押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第413話 魔石はどこから調達するのだ?

 

 朝の宰相府に、財務担当官が持ってきた頁を開く音が響いた。

 

 クラウスの茶には、まだ湯気が立っている。

 

 廊下の冷気を避けるように椅子を寄せたところだったが、担当官は座る前に説明を始めた。

 

「希望する船は、最大4隻でよろしいのですね」

 

「希望だ。注文書ではないぞ」

 

「承知しております。では、この下の欄は?」

 

 指が下へ動いた。

 

 魔術院、軍務、商務の希望に続いて、来年も、その次の年も使う欄がある。

 

「魔石……年間使用量か」

 

「船を造る費用は一度でも、飛ばす費用は毎年でございます」

 

 クラウスは茶碗へ伸ばしかけた手を戻した。

 

 船そのものの見積もりさえ来ていないのに、もう翌年の支出が待っている。

 

 昨夜、仕事だけは動いていると言った自分の言葉を、わざわざ思い出すまでもなかった。

 

「4隻とも毎日飛ぶとは限らぬ」

 

「ですから、何日に何時間飛ぶかを伺いたいのです」

 

「その前に1時間でどれほど使うか、だな」

 

「はい。船主に聞かず、私が数字を埋めてもよろしいなら早いのですが」

 

 担当官の顔は真面目だった。

 

 クラウスを急かすためではなく、そこを飛ばせば何を計算しても意味がない、と伝えたいのだろう。

 

「早くても困る。魔術院へ計算の準備を。アルベルトには船主へ実測の概要を頼ませよ」

 

 窓辺の植え込みから、湿った葉の匂いが入ってきた。

 

 遠い侯爵領へ照会を出せば、返事を待つ時間も要る。

 

 その間に、この担当官を白紙の前へ立たせておく必要はない。

 

「王都の魔石商にも聞き取りを?」

 

「まだ買うとは言うな。今の市場の扱いを調べるだけだ」

 

 担当官が次の頁を開いた。

 

 クラウスは、使用する魔力と買う石が、別に分けられているのを見た。

 

「飛ばして減る量が分かっても、買う個数は決まらぬということか」

 

「同じ石を満たし直せるのか、交換するのかで違います。代金も、それを聞いてからでなければ」

 

「図面を求める必要はない。航行時間と条件、その前後で減った魔力量だ」

 

「開発に関わる方々にも、ご意向を確かめていただきます」

 

 クラウスは頷き、そこでようやく茶碗を取った。

 

 膨らんだ希望を小さくするためだけに調べるのではない。

 

 動かせる形にするには、どこまで分かればよいのかを知るためだった。

 

 廊下で使者を呼ぶ足音がした。

 

 魔術院へ向かう者と、侯爵領へ向かう者は、同じ返事を持ち帰るわけではない。

 

 クラウスは、その2つが揃った後に読む頁を、先に空けておいた。

 

 

 

 午後、教育課の古い教室で、コンラートは小さな秤を前にしていた。

 

 オットーが布を広げ、教材用の魔石を2個取り出す。

 

 窓を横切った雲の影が、磨り減った机を暗くした。

 

「財務は、1日の使用魔力量と、調達する石の個数を別々に知りたいそうだ」

 

「では、こちらが1個。こちらも1個です」

 

 オットーは、大きい石と小さい石を、それぞれの皿へ置いた。

 

 乾いた音が2度して、秤の片側が下がる。

 

「それで2個だろう」

 

「容量も残量も違うものを、そのまま足しますか」

 

 マティアスの問いに、コンラートは口を閉じた。

 

 石を数える答えを出してしまったが、財務が求めているのは、その中身である。

 

「……足さん」

 

「学生は、たいてい最初に足します」

 

「私は学生ではないぞ」

 

「ですから、すぐ直りました」

 

 オットーの手が、大きい石を皿から下ろした。

 

 秤が揺れ戻るのを見ながら、コンラートもわずかに口元を緩める。

 

 教室で間違いを捕まえる者は、相手が院長でも仕事を変えないらしい。

 

