押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第48話 盛らなかったのに、高くなりました

 

 澪は、六畳間のローテーブルに白い布を敷いた。

 

 その上に、第47話で作った4つの再生品を並べる。淡い青と薄緑と琥珀色が底から透明な側面へ溶けていく再生ガラス杯。古い打ち跡を少し残した蔦模様の装飾金具台座。船と木と唐草風の浮き彫りを入れた木彫ウォールアート。若草色から空色へ淡く染まった刺繍小袋。

 

 どれも、昨日まで壊れた素材だった。

 

 今は、少なくとも写真を撮るために白い布の上へ置くと、ちょっとした店の作品紹介ページみたいに見える。

 

 澪はスマホを手に取り、写真フォルダを開いた。昨日、窓際で撮ったガラス杯は、光が入る角度によって色が違って見える。木彫ウォールアートは斜めから撮った写真が一番よかった。刺繍小袋は、白い紙の上に置いたものより、薄い生成りの布の上に置いた写真の方が色が柔らかい。

 

 問題は、説明文だった。

 

 澪は、フリマアプリの出品画面を開いたまま、本棚の最上段を見た。古い燭台は、白い布の上で黙っている。横の茶碗の水は、朝に替えたばかりで澄んでいた。

 

「加護、奇跡、祈り、願いが叶う、は書かない。書かないです。ちゃんと分かってます」

 

 先に宣言してから、澪は燭台を鑑定した。

 

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古い燭台

 001:燭台

 加護、書くな。

 

 002:燭台

 奇跡、書くな。

 

 003:燭台

 古い建物の修繕材、可。

 

 004:燭台

 手仕事で再生、可。

 

 005:燭台

 盛るな、磨け。

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「もう盛ってないです。むしろ控えめです」

 

 澪は出品説明文を読み返した。

 

 古い建物の修繕で外された色ガラス片を、透明ガラスと合わせ、小さな杯に仕立てました。欠けや色の揺らぎは、長く使われてきた素材の表情として残しています。飲み口は丸く整えています。耐熱品ではありません。

 

 うん。

 

 祈りも奇跡も加護も書いていない。

 

 神様付き燭台が見守っていたことも書いていない。

 

 清澄:1とも書いていない。

 

 澪は商品説明を保存し、価格欄に指を止めた。安すぎると材料も手間も報酬も出ない。高すぎると売れない。けれど、再生ガラス杯は星5だった。星は値札ではない、と燭台に言われたばかりだが、完成度が高いなら安くしすぎるのも違う。

 

 澪は少し高めに入力した。

 

 再生装飾金具台座、木彫ウォールアート、刺繍小袋も、それぞれ写真と説明文を入れていく。どれも「一点物」「手仕事で再生」「素材の傷や揺らぎを残しています」くらいに留めた。加護の話は鑑定記録にだけ残す。販売文には出さない。

 

 最後に、出品ボタンを押す前に、澪は深呼吸した。

 

「少量試験。記録済み。盛ってない。明石さんにあとで相談。よし」

 

 出品ボタンを押した。

 

 スマホ画面に、出品完了の表示が出る。

 

 澪はローテーブルにスマホを伏せた。

 

 そして、5秒で通知音が鳴った。

 

「早い」

 

 スマホを表に返すと、いいねが1つついていた。ガラス杯だった。

 

 続けて、もう1つ。

 

 今度は刺繍小袋。

 

 澪が瞬きをしている間に、コメント通知が入った。

 

 写真の光が綺麗ですね。一点物ですか。

 

 別の通知。

 

 この小袋の色合いが好きです。再販予定はありますか。

 

 さらに、ウォールアートへのコメント。

 

 玄関に合いそうです。サイズを教えてください。

 

 澪はスマホを持ったまま固まった。

 

「盛ってないのに……」

 

 燭台の鑑定欄が、静かに浮かぶ。

 

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006:燭台

 盛らぬ説明、伝わる場合あり。

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「そこは褒めるんですね」

 

 澪は慌ててサイズを測り、コメントに返事をした。木彫ウォールアートは縦と横と厚みを書き、重さも測った。ガラス杯は耐熱品ではないことをもう一度書き添えた。刺繍小袋は、手仕事品なので色の出方に一点ずつ違いがあると返した。

