押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第408話 ちょうどよくするニャ

 ヴァルディス侯爵領の事業所では、窓から入る朝日が、理央のノートの端を白く照らしていた。

 

 昨日選んだ水色の毛布を机へ置くと、光の当たった毛羽だけが、まだ白に近く見える。

 

 その横には、青の染料を追加する時の控えが挟んであった。

 

 理央は本番に使う量を書く所を空け、窓に背を向けて座るニャニャミを見た。

 

 白い尾が椅子の脚に沿い、机には、毛布の配合とは別の帳面が開かれている。

 

 細い指の間でペンが動き、少し離れた机では、真壁が書類をめくっていた。

 

「理央さん。変なのがあるニャ」

 

「どこですか?」

 

「白皿丘ニャ」

 

 ニャニャミは《千里眼》で見ている内容を書き終えると、帳面を理央へ向けた。

 

 肩を並べてのぞいても、本人が追っている空中には何も見えない。

 

 理央は、紙の上で薪の行を探した。

 

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白皿丘 市場情報   単位:銀貨

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品目      買値 売値 需要指数 供給指数 相場

薪・窯燃料   29 25 96   41   ↑↑

陶器      46 39 89   65   ↑↑

梱包用藁・緩衝材18 15 88   57   ↑↑

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「え、待ってください。これ前よりかなり減ってません?」

 

「前は需要82、供給67ニャ」

 

 ニャニャミは別の帳面を開き、研修で白皿丘を訪ねた日の記録を見せた。

 

 理央は日付を確かめ、今日の供給指数へ指を戻す。

 

「41……。燃料、全然足りてないじゃないですか」

 

 陶器を欲しがる方も強いのに、焼くための物が来ていない。

 

 売値の列より、供給の列の方が気になった。

 

「こっちも変ニャ」

 

「まだあるんですか?」

 

 次の頁へ指が移り、理央は自分のノートを手元へ引いた。

 

「こっちもニャ」

 

「何個あるんですか?」

 

 ニャニャミは挟んだ紙を数え、途中で耳を傾けてから、最後まで数え直した。

 

「……11個ニャ」

 

「今日やるのは3つにしてください!」

 

 出掛ける前から、持参するノートが足りなくなりそうだった。

 

 ニャニャミは細かな変動の分を脇へ分けたが、机の上の紙は、あまり減らない。

 

 真壁が席を立ち、白皿丘の表へ目を通した。

 

「数字は入口だ。原因は現地で確かめたまえ」

 

「私たちで、ですか?」

 

「そのための市場情報だろう」

 

「行くニャ」

 

 ニャニャミはもう、持っていく帳面を揃えていた。

 

 理央も鞄を取ったが、真壁が続けたので、口を開いたまま待つ。

 

「余っているからといって、必要な分まで取る必要はない。高く売れるから運ぶのでもない。続く値にしたまえ」

 

「……続く値、ですか」

 

「現地で考えたまえ」

 

 値段を決める方は、昨日の買物より難しそうだった。

 

 理央はすぐ返事をせず、ニャニャミが出した古い巡見帳へ顔を寄せる。

 

 頁の角は丸くなり、地名の下には、現地で見た物が細かく書かれていた。

 

 水車町リーデンから白皿丘、赤樺湿地、銀鹿山へと指で辿り、白皿丘の燃料不足の所で止まる。

 

 赤樺湿地には泥炭の候補があり、用途の欄には、窯補助燃料、宿場燃料、乾燥試験対象と残っていた。

 

「……これ、もう答え書いてありません?」

 

「書いてあるニャ」

 

 理央は候補の欄から指を離し、白皿丘への納品記録も開いた。

 

 そこには、水を切り、乾燥させ、固めた泥炭を真壁が届けたことが残っていた。

 

「……もう届けてるじゃないですか」

 

「続きがあったニャ」

 

 巡見で見つけた所まで読んで、止まってしまっていた。

 

 理央は納品の頁へ紙を挟み、今日の供給41と並べる。

 

「使える燃料なんですね。だったら、また持っていけばいいんじゃないですか?」

 

「今も欲しいか、聞くニャ」

 

 ニャニャミが指した先には、当時の受取先が書いてあった。

 

 白皿丘の陶工頭、ベルトラム・ハイス。

 

 理央はその名前を今日の訪問先へ写し、窯場で聞くことを空いた所へ書いた。

 

 ニャニャミが《地図》で白皿丘の道を確かめ、訪ねる窯場と、荷車の通路を外せる所を紙へ描いた。

 

 理央は自分の《世界地図》で地形を合わせ、事業所の通路から離れた場所へ《関門接続》の扉を開く。

 

 向こうの乾いた土に人も荷車もいないのを見てから、ニャニャミが先に抜けた。

 

 理央は巡見帳を鞄へ入れ、仕入れ用に預かった会社の資金も、自分の財布とは別に収めた。

 

 白い土の上で待つニャニャミへ続くと、後ろで扉が消えた。

 

 

 

 丘の斜面を渡る風が、理央の足元で白い土を巻いた。

 

 窯場へ下る道には乾いた轍が残り、靴底がその縁を崩すたび、細かな粒が転がっていく。

 

 屋根の上には煙が見えたが、近づいてみると、煙の出ていない窯の方へ、焼く前の器が集まっていた。

 

 棚の皿はまだ土の色をしていて、職人が縁に触れないよう持ち替え、空いた段を探している。

 

