押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

47 / 66
第47話 盛るな、磨け

 

 目が覚めた時、澪はしばらく天井を見ていた。

 

 六畳間の天井は、昨日と同じだった。白くて、少しくすんでいて、蛍光灯の紐が斜めに垂れている。押し入れの襖も閉まっている。ローテーブルの上には、昨日閉じた商品企画メモが置かれたままだ。

 

 それなのに、頭の奥でずっと鳴っていた小さな警報音のようなものが、今日は少しだけ弱かった。

 

 全快ではない。身体の芯には、まだ疲れが残っている。肩も重いし、背中も固い。けれど、昨日の朝のように、目を開けた瞬間から在庫と領収書と明石さんの顔が順番に襲ってくる感じはなかった。

 

 澪は布団の中で、自分を鑑定した。

 

----------------------------------

篠原澪

 体力:やや回復

 集中:回復傾向

 睡眠:改善

 疲労:残りあり

 鑑定:7

 収納:8

 錬金:4

 薬学:1

 安息:1

 備考:休息により判断精度が少し戻っています

----------------------------------

 

「寝るって、すごい」

 

 口に出した瞬間、あまりにも当たり前のことを言っている自分が嫌になった。

 

 それでも、当たり前のことを忘れていたのも事実だった。寝ないで動き続ければ、収納も鑑定も錬金も、ただの危ない道具になる。昨日の講義で言われた「代表者本人が倒れると事業も止まる」という言葉は、まだノートの上だけでなく、首の後ろあたりに残っている。

 

 澪は起き上がり、本棚の上を見た。

 

 古い燭台は、白い布の上に静かに置かれている。火は灯っていない。横の茶碗には、昨夜の水が少しだけ冷たそうに残っていた。窓から入る朝の光が、水面に細く反射している。

 

 澪は茶碗の水を替え、燭台の台座をそっと拭いた。

 

「おはようございます。昨日は、ありがとうございました」

 

 パン、パン、と小さく柏手を打つ。

 

 今日は鑑定欄はすぐには出なかった。

 

 出ないなら出ないで少し寂しい、と思ったところで、澪は自分の思考に気づいて額を押さえた。

 

「同居に慣れるの、早すぎないかな」

 

 燭台は答えない。

 

 けれど、ローテーブルの上に置いてある木箱は、静かに存在感を放っていた。教会から譲られた修繕外し素材を入れた箱である。昨日は商品企画メモを書くだけで力尽きた。今日は、少し眠れた。

 

 だから、手を動かす。

 

 澪は箱をローテーブルに載せ、ゆっくり蓋を開けた。

 

 

 

 

 

 箱の中には、司祭様が丁寧に分けてくれた素材が入っていた。

 

 割れた色ガラス片。

 

 曲がった装飾金具。

 

 窓枠から外した古い木片。

 

 孤児院の子どもたちが磨いた木片。

 

 シスターが管理していた刺繍小袋。

 

 澪はそれらを白い布の上へ一つずつ並べた。ガラス片は小皿へ、金具は布の上へ、木片は向きをそろえて、刺繍小袋は折り目がつかないように広げる。

 

 この段階で、すでに六畳間は部屋というより作業場だった。

 

 経済学部生の部屋である。

 

 押入商会代表の部屋でもある。

 

 そして今朝からは、神様付き燭台監修の再生工房になりつつある。

 

「監修って言うと、怒られるかな」

 

 澪は燭台を見上げ、それから素材一式を鑑定した。

 

----------------------------------

教会修繕素材一式

 分類:修繕外し材/手仕事素材

 内容:色ガラス片、装飾金具、古材、手磨き木片、刺繍小袋

 預かり品混入:なし

 強い祈りの残響:なし

 加工可否:条件付き可

 推奨:少量試作、由来記録、加工前後撮影

----------------------------------

 

 続いて、燭台側の表示が出た。

 

----------------------------------

古い燭台

 001:燭台

 再生、可。

 