「同じ魔力量を、幾つの石で持てるかも別の問いです」

 

 マティアスは、2個の石の間に指を置いた。

 

「大きい石を半分使った場合と、小さい石を使い切った場合でも、個数だけでは比べられません」

 

「教室の基準石を1度満たせる魔力量を、1回分としよう」

 

 コンラートが言うと、オットーは布の上から比較に使う石を選んだ。

 

 特別な船のための品ではない。

 

 王都の商人も扱う汎用の魔石なら、同じ目盛りで話せる。

 

「10回分と言えば、10個買うわけではありませんね」

 

「そうだ。再充填ができれば、同じ石を何度も使う」

 

「ただし、船の石が再充填にどう対応するかは未確認です」

 

 マティアスの声は、そこで急に固くなった。

 

 境界や結界を保つ者にとって、魔力量が足りることと、必要な時に使える石があることは違う。

 

 コンラートも、その指摘を受けて石へ目を戻した。

 

「まず船主の記録を待つ。その間に市場側の基準も揃えよう」

 

 オットーが、粉の残る板へ比較の単位を書いた。

 

 基準石を満たす魔力量の1回分であって、船へこの石を積むという指定ではない。

 

「船主にも、同じ基準へ換算できるか尋ねておかねばな」

 

「商人には、個数と一緒に容量も聞いてもらいます」

 

 廊下から、次の授業を知らせる声がした。

 

 オットーは布の端を折り、大きい石と小さい石を別々に包んだ。

 

 コンラートは席を立つ前に、板の数字をもう一度見た。

 

 まだ船の答えは来ていない。

 

 それでも、返事を受け取ってから間違える箇所は、1つ減った。

 

 

 

 翌日、財務担当官は王都の魔石商を訪ねた。

 

 雨上がりの石畳には、水の薄い膜が残っている。

 

 荷車を避けて店へ入ると、蝋と布袋の匂いが、濡れた上着の匂いに混じった。

 

「王国の将来の利用に備え、魔石の扱いを調べています」

 

 帳場から出てきた係は、丁寧に頭を下げた。

 

「必要な種類と引き渡し日は?」

 

「まだ決まっておりません。まず棚の数量を――」

 

「それなら、棚を数えない方がよろしい」

 

 担当官は、並んだ袋へ伸ばしかけた視線を戻した。

 

 奥まで品があるのを見て、聞く相手を間違えなかったと安心したところだった。

 

「なぜです」

 

「この袋は明日のお渡し。そちらは工房の交換分」

 

 係の指が、色紐の結ばれた袋を順に示す。

 

 受け取り日を記した札は、通りへ向けた値札ではなかった。

 

「売り物のように並んでおりますが」

 

「売れた物も、取りに来られるまではここにあります」

 

 担当官は、隣にいる文官へ顔を向けた。

 

 棚を数えれば、この店がまだ売れる量を二重に数えることになる。

 

「では王国が買えるのは?」

 

「今日の自由在庫と、これから仕入れられる分です。別々に聞いてください」

 

 入口で足音が止まった。

 

 客が修理済みの魔道具を抱えて入り、係は待つように声を掛けた。

 

 担当官は脇へ寄り、先に客の用を済ませてもらった。

 

 係が棚から袋を取ると、受け取りの札も一緒に外れる。

 

 先ほど見た品が、誰のためにここにあったのかが分かった。

 

「大量の注文なら、高く払えば?」

 

 客が出てから、担当官は尋ねた。

 

 自分たちが買うという約束ではなく、今後の調査で避けて通れない問いだった。

 

「先約を破ってよい、という値段は付けられません」

 

 係は笑顔を消さずに答えた。

 

 そのために、かえって言葉を動かす余地がなかった。

 

 担当官は、棚の空いた場所を見た。

 

 そこへ国の袋を置くには、今日の客の袋を追い出せばよい、という話ではない。

 

「今から1年の間に、新しく引き受けられる分を教えていただきたいのです」

 

