翌朝、ヴァルディス侯爵領の事業所に入った理央は、机の端にある竹泡材を押してみた。
細い中空の骨が順に縮み、指を離すと、ゆっくり膨らみ直す。
昨日、白皿丘で皿を守った物と同じ形だった。
窓から差す春の日が、その隙間を細かく机へ落としている。
外では荷車が石畳を渡り、共同商館の厨房からは器の触れ合う音が聞こえた。
昨日は硬い音を聞くたび皿が欠けるところを想像したが、今朝は少し違う。
うまくいった形が、ちゃんと手元に残っていた。
「皿用は、これをもう少し作ればいいですよね」
理央が言うと、ニャニャミは机の反対側から別の受け材を寄せた。
細口瓶の底を受ける形は、皿用より深い。
「別の寸法も頼まれてるニャ」
「そちらも合わせます。竹は、まだ――」
理央は《生体収納》へ意識を向けた。
自分の栽培区画では、上からの光を受けた葉が重なっている。
下へ補った光が細長い葉を照らし、根元には次の稈になる芽が残っている。
ここを刈れば、材は増える。
しかし、次の収穫へつなぐ若い竹まで、今日の材料に数えることになる。
収穫済みの材を見直しても、昨日の受け材に使った分を除くと、思ったほど残っていなかった。
白皿丘では今も皿を焼いている。
昨日運べた分だけで、荷造りが終わるわけではない。
「皿用と瓶用、別の寸法、それに次の出荷分ニャ」
ニャニャミは1つずつ、受け材を並べた。
理央は最後の場所へ手を伸ばし、置く物がないのに気づく。
「……足りない」
「昨日も足りなかったニャ」
「昨日は竹泡材が、今日は材料の方がです」
できるようになったことは増えたのに、朝からまた同じ言葉を言っている。
「残した株の分を除いたら、まだ減りますね」
理央がつぶやくと、ニャニャミの金色の目がこちらを向いた。
「母株まで数えれば、今日の材料は増えるニャ」
「それは次がなくなるので駄目です!」
「却下ニャ」
「提案した本人が却下するんですか?」
白い耳が軽く揺れた。
理央も笑いかけたが、残した地下茎を切る気にはなれなかった。
庭から分けてもらった竹がここまで育ったのを見ているから、今日だけの材料にはしたくない。
筍も食材として残す分で、今欲しい成熟材とは違う。
時間を進めれば済むと思っていたが、次の竹を育てる場所まで収穫に使えば、次に困った時には戻る所がなくなる。
理央は竹泡材を机へ戻した。
「株を育てる所と、材料を増やす所を、分けた方がよさそうですね」
言葉にすると、頼める相手がすぐ浮かんだ。
昨日自分で始めた仕事を、もう手伝ってもらうのは早すぎないだろうか。
澪の机へ目を向けて、一度だけためらう。
けれど、今日の荷造りに間に合わなくなるより、何を頼みたいのか説明する方がいい。
理央が立つと、ニャニャミも受け材の見本を持ってついてきた。
「澪さん、手伝ってください」
澪の机の横へ来た理央は、まずそれだけ言った。
聞かれてから説明しようと思っていたのに、澪が顔を上げると、続きまで急いで口に出そうになる。
「竹の材料を増やしたいんですけど、私の区画だと――」
「今ある土を使いましょう。火山には行きませんよ」
「まだ、そこまで言ってません!」
昨日の続きだとすぐ分かってもらえたのは嬉しい。
けれど、土を頼むだけで火山まで行きたがると思われたら、相談する前から話が大きすぎる。
澪は机を離れ、ニャニャミが持ってきた受け材を見た。
「こちらの分ですか?」
「はい。作る形は分かったんです。でも、若い竹まで切ると、次に切れる分がなくなってしまって」
理央は自分の区画の広さと、そこへ残した物を説明した。
母株を残すと材料が足りないことも、今朝確かめたばかりのまま話す。
