ目をやった。

 

「追い風です」

 

 進行方向の後ろから吹く風が、船体に沿うように整っていく。

 

 横から押していた風が弱まり、細かな揺れが収まった。

 

「推進負荷、下がっています」

 

 別の乗員が計器を確かめた。

 

「速度は上がっています」

 

 レイニャは窓越しに流れる雲を見た。

 

「風が後ろから押してるニャ」

 

 理央は発動前との違いを一行だけ書き留め、すぐ窓の外へ目を戻した。

 

「一度の結果だから、これで全部分かったわけじゃないです」

 

 理央が言った。

 

「そうだね。でも、今は風が味方してくれてる」

 

 リュシアは眼下の大地を眺めた。

 

 

 

「もうレヴァニア?」

 

 レイニャが尋ねた。

 

「はい。王都の外にある試験ドックへ向かっています」

 

 理央は、遠くに見える建物のまとまりを指した。

 

 大きな船が入るための区画は、王都の中心から離れている。

 

 飛行船は事前に決められた進路をたどり、誘導に合わせて高度を下げた。

 

「前回の三分の一くらいだね」

 

 リュシアが言った。

 

「……そんなに?」

 

 理央は窓から目を離した。

 

「うん。今日は驚いてばかりだね」

 

「まだ驚けるニャ」

 

 レイニャはそう言うと、窓の外を見直した。

 

 遠くの台地には、畑の色が何層にも重なり、町へ続く道がゆるやかに下っている。

 

 理央は窓の外を見たまま、どこまでが一つの国なのか分からないほど広いと思った。

 

 雲の切れ間から、低い塔と平たい建物が現れた。

 

 その外側では係員が誘導灯を振り、停泊位置を示している。

 

 飛行船は進路を合わせ、ゆっくりと高度を下げた。

 

 試験ドックの係員が地上で誘導し、船体はゆっくり停止した。

 

 固定具が掛かると、床からの振動が消える。

 

 

 

「着きました」

 

 乗員の声に、理央はようやく息を吐いた。

 

 レイニャは窓の外を見て、それから靴の下の床を確かめる。

 

「地面が戻ってきたニャ」

 

「ずっと下にはありましたよ」

 

「でも、今は近いニャ」

 

 理央は、まだ空にいるような気がする足で立ち上がった。

 

 安全確認を待つあいだ、理央はギャロップ内の人や荷物に触れない場所へ移った。

 

 足元に靄が集まり、その中から扉が現れる。

 

 扉が形を結ぶと、理央は取っ手に手をかけた。

 

 開いた先には、押入商会の事業所が見えた。

 

「真壁さん、着きました」

 

 帳面を見ていた真壁が顔を上げる。

 

「もう着いたのか」

 

 真壁は扉をくぐり、窓の外に広がるレヴァニアのドックを眺めた。

 

「ふむ、楽だな」

 

「私たち、600km飛んできたんですけど」

 

 理央が言う。

 

「貨物も飛んできただろう」

 

「真壁さんだけずるいニャ」

 

「合理的と言ってくれたまえ」

 

 真壁は口元を緩めた。

 

 安全確認が済むと、真壁、リュシア、理央、レイニャの四人は一緒に降船した。

 

 レイニャは地面へ靴をつけ、足裏に力を入れる。

 

 その隣で、理央は窓から見ていた大地を振り返った。

 

 リュシアと真壁が積荷一覧を持ち、理央とレイニャはそばに残る。

 

 係留区域の向こうから、帳面を手にしたナジム・アルタンがやってきた。

 

「今回は随分早かったですね」

 

「こっちも予定外でね」

 

 リュシアが肩をすくめる。

 

「事前の申告を確認します」

 

 ナジムの合図で、担当者が鉄材の箱を開けた。

 

 中の品を数え、積荷一覧の数量と照らし合わせてから、箱を閉じる。

 

 銅材の箱も同じように確認された。

 

 セルマ工房の高級ポーションは、仕切りを外して瓶の本数を数える。

 

 確認後、担当者が仕切りを戻し、箱を閉じた。

 

 レイニャは帳面を見て、小さく何かを書き留めた。

 

「歌にするんですか?」

 

 理央が聞いた。

 

「まだ耳ニャ」

 

「空にも関所があるニャ」

 

「外国ですから」

 

 ナジムが積荷一覧へ印をつける。

 

「申告品は確認しました。販売後は、売却数量を記録してください」

 

「承知しました」

 

 リュシアが答えた。

 

「王都へは、用意した馬車で向かってください。荷役はこちらで続けます」

 

 ナジムは一礼し、担当者とともに作業へ戻った。

 

 真壁は入港の手続きと試験結果の確認のため、ドック側に残ることになった。

 

 リュシアが帳面をしまい、理央とレイニャへ向き直る。

 

「行こうか」

 

 

 

 試験ドックの外には、箱馬車が待っていた。

 

 栗毛に似た外装の機械馬が、御者の声に耳を向けている。

 

 脚の関節は規則正しく動くが、胸は上下せず、鼻息もない。

 

 レイニャは横へ回り、機械馬を見上げた。

 

「……馬ニャ?」

 

「機械馬です」

 

 理央が答える。

 

 レイニャはもう一度眺めた。

 

「馬じゃないニャ」

 

「機械馬です」

 

「そこは認めるニャ」

 

 リュシアが先に乗り、理央とレイニャも続いた。

 

 馬車が走り出すと、飛行船の窓とは違う高さから、道と人の暮らしが見えた。

 

 畑の間を荷車が進み、村の屋根から煙が上がる。

 

 王都へ近づくにつれて、土の道に石畳が増えていった。

 

「飛んでるときは、道が細かったニャ」

 

「地面だと広いですね」

 

 理央は、空からは点にしか見えなかった荷車を目で追った。

 

 道端の店から焼いたパンの匂いが流れてくる。

 

 肉を煮る香りも混じり、レイニャの耳がそちらを向いた。

 

「おいしそうな匂いニャ」

 

「王都に着いたら、食べる時間はあるよ」

 

 リュシアが笑った。

 

「その前に、理央が面白がるものを探すニャ」

 

「レイニャが歌いたくなるものも、ですよね」

 

「そうニャ」

 

 リュシアは道を行く荷車や店先を見ていた。

 

 通りの幅や荷台の大きさ、店先に積まれた品を、商人の目で拾っていく。

 

 御者が荷台の紐を直し、店先では誰かが籠を運んでいる。

 

 空から見たときは小さな点だった動きが、地上では一つずつ人の仕事に見えた。

 

 前にこの道を通ったときは、商品が売れるかどうかばかり考えていた。

 

 今は、次に仕入れるものと帰りの荷物を考えている。

 

「ちゃんと続いてるんだね」

 

「何がですか?」

 

「この道も、商売も」

 

 理央は窓の外を見た。

 

 飛行船の窓から小さく見えた土地には、声があり、匂いがあり、暮らしがあった。

 

 王都の城壁が近づき、門へ向かう人と荷車が列をつくっている。

 

「レヴァニアニャ」

 

「はい」

 

「どこから見るニャ?」

 

「まず仕事です」

 

「分かってるニャ」

 

 レイニャは窓の外へ顔を向けた。

 

「そのあと全部見るニャ」

 

 理央の返事は、出発前より少し弾んでいた。

 

 箱馬車は石畳を進み、三人を王都の門へ運んでいった。

 

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