朝のセルマ工房は、いつもなら薬草の乾いた匂いと、炭火の残り香で始まる。
けれどその日は、工房の奥に吊られたカーテンの下から、淡い白い光が細くこぼれていた。石床の上に、まっすぐで揺れない線が落ちている。火の灯りなら、空気の動きで影が少し揺れる。けれど、その光は棚の奥から静かに漏れたまま、床の同じところを照らしていた。
澪は押し入れを抜けて工房へ入り、記録帳を抱え直した。
六畳間から光る棚を追い出したはずなのに、今度は毎朝、セルマ工房へ棚の確認に来ることになっている。
寝る場所は取り戻した。
だが、仕事は増えた。
澪はカーテンを少し開けた。中には、小さな水耕容器があり、スポンジ培地に挿した治癒草の小株が、揺れない灯りを浴びていた。昨日より、葉が少し起きている。根元はまだ頼りないが、萎れてはいない。
水面には、白い光が薄く映っていた。
「よし……生きてる」
澪は小さく呟き、鑑定をかけた。
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治癒草水耕試験苗
栽培日数:1日
状態:定着中
根:短い
葉:やや張りあり
光量:適正
養液濃度:薄めで安定
推奨:照射時間 8時間維持
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澪は記録帳を開き、日付の横に書き込んだ。
照射時間8時間。養液薄め。葉やや張りあり。根、短い。
書いたところで、ふと手が止まった。
工房の調合作業台の近くに、セルマがいた。
しかも、澪より先に起きて、光る棚のそばで小瓶を透かしている。
「セルマさん、もう使ってますね」
澪が言うと、セルマは小瓶から目を離さずに答えた。
「この灯り、朝でも手元が見やすいわ」
「薬草用の棚です」
「薬草も見えるし、小瓶も見えるわ」
セルマは当然のように言った。
澪は、記録帳を持ったままカーテンと調合作業台を見比べた。
設備が、もう工房側に取り込まれている。
昨日作ったばかりなのに。
「……工房設備として乗っ取られるの、早くないですか」
「便利なものは、早く使った方がいいわ」
セルマは悪びれず、小瓶の中の澄みポーションを光に透かした。
揺れない灯りが、瓶の底のわずかな濁りまで見せていた。
澪は、記録帳の余白に小さく書いた。
セルマさん、朝から使用中。
これは、栽培記録なのか、工房設備記録なのか。
もう少しで欄を分けたくなった。
3日目になると、澪の記録帳には、すでに線が増えていた。
照射時間。養液の濃さ。水替え。葉の張り。根の色。セルマが夜に使ったかどうか。
最後の項目は不要だと思うのだが、毎回使っているので書かないと実態に合わない。
澪は工房の床に膝をつき、水耕容器を少しだけ引き出した。スポンジ培地の下を覗く。透明な容器の端に、白く細いものが見えた。
「根が出てる」
思わず声が出た。
セルマが隣にしゃがむ。彼女は指を伸ばしかけて、途中で止めた。薬草を見る時の慎重さが、自然に手を止めたのだろう。顔を近づけ、目だけで白い根を見る。
「土がないのに、根が迷っていないのね」
「スポンジで支えて、水と養液で育てます。たぶん」
「たぶんで薬草を育てるのね」
「鑑定があるので、たぶんよりは強いです」
言いながら、澪は自分でも少し苦しいと思った。
たぶんよりは強い。
しかし確定ではない。
鑑定をかける。
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治癒草水耕試験苗
栽培日数:3日
根:白く伸長開始
葉:張り良好
葉脈透明汁:微増
光量:適正
養液濃度:やや薄い
推奨:養液を少量交換
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「養液を少量交換……」
澪は作業台の端に置いた現代の小さな計量カップを取った。水を入れ、液体肥料を薄く溶かす。説明書の量より、さらに少ない。濃くすれば早く育つ気がするが、前回、活力剤でやりすぎかけた記憶がある。
濃くしない。
欲張らない。
記録する。
それが今回の作戦である。
澪が小さな容器へ養液を移していると、入口の方からリュシアが顔を出した。
「また帳面が増えてる」
最初の一言がそれだった。
澪は記録帳を胸の前に引き寄せた。
「植物工場部の栽培記録です」
「部が増えると帳面も増えるんだね」
「増やしたくて増やしてるわけじゃないです」
「でも増えてる」
「それはそうですけど」
リュシアは工房の奥を覗き込んだ。カーテンの内側で治癒草が灯りを浴びている。水面の光を見て、少し目を細めた。
「根が出たなら、第一歩だね」