 理央は荷を運ぶ人の横を空け、ニャニャミと窯場の入口で挨拶した。

 

 呼ばれて出てきたベルトラム・ハイスは、ニャニャミの帳面へ目を留めた。

 

 理央が押入商会から来たと名乗ると、彼は窯口にいた職人へ後を頼み、薪置き場の方へ歩く。

 

「今度は、何を持ってきた?」

 

「今日は、先にお話を聞きに来ました。燃料が足りないと分かったので」

 

「足りないよ。注文はある。土もある。あっちは、焼くのを待ってるだけだ」

 

 軒の下には薪が積まれていたが、床へ残った跡の方が広かった。

 

 職人が抱えて持っていくと、奥の壁がさらに見える。

 

「買い足せないんですか?」

 

「頼んではいる。値も上がった。だが、金を払ったその日に木が乾いて届くわけじゃない」

 

 ベルトラムは丘の向こうへ顔を向けた。

 

「近くの林をもっと切れと言われても、ずっとそれじゃ続かん。土が流れたら、こっちも困る」

 

 理央は、薪の高い数字へ添えようとした言葉を飲み込んだ。

 

 高いなら買えばいい、では、火を待つ皿は棚から動かない。

 

 焚いている窯の前を通ると、頬が熱くなった。

 

 隣の窯口へ移れば、外の風で襟元が冷える。

 

「供給41って、こういうことなんですね……」

 

「数字より、窯の方が分かりやすいニャ」

 

 ニャニャミは不足の理由を書く頁を開き、薪の到着と注文の話を短く書いた。

 

 理央は白皿丘への納品記録を出し、ベルトラムに尋ねる。

 

「以前、真壁さんが乾燥させた泥炭を届けていますよね。あれをまた持ってきたら、使えますか?」

 

「ああ、あの燃える土か。使える。あれを持ってきてくれるなら助かるよ」

 

 返事は、理央が思っていたより早かった。

 

 ベルトラムは薪の横に空いた所を指し、職人が荷を運ぶ通路も示した。

 

「水が残ったままじゃ困るが、真壁さんが届けた物なら分かる。あのように乾かしてくれ」

 

「水分を除いて、運びやすい形にします」

 

「そうだ。ここへ置けば、職人が使う分を窯へ持っていける」

 

 ニャニャミが受取場所を書き、理央は今日必要な分を聞いた。

 

 ベルトラムは、止めている窯と今ある薪を見比べる。

 

「何でも全部泥炭へ替えるわけじゃない。こちらで火を見て組み合わせる。その分を頼みたい」

 

「分かりました。赤樺湿地へ行ってきます」

 

 原料を確保して加工する間、空いた場所へほかの荷を置かないよう、ベルトラムが職人へ声を掛けた。

 

 2人はその邪魔にならない所から窯場を出て、白い土の道へ戻った。

 

 ニャニャミの紙の地図と湿地の位置を合わせ、理央が次の扉を開くと、向こうの足元は、今の道より濃い色をしていた。

 

 

 

 扉を抜けると、湿った冷たい空気が、理央の頬へ触れた。

 

 道の固い所を選んで接続したはずなのに、縁へ足を掛けると、靴底の下で水が動く。

 

 ニャニャミが先へ出て止まり、踏める所を指した。

 

 白い尾が地面に触れない高さへ上がっている。

 

「そこ、沈むニャ」

 

 理央は足を引き、彼女の踏んだ跡へ置き直した。

 

 赤樺の幹の間には水が光り、枯れた葉と新しい草の入り交じった地面が、道から先へ広がっていた。

 

 木の芽が動くほどの風はあるが、低い所には、濡れた葉の匂いが溜まっている。

 

 古い巡見帳には足場の注意もあり、理央は地面を見てから、紙に引かれた進行路を見た。

 

 今なら、採る物の名前より先に、戻る道が書いてある理由が分かる。

 

 宿場へ着くと、薬草を干した軒の下から、番頭のライナーが出てきた。

 

 理央は名乗り、真壁が以前に調べた泥炭を、白皿丘の燃料として運びたいと伝える。

 

「真壁さんが見ていった、黒い土だね」

 

 ライナーは湿地の方へ顔を向け、近くにいた住民へ声を掛けた。

 

 2人はその後について、道から外れすぎない所へ進む。

 

 踏まれた跡から離れると、低い地面には水が溜まり、その縁に黒褐色の塊が重なっていた。

 

 濡れた草が引っ掛かり、雨に打たれた面は崩れかけている。

 

 ニャニャミは固い足場で帳面を開き、赤樺湿地の市場情報を写して理央へ渡した。

 

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赤樺湿地 市場情報   単位:銀貨

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品目      買値 売値 需要指数 供給指数 相場

未乾燥泥炭    ―  ― 32   93   ↓↓

石鹸      25 21 89   51   ↑↑

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「供給93なのに、値段がないんですね」

 

「まだ、続けて売ってないニャ」

 

 理央は紙から目を上げ、足元の塊を見た。

 

 燃料にして白皿丘へ届けた物と、ここにある物の間には、乾かす仕事が残っている。

 

「泥炭、あるニャ」

 

「どれですか?」

 

「これニャ」

 

 ライナーと来た住民が、塊を板へ載せた。

 

 草の根のような物が混じり、切った面から水がにじむ。

 

