押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第382話 七番は人でした

 

「止めます」

 

 小瓶を持った男は、箱まであと数歩のところにいた。

 

 瓶の中で液体が揺れる。

 

 中身は分からないが、箱へ運ばせるわけにはいかなかった。

 

 理央はその男だけを見た。

 

 箱の近くには仲間たちがいる。

 

 広く力をかければ、誰に何が起きるか分からない。

 

「《重力》」

 

 男の肩が沈み、片膝が地面についた。

 

 理央は男の腕と膝に《重力》をかけ、立ち上がれない程度に押さえた。

 

「ぐっ……!」

 

 薬瓶を運ばせないために、必要な力だけをかける。

 

 男は歯を食いしばり、立ち上がろうとしたが、膝が上がらなかった。

 

「魔法だ!」

 

「周囲を探せ!」

 

 森へ走ろうとした男たちの背後で、ナジムが短く命じた。

 

「行け!」

 

 それまで息を潜めていた衛兵たちが、一斉に船着き場へ飛び込んだ。

 

「王都警備隊だ!」

 

「武器を捨てろ!」

 

 船頭が舫い綱を放し、荷役人が岸へ逃げようとする。

 

 衛兵は逃げ道をふさぎ、腕を取り、地面へ押さえた。

 

 理央は薬瓶の男から目を離さなかった。

 

 その前にレイニャが半歩出る。

 

「近づくなニャ」

 

 外套の男と理央の目が合った。

 

「お前か」

 

 男は理央を見据えたまま、吐き捨てるように言った。

 

「重力系か」

 

 理央の指先が、わずかに固まった。

 

「……知ってる?」

 

 返事はない。

 

 ナジムが男へ近づき、両手を見える位置に出すよう告げた。

 

 外套の男は従わず、船着き場に響く声で命じた。

 

「七番を壊せ!」

 

 理央は箱を振り返った。

 

 

 

 箱の脇にいた男が、腰から小さな金槌を抜いた。

 

 男が狙ったのは、箱の板でも鍵でもなく、鉄帯の下に取りつけられた金具だった。

 

 レイニャの耳がぴくりと動いた。

 

 川音に紛れそうな小さな音が、金具から一定の間隔で続いていた。

 

 カチ、カチ。

 

「箱じゃないニャ!」

 

「側面に何かあります!」

 

 理央の声と同時に、衛兵が走った。

 

 金槌が振り上がる。

 

 衛兵の靴音が迫るなか、箱の内側から硬いものを打つ音が返った。

 

 ――ガン。

 

 男の腕が止まる。

 

 もう一度。

 

 ――ガン。

 

「中の人、分かってるニャ!」

 

 レイニャが耳を箱へ向けたまま叫んだ。

 

 衛兵が男に飛びつき、金槌を落とさせて腕を背中へ回した。

 

「確保!」

 

 男の膝が、濡れた草を押しつぶした。

 

 別の衛兵が薬瓶の男にも手錠をかけた。

 

「理央ちゃん、もういいよ」

 

 リュシアに言われ、理央は一度息を吸ってから《重力》を解いた。

 

 薬瓶は衛兵が拾い、口を開けずに布で包んだ。

 

 外套の男も、船頭も荷役人も、次々に拘束されていく。

 

 理央は、森へ逃げた者がいないことを確かめてから箱を見た。

 

 

 

 騒ぎが収まり、船着き場には川の音が戻った。

 

 衛兵たちは捕らえた者を岸へ並べていた。

 

 レイニャは箱のそばまで進み、耳を傾けた。

 

「聞こえるニャ?」

 

 箱の板を一度叩いた。

 

 コン。

 

 内側から、同じ音が返った。

 

 返事を聞くと、レイニャは息をついた。

 

 レイニャは一歩も動かず、もう一度だけ叩いた。

 

 コン。

 

「大丈夫ニャ」

 

 理央も箱の前へしゃがんだ。

 

「開けられますか?」

 

 ナジムは鉄帯と錠前を確かめ、男が狙った側面の金具へ目を移した。

 