澪は途中で増やし方を決めつけず、どこを収穫せずにおきたいのか尋ねてくれた。
「母株と若い竹は残しておきたいんです。こちらからも育った株を分けられるように」
「では、そちらはそのまま続けてください」
理央は澪の顔を見た。
手伝ってもらうなら、自分の区画まで全部刈って、材料に合わせなければならないと思いかけていた。
「作る条件は、理央ちゃんが調べたんですね。うまく育った条件を教えてもらって、量を作る方は私がやりましょう」
肩に入れていた力が抜けた。
頼めば自分の仕事がなくなるのではなく、株を育て、加工へ回す竹を選ぶ仕事を続けられる。
「お願いします。苗も、分けてあります」
「どのくらい育った物を切ったのかも、教えてくださいね」
澪が歩き出し、理央はニャニャミと後に続いた。
廊下を抜けると、作業場の窓が開いている。
春の風はまだ涼しく、陽の当たる台へ手を置くと、木の表面だけが少し温かかった。
理央はその脇へ、土付きの苗を容器ごと取り出した。
緑の芽が土からのぞき、根の周りには掘り分けた時の湿りが残っている。
澪が容器へ手を添えたので、理央は根の位置を外から示した。
「ここを傷めないように分けました。水は残しますけど、土を詰めすぎないようにしています」
2人がそれぞれ《鑑定》し、水分と根の状態を口に出して確かめ合う。
株の間隔と、光を補った位置も、理央は容器と芽を示しながら伝えた。
「芽は全部筍にしないで、次の竹になる分を残してください」
「分かりました。材にする分も、伸びたばかりでは切らないんですね」
「はい。育ってからの状態で選びました」
澪が容器を自分の《生体収納》へ収めると、台にこぼれた土だけが残った。
理央はその土を指で寄せながら、渡した苗が向こうで育つところを想像する。
自分には見えないが、澪なら途中で気づいたことも教えてくれるだろう。
「竹農場ニャ」
ニャニャミが言った。
容器が1つ消えただけなのに、急に大きな農場の名前を付けられて、理央は顔を上げる。
「まだ名前は付けません!」
「でも、竹を育てる区画は作りますよ?」
澪まで穏やかに言うので、理央は返す言葉を探してしまった。
助けてもらえる安心と、事が広がりそうな予感が一緒に来る。
「澪さんまで……」
ニャニャミの耳が揺れ、理央もとうとう笑った。
澪は作業台の前に立ったまま、自分の《生体収納》の農地を見渡した。
約11.7haの中には、すでに作物を育てている場所がある。
飼育や保管のために使っている所も避け、収穫の済んだ区画へ意識を絞った。
地表には刈り取った後の跡が残り、その先には次の作付けを待つ土が広がっている。
広さだけを見れば竹も入るが、地下茎がどこまで伸びるかを考えると、隣の作物ぎりぎりまで植える気にはなれなかった。
理央から受け取った苗を移し、根の周りに土をなじませる。
芽はまだ小さく、土の広がりに比べると頼りない。
あれから本当に箱へ使うほどの材が取れるのかと、澪は昨日の竹泡材を思い浮かべた。
理央が育てた株から、ここへ来た苗だった。
引き受けたからには、育った竹を見せてあげたかった。
「この区画なら、今の作物を動かさずに済みます」
台の向こうにいる2人へ伝えてから、澪は《光》の当たる範囲を整えた。
5になった技能で上から照らすと、伸び始めた葉の表が明るくなる。
時間を進めるにつれ、細い葉が増え、その下には幾重にも影ができた。
上の葉だけを明るくしても、陰の深さはなくならない。
澪は一度進行を止め、下層へ補う光の位置を変える。
暗がりに沈んでいた葉の細長い輪郭が、緑を取り戻して見えた。
下へも光を補ったと理央が話していた理由が、ようやく実感できる。