「仕入れ先へも確かめることがあります。取り置きや交換の分は除いてよろしいですね」

 

「はい。預かり物や、充填を待つ品も分けてください」

 

 同行の文官が、魔術院の比較基準を示した。

 

 係は石の個数ではなく、その基準で満たせる魔力量も添えると承知した。

 

 店を出る時、担当官は次の2業者にも同じ問いを持って行くよう文官へ伝えた。

 

 王国の注文として数量も値も約束していないことを、店側へ重ねて告げる。

 

 石畳で荷車の車輪が鳴った。

 

 その音を聞きながら、担当官は、まだ届いていない船主の返事を待つ理由が増えたと思った。

 

 

 

 船主からの返事が届くまで、幾日かが過ぎた。

 

 王都で集まる商人の回答を読みながら、コンラートは院長室の窓へ何度も目をやった。

 

 中庭を通る革靴の音が止まり、職員が封書を持って入ってきた時には、待つ姿勢のまま立ち上がっていた。

 

「来たぞ。実際に飛ばした日の記録だ」

 

 呼ばれていたマティアスとオットーが、椅子を寄せる。

 

 雨の後の明るさが室内へ入り、乾いた封蝋の破片を照らした。

 

 宰相の添え状には、アルベルトが船主と開発関係者の意向を確かめたことが記されている。

 

 外部へ示してよいよう、消費の部分をまとめたものだった。

 

「気嚢の構造や術式まで?」

 

「いや、そこは船主の秘密だ。消費の部分だけを借りた」

 

 コンラートは、説明の最初から目を走らせた。

 

 船に積む石の種類も、製造方法も載っていない。

 

 だが、今度は飛んだ時間と、その前後の魔力残量がある。

 

「経済巡航に近い条件、連続3時間……」

 

「比較基準石の満充填、36回分の正味減少だそうだ」

 

 コンラートは指を戻し、同じ箇所をもう一度読んだ。

 

 同種の汎用魔石を目盛りにしているため、こちらが尋ねた量として受け取れる。

 

「では1時間当たり12回分」

 

 オットーの答えに頷きかけたところで、マティアスが書面の上端を示した。

 

「待ってください。満載時とも悪天候とも書いていません」

 

 コンラートは、乗り出していた身体を戻した。

 

 待ち望んだ数字だからこそ、その先まで読んだ気になりやすい。

 

「承知した。風魔法も重力も節約して飛ばした結果だろう」

 

 浮かせる力を軽い気体へ受け持たせ、翼も使い、魔法だけで支え続けない。

 

 先に届いた一般概要を思い出すと、どう組み合わせたかを知りたい気持ちは強くなった。

 

 しかし、手元の記録で比べられるのは、航行中に減った総量である。

 

「思っていたより少なくても、船を増やせば別ですか」

 

「それを、これから確かめる」

 

 オットーは計算へ進もうとしていたが、マティアスの手はまだ動かなかった。

 

「結界の待機、離着陸、予備は?」

 

「今回の3時間の範囲外だ。付け足した数字は書くな」

 

 予備が必要でないという意味ではない。

 

 まだその分を答えられないことも、財務へ伝えねばならなかった。

 

「12回分は、この航行の平均ということですな」

 

「そうだ。別の船も必ず同じになるとは言えん」

 

 コンラートは、書き写すオットーの横へ身を寄せた。

 

 実測した条件が数字から離れぬよう、同じ箇所に置いてもらう。

 

 窓から、雨に濡れた土の匂いが上がってきた。

 

 とうとう計算できるところまで来たという胸の弾みは、消えていなかった。

 

 その弾みをそのまま報告へ載せぬために、コンラートは原本を脇へ保管した。

 

 

 

 午後の教室では、板の半分に日が当たっていた。

 

 オットーは読みにくい端を避け、教育、軍務、貨物の木札を並べた。

 

 コンラートがその上へ、1時間当たり12回分と書く。

 

「魔術院の船は毎日6時間使うのですか」

 

