押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第428話 収納します

 

 台座の中だけが、読めなかった。

 

 真鍮の輪も、それを支える柱も、《鑑定》では材質が分かる。

 

 底部に目を移すと、肝心なところで情報が欠ける。

 

 ヨルドに扮したヴァルトは、筆の先を紙から離した。

 

 翌朝の窓光が、地図儀の輪を細く縁取っている。

 

 昨夕と同じ展示台、同じ向き。

 

 夜の間に動かした者はいないと、係官は答えていた。

 

 侍従次長から、内部分解を含む点検の許可も得ている。

 

「昨日の続きですね」

 

 メリルが机へ控えを置いた。

 

「ええ。外は読めるのに、肝心の中だけが抜けているんです」

 

 ヴァルトは地図儀の横へ回った。

 

 昨日、床側の系統と関わりがありそうだと見た場所を、改めて調べる。

 

 外周の彫りと、台座の合わせ目を分けて《鑑定》する。

 

 外装については情報が出た。

 

 その内側へ対象を移すと、同じように欠ける。

 

 角度を変え、底面の側から見ても変わらなかった。

 

「空いているのは、どの部分でしょう」

 

「内部の構造と、魔術に関わる部品です。何もないのではなく、情報が出てこない」

 

 ヴァルトは外側で読めた項目を示し、その下に欠落を記した。

 

 メリルは、紙に書かれたものへ顔を寄せた。

 

 地図儀から、その下の空白へ目を移す。

 

「昨日の留め具も、状態のところが欠けていましたね」

 

「はい。今度は、いちばん知りたいところが見えません」

 

 展示係官が台座を見た。

 

「その蓋を外せば、ご覧になれるのでは」

 

「外す前に、つながっているものを見ておきたいんです」

 

 係官は手を引いた。

 

 ヴァルトは《境界》を使った。

 

 床側の旧い系統から、台座の近くへ接続が伸びている。

 

 昨日と変わっていない。

 

 外から見た飾りの印象と、そのつながり方は、合わなかった。

 

 近くの監査用机へ戻ると、メリルが取り寄せた保守の図面を開いた。

 

 閉鎖済み。

 

 古い控えには、はっきりそう書かれている。

 

 ヴァルトは、その文字へ指を置いた。

 

「保守口は閉じたはずです」

 

「記録では閉鎖済みですね」

 

 メリルが昨日の図面を横へ並べた。

 

 ヴァルトの記した綻びが、同じ系統に沿っている。

 

 閉じられた口を、ヴァルトは覚えていた。

 

 点検のために使う時と、通常の守りを働かせる時では、通すものが違う。

 

 今は、閉じておくべきところに緩みがある。

 

 それを、地図儀の側が使える形になっていた。

 

「こちらに穴があって、この品とつながっているのですね」

 

 メリルが図面の2か所を指した。

 

「ええ。ですが、何がどちらへ通っているかは、これだけでは言えません」

 

 ヴァルトは地図儀へ目を戻した。

 

 輪の影が、厚い台座に幾つも落ちている。

 

 外側で蓋を開けるだけでは、その下に手を入れることになる。

 

 中身の分からない物を、城の系統につないだまま扱いたくはなかった。

 

「一度、この接続から離して調べます」

 

「場所をお移しになりますか」

 

 係官が聞き、展示台へ寄った。

 

「運ぶなら、人を呼びましょう。台座も一緒ですと、かなりの物になります」

 

 メリルも戸口へ顔を向けた。

 

 ヴァルトは、受領番号と置かれた向きを控えに書き足した。

 

 調査のために丸ごと移すことは、侍従次長から了承を得ていた。

 

「人手は大丈夫です」

 

 係官が、台座の縁から手を離す。

 

 ヴァルトは《収納》の中に、外との魔術的な接続を遮断する隔離区画を用意した。

 

 通常の物を入れるところとは分け、そこへ収める対象を定める。

 

 展示台ではない。

 

 地図儀と、それに付いている専用の台座だ。

 

「収納します」

 

 靄が、重なった輪の間へ広がった。

 

