押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第381話 七番って何ですか

 

 理央は、木札に焼きつけられた「七」の字を見つめていた。

 

 帳面にあった「北・灯台・七」。

 

 偽銀貨の工房で見つかったものは、どれも断片ばかりだ。

 

 だが、連行されようとしている男の顔には、その断片を知っている者の動揺があった。

 

「待ってください」

 

 衛兵が男の腕を引く手を止めた。

 

 ナジムが理央を振り返る。

 

「どうしました?」

 

「少しだけ、その人を見てもいいですか」

 

 男は、理央の目を避けた。

 

「《鑑定》します」

 

「鑑定……?」

 

 男の声がわずかに裏返る。

 

 レイニャの耳が、ぴくりと動いた。

 

「嫌そうニャ」

 

 理央は男を見た。

 

「《鑑定》」

 

----------------------------------

トゥルグト

 分類:人間

 現在ジョブ:荷運び人

 レベル:8

 状態:恐慌

 疲労度:37%

 身体異常:なし

----------------------------------

既得スキル

 運搬:7

 荷造り:6

 馬車操作:5

 鋳造:4

 彫金:3

 聞き耳:2

 交渉:2

----------------------------------

 

 文字は理央にしか見えない。

 

 彼女は画面を確かめ、必要な項目だけ口にした。

 

「荷運び人です」

 

「だから言っただろ!」

 

 男が衛兵の手を振りほどこうとする。

 

「でも、《鋳造》4があります」

 

 男の動きが止まった。

 

 ナジムの視線が鋭くなる。

 

「鋳造?」

 

「《彫金》3も」

 

 ルネスタが木札から顔を上げた。

 

「荷運び人に?」

 

「昔やってただけだ!」

 

「鍛冶屋だったんだよ!」

 

 理央は、鑑定結果をもう一度見た。

 

 そこに過去の職歴はない。

 

「鍛冶屋だったかどうかまでは分かりません」

 

「それでいい」

 

 ナジムは、男の言葉を遮らなかった。

 

「鋳造ができたら犯罪者なのか!」

 

「そんなことは言っていません。」

 

「ですから、話を聞きます」

 

 男は言い返しかけ、結局、口を閉じた。

 

 理央はスキル欄を見下ろした。

 

「運搬7、荷造り6、馬車操作5」

 

「かなり運ぶ人ニャ」

 

「聞き耳2、交渉2」

 

「戦う人ではなさそうニャ」

 

「技能だけを見るなら」

 

 レイニャは、男の腕を押さえる衛兵へ目をやった。

 

「そうニャ。」

 

「見ただけじゃ分からないニャ」

 

 ナジムが男の名を呼ぶ。

 

「トゥルグト」

 

 男は勢いよく振り向いた。

 

「……なんで名前まで」

 

「鑑定に出ました」

 

「便利すぎるだろ……」

 

「理央は便利ニャ」

 

「人を道具みたいに言わないでください」

 

 レイニャはひげを揺らし、何か言いかけて口を閉じた。

 

 ナジムは帳面を閉じず、そこに並ぶ符号を指で押さえた。

 

「地下工房から逃げた。」

 

「偽銀貨を持っていた。」

 

「荷の移動にも関わり、《鋳造》を持っている。」

 

 挙げられた事実を聞くうち、トゥルグトは口を挟む機会を失った。

 

「偶然が多すぎますね」

 

 男は答えなかった。

 

「北の古い見張り塔について知っていますか」

 

 問いに、トゥルグトの目が一瞬だけ横へ動いた。

 

「今、反応したニャ」

 

「してねえ!」

 

「したニャ」

 

「してない!」

 

「したニャ」

 

「うるせえ!」

 

 レイニャは耳を前へ向けたまま、悪びれない。

 

 ナジムはそのまま続けた。

 

「『七』という数字に心当たりは?」

 

 今度、男は顔を動かさなかった。

 

 それでもレイニャの耳が、わずかに伏せられた。

 

「息、止めたニャ」

 

 トゥルグトは口を結ぶ。

 