 

 値下げ交渉が来ると思っていた。

 

 ところが、来たのは購入希望だった。

 

 ガラス杯は、写真の光と一点物感が刺さったらしい。刺繍小袋は、グラデーションと手縫い感がよいと言われた。木彫ウォールアートは玄関に飾りたいと言われ、装飾金具台座はガラス杯と一緒に置くと雰囲気が出ると言われた。

 

 澪はスマホ画面を見つめた。

 

 加護は書いていない。

 

 奇跡も書いていない。

 

 教会とも書いていない。

 

 それなのに、高い。

 

 写真と説明だけで、こんなに反応するのか。

 

 出品したもののうち、再生ガラス杯と刺繍小袋に先に購入が入った。提示した価格のまま売れてしまった。値下げどころか、コメント欄には「次があれば見たいです」とまで書かれている。

 

 澪は喜ぶより先に、胃のあたりが冷えた。

 

「これ、明石さん案件だ」

 

 燭台の表示が追い打ちをかけた。

 

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007:燭台

 高値、浮かれるな。

 

008:燭台

 星は値札ではない。

 

009:燭台

 売上は、分けよ。

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「今度は売上管理の話ですか」

 

 澪はすぐに明石さんへ連絡した。

 

 

 

 

 

 オンライン面談の画面の向こうで、明石さんは澪の話を最後まで聞いてから、静かにメモを取った。

 

「売上が立ったなら、まず引き出さないでください」

 

「引き出さない」

 

「はい。フリマアプリの売上金を、すぐ個人口座へ移す必要はありません。まず取引履歴、販売手数料、送料、梱包材、素材の由来、支払予定を残します」

 

「また記録ですね」

 

「商売は、記録です」

 

 明石さんは、画面共有された澪のメモを見ながら、項目を一つずつ指摘していった。

 

 売上総額。

 

 フリマ手数料。

 

 送料。

 

 梱包材。

 

 税金見込み。

 

 押入商会の加工・販売管理取り分。

 

 教会・孤児院側への材料代・手仕事報酬・修繕協力費。

 

 澪はノートに書いた。スマホのメモにも同じ内容を打った。紙とデータ、両方に残す。最近の澪は、同じことを2回書いて初めて安心するようになっていた。

 

「教会側への支払いは、感情で全部渡すのはやめてください」

 

「全部渡しそうな顔してました?」

 

「声がしていました」

 

 澪は画面の前で黙った。

 

 明石さんは、そこを見逃さない。

 

「高く売れたから全部返す、というのは気持ちとしては分かります。ただ、販売管理、加工、撮影、説明文、発送、税金、これらを全部無視すると、会社として続きません」

 

「でも、材料は教会からで、小袋は孤児院の子たちの手仕事も入ってます」

 

「だから、説明できる形で分けます。全額ではなく、材料代、手仕事報酬、修繕協力費として、あらかじめ計算した分を支払う。記録も残す」

 

「つまり、全部渡さない。でも、何も返さないのも違う」

 

「そうです」

 

 澪は電卓を叩いた。

 

 実売価格から、税金見込み分を置く。フリマ手数料を引く。送料と梱包材を引く。押入商会の取り分を残す。残った分配可能額のうち、おおむね4分の1程度を、教会修繕材の材料代と、孤児院の手仕事報酬、教会修繕協力費として小金貨で払う。

 

 計算式を書いてみると、感情で考えるより少し落ち着いた。

 

 それでも、手元の数字を見ると、澪は小さく息を吐いた。

 

「高く売れたから全部渡す、は商売じゃない。でも何も返さないのも違う」

 

 鑑定欄が浮かんだ。

 

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010:燭台

 作り手へ返せ。

 

011:燭台

 商いを続ける分を残せ。

 

012:燭台

 盛るな、分けろ。

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「新標語が増えた」

 

 明石さんが画面の向こうで首を傾げた。

 

「何かありましたか」

 

「いえ、社内標語が増えました」

 

「社内標語」

 

「気にしないでください」

 