 細い真鍮の光が、順に見えなくなる。

 

 太い支柱、彫りのある台座まで包まれ、靄が引いた。

 

 展示台には、何もなかった。

 

 木目の上に、朝の光がそのまま落ちている。

 

 メリルの唇が、わずかに開いた。

 

 空いた台を見て、ヴァルトを見る。

 

 もう一度、台を見た。

 

「……あれを、全部ですか?」

 

「ええ。中で調べた方が早いので」

 

 ヴァルトは、ごく普通に答えた。

 

 地図儀は隔離区画へ、元の形を保ったまま収まっている。

 

「壊してはいません。台座も付いたままです」

 

「そう、ですか」

 

 メリルは控えを持ち直した。

 

 その端が、展示台の角に触れる。

 

 いつもなら避けて通る距離だった。

 

 係官は台の下まで覗き込んでいた。

 

「戻す時も、そのように?」

 

「はい。ただ、その前に中を調べます」

 

 ヴァルトは、地図儀が離れた後の接続を《境界》で見た。

 

 台座へ続いていた部分は離れている。

 

 だが、床側の緩みまで閉じたわけではなかった。

 

 こちらの状態も控えへ加える。

 

 メリルはその作業を見て、ようやく口元を引き締めた。

 

「鑑定担当の結果も、こちらへ届くようにいたします」

 

「お願いします。昨日、読めなかったところがどうなったか、伺いたいんです」

 

 地図儀のあった空間を、職員が通り抜けないよう係官が位置を変えた。

 

 ヴァルトは、自分の《収納》へ意識を戻した。

 

 隔離した中身を、もう一度《鑑定》する。

 

 台座の内部は、まだ読めなかった。

 

 

 

 近くの監査用控室へ移った頃、最初の報告が届いた。

 

 息を整えた職員が、転記した紙を差し出す。

 

「欠けていた状態の項目が出ています」

 

 ヴァルトは紙を受け取った。

 

「昨日の留め具ですか」

 

「はい、収納の前後に、同じ担当者が同じ留め具を同じ棚の前で調べました」

 

 侍従次長は、地図儀の点検に合わせ、周辺の担当者へ比較を頼んでいた。

 

 収納の前には欠けていた「状態」の項目が、収納後には現れていた。

 

「ほかの品は?」

 

「隣の箱のものも読めており、担当者本人の転記を添えてあります」

 

 ヴァルトは、昨日自分が書いた紙と重ねずに並べた。

 

 昨日の自分の記録にも、同じ項目が欠けていた。

 

 今日の紙には、その情報が書かれている。

 

 やがて別の区画からも、報告が来た。

 

 すべての城内を見たわけではない。

 

 昨日、綻びのあった系統の近くで項目が欠けた物について、結果が揃っていく。

 

 メリルが届いた紙の隅へ、区画の名を添えた。

 

 ヴァルトはそれを図面の脇へ置いた。

 

「地図儀を離した後で、変わっていますね」

 

「お戻しになれば、また欠けるのでしょうか」

 

「そのまま戻したら、そうなるかもしれません」

 

 ヴァルトは、机に描きかけた台座の外周を見た。

 

「中では、まだ働いているようです」

 

「収納した物が、ですか?」

 

「ええ。城から離れたことと、中の仕掛けが止まったことは、別なんです」

 

 メリルの眉が少し動いた。

 

 大きな物が消えて終わったのではない。

 

 ヴァルトが書いた図には、台座の中へ空白が残っていた。

 

 彼が筆へ向き直ると、メリルは報告をまとめて取次ぎへ渡しに出た。

 

 通路の担当者へ紙を届けた後、誰もいなくなった脇の作業台で足を止める。

 

 報告の対象になっていた備品へ、彼女自身も《鑑定》を使った。

 

 担当者の控えで欠落とされていた情報が、見えた。

 

 メリルは結果を書き留め、他の担当者の報告とは分けて侍従次長へ送った。

 

 控室へ戻る時には、もう案内係の顔になっていた。

 