「待ってください」

 

「この箱は普通の輸送箱ではないかもしれません」

 

 拘束された外套の男が、口元だけで笑った。

 

「開けてみろ」

 

「開ければ分かる」

 

「嫌な言い方ニャ」

 

 男はレイニャを無視して、箱を見下ろした。

 

「七番は商品だ」

 

「壊れても構わん」

 

 理央は返す言葉を探したが、喉の奥で止まった。

 

 リュシアの表情から、いつもの柔らかさが消えていた。

 

「人を商品って言ったんですか」

 

 男は答えない。

 

「あなたは黙っていてください」

 

 ナジムの声は低かった。

 

 理央は箱へ意識を向け、《鑑定》を使う。

 

 鑑定には輸送容器と表示され、状態は封鎖と出た。

 

 外装は木と鉄で、内側は鉛に覆われている。

 

 内容物は判別できず、付属機構があると続いた。

 

 それ以上の情報は浮かばなかった。

 

「中身は分かりません」

 

 理央は箱の角を確かめた。

 

 鉛の内張りも側面の機構も、普通の輸送箱とは違っていた。

 

 レイニャは箱の側面へ顔を寄せた。

 

「呼吸も聞こえるし、カチ、カチって音もするニャ」

 

「仕掛けでしょうか」

 

「分からないニャ」

 

 仕掛けが分からない以上、鍵を開けるのは危険だった。

 

 

 

 理央は箱から目を離せなかった。

 

 普通の《収納》なら、生き物は入らない。

 

 けれど理央には《生体収納》がある。

 

「……一つ、方法があります」

 

 リュシアが振り向いた。

 

「何?」

 

「箱ごと《生体収納》に入れます」

 

 リュシアの表情が変わる。

 

「理央ちゃん、人を入れたことはある?」

 

「ありません」

 

 返事はすぐに出た。

 

「生き物を入れたことはあります」

 

「でも、人は初めてです」

 

 ナジムが箱と理央を交互に見た。

 

「安全だと分かっているわけではないのですね」

 

「はい」

 

 箱の横の機構には、薬液の入った小瓶がつながっていた。

 

 中の呼吸は続いている。

 

 鍵を開けて仕掛けが動けば、中の人に危険が及ぶ。

 

「でも、ここで箱を開けて薬が入る方が怖いです」

 

 リュシアは包まれた小瓶と、箱の脇に残る機構を見比べた。

 

 リュシアは箱を見たまま、少し考えた。

 

「必要なところだけ外して、すぐ出します」

 

「中の人には、できるだけ触れません」

 

「箱だけを外すんだニャ?」

 

「はい」

 

 理央は収納の外から《収納内工程》を使い、箱の外装を外すつもりだった。

 

 リュシアは箱の機構を見たまま言った。

 

「異変があったら、すぐ戻して」

 

「はい」

 

「危険を感じたら中止してください」

 

 ナジムの言葉に、理央は一度頷いた。

 

 理央は箱の鉄帯に手をかけた。

 

「《生体収納》」

 

 靄が広がり、箱の輪郭が消えた。

 

 理央は収納の中を確かめた。

 

 生体反応は一つ。

 

「……います」

 

「理央ちゃん、大丈夫?」

 

「今のところ」

 

 答えながら、理央は作業を急いだ。

 

 

 

 箱は、収納の中に収まっていた。

 

 理央は外から《収納内工程》を使い、鉄帯を外した。

 

 鉄帯が木に擦れる音がした。

 

 内側へ刃先を向けないよう注意しながら、釘を抜いて木板を一枚ずつ外した。

 

「外側の板を外しています」

 

 川辺で待つ仲間たちへ声をかける。

 

「急ぎたいけど、刃を内側へ向けないで」

 

 リュシアが返した。

 

 木板の下から鉛板が現れた。

 

「鉛板です」

 

「六面を囲んでいますか」

 

 ナジムの問いに、理央は面を確かめて答えた。

 

「はい、内側は全部覆われています」

 