「商売っぽい言い方をすると、そうですね」
「商売だからね」
澪は何も言えず、薄い養液をそっと容器へ戻した。
記録帳の端に、また1行増えた。
3日目、根白い。リュシアさん、帳面を発見。
余計な記録が増えていく。
5日目の朝、カーテンを開けた瞬間、澪は小さく息を呑んだ。
治癒草の葉が、一回り大きくなっていた。
土で育てた鉢植えの葉より、少し柔らかそうに見える。色も明るい。葉脈の周りの透明な筋が、揺れない灯りを受けて見えやすくなっている。
セルマもすぐに気づいた。
彼女は葉を摘まず、まず見る。外側の葉、中心の芽、葉の縁、葉脈の筋。小瓶を見る時と同じ目で、治癒草の状態を確かめていく。
澪は鑑定した。
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治癒草水耕試験苗
栽培日数:5日
根:白く伸長
葉:張り良好
葉脈透明汁:増加傾向
光量:適正
養液濃度:やや薄いが安定
推奨:養液交換、照射時間10時間へ延長
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「照射時間10時間へ延長……また記録することが増えた」
澪は記録帳を開いたまま、肩を落とした。
セルマは光る棚を見た。
「灯りをつける時間を長くするの?」
「はい。今までより少し長くします」
「夜の作業にも少し助かるわね」
「やっぱりそっちに使うんですね」
セルマは否定しなかった。
むしろ、小瓶を一つ手に取って、カーテンの隙間から漏れる光へ近づけた。瓶の中の液体が揺れずに見える。火の灯りと違って、影が跳ねない。
澪は、植物を育てるための棚が、錬金術師の夜間作業環境まで整えていることを改めて思い知った。
便利にすると、使われる。
使われると、仕事が増える。
押入商会の法則にしてもいいかもしれない。
その日の記録帳には、照射時間10時間へ延長、と書いた。
その横に、セルマさん少し嬉しそう、と小さく付け足した。
追加の小株を棚に移す作業は、澪が思ったより細かかった。
鉢植えの治癒草から、脇芽を分ける。小さなハサミの刃を拭く。切る場所を何度も見直す。中心の芽は残す。外に出た小さな芽を選ぶ。
スポンジ培地に挟む時も、根元を潰さないように指先を緩める。
1つ。
2つ。
3つ。
棚の穴が少しずつ埋まっていく。
リュシアは横から穴の数を数えていた。セルマは葉の向きと間隔を見ている。澪は、空いている穴を見るとつい埋めたくなるが、前に過密警告という言葉を見た記憶がある。
嫌な予感がして、棚全体へ鑑定をかけた。
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治癒草水耕棚
栽培方式:簡易水耕
光源:揺れない灯り
棚数:1
推奨株数:6株
上限株数:8株
過密警告:12株以上
注意:葉の重なり、根の絡み、薬効低下
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「推奨6株……」
澪は棚を見た。
穴はもっとある。
しかし、薬草にとってちょうど良い数は別らしい。
リュシアはすぐに言った。
「6株が何度も葉を出すなら、商売では十分だよ」
「何度も、ってところが大事ですね」
「一度きりなら畑と同じだろ」
澪は治癒草の外側の葉を見た。
紫蘇のように摘めるなら、確かに何度も採れる。外の大きい葉を摘んで、中心を残す。そうすれば、また次が出る。
その話をきちんとするのは、収穫の時でいい。
今は、6株をきれいに並べる。
澪は余った穴に手を伸ばしかけ、ぐっと止めた。
増やすより、まず育てる。
記録帳にそう書いた。
自分用の戒めである。
初収穫の朝、澪はカーテンを開けて、しばらく動けなかった。
6株の治癒草は、棚の中で思ったよりしっかり育っていた。外側の葉は大きくなり、中心には小さな新芽が残っている。葉脈の透明な筋は、揺れない灯りを受けて細く光っていた。
澪は数え始めた。
「1、2、3……あれ、これは若葉? これは傷み葉?」
途中で分からなくなった。
リュシアが横から覗き込み、あっさり言う。
「澪、葉を数える顔じゃなくて、帳面に負けてる顔だね」
「葉っぱが思ったより多いんです」
セルマは枚数ではなく、葉の状態を見ていた。外側の葉を一枚持ち上げ、中心芽には触れない。水で育てた葉は、土の葉よりやわらかそうにしなる。
澪は棚全体を鑑定した。
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治癒草水耕棚
栽培方式:簡易水耕
栽培株数:6株
総葉数:58枚
成熟葉:31枚
若葉:21枚
