翌朝、ヴァルディス侯爵領の事業所へ入った理央は、鞄の肩紐を外す前に机の上を見た。
昨日の泥炭の控え、石場町の木材の札、リーデンの粉屋の明細が、朝の光の中で紙の厚い山になっている。
袖の縫い目には、まだ小麦粉の白い筋が残っていた。
「今日は白皿丘の梱包材からですね」
ニャニャミは開いた帳面へ白い指を置いた。
「白皿丘。梱包材、需要96、供給50ニャ」
「知ってます! 昨日聞きましたから!」
「覚えてて、よかったニャ」
「試してます?」
ニャニャミの鞄は昨日より膨らみ、口金を閉じるのに尾で底を支えている。
理央が机の端の茶器を避難させると、彼女は帳面に「現地で聞くこと」と書き足した。
理央も、陶器の大きさ、箱の中で壊れる箇所、今の梱包材の手配先をノートへ並べる。
数値からは、どんな器が何枚包めないのか分からなかった。
「銀鹿山の工具と、新町の木材も残してあるニャ」
「一度に全部やりませんよ」
ニャニャミがそれぞれの頁へ次回確認の紙を挟むと、離れた机で書類を見ていた真壁が顔を上げた。
「梱包材は、荷を受け取る側の扱いにも左右される。まず陶工頭に聞きたまえ」
「はい。昨日の燃料の様子も見てきます」
理央が《世界地図》で白皿丘の外れを示し、ニャニャミは《地図》で窯へ続く荷車道を紙に描いた。
窓の外を車輪が通り過ぎるのを待って、人のいない道端へ《関門接続》の扉を開く。
ニャニャミが帳面を抱え直したので、理央は自分のノートも忘れずに手へ持った。
白皿丘の斜面には、まだ朝の冷たさが残っていた。
窯場へ近づくと白い土の匂いに煙が交じり、屋根の上から昇る筋も昨日より一本多い。
だが火の見えない窯もあり、その前を通る職人は焼く前の器を別の棚へ戻していた。
「ちょうどよかった」
ベルトラム・ハイスが、皿を載せた板から目を離してこちらへ来た。
理央はその顔と火の入った窯を見比べる。
「昨日より、よくなってますよね?」
「よくなった。だから困っとる」
「困る方へ行きますか?」
陶工頭は答えず、窯の脇にある出荷用の倉庫へ理央たちを招いた。
熱から離れた途端に、器を積む棚のひんやりした空気が腕へ触れる。
箱の前で、職人が焼き上がった皿を片手に止まっていた。
もう片方の手にある藁を細く裂き、箱の隅に押し込むが、皿を重ねるには足りない。
「包む物がないんだ。前から薄かった在庫が、箱を詰め始めたら先になくなった」
ベルトラムは注文札が掛かった棚を示した。
「昨日、燃料が届いたろう。動かせた窯の分に、先に焼いて置いていた分もある。売る相手がいるのに、割って届けるわけにいかん」
皿の縁同士が触れた時の硬い音に、理央は肩をすくめた。
「藁は買えませんか?」
「家畜の世話にも寝床にも使う。布だって、欲しいだけここへ回ってくるわけじゃない」
職人が箱から皿を戻し、代わりに細口瓶を持ってきた。
底を押さえずに首だけ支えると、車で揺れた時にここから欠ける、と指で示す。
「箱の底と胴を受けてくれればいい。首へ詰め物を押し付けるなよ」
理央はその指の位置をノートの絵に移し、箱の内側と皿の底をそれぞれ測らせてもらった。
ニャニャミは従来の藁を入れる職人の手を追い、皿を置いてから詰め直す回数も書く。
別の職人が試験用に回す欠け皿と傷のある瓶を出してくれた。
欠けた箇所は箱に入れる前に印を付けておく。
「これで何か試してくるなら、夕方に持ってきてくれ。売れる皿で試すなよ」
「分かりました。箱の中で動くか、まず見てもらいます」
「次は箱そのものも増やさにゃならんかもしれん」
「それは、今日のノートの次の頁でお願いします!」
ベルトラムは笑ったが、職人の手元ではまだ包み終わらない箱が残っていた。
