押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第40話 報酬袋と白金インゴット

 

 セルマ工房の作業台には、雫の印をつけた100mlの透明ボトルと、手の印をつけた20mlの小さな丸い容器が、数をそろえて並んでいた。

 

 澪はその横で、使用後の聞き取り欄を作っていた。飲んだ日、塗った日、傷の種類、しみたかどうか、赤みが出たかどうか。書いているうちに、薬を売るというより、宿題を増やしているような気持ちになってくる。

 

 セルマは、控え用に残した澄み手当て一式を手元へ寄せて、調合記録と見比べていた。水耕治癒草の成熟葉31枚から取った薬効露は、予想よりもずっと濃かった。以前の治癒草1枚からでも濃い薬効露が取れていたのに、光る棚で育った葉は、それよりさらに強かった。

 

 31枚。

 

 1枚あたり、以前の約3本分。

 

 飲用澄みポーションに換算して、約93本分。

 

 そこから60組を販売分に回し、残りはセルマ工房控え、品質確認、報告用、予備に残した。

 

 数字だけ見ると、だいぶ立派だった。

 

 だが澪は、数字が立派になるほど帳面も立派になることを、もう知っていた。

 

「この欄、もう少し広くした方がいいですかね。赤み、かゆみ、痛み、しみる、あと……苦情」

 

「苦情ではなく、使用後の確認よ」

 

 セルマは顔を上げずに言った。

 

「同じ意味に見えます」

 

「薬師と錬金術師にとっては違うわ」

 

 澪が返事をしようとした時、工房の表で戸を叩く音がした。

 

 リュシアが先に動いた。戸を開けると、組合の使いが、封蝋のついた紙片と布袋を抱えて立っていた。紙片をセルマへ、布袋を作業台へ置く。布袋は、小さいのに、置いた時に鈍く重い音がした。

 

「セルマ工房の澄み手当て一式、最初の販売分だ。60組、たしかに納めた分の報酬だ」

 

 澪は、手に持っていたペンを落としかけた。

 

「60組分……」

 

 使いは長居しなかった。セルマが控え札を受け取り、封蝋を確認する。使いが出て行くと、工房の中に、布袋の重さだけが残った。

 

 リュシアが袋を軽く持ち上げる。

 

「重いね」

 

「小金貨60枚ですか」

 

 澪は、自分の声が少し浮いているのを感じた。

 

 売上ゼロ。

 

 その言葉は、ここで初めて過去のものになる。

 

 そう思った瞬間、胸の奥が、ふっと明るくなった。

 

 セルマは布袋を見ても、はしゃがなかった。まず紙片を読み、控えと照らし合わせている。薬の責任者の顔だった。

 

「60組。使用後の聞き取りは、次に報告すること。容器の再使用なし。飲用と塗布用の取り違えなし。……条件は前のままね」

 

「売上の確認より先に、そこなんですね」

 

 澪が言うと、セルマは当然のように頷いた。

 

「薬は売った後が怖いのよ」

 

 リュシアは笑って、布袋の口紐をほどいた。

 

 小金貨が、布の上へざらりと落ちた。

 

 1枚、2枚ではない。丸い金貨が重なり、灯りを受けて鈍く光る。60枚になると、金貨は「お金」ではなく、厚みのある山に見えた。

 

 澪は思わず息を呑んだ。

 

「これが……押入商会の初売上」

 

「正確には、最初の販売分の報酬ね」

 

 セルマが訂正する。

 

「でも、売上ですよね」

 

「そうね。薬として渡され、対価が戻ってきた。そこは大きいわ」

 

 澪は小金貨の山を見た。

 

 嬉しい。

 

 かなり嬉しい。

 

 けれど、頭の端に、容器の注文履歴が浮かんだ。グリセリン。ラベル。光る棚。屋根に貼った発電シート。力をためる箱。あたしの国で先に払ったものが、ずらっと並んでいる。

 

 この60枚は、全部自由に使える金ではない。

 

 そのことも、もう分かっていた。

 

 

 

 

 

「じゃあ、まず皿を作ろうか」

 

 リュシアが作業台の端から小皿を集め始めた。

 

 薬匙用の皿、月塩の皿、蜜晶の小皿、澪が持ち込んだ白い小皿まで並ぶ。澪は、小皿が増えるたびに、金貨の山が小さくなる未来を見た。

 

