押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

395 / 400
第395話 何したんですか

 

 朝のフェルナ村では、まだ軒の影に冷たい空気が残っていた。

 

 澪は旅鞄の口を閉じ、帰りに持っていく品目一覧を取り出した。

 

 折り目を伸ばしたところで、真壁の指が紙の下まで動く。

 

「帰る前に、売れそうなものは一通り持っていこう」

 

「一通り、ですか?」

 

「売れるかどうかは、売場へ持っていかなければ分からん。私は先に領都で手配してくる」

 

 真壁が《転移》で出掛けると、澪は村長と、品を出してもらう場所を決めた。

 

 机で眺めていた時には、随分あると思った一覧だ。

 

 これを実際に集めるとなると、鞄を閉じるのは早かった。

 

 ニャースが倉庫を開け、ニャニャミも帳面を開いた。

 

 品を並べ始めたところへ、手配を済ませた真壁が戻ってくる。

 

 ニャニャミは炭筆を持ち、出てくる束と、村長が口にする品名を見比べている。

 

「羊毛は、エルナドだと今――」

 

「その前に、持ち出してよい分を聞こう」

 

 真壁が遮ると、炭筆の先が別の欄へ移った。

 

 村の者が出した羊毛へ触れると、澪の指がふかりと沈んだ。

 

 束を持ち上げた手へ、レイニャが別の包みを差し出す。

 

「こっちはフェルトニャ。濡れた地面に直接置くなニャ」

 

「はい。こっちで見ます」

 

 理央が空いた木箱へ布を敷き、乾燥きのこの袋を受け取った。

 

 見た目ほど重くなかったらしく、持ち上げた腕が少し上へ跳ねる。

 

「これ、すごく軽いですね」

 

「乾かしてあるニャ。割れるから押すなニャ」

 

 レイニャの声を聞き、理央は袋を箱の端へ置き直した。

 

 その隣へ硬い山羊チーズが並び、束ねた香草から、澪の知る食事とは違う匂いが立った。

 

「これも持っていくですニャ?」

 

 蜜蝋の塊を抱えた村の者が、蜂蜜の瓶の隣へ置く。

 

「売れるかはまだ分からないので、少しだけ試させてください」

 

「なら、こっちも見るニャ」

 

 今度は皮革と角が出てきた。

 

 樹脂の包みを開けると、鼻の奥へ木の匂いが残る。

 

 レイニャは角を手にし、澪の一覧を覗いた。

 

「こんなのまで欲しいニャ?」

 

「使う人がいるか、見てもらいたいんです。薬草も、名前と使い方を教えてください」

 

 話を聞くたびに、理央が包みへ品名を書いた紙を添えた。

 

 真壁は出してよい数量を聞き、村長の控えと照らし合わせている。

 

「種にする分、冬越し分、自家用は残す。余剰だけだ」

 

 倉庫の奥から出しかけていた袋が、棚へ戻された。

 

 澪も収納の前に繊維と皮の継ぎ目を広げ、虫や卵の付着がないか短く見て回った。

 

 品名と数量を書き終えた包みから、靄へ収めていく。

 

「売れなかったら、戻すニャ?」

 

 ニャニャミの問いに、澪はチーズの包みで手を止めた。

 

「食べ物なら別の使い道も考えます。でも、売れなかったものを、売れたことにはしません」

 

「それも聞くニャ」

 

 炭筆が、数量の横へ小さな空欄を作った。

 

 レイニャはさっき手にしていた角が靄へ消えるのを見送り、次の包みを両手で澪へ渡した。

 

 

 

 持ち帰る包みがなくなると、倉庫前の木箱が空になった。

 

 澪が仕入れの控えを揃える間に、戻ってきた真壁は村長を倉庫の中へ呼んだ。

 

「今度は、置いていく分だ」

 

 針の小箱が並び、その横へ塩の袋が降ろされた。

 

 ニャースが小箱を開け、指先で中の包みを持ち上げる。

 

「こんなに置いていって、いいですニャ?」

 

「冬に針1本なくなるたび、扉を開くのは運用として美しくない」

 

「言い方はともかく、次の冬まで困らないよう、在庫を置きたいんです」

 

 澪が塩の袋を示すと、村長は入口から棚まで目を動かした。

 