 訊かれて、コンラートはチョークを持つ手を止めた。

 

 使えるなら、確かめたいことも教えたいことも幾らでもある。

 

 書きかけた日数へマティアスの目が向き、院長は一度手を下ろした。

 

「実習と試験がある。そうしたい日もあるが……年120日、各3時間で仮に置こう」

 

「軍務は待機もあります。年60日、5時間と仮定」

 

「貨物は年300日、6時間。まず1隻ですね」

 

 オットーは、木札ごとに時間を置いた。

 

 軍の出動日は、授業のようには決められない。

 

 荷を積む日も、商務大臣から確定した便が出ているわけではなかった。

 

「院、軍、貨物で360、300、1,800時間」

 

「合計2,460時間。12を掛けて……29,520回分」

 

 最後の数字を書いたオットーが、木札の間隔を広げた。

 

 船を思い描く時は、それぞれ1隻だった。

 

 年を通して使う魔力量に直すと、ずいぶん長い数字になる。

 

「院が4,320、軍が3,600、貨物が21,600回分か」

 

 コンラートは、貨物の札へ目を留めた。

 

 便を続ける者が求める石は、教室で使う分とは重なり方が違う。

 

「貨物を2隻にした4隻案なら?」

 

 マティアスに訊かれ、オットーが同じ貨物の札をもう1枚置いた。

 

「51,120回分。……増えました」

 

「数えれば増える。では、毎日飛ぶ話も計算せよ」

 

「毎日、とは?」

 

「1年365日だ。300日とは違う」

 

 マティアスが、いまある計算から離れた所を示した。

 

 そこを空けるため、オットーが布で古い粉を拭う。

 

 コンラートの袖にも、白い粉が付いた。

 

「1隻を毎日6時間なら26,280回分。4隻なら105,120回分です」

 

 コンラートは、新しい数字と先ほどの数字を見比べた。

 

 船の仕組みを変えたわけではない。

 

 同じ平均使用量を掛けても、運航する日を増やすだけで、必要とする魔力はこれだけ違う。

 

「国内航路が広がり、仮に10隻なら?」

 

「262,800回分……院長、板の外には書けません」

 

 オットーは、最後の桁を端へ押し込んだ。

 

 日差しを避けていた場所まで使い、ようやく手を離す。

 

「買う石が26万個と書くなよ。使用する魔力量だ」

 

「それは私も覚えました!」

 

 オットーの返事に、マティアスの口元が動いた。

 

 コンラートも笑いかけたが、板に残る数字へ戻ると息を置いた。

 

 効率よく飛ぶ船を作ったことと、国中の航路を動かせることは、同じ成果ではない。

 

「10隻は将来を考えるための仮の数だ。3隻と4隻の案とは離して写してくれ」

 

「12回分も、一条件の平均として添えます」

 

「研究で術へ負荷を掛ける日や、軍の積荷では変わるでしょう。待機と離着陸も別です」

 

 マティアスが付け加えた。

 

 コンラートは、そのために研究船が欲しいのだと思った。

 

 分からぬことが増えたから、教えることも調べることもやめる、では何も育たない。

 

「この数字を保証にはせん。だが、何を尋ねるべきかは、以前より見えたな」

 

 オットーが、板を写す位置へ椅子を寄せた。

 

 コンラートは数字を隠さぬよう、木札を机の端へ移した。

 

 

 

 翌日、財務担当官が同じ魔石商を訪ねると、店の前に荷車が止まっていた。

 

 日が当たった石畳は乾き、車輪が通るたびに小さな砂が擦れる。

 

 今度は、商務の文官が同行していた。

 

 担当官は他の2業者から受け取った回答を、自分の手元に留めて帳場へ立つ。

 

「市場へ新たに回せる分は、どの程度ですか」

 

「当店で新たに引き受けられる分は、この欄です。取り置きや交換の先約は除いております」

 

 係の指は、契約済みの分を越えて止まった。

 

 奥の棚にはまだ多くの袋があったが、担当官はもうそちらを数えなかった。

 