「あの、まず白金仕入れの皿ですか」

 

 澪が言うと、リュシアは首を横に振った。

 

「違う。最初に消してはいけない皿を作る」

 

「消してはいけない皿?」

 

 リュシアは小皿を一枚、作業台の中央へ置いた。

 

「セルマ工房の皿だよ」

 

 セルマが少し眉を寄せた。

 

「材料費を先に戻すべきではないの?」

 

「戻す。でも、薬にしたのはセルマだ。工房の名で出したのもセルマ。何かあった時に最初に呼ばれるのもセルマだよ。そこを抜いたら、商売じゃなくて押しつけだ」

 

 澪は黙って頷いた。

 

 たしかに、容器もグリセリンも澪が買った。けれど、澄み手当て一式はセルマ工房の薬として外へ出ている。調合、申請、品質、使用後の確認。全部、セルマの責任につながっている。

 

「セルマ工房取り分、小金貨12枚」

 

 リュシアが小金貨を12枚、小皿へ置いた。

 

 金貨の山が、目に見えて低くなる。

 

 澪の胸も少し沈む。

 

 でも、その重さは正しい気がした。

 

 リュシアは次の皿を置いた。

 

「月塩、蜜晶、清め水、工房の消耗品。小金貨6枚」

 

 また金貨が動く。

 

「組合報告、使用後の聞き取り、控え管理。小金貨4枚」

 

「聞き取りにもお金がかかるんですね」

 

「人が動くからね。帳面も増える」

 

 セルマは否定しなかった。

 

 リュシアはさらに小皿を置く。

 

「薬草棚維持と次回栽培分。小金貨3枚」

 

 光る棚、水で育てる薬草、次の葉、次の抽出。

 

 薬は売ったら終わりではない。

 

 次を育てるところへ、もう金貨が流れていく。

 

 ここまでで、小金貨25枚。

 

 残り35枚。

 

 リュシアは、空の皿を作業台の手前へ置いた。

 

「次が澪の皿だ」

 

「私の皿?」

 

「容器、とろみの材料、ラベル、光る棚、屋根の薄い板、力をためる箱。先に買ったのは澪だろ」

 

 澪は言葉に詰まった。

 

 そうだ。

 

 セルマが薬にした。リュシアが商売の道筋を作った。けれど、容器やグリセリン、設備を買ったのは澪だった。しかも、あたしの国のお金である。

 

「でも、小金貨はあたしの国へ持っていきません」

 

「だから、白金だよ」

 

 リュシアは、その皿を指で叩いた。

 

「澪に小金貨を渡すんじゃない。澪が先に出した分を、白金で戻す。あたしの国で買ったものは、あたしの国のお金に戻さないと次が買えないんだろ」

 

 セルマも静かに頷いた。

 

「薬を続けるには、材料を出した者が戻せなければならないわ。澪の立て替えが戻らないなら、次の容器も、とろみの材料も来ない」

 

 リュシアは小金貨を30枚、その皿へ置いた。

 

 残りは小金貨5枚。

 

「これは異世界側の運転資金と予備。何かあった時に空では困る」

 

 澪は並んだ皿を見た。

 

 セルマ工房。

 

 材料。

 

 組合と報告。

 

 薬草棚。

 

 白金仕入れ。

 

 予備。

 

 売上。

 

 でも、全部に行き先がある。

 

 嬉しさの上に、現実が重なってくる。小金貨60枚は、急に「初めてのお金」ではなく、「次を作るために行き先を決めるお金」に見えた。

 

「報酬袋、開けた瞬間が一番多かったです」

 

 澪が呟くと、リュシアが笑った。

 

「商売の袋は、開けた後が本番だよ」

 

 リュシアは白金仕入れの皿に置かれた小金貨30枚を見て、少しだけ表情を変えた。

 

「ただ、今回は白金の話が大きい」

 

 澪は嫌な予感がした。

 

「大きい、ですか」

 

「その顔は、少しじゃないですね」

 

「商売の顔を読むのが早くなったね」

 

「嬉しくない成長です」

 

 リュシアは笑ったが、その目は真面目だった。

 

「白い重い砂に買い手がついたって話が広まった。値が上がった。そうすると、欲張りが出る。金洗い場、古い選鉱場、沈み桶、炉底の残り、薬師筋、錬金術師筋。あちこちから、白い重砂を持ち込む者が出てきた」