傷み葉:6枚
採取推奨:外側の成熟葉
初回採取可能:合計14〜18枚
再生葉:3〜5日で展開開始
次回採取目安:7〜10日後
注意:中心芽を傷つけると株の回復が遅れる
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「58枚あるのに、採っていいのは18枚まで……」
澪は肩を落とした。
セルマは当然のように言った。
「薬草は枚数ではなく、採る葉を選ぶものよ」
澪は外側の大きな葉を指で示した。中心にある小さな芽には触らない。
「紫蘇みたいですね」
「シソ?」
「葉っぱを全部刈るんじゃなくて、外側の大きい葉だけ摘むんです。真ん中の新しい葉は残します。そうすると、また次の葉が出るんです」
セルマは中心芽を見た。
「それなら分かるわ。薬草も、成長する場所を残せば何度か採れる」
リュシアがすぐに言った。
「つまり、一度植えたら何回か売れる葉が出るんだね」
「言い方が商売です」
「商売の草だろ」
澪は否定できなかった。
たしかに、これはもう商売の草だった。
澪は小さなハサミを持ち、外側の成熟葉へ指を添えた。
葉は柔らかかった。土で育った治癒草より、少し水を含んでいるような手触りがある。葉柄の根元を見つけ、中心芽を傷つけない角度で切る。摘んだ葉は小皿へ置いた。
1枚。
2枚。
葉脈の透明な汁が、切り口近くで少し光る。
青臭さも少し立った。
セルマは摘んだ葉を鼻先へ近づけた。ただし近づけすぎない。匂いを浴びるのではなく、拾うように確かめる。
「土の葉より柔らかいわ。香りも早く出る」
リュシアは枚数を数えている。
「12枚。13枚。14枚」
澪はそこで手を止めた。
「14枚で止めます?」
「もう少し取れるだろ」
リュシアが棚を見た。
セルマは中心芽を見て、外側の葉を確認した。
「最初は欲張らない方がいいわ。株が次を出す力を見るの。今回は16枚まで」
「16枚か」
リュシアは少しだけ考える顔をした。
「少ないですか」
澪が聞くと、リュシアはすぐに返した。
「昨日まで0枚だったんだよ」
「そう言われると、急に多く感じます」
澪は15枚目と16枚目を摘んだ。
中心には新芽が残っている。
外葉を取られた治癒草は、少しすっきりしたように見えた。紫蘇を摘んだ後の鉢を見た時と似ている。まだ終わりではなく、次に伸びる準備を残した姿だった。
収穫した葉を小皿に並べると、16枚でもそれなりの量に見えた。
澪は皿の上へ鑑定をかける。
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水耕治癒草
状態:採取直後
葉質:柔らかい
葉脈透明汁:多い
主薬効:通常株比 141%
エグミ:低
青臭さ:やや高い
抽出推奨法:蒸気浸透抽出
推奨蒸気温度:43〜47℃
推奨通過時間:9分
注意:通常株より蒸気量を弱める
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「9分……」
澪は表示を見て声を漏らした。
通常株は14分。高薬効鉢植えは11分。水で育てた株は9分。
短くなっている。
セルマは現代の数字そのものは読めないが、澪の声と説明で、時間が短いことを理解した。
「柔らかい葉は扱いやすい。でも、崩れやすい」
セルマは葉を一枚持ち上げ、光に透かした。
「薬効は早く来る。青臭さも早く来る。だから短く、弱く」
澪は頷いた。
鑑定だけではない。
セルマは葉の柔らかさ、香りの立ち方、透明な汁の太さを見て、同じ結論へ近づいている。
錬金術師だ。
澪は、あらためてそう思った。
セルマ工房の作業台に、清め水、冷却瓶、摘んだ水耕治癒草を並べる。
澪は収納内工程を使う準備をした。今回は温度を低めにする。時間も短め。蒸気は弱め。前回の一番雫より、さらに慎重に葉を通す。
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工程登録
水耕治癒草蒸気浸透抽出
蒸気源:清め水
通過層:水耕治癒草
回収先:冷却瓶
目標:薬効成分のみを蒸気へ移す
除外:エグミ、苦味、青臭さ
必要蒸気温度:43〜47℃
必要通過時間:9分
開始します
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澪は息を整えた。
蒸気を通す。
葉にぶつけるのではなく、葉脈の透明な汁の近くを通す。柔らかい葉を荒らさない。急がない。けれど時間は短い。
5分で鑑定が変わった。
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蒸気浸透抽出中