 板の端を外したところで、側面の金具とつながる小さな容器が見えた。

 

 細い管が、箱の内側へ伸びている。

 

 管は鉛板の内側へ続いていた。

 

 理央は手を止め、生体反応に変化がないことを確かめた。

 

「……これ、液体が入っています」

 

「管は中まで?」

 

「つながっています」

 

 金槌で機構を壊せば、容器が割れて中へ薬液が流れ込む。

 

 リュシアは管を見つめた。

 

「箱を壊そうとしていたんじゃなかったニャ」

 

 レイニャの声が硬くなる。

 

「中に薬を入れようとしていたんです」

 

 理央は容器と管を箱から切り離し、触れないよう離れた位置へ移した。

 

 中の反応は変わらない。

 

 鉛板を一枚ずつ外して積み重ね、五枚目を置いたあと、最後の板だけを残した。

 

 理央は一度息をついた。

 

「開けます」

 

 最後の鉛板が、静かに外れた。

 

 

 

 鉛板の向こうに、少女が横たわっていた。

 

「……え」

 

「どうしたニャ?」

 

 理央は目を凝らした。

 

「人です」

 

 声が細くなった。

 

「女の子です」

 

 少女は十五、六歳ほどに見え、狭い箱の中で横向きに身を縮めていた。

 

 手首と足首には縄が巻かれ、口元は布で塞がれている。

 

 服は汚れ、髪は額に張りついていた。

 

 口元は布で塞がれ、鼻先から細い息が漏れていた。

 

 大きな出血は見当たらないが、胸は上下し、少女の目も開いていた。

 

 少女は消えていく箱の壁を目で追い、身体を強張らせていた。

 

「起きてる……」

 

 理央の呟きに、リュシアが訊いた。

 

「出せる?」

 

「はい」

 

 理央は少女に触れないよう、縄と口元の布だけを外した。

 

「出します!」

 

 靄が川辺に広がり、少女の身体が草の上へ現れた。

 

 草地に横たわった少女の眉が動いた。

 

 リュシアはすぐそばまで寄ったが、抱き起こす前に少女の目を見た。

 

「聞こえる?」

 

 少女は大きく息を吸い、咳き込んだ。

 

 レイニャが腰を落とす。

 

「ゆっくりニャ」

 

「もう箱の中じゃないニャ」

 

 少女は衛兵と拘束された男たちを見回し、肩を固くした。

 

「いや……」

 

「運んでいた人たちは捕まえたよ」

 

 リュシアが声を落とす。

 

 少女は周囲を見回した。

 

 レイニャが周囲を見た。

 

「囲まない方がいいニャ」

 

 ナジムが衛兵へ手を振り、全員が数歩下がった。

 

 理央は手を膝に置き、少女が落ち着くのを待った。

 

 

 

 理央は少女の前にしゃがんだ。

 

 理央は少女に触れない距離でしゃがんだ。

 

「ごめんなさい」

 

「少しだけ、状態を見ます」

 

 返事はなかった。

 

 理央は《鑑定》を使った。

 

 少女の目と呼吸を確かめてから、《鑑定》を使った。

 

----------------------------------

エリフ

 分類:人間

 現在ジョブ:仕立師見習い Lv7

 状態:衰弱

 疲労度:68%

 身体異常:鎮静薬残留

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既得スキル

 裁縫:7

 採寸:6

 染色:4

 鑑定:2

 収納:2

 魔力感知:8

 隠蔽看破:4

----------------------------------

 

 衰弱と鎮静薬の残留はある。

 

 収納から出したことによる異常は見当たらなかった。

 

 理央は胸に溜めていた息を吐いた。

 

 人を収納しても、短時間なら外へ出せる。

 

 今確かめられたのは、エリフ一人についてだけだった。

 

 レイニャがそばで、エリフの呼吸が少しずつ整うのを聞いていた。

 

 少女が目の前にいる。

 

 理央は鑑定表示から視線を外し、先に水を求めた。

 

 

 

「私、理央っていいます」

 

 少女は理央の顔を見たが、答えなかった。

 

