台座の中だけが、読めなかった。
真鍮の輪も、それを支える柱も、《鑑定》では材質が分かる。
底部に目を移すと、肝心なところで情報が欠ける。
ヨルドに扮したヴァルトは、筆の先を紙から離した。
翌朝の窓光が、地図儀の輪を細く縁取っている。
昨夕と同じ展示台、同じ向き。
夜の間に動かした者はいないと、係官は答えていた。
侍従次長から、内部分解を含む点検の許可も得ている。
「昨日の続きですね」
メリルが机へ控えを置いた。
「ええ。外は読めるのに、肝心の中だけが抜けているんです」
ヴァルトは地図儀の横へ回った。
昨日、床側の系統と関わりがありそうだと見た場所を、改めて調べる。
外周の彫りと、台座の合わせ目を分けて《鑑定》する。
外装については情報が出た。
その内側へ対象を移すと、同じように欠ける。
角度を変え、底面の側から見ても変わらなかった。
「空いているのは、どの部分でしょう」
「内部の構造と、魔術に関わる部品です。何もないのではなく、情報が出てこない」
ヴァルトは外側で読めた項目を示し、その下に欠落を記した。
メリルは、紙に書かれたものへ顔を寄せた。
地図儀から、その下の空白へ目を移す。
「昨日の留め具も、状態のところが欠けていましたね」
「はい。今度は、いちばん知りたいところが見えません」
展示係官が台座を見た。
「その蓋を外せば、ご覧になれるのでは」
「外す前に、つながっているものを見ておきたいんです」
係官は手を引いた。
ヴァルトは《境界》を使った。
床側の旧い系統から、台座の近くへ接続が伸びている。
昨日と変わっていない。
外から見た飾りの印象と、そのつながり方は、合わなかった。
近くの監査用机へ戻ると、メリルが取り寄せた保守の図面を開いた。
閉鎖済み。
古い控えには、はっきりそう書かれている。
ヴァルトは、その文字へ指を置いた。
「保守口は閉じたはずです」
「記録では閉鎖済みですね」
メリルが昨日の図面を横へ並べた。
ヴァルトの記した綻びが、同じ系統に沿っている。
閉じられた口を、ヴァルトは覚えていた。
点検のために使う時と、通常の守りを働かせる時では、通すものが違う。
今は、閉じておくべきところに緩みがある。
それを、地図儀の側が使える形になっていた。
「こちらに穴があって、この品とつながっているのですね」
メリルが図面の2か所を指した。
「ええ。ですが、何がどちらへ通っているかは、これだけでは言えません」
ヴァルトは地図儀へ目を戻した。
輪の影が、厚い台座に幾つも落ちている。
外側で蓋を開けるだけでは、その下に手を入れることになる。
中身の分からない物を、城の系統につないだまま扱いたくはなかった。
「一度、この接続から離して調べます」
「場所をお移しになりますか」
係官が聞き、展示台へ寄った。
「運ぶなら、人を呼びましょう。台座も一緒ですと、かなりの物になります」
メリルも戸口へ顔を向けた。
ヴァルトは、受領番号と置かれた向きを控えに書き足した。
調査のために丸ごと移すことは、侍従次長から了承を得ていた。
「人手は大丈夫です」
係官が、台座の縁から手を離す。
ヴァルトは《収納》の中に、外との魔術的な接続を遮断する隔離区画を用意した。
通常の物を入れるところとは分け、そこへ収める対象を定める。
展示台ではない。
地図儀と、それに付いている専用の台座だ。
「収納します」
靄が、重なった輪の間へ広がった。
細い真鍮の光が、順に見えなくなる。
太い支柱、彫りのある台座まで包まれ、靄が引いた。
展示台には、何もなかった。
木目の上に、朝の光がそのまま落ちている。
メリルの唇が、わずかに開いた。
空いた台を見て、ヴァルトを見る。
もう一度、台を見た。
「……あれを、全部ですか?」
「ええ。中で調べた方が早いので」
ヴァルトは、ごく普通に答えた。
地図儀は隔離区画へ、元の形を保ったまま収まっている。
「壊してはいません。台座も付いたままです」
「そう、ですか」
メリルは控えを持ち直した。
その端が、展示台の角に触れる。
いつもなら避けて通る距離だった。
係官は台の下まで覗き込んでいた。