 明石さんは少しだけ目を細めたが、それ以上は聞かなかった。顧問税理士として、聞いてよいことと、聞かない方が仕事が進むことを分けている顔だった。

 

 澪は分配表を保存した。

 

 売上は引き出さない。

 

 記録して、分ける。

 

 そのために、まず教会へ行く。

 

 

 

 

 

 教会の礼拝堂は、洪水のあとでも、静かだった。

 

 床の隅にはまだ湿気の匂いが残っている。壁際には、乾かしている布や道具がまとめて置かれていた。シスターが木桶を運び、年長の子どもがその横で布を畳んでいる。司祭様は奥から出てきて、澪を見ると柔らかく頭を下げた。

 

 澪は小さな袋を両手で持った。

 

 中には小金貨が入っている。

 

「今日は、教会修繕材の材料代と、孤児院の子どもたちの手仕事の分、それから今後の協力費としてお持ちしました」

 

 司祭様が袋を見て、目を丸くした。

 

「これは、売れた額そのものですか」

 

「いえ。売上そのものではありません。税金分と、あたしの国でかかる手数料と、押入商会の取り分を分けたあと、材料代と手仕事の分としてお渡しします」

 

「そこまで分けるのですか」

 

「分けないと、あとで困るので」

 

 澪が真剣に言うと、司祭様は少しだけ笑った。

 

「篠原さんらしいですね」

 

「最近、記録しないと怖くなってきました」

 

「それは、よい怖さです」

 

 シスターも袋を受け取り、中を確認してから、澪へ深く頭を下げた。

 

「子どもたちの手仕事の分も入っているのですね」

 

「はい。刺繍小袋の分は、作った子たちにちゃんと返したいです。あと、次に作る時の布や糸にも使ってください」

 

 シスターの表情が、ほんの少し柔らかくなった。

 

「喜びます。あの子たちは、自分たちの縫ったものが本当に役に立ったのか、ずっと気にしていましたから」

 

 澪は胸の奥が少し温かくなった。

 

 その流れで、司祭様が奥の部屋へ案内してくれた。洪水後に腹痛を起こした子どもたちのうち、まだ休んでいる子が数人いる。顔色は悪いが、前に見た時のように泣き続けている様子ではなかった。

 

「お腹の痛みは、いただいた薬と休息で落ち着き始めました」

 

 シスターが静かに言った。

 

「よかった……」

 

 澪は心底ほっとした。

 

 あの時、鑑定で適合を見て、ビオフェルミンやポカリを飲ませた。正露丸は大人や症状が強い者へ回し、子どもには合うものだけを使った。薬を使うと決めた時、怖くなかったわけではない。でも、使わずに見ているだけでは進まなかった。

 

 司祭様が、眠っている子どもの方を見た。

 

「ただ、怖がって眠れない子らがいました。腹の痛みは少し引いても、雨の音や、泥の匂いで泣き出してしまうのです」

 

 シスターが続ける。

 

「ミナの水を少し飲ませたら、泣き方が静かになったのです。すぐに治った、というより、顔つきが穏やかになって、やっと眠れた子がいました」

 

「ミナちゃんの聖水……」

 

 澪は、棚に置かれた小さな水差しを鑑定した。

 

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ミナの聖水

 分類:清め水/微弱聖水

 主効果:不安緩和、軽い鎮静、休息補助

 補助効果:体力回復の支え

 腹痛治癒:直接効果は弱

 推奨:薬・水分補給・休息との併用

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「薬でお腹を落ち着かせて、聖水で気持ちを落ち着かせたんですね」

 

 シスターがうなずく。

 

「子どもは、痛みより先に怖さで泣き続けることがありますから」

 

 部屋の隅で、ミナが小さく立っていた。

 

 自分がすごいことをしたという顔ではない。むしろ、眠っている子どもたちを見て、ほっとしている顔だった。

 

「ミナちゃん、ありがとう」

 

 澪が言うと、ミナは少しだけ首を振った。

 

「水、飲んだら、泣くの少なくなっただけ」

 

「それがすごく助かったんだよ」

 

 ミナは照れたように、シスターの後ろへ隠れた。

 