「こっちはレイニャさん」

 

「レイニャニャ」

 

「この人はリュシアさんです」

 

 紹介の間、レイニャは近づかなかった。

 

 リュシアが布を敷き、器に入れた水を少女の手が届く草地へ置く。

 

 器を置くと、少女の肩が小さく動いた。

 

「喋らなくて大丈夫」

 

「まず休んで」

 

 少女は器を見たあと、慎重に手を伸ばし、まず一口だけ水を飲んだ。

 

 喉が動いたのを見届けた直後、目を閉じかけた少女が、急に理央の袖をつかんだ。

 

 弱い力で、少女は袖をつかんだ。

 

「え?」

 

「……まだ」

 

 理央は袖を引かなかった。

 

「まだ?」

 

「まだ……いる」

 

 ナジムは問いかけかけて、口を閉じた。

 

「誰がいるの?」

 

 理央が静かに聞く。

 

 少女は首を振った。

 

「私だけじゃ……」

 

 息を継ぎ、理央の袖を握り直す。

 

「七番だけじゃない……」

 

 レイニャの耳が、少女へ向いた。

 

「ほかにもいるニャ?」

 

 少女は頷いた。

 

「何人?」

 

「……六人」

 

 理央は一度聞き返した。

 

「六人?」

 

「私は……七番だから」

 

 頭の中で、帳面に付けられた番号と、箱に書かれた数字がつながった。

 

 荷に付けた番号ではない。

 

 箱に記された「七」の形が、理央の目の奥に残った。

 

 人に付けられた番号だった。

 

 

 

「一番から、六番まで?」

 

 少女は小さく頷いた。

 

「みんな箱に入れられたの?」

 

「いた……」

 

 少女はそこで言葉を切った。

 

 理央は、その過去形を聞き逃さなかった。

 

「いた、というのは」

 

「先に……運ばれた」

 

 少女の目に涙が浮かぶ。

 

「どこへ運ばれたの?」

 

 レイニャが尋ねたが、すぐに「分からない」と返ってきた。

 

「一人ずつ、箱に入れられて……いなくなった」

 

 六人が先に運ばれた。

 

 その行き先は、エリフにも分からなかった。

 

 リュシアが唇を結んだ。

 

「人身売買……」

 

 エリフは、ゆっくり首を振った。

 

「違う」

 

 その声に、全員が口を閉じた。

 

 衛兵たちも動きを止め、誰も次の問いを急がなかった。

 

「普通の人じゃない……私たち」

 

「普通じゃないって?」

 

 理央は袖をつかまれたまま、問い返す。

 

「スキルを持ってる人だけ」

 

 エリフは水の器へ目を落とした。

 

「珍しいスキルを持ってる人を調べて……捕まえてる」

 

 狙われていたのは、珍しいスキルを持つ人だった。

 

 

 

 理央は鑑定で見えた《魔力感知》の文字を思い返した。

 

「エリフさん、《魔力感知》はどんなことが分かるんですか」

 

 エリフは水をもう一口飲んだ。

 

「店で……鞄を見たの」

 

 仕立師見習いとして、客の衣服を整えたり、寸法を測ったりしていたという。

 

「見た目は普通だったのに、その鞄の中から魔力が漏れてた」

 

「それを持ち主に伝えたんですか」

 

 頷くまで、間があった。

 

「鞄の中から魔力が漏れてますって……言った」

 

 エリフは、気づいたことを伝えただけだった。

 

「その三日後に、さらわれた」

 

 エリフは水の器を両手で包み、それ以上は話さなかった。

 

 レイニャの耳が伏せられた。

 

「見つけられたから、狙われたニャ?」

 

「たぶん」

 

 エリフは額にかかった髪を払おうとしたが、指に力が入らず、すぐ下ろした。

 

「《隠蔽看破》も持っているんですね」

 

 隠された魔力や、何かを覆うものを感じ取る。

 

 ただ、何を隠しているのか、どういう仕組みなのかまでは分からない。

 