「戻す時も、そのように?」
「はい。ただ、その前に中を調べます」
ヴァルトは、地図儀が離れた後の接続を《境界》で見た。
台座へ続いていた部分は離れている。
だが、床側の緩みまで閉じたわけではなかった。
こちらの状態も控えへ加える。
メリルはその作業を見て、ようやく口元を引き締めた。
「鑑定担当の結果も、こちらへ届くようにいたします」
「お願いします。昨日、読めなかったところがどうなったか、伺いたいんです」
地図儀のあった空間を、職員が通り抜けないよう係官が位置を変えた。
ヴァルトは、自分の《収納》へ意識を戻した。
隔離した中身を、もう一度《鑑定》する。
台座の内部は、まだ読めなかった。
近くの監査用控室へ移った頃、最初の報告が届いた。
息を整えた職員が、転記した紙を差し出す。
「欠けていた状態の項目が出ています」
ヴァルトは紙を受け取った。
「昨日の留め具ですか」
「はい、収納の前後に、同じ担当者が同じ留め具を同じ棚の前で調べました」
侍従次長は、地図儀の点検に合わせ、周辺の担当者へ比較を頼んでいた。
収納の前には欠けていた「状態」の項目が、収納後には現れていた。
「ほかの品は?」
「隣の箱のものも読めており、担当者本人の転記を添えてあります」
ヴァルトは、昨日自分が書いた紙と重ねずに並べた。
昨日の自分の記録にも、同じ項目が欠けていた。
今日の紙には、その情報が書かれている。
やがて別の区画からも、報告が来た。
すべての城内を見たわけではない。
昨日、綻びのあった系統の近くで項目が欠けた物について、結果が揃っていく。
メリルが届いた紙の隅へ、区画の名を添えた。
ヴァルトはそれを図面の脇へ置いた。
「地図儀を離した後で、変わっていますね」
「お戻しになれば、また欠けるのでしょうか」
「そのまま戻したら、そうなるかもしれません」
ヴァルトは、机に描きかけた台座の外周を見た。
「中では、まだ働いているようです」
「収納した物が、ですか?」
「ええ。城から離れたことと、中の仕掛けが止まったことは、別なんです」
メリルの眉が少し動いた。
大きな物が消えて終わったのではない。
ヴァルトが書いた図には、台座の中へ空白が残っていた。
彼が筆へ向き直ると、メリルは報告をまとめて取次ぎへ渡しに出た。
通路の担当者へ紙を届けた後、誰もいなくなった脇の作業台で足を止める。
報告の対象になっていた備品へ、彼女自身も《鑑定》を使った。
担当者の控えで欠落とされていた情報が、見えた。
メリルは結果を書き留め、他の担当者の報告とは分けて侍従次長へ送った。
控室へ戻る時には、もう案内係の顔になっていた。
ヴァルトが見ている紙は、別の術者たちが転記したものだった。
昼前の光が、机の端へ移っていた。
ヴァルトは、隔離区画にある地図儀の組み付けを辿った。
外装の合わせ目は、分かる。
装飾を壊さずに外せる箇所も見えていた。
ただ、その奥の魔術的な情報は、まだ欠ける。
真壁と火竜の部位や装置を扱った時も、組み合わせたままでは分からないことがあった。
まず形を残し、それから必要なところを分ける。
ヴァルトは台座の外装を、収納内で少しずつ離した。
位置と向きを保ったまま、元の組み付けを紙へ写す。
彫りの裏側には仕切りがあり、細かな部品が寄せられていた。
その中に、金具で留められた石があった。
上の飾りからは見えない。
しかも、その石を保持する部分から、術式のある部品へ接続が伸びていた。
ヴァルトの筆が止まる。
「この中に、魔石がありますね」
メリルが顔を上げた。
「この品にですか?」
「ええ。装飾のためとは思えません」
ヴァルトは、石の位置を断面図へ加えた。
材質を読む前に、回路との結合を見ておく。
それを残したままでは、同じ欠落が続きそうだった。
「これを、先に離します」
魔石の保持金具はそのままに、回路へつながる箇所を切り離した。
線を壊して消すのではない。
後で同じ組み付けを追えるよう、結合する部品の位置をずらす。
その状態で、内部へ《鑑定》を使う。
今度は、情報が出た。