「こちらの数字を、先日の基準石の満充填回分に換算してよろしいですね」

 

「はい。石の個数とは違いますが、供給できる魔力量としてなら」

 

 担当官は、残る2店の回答と単位を揃えた。

 

 係へ他店の個別の数量を見せず、手元で合計を取り直す。

 

 算術を間違えていないことを確かめても、差は縮まらなかった。

 

「3業者を合わせて……向こう1年の追加引受は、およそ6,000回分」

 

「随分と慎重に数えておられますな」

 

「3隻案の年使用量は、29,520回分なのです」

 

 係が顔を上げた。

 

 それでも、すぐ奥へ人を呼んだり、売る品を増やしたりはしない。

 

「おや。その全部を、王都の店へ注文なさるのですか」

 

「いいえ。船主の石がどれほど使い回せるかも、地方の供給もまだ不明です」

 

「なら、不足が決まったわけではありませんな」

 

 担当官は頷いた。

 

 先ほどまで、足りないという言葉が先に口へ出そうになっていた。

 

 この店が答えたのは、王国全ての供給ではない。

 

 船主が持つ石を満たし直す分まで、ここへ注文するとも決まっていなかった。

 

「ただ、全量をここで買おうとしても、この追加枠では足りません」

 

「はい。先のお客さまの分まで差し出せと言われれば、値の話より先に断ります」

 

 棚の色紐へ、係の視線が向いた。

 

 担当官には、初めて訪ねた日に魔道具を抱えていた客が思い出された。

 

 国のための調査であっても、あの客の約束を軽くできるわけではない。

 

「高く買うと知らせたら?」

 

「まだ注文されていないのに、仕入れる方も売る方も、その値で考え始めるでしょう」

 

 同行の文官が、そこで顔を上げた。

 

 王国が払う値を決める前に、周りが値を動かすかもしれない。

 

 担当官は、店へ来る際の言い方まで調査の一部なのだと悟った。

 

「まだ購入を決めた話ではありません。今日も、引き受けられる分を伺うために参りました」

 

「承知しております。見込みが変われば、お知らせいたします」

 

 担当官は回答を受け取り、約6,000回分という合計へ、3業者だけの調査だと添えた。

 

 商務の文官は、引き渡し時期や石の規格が揃うかを改めて尋ねている。

 

 数字は比較できても、今から同じ品をまとめて受け取れるという意味ではない。

 

 店を出る頃、荷車の積み込みが終わっていた。

 

 馬が進み始めるのを待ちながら、担当官は王宮へ伝える最初の言葉を考えた。

 

 足りません、とだけ言えば、国が先約まで欲しがる話に変わりかねなかった。

 

 

 

 夕刻の王宮では、軍務大臣が財務の報告へ顔を近づけた。

 

 クラウスは小会議室の中央に置かれた魔石の見本を眺めていた。

 

 どの船にもそれを使うと決まったわけではないが、目の前にあると、数字の意味を忘れずに済む。

 

 遠くの訓練場から号令が聞こえ、商務大臣が椅子を寄せた。

 

「王都3業者の追加枠では、仮の3隻運用量にも及びません」

 

 財務担当官は、用途別の試算と、聞き取った供給の見込みを並べた。

 

 29,520回分に対して約6,000回分。

 

 クラウスは、報告の言葉がそこで終わらぬのを待った。

 

「地方や船主自身の補充は、まだ含めておりません。全量を王都の店へ頼む場合の比較です」

 

「軍用船は緊急輸送です。予備の確保が要ります」

 

 軍務大臣が言った。

 

 予定外の日に飛ぶからこそ、使う分をその日に買いに行くわけにはいかない。

 

 クラウスも、その必要性は認めていた。

 

「その石を先に押さえたら、先約の工房へは何を渡します」

 

 商務大臣の声が続いた。

 

 自身も貨物船を求めていた者だけに、責める口調にはならなかった。

 

「国の守りなら優先せざるを得ぬ時もある」

 

「今の守りに使う魔道具の交換分もありますな」

 