 

 セルマの顔が少し厳しくなる。

 

「薬師や錬金術師が使う分は?」

 

「手は出してない。使っている分、取り置いている分は除いた。持ってきたのは、沈み桶の底に溜まっていた分、捨て場に置かれていた分、場所を食っていた袋、あとは欲張りが売りに来た分。出所札をつけてある」

 

 リュシアは作業台を軽く指で叩いた。

 

「澪が欲しがるものだってことは分かってる。でも、町で揉めたら高くつく。だから、出所を分けた」

 

 澪は白金仕入れの皿を見ていた目を、リュシアへ移した。

 

「もう、集めてあるんですか」

 

「ある」

 

 返事が早かった。

 

 澪は、報酬袋の重さよりも、次に来る何かの重さを感じた。

 

 

 

 

 

 セルマ工房の裏口に荷車が止まった。

 

 最初に降ろされた麻袋が、石床に置かれた時、鈍い音がした。次が続く。さらに次。袋の底から湿り気がにじみ、床に薄い泥の跡が広がっていく。

 

 1袋、2袋、3袋。

 

 澪は途中で数えるのをやめかけたが、リュシアが札を読み上げるので、やめられなかった。

 

 金洗い場、沈み桶。

 

 古い選鉱場、捨て場。

 

 持ち込み分。

 

 炉底残渣混じり。

 

 薬師筋の半端分。

 

 袋にはそれぞれ木札が結ばれている。場所の名前、持ち込んだ者、引き取り日が、リュシアの字で書かれていた。

 

 40袋。

 

 セルマ工房の裏口は、薬を作る場所というより、重い砂の倉庫になった。

 

「リュシアさん」

 

 澪は、やっと声を出した。

 

「これは……報酬袋より多いです」

 

「小金貨60枚は袋1つだろ。こっちは40袋だね」

 

「そういう比較ではなく」

 

 リュシアは腰に手を当て、麻袋を見た。

 

「先に押さえないと、もっと値が上がる。白い重い砂を買う者がいると分かったら、次はもっと吹っかけてくるよ」

 

 セルマは袋の札を確認していた。

 

「出所札は全部あるわね」

 

「ある。札がないものは買ってない」

 

「使っている工房から奪っていない?」

 

「奪ってない。使っているところは残した。揉める白金は高いからね」

 

 澪は、リュシアを見た。

 

 薬の販売手数料ではなく、白金材料の調達料。

 

 たしかにこれは、仕事だった。

 

 ただ集めたのではない。値が上がり始めたものを、揉めないように押さえ、出所を分け、人を使って運ばせた。

 

 セルマは工房の扉を見た。

 

「中へ入れるなら、扉を閉めるわ。外から見せるものではない」

 

 澪は頷いた。

 

 収納分離は、前にセルマとリュシアが慎重に扱うと決めたものだ。白金そのものより、澪の収納の方が危うい。

 

 麻袋が運び込まれる。湿った砂の匂いが工房に入った。薬草の青い匂いと、鉱物の湿った匂いが混じる。

 

 セルマが表の扉を閉める。窓には布を掛ける。リュシアは裏口の外で人払いをし、荷車の男たちを遠ざけた。

 

 工房の中は、急に狭くなった。

 

 白い重砂の麻袋40袋。

 

 澪の初売上の喜びは、その麻袋の前で、かなり小さくなった。

 

 

 

 

 

「実費を出すよ」

 

 リュシアは出所札の束と一緒に、別の小さな木札を並べた。

 

 澪は記録帳を開く。

 

「白い重砂の引き取り代、小金貨25枚」

 

 澪の手が止まる。

 

「25枚」

 

「欲張りが増えたからね。安くはない。でも買わないと、次はもっと高い」

 

 リュシアは次の札を置く。

 

「運び手、荷車、乾かす場所で小金貨12枚」

 

「12枚」

 

「麻袋40袋を、誰が手で持ってくるんだい」

 

「はい」

 

「金洗い場、選鉱場、沈み桶の管理人への礼で小金貨8枚」

 

 澪は黙って書く。

 

「持ち込み人の選別、出所札、袋分けで小金貨5枚」

 

「……実費合計、小金貨50枚」

 

「そう」

 