 澪はその様子を見て、聖水はポーションでも薬でもないのだと思った。痛みを消すのではなく、怖さを少しほどく。眠れるようにする。回復の場所へ身体を戻す。

 

 それも、たしかに力だった。

 

 

 

 

 

 教会を出る前に、司祭様が少し表情を曇らせた。

 

「実は、もう一つ困ったことがあります」

 

 澪の背筋が伸びた。

 

 司祭様の視線は、セルマ工房の方角へ向いている。

 

「町外れの水路沿いにある薬草畑が、今回の水で傷んだそうです。孤児院の敷地ではありません。セルマさんの工房や町の薬に関わる畑です」

 

「薬草畑……」

 

 澪はすぐ、第36話で見た場所を思い出した。

 

 水路の真横ではなく、少し離れた場所。木陰が半分かかる低い畝。治癒草が、影と湿り気の境目のような区画にまとまっていた。管理人がムシメガネで葉裏の虫や病気の斑点、葉脈の透明な汁を確認していた。

 

 そこが被害を受けた。

 

 セルマ工房へ向かう途中、リュシアも合流した。司祭様から話を聞いていたらしく、顔がいつもより険しい。

 

「薬草畑がだめになると、薬の値は跳ねるよ」

 

 リュシアは歩きながら言った。

 

「腹を壊した人や熱を出した子がいる。復旧で疲れた人もいる。薬はいる。けど薬草が減る」

 

「治癒草や薬効草が減ると、セルマさんの薬効露も減る」

 

「そうなると、金を持ってるところから買い占める。市場の小さい連中には回らなくなる」

 

 澪は立ち止まりかけた。

 

 ポーション価格の高騰。

 

 それは、株価でも為替でもなく、今ここにいる人たちの手当てに直結する値上がりだった。

 

「つまり、畑を戻さないと、薬が高くなる……」

 

「そういうことだね」

 

 セルマ工房で話を聞いたセルマも、すぐに立ち上がった。

 

「薬効露が減れば、作れるものも減る。畑を見に行く必要があるわ」

 

 澪は頷きかけて、現代側のホームセンターの園芸売り場を思い出した。

 

「一度、戻ります」

 

 リュシアが眉を上げる。

 

「何を買いに行くんだい」

 

「畑を戻すものです」

 

 言ってから、澪は少しだけ顔をしかめた。

 

 またホームセンターである。

 

 

 

 

 

 ホームセンターの園芸売り場は、洪水対策用品売り場とはまったく違う匂いがした。

 

 土の匂い。

 

 肥料の匂い。

 

 プラスチック製の鉢と、支柱と、ジョウロと、園芸ラベルが並ぶ棚。

 

 澪はカートを押しながら、買うものを入れていった。

 

 植物活力剤。

 

 液体肥料系。

 

 園芸ラベル。

 

 麻紐。

 

 手袋。

 

 小型スコップ。

 

 育苗トレー。

 

 支柱。

 

 バケツ。

 

 ジョウロ。

 

 土壌改良材。

 

 途中で鑑定が、用途の合いそうなものを薄く光らせた。前のドラッグストアほど派手ではないが、必要なものが棚の中で少し浮いて見える。

 

 澪はそれをカートへ入れていく。

 

 レジに向かう頃には、カートはすっかり園芸部の買い出しになっていた。

 

 支払い画面を見て、澪は心の中で泣いた。

 

 これも経費で落ちないのね。

 

 会社経費ではない。

 

 説明できない。

 

 押入商会の現代側商品販売に直接関係するかと言われたら、薬草畑復旧は異世界側の話だ。明石さんに見せたら、まず個人口座で、と言われる未来が見える。

 

 澪は個人のカードを出した。

 

「薬草畑復旧用品です。個人負担です。はい」

 

 店員には聞こえないくらいの声で言い、レシートを受け取る。

 

 レシートは、会社用封筒ではなく、個人負担メモのクリアファイルへ入れた。

 

 白金でお金が入ったはずなのに、なぜ個人口座はこうやって削れていくのか。

 

 澪はカートを押しながら、少し遠い目をした。

 

 でも、止めない。

 

 買った。

 

 持っていく。

 

 畑を戻す。

 

 

 

 

 