 そこへ村の者が寄り、袋を置ける場所を空け始める。

 

 麦と芋が運び込まれ、ニャニャミの帳面には、持ち出す欄とは別の数量が並んだ。

 

 醤油の容器を受け取ったレイニャが、隣の味噌樽を見て耳を向ける。

 

「これ、もう食べていいニャ?」

 

「使い方もお伝えしてからです。全部を1度に開けないでくださいね」

 

 澪は保管する分と、まず料理に試してもらう分を分けた。

 

 棚へ運んだ村の者が味噌を覗きたそうにしていたので、澪は、汁へ少しずつ溶いて味を見る使い方を伝えた。

 

 醤油も料理へ少しずつ加え、塩を入れる前に味を確かめてもらう。

 

「これで、釣り合ってるニャ?」

 

 ニャニャミが両方の数量を指した。

 

「まだ値段が空いてるニャ」

 

「今ここで、同じ額に合わせる取引ではない。村の商品を試すための前渡し分も含め、受け払った物は帳面へ残す」

 

 真壁は金額の空欄を埋めず、村長にも控えを渡した。

 

「売場での結果を持って、正式な仕入価格と、次からの量を相談しよう」

 

 ニャースは控えを読み、針の箱を棚の手前へ置いた。

 

「使った分も、こちらで付けておくですニャ」

 

 澪は次に科学肥料の袋を出したが、運ぼうとした村の者には、そのまま待ってもらった。

 

 袋の使用表示を読み、作物と面積に合わせた使い方を紙へ写す。

 

「最初は小さな畑で試してください。同じ作物で、使わない所も残して、育ち方を比べます」

 

「たくさん撒いた方が育つんじゃないニャ?」

 

「多すぎても困るんです。葉がおかしくなったら、追加しないで、どこにどれだけ使ったかを残してください」

 

 ニャースが紙の端へ印を付け、肥料は食べ物の棚から離して置かせた。

 

 最後にセルマのポーションの箱を開ける。

 

 こちらは薬を扱う村の者へ渡し、瓶ごとの用途と保管、使う量の説明を添えた。

 

「これは飲み物の棚には置かないでください」

 

 レイニャが薬の箱へ蓋を戻した。

 

 倉庫へ来た時には空いていた棚が埋まり、村長は、受け取った紙をその棚の前で読み直していた。

 

 

 

 最後の荷を迎えるため、理央は村外れの草地へ扉を開いた。

 

 向こう側には、今朝、領都で移送の準備を整えた籠と木箱が並んでいる。

 

 理央が先に渡り、運ぶ者へ声を掛けると、澪の側にも鳴き声が届いた。

 

 籠が扉をくぐるたびに、村の子どもたちの耳がそちらへ向く。

 

 村長が用意させた飼育場所へ、籠の口を向けて運び込んだ。

 

「……100羽ですニャ?」

 

 ニャースが受払の控えを見たまま聞き返した。

 

「はい。卵を取る雌を中心に、繁殖できるよう雄も混ぜています」

 

「初期飼料も置く。増えれば、この村で群れを維持できる。糞も肥料になる。」

 

 真壁は柵の内側を歩き、夜に閉じ込める囲いの戸を押してみた。

 

 飼料の袋は真壁の収納から出たが、鶏は1羽も靄へ入れず、籠ごと扉を通った。

 

 理央は運び終えた籠を数え、村側の記録と照らしてから戻ってくる。

 

 その足元へ、柵の内側から鶏が寄った。

 

「触っていいニャ?」

 

 子どもの手が伸び、レイニャが手琴を背へ回して、その前へ立った。

 

「今は追いかけるなニャ。新しい所に来たばかりニャ」

 

 鶏が急に向きを変えた。

 

 レイニャの顔も同じ方へ動き、尻尾の先が柵を打った。

 

 子どもたちの視線が、鶏からレイニャへ移る。

 

「あたしを見るなニャ」

 

「追わないニャ?」

 

「追わないニャ!」

 

 澪は笑いを収め、水を置いた所へ回った。

 

 鶏が届く高さか確かめ、世話を引き受けた村の者と、餌を置く場所と産卵用の場所を見ていく。

 

 夜は戸を閉じること、外から入り込める隙間を残さないことも、その人と真壁が確かめた。

 

