押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第410話 今度こそ竹が足りません

 

 翌朝、ヴァルディス侯爵領の事業所に入った理央は、机の端にある竹泡材を押してみた。

 

 細い中空の骨が順に縮み、指を離すと、ゆっくり膨らみ直す。

 

 昨日、白皿丘で皿を守った物と同じ形だった。

 

 窓から差す春の日が、その隙間を細かく机へ落としている。

 

 外では荷車が石畳を渡り、共同商館の厨房からは器の触れ合う音が聞こえた。

 

 昨日は硬い音を聞くたび皿が欠けるところを想像したが、今朝は少し違う。

 

 うまくいった形が、ちゃんと手元に残っていた。

 

「皿用は、これをもう少し作ればいいですよね」

 

 理央が言うと、ニャニャミは机の反対側から別の受け材を寄せた。

 

 細口瓶の底を受ける形は、皿用より深い。

 

「別の寸法も頼まれてるニャ」

 

「そちらも合わせます。竹は、まだ――」

 

 理央は《生体収納》へ意識を向けた。

 

 自分の栽培区画では、上からの光を受けた葉が重なっている。

 

 下へ補った光が細長い葉を照らし、根元には次の稈になる芽が残っている。

 

 ここを刈れば、材は増える。

 

 しかし、次の収穫へつなぐ若い竹まで、今日の材料に数えることになる。

 

 収穫済みの材を見直しても、昨日の受け材に使った分を除くと、思ったほど残っていなかった。

 

 白皿丘では今も皿を焼いている。

 

 昨日運べた分だけで、荷造りが終わるわけではない。

 

「皿用と瓶用、別の寸法、それに次の出荷分ニャ」

 

 ニャニャミは1つずつ、受け材を並べた。

 

 理央は最後の場所へ手を伸ばし、置く物がないのに気づく。

 

「……足りない」

 

「昨日も足りなかったニャ」

 

「昨日は竹泡材が、今日は材料の方がです」

 

 できるようになったことは増えたのに、朝からまた同じ言葉を言っている。

 

「残した株の分を除いたら、まだ減りますね」

 

 理央がつぶやくと、ニャニャミの金色の目がこちらを向いた。

 

「母株まで数えれば、今日の材料は増えるニャ」

 

「それは次がなくなるので駄目です!」

 

「却下ニャ」

 

「提案した本人が却下するんですか?」

 

 白い耳が軽く揺れた。

 

 理央も笑いかけたが、残した地下茎を切る気にはなれなかった。

 

 庭から分けてもらった竹がここまで育ったのを見ているから、今日だけの材料にはしたくない。

 

 筍も食材として残す分で、今欲しい成熟材とは違う。

 

 時間を進めれば済むと思っていたが、次の竹を育てる場所まで収穫に使えば、次に困った時には戻る所がなくなる。

 

 理央は竹泡材を机へ戻した。

 

「株を育てる所と、材料を増やす所を、分けた方がよさそうですね」

 

 言葉にすると、頼める相手がすぐ浮かんだ。

 

 昨日自分で始めた仕事を、もう手伝ってもらうのは早すぎないだろうか。

 

 澪の机へ目を向けて、一度だけためらう。

 

 けれど、今日の荷造りに間に合わなくなるより、何を頼みたいのか説明する方がいい。

 

 理央が立つと、ニャニャミも受け材の見本を持ってついてきた。

 

 

 

「澪さん、手伝ってください」

 

 澪の机の横へ来た理央は、まずそれだけ言った。

 

 聞かれてから説明しようと思っていたのに、澪が顔を上げると、続きまで急いで口に出そうになる。

 

「竹の材料を増やしたいんですけど、私の区画だと――」

 

「今ある土を使いましょう。火山には行きませんよ」

 

「まだ、そこまで言ってません!」

 

 昨日の続きだとすぐ分かってもらえたのは嬉しい。

 

 けれど、土を頼むだけで火山まで行きたがると思われたら、相談する前から話が大きすぎる。

 

 澪は机を離れ、ニャニャミが持ってきた受け材を見た。

 

「こちらの分ですか?」

 

「はい。作る形は分かったんです。でも、若い竹まで切ると、次に切れる分がなくなってしまって」

 

 理央は自分の区画の広さと、そこへ残した物を説明した。

 

 母株を残すと材料が足りないことも、今朝確かめたばかりのまま話す。

 