自分の農場も、光が強ければ全部済むわけではなかった。
「上の葉が重なってきました。下へも光を補っています」
「土と水は、同じくらいですか?」
理央の声を聞いて、澪は根元へ意識を戻した。
地表の色だけで決めず、《鑑定》で水分と養分を確かめる。
「合わせてあります。ただ、成長の速さまで同じとは限りませんね」
理央の《成長促進》は、こちらの農場にはない。
昨日の育つ速さより、今どの状態なのかを見る方が確かだった。
澪は不足を補い、また少しずつ時間を進めた。
根元では新しい芽が顔を出し、先に伸びた稈の間が狭くなっていく。
地下茎の広がりを確かめて、隣の区画へ近づく前に、竹を育てる範囲を整え直した。
切る材を増やすだけなら、若い竹も目に入る。
けれど伸び切ったばかりの物は残し、年単位の経過の中で成熟した稈を選んだ。
採取する分と次に伸びる分が分かれてくると、苗を置いた時の頼りなさはもうなかった。
澪は育った姿をもう少し眺め、それから材を取り分ける。
作業に向く状態まで乾燥させ、外の台へ最初の材を出した。
稈の節が木に当たって、からん、と音がする。
隣へ出した葉付きの見本を見て、理央が顔を近づけた。
「育ちましたね……」
理央は葉と成熟材を交互に見てから、切り口を《鑑定》した。
澪は理央の手が止まったのを見て、切り口へ目を向けた。
「こっち、肉厚ですね。もう1本と太さは似てるのに」
「同じように育てても、全部同じにはなりませんでした」
理央が端をそろえ、空洞の違いを見せてくれた。
増やせたことだけで安心するのは早そうだが、ちゃんと渡せる材があるのは嬉しい。
澪は加工に渡す束を出し、2人が歩く所を空けたままにする。
残りは普通の収納区画へ移しておいた。
「皿の分、瓶の分。箱へ詰めるだけでも、これだけ使うニャ」
束を見上げていたニャニャミが言った。
理央は振り向き、まず皿と瓶、追加の寸法に必要な分を一緒に数え始める。
「その束だけで全部まかなうつもりですか!」
「毎日出す分も要るニャ」
それを聞いて澪も成熟材を見直した。
まだ加工していないから、どれも全部使えるとは言えない。
「続けて出せる分も作りましょう。根と次の芽は、こちらへ残してあります」
「竹農場、増産ニャ」
ニャニャミの声に、理央が少し困った顔をする。
「竹農場じゃありません。農場の一部です」
澪は笑いながら束を収め、次の採取へ意識を向けた。
昼前、作業台の端へ寄せた竹の見本を、理央は両手で押さえていた。
端をそろえると、少し曲がった稈の真ん中が浮く。
乾いた節同士が触れる音を聞きながら、竹泡材へ回す分を選んでいると、別の仕事を終えた真壁が来た。
「材は確保できたようだな」
「澪さんに増やしてもらいました。昨日より、ずっとあります」
理央は声が弾むのを止めなかった。
朝は頼むことさえためらったが、目の前には長い材がそろっている。
これなら、受けの形を変えても、その度に母株を気にせずに済みそうだった。
真壁は稈を持ち上げ、切り口を見てから、そばの木箱へ視線を移す。
「ベルトラム君は、箱については何と言っていたかね」
「出荷が増えたら、箱そのものも増やさないといけないかもしれない、と。まだ不足が決まったわけではありません」
「ちょうどよい」
その短い返事に、理央は竹泡材の見本を寄せようとした。
だが真壁が触れたのは、箱の側板だった。
「箱を作る材にもなる」
理央は竹へ目を戻す。
材料に余裕ができたと思ったばかりなのに、新しい使い道を言われると、確保した分が急に小さく思える。
それでも、どうやって丸い竹を箱にするのかは気になった。
「これ、竹泡材を作るために増やしたんですけど。箱まで足りなくなるんですか?」