台座の内側にあった部品、刻まれた術式、魔石との関係。
さっきまで抜けていたところが、読める。
ヴァルトは、ゆっくり息を吐いた。
「止まりました」
「今、何をされたのですか」
「魔石から、仕掛けへつながっていたところを離しました。中を隠していた働きも、止まっています」
メリルは、紙の空いていたところへ文字が増えるのを見た。
「ここに座ったまま、できるのですね」
「中に置いたものですから。組み方を見ながら、部品を分けられます」
答えながら、ヴァルトは魔石を調べた。
この魔石の魔力が、台座の中の術式へ渡っていた。
さらに奥へ続く部分を辿る。
地図の盤や、輪を動かすための歯車とは別だった。
術式の出力側が、床の保守系統へ接続する形になっている。
ヴァルトは3つの部分を描き分けた。
魔石。
鑑定へ干渉する術式。
城の系統につながる部分。
窓の外で荷を運ぶ声がした。
メリルは空いた茶杯を脇へ寄せ、図面を広げる場所を作った。
午後に入ってから、侍従次長が控室へ来た。
ヴァルトは断面図と、昨日の綻びを記した図面を示した。
「この魔石が、鑑定を妨げる術式を動かしていました」
「城の古い接続は、何に使われていたのですか」
「妨害を周囲へ広げるためです」
侍従次長の指が、台座の下の線を辿った。
昨日は、どちらへ何が通るのか分からなかった箇所だった。
「地図儀の中を隠すだけではないのですね」
「はい。この術式の働きが、ここから出ていました」
ヴァルトは、鑑定の戻った区画の報告を置いた。
「つながる先が、こちらです。地図儀を離した後で、欠けていた情報が戻っています」
侍従次長は、部品の形と図面の位置を見比べた。
「保守に使う道を、違うものに使われた」
「閉じたとされているところが緩んでいました。その経路を、この品が使っています」
ヴァルトは閉鎖の控えを示した。
以前の仕事を、つい昨日したことのように思い出す。
使わない時に閉じるという、ごく当たり前の働きだった。
大きく破らなくてもよい。
こうした細かな接続を通せれば、情報を乱すものが届いてしまう。
「では、地図儀を戻さなければ、ここは安全ですか」
「妨害は止まっています。ただ、この綻びが閉じたわけではありません」
ヴァルトは床側の系統を指した。
「別のものがつながる余地は残っているので、境界の修復は別に必要です」
侍従次長がうなずいた。
妨害の停止と、まだ残る綻びを分けて控えに加える。
やがて報告を持って席を外すと、ヴァルトは地図儀の別の部分へ意識を戻した。
動力と術式は、分かった。
だが、台座の上に載っている細工までは、終えていなかった。
輪を動かす部分を調べていると、持ち手の厚みが気になった。
飾りとしては、ほかと釣り合っている。
だが、内側に必要のない空洞があった。
その先で、回転する部品が小さなものを押す形になっている。
ヴァルトは、書き終えた断面図を脇へ寄せた。
魔術の方ばかり見ていた。
この品は、手で動かすものでもある。
収納内で組み付けを残し、装飾環の内側へ対象を移した。
表面には、肉眼で見落としそうな小さな孔がある。
そこへ向けて、極細の針が収まっていた。
ヴァルトの筆が、紙の上に細い線を引いた。
メリルがその線を見た。
「針、ですか」
「回すときに、ほんの少しだけ先が出る仕組みです」
彼女は綴じていた紙を置いた。
ヴァルトは針の取付位置と向きを写し、可動部の組み合わせを《鑑定》で確かめた。
針の内部には、何かが残っているかもしれない。
証拠を動かさないため、装飾環には手を加えずに調べる。
台座の魔石との接続は、既に切れている。
それでも、輪の回転を針の押し出しへ変える機構は残っていた。
部品の位置と動く範囲を辿ると、孔から針先が出る仕組みだと分かる。
長く突き出すわけではない。
手を掛ける場所に、わずかな先端が届く。
輪が戻れば、針は装飾の内側に隠れる構造だった。
「魔石を離しても、動く仕組みですね」
「別の仕掛けなのですか」
「ええ。輪を回す力で、針を押すようになっています」
ヴァルトは、輪の側の図を描き直した。
術式から、この針へ続く回路はない。