「今の質問の時だけニャ」

 

「なるほど」

 

 ナジムの声に、男の苛立ちが重なった。

 

「猫まで連れてくるなんて聞いてねえぞ」

 

 その場の空気が止まった。

 

「……聞いてない?」

 

 理央が聞き返す。

 

「誰から聞いてないの?」

 

 リュシアが続けた。

 

 ルネスタは、男から目を離さない。

 

「お前、今のは失言だぞ」

 

「猫じゃないニャ」

 

 レイニャは胸を張った。

 

「ケット・シーニャ」

 

「そこですか?」

 

「大事ニャ」

 

 トゥルグトは返事をせず、衛兵に腕を取られたまま目を伏せた。

 

 理央たちがここへ来ると、誰かから聞かされていたらしい。

 

 ナジムは追及を続けず、衛兵へ合図した。

 

「別室で正式に話を聞きます。」

 

「連れていってください」

 

 トゥルグトが数歩引かれたところで、急に振り返った。

 

「おい!」

 

 理央を見る。

 

「北へ行くならやめとけ!」

 

「歩け!」

 

 衛兵に促されても、男は声を張った。

 

「本当に死ぬぞ!」

 

 それきり、何も言わず連れていかれた。

 

「脅しニャ?」

 

 レイニャが尋ねる。

 

「……そう聞こえませんでした」

 

 理央の指先には、さっき人へ《重力》を使った時の震えがまだわずかに残っている。

 

 ルネスタは北の方角を見た。

 

「古い見張り塔の周りには、今は何もない。」

 

「だから荷を隠すには都合がいい」

 

「でも『死ぬ』って、見つかるって意味じゃなさそうだね」

 

 リュシアが言うと、ナジムは帳面の「北・灯台・七」へ視線を落とした。

 

「衛兵を増やして確認します」

 

 理央は木札をナジムへ返した。

 

「北の見張り塔を確認しましょう」

 

 ナジムは衛兵へ人数を伝え始めた。

 

 レイニャは理央の手元をちらりと見て、震えが残る指へ自分の指先をそっと重ねる。

 

 

 

 北の見張り塔へ続く道は、途中から草に覆われていた。

 

 衛兵が先頭を進み、その後ろにナジムとルネスタが続く。

 

 理央とレイニャは、リュシアとともに隊列の後方にいた。

 

 道の両側には、背丈のある草と崩れた石垣が続いている。

 

 塔はまだ遠い。

 

 それでも、人の声も荷車の音も聞こえないこの場所では、風が草を揺らす音ばかりが耳についた。

 

「ここから先は、足元を見て進め」

 

 ナジムが前方へ声をかける。

 

 若い衛兵が頷き、草を踏み分けた。

 

 その靴先が、地面を横切る細い線に触れる。

 

 カチ、と乾いた音がした。

 

「止まるニャ!」

 

 レイニャが叫んだ。

 

 斜面の上で土が崩れた。

 

 大岩が跳ね、後ろから丸太がいくつも転がり始める。

 

 若い衛兵は、何が起きたのか分からないまま立ちすくんでいた。

 

 理央の視界に、岩の影が迫る。

 

「《重力》!」

 

 狙ったのは、先頭の大岩だった。

 

 岩の動きが急に鈍り、斜面を削りながら地面へ沈み込む。

 

 その横を丸太がぶつかり、進路を外れて散った。

 

「伏せろ!」

 

 ナジムの声に、衛兵たちが左右へ身を投げる。

 

 丸太の一本が石垣にぶつかって止まり、別の一本は草むらを押しつぶして転がり抜けた。

 

 最後に小石がばらばらと斜面を下り、静けさが戻った。

 

「動くな。」

 

「ほかにも線があるかもしれん」

 

 ナジムが片手を上げる。

 

 若い衛兵は、岩に押しつぶされかけた足元を見たまま、うまく返事ができなかった。

 

「怪我は?」

 

 リュシアが尋ねる。

 

「ありません」

 

 声がかすれていた。

 