「まだ不足すると決まったわけではない。だが、出荷が増えれば必要になろう」
真壁は竹を木箱の側面へ当てた。
理央も隣へ1本寄せるが、丸い稈の間には隙間ができ、平らな板のようには並ばない。
「木箱を増やす方が早そうですけど……」
「木を使うなとは言っておらん。必要な所に使えばよい」
真壁は四隅を指で叩き、次に上下の枠と底の受けを示した。
理央は箱を重ねた時の姿を思い浮かべる。
ここへ力が掛かるなら、広い側面まで全部同じ材でなくてもいいのかもしれない。
「枠は木を残すんですね」
「そうだ。竹は薄く割り、平らにそろえて積層する。側面と底、蓋の板にしよう」
丸竹の切り口を見ていた理央は、長く伸びる繊維の筋へ目を移した。
昨日はそれを柔らかな受けへ変えたのに、今日は硬い面になるという。
心配より、見てみたい気持ちが少し勝った。
「ゲンダイにもあるんですか?」
「竹の積層材を、輸送用の床などに使う例はある。今回はこの箱に合う組み方を選べばよい」
真壁は箱の内側を確かめ、竹泡材の厚みが要ることも理央に尋ねた。
理央は皿と瓶の受けを置いてみせ、器を出し入れする所を指でなぞる。
「この分は残してください。板を厚くして、蓋が閉まらなくなると困ります」
「合わせよう。中の寸法を変えずに、箱を組む」
澪が加工用の束を渡すと、ニャニャミは竹泡材に残す見本を反対側へ寄せた。
その境目を見ると、理央はもう一度だけ惜しくなった。
けれど箱が足りなくなれば、中だけ作れても皿は運べない。
真壁が束を靄へ収めるのを見届け、理央は木箱を台の真ん中へ戻した。
昼を挟んで作業台へ戻ると、理央の前には薄い竹片が並んだ。
真壁がプラントで割り、節を処理して平らにした物だ。
窓際から照り返す光に、長い繊維の筋が浮かんでいる。
理央は一枚を持ち上げた。
長い竹の丸みはなくなっているのに、指の腹へ触れる筋には、先ほどの稈の面影があった。
「昨日は柔らかくしたんですけど」
「今日は外側を守る」
真壁は切り口を見て、側板にする物と、底へ回す物を分けた。
理央も《鑑定》し、板にする材の乾燥状態を口に出して伝える。
水分の多い物は乾燥工程へ戻し、割れのある物は長い面板から外した。
使う場所が決まると、同じ長さに並んだ竹片にも、違いが見えてくる。
「短い方は、捨てるんですか?」
「長い板には足りん。別の部材へ回そう」
理央は端材を別の容器へ寄せた。
全部使えると言われるより、置く場所がある方が安心できた。
真壁は接着材と薄片を収め、プラントの工程を整える。
繊維の向き、重ねる層、圧力と硬化に必要な時間を説明され、理央は手元の一枚を裏返した。
「向きを交差させるんですね」
「一方向へそろえた強さだけでは、箱の面には足りんからな」
真壁が加工を終えた板を出すと、細い筋のある面が台の上を滑った。
理央は端へ手を添えて受け止める。
竹泡材のように指が沈まず、平らな面が掌へ返ってきた。
柔らかな受けと硬い板を作ったことは分かっていたのに、両方を触ると少し不思議だった。
「竹、忙しいニャ」
「中に入ったり、外になったりしてますね」
ニャニャミが板へ鼻を近づけ、横から重ねた層を見た。
真壁はその向こうで木枠を組み、四隅と上下、底の受けをつないでいく。
理央が側板を支えると、丸竹を並べた時の隙間はなくなった。
板の縁が枠へ収まり、底を入れると、急に見慣れた箱の姿になる。
「ここも竹の板ですか?」
「そうだ。だが、下からは木で支える」
理央は箱を持ち上げる前に、底の裏へ目を向けた。
面板だけに器の重さを預けるのではなく、受けを通して枠へ伝える形になっている。