「明日の水も、頼めますか?」

 

「やるですニャ。村長と、世話の順番も決めるニャ」

 

 ニャースは飼料の袋の口を閉じ、受け取った量を書き込んだ。

 

 ニャニャミの帳面にも100の数字が残る。

 

 その横へ卵の数を書く欄を作ったところで、鶏が大きく鳴いた。

 

 白い耳が上がり、炭筆が止まる。

 

「まだ書けないニャ」

 

「さっき来たばかりですから」

 

 澪が答えると、ニャニャミはその欄を空け、帳面を閉じた。

 

 

 

 鶏を運んだ扉が消えてから、ニャニャミは家へ、出掛けることを話しに行った。

 

 戻ってきた時には、持っていた帳面が減っている。

 

 古い聞き書きのうち、仕事で使いそうな分と、新しい薄い帳面だけを布袋へ入れていた。

 

「家で、夕方には戻るって言ったニャ」

 

「村外れまで、私が送り届ける」

 

 真壁が答えると、ニャースは2人を見た。

 

「明日からも、夜は家で寝るですニャ?」

 

「そのつもりだ。研修の日も、村に戻す」

 

 ニャニャミの耳が前へ戻った。

 

 澪は村長へ、試験販売の結果を持って再訪することを伝え、鞄を持ち直した。

 

 レイニャも村の者へ手を振ってから、理央の横へ並ぶ。

 

「では、開きますね」

 

 新しい扉の向こうに、領都側の事業所脇が現れた。

 

 ニャニャミは敷居の手前で足を止めたが、レイニャが先に渡ると、その後ろへ続いた。

 

 村の土から領都の地面へ、白い足が降りる。

 

 荷車の車輪が石を叩き、ニャニャミの顔がすぐそちらへ向いた。

 

 理央も渡り終え、澪は村長へもう1度挨拶してから扉を抜けた。

 

 あちらで振っていた手が見えなくなり、接続の時間が終わると、扉も消える。

 

 ニャニャミはもう、荷車の積み方を見ていた。

 

「もっと町を見るニャ」

 

 レイニャが建物の並ぶ通りへ手を向ける。

 

「見てるニャ」

 

「荷物しか見てないニャ」

 

「あっちの店も見てるニャ」

 

 指の先には、荷を下ろす者と、店先の値札があった。

 

 レイニャの尻尾が横へ振れ、澪は2人の間から通りを覗いた。

 

 この市場は、昨日までニャニャミの帳面で空欄だった所だ。

 

「相場を見るのは、後でにしましょう。先に、孤児院へご挨拶に行きます」

 

「この町の名前、先に書くニャ」

 

 ニャニャミは立ったまま帳面を開き、澪が頷く間に、まだ行っていない町の印を直していた。

 

 

 

 孤児院の廊下で、レイニャを呼ぶ声がした。

 

 走ってきた子がその前で止まり、隣のニャニャミを見上げる。

 

「レイニャのお友達?」

 

「そうニャ。村で一緒に育ったニャ」

 

「白い!」

 

「見れば分かるニャ」

 

 ニャニャミの返事に、澪は笑いそうになった。

 

 子どもは叱られたとは思わなかったらしく、別の子を呼びに戻る。

 

 廊下の奥から足音が増え、白い耳が左右へ動いた。

 

「名前は?」

 

「ニャニャミニャ」

 

「レイニャより小さいね」

 

「そうニャ」

 

「ずっと白いの?」

 

「そうニャ」

 

 質問に答えるたび、次の子が前へ出た。

 

 理央が廊下を通る人のために場所を空けると、その分まで、子どもがニャニャミの側へ寄ってくる。

 

 レイニャは手琴を壁際へ寄せ、友人の肩越しに覗いた。

 

「そういう返事するから囲まれるニャ」

 

「答えただけニャ」

 

 小さな手が白い腕へ伸び、途中で止まった。

 

「触っていい?」

 

 ニャニャミがその手を見てから、頷いた。

 

「引っ張らないならいいニャ」

 

 子どもの指が短い毛を撫で、隣の子がレイニャの三毛と見比べる。

 

 ニャニャミは布袋を反対の腕へ移し、撫でられる方は動かさずにいた。

 

 金色の目だけが、今度は誰が聞いてくるかと、順に子どもの顔を追っている。

 