 ヴァルトが見ている紙は、別の術者たちが転記したものだった。

 

 

 

 昼前の光が、机の端へ移っていた。

 

 ヴァルトは、隔離区画にある地図儀の組み付けを辿った。

 

 外装の合わせ目は、分かる。

 

 装飾を壊さずに外せる箇所も見えていた。

 

 ただ、その奥の魔術的な情報は、まだ欠ける。

 

 真壁と火竜の部位や装置を扱った時も、組み合わせたままでは分からないことがあった。

 

 まず形を残し、それから必要なところを分ける。

 

 ヴァルトは台座の外装を、収納内で少しずつ離した。

 

 位置と向きを保ったまま、元の組み付けを紙へ写す。

 

 彫りの裏側には仕切りがあり、細かな部品が寄せられていた。

 

 その中に、金具で留められた石があった。

 

 上の飾りからは見えない。

 

 しかも、その石を保持する部分から、術式のある部品へ接続が伸びていた。

 

 ヴァルトの筆が止まる。

 

「この中に、魔石がありますね」

 

 メリルが顔を上げた。

 

「この品にですか?」

 

「ええ。装飾のためとは思えません」

 

 ヴァルトは、石の位置を断面図へ加えた。

 

 材質を読む前に、回路との結合を見ておく。

 

 それを残したままでは、同じ欠落が続きそうだった。

 

「これを、先に離します」

 

 魔石の保持金具はそのままに、回路へつながる箇所を切り離した。

 

 線を壊して消すのではない。

 

 後で同じ組み付けを追えるよう、結合する部品の位置をずらす。

 

 その状態で、内部へ《鑑定》を使う。

 

 今度は、情報が出た。

 

 台座の内側にあった部品、刻まれた術式、魔石との関係。

 

 さっきまで抜けていたところが、読める。

 

 ヴァルトは、ゆっくり息を吐いた。

 

「止まりました」

 

「今、何をされたのですか」

 

「魔石から、仕掛けへつながっていたところを離しました。中を隠していた働きも、止まっています」

 

 メリルは、紙の空いていたところへ文字が増えるのを見た。

 

「ここに座ったまま、できるのですね」

 

「中に置いたものですから。組み方を見ながら、部品を分けられます」

 

 答えながら、ヴァルトは魔石を調べた。

 

 この魔石の魔力が、台座の中の術式へ渡っていた。

 

 さらに奥へ続く部分を辿る。

 

 地図の盤や、輪を動かすための歯車とは別だった。

 

 術式の出力側が、床の保守系統へ接続する形になっている。

 

 ヴァルトは3つの部分を描き分けた。

 

 魔石。

 

 鑑定へ干渉する術式。

 

 城の系統につながる部分。

 

 窓の外で荷を運ぶ声がした。

 

 メリルは空いた茶杯を脇へ寄せ、図面を広げる場所を作った。

 

 午後に入ってから、侍従次長が控室へ来た。

 

 ヴァルトは断面図と、昨日の綻びを記した図面を示した。

 

「この魔石が、鑑定を妨げる術式を動かしていました」

 

「城の古い接続は、何に使われていたのですか」

 

「妨害を周囲へ広げるためです」

 

 侍従次長の指が、台座の下の線を辿った。

 

 昨日は、どちらへ何が通るのか分からなかった箇所だった。

 

「地図儀の中を隠すだけではないのですね」

 

「はい。この術式の働きが、ここから出ていました」

 

 ヴァルトは、鑑定の戻った区画の報告を置いた。

 

「つながる先が、こちらです。地図儀を離した後で、欠けていた情報が戻っています」

 

 侍従次長は、部品の形と図面の位置を見比べた。

 

「保守に使う道を、違うものに使われた」

 

「閉じたとされているところが緩んでいました。その経路を、この品が使っています」

 

 ヴァルトは閉鎖の控えを示した。

 

 以前の仕事を、つい昨日したことのように思い出す。

 

 使わない時に閉じるという、ごく当たり前の働きだった。

 

 大きく破らなくてもよい。

 