木を残すと聞いた時には少し物足りなかったが、今はこの枠まで竹にしたいとは思わなかった。
「全部竹にしなくてよかったです」
「全部竹なら、竹がもっと要るニャ」
「そういう意味だけじゃありません!」
真壁は返事の代わりに、側板を留める金具を見せた。
枠を崩さず、一面ずつ外せる位置に付いている。
理央は内側へ手を入れ、金具が器へ触れないことを確かめた。
直すための仕組みまで、箱の中へ出っ張らせては困る。
「中の受けを合わせてくれ、理央君」
理央は皿用の竹泡材を置き、底と胴を受ける形を収めた。
細口瓶には昨日直した底側の受けを使い、首へ力が掛からない余裕を残す。
器を取り出す指の場所も空け、蓋の下へ触れない高さにそろえた。
真壁が次の箱を組む間に、理央は受けを作って渡していく。
ニャニャミが皿用と瓶用を分け、蓋を合わせて台の端へ寄せた。
3人の手が違う所で動くと、完成した箱が一つずつ増えていった。
理央は箱の角へ両手を掛けた。
昨日は器の下へ敷く物を考えていたのに、今日はそれを入れる箱まで手の中にある。
「白皿丘で使ってもらいましょう」
「そうしよう。扱う者の手に合わせて、必要な所は直す」
真壁は箱の側面をなぞり、木枠の接合と板の状態を確かめた。
理央も別に《鑑定》し、自分の見た範囲を口に出す。
見えている情報を伝え合ってから、完成した箱を真壁が収めた。
台には、箱へ使えなかった短い端と、節のある部分が残る。
理央はそれを泡材へ回せる物と、まだ用途の決まらない物に分けた。
朝は束の大きさを見て安心したが、箱になった分と残った分を分けると、長い材の減り方は思っていたより速かった。
真壁が箱を一つ出すと、理央は蓋を開け、竹泡材と側板を交互に触った。
どちらも竹なのに、指へ返る力はまるで違う。
窓から入る午後の光が板の筋を照らし、重ねた薄片の端が細い線になって見えた。
「竹って、板にもなるんですね」
「板だけではない」
理央は真壁の方を見た。
もう箱までできたので、次は白皿丘へ持っていくだけだと思っていた。
その短い返事には、まだ先があるらしい。
「竹から繊維を取り出して、糸にする方法もある」
「羊毛の次は竹ですか?」
理央は薄片の端に出た筋をつまんだ。
羊毛を分けた時と違って、硬い筋は指先へ逆らう。
これを糸にするなら、出した後にも何かが要りそうだった。
「このまま紡ぐわけではないんですよね」
「天然の繊維を取り出して処理する方法と、パルプから再生繊維を作る方法がある。両者は別だ」
真壁は竹片を受け取り、天然の繊維と、セルロースを処理して再び繊維にする工程の違いを説明した。
理央は聞きながら、同じ箱に糸まで載せたところを思い浮かべる。
面白そうだが、板を作る工程から、そのまま布が出てくるわけではないらしい。
「溶かして、その場で布が出る、という話ではないですね」
「そう簡単にはいかん。だが、パルプなら紙にもできる」
ニャニャミの耳が立った。
それまで板の断面を見ていた金色の目が、真壁へ向く。
「書く紙も作れるニャ?」
「品質が安定すればな」
ニャニャミは白い指先を、文字を書く時のように小さく動かした。
理央には、その反応の速さが少し可笑しかった。
竹の板には慎重だったのに、自分が使う紙となると、もう触ってみたいらしい。
「ニャニャミさん、今、次の仕事を考えてますよね」
「書きやすい紙、欲しいニャ」
「欲しいのは分かりますけど!」
理央も、竹からどんな紙ができるのか気になってしまう。
しかし真壁の言った品質が安定すれば、という所は飛ばせない。
ペン先が引っかかる紙を思い浮かべ、先に今日の箱へ手を戻した。