 リュシアは澪が書き終えるのを待ってから、さらりと言った。

 

「私の調達料が小金貨20枚」

 

 澪は顔を上げた。

 

「20枚」

 

「大口調達、交渉、出所札管理、揉め事防止込み。薬を作ってもいないのに売上から手数料を抜くつもりはないよ。私の仕事はこっちだ」

 

 セルマが頷いた。

 

「薬の報酬ではなく、白金材料の調達料ね」

 

「そういうこと」

 

 澪は帳面に書いた。

 

 実費50枚。

 

 調達料20枚。

 

 合計70枚。

 

 過去砂金前払い控除、小金貨1枚相当。

 

 今回支払い、小金貨69枚。

 

 書いた瞬間、白金仕入れの皿が頭に浮かんだ。

 

 小金貨30枚。

 

 足りない。

 

「……白金仕入れの皿、30枚しかありません」

 

 澪は正直に言った。

 

 リュシアは悪びれなかった。

 

「だから言ったろ。先に押さえないと値が上がる」

 

「売上ゼロを抜けた日に、買掛ができるんですか」

 

「商売は、そういう日もある」

 

「そういう日、早すぎませんか」

 

 セルマが、少しだけ笑った。

 

「今回は内金にしましょう。白金仕入れの皿から30枚を払う。残り39枚はリュシアへの未払いとして帳面に残す。押入商会の手持ちを全部削るより、その方が薬を続けられるわ」

 

 澪はセルマを見た。

 

「未払いでいいんですか」

 

 リュシアは肩をすくめた。

 

「白金が分離できるなら、残りは払えるだろ。出所札と帳面があるなら、私は待てる」

 

「リュシアさん、急にすごく商人ですね」

 

「ずっと商人だよ」

 

 澪は、白金調達支払いの欄に書いた。

 

 支払総額:小金貨69枚。

 

 今回支払い:小金貨30枚。

 

 未払い:小金貨39枚。

 

 売上ゼロは卒業した。

 

 卒業したその日に、買掛ができた。

 

「売上とは」

 

 澪が呟くと、リュシアがにやりとした。

 

「次を買うための入口だね」

 

「財布が膨らむものだと思ってました」

 

「それは、もっと後だよ」

 

 セルマは麻袋を見た。

 

「この白金が、澪の立替を戻す橋になるなら、今は入口でいいわ」

 

 澪は帳面を閉じなかった。

 

 閉じたら逃げた気がする。

 

 

 

 

 

 セルマ工房の扉が閉まり、窓に布が掛けられると、外の音が少し遠くなった。

 

 工房の中には、湿った重砂の匂いがこもっている。薬草棚の青い香り、月塩の乾いた匂い、蜜晶の甘い香り。そのどれにも似ていない、重く湿った匂いだった。

 

 澪は麻袋の出所札をひとつずつ確認し、収納へ登録していく。

 

 金洗い場、沈み桶。

 

 古い選鉱場。

 

 捨て場。

 

 持ち込み分。

 

 炉底残渣混じり。

 

 出所札を外さない。袋ごとに登録する。後で混ざったら、もう追えない。

 

 澪は手を袋の上にかざした。

 

「白い重砂。袋1。出所札あり。湿り気あり。未分離。登録」

 

 収納へ入れる感覚は、いつもの箱や容器とは違った。

 

 重い。

 

 体に重さがかかるわけではないのに、頭の奥でずしりとした感触がある。砂の粒が、ひとまとまりではなく、いくつもの重さを持っているように感じる。

 

 40袋を登録し終える頃には、澪のこめかみが重かった。

 

「もうこの段階で疲れてます」

 

 澪が言うと、リュシアが外から戻ってきて笑った。

 

「まだ砂を入れただけだよ」

 

「言わないでください」

 

 セルマは真面目な顔で言った。

 

「無理はしないで。白金より、澪が倒れる方が困るわ」

 

「白金より人命優先、ありがとうございます」

 

「当たり前よ」

 

 澪は小さく息を整え、収納内の状態を確認した。

 

 湿り気。

 

 泥。

 

 小石。

 

 木屑。

 

 まず、それを分ける。

 

 澪は、収納の中で袋ごとの区画を作るように意識した。出所札ごとに、湿り気を抜いた後の重砂として登録し直す。粗いふるいにかけるように、泥の塊、小石、木片を外す。

 