 002:燭台

 由来を消すな。

 

 003:燭台

 盛るな、磨け。

----------------------------------

 

「今日の標語、出ました」

 

 澪は思わず正座した。

 

 止められたわけではない。

 

 むしろ、再生は可、と出ている。

 

 だから進める。使ってよい素材を分け、由来を記録し、少量で試作する。売れるか怖いから置いておく、ではない。触っていいものを、触っていい範囲で、ちゃんと形にする。

 

 澪は最初に、色ガラス片の小皿を手元へ引き寄せた。

 

 青。

 

 薄緑。

 

 琥珀。

 

 どれも小さく割れていて、端は鋭い。けれど光にかざすと、ただのガラス瓶の破片とは違う、ほんの少し歪んだ色の深さがあった。気泡のようなものも見える。厚みも均一ではない。

 

 鑑定する。

 

----------------------------------

割れた色ガラス片

 分類:装飾ガラス片

 由来:教会旧窓/ステンドガラスの一部

 状態:割れ、鋭利な縁、微細な傷

 色:青、薄緑、琥珀

 祈りの残響:微弱

 加工可否:可

 推奨:縁の丸め、破片融合、装飾素材化

 注意:食品用途にする場合、飲み口の安全確認必須

----------------------------------

 

「ステンドガラス……」

 

 澪は、思わず声を落とした。

 

 最初はペンダントにするつもりだった。銀枠に入れて、小さなトップにする。修さんの教室で習った覆輪の感じを思い出せば、たぶんできる。割れ面を丸めて、危なくないようにして、チェーンをつければ、分かりやすい商品になる。

 

 でも、光にかざした時の青と薄緑と琥珀が、ペンダントだけで終わらせるには少し惜しかった。

 

 澪はスマホを手に取った。

 

 検索欄に、アンティークガラス、装飾ガラス、淡色グラデーション、ガラス杯、と打ち込む。続いて、ルネ・ラリック、と入れた。

 

 画面に、淡い色のガラス作品が並ぶ。

 

 花や葉の模様。

 

 半透明の器。

 

 透明から乳白、そこから淡い青へ移る柔らかい表情。

 

 澪は画面を指で拡大した。まるごと真似るわけではない。そんなことはできないし、してはいけない。ただ、雰囲気を借りる。破片から色が広がり、透明な全体へつながっていく感じ。古い窓だったことが、少しだけ残る形。

 

「器に、できないかな」

 

 自分で言って、澪は少し緊張した。

 

 コップ。

 

 飲み口。

 

 食品用途。

 

 急に注意点が増える。

 

 だが、止めない。

 

 鑑定が推奨したように、飲み口の安全確認をすればいい。耐熱品にしないなら、そう書けばいい。少量試作品として記録すればいい。

 

 スマホ画面を見ながら、澪はもう一度鑑定をかけた。

 

----------------------------------

制作イメージ

 参考:アンティーク装飾ガラス、淡色グラデーション

 推奨素材:透明ガラス

 推奨形状:小型杯

 注意:飲み口、安全確認

----------------------------------

 

「材料、足りないんですね」

 

 澪は台所へ行き、洗って乾かしておいた空きガラス瓶を持ってきた。ラベルは剥がしてある。匂いもない。現代側で出た空き瓶を、何かに使えるかと思って取っておいたものだ。

 

 鑑定する。

 

----------------------------------

透明ガラス瓶

 分類:再利用ガラス素材

 状態:洗浄済、乾燥済

 加工可否:可

 推奨:透明部材、融合素材

 注意:元用途の匂い残りなし

----------------------------------

 

「材料、足します。無から作らない。ちゃんと足します」

 

 燭台の鑑定欄が出る。

 

----------------------------------

004:燭台

 素材追加、妥当。

----------------------------------

 

「よし」

 

 澪は色ガラス片と透明ガラス瓶を収納へ入れた。

 

 収納の中で、溶解、融合、整形、固形化を意識する。

 