理央は試験用の器と寸法の控えを受け取り、窯口へ向かう燃料を横目に倉庫を出た。
事業所へ戻ると、理央は試験用の皿を机の真ん中へ出した。
皿に初めからあった欠けへ印を付けた紙、箱の寸法、昨日石場町で買った材の札が周りを囲む。
窓の外では、板を積んだ荷車が音を立てて通り過ぎた。
「石場町、木はあるニャ」
ニャニャミが昨日の帳面を差し出す。
理央は木材の行へ手を伸ばしたが、その下に自分で書いた銀鹿山の受取印が見えた。
「でも、坑道の支保工にも使いますよね」
「新町の建物にも足りないそうです」
澪は皿の横へ藁をひと筋置き、箱に詰めるたびに消えていく長さを見た。
「割れ物を包むたび、木を伐り続けるのは、ちょっと気になります」
「木を使ってはいけないんですか?」
「そうではないです。山の根や落ち葉が雨を受けている所まで、急に減らしたくないんです」
澪が窓の外を見たので、理央も荷車の消えた道へ目を向けた。
石場町の材木商は、町の修繕に残す山と売れる山を分けていた。
今回は割れ物の箱を増やすたびに使う材だ。
「育つの、遅いニャ」
ニャニャミは板の札を一枚、皿の隣へ寄せた。
真壁は二つを見比べ、理央が考えかけた木製の詰め物には手を出さなかった。
「木材を使わんという話ではない。使う先を選べるなら、そこまで含めて考えたまえ」
理央は昨日の支保工の受取印を見て、皿の下へあった木材の札を元の場所へ戻した。
早く増やせて、収穫する範囲を自分たちで管理できる物。
その条件を口に出しかけて、江古田の家で風の強い日に聞く音を思い出した。
「あっ、竹!」
「タケ?」
白い耳がそろって理央へ向いた。
「家の庭にあるんです。増やせるか、見てきます」
「この辺りでは見ない材だな」
真壁の言葉に理央は頷き、澪と一緒にゲンダイ側で家族へ相談してくると伝えた。
「現物、待つニャ」
ニャニャミは試験用の箱の寸法を預かり、真壁と事業所に残る。
理央は試験用の器を傷付けないよう包み、澪と二人で人のいない通路から江古田側の安全な場所へ扉を開いた。
江古田へ戻ると、遠くを走る電車の音が、窯場で聞いていた車輪の音に重なった。
澪と理央は事務所に寄って試験用の器を安全な所へ置き、それから飯島家へ向かう。
家の庭には、竹の葉が揺れるたび細かい影が落ちていた。
理央は毎日見ていたはずの稈を、今日は節の数から見てしまう。
「ずっとこれがありました」
「理央ちゃん、まずお家の人に聞きましょう」
「はい。勝手に切ったら、材料が見つかる前に私が怒られます」
家族へ、庭の竹を少し分けてほしいと話す。
増えてきた所を整理するなら構わない、残す株の根は傷めないで、と返事があった。
理央はどこを掘ってよいか示してもらい、澪と庭へ戻った。
葉の擦れる音の下で、一本離れた地面から若い稈が伸びている。
その根元から土をそっと崩すと、地下へ横に走る茎が現れた。
「地上では離れているのに、下でつながってるんですね」
「広がるなら、育てる所を区切らないといけませんね」
澪の指した先には物干しがあり、その足元へ伸びてほしくない理由はすぐ分かった。
理央が稈を軽く叩くと、節の間から乾いた音が返る。
梱包材の材料に、と家族へ説明する言葉を探してみたが、向こうの窯や陶器の取引まで話すわけにはいかない。
「庭の竹が、向こうでは見たことのない植物なんですよね」
「こちらで見慣れているだけに、不思議です」
許された範囲で芽と根の付いた地下茎を少しだけ分ける。
理央は根を折らないよう土ごとすくい、採った根鉢を湿ったまま容器へ置いた。
庭に残る株の周りの土を戻して、家族へ礼を言う。