ただ、鑑定から内部が隠れる場所に、一緒に収められていた。
「その先が、手に当たるのですね」
メリルの声が低くなった。
「ここを持てば、当たる位置です」
ヴァルトは線を足した。
指を掛けるところと、出てくる針先。
同じ場所だった。
さらに針を調べると、細い内部に通り道があった。
ただ刺すための、詰まった針ではない。
「中が空洞になっています」
メリルは、図の先を見たまま黙った。
「何かが、入っているのですか」
「今、大きなものは見当たりません。小さな付着物まで、ないとは言えませんが」
ヴァルトは針を外へ出さなかった。
誰かの手に乗せて、確かめてもらうものではない。
中を洗って、きれいにすることもできない。
通り道に残るものがあれば、それも調べる必要がある。
メリルは席を立った。
「侍従次長へ、すぐお伝えします」
「お願いします。実際に、この輪を動かした方がいるかも伺いたい」
彼女は針の図を添えた控えを受け取った。
先ほどの収納に驚いていた顔は、もうしていなかった。
夕方近く、献上式の控えが届いた。
ヴァルトは別の報告室へ案内され、侍従次長とその場にいた係官の話を聞いた。
メリルが、使い方を記した紙を机へ置く。
地図儀は美術品として受領された。
献上の場で、その扱い方も説明されたという。
「輪を回すところも、お見せしたのですね」
「はい。地図を見やすい向きへ動かせると」
係官が答えた。
ヴァルトは、持ち手と孔の位置を描いた図を示した。
「この辺りを持って、ですか」
「そのあたりに手を掛けるよう、説明されていました」
ヴァルトは椅子へ掛け直した。
昨日は、ここへ何を運び込んだかを探していた。
今日は、その物に誰の手が触れたかを尋ねている。
「陛下も、この輪に手を掛けられたのですね」
「はい。説明を受けたあと、ご自身で動かされました」
係官は、ごく自然なこととして答えた。
ヴァルトは指を置いたまま、もう一度図を見た。
国王も、動かした。
針の出る場所と、握る場所は重なり得る。
侍従次長が、係官へ顔を向けた。
「その時、陛下が手を離されたり、痛みを訴えられたりは」
「そのようなことはありませんでした。普通にご覧になって、その後も式は続いております」
式が中断したという記載もなかった。
メリルは係官の答えを控えに書き留めた。
ヴァルトは、針の図の脇へ、王が輪を操作したことを書き加えた。
刺さった、とは書かなかった。
その時も、この針が今と同じように働いたのか。
針先が指へ届いたのか。
中の通り道に、何かが入っていたのか。
その答えは、ここにある紙からは出ない。
「この空洞は、ただの飾りではありません」
ヴァルトは侍従次長へ言った。
「何かを通す仕組みに見えます。陛下が触れられたのであれば、身体の方も調べる必要があります」
侍従次長が、係官を退出させた。
扉が閉じてから、声を落とす。
「鑑定を妨げて、針を隠していたのでしょうか」
「それなら、説明は付きます。ただ、作った者に聞いたわけではありません」
「陛下の近頃のご様子との関係も」
「まだ分かりません。まず、何かが身体へ入った可能性を、確かめたいんです」
メリルは話を聞きながら、紙の角を揃えた。
立てた紙の端が、1度だけ机へ強く当たる。
すぐに力を緩め、侍従次長へ渡した。
ヴァルトは、その手が落ち着くのを見てから口を開いた。
「地図儀の魔石と針は、抜き取って保管します。今の位置と向きも残しておきます」
「地図儀そのものは?」
「外観を保って、元の場所へ戻せます」
侍従次長は図面を見直し、証拠の保管と本体の復元を了承した。
ヴァルトは監査用の机へ戻り、隔離区画の地図儀を調べ直した。
台座の魔石は、回路から離れている。
まず、その保持金具を分けた。
石を削らず、砕かず、元の姿のまま取り外す。
あった場所と向きは、断面図に残っている。
魔石本体を、別の証拠区画へ収めた。
次は、装飾環の内側だった。
細い針を押す部分を分け、元の取付位置を写す。
針の中に残っているかもしれないものには、手を加えない。
折らず、曲げず、中空の通り道を保ったまま取り外した。