 土嚢の時とは全然違う。あの時は、土と砂利と泥を袋に詰め、平たく、積みやすく、重心を整えればよかった。今は違う。透明感、厚み、飲み口、色の広がり、底の安定。見た目と手触りと安全性が、同時に必要になる。

 

 澪はスマホ画面を見返した。

 

 指で空中にコップの縁を描く。

 

 底は少し厚く。

 

 側面は薄くしすぎない。

 

 飲み口は丸く。

 

 青と薄緑と琥珀は、底の一部に元の破片の名残として残す。そこから全体へ、絵の具を流すのではなく、光が染み出すように淡くつなげる。

 

 収納の中で形がまとまろうとした瞬間、鑑定が割り込んだ。

 

----------------------------------

収納加工

 対象:色ガラス片、透明ガラス素材

 処理:溶解、融合、整形、固形化

 注意:色境界が濁りすぎています

 推奨:元破片部分を起点に、透明部へ淡く拡散

----------------------------------

 

「濁りすぎ……もう少し、色を流すんじゃなくて、溶けていく感じ」

 

 澪は目を閉じた。

 

 底の一部に、古い窓だった色が残る。その周りに、薄い青が透ける。飲み口へ向かうほど透明になり、光にかざすと淡い緑が揺れる。琥珀は少しだけ、底の厚みの中で温かく沈む。

 

 もう一度、形を整える。

 

 今度は急がない。

 

 収納から取り出した小さなガラス杯は、掌に乗る大きさだった。

 

 底の一部に、青と薄緑と琥珀の色ガラス片の名残がある。そこから透明な側面へ、淡く色が溶けるようにつながっていた。飲み口を指でそっとなぞる。引っかかりはない。均一な量産品ではない。側面にわずかな揺らぎがあって、手で作ったもののような表情がある。

 

 澪は息を止めて鑑定した。

 

----------------------------------

再生ガラス杯

 分類:装飾杯/試作品

 素材:教会旧窓色ガラス片、透明ガラス瓶

 加工:収納整形、融合、固形化

 形状:小型コップ

 飲み口:丸め済、安全

 色:青、薄緑、琥珀の淡いグラデーション

 由来保持:良

 使用感:手仕事風の揺らぎあり

 評価:★★★★★

 微弱加護:清澄:1

 加護効果:注いだ水や飲み物の濁り・異物に気づきやすい

 加護効果:見た目の透明感をわずかに引き立てる

 注意:浄水効果ではない

 注意:病気・毒の無効化不可

 備考:試作品として非常に高い完成度。食品用途・耐熱性・説明文確認は別途必要

----------------------------------

 

「星5……!」

 

 澪は思わず両手で杯を持った。

 

 星5。

 

 はじめて見る星5の完成品表示に、胸が跳ねる。

 

 その直後、追加表示が出た。

 

----------------------------------

星評価について

 対象:再生品/試作品

 評価対象:

  素材活用

  形状安定性

  安全性

  意匠性

  由来保持

  手仕事完成度

  収納整形精度

  説明しやすさ

 

 ★☆☆☆☆:素材段階。完成品には遠い。

 ★★☆☆☆:形はあるが、仕上げ・安全性・説明に難あり。

 ★★★☆☆:販売候補。調整すれば少量販売可能。

 ★★★★☆:完成度高。少量販売へ進められる。

 ★★★★★:非常に高い完成度。素材の由来を残した再生品として成立。

 

 注意:価格評価ではありません。

 注意:食品用途、耐熱性、販売説明、記録確認は別途必要。

----------------------------------

 

「星5って、値段じゃなくて職人レビューなんだ」

 

 値札ではない。

 

 完成度。

 

 試作品としての出来。

 

 澪は少し肩の力を抜いた。値段だと思うと急に怖いが、レビューなら受け止められる。いや、星5レビューも充分怖い。

 

 燭台の表示が重なる。

 

----------------------------------

005:燭台

 星は値札ではない。

 