「紙なら、帳票にも包装にも使い道があるね」
入口からリュシアが声を掛けた。
厨房の仕事の合間に寄ったところで、理央たちの会話が聞こえたらしい。
箱の中をのぞき、竹泡材を押してから、外の板にも触れる。
「筍の続きかと思ったら、箱まで作ってたのかい」
「箱はこれから白皿丘で使います。紙は、まだ候補です!」
「だから候補にしておくんだよ。包んだ時に破れないかも、使う側には大事だからね」
リュシアはそう言い、台の端に残る竹片へ目を向けた。
「こういう物にも、使い道はあるのかい?」
「竹炭の使い道はある。竹をそのまま燃やすのとは違い、酸素を制限して炭化させる」
理央は短い端を拾った。
板の一面には足りなくても、別の物へ使えるかもしれないのは嬉しい。
ニャニャミもそれを見ていたが、いきなり炭の材料へ寄せはしなかった。
「灰は、別ニャ?」
「さらに燃やして灰にした方だ。水へ通してアルカリ性の灰汁を得る用途もある。ただし、炭と灰は同じ物ではない」
リュシアはうなずき、まずは候補として覚えておくと言った。
真壁がバイオエタノールにも触れると、理央は顔を上げる。
前処理から糖化、発酵まで要ると聞き、拾った竹片をゆっくり台へ戻した。
「箱を作るだけでは、そこまでできないんですね」
「別の工程が要る」
「竹、全部仕事ニャ」
「全部は今日やりません!」
そう言った理央の手も、竹片から少し離れにくかった。
リュシアは白皿丘での様子を聞かせてくれと言い、厨房へ戻った。
入口を抜けていく背中の向こうで、昼の片付けをする器の音が重なる。
理央は竹片の容器を端へ寄せた。
使い道を聞くと、どれも作れそうな気がしてしまう。
けれど、まず届けたいのは、台の上に並んだ箱だった。
理央は持っていく受け材をそろえ、箱の蓋を閉めた。
真壁が箱を収めると、台には材料の容器が残った。
白皿丘へ行く前に、真壁が箱を一つ出し、理央は澪へ中の受けを見せた。
澪が側板へ触れ、内側の竹泡材を見て笑うと、理央まで嬉しくなった。
朝に頼んだ竹が、もうこの形になっている。
「戻ったら、向こうの様子を教えてくださいね」
「澪さんは、こちらですか?」
「農場を見て、他の仕事も進めておきます。竹だけにすると、夕方には別の物が足りなくなりますから」
理央はうなずいた。
自分が気にしていた竹の隣にも、澪の育てている作物はある。
材料を頼んだからといって、そちらの仕事まで止めてもらったわけではなかった。
事業所で使った器は台へ戻し、箱と受け材を真壁とニャニャミが収める。
3人で人の少ない接続場所へ向かい、《関門接続》を抜けて白皿丘へ出た。
出荷場へ歩くと、建物の隙間から窯の熱が流れてくる。
春の日は屋根へ明るく当たっているが、庇の下は薄暗い。
靴の下で乾いた陶土が擦れ、奥からは木箱を引く音が響いた。
棚に並ぶ皿の白さが、入口に近い所だけ陽を受けて際立っている。
荷造りする職人は、皿へ指を添えて持ち上げ、次の手へ渡していた。
理央はその流れを止めない所へ立った。
「今日は、箱も持ってきました」
ベルトラム・ハイスが手を休め、真壁の出した箱を眺めた。
側板を指で叩くと、乾いた音が梁の下へ返る。
「昨日は中身だったな。今日は箱か」
「中身も作ってきたニャ」
「明日は何だ」
「聞かないでください」
理央が即答すると、ベルトラムの口元が緩んだ。
自分でも次に何が増えるか分からないので、笑われるくらいで済む方が助かる。
真壁は蓋を開け、木枠で支える底と、器を受ける竹泡材を示した。
「この受けを使う皿と瓶の分を持ってきた。今日の荷造りへ回してもらいたい」
ベルトラムは中をのぞき、作業台の脇を空けた。
「なら、こっちだ。皿を渡してくれ」