経過時間:05分
薬効移行:61%
青臭さ移行:微量
推奨:蒸気量を弱める
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「青臭さ、出かけてます」
澪の声が少し上ずった。
セルマは皿に残った葉を見た。
「葉が柔らかい。撫でるくらいでいいわ」
「蒸すんじゃなくて、撫でる……」
澪は収納内の蒸気の流れを細くした。水蒸気を強く通すのではなく、葉脈に触れて、すぐ離れるように意識する。
撫でる。
澪はその言葉を頭の中で繰り返した。
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蒸気浸透抽出中
経過時間:09分
薬効移行:95%
エグミ移行:0%
苦味移行:0%
青臭さ移行:低
冷却雫:回収可能
推奨:回収
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「回収します」
澪は冷却瓶を取り出した。
瓶の底に溜まった雫は、透明だった。ただ、前回の一番雫より軽く見える。強く光るというより、水の中に柔らかくほどけたような澄み方をしていた。
澪は鑑定する。
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水耕治癒草薬効露
分類:抽出露
主薬効:切り傷修復
製法:蒸気浸透抽出
薬効濃度:高
透明度:高
エグミ:なし
苦味:なし
青臭さ:低
葉質由来:柔らかい薬効移行
推奨:月塩による軽い安定化
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セルマは月塩の瓶を取った。
前回より、匙に乗せる量が少ない。蜜晶もごく微量だった。澪は鑑定で変化を見ながら、セルマの手元を追う。
雫の揺れが静まり、透明なまま落ち着いた。
「これは強いというより、軽いわね」
セルマが言った。
「軽い薬?」
「水の中に、葉が無理なくほどけた感じがする」
澪には少し分かるようで、やっぱり分からなかった。
だが、セルマは確かに違いを見ている。
リュシアが小瓶を覗き込んだ。
「光雫、ってところかね」
「また名前が出た」
「名前がないと売れないよ」
セルマは小瓶を手にしたまま首を振った。
「まだ試作品よ」
「試作品にも名前はいるよ」
リュシアは平然と言う。
澪は、光雫、と記録帳の端に小さく書いた。
正式名ではない。
候補。
候補のはずだった。
リュシアが見つけた名前は、だいたいそのまま残る。
嫌な予感がした。
試作が終わると、リュシアは水耕棚を見に行った。
6株。
初回16枚。
7日から10日で次回。
そして薬効露が取れた。
リュシアの目が、商売の目になっていくのを、澪は横から見ていた。
「これ、棚がもう1ついるね」
「棚を分ける前に、棚を増やす話をしないでください」
「土の草、鉢の草、水の草。分けて作れば、品も分けられる」
リュシアはもう、3種類の草を別商品として見ている。
セルマも否定しなかった。
「棚が増えれば、灯りも必要になるわね」
「セルマさんまで」
澪はポータブル電源の方を見た。
小さな光る小窓には、澪にだけ読める数字が出ている。思ったより減っていた。照射時間を伸ばし、夜の調合にも少し使った。そりゃ減る。減って当然だ。
当然なのだが、減り方を見ると心に来る。
「この箱、もうけっこう減ってます」
澪が言うと、セルマは光る小窓を覗いた。
「光を出すと、箱の中の力も減るのね」
「はい。棚を増やすと、箱も足りません」
リュシアがすぐに言った。
「じゃあ、箱も増やすのかい」
「言わないでください」
反射で返した。
でも、言われなくても分かっている。
棚を増やすなら、灯りがいる。
灯りを増やすなら、箱の力がいる。
箱の力を増やすなら、屋根のシートも増えるかもしれない。
澪は頭の中で、セルマ工房の屋根に発電シートがもう1枚貼られる光景を想像した。
とても嫌なほど、あり得た。
カーテンの内側では、外葉を摘まれた治癒草が中心芽を残して立っていた。
少しだけすっきりしている。
終わった草ではなく、次の葉を出す草の姿だった。
作業台の小瓶には、水耕治癒草薬効露が入っている。セルマは揺れない灯りの下で、それを何度も光に透かして見ていた。リュシアは棚と箱と次の収穫日のことを考えている顔だった。
澪は記録帳を閉じた。
初収穫は成功した。
水耕治癒草から薬効露も取れた。
嬉しい。
嬉しいはずなのに、視界の端には、2台目の棚と2つ目の箱がちらついている。
押入商会植物工場部は、初収穫の喜びより早く、2台目の棚と2つ目の箱の気配を光らせていた。