「今日は泊まるの?」

 

「夜は村へ帰るニャ」

 

「じゃあ、今は何しに来たの?」

 

「仕事を見るニャ」

 

「帳面見る方の仕事ニャ」

 

 レイニャが言い添えると、子どもがニャニャミの袋を覗いた。

 

 澪は教会へ続く方を見てから、しゃがんで声を掛けた。

 

「先に司祭様とお話ししてきますね。道を空けてもらえますか?」

 

 子どもたちが少しずつ下がり、ニャニャミの前へ通り道ができた。

 

 レイニャが先に進むと、白い足も、今度はすぐについていく。

 

「ここは、質問が多いニャ」

 

「お前が言うニャ?」

 

 澪の隣で理央が口元を押さえ、後ろから、また来てね、と子どもの声がした。

 

 

 

 教会へ入ると、子どもたちの声が背後の扉で遠くなった。

 

 窓の光が床へ落ち、ニャニャミはその手前で袋を抱え直した。

 

 澪は司祭様へ挨拶し、フェルナ村から来たケット・シーを紹介した。

 

「押入商会の仕事を見てもらうことになったんです。商人への転職についても、お話を伺いたくて」

 

 司祭様は澪の話を聞いてから、ニャニャミへ向き直った。

 

「あなたは、どうしたいのですか」

 

「やってみるニャ」

 

 返事が早く、澪は隣の白い耳を見た。

 

「昨日は、まず見てから、とお話ししましたけど、もう決めていいんですか?」

 

「村の物を持ってく所、見たニャ。売れたかどうか、その後も知りたいニャ」

 

 ニャニャミは布袋の口を少し開け、今朝書いた帳面へ目を落とした。

 

「聞く方だけじゃなくて、やってみるニャ」

 

 澪は司祭様へ頷いた。

 

「本人も、商人になることを希望しています」

 

「では、その意思で儀式を行いましょう」

 

 司祭様が立つ場所を示し、ニャニャミは帳面の袋を澪へ預けた。

 

 その指が袋から離れると、レイニャの耳が少し上がった。

 

「商人になるニャ」

 

「お前がなるんじゃないニャ」

 

「分かってるニャ」

 

 司祭様が静かに声を掛けると、レイニャは口を閉じ、理央の隣へ下がった。

 

 澪も袋を抱えたまま、祈りが始まるのを待つ。

 

 ニャニャミは姿勢を正し、炭筆を持っていない指をゆっくり揃えた。

 

 司祭様の声が礼拝堂へ響いている間は、その手も、足も動かなかった。

 

 儀式が終わって声を掛けられると、ニャニャミは自分の両手を見た。

 

「もう変わったニャ?」

 

「確かめますね」

 

 澪が袋を返すと、ニャニャミは表紙を出す前に、手を止めて待った。

 

 

 

 澪はニャニャミへ《鑑定》を使い、儀式前の控えを開いた。

 

「商人、レベル1になっています。前職には、自宅警備員のレベル10が残っていますね」

 

----------------------------------

ニャニャミ

 分類:ケット・シー

 現在ジョブ:商人

 レベル:1

 前職:自宅警備員 Lv10

 状態:良好

 疲労度:8%

 身体異常:なし

----------------------------------

基礎能力値

 体力:52

 筋力:34

 器用:89

 知力:103

 判断:112

 精神:81

 集中:119

----------------------------------

未使用SP

 17

----------------------------------

既得スキル

 千里眼:1

 鑑定:芽あり(+)

 収納:芽あり(+)

----------------------------------

 

 理央が覗こうとして、澪のノートへ顔を向け直した。

 

 澪は現在のジョブと前職を書き、新しく現れた技能も、その下へ転記する。

 

「《鑑定》と《収納》に芽が出ています」

 

 ニャニャミへ頁を向けると、白い指が、2つの名前を順に辿った。

 

「両方いるニャ?」

 

「商会で仕事をするなら、まず使える方がよい。自分で品を確かめ、持ち運べる」

 

 真壁が答えると、ニャニャミは未使用SPの欄へ目を移した。

 

「17のままニャ」

 

「芽なら、1SPずつで取れます。昨日の千里眼と同じです」

 

 理央に言われ、ニャニャミはノートから手を離した。

 