 理央は手のひらを握る。

 

 人ではなく岩へ使った。

 

 止めたのは一つだけだ。

 

 それでも、地面のひびを見ていると、力の加減を間違えれば何が起きるか考えずにはいられなかった。

 

「全員、足元を見ろ!」

 

「線を探せ!」

 

「塔へ急ぐな!」

 

 ナジムは衛兵を散らし、罠の位置を確かめさせた。

 

 レイニャは道ではなく、塔の方へ耳を向けた。

 

「火ニャ!」

 

 見張り塔の上に、火が一瞬だけ上がった。

 

 合図のように見えた。

 

 直後、足元の奥から鈍い音が響いた。

 

 ドン。

 

 地面がかすかに揺れ、崩れた石垣から砂が落ちる。

 

「地下で爆発した?」

 

 リュシアが塔を見た。

 

「証拠を燃やしているのかもしれません」

 

 ナジムは、仕掛け線の先を見つめた。

 

「あるいは、通路を潰している」

 

 動かなくなった大岩の縁から、土が少しずつこぼれ落ちている。

 

 さっきの一撃がなければ、若い衛兵はあの岩に巻き込まれていた。

 

 理央は塔から目を離さなかった。

 

 トゥルグトの声が耳の奥によみがえる。

 

 本当に死ぬぞ。

 

 その言葉は、脅しでは済まなかった。

 

 

 

 ナジムは衛兵を二組に分けた。

 

 ひと組には、見つかった仕掛け線の確認を命じる。

 

 もうひと組は、塔の周囲を回って逃げ道を押さえる。

 

 理央たちは、斜面から少し離れた窪地に残った。

 

「正面から入るのは危険ですね」

 

「罠が残っているかもしれません」

 

 理央は《世界地図》に意識を向け、塔の周囲を確かめた。

 

 裏側は斜面になっている。

 

 岩壁や崖ではなく、人が立てるだけの平地がある。

 

 相手の目の前へいきなりつなぐより、まずはそこから中の様子を見たい。

 

「裏側だけ見ます」

 

 リュシアが理央の袖をつまんだ。

 

「開けて入るんじゃないよ」

 

「はい。」

 

「様子を見るだけです」

 

「隙間だけニャ」

 

 レイニャが耳を塔へ向ける。

 

 理央は安全な窪地に立ったまま、《関門接続》を使った。

 

 靄が足元から伸び、縦に細長い扉の形を作る。

 

 理央は扉を、ほんの少しだけ開けた。

 

 向こうに見えたのは塔の裏手だった。

 

 荷車が四台ほど並び、その周りで十人以上が慌ただしく動いている。

 

 地下から箱を運び出す者。

 

 馬の手綱を引く者。

 

 荷台の上で、何かを急いで固定する者。

 

「急げ!」

 

「七番を先に出せ!」

 

「入口を潰せ!」

 

 理央とレイニャは目を合わせた。

 

 帳面の数字が、今度は人の声になっていた。

 

「七番……」

 

 その時、荷車の脇にいた男が扉を見つけた。

 

「何だ、あれ!」

 

 男が何かを投げる。

 

「閉じます!」

 

 理央はすぐに扉を閉じた。

 

 靄が消える。

 

 投げられた物がこちらへ届く前に、向こう側は見えなくなった。

 

 理央は息を吐いた。

 

 入らずに見ただけでも、相手には扉の存在を知られた。

 

「十分です」

 

 ナジムが短く告げた。

 

「向こうもこちらの力に気づいたでしょう」

 

「はい」

 

 理央の手のひらに汗がにじむ。

 

 裏側の男は、あの扉を見た。

 

 次に開けば、向こうは何かを用意して待つかもしれない。

 

 

 

 塔の裏手から、荷車が次々に動き出した。

 

 馬のいななきが斜面に響き、車輪が石をはねる。

 

「逃げ道を押さえろ!」

 

 ナジムの声に衛兵が走った。

 

 塔へ続く道をいくつかに分けて塞ぐ。

 