 こうした細かな接続を通せれば、情報を乱すものが届いてしまう。

 

「では、地図儀を戻さなければ、ここは安全ですか」

 

「妨害は止まっています。ただ、この綻びが閉じたわけではありません」

 

 ヴァルトは床側の系統を指した。

 

「別のものがつながる余地は残っているので、境界の修復は別に必要です」

 

 侍従次長がうなずいた。

 

 妨害の停止と、まだ残る綻びを分けて控えに加える。

 

 やがて報告を持って席を外すと、ヴァルトは地図儀の別の部分へ意識を戻した。

 

 動力と術式は、分かった。

 

 だが、台座の上に載っている細工までは、終えていなかった。

 

 輪を動かす部分を調べていると、持ち手の厚みが気になった。

 

 飾りとしては、ほかと釣り合っている。

 

 だが、内側に必要のない空洞があった。

 

 その先で、回転する部品が小さなものを押す形になっている。

 

 ヴァルトは、書き終えた断面図を脇へ寄せた。

 

 魔術の方ばかり見ていた。

 

 この品は、手で動かすものでもある。

 

 収納内で組み付けを残し、装飾環の内側へ対象を移した。

 

 表面には、肉眼で見落としそうな小さな孔がある。

 

 そこへ向けて、極細の針が収まっていた。

 

 ヴァルトの筆が、紙の上に細い線を引いた。

 

 メリルがその線を見た。

 

「針、ですか」

 

「回すときに、ほんの少しだけ先が出る仕組みです」

 

 彼女は綴じていた紙を置いた。

 

 ヴァルトは針の取付位置と向きを写し、可動部の組み合わせを《鑑定》で確かめた。

 

 針の内部には、何かが残っているかもしれない。

 

 証拠を動かさないため、装飾環には手を加えずに調べる。

 

 台座の魔石との接続は、既に切れている。

 

 それでも、輪の回転を針の押し出しへ変える機構は残っていた。

 

 部品の位置と動く範囲を辿ると、孔から針先が出る仕組みだと分かる。

 

 長く突き出すわけではない。

 

 手を掛ける場所に、わずかな先端が届く。

 

 輪が戻れば、針は装飾の内側に隠れる構造だった。

 

「魔石を離しても、動く仕組みですね」

 

「別の仕掛けなのですか」

 

「ええ。輪を回す力で、針を押すようになっています」

 

 ヴァルトは、輪の側の図を描き直した。

 

 術式から、この針へ続く回路はない。

 

 ただ、鑑定から内部が隠れる場所に、一緒に収められていた。

 

「その先が、手に当たるのですね」

 

 メリルの声が低くなった。

 

「ここを持てば、当たる位置です」

 

 ヴァルトは線を足した。

 

 指を掛けるところと、出てくる針先。

 

 同じ場所だった。

 

 さらに針を調べると、細い内部に通り道があった。

 

 ただ刺すための、詰まった針ではない。

 

「中が空洞になっています」

 

 メリルは、図の先を見たまま黙った。

 

「何かが、入っているのですか」

 

「今、大きなものは見当たりません。小さな付着物まで、ないとは言えませんが」

 

 ヴァルトは針を外へ出さなかった。

 

 誰かの手に乗せて、確かめてもらうものではない。

 

 中を洗って、きれいにすることもできない。

 

 通り道に残るものがあれば、それも調べる必要がある。

 

 メリルは席を立った。

 

「侍従次長へ、すぐお伝えします」

 

「お願いします。実際に、この輪を動かした方がいるかも伺いたい」

 

 彼女は針の図を添えた控えを受け取った。

 

 先ほどの収納に驚いていた顔は、もうしていなかった。

 

 

 

 夕方近く、献上式の控えが届いた。

 

 ヴァルトは別の報告室へ案内され、侍従次長とその場にいた係官の話を聞いた。

 

 メリルが、使い方を記した紙を机へ置く。

 

 地図儀は美術品として受領された。

 

 献上の場で、その扱い方も説明されたという。

 

「輪を回すところも、お見せしたのですね」

 