 澪には見えない表示へ意識を向けたらしく、金色の目が机より少し上で止まる。

 

「まず、鑑定ニャ」

 

 少し待ってから、白い耳が動いた。

 

「次は収納ニャ」

 

----------------------------------

未使用SP

 15

----------------------------------

既得スキル

 千里眼:1

 鑑定:1

 収納:1

----------------------------------

 

「両方、1になったニャ。残り15ニャ」

 

 頁を戻すと、ニャニャミは袋から自分の帳面を出し、同じことを書き留めた。

 

「これで、聞かなくても分かるニャ?」

 

「分かる範囲からです。レベル1なので、私と同じ所まで見えるとは限りません」

 

 澪が答える横で、レイニャが胸を張った。

 

「分からない、って出ることもあるニャ。それも教えるニャ」

 

 司祭様へ礼を言うと、レイニャはもう、外へ続く方を見て待っていた。

 

 

 

 庭へ出ると、ニャニャミは薄い帳面を両手へ載せた。

 

 レイニャが横から覗き、何も書いていない頁を閉じさせる。

 

「まず、それを入れてみるニャ」

 

 白い手の間へ靄がまとい、帳面が消えた。

 

 ニャニャミは空いた手を見て、すぐに同じ物を戻した。

 

「入ったニャ」

 

「出た方の話ニャ」

 

「入ったのを、出したニャ」

 

 澪は2人の隣で、帳面が元のままか見せてもらった。

 

 ニャニャミが次に炭筆を持つと、レイニャの尻尾が上がる。

 

「鑑定も収納も、あたしがいろいろ教えるニャ」

 

「頼むニャ」

 

「いや。ニャニャミ君には、しばらく私のもとで研修してもらう」

 

 真壁が言うと、レイニャは炭筆から顔を上げた。

 

「なんでニャ?」

 

「商会の仕事を覚えてもらうためだ」

 

 澪は昨日描いた図を思い返した。

 

 仕入れから保管、輸送と販売まで話す間に、ニャニャミは何度も真壁へ問い返していた。

 

「真壁さんなら、物流も取引も見てますし、その方がよさそうですね」

 

 理央も頷き、レイニャは持ち上げていた尻尾を下ろした。

 

「あたし、先に教えるって言ったニャ」

 

「帳面を出すのは、教わったニャ」

 

 ニャニャミが表紙を撫でると、レイニャは何か言いかけ、手を引っ込めた。

 

 真壁は2人のやり取りが終わるのを待ち、ニャニャミへ声を掛ける。

 

「では、事業所へ行こう」

 

 澪と理央も、村から持ち帰った荷を見直すため、一緒に庭を出た。

 

 レイニャは子どもたちの声に振り向き、手琴を持ち直して孤児院側へ戻る。

 

「後で、何教わったか聞くニャ」

 

 ニャニャミが頷くと、レイニャはまだ少し不満そうな顔で、廊下の子へ手を振った。

 

 

 

 事業所へ着くと、澪と理央は、荷を置く方へ回った。

 

 ニャニャミは真壁について、人のいない作業室へ入る。

 

 机があるのを見つけ、布袋を椅子の上へ置いた。

 

「帳面、どこで見るニャ?」

 

「それは後だ」

 

 真壁は空いた机へ、小さな魔石を置いた。

 

 ニャニャミは袋の口に掛けていた指を離し、その石を見る。

 

 ただの石ではないらしく、表面には細かな加工があった。

 

「鑑定するニャ?」

 

「まず、これを収納したまえ」

 

 ニャニャミはさっきの帳面を思い出し、魔石を手に載せた。

 

 指の間へ収まる大きさで、荷物を運ぶ練習には小さすぎる気もした。

 

「あたしの収納に入れるニャ?」

 

「そうだ」

 

 真壁の返事は、机へ帳簿を出す時と変わらなかった。

 

 ニャニャミが《収納》を使うと、魔石は靄の中へ消える。

 

 手を下ろす前に、視界の中で、何かが続けて現れた。

 

 白い耳が上がり、ニャニャミは机を見直した。

 

 置かれていた石は、もうない。

 

 しかし、その石を入れた《収納》から、動き始めたものがあるようだった。

 

 

 

 ニャニャミは現れた名前を読んだ。

 