こちらは魔石と別の証拠区画へ入れる。
取り出した2つが、また接触することはない。
装飾環の中には、針を押していた部分が残った。
ヴァルトは、輪の動く範囲をもう一度辿った。
針のない孔から、別の部品が突出することはなかった。
人の指へ届く、尖った先端もない。
これで、魔石を外しただけでは残っていた危険もなくなる。
内側の配置を戻し、外装を組み直した。
台座の彫りも、輪の重なり方も変えていない。
元の図と見比べながら、持ち手の位置を合わせた。
机に残った針の図は、地図儀を返しても残る。
メリルが来ると、ヴァルトは証拠として保管した2つの位置を書いた控えを渡した。
「魔石は、回路とは別に取り外してあります。針も、実物をそのまま残しました」
「どちらも、収納の中に?」
「はい。分けて置いてあります」
メリルはうなずき、展示係官を呼ぶために先に立った。
2人が調度品区画へ着くと、展示台には夕方の光が落ちていた。
輪の影がないだけで、台は広く見えた。
係官が、朝の設置位置の控えを広げた。
ヴァルトは足元と台の上を確かめ、元と同じ向きに対象を定める。
靄が、展示台の上へ広がった。
その向こうから、厚い台座が現れた。
支柱が伸び、幾つもの真鍮の輪が光を受ける。
靄が引くと、昨日までの地図儀があった。
メリルは、無意識に一歩寄った。
朝は消えた物が、今度は戻ってくる。
台の木目へ、輪の影も戻った。
メリルは控えと見比べるように、もう一度台座へ目を向けた。
ヴァルトは受領番号を示した。
係官が番号と向きを比べ、深く息をついた。
「外からは、変わらないのですね」
「ええ。ですが、取り外した物は戻っていません」
ヴァルトは持ち手の付近へ指を近づけた。
細工の縁に、ごく小さな封印の印を添える。
既得の《封印術》を使い、触れられたり動かされたりすれば、その痕跡が変わるようにした。
今、この印がどうなっているかを控えへ残す。
「それも、点検のためですか」
メリルが尋ねた。
「念のためです」
ヴァルトは指を離した。
「誰かが触ったら、後で見た時に分かります」
「係官が清掃する時も、でしょうか」
「はい。その時は、触ったことを残しておいてください」
メリルは係官へ向き直り、取り扱いを伝えた。
印が変わったことと、悪いことをした者がいることは、同じではない。
必要な作業で触れたなら、そのことも一緒に分かればよかった。
ヴァルトは、封印を見てから台座へ目を下ろした。
魔石のない回路は動いていない。
床との接続を調べても、そこへ妨害を出す働きはなかった。
床側の綻びは残っている。
そちらは、この品を返しただけでは直らない。
「備品室の結果も、お願いします」
メリルは職員へ伝言を託した。
ヴァルトが外観と接続の控えを仕上げた頃、返事が来た。
同じ棚の前で、同じ留め具を再び調べたという。
「状態の項目は、読めたままです」
職員が転記を差し出した。
ヴァルトはそれを受け取り、うなずいた。
地図儀は、元へ戻った。
欠落は、戻らなかった。
報告室へ戻る頃には、廊下の仕事の音が減っていた。
侍従次長は、最後に届いた鑑定の転記へ目を通した。
「元へ戻しても、妨害は出ていない」
「はい、魔石と針は別々に保管していますが、境界の綻びはまだそのままです」
ヴァルトは、保管場所を記した紙を添えた。
台座に内蔵された魔石。
妨害を広げる古い経路。
輪の中に隠れた、中空の針。
それぞれの図は、もう空白ではない。
ただ、国王が何を欲しているのかは、まだ分からなかった。
侍従次長が献上式の控えを手に取った。
「陛下の手が、この仕掛けに届いていたかもしれない」
「はい。今分かるのは、輪を動かされたことまでです」
ヴァルトは、指の位置を描いた線を見た。
「次は、陛下の身体を調べなくては」
侍従次長が顔を上げた。
「そのための場を整えます。侍医にも、内密に話しておきましょう」
ヴァルトはうなずいた。
地図儀の中から抜いた針は、空洞だった。
その先が何に触れ、何を通したのか。
今度は、台座の中を調べるだけでは足りなかった。