 鑑定が表示された。

 

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白い重砂

 回収元:金洗い場、古い選鉱場、沈み桶、持ち込み分

 湿重量:約800kg

 乾燥・粗ふるい後:約600kg

 出所別登録:維持

 推奨:成分別分離

----------------------------------

 

「乾燥・粗ふるい後、約600kg……」

 

 澪は表示を読んで、少し笑いそうになった。

 

 笑わないとやっていられない数字だった。

 

「600kgの砂を、これから分けます」

 

 リュシアが肩をすくめる。

 

「押し入れの中に選鉱場があるみたいだね」

 

「本当に言い方」

 

 セルマは、出所札の束を握ったまま言った。

 

「外へ見せない選鉱場ね」

 

 澪は頷いた。

 

 外へは見せない。

 

 ここでやる。

 

 そして記録する。

 

 

 

 

 

 成分別分離は、薬効露を分けた時と似ているようで、まったく違った。

 

 薬効露は、香りや苦味やエグミを避ける作業だった。今回は重い。硬い。混ざっている。粒の大きさも違えば、沈み方も違う。

 

 澪は収納の中で、白い重砂全体を広げるように意識した。

 

 白金粒。

 

 砂金。

 

 砂鉄。

 

 希少重鉱物残渣。

 

 砂礫。

 

 分ける。

 

 ただ分けるのではなく、出所別登録を残したまま分ける。

 

 袋ごとに混ざり方が違う。金洗い場の砂は細かい。古い選鉱場のものは黒い粒が多い。持ち込み分には小石が混じる。沈み桶の底のものは、重い粒が多いが泥も多い。

 

 澪の額に汗がにじんだ。

 

 体を動かしているわけではないのに、集中力が削られていく。収納の中に、600kgの砂の山があり、それを用途別に分ける。そんな感覚だった。

 

 鑑定表示が出た。

 

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収納分離

 対象:白い重砂

 処理量:約600kg

 分離項目:白金粒、砂金、砂鉄、希少重鉱物残渣、砂礫

 出所別登録:維持

 重量管理:成功

 成分別保管:成功

 混在物分離:成功

 推奨:個別容器へ出庫

----------------------------------

 

 澪は膝に手をついた。

 

「できた……」

 

 すぐに次の表示が出る。

 

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白い重砂 分離結果

 白金粒:約24kg

 砂金:約3.1kg

 砂鉄:約200kg前後

 希少重鉱物残渣:約350kg強

 砂礫:少量

 注意:全量即時売却非推奨

 推奨:出所別保管、分割売却、税務相談

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 澪は、最初に白金24kgを見た。

 

 次に、砂金3.1kgを見た。

 

 その後で、「全量即時売却非推奨」と「税務相談」を見た。

 

 明石さんの顔が浮かんだ。

 

 いつもの穏やかな顔で、たぶんこう言う。

 

 説明できる記録はありますか。

 

 澪は青ざめた。

 

「売れます。売れるから、駄目です」

 

 リュシアが首を傾げた。

 

「金になるものを持ちすぎて困るのかい」

 

「困ります。ものすごく困ります」

 

 セルマは白金粒の表示を見つめたまま、静かに言った。

 

「強すぎる薬と同じね」

 

「それ、分かりやすいけど嫌です」

 

「使い方を間違えると、効きすぎるものは危ないわ」

 

 澪は何も言い返せなかった。

 

 白金24kg。

 

 これを一気に現代側で売るなど、絶対にできない。

 

 だが、容器代、グリセリン代、光る棚の費用、次の仕入れには必要だ。

 

 必要な分だけ。

 

 記録して。

 

 分けて。

 

 少しずつ。

 

 澪は深く息を吸った。

 

「まず、保管しやすい形にします」

 

 

 

 

 

 その時、頭の奥で、何かが少しだけ開いた。

 

 澪はふらつき、作業台に手をついた。セルマがすぐに近づく。

 

「澪?」

 

「大丈夫です。たぶん、レベルが……」

 

 澪は自分を鑑定した。

 

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篠原澪

 体力:低下

 集中:高

 鑑定:6

 収納:7

 錬金:3

 商才:上昇中

 手仕事:成長中

 彫金:1

 新規経験:大容量混合物分離

 新規経験:出所別保管

 新規経験:重量管理

 備考:収納内で、混ざった素材を用途別に分けた

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「収納、7になりました」

 