 板にも、すぐ濡れた跡ができた。

 

「……びしょびしょですけど」

 

「泥炭ニャ」

 

「燃えるんですか、これ」

 

「乾かすニャ」

 

「今は燃えない土じゃないですか」

 

「今はニャ」

 

 ライナーが笑い、板の端から垂れた水を避けた。

 

「こんな物を欲しがるとはね。今ここで、燃料にして売っている者はいないよ」

 

「前の記録には、水を切った物や、乾燥用に薄くした物もありました。売るために採る人は、まだいないんですね」

 

「ああ。持っていくなら、この辺りの物で相談しよう。道の下を掘られたり、水の流れを変えられたりしては困る」

 

 住民が板を置き、採ってよい範囲を歩いて示した。

 

 理央とニャニャミはそれぞれ《鑑定》で状態を調べ、水を多く含む物と、土や石の混じり方を、口に出して確かめる。

 

 採る場所は紙へ残し、道を支える所や水の通り道には手を付けなかった。

 

「これ、材料代はいくらになりますか?」

 

 理央が尋ねると、ライナーは板の上を見た。

 

「その土に値を付けていたわけじゃない。今日持っていく分の土代は要らないよ。切り出して、ここまで運ぶ人には相談しておくれ」

 

 住民が袖をまくり、理央はその手に付いた泥を見た。

 

 原料の値段がなくても、目の前へ揃うまでに人が動いている。

 

「お願いします。その手間は払います」

 

 必要な分と対価を相談すると、住民が足場を確かめながら切り出し、板へ載せていった。

 

 ニャニャミは採取を手伝った人と支払う分を帳面へ残し、理央は会社の資金から対価を渡した。

 

「乾かすのは、私たちがやります」

 

 理央が靄へ収めると、板の上から濡れた塊が消えた。

 

 収納内工程で水分を全て除き、乾いた泥炭を、運びやすい大きさへ固めていく。

 

 真壁が届けた時と同じように、湿り気を残さない形へ整え、理央は加工後の状態を《鑑定》で確かめた。

 

 見本を板へ出すと、ライナーが、今度は自分から近づいた。

 

「もう乾いたのか?」

 

「はい。これを持っていきます」

 

 彼は塊を持ち上げ、掌の上で返した。

 

 さっき板へ置かれた時とは重さが違い、指先に水も付かない。

 

 住民も肩越しにのぞき、濡れた物があった跡を見た。

 

「軽くなったな」

 

「水を運ばずに済むニャ」

 

 ニャニャミが言うと、ライナーは乾いた塊を板へ戻した。

 

「これを、向こうが買うのかい?」

 

「ベルトラムさんが欲しいと言っています。届けてきますね」

 

 理央は見本も荷へ戻し、今日確保した分を取り違えないよう控えをしまった。

 

 戻る道で振り向くと、ライナーと住民は、まだ黒褐色の塊が残る方を見ていた。

 

 

 

 白皿丘へ戻ると、ベルトラムが薪置き場の横を空けて待っていた。

 

 理央は湿地へ持ち帰る見本を取り分け、控えに書いた受取場所へ、注文分の乾いた泥炭を靄から出した。

 

 黒褐色の塊が積み上がると、近くで薪を運んでいた職人が足を止めた。

 

「前に来た、燃える土か」

 

「ああ。こちらから運べ。通路は空けておけよ」

 

 ベルトラムは塊を持ち上げ、表面へ指を当ててから、掌の上で返した。

 

 濡れて重かった原料とは違い、指へ残るのは乾いた細かな粒だけだった。

 

 彼が切り口を確かめる間、理央も《鑑定》で加工後の状態を見て、湿り気が残っていないことを伝える。

 

「これならいい。持ってきてもらって助かった」

 

 返事を聞いた職人が荷へ手を伸ばし、窯の方へ抱えていった。

 

 理央はその後を目で追う。

 

 湿地では、雨を受けて崩れかけていた物だ。

 

 ここでは職人が受け取り、火を入れるために運んでいる。

 

「今ある薪と一緒に使う。あちらの窯にも回せるな」

 

 ベルトラムの声で別の職人が動き、止まっていた窯口から道具が出された。

 

 薪と泥炭は混ぜて積まず、職人が取りやすい位置へ分けて置く。

 

「次も頼みたい。今の薪だけを買い足すより、こちらの方で負担を抑えられるなら、なおいい」

 

 理央は仕入れの控えを出し、加工と納入を含めた条件を相談した。

 

 採取を手伝った人へ払った分は、そのまま残す。

 

 ニャニャミが現地で書いた欄を指すと、ベルトラムは受け取った荷を見て、今日納めた分の条件に頷いた。

 

「火を止めて待っているより、早く欲しい。次の分も、出せるなら相談してくれ」

 

「今なら、少しくらい高くても――」

 

「高く、まで言ったニャ」

 

「途中です!」

 

 理央が顔を上げると、ベルトラムもこちらを見ていた。

 

 ニャニャミは値段を書く手を止め、理央の言葉の続きを待っている。

 

「……今日だけじゃなく、続けて買ってもらえる条件にしたいです。加工する分を増やせれば、また持ってこられますから」

 

「それなら、次に欲しい分も書いておこう」

 

 ベルトラムが注文の控えへ手を伸ばしたので、理央は息を吐いた。

 

 ニャニャミが受取条件を読み返し、理央は納品した分の代金を受け取った。

 