 澪は途中で増やし方を決めつけず、どこを収穫せずにおきたいのか尋ねてくれた。

 

「母株と若い竹は残しておきたいんです。こちらからも育った株を分けられるように」

 

「では、そちらはそのまま続けてください」

 

 理央は澪の顔を見た。

 

 手伝ってもらうなら、自分の区画まで全部刈って、材料に合わせなければならないと思いかけていた。

 

「作る条件は、理央ちゃんが調べたんですね。うまく育った条件を教えてもらって、量を作る方は私がやりましょう」

 

 肩に入れていた力が抜けた。

 

 頼めば自分の仕事がなくなるのではなく、株を育て、加工へ回す竹を選ぶ仕事を続けられる。

 

「お願いします。苗も、分けてあります」

 

「どのくらい育った物を切ったのかも、教えてくださいね」

 

 澪が歩き出し、理央はニャニャミと後に続いた。

 

 廊下を抜けると、作業場の窓が開いている。

 

 春の風はまだ涼しく、陽の当たる台へ手を置くと、木の表面だけが少し温かかった。

 

 理央はその脇へ、土付きの苗を容器ごと取り出した。

 

 緑の芽が土からのぞき、根の周りには掘り分けた時の湿りが残っている。

 

 澪が容器へ手を添えたので、理央は根の位置を外から示した。

 

「ここを傷めないように分けました。水は残しますけど、土を詰めすぎないようにしています」

 

 2人がそれぞれ《鑑定》し、水分と根の状態を口に出して確かめ合う。

 

 株の間隔と、光を補った位置も、理央は容器と芽を示しながら伝えた。

 

「芽は全部筍にしないで、次の竹になる分を残してください」

 

「分かりました。材にする分も、伸びたばかりでは切らないんですね」

 

「はい。育ってからの状態で選びました」

 

 澪が容器を自分の《生体収納》へ収めると、台にこぼれた土だけが残った。

 

 理央はその土を指で寄せながら、渡した苗が向こうで育つところを想像する。

 

 自分には見えないが、澪なら途中で気づいたことも教えてくれるだろう。

 

「竹農場ニャ」

 

 ニャニャミが言った。

 

 容器が1つ消えただけなのに、急に大きな農場の名前を付けられて、理央は顔を上げる。

 

「まだ名前は付けません!」

 

「でも、竹を育てる区画は作りますよ?」

 

 澪まで穏やかに言うので、理央は返す言葉を探してしまった。

 

 助けてもらえる安心と、事が広がりそうな予感が一緒に来る。

 

「澪さんまで……」

 

 ニャニャミの耳が揺れ、理央もとうとう笑った。

 

 

 

 澪は作業台の前に立ったまま、自分の《生体収納》の農地を見渡した。

 

 約11.7haの中には、すでに作物を育てている場所がある。

 

 飼育や保管のために使っている所も避け、収穫の済んだ区画へ意識を絞った。

 

 地表には刈り取った後の跡が残り、その先には次の作付けを待つ土が広がっている。

 

 広さだけを見れば竹も入るが、地下茎がどこまで伸びるかを考えると、隣の作物ぎりぎりまで植える気にはなれなかった。

 

 理央から受け取った苗を移し、根の周りに土をなじませる。

 

 芽はまだ小さく、土の広がりに比べると頼りない。

 

 あれから本当に箱へ使うほどの材が取れるのかと、澪は昨日の竹泡材を思い浮かべた。

 

 理央が育てた株から、ここへ来た苗だった。

 

 引き受けたからには、育った竹を見せてあげたかった。

 

「この区画なら、今の作物を動かさずに済みます」

 

 台の向こうにいる2人へ伝えてから、澪は《光》の当たる範囲を整えた。

 

 5になった技能で上から照らすと、伸び始めた葉の表が明るくなる。

 

 時間を進めるにつれ、細い葉が増え、その下には幾重にも影ができた。

 

 上の葉だけを明るくしても、陰の深さはなくならない。

 

 澪は一度進行を止め、下層へ補う光の位置を変える。

 

 暗がりに沈んでいた葉の細長い輪郭が、緑を取り戻して見えた。

 

 下へも光を補ったと理央が話していた理由が、ようやく実感できる。

 

 自分の農場も、光が強ければ全部済むわけではなかった。

 

「上の葉が重なってきました。下へも光を補っています」

 

「土と水は、同じくらいですか?」

 