職人が棚から皿を取ってくる。
理央が受けを収めると、その上へ皿が置かれた。
縁を押しつけず、底と胴が支えられる。
職人の指は、理央が空けておいた場所へ入った。
「持つ所へ出っ張らないのはいいな」
「昨日教えてもらった向きで、空けてあります」
理央は次の受けを手に取った。
褒められた所へもう一度説明を足すより、次の皿が来る前に置きたかった。
職人が皿を渡し、理央が合わせ、ニャニャミが蓋を寄せる。
真壁は少し離れた所で枠の収まりを見ていた。
作業場の奥では、空いた棚へ新しい器が運ばれてくる。
焼いた物を置く人と、箱へ収める人の間へ、今朝作った物が入っていた。
細口瓶を渡された時には、理央は昨日直した底側の受けを使った。
胴を支える位置を合わせ、首の周りには余裕を残す。
「外も竹、中も竹ニャ」
「枠は木ですから!」
「枠の分まで竹と言われては、木が気の毒だな」
真壁の返事に、皿を渡していた職人まで笑った。
ニャニャミは白い耳を動かし、箱の四隅へ視線を移す。
「木も忙しいニャ」
ベルトラムが蓋を持ち上げ、留める金具へ道具を当てた。
枠の際で手が止まる。
「ここは少し、道具を入れにくいな」
理央は金具へ顔を近づけた。
事業所では指の入る所を見ていたが、この道具を握る手の分までは空いていなかった。
真壁は器を動かさずに触れる所を確かめ、金具の位置を直した。
「これでどうかね」
「ああ、こっちなら入る」
ベルトラムの手が止まらずに動き、蓋が留まった。
理央は次の箱も同じ位置へそろえてもらう。
目の前の手に合わせると、直した方がいい理由を言葉で聞くより早く分かった。
箱へ縄が掛かり、木枠の角を回って結ばれる。
職人と理央が左右を持つと、皿の重さが腕へ伝わった。
空箱を抱えた時より、底を支える木の位置が気になった。
「こちらを持って」
職人に言われ、枠の下へ指を入れ直す。
荷車の板へ置く時には、向こうが膝を曲げるのに合わせた。
箱が収まると、理央は手を抜き、次の瓶の箱を取りに戻った。
箱を眺めていた朝とは違って、次に運ぶ物が待っている。
ニャニャミも通路を空け、残った受け材を作業台へ寄せていた。
荷車が動き出すと、車輪が石の継ぎ目を越え、ごとん、と音がした。
理央は反射的に荷へ目を向ける。
昨日と同じ音なのに、自分が作った受けと真壁の箱が一緒に積まれていると思うと、ついていきたくなった。
職人は枠へ回した縄を押さえ、そのまま出荷場の荷置きへ荷車を寄せた。
理央もそちらへ回り、下ろす手を貸す。
庇の影へ箱が並ぶと、横に置かれた以前からの木箱との色の違いが見えた。
竹の箱も、その列の中に収まっていた。
「板が傷んだ時は、枠を残して替えられるのか」
ベルトラムの問いに、真壁は余った面板を見せた。
金具を外せば取り替えられることと、木枠の受けへ合わせる位置を説明する。
「木工の連中にも見せたいな」
「この板を置いていこう。こちらの道具で扱える形にしてある」
ベルトラムは受け取り、端の層を指でなぞった。
理央は箱へ使えなかった節のある部分を思い出す。
この一面になった竹が、丸い竹をそのまま割っただけではないことを、向こうでも分かってもらえそうだった。
「次は鉢と壺も頼めるか。そっちも藁だけでは手が掛かる」
理央はベルトラムが示した棚へ目を向けた。
鉢の口は皿より高く、壺の胴は瓶よりずっと丸い。
受けを広げるだけでは済まないが、荷造りしている所を見ると、どう置きたいのかを聞きたくなる。
「どこを持って、どう重ねていますか?」
ベルトラムが鉢を手に取り、職人も横から手を添えた。
理央は口の縁を押さえずに収める場所と、取り出す指の余裕を尋ねる。