 町外れの水路沿いの薬草畑は、澪の記憶よりも沈んで見えた。

 

 水路そのものからは少し離れている。だが今回の雨と泥は、畑の低い側へ流れ込み、畝の形を崩していた。木陰が半分かかる区画も、湿った泥の匂いが強い。治癒草がまとまっていたはずの場所には、泥をかぶった葉と、流れた木札が散らばっている。

 

 管理人は、膝をついて葉を見ていた。

 

 片手にはムシメガネがある。

 

 葉裏を覗き、斑点を見て、茎を少し割って葉脈の透明な汁を確かめる。その手つきは慣れているが、顔には疲れが出ていた。

 

「札が流れたのが痛い。根まで泥に浸かった株もある」

 

 管理人は澪たちを見ると、すぐにそう言った。

 

 セルマが畝を見て、眉を寄せる。

 

「思ったより泥が入っているわね」

 

 リュシアは靴の底を泥に取られながら、畑全体を見回した。

 

「ここがだめになると、本当に値が跳ねるよ」

 

 澪は収納から道具を出した。

 

 園芸ラベル。

 

 麻紐。

 

 手袋。

 

 小型スコップ。

 

 育苗トレー。

 

 植物活力剤。

 

 ジョウロ。

 

 バケツ。

 

 土壌改良材。

 

 管理人が、見慣れない道具の山に目を丸くした。

 

「これは……畑道具か?」

 

「畑道具です。たぶん」

 

「たぶん」

 

「使いながら確認します」

 

 澪は畑へ向き直り、鑑定した。

 

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薬草畑

 状態:洪水後被害

 被害:泥流入、畝崩れ、札流れ、根腐れ疑い

 生存株:あり

 要処分株:あり

 苗床避難推奨株:あり

 分類不能株:多数

 推奨:生存株分け、傷み株処分、畝上げ、排水溝、札再作成、苗床分離

----------------------------------

 

「分けます。生きてる株、駄目な株、苗床へ避難させる株、分からない株」

 

 管理人がムシメガネを下ろした。

 

「分けられるのか」

 

「鑑定で見ます。あと、札を作り直します」

 

 澪は手袋をはめた。

 

 泥をかぶった株を一つ鑑定する。

 

----------------------------------

治癒草

 状態:泥かぶり、根弱り

 根腐れ:軽度

 生存見込み:あり

 推奨:泥落とし、傷葉除去、苗床避難

 補助:薄めた植物活力剤

 注意:原液使用不可

----------------------------------

 

「これは助かります。泥を落として、傷んだ葉を取って、苗床へ」

 

 別の株を鑑定する。

 

----------------------------------

薬効草

 状態:根腐れ進行

 生存見込み:低

 薬草利用:非推奨

 推奨:処分

----------------------------------

 

「これは処分です。薬草として使わない方がいい」

 

 管理人が表情を固くしたが、すぐに頷いた。

 

「分かるなら、早い。迷って置いておく方が、畝全体を悪くする」

 

 澪はほっとした。

 

 止まらない人だ。

 

 管理人は、駄目なものを駄目と言われて怒るのではなく、作業が進むことを優先する人だった。

 

 澪は植物活力剤を取り出した。

 

 管理人が瓶を見る。

 

「薬草に薬を使うのか」

 

「言われると、ちょっと変ですね。でも、草用です。人が飲む薬じゃなくて、根とか葉を助けるやつです」

 

 セルマが瓶を受け取り、匂いを確かめ、鑑定表示を横から覗くように澪を見た。

 

「治す薬ではなく、持ち直す力を助ける薬ね」

 

「そうです。元気玉の小さいやつです」

 

 リュシアが肩をすくめる。

 

「説明が急に雑になったね」

 

「こっちの方が伝わるかと思って」

 

「伝わってるのが悔しいよ」

 

 澪は活力剤を原液で使わないよう、バケツに水を汲み、薄めた。鑑定で濃さを見る。

 

----------------------------------

植物活力剤希釈液

 用途:根弱り株の回復補助

 濃度:使用可

 注意:原液使用不可

 注意:根腐れ進行株には非推奨

----------------------------------

 

「これでいきます。助かる株だけ。駄目な株には使いません」

 