 クラウスが言うと、軍務大臣は見本の石へ目を移した。

 

 空を飛ぶ兵や資材の向こうへ、地上に残る備えを思い出したのだろう。

 

「……それを止めては、飛行船があっても困る」

 

 大臣は、座り直して報告を手前へ引いた。

 

 どの魔石も同じ用途に使えるとは限らない。

 

 それでも、同じ供給先や規格へ注文が集中するなら、軍が既に守っているものにも響く。

 

「大口の買付けが知られれば、値も動きます。まだ1つも買っておりませんのに」

 

「工房も運送も同じように魔石を求めれば、今の予算では足りなくなります」

 

 商務と財務の言葉が重なった。

 

 クラウスは、その先へ進みすぎぬよう顔を上げる。

 

「まだ値が上がったとは報告されておらぬ。上がる前に確かめる、という話だ」

 

 財務担当官が一礼した。

 

 懸念を軽く扱うつもりはなかったが、既に起きた損失として王へ報告するわけにもいかなかった。

 

「軍にも聞き取りをさせよう。何の石を、いつ交換するか」

 

「こちらは既存の注文を削らず供給を増やせる相手を探します」

 

 軍務大臣と商務大臣が、それぞれ引き取った。

 

「貨物の2隻案も、運べる量だけで決められませぬな」

 

 商務大臣は、自分の希望を脇へ戻した。

 

 それを見て、クラウスの肩から少し力が抜けた。

 

 誰か1人に諦めさせる会議にはならずに済んだ。

 

「まだ4隻とも注文しておらぬことも、お忘れなく」

 

 2人の大臣が、ほぼ同時に頷いた。

 

 そこで意見が揃うのも、クラウスには何とも言いがたかった。

 

 侍従が灯りを足し、王への説明の刻限を告げた。

 

 

 

 小謁見室の窓は、暮れ始めた庭を映していた。

 

 コンラートが説明を終えると、国王は並べられた表の間へ目を動かした。

 

 クラウスはその斜め前に立ち、王の指がどこで止まるかを待った。

 

「船は魔石を節約しているのではなかったのか」

 

「はい。実測でも無闇に使ってはおりません。しかし、船と便数が増せば積み重なります」

 

 院長の声には、船の仕組みを評価する響きが残っていた。

 

 クラウスは、それが消えていないことに安心した。

 

 数字が大きいからといって、技術そのものを悪く言い始めれば、ここまでの照会も意味を失う。

 

「3隻案で、29,520回分……」

 

「用途別の仮日程と、既存船の一条件の実測を掛けた概算でございます」

 

 財務担当官が、運航する日数の箇所を示した。

 

 国王は軍務の欄を眺め、次いで貨物の欄へ移る。

 

「では、魔石を2万9,000個買わねばならんのか」

 

「いいえ陛下。魔力量を基準石の満充填回数に直した数です。買う石の個数ではありません」

 

 コンラートは、すぐに答えた。

 

 王が数字を読み直す間、クラウスも余計な説明を挟まなかった。

 

「大きい石なら少ない個数で持てる。同じ石を満たし直せるなら、新しい石を買わずに済む分もあるわけだな」

 

「そのとおりでございます。船主の石にどう補充するかは、まだ伺っておりませぬ」

 

「では王都で新たに用意できるのが6,000回分とは?」

 

「聞き取った3業者の追加引受枠だけです」

 

 商務大臣が一歩進んだ。

 

「地方の市場や船主自身の保有石は、この調査へ含めておりません。再充填の扱いも別に伺います」

 

 国王の指は、供給の数字より、小さく添えられた既契約を除くという言葉に留まった。

 

 クラウスは、魔石商が色紐の袋を示したという報告を思い出す。

 

 石を見れば同じ売り物でも、あの袋には既に待つ客がいた。

 

「それでも、いきなり4隻を欲しいと言うには、知らぬことが多いな」

 

「今ある保守用の魔石まで奪う運用は避けたいと存じます」

 