 理央の声を聞いて、澪は根元へ意識を戻した。

 

 地表の色だけで決めず、《鑑定》で水分と養分を確かめる。

 

「合わせてあります。ただ、成長の速さまで同じとは限りませんね」

 

 理央の《成長促進》は、こちらの農場にはない。

 

 昨日の育つ速さより、今どの状態なのかを見る方が確かだった。

 

 澪は不足を補い、また少しずつ時間を進めた。

 

 根元では新しい芽が顔を出し、先に伸びた稈の間が狭くなっていく。

 

 地下茎の広がりを確かめて、隣の区画へ近づく前に、竹を育てる範囲を整え直した。

 

 切る材を増やすだけなら、若い竹も目に入る。

 

 けれど伸び切ったばかりの物は残し、年単位の経過の中で成熟した稈を選んだ。

 

 採取する分と次に伸びる分が分かれてくると、苗を置いた時の頼りなさはもうなかった。

 

 澪は育った姿をもう少し眺め、それから材を取り分ける。

 

 作業に向く状態まで乾燥させ、外の台へ最初の材を出した。

 

 稈の節が木に当たって、からん、と音がする。

 

 隣へ出した葉付きの見本を見て、理央が顔を近づけた。

 

「育ちましたね……」

 

 理央は葉と成熟材を交互に見てから、切り口を《鑑定》した。

 

 澪は理央の手が止まったのを見て、切り口へ目を向けた。

 

「こっち、肉厚ですね。もう1本と太さは似てるのに」

 

「同じように育てても、全部同じにはなりませんでした」

 

 理央が端をそろえ、空洞の違いを見せてくれた。

 

 増やせたことだけで安心するのは早そうだが、ちゃんと渡せる材があるのは嬉しい。

 

 澪は加工に渡す束を出し、2人が歩く所を空けたままにする。

 

 残りは普通の収納区画へ移しておいた。

 

「皿の分、瓶の分。箱へ詰めるだけでも、これだけ使うニャ」

 

 束を見上げていたニャニャミが言った。

 

 理央は振り向き、まず皿と瓶、追加の寸法に必要な分を一緒に数え始める。

 

「その束だけで全部まかなうつもりですか!」

 

「毎日出す分も要るニャ」

 

 それを聞いて澪も成熟材を見直した。

 

 まだ加工していないから、どれも全部使えるとは言えない。

 

「続けて出せる分も作りましょう。根と次の芽は、こちらへ残してあります」

 

「竹農場、増産ニャ」

 

 ニャニャミの声に、理央が少し困った顔をする。

 

「竹農場じゃありません。農場の一部です」

 

 澪は笑いながら束を収め、次の採取へ意識を向けた。

 

 

 

 昼前、作業台の端へ寄せた竹の見本を、理央は両手で押さえていた。

 

 端をそろえると、少し曲がった稈の真ん中が浮く。

 

 乾いた節同士が触れる音を聞きながら、竹泡材へ回す分を選んでいると、別の仕事を終えた真壁が来た。

 

「材は確保できたようだな」

 

「澪さんに増やしてもらいました。昨日より、ずっとあります」

 

 理央は声が弾むのを止めなかった。

 

 朝は頼むことさえためらったが、目の前には長い材がそろっている。

 

 これなら、受けの形を変えても、その度に母株を気にせずに済みそうだった。

 

 真壁は稈を持ち上げ、切り口を見てから、そばの木箱へ視線を移す。

 

「ベルトラム君は、箱については何と言っていたかね」

 

「出荷が増えたら、箱そのものも増やさないといけないかもしれない、と。まだ不足が決まったわけではありません」

 

「ちょうどよい」

 

 その短い返事に、理央は竹泡材の見本を寄せようとした。

 

 だが真壁が触れたのは、箱の側板だった。

 

「箱を作る材にもなる」

 

 理央は竹へ目を戻す。

 

 材料に余裕ができたと思ったばかりなのに、新しい使い道を言われると、確保した分が急に小さく思える。

 

 それでも、どうやって丸い竹を箱にするのかは気になった。

 

「これ、竹泡材を作るために増やしたんですけど。箱まで足りなくなるんですか?」

 

「まだ不足すると決まったわけではない。だが、出荷が増えれば必要になろう」

 

 真壁は竹を木箱の側面へ当てた。

 

 理央も隣へ1本寄せるが、丸い稈の間には隙間ができ、平らな板のようには並ばない。

 