 そのうち一台が、坂を下ってくる。

 

 御者は手綱を強く引き、道の先を見た。

 

 待ち伏せの衛兵がいる。

 

 馬が速度を落とす前に、理央は《世界地図》で道の先を確かめた。

 

 封鎖線の脇に、平坦で広い空き地がある。

 

「一台だけ、止めます」

 

 ナジムが頷く。

 

「衛兵は向こうで待機。」

 

「馬を驚かせるな」

 

 理央は、坂の先からその空き地へ《関門接続》をつないだ。

 

 道の途中に、靄をまとった扉が現れる。

 

 御者が手綱を引く。

 

 馬の前脚が地面を掻いたが、荷車の勢いは消えきらなかった。

 

 馬は扉をくぐり、荷車も続いて空き地へ出る。

 

 出口の両側に待っていた衛兵が、すぐさま手綱を押さえた。

 

「動くな!」

 

 御者の腕が背中へ回される。

 

 理央は、扉を閉じてから空き地へ向かった。

 

「違う!」

 

「これじゃない!」

 

 拘束された御者が、荷台を振り返って叫ぶ。

 

「何が違う」

 

 ナジムが尋ねた。

 

「七番はこれじゃない!」

 

「七番はどこです?」

 

 理央の問いに、男は唇を噛んだ。

 

「もう出た!」

 

「俺は囮だ!」

 

 衛兵が箱のひとつを開ける。

 

 中にあったのは銀貨ではなく、灰色の板だった。

 

 板は箱いっぱいに積まれている。

 

「偽銀貨の材料でしょうか」

 

 理央は手を伸ばさず、ナジムの判断を待った。

 

「証拠品として運べ。」

 

「手を加えるな」

 

 ナジムは周囲の衛兵にも聞こえる声で命じた。

 

「別の荷車は、どちらへ?」

 

 御者は答えず、視線をそらした。

 

 ナジムは別の衛兵へ指示を飛ばす。

 

「残りの道を押さえろ。」

 

「塔の地下も調べる」

 

 理央は、箱いっぱいの灰色の板を見た。

 

 七番はここにはない。

 

 

 

 囮の荷車を衛兵へ引き渡すと、ナジムは塔の周囲をもう一度調べるよう指示した。

 

 爆発の音がした側では、石と土が崩れ、搬入口らしい場所が半分ほど埋まっていた。

 

 衛兵が周囲の土を崩さないよう、木枠を当てて入り口を確保する。

 

「中へ入るのは、足場を見てからだ」

 

 ナジムが先に注意した。

 

 理央は、崩れた石の向こうに続く暗がりをのぞいた。

 

 人ひとりがかがめば通れそうな幅だ。

 

 入口の脇に、車輪の跡が残っている。

 

「ここから地下の道が続いていると思います」

 

 理央がそう認識した瞬間、《世界地図》に細い線が浮かんだ。

 

 入口から北へ伸び、途中で何度も折れながら王都の外へ続いている。

 

「……出ました」

 

「何がです?」

 

「地下の道です。」

 

「入口が分かったら、そこから先がつながりました」

 

 線は井戸や建物の下を通らず、ところどころ不自然に折れている。

 

「今ある建物や井戸を避けています。」

 

「古い水路をそのまま使っただけじゃなさそうです」

 

「比較的新しいということか」

 

 ナジムが確かめる。

 

「少なくとも、今のレヴァニア王都の形を把握して掘られています」

 

「地下を全部見ているわけじゃないんだね」

 

 リュシアの言葉に、理央は頷いた。

 

「見つけた入口から続く道だけです」

 

 レイニャは、崩れた入口の近くにしゃがみ込んだ。

 

「まだ音がするニャ」

 

「人ですか?」

 

「違うニャ。」

 

「ズズッ、ズズッって」

 

 レイニャは、土に耳を寄せるようにして聞き分けた。

 

「馬車の車輪じゃない。」

 

「もっと重いものを引いてる音ニャ」

 

 理央は地図の線を追った。

 