 澪が言うと、リュシアが感心したように口笛を吹いた。

 

「麻袋40袋の効果かい」

 

「言い方が雑です」

 

 セルマは、すぐには笑わなかった。

 

「収納を見て」

 

 澪は頷き、さらに鑑定する。

 

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収納:7

 新規理解:分離保管庫

 大容量登録:強化

 出所別登録:可能

 重量管理:可能

 成分別分離:可能

 複数区画保管:可能

 分離後出庫:可能

 新規機能:溶解

 新規機能:固形化

 登録履歴保持:可能

 備考:分離済み素材を、保管・売却しやすい形へ整えられる

----------------------------------

 

 澪は表示の真ん中で固まった。

 

「溶解。固形化」

 

 セルマの声が少し低くなった。

 

「分けるだけではなく、状態を変えるのね」

 

「……それ、やばいですか」

 

「便利よ。便利すぎるものは、扱いを間違えると危ないわ」

 

 リュシアは白金粒と砂金の記録を見た。

 

「押し入れの中に、また工房が増えたね」

 

「増やした覚えはありません」

 

 澪は表示をもう一度読む。

 

 分離済み素材を、保管・売却しやすい形へ整えられる。

 

 そこで、答えに気づいた。

 

 白金粒のままでは困る。

 

 砂金のままでも困る。

 

 粒や砂は、袋からこぼれる。説明しにくい。重さも管理しづらい。現代側で売るにも、保管するにも、形が悪い。

 

「……インゴット」

 

 澪が呟くと、セルマが聞き返した。

 

「インゴット?」

 

「金属の塊です。重さをそろえて、保管しやすくする形です」

 

 リュシアが小皿の白金粒を見た。

 

「白い粒を、塊にするのかい」

 

「はい。全部じゃなくて、一部だけ。記録用に粒のまま残して、売却候補は重さをそろえます」

 

 セルマはゆっくり頷いた。

 

「溶解と固形化。錬金術の言葉に近いわ」

 

「収納なんですけど」

 

「もう、それだけではないと思うわ」

 

 澪は聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 

 白金粒を出所別に確認し、売却候補分を重量ごとにまとめる。

 

 100g。

 

 500g。

 

 1kg。

 

 澪は全部を一度に固めなかった。粒のまま残す記録用、出所確認用、保管用を分ける。セルマが横で出所札を読み上げ、澪が収納内で区画を分けた。

 

 溶解。

 

 固形化。

 

 収納内で、白金粒の散らばった感触が、一つの重い塊にまとまっていく。高温の炎はない。炉の音もない。けれど、粒だったものが、重さを持つ形へ変わる。

 

 澪は500g分を出庫した。

 

 掌に乗る白い金属の塊は、粒とはまるで違う迫力があった。

 

 鑑定する。

 

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白金インゴット

 分類:白金素材

 重量:500g

 由来:白い重砂 分離済み

 状態:固形化済み

 用途:現代側での素材売却、保管

 注意:売却時は分割、記録必須

----------------------------------

 

 澪は黙って表示を読んだ。

 

「……売却時は分割、記録必須」

 

 また書かれている。

 

 鑑定が何度も釘を刺してくる。

 

 リュシアが白金インゴットを見た。

 

「粒より、ずっと高そうに見えるね」

 

「実際、高いです」

 

「じゃあ、澪の顔が青いのはなぜだい」

 

「高すぎるからです」

 

 リュシアは笑った。

 

 次に、砂金を扱う。

 

 砂金は現代換金の主力にしない。小金貨流出の話をしたばかりで、今度は砂金を売り始めたら、話がややこしくなる。だから当面保管だ。

 

 それでも、砂のままでは管理しづらい。

 

 一部だけ、保管用に固形化する。

 

----------------------------------

金インゴット

 分類:金素材

 重量:100g

 由来:白い重砂 副産物

 状態:固形化済み

 用途:保管

 注意:当面売却保留

----------------------------------

 

「当面売却保留。はい、そうします」

 

 澪は素直に頷いた。

 

 砂鉄は量が多すぎる。砂鉄約200kg前後。希少重鉱物残渣約350kg強。こちらは今は保管だけにする。名前をつけ、出所別に収納の中へ置く。

 