006:燭台

 完成度の灯である。

 

007:燭台

 奇跡の杯などと書くな。

----------------------------------

 

「急に詩的にしてから、すぐ現実に戻すのやめてください」

 

 澪は杯を布の上へそっと置いた。

 

 それから、もう一つ気になる表示を見る。

 

 清澄:1。

 

 加護である。

 

 澪は鑑定を深く意識した。

 

----------------------------------

加護発生条件

 由来:教会旧材、孤児院の手仕事、再生加工

 見守り:古い燭台

 条件:由来を消さず、素材を粗末にせず、使える形へ整えた場合

 強度:微弱

 備考:現代側の商品説明に記載非推奨

----------------------------------

 

「商品説明に『加護つき』って書いたら駄目なやつですね」

 

----------------------------------

008:燭台

 書くな。

 

009:燭台

 盛るな、磨け。

----------------------------------

 

「はい」

 

 即答した。

 

 フリマアプリの商品説明に「加護つき」と書いた瞬間、全部がおかしくなる。怪しい。怪しすぎる。しかも本当に加護があるから、余計に書いてはいけない。

 

 加護は鑑定記録にだけ残す。

 

 商品説明には書かない。

 

 澪はノートに大きく書いた。

 

 加護は書かない。

 

 

 

 

 

 次に手に取ったのは、曲がった装飾金具だった。

 

 蔦のような模様があり、どこか唐草にも見える。けれど全体が少し歪んでいて、端に錆が浮き、古い打ち跡が残っている。扉か窓の周りに付いていたものだろう。単体で見ると、壊れた金具である。

 

 鑑定する。

 

----------------------------------

曲がった装飾金具

 分類:教会修繕外し金具

 材質:青銅系合金

 状態:歪み、表層錆、打ち跡あり

 祈りの残響:微弱

 加工可否:可

 推奨:歪み修正、縁の丸め、装飾再整形

 非推奨:全面研磨、新品化

 備考:古い打ち跡は由来保持に有効

----------------------------------

 

「新品化は駄目、と」

 

 澪はスマホでアンティーク金具を検索した。

 

 唐草模様。

 

 蔦模様。

 

 透かし金具。

 

 小箱の飾り。

 

 杯台座。

 

 古い取っ手。

 

 ブローチ台。

 

 画面を見ているうちに、さっきのガラス杯の下に置く小さな台座が浮かんだ。金具単体で売るより、ガラス杯を支える台座にした方が、雰囲気が出る。説明もしやすい。

 

 でも、磨きすぎたら新品のアンティーク風になる。

 

 それは違う。

 

 打ち跡は残す。

 

 歪みは直す。

 

 古い感じは残す。

 

 澪がそう考えた瞬間、燭台の表示が出た。

 

----------------------------------

010:燭台

 由来を消すな。

 

011:燭台

 磨きすぎ、非推奨。

 

012:燭台

 古い打ち跡は残せ。

 

013:燭台

 盛るな、磨け。

----------------------------------

 

「商品説明だけじゃなくて、加工方針まで見てくる……」

 

 澪は金具を収納へ入れた。

 

 歪みを戻す。

 

 曲がった爪を整える。

 

 蔦模様の流れを少しだけなめらかにする。

 

 錆は表層だけ落とし、打ち跡は残す。全面を磨かない。ぴかぴかにしない。現代の量産アンティーク風ではなく、古い建物の一部だった質感を残す。

 

 収納から出したあと、澪は細いヤスリと研磨布を使った。収納で整形しただけでは、指先にほんの少し引っかかる箇所がある。そこを少しずつ撫でるように削り、布で磨く。

 

 手元が金属の粉で少し黒くなる。

 

 指でなぞる。

 

 まだ少し引っかかる。

 

 もう一度、軽く削る。

 

 やりすぎないように、途中で止める。

 

「修さん、こういうところで手を抜くと後で指に刺さるって言ってたな……」

 

 澪は小さく呟き、最後にもう一度鑑定した。

 