 地下道は王都の外へ抜け、岩山の手前で途切れている。

 

「ここで止まっています」

 

 ナジムが位置を尋ねる。

 

 理央が地図の位置を伝えると、ルネスタはすぐに頷いた。

 

「昔の採石場だ。」

 

「今は閉鎖されている」

 

「そこも使われていない場所ニャ」

 

 レイニャは耳を上げた。

 

「人目を避けるなら便利だからね」

 

 リュシアの声は硬かった。

 

「嫌な便利ニャ」

 

 採石場の北には、王都の主要道へつながらない細い道が伸びている。

 

 木々に隠れた細い道は、地図上でも主要道に合流せず途切れていた。

 

「偽銀貨だけで、こんな道まで必要でしょうか」

 

 理央は地図から目を離した。

 

 ナジムは答えず、まず採石場への経路を衛兵と共有した。

 

「足跡と車輪の跡を追う。」

 

「急ぐが、隊列は崩すな」

 

 採石場の場所が分かっても、何が運ばれたかは分からない。

 

 レイニャは、まだ地下から続くかすかな引きずる音を聞いていた。

 

 

 

 囮の箱は、塔の外で衛兵が見張っていた。

 

 ナジムは、中身を動かさないよう周囲に人をつけている。

 

 理央は少し離れて、箱の上に並べられた灰色の板を見た。

 

「鑑定してもいいですか?」

 

「触れない範囲でお願いします」

 

 ナジムが答える。

 

 理央は板へ目を向けた。

 

「《鑑定》」

 

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鉛板

 分類:加工金属

 主成分:鉛

 状態:良好

 加工:圧延・切断

 製造時期:比較的新しい

----------------------------------

 

「鉛です」

 

「貨幣用にしては大きいな」

 

 ルネスタが腕を組む。

 

 リュシアは板の端を見て、首を傾けた。

 

「鉛って銀より重くない?」

 

 理央の目が、積まれた板へ戻る。

 

 地下工房で、偽銀貨は本物より少し軽いと聞いた。

 

「……そうだ」

 

「何ニャ?」

 

「偽銀貨は、少し軽いって話でした。」

 

「鉛を中に入れたら、むしろ重くなります」

 

「その通りだ」

 

 ルネスタは、箱の縁に取り付けられた金具を指で示した。

 

「芯に使うなら、重さが合わなくなる」

 

「板そのものが偽銀貨に使われるわけじゃないんですね」

 

 レイニャが、鉛板の端へ鼻先を近づける。

 

「ここ、同じところに折り目があるニャ」

 

 理央は目を凝らした。

 

 板の両端に、同じ幅の折り返しがある。

 

 角には小さな穴も並んでいた。

 

「何かへ取り付けるための形に見えます」

 

「空き箱を持ってこさせよう」

 

 ルネスタが衛兵に頼み、荷車と同じ寸法の木箱を用意させた。

 

 ナジムは確認に使う鉛板の枚数を記録し、証拠品の束から六枚を選んだ。

 

 ルネスタは板の端だけを支え、傷をつけないよう箱の外側へ沿わせていく。

 

 四枚で側面を覆える。

 

 もう一枚を底へ、最後の一枚を蓋へ当てる。

 

「六枚で、内側を囲める寸法だ」

 

 ルネスタは板を加工せず、木箱の縁に沿わせるだけにとどめた。

 

「箱の中を鉛で囲むニャ?」

 

 レイニャが、箱をのぞき込む。

 

「何のために……」

 

 理央は板の穴を見た。

 

 木箱の内側へ固定するなら、位置は合いそうだった。

 

「魔法を隠すためニャ?」

 

 レイニャが思いついたように言う。

 

 ナジムも、リュシアも、すぐには答えなかった。

 

「思っただけニャ」

 

「確かめる方法はあります」

 

 理央は、捕らえた荷車の方を見た。

 

「記録した六枚を使って、箱を作れませんか。」

 

「板を切らずに内側へ組むだけなら、証拠を壊さず試せます」

 

「七番を追うまで、時間がない」

 