 レアアースもタングステンも、今は出さない。

 

 今は白金だけで十分すぎる。

 

 

 

 

 

 白金インゴットがいくつか並ぶと、工房の空気が変わった。

 

 薬草の工房に、金属の重さが入った。透明ボトルや小さな塗り薬の容器とは違う、黙っていても存在感のある重さだった。

 

 澪は記録帳の端で、ざっくり計算してしまった。

 

 白金24kg。

 

 全部を現代側で売れば、かなりの金額になる。

 

 容器代どころではない。グリセリン代どころでもない。光る棚、発電シート、力をためる箱。全部買えてしまう。下手をすれば、押入商会の資金繰りが一気に変わる。

 

 だからこそ駄目だ。

 

 全部売るのは、不自然すぎる。

 

 法人帳簿。買取店。明石さん。税金。売却記録。出所説明。分割売却。

 

 澪は白金インゴットを見て、喜ぶより先に頭を抱えた。

 

「これは、少しずつです」

 

 セルマが聞く。

 

「一度に澪の国で金にしないのね」

 

「はい。一度に持っていったら、説明が大変です。売るのは、当面の容器代、グリセリン代、光る棚の材料費に必要な分だけ。残りは出所別、重量別に保管します」

 

 リュシアは腕を組んだ。

 

「金になるものを、持ってるのに売らない」

 

「持ってるから、全部は売れないんです」

 

「商売って難しいね」

 

「それをリュシアさんに言われると困ります」

 

 セルマは白金インゴットを一つ見つめていた。

 

「白金も、薬の外側の記録ね」

 

「はい」

 

「なら、これも薬を続けるための材料として扱いましょう。売った日、売った量、何を買ったか。全部残す」

 

「また帳面です」

 

「薬を続けるための帳面よ」

 

 澪は小さく笑った。

 

 もう、逃げられない。

 

 小金貨の帳面。

 

 白金の帳面。

 

 容器の帳面。

 

 薬の帳面。

 

 押入商会は、薬を作るたびに、紙も増やしている。

 

 

 

 

 

 六畳間に戻る頃には、澪の頭は熱く、体は妙に重かった。

 

 ローテーブルに記録帳を広げる。ペンを持つ手に、まだ白金インゴットの重さが残っている気がした。

 

 初回販売報酬:小金貨60枚。

 

 セルマ工房取り分:小金貨12枚。

 

 月塩・蜜晶・清め水・工房消耗品:小金貨6枚。

 

 組合報告・使用後聞き取り・控え管理:小金貨4枚。

 

 薬草棚維持・次回栽培分:小金貨3枚。

 

 白金仕入れ内金:小金貨30枚。

 

 異世界側運転資金・予備:小金貨5枚。

 

 白金材料調達支払い総額:小金貨69枚。

 

 今回支払い:小金貨30枚。

 

 未払い:小金貨39枚。

 

 白い重砂受入:約800kg。

 

 乾燥後:約600kg。

 

 白金粒:約24kg。

 

 白金インゴット化:一部完了。

 

 砂金:約3.1kg、保管。

 

 砂鉄:約200kg、保管。

 

 希少重鉱物残渣:約350kg強、保留。

 

 収納:7。

 

 新規機能:溶解、固形化。

 

 書けば書くほど、初売上の喜びが帳面の重量に押されていく。

 

 澪は、途中でペンを置いた。

 

「売上ゼロを卒業したはずなのに、未払いができてます……」

 

 しかし、悪い重さではなかった。

 

 報酬袋は、確かに来た。

 

 薬は、売れた。

 

 セルマにも、薬の責任に見合う取り分が残った。

 

 白金は、薬を続けるための橋になった。

 

 収納は、ただ物を入れるだけではなくなった。

 

 澪は収納の中を意識した。

 

 そこには、出所別に保管された白金インゴット、砂金、砂鉄、希少重鉱物残渣が並んでいる。売ってはいけないほど多い未来の資金が、静かに区画分けされていた。

 

 押入商会は、初めての報酬袋で売上ゼロを卒業した。

 

 けれどその日の終わり、澪の収納には、白金インゴットと砂金と砂鉄と、売ってはいけないほど多い未来の資金が並んでいた。

 

 売上が立った日。

 

 押し入れは、ただの収納ではなく、分離して固める小さな金属倉庫になっていた。

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