見本用の稈と葉は別に包み、どちらが生きた苗なのか、紙に記した。
「庭に竹林をもう一つ作るんじゃないんですね」
「そんなことしたら、今度こそ怒られます!」
車の音が近づき、竹の葉音が一瞬聞こえなくなった。
理央は手に残った庭土を払い、生きた苗を収めた容器を持って、澪と事務所へ戻る。
江古田側の事務所では、窓越しの日が試料を置く台まで届いていた。
理央は飯島家の根鉢を台の端へ置き、葉が窓ガラスへ当たらない向きに回す。
《鑑定》で傷んだ根を確かめ、残す芽の位置を紙に描いてから、澪へ向き直った。
「澪さん。竹の畑用に、土を少し分けてもらえませんか」
澪の手が止まった。
理央がその顔を見ると、頼みすぎたかもしれない、と容器を押す手にも力が入る。
「……また土を作るところから始めないといけないのかしら」
「新しい農場を丸ごと作ってください、じゃないです。まず苗を植える小さな区画だけです」
「ああ、それなら」
澪は肩の力を抜き、自分の収納内農地から取り分ける土を見定めた。
容器へ現れた土は、飯島家の根鉢より粒の色にばらつきがある。
理央がひとつまみ取ると、指の間でまとまり、軽く押せば崩れた。
「灰をそのまま持ってきたわけじゃ、ないんですね」
「あの時、土にしていくのが一番手間でしたから」
澪は容器の横を指でたどり、保水と空気の通り道を確かめるようにした。
「時間を進めるなら、水と養分も一緒に使われます。理央ちゃん、根が伸びる余裕も見てください」
「はい。まず小さい区画で様子を見ます」
理央は、自分の収納から澪の農場へ手を伸ばせるわけではない。
台上の容器を受け取り、《鑑定》の結果を自分の紙へ写してから、《生体収納》の竹用区画へ移した。
別の容器に残した見本の表面を指で均し、澪へ返す。
「足りなくなったら、またお願いするかもしれません」
「まあ、また火山へ行って土を取ってくればいいんですけど」
「……どうして土の話から火山へ出かけるのが、そんなに軽いんですか」
「以前も行きましたし」
澪が真面目に答えたので、理央は窓の外を走る車を見た。
外の人には、土を少し分けてもらうだけの昼休みに見えるだろう。
「今回は、この土から始めます。火山へ行く前に、育つか見ないと」
「そうですね」
澪が頷くと、理央は容器の蓋を確かめた。
二人は事務所の片付けを済ませ、人の通らない所から《関門接続》で侯爵領の事業所へ戻る。
異世界側の作業室では、ニャニャミが扉を見た瞬間、理央の抱えた竹の見本へ歩いてきた。
白い指で節を叩くと、こん、と軽い音がする。
「中、空ニャ」
「外から見るだけだと、ただの棒ですけどね」
葉を揺らして見せると、ニャニャミの金色の目が先まで追った。
理央は土と根の付いた地下茎を自分の《生体収納》の小区画へ植え、伸びる方向を囲って区別する。
上に《光》を置くと、葉の影が土に重なった。
真壁と澪には紙に描いた配置を見せる。
収納内の様子がそのまま二人に見えているわけではなく、理央が地表の乾きと芽の状態を読み上げ、ニャニャミが書く。
最初に内部時間を進めて見直すと、土を押し上げる尖った先があった。
「出た……あ、こっちにも筍です!」
「増えるニャ」
理央は大きい葉を付けた稈の見本を一部外へ出した。
澪がその緑を見て微笑む一方で、根元の土が乾き始めていないか尋ねる。
理央は《鑑定》で水分と根の広がりを調べ、植物が増えるたび土を直し、足りない水と養分を補った。
「時間を進めたら全部うまくいく、とは言えませんね」
「上だけ茂って、下が弱るならな」
真壁の指が、理央の描いた葉の重なりで止まる。
伸びた竹は高くなるほど上側に葉を広げ、下の葉へ届く光が減っていた。
「下からも当てられますか」