「木箱を増やす方が早そうですけど……」

 

「木を使うなとは言っておらん。必要な所に使えばよい」

 

 真壁は四隅を指で叩き、次に上下の枠と底の受けを示した。

 

 理央は箱を重ねた時の姿を思い浮かべる。

 

 ここへ力が掛かるなら、広い側面まで全部同じ材でなくてもいいのかもしれない。

 

「枠は木を残すんですね」

 

「そうだ。竹は薄く割り、平らにそろえて積層する。側面と底、蓋の板にしよう」

 

 丸竹の切り口を見ていた理央は、長く伸びる繊維の筋へ目を移した。

 

 昨日はそれを柔らかな受けへ変えたのに、今日は硬い面になるという。

 

 心配より、見てみたい気持ちが少し勝った。

 

「ゲンダイにもあるんですか?」

 

「竹の積層材を、輸送用の床などに使う例はある。今回はこの箱に合う組み方を選べばよい」

 

 真壁は箱の内側を確かめ、竹泡材の厚みが要ることも理央に尋ねた。

 

 理央は皿と瓶の受けを置いてみせ、器を出し入れする所を指でなぞる。

 

「この分は残してください。板を厚くして、蓋が閉まらなくなると困ります」

 

「合わせよう。中の寸法を変えずに、箱を組む」

 

 澪が加工用の束を渡すと、ニャニャミは竹泡材に残す見本を反対側へ寄せた。

 

 その境目を見ると、理央はもう一度だけ惜しくなった。

 

 けれど箱が足りなくなれば、中だけ作れても皿は運べない。

 

 真壁が束を靄へ収めるのを見届け、理央は木箱を台の真ん中へ戻した。

 

 

 

 昼を挟んで作業台へ戻ると、理央の前には薄い竹片が並んだ。

 

 真壁がプラントで割り、節を処理して平らにした物だ。

 

 窓際から照り返す光に、長い繊維の筋が浮かんでいる。

 

 理央は一枚を持ち上げた。

 

 長い竹の丸みはなくなっているのに、指の腹へ触れる筋には、先ほどの稈の面影があった。

 

「昨日は柔らかくしたんですけど」

 

「今日は外側を守る」

 

 真壁は切り口を見て、側板にする物と、底へ回す物を分けた。

 

 理央も《鑑定》し、板にする材の乾燥状態を口に出して伝える。

 

 水分の多い物は乾燥工程へ戻し、割れのある物は長い面板から外した。

 

 使う場所が決まると、同じ長さに並んだ竹片にも、違いが見えてくる。

 

「短い方は、捨てるんですか?」

 

「長い板には足りん。別の部材へ回そう」

 

 理央は端材を別の容器へ寄せた。

 

 全部使えると言われるより、置く場所がある方が安心できた。

 

 真壁は接着材と薄片を収め、プラントの工程を整える。

 

 繊維の向き、重ねる層、圧力と硬化に必要な時間を説明され、理央は手元の一枚を裏返した。

 

「向きを交差させるんですね」

 

「一方向へそろえた強さだけでは、箱の面には足りんからな」

 

 真壁が加工を終えた板を出すと、細い筋のある面が台の上を滑った。

 

 理央は端へ手を添えて受け止める。

 

 竹泡材のように指が沈まず、平らな面が掌へ返ってきた。

 

 柔らかな受けと硬い板を作ったことは分かっていたのに、両方を触ると少し不思議だった。

 

「竹、忙しいニャ」

 

「中に入ったり、外になったりしてますね」

 

 ニャニャミが板へ鼻を近づけ、横から重ねた層を見た。

 

 真壁はその向こうで木枠を組み、四隅と上下、底の受けをつないでいく。

 

 理央が側板を支えると、丸竹を並べた時の隙間はなくなった。

 

 板の縁が枠へ収まり、底を入れると、急に見慣れた箱の姿になる。

 

「ここも竹の板ですか?」

 

「そうだ。だが、下からは木で支える」

 

 理央は箱を持ち上げる前に、底の裏へ目を向けた。

 

 面板だけに器の重さを預けるのではなく、受けを通して枠へ伝える形になっている。

 

 木を残すと聞いた時には少し物足りなかったが、今はこの枠まで竹にしたいとは思わなかった。

 

「全部竹にしなくてよかったです」

 

「全部竹なら、竹がもっと要るニャ」

 