 昨日は知らない技能が1つあるだけで、皆でノートを覗いた。

 

 今は、それより長い表示が目の前にある。

 

----------------------------------

スキルの芽を確認

 雷:芽あり(+)

 重力:芽あり(+)

 移動加速:芽あり(+)

 地図:芽あり(+)

 体術:芽あり(+)

 浄化:芽あり(+)

 緑の手:芽あり(+)

----------------------------------

 

「芽が、いっぱいあるニャ」

 

 真壁へ言い終える前に、次の表示が現れた。

 

 ニャニャミはSPを使おうとはしていない。

 

----------------------------------

未使用SP

 8

----------------------------------

既得スキル

 千里眼:1

 鑑定:1

 収納:1

 雷:1

 重力:1

 移動加速:1

 地図:1

 体術:1

 浄化:1

 緑の手:1

----------------------------------

 

「……SPが減ったニャ」

 

「正常だ」

 

「7減ったニャ」

 

「必要な基礎だ」

 

 ニャニャミは残っている8を読み、さっき自分で書いた15を思い出した。

 

 帳面を出して計算するまでもなかった。

 

「あたし、使ってないニャ」

 

「私が組み込んだ技能の芽を出し、使えるSPがあれば1ずつ投入する。スキルブースト用の魔石だ」

 

「だから、収納しろって言ったニャ?」

 

「収納した者へ働くように作ってある」

 

 ニャニャミは指を開き、魔石を戻そうとした。

 

「まだ出さなくてよい」

 

「また減るニャ?」

 

「初回の取得は済んだ。続けて芽を増やすわけではない。そのまま入れておけば、今の10技能へ経験が入り続ける」

 

 真壁は指で机を軽く示し、ニャニャミの手を下ろさせた。

 

「基礎能力を強化する経験も蓄積する。私自身の技能情報を使って、研修に要る分を組み込んだ」

 

「千里眼もニャ?」

 

「それもだだ。鑑定と収納も育成するようにしてある」

 

 ニャニャミは自分の手を眺めた。

 

 炭筆を持つ指が太くなったわけでも、脚が急に長くなったわけでもない。

 

 なのに、入れておくだけで、これからも続くらしい。

 

「出したら止まるニャ?」

 

「作動は止まる。今は入れたままで構わん」

 

 ニャニャミは頷いたが、帳面を見せてもらうつもりで来たことを、まだ覚えていた。

 

 その机へ、真壁が今度は、小瓶を置いた。

 

 

 

 ニャニャミは小瓶を取り上げずに、真壁の顔を見た。

 

「そして、これを飲みたまえ」

 

「何ニャ?」

 

「竜血疲労耐久薬だ」

 

 耳が横へ倒れた。

 

 真壁はその反応を見ても、瓶を引っ込めなかった。

 

「名前が嫌ニャ」

 

「効果はよい」

 

「疲れるって、先に言ってるニャ」

 

「疲労に耐え、回復する力を高める。仕事を覚える途中で疲れ切っては、続きが頭に入らん」

 

 ニャニャミは瓶の向こうへ、自分の布袋を見た。

 

 帳面を読むための薬としては、大げさな名前に聞こえた。

 

「家には帰るニャ?」

 

「約束した通りだ」

 

「寝るニャ」

 

「当然だ。睡眠を省く薬ではない」

 

 ニャニャミはやっと瓶を受け取り、口を開けた。

 

 鼻を寄せてから離すと、真壁が椅子の向きを机から変えた。

 

「飲むまで待つニャ」

 

「待っている」

 

 ニャニャミは、もう席を立つ支度をしている真壁を見ながら、薬を飲んだ。

 

 口に残った味へひげが動き、空の瓶を持つ手だけが、少し机の上で止まる。

 

「帳面は、いつ見るニャ?」

 

「持っていく。現物を見ながらだ」

 

 瓶を受け取った真壁は、ニャニャミの布袋へ目を向けた。

 

 ニャニャミは袋の口を結び、椅子から持ち上げる。

 

 机に座る方が好きだが、現物を見る、と言われると、聞きたい品の名前が先に浮かんだ。

 

 

 

「では、私の知っている町へ行こう」

 

「今からニャ?」

 

「今からだ」

 

 ニャニャミが袋を持ち直すと、真壁はその横へ立ち、《転移》を使った。

 