 窯へ回った泥炭の分と、置き場へ残した分を職人と合わせ、受取の印が付いた控えをしまう。

 

 冷たかった窯口に火の色が映り、薪を足す手が、隣の泥炭へ伸びた。

 

 ニャニャミは少し離れた所で《千里眼》を使い、結果を転記した。

 

「戻りました?」

 

「白皿丘、需要94、供給58ニャ。相場も↑ニャ」

 

「41からは、増えましたね」

 

「まだ足りないニャ」

 

「ですよね」

 

「でも、前より真ん中ニャ」

 

 理央は最初の頁と並べ、今日の納入分と、次に欲しいと言われた分を分けて残した。

 

 ベルトラムに次の相談を約束し、2人は窯場を出る。

 

 理央は受取の印が乾いたのを確かめ、湿地で見せるための控えを取りやすい所へ挟んだ。

 

 荷車の通路を外して《関門接続》を開き、赤樺湿地へ戻った。

 

 宿場まで歩くと、ライナーが宿の前で荷を下ろす人へ場所を空けていた。

 

 理央たちを見つけ、すぐにその手を止める。

 

「どうだった?」

 

「買ってもらえました。次も欲しいそうです」

 

 理央が受取の印のある控えを示すと、ライナーは紙を受け取って、品名から精算の欄へ目を移した。

 

 採取を手伝った住民も寄ってきて、その肩の横からのぞく。

 

「……あの土が、売れたのか?」

 

「乾かした物が、です」

 

 理央は乾燥品の見本を板へ出した。

 

 ライナーが持ち上げるより先に、住民の手が伸びる。

 

「材料はただだぞ。乾かせば、こんな値が付くのか」

 

「採って運ぶ分と、乾かして形を揃える分も入ってます」

 

 理央は控えの欄を示したが、住民の目は乾いた塊から離れなかった。

 

 もう一人が近づき、掌を差し出す。

 

 塊がそちらへ渡ると、先に見ていた住民は、今度は湿地の方を振り向いた。

 

「自分たちで乾かしたら、買ってくれるんじゃないか?」

 

「欲しい所はあるニャ」

 

「なら、採るだけじゃなく、乾かす所までやった方がいいな」

 

 ライナーも控えを返さず、次の注文の所を読み直した。

 

「宿場へ荷を持ってくる町の者にも、声を掛けてみよう。あれを干す場所なら、相談できそうだ」

 

 理央はペンを持ったまま、ニャニャミを見た。

 

 こちらが仕事を頼む前に、どこへ置くか、誰を誘うかという話が始まっている。

 

 ニャニャミの耳は、話す人の方へ次々と向いた。

 

「乾いた物を買う条件、書くニャ」

 

 理央は板の上の見本へ顔を戻した。

 

「このように水を抜いて、運んでいる間にも濡れないようにしてもらいたいです。土や石も混ぜずに。濡れたままの分とは、値段を分けます」

 

「乾いた分の方が高いか」

 

「こちらで乾かす手間が減るので、その分は、そちらで受け取ってもらえます」

 

 住民は見本を返さず、もう一度重さを確かめた。

 

 ライナーが湿地の高い方を示すと、彼もそちらへ歩き出す。

 

 2人の後を追う間、理央は足を置く所を見ながら、受取条件を書く頁を開いた。

 

 低い所から離れると、風が袖の中へ通った。

 

 雨を避けるために屋根を使えるか、水切りした物をどこへ広げるか、ライナーが住民と相談する。

 

「乾くまで場所を取るな。積み上げたままじゃ、下まで乾かんだろう」

 

 住民が塊を板へ置き、横へ広げるように手を動かした。

 

 理央は頷き、出来上がった分を見せてもらう日を相談する。

 

「乾いた分ができたら、見せてください。こちらで買って、白皿丘へ届けます。その間の注文分は、うちで加工します」

 

「それなら、出来上がった分から売れるな」

 

 住民は板の上の塊を見て、広げた指の間隔を狭めた。

 

「運ぶ形も、これに揃えればいいか?」

 

「はい。乾かす場所が決まったら、そちらでも話を聞かせてください」

 

 ライナーは宿場へ荷を運ぶ者を通じて近隣へ話を出すと言い、乾燥場所と採取を担う人を募ることになった。

 

 続けて白皿丘へ運ぶ分は、宿場へ来る運び手へ便と費用を尋ね、窯場の受取条件と合わせる。

 

 ニャニャミはその欄を未決のまま残し、次に聞く相手と日を記した。

 

「運ぶところまで払ってもらえるなら、やる者もいるだろう。今日は、まずこれを見せて回るよ」

 

 ライナーは見本を板へ載せて住民に渡し、採る範囲を示した紙は自分で持った。

 

 理央も採ってよい範囲をもう一度確かめ、道や水の通り道を掘らないことを条件へ入れる。

 

 住民が見本の板を抱えて宿場へ戻ると、近くにいた者が、その手元をのぞき込んだ。

 

「あれが売れたってよ」

 

 聞いた方が、湿地へ顔を向ける。

 

 理央はその横を通り、帳面を鞄へ戻した。

 

 赤樺湿地の未乾燥泥炭は需要40、供給86、相場は↓↓のままだった。

 

 ニャニャミが書いた現在値の下へ、理央は、現地で乾いた物を受け取る条件の紙を挟む。

 