「そういう意味だけじゃありません!」

 

 真壁は返事の代わりに、側板を留める金具を見せた。

 

 枠を崩さず、一面ずつ外せる位置に付いている。

 

 理央は内側へ手を入れ、金具が器へ触れないことを確かめた。

 

 直すための仕組みまで、箱の中へ出っ張らせては困る。

 

「中の受けを合わせてくれ、理央君」

 

 理央は皿用の竹泡材を置き、底と胴を受ける形を収めた。

 

 細口瓶には昨日直した底側の受けを使い、首へ力が掛からない余裕を残す。

 

 器を取り出す指の場所も空け、蓋の下へ触れない高さにそろえた。

 

 真壁が次の箱を組む間に、理央は受けを作って渡していく。

 

 ニャニャミが皿用と瓶用を分け、蓋を合わせて台の端へ寄せた。

 

 3人の手が違う所で動くと、完成した箱が一つずつ増えていった。

 

 理央は箱の角へ両手を掛けた。

 

 昨日は器の下へ敷く物を考えていたのに、今日はそれを入れる箱まで手の中にある。

 

「白皿丘で使ってもらいましょう」

 

「そうしよう。扱う者の手に合わせて、必要な所は直す」

 

 真壁は箱の側面をなぞり、木枠の接合と板の状態を確かめた。

 

 理央も別に《鑑定》し、自分の見た範囲を口に出す。

 

 見えている情報を伝え合ってから、完成した箱を真壁が収めた。

 

 台には、箱へ使えなかった短い端と、節のある部分が残る。

 

 理央はそれを泡材へ回せる物と、まだ用途の決まらない物に分けた。

 

 朝は束の大きさを見て安心したが、箱になった分と残った分を分けると、長い材の減り方は思っていたより速かった。

 

 

 

 真壁が箱を一つ出すと、理央は蓋を開け、竹泡材と側板を交互に触った。

 

 どちらも竹なのに、指へ返る力はまるで違う。

 

 窓から入る午後の光が板の筋を照らし、重ねた薄片の端が細い線になって見えた。

 

「竹って、板にもなるんですね」

 

「板だけではない」

 

 理央は真壁の方を見た。

 

 もう箱までできたので、次は白皿丘へ持っていくだけだと思っていた。

 

 その短い返事には、まだ先があるらしい。

 

「竹から繊維を取り出して、糸にする方法もある」

 

「羊毛の次は竹ですか?」

 

 理央は薄片の端に出た筋をつまんだ。

 

 羊毛を分けた時と違って、硬い筋は指先へ逆らう。

 

 これを糸にするなら、出した後にも何かが要りそうだった。

 

「このまま紡ぐわけではないんですよね」

 

「天然の繊維を取り出して処理する方法と、パルプから再生繊維を作る方法がある。両者は別だ」

 

 真壁は竹片を受け取り、天然の繊維と、セルロースを処理して再び繊維にする工程の違いを説明した。

 

 理央は聞きながら、同じ箱に糸まで載せたところを思い浮かべる。

 

 面白そうだが、板を作る工程から、そのまま布が出てくるわけではないらしい。

 

「溶かして、その場で布が出る、という話ではないですね」

 

「そう簡単にはいかん。だが、パルプなら紙にもできる」

 

 ニャニャミの耳が立った。

 

 それまで板の断面を見ていた金色の目が、真壁へ向く。

 

「書く紙も作れるニャ?」

 

「品質が安定すればな」

 

 ニャニャミは白い指先を、文字を書く時のように小さく動かした。

 

 理央には、その反応の速さが少し可笑しかった。

 

 竹の板には慎重だったのに、自分が使う紙となると、もう触ってみたいらしい。

 

「ニャニャミさん、今、次の仕事を考えてますよね」

 

「書きやすい紙、欲しいニャ」

 

「欲しいのは分かりますけど!」

 

 理央も、竹からどんな紙ができるのか気になってしまう。

 

 しかし真壁の言った品質が安定すれば、という所は飛ばせない。

 

 ペン先が引っかかる紙を思い浮かべ、先に今日の箱へ手を戻した。

 

「紙なら、帳票にも包装にも使い道があるね」

 

 入口からリュシアが声を掛けた。

 

 厨房の仕事の合間に寄ったところで、理央たちの会話が聞こえたらしい。

 

 箱の中をのぞき、竹泡材を押してから、外の板にも触れる。

 