 ナジムが念を押す。

 

「長くはかけません。」

 

「三十秒でできると思います」

 

 理央は、収納の方へ視線を移した。

 

 

 

 ナジムは、記録した六枚の鉛板を試験用に取り分けた。

 

 元の箱と残りの板は保管し、同じ寸法の空箱を試す。

 

「終わったら、板は元どおりに数えます」

 

 ナジムが念を押す。

 

「分かりました」

 

 理央は空箱と六枚の板を収納へ移した。

 

 《収納内工程》を使い、箱の内寸へ合わせる。

 

 側面、底、蓋。

 

 折り目を重ね、隙間を減らす。

 

 三十秒ほどして、理央は収納から箱を出した。

 

 木箱の内側は、鉛の板で六面とも覆われている。

 

「現場で箱を作り始めた……」

 

 リュシアが呆れたように言う。

 

「理央はこういうことするニャ」

 

「褒めてます?」

 

「褒めてるニャ」

 

「そう聞こえません」

 

 ナジムが用意した鉄片を、まず箱の外へ置いた。

 

 理央が目を向ける。

 

「《鑑定》」

 

「見えます」

 

 鉄片を箱へ入れる。

 

 蓋を開けたまま、もう一度《鑑定》する。

 

「これも見えます」

 

「閉じたらどうなる?」

 

 ルネスタが尋ねた。

 

 理央は蓋を閉じた。

 

 全員の視線が、箱へ集まる。

 

「《鑑定》」

 

 少し間があった。

 

 理央は表示を確かめ、眉を寄せる。

 

「……中が出ません」

 

「箱自体は?」

 

 ナジムが聞いた。

 

 理央は見えた項目を読み上げた。

 

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木箱

 分類:収納容器

 状態:良好

 内張り:鉛

 内容物:判別不能

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「開けたら、もう一度見てみます」

 

 蓋を開ける。

 

「鉄片が見えます」

 

 再び蓋を閉じる。

 

「《鑑定》」

 

 理央は短く息を吸った。

 

「また判別できません」

 

 開ければ見える。

 

 閉じれば見えない。

 

「鉛だからなのか、厚さなのか、隙間なく囲ったからなのかは分かりません」

 

 理央は箱から手を離した。

 

「この箱を閉じると、中の鉄片を判別できない。」

 

「それだけです」

 

「七番を運んだ箱も同じ作りなら」

 

 リュシアは言葉を切った。

 

「中身を鑑定されないため、という可能性はあります」

 

 ナジムが言った。

 

 理央は鉛板の継ぎ目を見た。

 

 《鑑定》を前提に備える者が、自分たち以外にもいる。

 

 それを考えると、箱の中の判別不能という文字が、さっきより重く感じられた。

 

 箱の蓋を閉じる音が、耳に残った。

 

 

 

 採石場の上手にある林で、理央たちは身を低くしていた。

 

 閉鎖された採石場には、崩れた石壁と水の溜まった窪地がある。

 

 人の出入りはないはずの場所に、車輪の跡だけが新しく続いていた。

 

 レイニャが、北へ向けて耳を立てる。

 

「来るニャ」

 

「何台ですか?」

 

「まだ分からないニャ。」

 

「馬と車輪が重なってる」

 

 理央は《世界地図》を見た。

 

 採石場へ入る道はいくつかある。

 

 だが、地図が示すのは道の形で、そこを走る荷車までは映らない。

 

「北から、ひとつ……」

 

 レイニャが音を数える。

 

「三台。」

 

「まだ後ろにいるニャ」

 

 間を置いて、耳がもう一度揺れた。

 

「五台」

 

 ナジムは衛兵の一人へ合図し、応援を呼ばせた。

 

「すぐに押さえないのですか?」

 

 理央が尋ねる。

 

「七番がどれか分からない。」

 

「慌てて動けば、箱を壊すかもしれません」

 

 採石場の奥へ、五台の荷車が入ってきた。

 

 箱の形も、荷台の覆いも、遠目にはよく似ている。

 