 宿場を出る時にも、見本の周りには人が残っていた。

 

 

 

 宿場の外へ出てから、ニャニャミが帳面を次の頁へめくった。

 

 理央は風に冷えた指を握り直し、彼女が書き終えるのを待つ。

 

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石場町 市場情報   単位:銀貨

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品目      買値 売値 需要指数 供給指数 相場

木材      18 14 62   91   ↓↓

小麦粉     29 25 91   49   ↑↑

縄       31 27 86   55   ↑↑

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「今度は木材ですね」

 

 木材が多い町でも、小麦粉の供給は低い。

 

 理央がそちらへ指を移しかけると、ニャニャミは次の比較を見せた。

 

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銀鹿山 市場情報   単位:銀貨

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品目      買値 売値 需要指数 供給指数 相場

支保工用木材  24 20 95   46   ↑↑

鉄製工具    68 58 93   43   ↑↑

食料      27 23 91   55   ↑↑

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「余ってる町と、足りない町ニャ」

 

 理央は木材と支保工用木材を指で結び、巡見帳の銀鹿山の頁を開いた。

 

 掘る前に支保工を入れ、排水と送風を整え、帰る道を残す。

 

 採れた石の値段より前に、その順番が書いてあった。

 

「また真壁さんたちが先に見つけてます」

 

「今、必要になったニャ」

 

「安全にする作業が、まだ続いてるんですね」

 

 ニャニャミは原因の欄を空け、物品屋で聞くと書いた。

 

 理央も今の言葉に印を付け、確かめる前に理由を埋めないようにする。

 

 《関門接続》で石場町の町外れへ抜けると、靴の泥の上へ、白い石粉が付いた。

 

 採石場の方で乾いた打撃音が続き、道では、重い荷を載せた車輪がゆっくり回っていた。

 

 理央は荷車が曲がるのを待ち、ニャニャミと材木商を訪ねる。

 

 木材置き場へ入ると、石粉の匂いに、切った木の匂いが混じった。

 

 薪にする短い物と、長さを揃えた材は、別の所へ積まれている。

 

「銀鹿山の支保工に使う材を探しています。町で使う分を先に教えてください」

 

「成長したニャ」

 

 材木商が答えようとした所で、理央はニャニャミへ顔を向けた。

 

 白い耳は真っ直ぐ立ち、ふざけている様子がない。

 

「契約済みも除いてください」

 

「成長したニャ」

 

「冬に残す分も――」

 

「すごく成長したニャ」

 

「毎回言わなくていいです!」

 

 材木商は口元を緩めたまま、売り先の決まった山を指した。

 

「そこを持っていかれると困る。町の修繕に出す分は向こうだ。売れる分は、こっちで見てくれ」

 

 理央は示された札を確かめ、ニャニャミが帳面へ写すまで待った。

 

 供給91を見ていた時より、候補にできる山は小さい。

 

「全部、すぐ出せるわけじゃないんですね」

 

「木なら何でも同じにはならんからな。坑道へ入れるなら、なおさらだ」

 

 材木商は短い端材の山から離れ、真っ直ぐな材を出した。

 

 理央が《鑑定》で割れや腐れを調べる間、ニャニャミは寸法と乾燥状態を、材木商の話と別々に控える。

 

 表だけで良さそうに見えても、内部に傷みのある物は候補から外した。

 

 材木商も切り口へ手を当て、使える材の札を揃えていく。

 

「坑道側が欲しい寸法に合うかは、向こうで見てもらいます。まず、この候補を持っていってもいいですか」

 

「構わん。受け取る分が決まったら、こっちの控えと合わせよう」

 

 候補材の条件を聞く時、理央は市場の買値18銀貨を、注文欄へそのまま写さなかった。

 

 実物に付く値と、売れる分を、材木商の控えから別に書く。

 

 次に届ける便について尋ねると、彼は荷車組を呼んでくれた。

 

 荷車の横で話を聞き、積み下ろしに使う手と、次便を受けられる日を紙へ残す。

 

「今日は、先に持っていって確かめます。続ける分は、この便で運ぶことも含めて相談したいです」

 

 荷車組は銀鹿山の物品屋を受取先の欄へ書き、積む材の長さも見た。

 

 ニャニャミは自分の《地図》と話を合わせ、継続便の道を帳面へ落とす。

 

 理央は候補材を預かり、印の付いた札ごと靄へ収めた。

 

 荷車が通る所を外して次の扉を開くと、向こうには山の斜面と、木材を置ける空いた地面が見えた。

 

 

 

 銀鹿山の物品屋へ歩いていくと、店先へ下げた縄が、風を受けて揺れていた。

 

 その下に手袋が並び、油の容器と鉄製工具は、出入りする人にぶつからない所へ寄せてある。

 

 理央が挨拶する横で、ニャニャミは研修の時に書いた頁を開いた。

 

 店主は彼女の帳面へ目を留め、2人の用件を聞くと、奥から注文の控えを出した。

 

「材は欲しいよ。ただ、切れ端をたくさん持ってこられても、坑道を支える物にはならない」

 

「石場町で候補を選びました。長さと乾き具合も、見てもらいたいです」

 

 理央は控えを差し出し、店主が指定する荷置き場へ材を出す。

 

 物品屋を通して来てもらった鉱夫代表が、切り口を見てから、材に沿って歩いた。

 