----------------------------------

再生装飾金具台座

 分類:装飾台座/試作品

 素材:教会修繕外し金具

 加工:収納整形、歪み修正、軽研磨

 意匠:蔦模様、唐草風

 由来保持:良

 打ち跡:一部保持

 安全性:角丸め済

 評価:★★★★☆

 微弱加護:支え:1

 加護効果:置いた小物がわずかに安定しやすい

 加護効果:傾きやぐらつきに気づきやすい

 注意:落下防止の保証ではない

 備考:古い質感を残した装飾台座。杯との組み合わせで説明価値向上

----------------------------------

 

「あ、星4」

 

 少しだけ悔しい。

 

 でも、星4は完成度が高く、少量販売へ進められる評価だ。ガラス杯がいきなり星5だったので感覚がおかしくなっているが、星4でも十分すごい。

 

 燭台の表示が出た。

 

----------------------------------

014:燭台

 構図、良。

 

015:燭台

 磨き、やや控えめ。

 

016:燭台

 役に合う加護は、残りやすい。

 

017:燭台

 次作に期待。

----------------------------------

 

「神様のレビューが職人サイトみたい」

 

 澪は金具台座の上にガラス杯をそっと置いてみた。

 

 確かに、少し安定する。

 

 ほんの少しだけ、杯がそこに収まるべきもののように見えた。

 

 支え:1。

 

 役に合う加護は、残りやすい。

 

 澪はその言葉をノートに書いた。

 

 

 

 

 

 次は木だった。

 

 窓枠から外された古い木片は、長い年月を吸ったような色をしていた。傷もある。釘跡もある。乾燥して軽いのに、触ると少し密度がある。

 

 その横に、孤児院の子どもたちが磨いた木片を並べる。角は丸く、表面に小さな擦り跡がある。大人の研磨ではない。少し不均一で、でも手で何度も撫でたことが分かる表面だった。

 

 澪は鑑定する。

 

----------------------------------

古い木片

 分類:教会旧窓枠材

 状態:乾燥、傷、釘跡、木目良

 由来:修繕外し材

 加工可否:可

 推奨:壁掛け装飾、浅彫り、縁材再利用

 非推奨:全面削り直し、新品化

 備考:古い木目と傷は由来保持に有効

----------------------------------

 

----------------------------------

孤児院の手磨き木片

 分類:手仕事素材

 状態:角丸め済、手磨き跡あり

 作業:孤児院年長組

 加工可否:可

 推奨:中央装飾、銘板、飾り板

 非推奨:磨き面の全面削除

 備考:子どもたちの手仕事を残すと価値説明に適合

----------------------------------

 

 澪はスマホを手に取った。

 

 アンティーク木彫レリーフ。

 

 ウォールアート。

 

 船。

 

 木。

 

 唐草模様。

 

 壁掛けパネル。

 

 画像を次々に開く。帆船の浮き彫り、木の枝が広がるレリーフ、唐草模様の縁取り、古材を活かした壁掛け。澪は画面を凝視しながら、木片の配置を少しずつ変えた。

 

 船は、押し入れの向こうとこっちを行き来する感じがある。

 

 木は、教会の窓枠だった由来に合う。

 

 子どもたちの磨いた面は残す。

 

 彫りすぎない。

 

 壁掛けにする。

 

 燭台の表示が出る。

 

----------------------------------

018:燭台

 子らの磨いた面を残せ。

 

019:燭台

 彫りすぎ、非推奨。

 

020:燭台

 由来を消すな。

 

021:燭台

 盛るな、磨け。

----------------------------------

 

「神様、木工監修まで始めましたね」

 

----------------------------------

022:燭台

 監修ではない。見守り。

----------------------------------

 

「見守りの指示が細かいです」

 

 澪は木片を収納へ入れた。

 

 大まかな凹凸を作る。

 

 波の線。

 

 小さな船。

 

 根を張る木。

 

 周囲に唐草風の縁。

 