「はい。地図を見やすい向きへ動かせると」

 

 係官が答えた。

 

 ヴァルトは、持ち手と孔の位置を描いた図を示した。

 

「この辺りを持って、ですか」

 

「そのあたりに手を掛けるよう、説明されていました」

 

 ヴァルトは椅子へ掛け直した。

 

 昨日は、ここへ何を運び込んだかを探していた。

 

 今日は、その物に誰の手が触れたかを尋ねている。

 

「陛下も、この輪に手を掛けられたのですね」

 

「はい。説明を受けたあと、ご自身で動かされました」

 

 係官は、ごく自然なこととして答えた。

 

 ヴァルトは指を置いたまま、もう一度図を見た。

 

 国王も、動かした。

 

 針の出る場所と、握る場所は重なり得る。

 

 侍従次長が、係官へ顔を向けた。

 

「その時、陛下が手を離されたり、痛みを訴えられたりは」

 

「そのようなことはありませんでした。普通にご覧になって、その後も式は続いております」

 

 式が中断したという記載もなかった。

 

 メリルは係官の答えを控えに書き留めた。

 

 ヴァルトは、針の図の脇へ、王が輪を操作したことを書き加えた。

 

 刺さった、とは書かなかった。

 

 その時も、この針が今と同じように働いたのか。

 

 針先が指へ届いたのか。

 

 中の通り道に、何かが入っていたのか。

 

 その答えは、ここにある紙からは出ない。

 

「この空洞は、ただの飾りではありません」

 

 ヴァルトは侍従次長へ言った。

 

「何かを通す仕組みに見えます。陛下が触れられたのであれば、身体の方も調べる必要があります」

 

 侍従次長が、係官を退出させた。

 

 扉が閉じてから、声を落とす。

 

「鑑定を妨げて、針を隠していたのでしょうか」

 

「それなら、説明は付きます。ただ、作った者に聞いたわけではありません」

 

「陛下の近頃のご様子との関係も」

 

「まだ分かりません。まず、何かが身体へ入った可能性を、確かめたいんです」

 

 メリルは話を聞きながら、紙の角を揃えた。

 

 立てた紙の端が、1度だけ机へ強く当たる。

 

 すぐに力を緩め、侍従次長へ渡した。

 

 ヴァルトは、その手が落ち着くのを見てから口を開いた。

 

「地図儀の魔石と針は、抜き取って保管します。今の位置と向きも残しておきます」

 

「地図儀そのものは?」

 

「外観を保って、元の場所へ戻せます」

 

 侍従次長は図面を見直し、証拠の保管と本体の復元を了承した。

 

 

 

 ヴァルトは監査用の机へ戻り、隔離区画の地図儀を調べ直した。

 

 台座の魔石は、回路から離れている。

 

 まず、その保持金具を分けた。

 

 石を削らず、砕かず、元の姿のまま取り外す。

 

 あった場所と向きは、断面図に残っている。

 

 魔石本体を、別の証拠区画へ収めた。

 

 次は、装飾環の内側だった。

 

 細い針を押す部分を分け、元の取付位置を写す。

 

 針の中に残っているかもしれないものには、手を加えない。

 

 折らず、曲げず、中空の通り道を保ったまま取り外した。

 

 こちらは魔石と別の証拠区画へ入れる。

 

 取り出した2つが、また接触することはない。

 

 装飾環の中には、針を押していた部分が残った。

 

 ヴァルトは、輪の動く範囲をもう一度辿った。

 

 針のない孔から、別の部品が突出することはなかった。

 

 人の指へ届く、尖った先端もない。

 

 これで、魔石を外しただけでは残っていた危険もなくなる。

 

 内側の配置を戻し、外装を組み直した。

 

 台座の彫りも、輪の重なり方も変えていない。

 

 元の図と見比べながら、持ち手の位置を合わせた。

 

 机に残った針の図は、地図儀を返しても残る。

 

 メリルが来ると、ヴァルトは証拠として保管した2つの位置を書いた控えを渡した。

 