 ニャニャミも《鑑定》で調べた内容を口に出し、傷みのために除いた物があることを伝える。

 

 使える分を選ぶのは、ここで支保工を入れる側だ。

 

 理央は相手が現物を確かめる間、坑道の入口へ目を向けた。

 

 内側には支える材が続き、脇の水路を、水が絶えず流れている。

 

 送風の音に交じって車輪が鳴り、トロッコを動かす人が、入口の通路を空けた。

 

「まだ、安全にする作業が続いているんですか?」

 

「ああ。使う所を整えながら進めてる。先に掘って、後から帰れなくなっても困るからな」

 

 鉱夫代表は材を指し、次に支える所で欲しい長さを店主へ伝えた。

 

 理央は巡見帳にあった順番と、今聞いた話をノートで合わせる。

 

 昔の方針が残っているから、今は、その作業を続ける材が要る。

 

「この分は使える。できれば、もっと欲しい」

 

「継続して出せる量を確認してからです」

 

「商人っぽいニャ」

 

「商人です!」

 

 返事だけが早くなり、理央は鉱夫代表の方へ向き直った。

 

「……今日の候補とは、分けて相談させてください」

 

 店主は笑いながら、追加で欲しい分を注文の控えへ書いた。

 

「全部一度に約束されるより、その方がいい。届くつもりで待つと、作業の順番までずれる」

 

 ニャニャミは使える材の札と、注文の条件を合わせた。

 

 理央は紙へ記された受取場所と荷役の話を確かめ、石場町で聞いた荷車組の費用も示す。

 

「初回は私たちで持ってこられます。次は荷車で届く分も、受けてもらえますか」

 

「ここで材を見て、坑道側へ渡す。それは変わらんよ。便の予定が決まったら、こっちにも控えを寄こしてくれ」

 

 理央は市場の売値20銀貨の行と離れた所へ、店主と相談した条件を書いた。

 

 買う材の品質と、運ぶ人へ払う分を抜いて、差額だけを比べるのをやめる。

 

 候補材は荷置き場へ預け、2人は石場町へ戻って、材木商と数量、受取条件を突き合わせた。

 

 地元へ残す分は動かさず、選んだ材の数量と札を控えで合わせ、代金を支払う。

 

 荷車組へ物品屋の注文の控えを渡し、次の便と、継続して出せる量を確認する日を決めた。

 

 ニャニャミは双方の連絡先を紙で持ち、理央と銀鹿山へ戻る。

 

 店主へ継続便の控えを渡すと、鉱夫代表は預けてあった材の札を確かめ、初回分の受渡しへ署名した。

 

 物品屋で精算を終える間に、材の一部が、坑道へ向かう荷へ移される。

 

 理央は支えるための木が運ばれていくのを見てから、ニャニャミの開いた帳面へ顔を寄せた。

 

「石場町、木材は需要66、供給82ニャ。相場は↓ニャ」

 

 彼女が次の行を書き終えると、銀鹿山の支保工用木材は需要89、供給64、相場は↑になっていた。

 

「こっちも、真ん中に寄りました」

 

「ニャ」

 

 理央は、今日納めた分と次の便の予定を、同じ行へ書かずに分けた。

 

 鉱夫代表はもう、運び込む材の向きを作業者へ伝えている。

 

 店主へ挨拶をして離れると、入口を抜ける風が、理央の汗の引いた首元へ冷たく当たった。

 

 

 

 昼食を済ませ、3件目の頁を開く頃には、理央の靴の泥も乾いていた。

 

 ニャニャミは帳面の背を支え、今度は、水車町リーデンの情報を写す。

 

------------------------------------------------------

水車町リーデン 市場情報   単位:銀貨

------------------------------------------------------

品目      買値 売値 需要指数 供給指数 相場

小麦粉     18 14 68   94   ↓↓

塩       31 27 88   53   ↑↑

------------------------------------------------------

 

「小麦粉は、こっちで余ってるんですね」

 

 理央が言うと、ニャニャミは隣に新町の表を写した紙を置いた。

 

------------------------------------------------------

新町 市場情報   単位:銀貨

------------------------------------------------------

品目      買値 売値 需要指数 供給指数 相場

小麦粉     32 28 95   54   ↑↑

木材      25 21 89   62   ↑

陶器      58 49 88   57   ↑↑

------------------------------------------------------

 

「こっちは、足りないニャ」

 

 同じ品名なのに、供給の列がずいぶん違う。

 

 理央は粉屋で聞く欄を空けたまま、リーデンの町外れへ扉を開いた。

 

 水車の音は、川沿いの道へ出る前から聞こえていた。

 

 回る羽根から水が落ち、建物の中では、木と木が動く低い音が続く。

 

 粉屋へ入ると、靴底の砂が床板に鳴り、理央は足を止めて、入口で落とせる分を払った。

 

 麦の匂いのする袋と、粉を詰めた袋が、通路を残して積まれている。

 

 窓から差す午後の光の中に、白い粉が細かく舞った。

 

「新町へ回せる粉を探しています。今、売れる分を見せてもらえますか」

 

 粉屋は2人を袋の前へ案内し、先に届け先の決まった分を、札で示した。

 

 理央が自家使用と備蓄も尋ねると、彼は奥の積み方を変えず、通路側へ出せる分だけを数える。

 

「ここまでなら出せる。製粉は続けられるが、次の麦が入る予定も見てからだな」

 