「何か隠してるとか、上に何か被さってるとか、そのくらいしか分からない」

 

「それでも、普通は気づかないものに気づけるんですね」

 

 理央はそう言ってから、言葉を止めた。

 

 その力で異変に気づき、エリフは狙われたのかもしれない。

 

 

 

 エリフは器の水を両手で支えた。

 

「一番の人も、《鑑定》を持ってた」

 

「一番の人?」

 

「一番のジェムさんは古い物を扱う仕事をしていて、《鑑定》が9だった」

 

 理央は目を上げた。

 

 ジェムは捕らえている側の人間を鑑定し、商人や荷運びの仕事に必要な技能ばかりが並んでいることを不審に思った。

 

「結果が、きれいすぎるって」

 

「きれいすぎる?」

 

「人のスキルって、もっとぐちゃぐちゃしてるって言ってた」

 

 エリフは水を置いた。

 

「昔やってたことや途中で覚えたこと、仕事に関係ないことも出るはずなのに、あの人たちには必要なものしかなかったって」

 

 人のスキルには、今の仕事に関係のない経験も表れる。

 

 理央はトゥルグトの鑑定結果を思い出した。

 

 トゥルグトの鑑定結果にも、荷運びや馬車の扱い、鋳造や彫金が並んでいた。

 

 今の仕事に要らない技能も、そこにはあった。

 

「ジェムさんは、鑑定を偽っているんじゃないかって考えたんですね」

 

「分からないけど……」

 

 エリフは自分の胸元を押さえた。

 

「私には、たまに人の周りに膜みたいなのが見えた」

 

 理央だけでは見つけられないことがある。

 

 エリフの力だけでも、正体までは分からない。

 

 ふたつを並べて確かめる必要があった。

 

 

 

 理央は拘束された男たちを見た。

 

 ジェムは鑑定結果の不自然さを疑い、エリフは男を覆う魔力の膜を感じ取った。

 

 ふたりの見立てを合わせれば、表示の裏側を確かめられるかもしれない。

 

 ただ、二人だけで結論を出すには材料が足りない。

 

「こういう時に頼りになる人を連れてきます」

 

 レイニャが尻尾を揺らした。

 

「真壁ニャ?」

 

「はい」

 

 リュシアも、ようやくわずかに笑った。

 

「私もそう思った」

 

 理央は安全な場所を思い浮かべ、《関門接続》を使った。

 

 靄の向こうに、押入商会の事業所へ続く扉が開いた。

 

 押入商会の事業所では、真壁が机に向かって書類を読んでいた。

 

「真壁さん!」

 

 彼が顔を上げる。

 

「理央君?」

 

「ちょっと来てもらえますか」

 

 真壁は立ち上がりながら、開いた扉の向こうを見た。

 

 川辺には衛兵と拘束された男たちが並び、その脇には木板や鉛板、薬液容器がばらされていた。

 

 毛布に包まれた少女の横に、理央とレイニャ、リュシアがいる。

 

 真壁は川辺の様子を見て尋ねた。

 

「……何をしている」

 

「少し長くなります」

 

「観光してたらこうなったニャ」

 

 真壁は扉をくぐった。

 

「観光にしては、ずいぶん物騒だな」

 

 レイニャが胸を張ると、リュシアが肩を押して止めた。

 

 

 

 真壁は、扉を越えてすぐに理央の腕と肩を見た。

 

「怪我は?」

 

「ありません」

 

 レイニャとリュシアも無事だと答える。

 

 真壁はそこで初めて、毛布に包まれた少女へ向き直った。

 

 近づきすぎず、彼女が逃げ道を見つけられる距離に立つ。

 

「君が七番か」

 

 少女の身体がこわばった。

 

 真壁は落ち着いた声で告げた。

 

「こちらは君を売買する側ではない」

 

「まず、それだけ覚えておきたまえ」

 

 エリフは理央を見た。

 

 理央が頷くと、握っていた袖から指が少しだけ離れた。

 

 真壁は一同の説明を聞いた。

 