 男たちは荷台の間を行き来し、積荷の覆いや留め具を確かめていた。

 

 レイニャは、目を閉じて音を聞く。

 

「ひとつだけ、違うニャ」

 

「どれです?」

 

「四人で運んでる。」

 

「下ろすのも、そっとニャ」

 

 荷箱の留め金が鳴る音は、ほかの箱よりずっと小さかった。

 

 男たちが、箱を固定する。

 

「七番、固定した」

 

 レイニャの耳がぴんと立つ。

 

「今、七番って」

 

「言ったニャ」

 

 理央は、五台の荷車を見比べた。

 

「荷車の番号じゃなく、あの箱を七番と呼んでいるんでしょうか」

 

「箱の中身を指してるのかもしれないニャ」

 

 まだ、箱は開けられていない。

 

 五台の男たちは、それぞれ違う道へ散ろうとしていた。

 

 ナジムは追う衛兵を選び、理央へ目配せした。

 

「七番を載せた一台だけを追います」

 

「道は私が見ます」

 

「音はあたしが聞くニャ」

 

 

 

 五台の荷車は、採石場を出ると別々の道へ散った。

 

 ナジムは衛兵を分け、残りの四台には距離を取ってつかせた。

 

 理央とレイニャは、七番を積んだ一台を追う。

 

「いま、右へ曲がったニャ」

 

 レイニャが耳を向けたまま告げる。

 

 理央は《世界地図》で道の先を確かめた。

 

「この道なら川沿いへ出ます。」

 

「先に回りましょう」

 

 ナジムが衛兵を手で制した。

 

「正面から追い詰めるな。」

 

「逃げ道を残して、荷をどこへ運ぶか見る」

 

 木立の陰を選んで進み、道を外れる時は足元の枯れ枝を避ける。

 

 馬の蹄と車輪の音が、遠ざかったり近づいたりした。

 

 レイニャは時折立ち止まり、箱の金具が揺れる音を探した。

 

「まだ同じ車ニャ。」

 

「留め具が、少し鳴る」

 

 川の流れが近づくにつれ、森の切れ目から水面が見えた。

 

 道は小さな船着き場へ続いている。

 

 平底の船が一隻、岸につながれていた。

 

 荷車の先には、十人ほどの男が集まっている。

 

「ここからは、声を出すな」

 

 ナジムが囁いた。

 

 リュシアは理央とレイニャを自分の後ろへ寄せた。

 

 七番の箱が、船着き場の端に置かれる。

 

 理央たちは、木々の陰から動きを見守った。

 

 

 

 木々の向こうで、小舟が船着き場へ近づいた。

 

 岸にいた男たちが、声を抑えて迎える。

 

 舟から降りたのは、上等な外套を着た男だった。

 

 荷を運ぶ者たちとは、靴も身のこなしも違う。

 

 男は周囲を一度見回し、それから箱へ目を向けた。

 

「七番は?」

 

「ここです」

 

 荷運びの男が、箱の脇へ下がる。

 

 外套の男は、箱の蓋を開けず、側面を指の背で軽く叩いた。

 

 コン。

 

 ほんの短い間があった。

 

 箱の内側から、同じような音が返る。

 

 コン。

 

 理央は息を止めた。

 

 レイニャの耳が、箱の方へぴたりと向く。

 

 外套の男は、返事を確かめてから頷いた。

 

「まだ生きているな」

 

 理央の隣で、リュシアが息を呑んだ。

 

 ナジムは動かず、男たちの数と立ち位置を見ている。

 

「起こすな」

 

 外套の男は荷運びの一人へ告げた。

 

「薬を追加しろ」

 

 小瓶が布袋から取り出される。

 

「北の経路を通せ。」

 

「その後は、セレヴィア側から来る受取人へ渡す」

 

 セレヴィア側から来る受取人。

 

 国の名だけでは、誰が受け取るのか分からない。

 

 理央は箱を見た。

 

 さっき返った音の間隔を、頭の中でもう一度なぞる。

 