澪に言われ、理央は株の間へ《光》を置く位置を書き足した。
「竹、下から光るニャ?」
「光るのは竹じゃなくて、私の《光》です!」
「上へ光を足した場合とも比べたまえ。光量が増えた結果と、位置を変えた結果を混ぜてはならん」
理央は真壁の言うとおり、上からだけの区画、上へ光を足した区画、葉の下へ光を補った区画を分ける。
「下層補光……ロアライティングですね」
理央はノートの比較欄にそう記し、光を置く位置を別々の絵にした。
土の状態を合わせ、内部で同じ期間を進めるたび、下葉の色と新しい芽を書き取った。
下の葉が受ける明かりは変わったが、それだけで竹材がどれほど増えるかは、まだ決められない。
一方、時間を進めた区画では、理央の予想より次の芽が旺盛に上がる。
「私の《成長促進》、植物にも効いているんですね」
芽を見せられた澪がうなずくと、ニャニャミはその言葉を加護の欄へ書いた。
成長の倍率は書かず、収穫時に残した芽と、次に増えた芽を別々に数える。
背の高くなった稈も、伸びた日にすぐ材にはしなかった。
内部の時間をさらに進め、成熟した稈だけを選んで切り、母株と地下茎は残す。
乾いた竹が靄から束になって現れると、節が触れて軽い管の音を立てた。
「収穫、できました」
「あと一回ニャ」
理央は土の水分を見直してから、もう一段階時間を進めた。
成熟した稈を取り、次世代へ残す芽と食用に分ける若い筍を、別の欄へ記す。
「また増えました」
「あと一回ニャ」
「その『あと一回』、今日何回目ですか!」
ニャニャミは帳面を開き、収穫欄をさらに一段増やした。
「時間は進むけど、帳面は戻らないニャ」
「そこだけ増やし続けないでください!」
食用筍の皮はずっしりと手に残り、稈は積めば軽い音ばかりが高くなる。
理央は次のための株を残したのを確かめ、加工用の竹材と筍を別々の置き場へ出した。
午後の作業台には、竹の束が壁に沿って並んだ。
土の付いた筍は別の容器に入れ、皿の見本や材料に触れない所へ置く。
「いっぱいニャ」
「まだ梱包材は一つもありません」
理央の返事に、ニャニャミは節のある稈を抱え直した。
稈を叩くと中空の音がする。
理央が欲しいのは竹の筒そのものではなく、箱の中で皿を受ける形だった。
白皿丘から預かった欠け皿を台に置き、縁には触れず、底と胴で重さを受ける位置を紙に描く。
「竹を、竹じゃなくするニャ?」
「このまま箱に詰めたら、皿が竹にぶつかりますから」
「竹、かわいそうニャ」
「昨日の泥炭には、そんなこと言わなかったのに」
理央は《鑑定》で繊維の向きと含水の違いを見て、《収納内工程》と《錬金》で材料を分けて作り直す。
毛布用の繊維を整えた時は、なめらかにしすぎて服地ができた。
今回は柔らかいだけでもだめだ、と最初の輪を皿の底へ合わせる。
細い中空の骨を曲げてつなぎ、面ではなく、押された所が少しずつ縮む立体の受け材にしたかった。
ところが最初の試作品は、指で押してもほとんど動かない。
皿の縁へ近づけると、真壁が手を上げた。
「そこへ当てれば、衝撃が皿へ行く」
「硬いですね」
「硬いな」
「木ニャ」
「竹です!」
理央は硬すぎる試作品を不合格側へ置き、次は骨を細く、間を広くした。
皿を載せると、今度は輪が潰れたまま戻らない。
「ふにゃふにゃニャ」
「これでは箱を重ねたら皿の重さを受けられませんね」
澪は皿に手を添えてから、変形した受け材を抜いた。
理央は二つの試作品を並べ、押した指の跡を見比べる。
もう少し強い骨を外へ置き、皿に触れる側は柔らかくする。
形を直した試作は、押すと細い骨が順に曲がり、指を離すとゆっくり戻った。