真壁は重さを受ける底の位置を見て、木枠の組み方を考えていた。
ニャニャミも胴の広がりを見て、必要な受け材が皿用とは違うと口にする。
「この形に合わせて、箱と受けを作ります」
理央が答えると、ベルトラムは鉢を棚へ戻した。
使った箱は荷造りを済ませた器とともに白皿丘へ残し、残りの受け材も渡しておく。
真壁が置いていく面板の説明を終えるまで、理央は作業台の端を片付けた。
棚から次の皿が運ばれ、空いた場所へまた箱が置かれる。
自分たちが帰った後も、ここではその続きをするのだと思った。
3人で出荷場を離れ、人の少ない場所へ戻る。
事業所へ扉をつなぐ時、理央は朝に確保した竹を思い浮かべていた。
事業所へ戻ると、机に落ちる窓枠の影が長くなっていた。
朝は続けて聞こえた荷車の音も、今は少し間が空く。
理央は台の端へ残しておいた竹泡材を持ち、澪へ白皿丘での様子を話した。
箱へ皿と瓶を詰め、出荷場の荷置きへ運んだと言うと、澪の顔がほころぶ。
「もう使ってもらえたんですね」
「はい。蓋の金具は、向こうの道具に合わせて位置を直しました」
箱を作れたことだけでなく、荷造りの続きをしてもらえたのが嬉しかった。
リュシアも様子を聞きに来て、鉢と壺の分も頼まれたと知ると、台へ置いた受け材を見た。
「今度はこっちの形が変わるんだね」
「はい。外の箱も、底の支えを合わせます」
理央が答えると、リュシアは楽しみにしていると言って厨房へ戻った。
入口から差した光が遮られ、また床へ戻る。
台の上には、今日切った材の端が残っていた。
真壁が製作後の残りを出すと、ニャニャミが長い材と短い物を分ける。
竹泡材へ使える分にも、板には足りない長さがあった。
理央は夕方の光を受けた切り口を見て、朝と同じように太い竹でも肉厚が違うことを思い出す。
「今度は大丈夫ですよね。朝よりずっと増えましたし」
「竹は増えたニャ」
「ですよね!」
理央は明るく返し、次の言葉を待った。
「箱の板に使える分は、余裕ないニャ」
笑いかけたまま、口が止まる。
ニャニャミは長い材を示し、その隣へ短い端を置いた。
長さだけでなく、肉厚や乾燥状態をそろえて薄片にできる分は限られる。
理央も端を合わせてみたが、短い方は面板の端まで届かなかった。
量があることと、この箱へ使えることが、別なのは分かる。
分かるのに、朝の束を見た時ほどの安心は戻ってこない。
「皿用、瓶用、鉢用、壺用。それを入れる箱も要るニャ」
「受けだけ増やしても、駄目なんですね……」
理央は白皿丘で荷を下ろした時の、腕に掛かった重さを思い返した。
あの器を運ぶ物まで揃って、ようやく仕事になる。
真壁は残った長い材を選び、次の面板へ回す分を分けていた。
「傷んだ板を取り替える材も残しておきたいな」
「鉢と壺の箱に使う分とは、別ですよね?」
理央が言うと、真壁は端材の容器から視線を上げた。
「同じ一枚を二度使うつもりはない」
「そうですよね……」
理央は長い材をもう一度見た。
次の箱に使い、傷んだ時にも替えたいと思うと、一本ずつ行き先が決まってしまう。
澪は自分の農場へ意識を向け、次に採れる竹の様子を伝えてくれた。
母株と若い竹は残し、成熟した分から出していくという。
今朝より材料は増えている。
それでも、使ってもらえる物になった途端に、必要な分まで増えた。
理央は午後の話を思い出し、ニャニャミへ顔を向けた。
竹紙、繊維と布、竹炭、灰汁、バイオエタノール。
「ちょっと待ってください。それはまだ作ってないですよね?」
「候補は在庫から引いてないニャ」
「よかった……」
「それでも足りないニャ」
「もっと悪いじゃないですか!」