 ただし、均一にしすぎない。スマホ画面の作品のように完成されすぎたものではなく、古い窓枠の木目と傷、子どもたちの手磨き跡が残るものにする。

 

 収納の中で形が整いすぎそうになるたび、澪は戻した。

 

 もっと浅く。

 

 もっと手で触った感じを残す。

 

 ここは削らない。

 

 こっちは少し丸める。

 

 収納から出した壁掛けは、まだ少し荒かった。澪は指で縁をなぞり、引っかかるところを紙やすりで整える。木の粉が少し舞う。鼻がむずむずして、澪は顔を背けた。

 

「木工って、粉が出るんだ……当たり前だけど」

 

 掃除機をかける未来が見える。

 

 それでも、手を止めない。

 

 最後に布で表面を拭き、鑑定する。

 

----------------------------------

再生木彫ウォールアート

 分類:壁掛け装飾/試作品

 素材:教会旧窓枠材、孤児院手磨き木片

 加工:収納整形、浅彫り、手磨き

 意匠:船、木、唐草風の浮き彫り

 由来保持:良

 手触り:良

 安全性:角丸め済

 説明価値:高

 評価:★★★★☆

 微弱加護:帰路:1

 加護効果:帰る場所を思い出す気持ちをわずかに助ける

 加護効果:玄関や店先の飾りに適性

 注意:道案内効果ではない

 備考:古材の傷と手磨き跡を残した再生品

----------------------------------

 

「これも星4かあ」

 

 澪は少し唇を尖らせたが、壁掛けを手に取ると、掌に残る木の柔らかさに、すぐ表情が緩んだ。

 

 星4でも、いい。

 

 これは、ちゃんと物になっている。

 

 燭台の表示が出た。

 

----------------------------------

023:燭台

 船は行き来の形。

 

024:燭台

 木は留まる形。

 

025:燭台

 帰路、適合。

 

026:燭台

 次作に期待。

----------------------------------

 

「神様、レビューだけじゃなくて命名まで始めた」

 

 帰路:1。

 

 帰る場所を思い出す気持ちを、わずかに助ける。

 

 澪は壁掛けを見た。

 

 玄関に飾る人がいたら、たしかに合うかもしれない。

 

 押し入れを通って行き来している自分には、少し刺さりすぎる加護だった。

 

 

 

 

 

 最後に、澪は刺繍小袋を手に取った。

 

 シスターが管理していたものだ。縫製は丁寧で、糸始末も悪くない。素朴な刺繍が入っている。作った子は、きっと一生懸命縫ったのだろう。

 

 ただ、現代のフリマアプリに並べた時、目を引くかと言われると弱い。

 

 作りは良い。

 

 でも、色味が地味すぎる。

 

 澪は売れないからやめる、とは思わなかった。

 

 どうすれば引き立つかを考える。

 

 鑑定する。

 

----------------------------------

刺繍小袋

 分類:手仕事布小物

 作り手:孤児院年長組

 縫製:良

 糸始末:良

 布地:染色可

 意匠:素朴

 現代向け訴求:弱

 加工可否:可

 推奨:淡色染め、刺繍保持、紐交換

 非推奨:刺繍の塗り潰し、全面別色化

----------------------------------

 

「作りは良い。でも、このままだと見た目が弱い……」

 

 澪は染色に使えそうな現代側の染料を取り出した。強い色にするつもりはない。布全体を塗り潰したら、刺繍も手縫い感も消えてしまう。

 

 下側を若草色。

 

 上側を空色。

 

 淡く、薄く、刺繍を引き立てる程度に。

 

 収納と錬金の補助を使い、染料が布へどう入るかを意識する。布全体へ均一に流すのではなく、下から上へ、緑から空色へ少しずつ変わるようにする。

 

 最初の試みで、鑑定が出た。

 

----------------------------------

染色試作

 対象:刺繍小袋

 処理:淡色グラデーション染め

 注意:刺繍糸へのにじみあり

 推奨:染料濃度低下、上部空色を薄く

----------------------------------

 