「筍の続きかと思ったら、箱まで作ってたのかい」

 

「箱はこれから白皿丘で使います。紙は、まだ候補です!」

 

「だから候補にしておくんだよ。包んだ時に破れないかも、使う側には大事だからね」

 

 リュシアはそう言い、台の端に残る竹片へ目を向けた。

 

「こういう物にも、使い道はあるのかい?」

 

「竹炭の使い道はある。竹をそのまま燃やすのとは違い、酸素を制限して炭化させる」

 

 理央は短い端を拾った。

 

 板の一面には足りなくても、別の物へ使えるかもしれないのは嬉しい。

 

 ニャニャミもそれを見ていたが、いきなり炭の材料へ寄せはしなかった。

 

「灰は、別ニャ?」

 

「さらに燃やして灰にした方だ。水へ通してアルカリ性の灰汁を得る用途もある。ただし、炭と灰は同じ物ではない」

 

 リュシアはうなずき、まずは候補として覚えておくと言った。

 

 真壁がバイオエタノールにも触れると、理央は顔を上げる。

 

 前処理から糖化、発酵まで要ると聞き、拾った竹片をゆっくり台へ戻した。

 

「箱を作るだけでは、そこまでできないんですね」

 

「別の工程が要る」

 

「竹、全部仕事ニャ」

 

「全部は今日やりません!」

 

 そう言った理央の手も、竹片から少し離れにくかった。

 

 リュシアは白皿丘での様子を聞かせてくれと言い、厨房へ戻った。

 

 入口を抜けていく背中の向こうで、昼の片付けをする器の音が重なる。

 

 理央は竹片の容器を端へ寄せた。

 

 使い道を聞くと、どれも作れそうな気がしてしまう。

 

 けれど、まず届けたいのは、台の上に並んだ箱だった。

 

 理央は持っていく受け材をそろえ、箱の蓋を閉めた。

 

 真壁が箱を収めると、台には材料の容器が残った。

 

 

 

 白皿丘へ行く前に、真壁が箱を一つ出し、理央は澪へ中の受けを見せた。

 

 澪が側板へ触れ、内側の竹泡材を見て笑うと、理央まで嬉しくなった。

 

 朝に頼んだ竹が、もうこの形になっている。

 

「戻ったら、向こうの様子を教えてくださいね」

 

「澪さんは、こちらですか?」

 

「農場を見て、他の仕事も進めておきます。竹だけにすると、夕方には別の物が足りなくなりますから」

 

 理央はうなずいた。

 

 自分が気にしていた竹の隣にも、澪の育てている作物はある。

 

 材料を頼んだからといって、そちらの仕事まで止めてもらったわけではなかった。

 

 事業所で使った器は台へ戻し、箱と受け材を真壁とニャニャミが収める。

 

 3人で人の少ない接続場所へ向かい、《関門接続》を抜けて白皿丘へ出た。

 

 出荷場へ歩くと、建物の隙間から窯の熱が流れてくる。

 

 春の日は屋根へ明るく当たっているが、庇の下は薄暗い。

 

 靴の下で乾いた陶土が擦れ、奥からは木箱を引く音が響いた。

 

 棚に並ぶ皿の白さが、入口に近い所だけ陽を受けて際立っている。

 

 荷造りする職人は、皿へ指を添えて持ち上げ、次の手へ渡していた。

 

 理央はその流れを止めない所へ立った。

 

「今日は、箱も持ってきました」

 

 ベルトラム・ハイスが手を休め、真壁の出した箱を眺めた。

 

 側板を指で叩くと、乾いた音が梁の下へ返る。

 

「昨日は中身だったな。今日は箱か」

 

「中身も作ってきたニャ」

 

「明日は何だ」

 

「聞かないでください」

 

 理央が即答すると、ベルトラムの口元が緩んだ。

 

 自分でも次に何が増えるか分からないので、笑われるくらいで済む方が助かる。

 

 真壁は蓋を開け、木枠で支える底と、器を受ける竹泡材を示した。

 

「この受けを使う皿と瓶の分を持ってきた。今日の荷造りへ回してもらいたい」

 

 ベルトラムは中をのぞき、作業台の脇を空けた。

 

「なら、こっちだ。皿を渡してくれ」

 

 職人が棚から皿を取ってくる。

 

 理央が受けを収めると、その上へ皿が置かれた。

 

 縁を押しつけず、底と胴が支えられる。

 