 ニャニャミは次の入荷と製粉予定を、今ある袋の数とは別に書いた。

 

 理央は粉の状態を《鑑定》し、袋の湿りや傷みも見てから、粉屋の示した控えと合わせる。

 

 巡見帳には、穀物倉の鼠害を調べた記録が残っていた。

 

 今の袋は床から離して置かれ、壁際も、奥まで見通せる。

 

「以前より、保管しやすくなったんですか?」

 

「ああ。掃除する所まで袋で塞がないようになった。粉も多く出せるようになったんだが、買い手が来る日には、ずれがある」

 

 水車は止まらず、粉を扱う人の手も動いている。

 

 理央は、作れるようになった後にも、袋を置く場所が必要になるのだと、積まれた列を眺めた。

 

 粉屋が小分けする袋を持ち上げると、光の中で白い粉が広がった。

 

 理央は顔をそらしたが、袖に、くっきり白い跡が付いてしまう。

 

 隣のニャニャミを見ても、白い毛は、いつもとあまり違わなかった。

 

「ニャニャミさん、粉ついてます?」

 

「いっぱい付いてるニャ」

 

「全然分かりません」

 

「便利ニャ」

 

「それ、ずるいです」

 

 粉屋が笑いながら場所を空けてくれたので、2人は袋の口から離れ、払った物が粉へ戻らない所へ寄った。

 

 ニャニャミが前腕を払って見せると、白い粉が落ちた。

 

 理央は、こちらにも本当に付いていたのだと目を丸くする。

 

 理央はノートを開き、粉屋が差し出した小分け用の袋を見た。

 

「これに詰め直す分も、お願いします。向こうで使う粉と、受け取れる量を聞いてから戻ります」

 

 ニャニャミが袋と検品の手間を書き留めると、粉屋は仕入れ条件の控えを渡してくれた。

 

 理央は市場の買値18銀貨の行へ重ねず、受取先で相談する紙を別に挟んだ。

 

 粉屋は余剰の袋へ札を付け、2人が返事を持って戻るまで分けておくと言ってくれた。

 

 続けて運ぶ荷車組にも話を聞き、運賃と積む日、受取先の欄を控える。

 

 ニャニャミは粉屋の紙を濡らさないよう包み、自分の帳面へ差した。

 

 理央は袖をもう一度払ったが、縫い目には、細い白い線が残っていた。

 

「向こうで、粉屋から来たってすぐ分かりそうです」

 

 ニャニャミは白い袖を見比べ、尾の先を軽く振った。

 

 理央は彼女より先に鞄を持ち、粉屋へ礼を言って外へ出た。

 

 

 

 新町の外れへ抜け、道を歩くと、駅の方から出てくる人の列が見えた。

 

 荷車が通る横を、買物籠を持った人が抜け、食堂の戸が開くたびに、煮炊きの匂いが流れてくる。

 

 家の窓には洗った布が掛かり、商店の前では、学校帰りの子どもが連れを待っていた。

 

 理央は道を横切る子を先へ通し、ニャニャミとパン屋へ向かった。

 

 店の前には客がいたが、棚の空いた所へ運ばれてくるパンは、すぐに籠へ移される。

 

 焼けた匂いを吸った理央は、さっきの粉屋の袋を思い浮かべた。

 

 あそこでは置く場所を取っていた物が、ここでは、この棚へ変わる前に足りなくなる。

 

 客の出入りが落ち着くのを待ち、小麦粉の取引を相談すると、パン屋は袋を置く場所へ案内した。

 

「人が増えて、売れる分も増えた。挽く所が遠いってだけじゃないんだ。今まで頼んでいた分じゃ、足りなくなった」

 

 理央は、残っている袋と、次に仕込む分を聞いた。

 

 食堂の仕入れ担当にも声を掛けてもらい、受け取りたい量と使う粉の条件を合わせる。

 

「高くても、今あるなら欲しいよ」

 

 パン屋は言い、空いた袋を折って、端へ寄せた。

 

 理央は、その言葉へ値を上乗せするより先に、リーデンの粉屋で預かった紙を出す。

 

「向こうに余剰があります。ただ、次も入るように、運ぶ分の条件も相談させてください」

 

 ニャニャミが初回と次便の頁を分けると、パン屋は今日仕込む分を指し、食堂の担当は受取場所を添えた。

 

 理央は市場の売値28銀貨を参考にしながら、粉屋で聞いた仕入れ条件に、袋と検品、小分けの手間を合わせる。

 

 次便の欄には荷車組の運賃も入り、理央は初回分へ指を移した。

 

「私たちだけなら、もっと安くできますけど」

 

「次も理央さんが全部運ぶニャ?」

 

 理央は、紙の上に続けて書くはずの日付を見た。

 

 扉を開ければ今日は早い。

 

 だが、次の粉ができる日に、必ず自分がここへ来られるわけではなかった。

 

「……それじゃ続かないですね」

 

「ニャ」

 

 理央は今日の緊急分に掛かる手間と、荷車で届く次便の条件を分けて示した。

 

 今日だけ運賃を抑えられることも、次の便には荷車組の費用が入ることも、相手へ先に伝える。

 

「初回だけの値段を、次も同じだと思われたら困りますから」

 

「運ぶ分が要るのは分かるよ。だが、届く日も決めたい。粉が来る日に合わせて、仕込みを変える」

 