 管理人はすぐに畝の向こうへ声をかけ、手伝いの者を呼んだ。

 

 澪は育苗トレーへ苗床避難株を移す。根を傷めないよう、小型スコップで土ごとすくう。泥は落としすぎない。傷んだ葉は取り、株元へ薄めた活力剤を少しだけ与える。

 

 園芸ラベルには、鑑定で分かった名前を書いた。

 

 畝の端に刺す札。

 

 株の近くに麻紐で結ぶ札。

 

 2種類。

 

「札は2種類にします。畝の札と、株の札。片方が流れても、もう片方が残るように」

 

 管理人が驚いたように見た。

 

「そこまでやるのか」

 

「前に札が流れたので」

 

「流れた」

 

「今まさに」

 

「なるほど」

 

 管理人は短く頷き、すぐに同じように札を結び始めた。

 

 リュシアはその様子を見て、少し笑った。

 

「こういうところは早いね」

 

「早くしないと薬が高くなるんですよね」

 

「そうだよ。だから今やる」

 

 澪は泥の中でしゃがみ込みながら、フリマアプリの売上画面を思い出した。

 

 高く売れた。

 

 でも、そのお金は画面の中だけに置いておくものではない。

 

 教会の修繕材の対価になり、孤児院の子どもの手仕事報酬になり、薬草畑を戻す道具になる。

 

 澪は司祭様とセルマ、管理人へ説明した。

 

「これは、ただのお礼じゃなくて、薬草畑を戻すためのお金にもしたいです。材料代と手仕事の分と、薬草畑復旧の協力費として記録します」

 

 リュシアが頷いた。

 

「それなら、薬の値上がりを抑える金になるね」

 

 セルマも泥のついた治癒草を見ながら言った。

 

「薬効露が減れば、作れるものも減る。畑を戻す方が先ね」

 

 管理人は手元のラベルを見た。

 

「この札が残れば、次に見た時に迷わずに済む」

 

 澪は頷いた。

 

「迷う時間を減らします」

 

 その言葉は、自分にも向いていた。

 

 

 

 

 

 六畳間に戻った時、澪の靴下は泥がついていなかったが、気持ちは泥まみれだった。

 

 ローテーブルに、スマホの売上画面、ホームセンターのレシート、薬草畑の復旧メモを並べる。

 

 フリマ売上。

 

 手数料。

 

 送料。

 

 税金見込み。

 

 押入商会取り分。

 

 教会・孤児院支払い。

 

 薬草畑復旧協力費。

 

 ホームセンター購入品。

 

 個人口座支払い。

 

 薬草畑復旧用品の持ち込み記録。

 

 活力剤使用量。

 

 苗床避難株。

 

 澪は電卓を叩き、個人口座の残高を見た。

 

「売れたのに、個人口座は減ってる……」

 

 本棚の上の燭台を鑑定するまでもなく、表示が出た。

 

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013:燭台

 商いは、流れ。

 

014:燭台

 必要なところへ戻せ。

 

015:燭台

 盛るな、分けろ。

----------------------------------

 

「標語がまた増えた」

 

 澪は額を押さえた。

 

 けれど、レシートは捨てなかった。メモも閉じなかった。フリマアプリの売上はすぐ引き出さない。法人側で記録する。教会へ返し、孤児院の手仕事へ返し、薬草畑へ返し、押入商会の記録へ残す。

 

 再生ガラス杯は、ただの杯では終わらなかった。

 

 刺繍小袋も、木彫も、金具台座も、ただ売れて終わりではなかった。

 

 売上は、手数料になり、税金見込みになり、小金貨になり、園芸ラベルになり、薄めた活力剤になり、薬草畑の苗床になった。

 

 澪は電卓を置いて、深く息を吐いた。

 

「盛らなかったのに、高くなって。高くなったのに、あたしの財布は減ってる……」

 

 鑑定欄が静かに出る。

 

----------------------------------

016:燭台

 循環、良。

----------------------------------

 

「良、じゃないです。個人口座は良じゃないです」

 

 それでも澪は、薬草畑の復旧メモを閉じなかった。

 

 次に見に行く株の欄へ、赤いペンで丸をつけた。

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