 作業室の床が消え、足の下へ別の地面が来た。

 

 荷の油と海の匂いが鼻へ入り、ニャニャミは耳を立てる。

 

 人の少ない場所へ着いたはずなのに、遠くでは船荷を呼ぶ声が重なっていた。

 

「港の市場を見よう。町の名は、こちらだ」

 

 真壁に名を教わり、ニャニャミは新しい帳面を開いた。

 

 市場へ入ると、足の下にも、通りを行き来する人の振動が届く。

 

 店先の品を見てから《千里眼》へ意識を向けると、さっきまで分からなかった町の価格が出た。

 

「見えるニャ」

 

「購入と売却を分けて書く。単位も落とすな」

 

 ニャニャミは町名の下へ塩と羊毛を並べ、数を写した。

 

 店の値札も見て、すぐ横へ、別の欄を作る。

 

 売場の値と市場の基準を同じ所へ書けば、後でどちらを見たのか分からなくなる。

 

「店の方も書くニャ」

 

「出所を分ければよい」

 

 真壁が次へ進む間に、ニャニャミは《地図》も開いた。

 

 足で通った所が残り、近くの店へ曲がった道も辿れる。

 

 もう1軒、と顔を上げた時には、真壁は人通りの外へ向かっていた。

 

「もう次ニャ?」

 

「見終えたのだろう」

 

「まだ店があるニャ」

 

「明日も来られる。今日は登録を増やす」

 

 ニャニャミは炭筆を挟んで帳面を閉じ、真壁についていった。

 

 次に着いた町では、海の匂いがなかった。

 

 内陸の市場へ入ると、袋を下ろす音の向こうで、布を広げた店主の声がする。

 

 ニャニャミは町名を聞き、港で調べた品をこちらでも指定した。

 

 今度も値が出る。

 

 表の続きを埋め、同じ品の列へ指を滑らせると、真壁が横から紙を覗いた。

 

「戻ってから比べよう」

 

「歩くより、書く方が忙しいニャ」

 

「そのために連れてきた」

 

 ニャニャミは頷き、次の頁を開きかけた。

 

 真壁は空の色を見て、先に帳面を閉じさせる。

 

「今日はここまでだ。家で休みたまえ」

 

 村外れへ送り届けられると、フェルナ村の夕飯の匂いが風に乗った。

 

 ニャニャミは帰る道へ足を向け、真壁へ、明朝迎えに来る時刻を確かめた。

 

 

 

 翌朝、真壁は事業所へ顔を出し、これからニャニャミを迎えに行くと言った。

 

 澪が昨夜の帰宅を聞くと、村外れへ送り届けた時刻が返ってくる。

 

 出発前に村長と決めた約束には、ちゃんと間に合っていた。

 

「今日は何をするんですか?」

 

「昨日の続きを」

 

 真壁はそれだけ答え、持っていた控えを置いて出ていった。

 

 澪は、ニャニャミが帳簿の読み方を覚えるには、よい相手だと思いながら、村の商品へ添えた紙を開いた。

 

 仕事が一段落した時には、もう昼が近かった。

 

 《世界地図》を見ると、真壁とニャニャミは港町にいる。

 

「今日は港町ですね」

 

 澪が口にすると、向かいで理央が顔を上げた。

 

「市場を見る研修じゃないですか? 荷物も集まりますし」

 

「そうですね」

 

 澪はノートへ2人のいる町の名を書き、仕入れの控えへ戻った。

 

 次の日、同じように開いた地図では、2人はその港町にいなかった。

 

 国の境を辿ってから、澪の指が紙の上で止まる。

 

「……国、変わってません?」

 

「昨日と違う所ですか?」

 

「別の国です」

 

 理央へ町の名を伝えると、そちらも自分の《世界地図》を開いた。

 

 2人で、それぞれの表示を見比べるように、同じ名を口にする。

 

「真壁さんなら、行けるんでしょうけど……」

 

 澪は、見学のために出掛けたばかりの白いケット・シーを思い返した。

 

 知らない宿が嫌だと言っていた。

 

 夜は家へ戻っていると、その朝も真壁から聞いている。

 

 そこは変わらないのに、昼の行き先だけが随分遠い。

 