 パン屋の返事を聞き、理央は荷車組から聞いた予定を見せた。

 

 受け取る側の都合も揃えてから、ニャニャミが条件を読み返す。

 

 注文の控えを持ってリーデンへ戻ると、粉屋が取り置きの札を裏返した。

 

 地元に残す袋は奥へ置いたまま、新町へ出す分だけが通路側へ並ぶ。

 

 理央は札と明細を照合して代金を払い、ニャニャミは荷車組へ、受取先と希望日を書いた注文を渡した。

 

 次便の運送条件が決まるのを待って控えを受け取り、理央は初回分だけを靄へ収める。

 

 荷を扱う通路から離れた場所で《関門接続》を開くと、ニャニャミが向こうへ抜け、到着側の足元を確かめる。

 

 理央も続き、町の通行を塞がない所から、指定された荷受け場所へ粉を届けた。

 

 ニャニャミが明細を読み、パン屋と食堂の担当がそれぞれの札を受け取る。

 

 パン屋は袋の口を開け、指先に取った粉を確かめた。

 

 それから、戸の奥で待っていた人へ顔を向ける。

 

「こっちの分、使えるぞ。先に仕込む方へ持っていってくれ」

 

 待っていた人が袋を抱え、空いた粉置き場へ運び込んだ。

 

 理央は次便の控えを渡し、納品した分の代金を受け取る。

 

 食堂の担当も自分の袋を検品し、受取の印を付けて精算を済ませた。

 

 店の奥では袋を開ける音が続き、パン屋は次に仕込む分を声に出して数えている。

 

 袋がなくなった荷置き場へ目を戻すと、ニャニャミは、もう空いた頁へ《千里眼》の現在値を書いていた。

 

「リーデン、需要72、供給86ニャ。↓になったニャ」

 

 新町の小麦粉は需要86、供給73、相場は↑になっている。

 

 理央は紙を受け取り、最初に写した95と54の所へ重ねた。

 

 今度も、不足が全部消えた数字ではない。

 

 ただ、粉屋から出せる分と、新町で待つ分の間に、次に荷車を出す日が書けた。

 

「安くするんじゃなくて、高くするんでもなくて……」

 

 理央は言いかけ、店の奥へ運ばれた袋の方を見た。

 

 今日の値段だけを決めていたら、荷車組の欄は空いたままだった。

 

「ちょうどよくする?」

 

「それニャ」

 

 ニャニャミは短く答え、次の確認日へ印を付けた。

 

 白い毛に隠れていた粉が帳面の端へ落ち、理央は笑いながら、それを払った。

 

 学校の方から来た子どもがパン屋の前で足を止め、焼く匂いの流れる戸口をのぞいていた。

 

 2人は店先を空けて挨拶し、侯爵領事業所へ戻るため、荷車の流れから離れた道へ向かった。

 

 

 

 事業所へ戻ると、窓から入る光は、机の脚の方まで伸びていた。

 

 理央は鞄を下ろし、椅子へ座る前に、袖の白い線を払った。

 

 もう落ちない分は、そのままにしておく。

 

 ニャニャミも隣へ座り、厚くなった帳面を両手で開いた。

 

 泥炭の売買と買取条件を書いた紙に、木材の札と粉屋の明細が重なり、紐を緩めないと、頁がうまく広がらない。

 

 真壁が向かいへ来ると、理央は今日の初回分と、次に確認する日を分けて示した。

 

「白皿丘、少し戻りました」

 

「うむ」

 

「銀鹿山もです」

 

「結構」

 

「新町の小麦粉も、急に高い状態からは戻りました」

 

 真壁は次便の条件に目を通し、ニャニャミの市場記録へ視線を移した。

 

「では、その結果を確認したまえ」

 

「今ですか?」

 

 ニャニャミは素直に《千里眼》を使い、開いていた頁の端へ、ペンを置いた。

 

 理央は彼女が書き始めるのを待ったが、金色の目が同じ所で止まっている。

 

「……何ですか」

 

「白皿丘ニャ」

 

「見なくていいです」

 

「梱包材、需要96、供給50ニャ」

 

 理央は朝の表を探し、需要88、供給57の行へ指を置いた。

 

「それ、最初から足りなかったやつが悪化してません!?」

 

 ニャニャミは新しい数字を写し、次の頁へ進む。

 

「銀鹿山、鉄製工具。需要97、供給40ニャ」

 

「閉じてください」

 

 白い指が、さらに紙を送った。

 

「新町、木材。需要94、供給58ニャ」

 

「閉じて!」

 

「次、3つ出たニャ」

 

 理央はペンを持つ手を避け、帳面を両手で閉じた。

 

「今日は市場も閉店です!」

 

「《千里眼》は閉店しないニャ」

 

 ニャニャミの目は、閉じた帳面の少し上を見ていた。

 

 理央もつられて顔を上げたが、そちらには、何も見えない。

 

「当然だ。物が動けば、次に必要になる物も変わる」

 

「終わらないじゃないですか!」

 

 真壁は報告の紙を揃え、机へ置いた。

 

「結構。明日も仕事がある」

 

「そこ喜ぶところなんですか!?」

 

「総支配人、嬉しそうニャ」

 

 理央が振り向くと、真壁の口元が、ほんの少し動いた。

 

「仕事があるのは結構なことではないか」

 

「やっぱり喜んでるじゃないですか!」

 

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