「竹なのに、竹じゃないニャ」
「……今のは、褒め言葉に聞こえます」
理央は同じ条件でもう一つ作り、片方だけ手に取って違いを調べた。
ニャニャミがロットと用途を書き、澪は皿の下に置いた時、縁へ材料がせり上がらないか確かめる。
細口瓶用は胴と底の形が違うので、輪をそのまま使い回さない。
「名前は何にするニャ?」
「まだ箱に入れただけです」
ニャニャミは断面をのぞいた。
「泡みたいニャ。竹泡材ニャ」
理央がノートの見出しに「竹泡材・仮」と書くと、真壁はその横へ短距離の輸送試験と記した。
「戻るのと、皿を守れるのとは別だ。現地で見てもらいたまえ」
理央は不合格品を混ぜないよう札で分け、竹泡材と試験用の器を持ってニャニャミと白皿丘へ向かった。
夕方の白皿丘では、窯の熱より箱を引く音の方が倉庫へ響いていた。
ベルトラムが出荷の手を止めてくれたので、理央は箱の空いた場所へ竹の節と竹泡材を並べる。
「何だ、これは。藁か?」
「竹という植物から作りました。私たちが育てている材料です」
ベルトラムは節を返し、中が空洞なのを見て眉を上げた。
「畑から皿の詰め物まで作る商会になったのか」
「今日の午前中は、私も知りませんでした」
ニャニャミが竹泡材を押し、指を離した。
戻ってくるのを見ても、ベルトラムは笑わず、箱の底を指した。
「で、揺れた時は?」
「それを試させてください」
理央が印を付けた欠け皿を出すと、梱包を担当する職人は、印と反対側の縁を指で確かめた。
藁を入れた従来の箱と、竹泡材で底と胴を支える箱を並べる。
「この向きなら置きやすい。ただ、持ち上げる所へ張り出してると、箱を詰める時に邪魔だ」
職人は理央の試作品を向き直し、皿を下ろした。
ぴたりと納まった分だけ、理央の肩が少し下がる。
瓶の箱には首に触れない受けを入れ、胴が回らないつもりでいた。
実際に荷台へ積み、職人が普段通る石の道を、荷車で短く往復する。
車輪が道の継ぎ目を越えるたびに、ごとん、と箱の底から音がした。
倉庫へ戻って金具を外す時、理央は朝付けた傷の印を先に見る。
皿は、印以外に新しい欠けが見当たらなかった。
「お皿は……無事です」
「瓶、動いたニャ」
ニャニャミが記録した箱の向きと、瓶の胴に付けた印がずれている。
職人が瓶を持ち上げ、底の受け材がわずかに横へ逃げた所を示した。
「首を押さえなかったのはいい。下をもう少し止めてくれ」
「はい。底側を直します」
理央は胴へ力をかけすぎない範囲で受けの外側を厚くし、同じ瓶をもう一度箱へ入れた。
短い往復をやり直すと、今度は印の向きが保たれている。
ベルトラムは職人へ箱詰めのしやすさを尋ねた。
「形が揃っているのは早い。ただ、器の寸法が変われば、受けも変えてほしい」
「ですよね」
理央は藁の箱の札を残し、戻った試験箱にだけ結果を書いた。
雨、長い道、箱の積み下ろしはまだ試していない。
「皿用は使えそうだ。細口瓶の別の型も、追加で試せるか?」
「今できたばかりですけど……試験用なら持ってきます」
ニャニャミは「依頼」の欄にだけ記し、売上の欄は空けておく。
ベルトラムはまだ藁を詰めている職人にも声を掛け、今日出す箱の作業へ戻った。
理央は窯場で手にした追加の寸法控えをしまい、未使用の竹泡材を靄へ戻した。
共同商館のフードコートへ行くと、厨房の湯気が夕方の冷えた指へ温かかった。
リュシアは料理人と仕入れの紙を見ていたが、理央の持ってきた竹泡材を見て手を止めた。
「細口瓶に使えるなら、ほかの瓶や小物にも考えられるね」
「まだ短い道を一往復しただけです!」
「それは分かってるよ。試す相手を探せるって話さ」
リュシアの目が梱包材から容器の方へ移った。