 職人の指は、理央が空けておいた場所へ入った。

 

「持つ所へ出っ張らないのはいいな」

 

「昨日教えてもらった向きで、空けてあります」

 

 理央は次の受けを手に取った。

 

 褒められた所へもう一度説明を足すより、次の皿が来る前に置きたかった。

 

 職人が皿を渡し、理央が合わせ、ニャニャミが蓋を寄せる。

 

 真壁は少し離れた所で枠の収まりを見ていた。

 

 作業場の奥では、空いた棚へ新しい器が運ばれてくる。

 

 焼いた物を置く人と、箱へ収める人の間へ、今朝作った物が入っていた。

 

 細口瓶を渡された時には、理央は昨日直した底側の受けを使った。

 

 胴を支える位置を合わせ、首の周りには余裕を残す。

 

「外も竹、中も竹ニャ」

 

「枠は木ですから!」

 

「枠の分まで竹と言われては、木が気の毒だな」

 

 真壁の返事に、皿を渡していた職人まで笑った。

 

 ニャニャミは白い耳を動かし、箱の四隅へ視線を移す。

 

「木も忙しいニャ」

 

 ベルトラムが蓋を持ち上げ、留める金具へ道具を当てた。

 

 枠の際で手が止まる。

 

「ここは少し、道具を入れにくいな」

 

 理央は金具へ顔を近づけた。

 

 事業所では指の入る所を見ていたが、この道具を握る手の分までは空いていなかった。

 

 真壁は器を動かさずに触れる所を確かめ、金具の位置を直した。

 

「これでどうかね」

 

「ああ、こっちなら入る」

 

 ベルトラムの手が止まらずに動き、蓋が留まった。

 

 理央は次の箱も同じ位置へそろえてもらう。

 

 目の前の手に合わせると、直した方がいい理由を言葉で聞くより早く分かった。

 

 箱へ縄が掛かり、木枠の角を回って結ばれる。

 

 職人と理央が左右を持つと、皿の重さが腕へ伝わった。

 

 空箱を抱えた時より、底を支える木の位置が気になった。

 

「こちらを持って」

 

 職人に言われ、枠の下へ指を入れ直す。

 

 荷車の板へ置く時には、向こうが膝を曲げるのに合わせた。

 

 箱が収まると、理央は手を抜き、次の瓶の箱を取りに戻った。

 

 箱を眺めていた朝とは違って、次に運ぶ物が待っている。

 

 ニャニャミも通路を空け、残った受け材を作業台へ寄せていた。

 

 荷車が動き出すと、車輪が石の継ぎ目を越え、ごとん、と音がした。

 

 理央は反射的に荷へ目を向ける。

 

 昨日と同じ音なのに、自分が作った受けと真壁の箱が一緒に積まれていると思うと、ついていきたくなった。

 

 職人は枠へ回した縄を押さえ、そのまま出荷場の荷置きへ荷車を寄せた。

 

 理央もそちらへ回り、下ろす手を貸す。

 

 庇の影へ箱が並ぶと、横に置かれた以前からの木箱との色の違いが見えた。

 

 竹の箱も、その列の中に収まっていた。

 

「板が傷んだ時は、枠を残して替えられるのか」

 

 ベルトラムの問いに、真壁は余った面板を見せた。

 

 金具を外せば取り替えられることと、木枠の受けへ合わせる位置を説明する。

 

「木工の連中にも見せたいな」

 

「この板を置いていこう。こちらの道具で扱える形にしてある」

 

 ベルトラムは受け取り、端の層を指でなぞった。

 

 理央は箱へ使えなかった節のある部分を思い出す。

 

 この一面になった竹が、丸い竹をそのまま割っただけではないことを、向こうでも分かってもらえそうだった。

 

「次は鉢と壺も頼めるか。そっちも藁だけでは手が掛かる」

 

 理央はベルトラムが示した棚へ目を向けた。

 

 鉢の口は皿より高く、壺の胴は瓶よりずっと丸い。

 

 受けを広げるだけでは済まないが、荷造りしている所を見ると、どう置きたいのかを聞きたくなる。

 

「どこを持って、どう重ねていますか?」

 

 ベルトラムが鉢を手に取り、職人も横から手を添えた。

 

 理央は口の縁を押さえずに収める場所と、取り出す指の余裕を尋ねる。

 

 真壁は重さを受ける底の位置を見て、木枠の組み方を考えていた。

 