「魔石は、回路とは別に取り外してあります。針も、実物をそのまま残しました」

 

「どちらも、収納の中に?」

 

「はい。分けて置いてあります」

 

 メリルはうなずき、展示係官を呼ぶために先に立った。

 

 2人が調度品区画へ着くと、展示台には夕方の光が落ちていた。

 

 輪の影がないだけで、台は広く見えた。

 

 係官が、朝の設置位置の控えを広げた。

 

 ヴァルトは足元と台の上を確かめ、元と同じ向きに対象を定める。

 

 靄が、展示台の上へ広がった。

 

 その向こうから、厚い台座が現れた。

 

 支柱が伸び、幾つもの真鍮の輪が光を受ける。

 

 靄が引くと、昨日までの地図儀があった。

 

 メリルは、無意識に一歩寄った。

 

 朝は消えた物が、今度は戻ってくる。

 

 台の木目へ、輪の影も戻った。

 

 メリルは控えと見比べるように、もう一度台座へ目を向けた。

 

 ヴァルトは受領番号を示した。

 

 係官が番号と向きを比べ、深く息をついた。

 

「外からは、変わらないのですね」

 

「ええ。ですが、取り外した物は戻っていません」

 

 ヴァルトは持ち手の付近へ指を近づけた。

 

 細工の縁に、ごく小さな封印の印を添える。

 

 既得の《封印術》を使い、触れられたり動かされたりすれば、その痕跡が変わるようにした。

 

 今、この印がどうなっているかを控えへ残す。

 

「それも、点検のためですか」

 

 メリルが尋ねた。

 

「念のためです」

 

 ヴァルトは指を離した。

 

「誰かが触ったら、後で見た時に分かります」

 

「係官が清掃する時も、でしょうか」

 

「はい。その時は、触ったことを残しておいてください」

 

 メリルは係官へ向き直り、取り扱いを伝えた。

 

 印が変わったことと、悪いことをした者がいることは、同じではない。

 

 必要な作業で触れたなら、そのことも一緒に分かればよかった。

 

 ヴァルトは、封印を見てから台座へ目を下ろした。

 

 魔石のない回路は動いていない。

 

 床との接続を調べても、そこへ妨害を出す働きはなかった。

 

 床側の綻びは残っている。

 

 そちらは、この品を返しただけでは直らない。

 

「備品室の結果も、お願いします」

 

 メリルは職員へ伝言を託した。

 

 ヴァルトが外観と接続の控えを仕上げた頃、返事が来た。

 

 同じ棚の前で、同じ留め具を再び調べたという。

 

「状態の項目は、読めたままです」

 

 職員が転記を差し出した。

 

 ヴァルトはそれを受け取り、うなずいた。

 

 地図儀は、元へ戻った。

 

 欠落は、戻らなかった。

 

 

 

 報告室へ戻る頃には、廊下の仕事の音が減っていた。

 

 侍従次長は、最後に届いた鑑定の転記へ目を通した。

 

「元へ戻しても、妨害は出ていない」

 

「はい、魔石と針は別々に保管していますが、境界の綻びはまだそのままです」

 

 ヴァルトは、保管場所を記した紙を添えた。

 

 台座に内蔵された魔石。

 

 妨害を広げる古い経路。

 

 輪の中に隠れた、中空の針。

 

 それぞれの図は、もう空白ではない。

 

 ただ、国王が何を欲しているのかは、まだ分からなかった。

 

 侍従次長が献上式の控えを手に取った。

 

「陛下の手が、この仕掛けに届いていたかもしれない」

 

「はい。今分かるのは、輪を動かされたことまでです」

 

 ヴァルトは、指の位置を描いた線を見た。

 

「次は、陛下の身体を調べなくては」

 

 侍従次長が顔を上げた。

 

「そのための場を整えます。侍医にも、内密に話しておきましょう」

 

 ヴァルトはうなずいた。

 

 地図儀の中から抜いた針は、空洞だった。

 

 その先が何に触れ、何を通したのか。

 

 今度は、台座の中を調べるだけでは足りなかった。

 

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