 軍務大臣の声に、国王が顔を上げた。

 

 新しい輸送手段に期待している者同士でも、優先する順番には答えが要る。

 

「魔石はどこから調達するのだ?」

 

 クラウスは、その問いを受けた。

 

 高く払えるかと訊かれるよりも、ずっと答えにくい。

 

 代金を払う国の名は言えても、継続して渡せる相手の名は、まだ言えなかった。

 

「既契約を守った上で、新しくどれだけ調達できるかを調べます。船主の補充方式も伺いたく」

 

「金を積んで取り合うだけでは、船が飛んでも別のものが止まる」

 

 国王は、希望一覧を消すようには扱わなかった。

 

 魔術院の1隻へ目を戻し、院長を見た。

 

「研究船の必要性は変わりませぬ。ただ、動かす計画を先に整えるべきです」

 

 コンラートが一礼した。

 

 養成も技術研究も、実際の飛行試験も、船を手に入れてから魔石がないと知っては始められない。

 

「よかろう。買付けはまだするな。数と方法が揃ってから、改めて持ってまいれ」

 

 クラウスは、各人へ向きを変えた。

 

 魔術院は積荷や天候の異なる消費記録を、船主の了承の下で求める。

 

 商務は地方の供給を、財務は既存利用へ掛かる負担を調べる。

 

 軍務大臣も、保守の交換予定を提出すると答えた。

 

 帰り際、クラウスは侍従の足元へ広がる灯りを見た。

 

 

 

 夜の宰相府には、蝋の匂いが残っていた。

 

 クラウスが戻ると、側近は地方の魔石商へ送る照会の草稿を持ってきた。

 

 王都の商人からの回答は、その脇に別に置かれている。

 

「地方の魔石商へは、『王国が大量購入を予定』でよろしいですか」

 

「予定しておらぬ」

 

 クラウスは、上着を脱ぐ手を止めた。

 

 王の命令が、王宮を出る前に別の話になりかけている。

 

「『購入する可能性がございます』では」

 

「可能性まで先回りされれば、値札の方が先に動く」

 

 側近が、書き直す位置へ指を置いた。

 

 どんな件で尋ねるかを丁寧に伝えようとしたのだろうが、聞く側が受け取るのは、国の買付けが来るという知らせかもしれない。

 

「何も尋ねずにおきますか」

 

「現在の供給と、既契約を除いた新規の余力を尋ねる。注文はするな」

 

「承知しました。魔石の種類、容量、充填、交換、納期、予備……」

 

「項目が増えているぞ」

 

「前の書状より、間違いが減ります」

 

 クラウスは椅子を引き、ようやく座った。

 

 減るのが間違いで、増えるのが書状なら、悪い結果ではない。

 

 自分の机に届く厚さを考えなければ、そう言える。

 

「ならよい。……船主への質問は?」

 

「再充填の方法と、異なる積荷・天候の記録を別紙に」

 

「魔術院からもだな」

 

「はい。まだ船の注文書は1通もございません」

 

 側近が、送る相手ごとに草稿を置き直した。

 

 船主にはアルベルトを通じて相談し、外へ示せる範囲の答えを請う。

 

 地方の商人には、新しく引き受けられる量を尋ねる。

 

 国内の魔道具を管理する者へは、既に必要な交換や保守の予定を求める。

 

 昨夜は白かった使用量の欄に、今日は数字が入った。

 

 クラウスは、その隣に増えた条件を眺めた。

 

 答えを得たことには違いないのに、返事を待つ相手は前より多い。

 

 窓の外は暗く、冷えた石壁から戻る空気が足首へ触れた。

 

 クラウスは、直した書状を1通ずつ確かめ、封を閉じた。

 

 大きく書かれた4隻の希望よりも、使者へ預ける束の方が厚くなっている。

 

「……船は一隻も増えぬのに、使者の荷だけ増えるな」

 

「書状を運ぶ飛行船があれば早いのでしょうが」

 

「その船を飛ばす魔石を調べておるのだ」

 

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