「にじむ。刺繍に入る。薄く、もっと薄く」

 

 澪は一度、染料の濃度を落とした。

 

 収納の中で、布の繊維へ色が入りすぎないように調整する。刺繍の糸には染み込ませすぎない。布の地だけを、ほんのり変える。下の若草色は土や草のように、上の空色は晴れた日のように薄く。

 

 燭台の表示が出る。

 

----------------------------------

027:燭台

 子らの針目を消すな。

 

028:燭台

 色で隠すな、引き立てよ。

 

029:燭台

 盛るな、染めろ。

----------------------------------

 

「盛るな、染めろって、だんだん標語が増えてる……」

 

 澪は笑いながら、紐も交換した。元の紐は悪くないが、少し毛羽立っている。現代側の細い紐を合わせ、色の邪魔にならないものを選ぶ。

 

 形を軽く整え、刺繍の部分を指でそっと撫でる。

 

 完成した小袋は、下側が若草色、上側が空色へ淡く変わっていた。刺繍は塗り潰されていない。むしろ、前より少し浮き上がって見える。手縫いの温かさも残っている。

 

 鑑定する。

 

----------------------------------

再生刺繍小袋

 分類:手仕事布小物/試作品

 素材:孤児院刺繍小袋

 加工:淡色グラデーション染め、紐交換、形整え

 色:若草色から空色

 刺繍保持:良

 手縫い感:良

 現代向け訴求:向上

 説明価値:高

 評価:★★★★☆

 微弱加護:守り包み:1

 加護効果:入れた小物に傷がつきにくい

 加護効果:持ち主がしまった場所を思い出しやすい

 注意:盗難防止・破損防止の保証ではない

 備考:作り手の手仕事を残しつつ、色彩で印象を整えた

----------------------------------

 

「星4。でも、これは売れそう」

 

----------------------------------

030:燭台

 売れる前に、報酬記録。

----------------------------------

 

「はい、シスターと子どもたちの分ですね」

 

 澪はすぐにノートへ書いた。

 

 刺繍小袋。

 

 作り手報酬。

 

 シスター管理。

 

 売上配分。

 

 報酬記録。

 

 燭台に言われる前に書けたことが、少しだけ嬉しかった。

 

 

 

 

 

 ローテーブルの上に、4つの試作品が並んだ。

 

 再生ガラス杯。

 

 再生装飾金具台座。

 

 再生木彫ウォールアート。

 

 再生刺繍小袋。

 

 澪は白い布を敷き直し、スマホで写真を撮り始めた。

 

 ガラス杯は窓際へ置く。朝から昼へ傾いた光が、淡い青と薄緑を透かした。金具台座は斜めから撮ると、打ち跡と蔦模様が見える。木彫ウォールアートは真正面より、少し斜めから影を出した方が浮き彫りが分かりやすい。刺繍小袋は、緑から空色への変化が写るように、白い紙の上へ置いた。

 

 写真フォルダに4つの試作品が並ぶ。

 

 澪は、それぞれの鑑定表示をノートに写した。

 

 再生ガラス杯 ★★★★★ 清澄:1。

 

 再生装飾金具台座 ★★★★☆ 支え:1。

 

 再生木彫ウォールアート ★★★★☆ 帰路:1。

 

 再生刺繍小袋 ★★★★☆ 守り包み:1。

 

 改めて並べると、全部に何かしら加護がついている。

 

 澪は少し青ざめながら鑑定した。

 

----------------------------------

再生品加護について

 強度:微弱

 説明:由来・役割・手仕事・見守りが一致した時に発生

 販売説明:記載非推奨

 扱い:通常の手仕事品として販売可

 推奨:鑑定記録にのみ保存

----------------------------------

 

「フリマアプリに『加護つき』は書かない。絶対書かない」

 

 燭台の表示が、待っていたように出た。

 

----------------------------------

031:燭台

 書くな。

 