ニャニャミが別の帳面を開く。
「筍もあるニャ」
「言わなくてもいいところです!」
「何だい、その先の尖ったのは」
理央は竹材用の稈と、食用に分けて採った若芽を別の台へ出した。
重なった皮は手で押すと湿り、根元には土の匂いが残っている。
「竹の若い芽です。食べられますが、下処理が必要です」
「食べられるのかい?」
「売れるニャ」
「まだ料理してません!」
リュシアは笑って料理人を呼び、客へ出さず自分たちで試す分だけ扱うと伝えた。
理央は食用に採った区画と収穫時期を見せ、《鑑定》で異常のない若芽を選ぶ。
厨房では料理人が皮をむき、白い部分を少し切って鍋へ入れた。
火を通し、アクを抜くために湯を替えている間、理央は皿の試験結果をリュシアへ報告する。
瓶は底の固定を直しても、長い道で同じ結果になるか分からない。
「じゃあ、梱包材の売り先も急がない。こちらは料理の試作が先だね」
リュシアが筍の方へ指を向けると、ニャニャミは迷わず新しい頁を開いた。
鍋から取り出した小片を冷まし、料理人とリュシアが少しずつ味を見る。
通りかかったレイニャにも、十分に火を通した試食分が渡された。
短毛の三毛の耳がぴんと立ち、噛むたびに尾の先が動く。
「こりこりするニャ。もっと欲しいニャ!」
「梱包材を作りに来たんですけど!」
「食べ物もできたニャ」
理央がニャニャミを見ると、彼女は試食分と保管分を別々に書いている。
「仕事が増えただけです!」
「うまく食べられる形が決まれば、料理人に次を考えてもらうよ。今日はここまで」
リュシアは残りの筍に手を出さず、食材の扱いと保存を確認する紙を厨房へ残した。
レイニャが空いた皿を名残惜しそうに見ていたので、理央は次に試すまで待ってもらうことを伝える。
「待てるニャ。でも、次は呼んでニャ」
ニャニャミがその言葉まで書こうとして、理央はそっと帳面を押さえた。
共同商館の事業所に戻る頃には、窓の外の荷車がまばらになっていた。
理央は机へ皿の試験紙を置き、未評価のままの長い道、雨、積み下ろしには印を付けない。
真壁はその空欄を見て頷き、リュシアは筍の試食記録を別の紙へ移した。
澪は理央の育成記録を手に取り、植えた株と土の状態へ目を通す。
「次の分も採るなら、理央ちゃん、土の養分を見ておいてくださいね」
「はい。まだ火山へ行かなくて大丈夫ですよね?」
「行きませんよ。今ある分の様子が先です」
紙を重ねたニャニャミが、使った竹材と作れた竹泡材の欄を指した。
「次の試験用、足りないニャ」
「あんなに増やしたのに?」
「皿用、細口瓶用、別の寸法用ニャ。筍の方もあるニャ」
竹材の束はまだ収納にある。
けれど、同じ形で作った竹泡材が、すべての器に合うわけではなかった。
「まだ試験の依頼ですよね。注文して売ったわけじゃありませんよね」
「分けて書いたニャ」
ニャニャミは受取印のない欄を開いて見せた。
理央は自分の次の収穫の頁を引き寄せ、母株、成熟した竹、食用に残す若芽を別々の行へ書き入れる。
真壁は竹泡材の試験結果を見て、現地の職人が箱へ入れやすい形を次にも確かめるよう短く付け加えた。
リュシアの料理案はその下の紙に置かず、厨房へ渡す控えに挟まれている。
「売れるようになったら、足りなくなりました……」
「売る前から足りないニャ」
「そこは言わなくていいです!」
理央は帳面を閉じた。
昨日のまま残った銀鹿山の工具と新町の木材の付箋が、閉じた端からのぞく。
ニャニャミが白い指で新しい頁へ手を掛けたので、理央は両手を表紙に載せた。
「今日は、ここまでです」
「明日の欄ニャ」
指が離れたところで、理央はようやく鞄へ帳面をしまった。