 レイニャの耳が、小さく動いた。

 

 

 

 レイニャは、箱の側面を見つめていた。

 

 外套の男が叩いた時、内側から音が返った。

 

 偶然かもしれない。

 

 理央は、彼女の耳がわずかに揺れるのを見た。

 

「気づかれません?」

 

 小さく尋ねる。

 

「小さくするニャ」

 

 レイニャは箱には近づかず、身を隠した木の幹に目を向けた。

 

 手元の小石をひとつ拾う。

 

「ここでいいニャ」

 

 外套の男たちの会話が途切れた。

 

 レイニャは石を木に当てた。

 

 コン。

 

 間を置いて、もう一度。

 

 コン。

 

 最後に、もう一度。

 

 コン。

 

 三回。

 

 理央は数を声に出さず、指先を握ったまま待った。

 

 箱は動かない。

 

 船着き場では、荷を運ぶ男が縄を確かめている。

 

「聞こえなかった?」

 

 理央が囁く。

 

「待つニャ」

 

 レイニャの耳は、箱から離れなかった。

 

 しばらくして。

 

 コン。

 

 コン。

 

 コン。

 

 理央の指が、レイニャの袖をつかんだ。

 

「返ってきた」

 

 リュシアは口元を押さえた。

 

 ナジムが片手を上げ、後ろの衛兵を止める。

 

「もう一回ニャ」

 

 レイニャは今度、一度だけ木を叩いた。

 

 コン。

 

 箱の方から、同じ音が一つ返る。

 

「通じてます」

 

 レイニャは二度、木を叩く。

 

 コン、コン。

 

 箱からも、コン、コン。

 

 三度。

 

 コン、コン、コン。

 

 同じ数が返った。

 

 レイニャは石を握ったまま、もう動かなかった。

 

 箱の向こうで、音を聞いている。

 

 数を受け取り、同じだけ返している。

 

 レイニャの声が、かすれた。

 

「生きてるニャ」

 

 理央は頷いた。

 

「……はい」

 

 中にいるものが何なのかは、まだ分からない。

 

 けれど、こちらの音を聞き、返している。

 

 理央の視線が、鉛で覆われた箱から離れなくなった。

 

 

 

 箱から三度目の返事があったあと、船着き場の男たちの動きが止まった。

 

「おい、さっきから変じゃないか」

 

 一人が森を見た。

 

「何がだ」

 

「向こうからも音がする」

 

 外套の男は、箱と森を見比べた。

 

「森を調べろ」

 

 二人の男が、船着き場からこちらへ歩き出す。

 

 理央たちは木の根元へ身を伏せた。

 

 ナジムが指を一本立て、誰も動かないよう合図する。

 

 男たちの靴音が、枯れ葉を踏みながら近づいてくる。

 

 その間に、箱は船のそばへ運ばれた。

 

 積み込む直前で、荷運びの男たちがいったん地面へ下ろす。

 

 木が石に触れた、鈍い音がした。

 

 次の瞬間。

 

 箱の内側から、続けざまに音が鳴った。

 

 コンコンコンコンコンコン。

 

 さっきまでのように数を返す音ではない。

 

 息つく間もなく、何度も叩いている。

 

「……急いでって言ってる?」

 

 理央はレイニャを見た。

 

「分からないニャ」

 

 レイニャの耳は、箱へ向いたままだった。

 

「でも、さっきと違うニャ」

 

 外套の男が、箱を見下ろす。

 

「面倒だ」

 

「もう一度薬を入れろ」

 

 小瓶を持った男が、箱へ近づいていく。

 

「まずい」

 

 リュシアが、理央の肩を押さえる。

 

 眠らせるための薬かもしれない。

 

 量を増やしたら、箱の中にいるものがどうなるか分からない。

 

「もう待てないニャ」

 

 レイニャの声は、いつもの調子より低かった。

 

 理央は木の陰から身を起こした。

 

 小瓶を持った男までは数歩ある。

 

 衛兵は、まだ突入の位置についていない。

 

「止めます」

 

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