 ナジムが衛兵の配置と拘束状況を伝えた。

 

 理央たちは、偽銀貨から密輸の痕跡を追い、北側の地下工房と見張り塔を経て、箱の積み出し直前に踏み込んだ経緯を話した。

 

 ルネスタは、外した鉄帯と箱の構造を見ながら、積荷の番号ではなく、個別の輸送対象に振られた番号ではないかと短く補った。

 

 真壁はエリフの証言を聞いてから、必要な点だけ確かめた。

 

「一番は《鑑定》9だったのだね」

 

「はい」

 

「エリフ君は《隠蔽看破》を持つ」

 

 少女は小さく頷いた。

 

「理央君、収納の前後で状態に変化はあったかね?」

 

「新しい身体異常はありませんでした」

 

「初めて人を入れたのか」

 

「はい」

 

 真壁は一瞬だけ口を閉じた。

 

「後で詳しく聞く」

 

「今は事件を先に進めよう」

 

 理央は再び、外套の男へ目を向けた。

 

 

 

 《鑑定》の表示は理央にしか見えない。

 

 理央は真壁に伝えるため、ノートを開いた。

 

 エリフの名前と、仕立師見習いLv7、衰弱、疲労度68%、鎮静薬残留を書き留める。

 

 理央は表示と照らし合わせながら、数字を書き写した。

 

 その下に、裁縫、採寸、染色、鑑定、収納と続け、《魔力感知》8、《隠蔽看破》4でペンを止めた。

 

 真壁は文字を追い、最後の二つを見てから、エリフを見た。

 

「《魔力感知》が8で、《隠蔽看破》が4だな」

 

「はい」

 

「そして、ジェム君は《鑑定》9で、結果の不自然さを疑った」

 

 理央は頷いた。

 

「エリフ君は、表示の数字ではなく、その外側にある魔力の膜を感じる」

 

「胸のところから出て、全身を覆っていたって」

 

 真壁はノートを閉じず、捕らえられた男を見た。

 

「ならば、同じ対象で試せる」

 

 理央の指が、ノートの端を押さえた。

 

 真壁は、二人の答えを先に照らし合わせないよう指示した。

 

 

 

 真壁は理央とエリフを、外套の男から数歩離して立たせた。

 

「二人とも、見えたものを先に口にしない」

 

「はい」

 

 エリフも小さく頷いた。

 

「相手の答えを聞いてから見れば、引っ張られる」

 

「別々に見たまえ」

 

 レイニャが顔を上げた。

 

「レイニャ君」

 

「ニャ?」

 

「君は今、黙っていたまえ」

 

「ニャ……」

 

 理央は息を整え、男へ《鑑定》を使った。

 

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アルダ

 分類:人間

 現在ジョブ:商人 Lv6

 状態:拘束

 疲労度:21%

 身体異常:なし

----------------------------------

既得スキル

 交渉:6

 計算:5

 鑑定:3

 収納:3

 馬車操作:2

----------------------------------

 

 表示は、ごく普通の商人だった。

 

 理央は口に出さず、ノートへ結果を書いた。

 

 エリフは男の胸元を見た。

 

 やがて、紙に簡単な人型を描き、胸に丸を置いた。

 

 エリフは胸の印から全身へ線を引き、薄い膜を描いた。

 

 真壁は二枚の紙を順に受け取った。

 

 理央の鑑定結果には商人と出たが、エリフには胸元から伸びた魔力が男の身体を覆って見えた。

 

「この人自身の魔力ではなく、胸のところから出た何かが全身を包んでいます」

 

「魔道具でしょうか」

 

 理央の問いに、エリフは首を振った。

 

「たぶん……」

 

「でも、何をしているかまでは分からないです」

 

「子どもの戯言だ」

 

 男が吐き捨てた。

 

「そうかもしれんな」

 

 真壁は、男の胸元へ視線を置いた。

 

「ならば、確かめればいい」

 

 男の顔から、嘲りが消える。

 

 真壁が手を伸ばす前に、声だけが落ちた。

 

「剥がしてみよう」

 

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