 ニャニャミも胴の広がりを見て、必要な受け材が皿用とは違うと口にする。

 

「この形に合わせて、箱と受けを作ります」

 

 理央が答えると、ベルトラムは鉢を棚へ戻した。

 

 使った箱は荷造りを済ませた器とともに白皿丘へ残し、残りの受け材も渡しておく。

 

 真壁が置いていく面板の説明を終えるまで、理央は作業台の端を片付けた。

 

 棚から次の皿が運ばれ、空いた場所へまた箱が置かれる。

 

 自分たちが帰った後も、ここではその続きをするのだと思った。

 

 3人で出荷場を離れ、人の少ない場所へ戻る。

 

 事業所へ扉をつなぐ時、理央は朝に確保した竹を思い浮かべていた。

 

 

 

 事業所へ戻ると、机に落ちる窓枠の影が長くなっていた。

 

 朝は続けて聞こえた荷車の音も、今は少し間が空く。

 

 理央は台の端へ残しておいた竹泡材を持ち、澪へ白皿丘での様子を話した。

 

 箱へ皿と瓶を詰め、出荷場の荷置きへ運んだと言うと、澪の顔がほころぶ。

 

「もう使ってもらえたんですね」

 

「はい。蓋の金具は、向こうの道具に合わせて位置を直しました」

 

 箱を作れたことだけでなく、荷造りの続きをしてもらえたのが嬉しかった。

 

 リュシアも様子を聞きに来て、鉢と壺の分も頼まれたと知ると、台へ置いた受け材を見た。

 

「今度はこっちの形が変わるんだね」

 

「はい。外の箱も、底の支えを合わせます」

 

 理央が答えると、リュシアは楽しみにしていると言って厨房へ戻った。

 

 入口から差した光が遮られ、また床へ戻る。

 

 台の上には、今日切った材の端が残っていた。

 

 真壁が製作後の残りを出すと、ニャニャミが長い材と短い物を分ける。

 

 竹泡材へ使える分にも、板には足りない長さがあった。

 

 理央は夕方の光を受けた切り口を見て、朝と同じように太い竹でも肉厚が違うことを思い出す。

 

「今度は大丈夫ですよね。朝よりずっと増えましたし」

 

「竹は増えたニャ」

 

「ですよね!」

 

 理央は明るく返し、次の言葉を待った。

 

「箱の板に使える分は、余裕ないニャ」

 

 笑いかけたまま、口が止まる。

 

 ニャニャミは長い材を示し、その隣へ短い端を置いた。

 

 長さだけでなく、肉厚や乾燥状態をそろえて薄片にできる分は限られる。

 

 理央も端を合わせてみたが、短い方は面板の端まで届かなかった。

 

 量があることと、この箱へ使えることが、別なのは分かる。

 

 分かるのに、朝の束を見た時ほどの安心は戻ってこない。

 

「皿用、瓶用、鉢用、壺用。それを入れる箱も要るニャ」

 

「受けだけ増やしても、駄目なんですね……」

 

 理央は白皿丘で荷を下ろした時の、腕に掛かった重さを思い返した。

 

 あの器を運ぶ物まで揃って、ようやく仕事になる。

 

 真壁は残った長い材を選び、次の面板へ回す分を分けていた。

 

「傷んだ板を取り替える材も残しておきたいな」

 

「鉢と壺の箱に使う分とは、別ですよね?」

 

 理央が言うと、真壁は端材の容器から視線を上げた。

 

「同じ一枚を二度使うつもりはない」

 

「そうですよね……」

 

 理央は長い材をもう一度見た。

 

 次の箱に使い、傷んだ時にも替えたいと思うと、一本ずつ行き先が決まってしまう。

 

 澪は自分の農場へ意識を向け、次に採れる竹の様子を伝えてくれた。

 

 母株と若い竹は残し、成熟した分から出していくという。

 

 今朝より材料は増えている。

 

 それでも、使ってもらえる物になった途端に、必要な分まで増えた。

 

 理央は午後の話を思い出し、ニャニャミへ顔を向けた。

 

 竹紙、繊維と布、竹炭、灰汁、バイオエタノール。

 

「ちょっと待ってください。それはまだ作ってないですよね?」

 

「候補は在庫から引いてないニャ」

 

「よかった……」

 

「それでも足りないニャ」

 

「もっと悪いじゃないですか!」

 

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