032:燭台

 奇跡と書くな。

 

033:燭台

 願いが叶うとも書くな。

 

034:燭台

 盛るな、磨け。

----------------------------------

 

「念押しがすごい」

 

 澪は商品説明文の下書きを始めた。

 

 最初に、悪い例として書いてみる。

 

 加護つき、祈りに包まれた奇跡のガラス杯。

 

 書いた瞬間、鑑定欄が出た。

 

----------------------------------

035:燭台

 虚飾。

 

036:燭台

 見ていない歴史を書くな。

 

037:燭台

 宿ったものを売り文句にするな。

----------------------------------

 

「見ていない歴史を書くな、は強い」

 

 澪は悪い例を太線で消した。

 

 そして、書き直す。

 

 古い建物の修繕で外された色ガラス片を、透明ガラスと合わせ、小さな杯に仕立てました。

 

 欠けや色の揺らぎは、長く使われてきた素材の表情として残しています。

 

 飲み口は丸く整えています。

 

 耐熱品ではありません。

 

 澪は読み返した。

 

 異世界とは書いていない。

 

 教会名も出していない。

 

 加護も書いていない。

 

 でも、嘘は書いていない。

 

 燭台の表示が出る。

 

----------------------------------

038:燭台

 それでよい。

----------------------------------

 

「許可が短い」

 

 木彫、金具、小袋の説明文も同じように書いた。古い建物の修繕材。手仕事で再生。傷や打ち跡や手磨き跡を残していること。小袋には作り手報酬を含めること。どれも、売るために盛るのではなく、伝わるように整える。

 

 澪は明石さんへの事前相談メモも作った。

 

 写真。

 

 素材由来。

 

 加工前後の記録。

 

 預かり品ではないこと。

 

 販売予定額は未定。

 

 少量試験販売。

 

 教会と孤児院への支払い記録予定。

 

 販売ボタンは、まだ押さない。

 

 でも、止まってはいない。

 

 次に進むための形にしている。

 

 最後に、澪は自分を鑑定した。

 

----------------------------------

篠原澪

 体力:低下

 集中:高

 睡眠:改善中

 鑑定:7

 収納:8

 錬金:4

 薬学:1

 安息:1

 彫金:2

 手仕事:上昇中

 新規経験:古材修復

 新規経験:色ガラス整形

 新規経験:装飾金具再整形

 新規経験:木彫再生

 新規経験:布小物染色

 新規経験:由来を残す加工

 新規経験:微弱加護付与品の作成

 備考:素材を新品に戻すのではなく、使える形へ整える感覚を得た

----------------------------------

 

「彫金、2になった……!」

 

 澪は小さく拳を握った。

 

 ただ、次の行を見て少し固まる。

 

「加護付与品の作成……あたし、そういう職人になってるんですか」

 

----------------------------------

039:燭台

 職人は名乗るより先に手を動かす。

----------------------------------

 

「神様、今日ずっと厳しい」

 

 それでも、澪は笑っていた。

 

 ローテーブルの上には、壊れていたものたちが並んでいる。

 

 割れた色ガラスは、淡い杯になった。

 

 曲がった金具は、古い打ち跡を残した台座になった。

 

 窓枠の木片は、船と木の壁掛けになった。

 

 素朴な小袋は、若草色から空色へ変わる手仕事品になった。

 

 スマホの写真フォルダにも、4つの試作品が並んでいる。

 

 澪はそれを見ながら、ぽつりと言った。

 

「売るために盛るんじゃなくて、伝わるように磨く……」

 

 鑑定欄が、静かに出る。

 

----------------------------------

040:燭台

 理解、良。

 

041:燭台

 次作に期待。

----------------------------------

 

「神様、やっぱりレビュー厳しい」

 

 澪は笑いながら、明石さんへの相談メモを保存した。

 

 押入商会は、壊れたものを捨てず、盛らず、磨いて、別の形へ送り出す小さな再生工房になり始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。