 また別の日には山間部で、次に目を留めたのは、見覚えのある火山だった。

 

 澪は表示を閉じず、2人の位置をもう1度確かめた。

 

「……火山にいるんですけど」

 

「何の研修ニャ?」

 

 孤児院から寄ったレイニャが、机の横で耳を立てる。

 

 見せられない表示の代わりに、澪は火山の名をノートへ書いた。

 

 レイニャはそれを覗き、地名から澪の顔へ目を移した。

 

「市場があるニャ?」

 

「それは分かりません」

 

「真壁さんですから……」

 

 理央が言うと、澪はその顔を見た。

 

「それで納得していいんでしょうか」

 

 レイニャのひげが動き、誰も続きを答えなかった。

 

 今、問い掛けても向こうへ届く連絡手段はない。

 

 澪は真壁が戻った時に聞くことをノートへ残し、手元の仕事を進めた。

 

 翌朝、迎えに行く途中で寄った真壁へ聞いても、返事は短かった。

 

「夜には村へ戻している。休息も取らせている」

 

「それは分かりましたけど、昼間は?」

 

「実地の研修だ」

 

 真壁はいつも通りの顔で、今日も出ていった。

 

 澪が後で地図を開くと、2人はまた火山にいた。

 

 火山の名の横へ、澪は小さく疑問符を書き足した。

 

 

 

 東都へ納品する前夜、事業所の窓へ夕日が差していた。

 

 澪は並べた箱の荷札を読み、理央が持つ納品帳と数量を合わせる。

 

 試験販売用の村の商品は、明日の納品分と混ざらないよう、別に保管してあった。

 

「こっちまでで、明日の分です」

 

 理央が指で帳面を辿り、澪は最後の箱へ紙を戻した。

 

 入口近くでは、レイニャが手琴を膝へ置いて待っている。

 

 真壁とニャニャミは、今夜も村へ直接戻るのだろうと思っていた。

 

 その扉が開き、聞き慣れた靴音が入ってきた。

 

「お帰りなさい」

 

 理央の声に澪が顔を上げると、真壁の横に、ニャニャミがいた。

 

 白い毛も、金色の目も、領都に来た日と変わらない。

 

 布袋は手に持っていて、くたくたになって運ばれてきた様子でもなかった。

 

「やっと帰ってきたニャ」

 

 レイニャが立つと、ニャニャミは耳をこちらへ向けた。

 

「毎晩帰ってるニャ」

 

「そういう意味ではなくて……」

 

 澪が言うと、ニャニャミは机の納品帳を見た。

 

 すぐ自分の帳面を出すかと思ったが、先に箱の並びへ目が動いた。

 

 荷札を読もうとして、理央の作業する所は避けて立つ。

 

「ちょうどよかったです。明日は東都へ納品なんですよ」

 

「そうだね。だから戻ってきた。」

 

 真壁はいつものように、机の空いている所へ手を添えた。

 

 澪は、何の研修だったのか聞こうとして、ニャニャミへ目を戻した。

 

 商人になってから、どれだけ仕事に慣れたのかも聞きたい。

 

 ノートにはまだ、教会で写したレベル1の記録が残っていた。

 

 澪はその頁を開き、ニャニャミへ声を掛けた。

 

 

 

「今の状態を、見せてもらってもいいですか? 教会での記録と合わせておきたいんです」

 

「はいニャ」

 

 ニャニャミは布袋を机へ置いた。

 

 澪はノートを片手に、《鑑定》を使う。

 

 目の前へ表示が現れ、名前からその下へ読み進めた。

 

 筆記具を持つ指が止まる。

 

 澪は書き写す前に、ノートを見た。

 

 同じ名前が、紙の上にもある。

 

 視界へ目を戻し、もう1度、上から読んだ。

 

「澪さん?」

 

 理央が呼んだが、澪は返事をしなかった。

 

 ニャニャミの白い顔を見る。

 

 金色の目がこちらへ向き、片方の耳だけが傾いた。

 

「どうしたニャ?」

 

 澪はもう1度表示へ目を移した。

 

 紙に写すはずだった手は、動かないままだった。

 

 ニャニャミの向こうでは、真壁が、納品帳へ目を落としている。

 

 澪がそちらを向くと、真壁は顔を上げた。

 

「……何したんですか?」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。