押入家具商会の工房では、朝から短い回転音が何度も響いていた。
ヴィ、と鳴って、止まる。
また、ヴィ、と鳴って、止まる。
そのたびに、マホガニーの細い脚材へ下穴が入っていく。棟梁は最初、腕を組んだままその様子を見ていた。だが、3本目の脚材に、同じ位置、同じ角度で穴が入ったところで、とうとう黙っていられなくなった。
「下穴が揃うと、組み上がりまで違うな」
澪は作業台の横で、保護メガネを掛けたまま頷いた。
「はい。穴の位置が揃うと、ネジを入れた時にずれにくいです」
脚物職人は、クランプで固定された脚材を覗き込んでいた。2本の脚材が直角に押さえられ、差し金を当てても角が逃げない。
「手で押さえていたら、少しずつ逃げるところだ」
「クランプで止めてから作業します。手を入れる場所を減らせるので、安全にもなります」
「安全で、速い」
脚物職人は低く言った。
「これはまずい」
「まずいんですか?」
澪が聞き返すと、脚物職人は、真顔で答えた。
「楽しくなる」
リュシアが、工房の入口近くで腕を組み、楽しそうに笑った。
「職人がハイになってるね」
実際、職人たちは少しおかしかった。
キャビネット職人は、扉用の板をクランプで仮止めし、ノギスで厚みを確かめ、差し金で角を見るたびに、口元を押さえていた。
「扉の隙間が、最初から近い」
それは褒め言葉なのか、恐怖なのか、澪にはよく分からなかった。
金具職人は、皿取り錐で作った浅い穴を指で撫でている。ネジ頭が沈む。金具が浮かない。取っ手の座が、板にぴたりと寄る。
「今まで、ここを合わせるのに、どれだけ削ったと思っている」
「すみません」
「謝るな。腹が立つほど便利だ」
仕上げ職人は仕上げ職人で、サンダーを使った後のマホガニーの面を、斜めから光にかざしていた。均一に整った面に、木目が深く浮かぶ。その後、手で磨くと艶が一段上がる。
「機械だけでは駄目だな」
仕上げ職人が言った。
「最後は手で触らないと分からない」
「はい。そこは職人さんの仕事です」
「だが、そこへ行くまでが速い」
仕上げ職人は、嬉しそうに、少し悔しそうに言った。
黒板の工程欄には、白い線が1本ずつ引かれていく。
木材選定。
板取り。
下穴。
皿取り。
仮組み。
補強。
研磨。
仕上げ。
今まで親方の頭の中と職人の手の中にあった流れが、黒板の上で白い文字になり、職人たち自身がそこへ線を引いていく。
澪はその光景を見ながら、思った。
この人たちは、道具に負けていない。
道具で、もっと面倒なことをやろうとしている。
最初に安定したのは、サイドテーブルだった。
マホガニーの木目を見せる天板。細く見える脚。座って見る高さでは目立たない内側補強。小さな引き出し。取っ手は控えめで、触ると分かる程度の存在感に抑えられている。
脚物職人が、完成した1台を床へ置いた。
棟梁が天板の角を押す。
ぐらつかない。
キャビネット職人が引き出しを開ける。
引っかからない。
仕上げ職人が天板に手を滑らせる。
木目が手の下で静かに流れる。
澪は鑑定をかけた。
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マホガニー・サイドテーブル
分類:家具/販売候補
素材:マホガニー
構造:天板、細脚、内側補強、小引き出し
木目:良
脚の安定:良
引き出し:滑り良
仕上げ:良
写真適性:高
販売候補:可
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「写真適性、高いです」
澪が言うと、仕上げ職人が眉をひそめた。
「写真適性とは何だ」
リュシアがすぐに答えた。
「澪の国では、写真に好かれるかどうかも値段になるんだよ」
脚物職人が完成したサイドテーブルを見下ろした。
「家具が写真に好かれる……嫌な国だ」
「売れる国です」
澪は真面目に答えた。
嫌な国でも、売れる国なのだ。
2台目は、1台目より早くできた。
3台目は、脚の角度を測る前に、脚物職人が自分でノギスを取りに行った。
4台目になると、黒板の前で棟梁と脚物職人が、内側補強の位置を少し変える相談を始めた。
「写真では見えにくく、強度は落とさない」
「こっちへ逃がす」
「いや、引き出しと干渉する」
澪はその会話を聞いて、黙ってメモを取った。
もう、澪がいちいち指示しなくても、職人たちが「あたしの国で売る家具」の条件を自分たちの言葉に変え始めている。
それが嬉しい。
そして、少し怖い。
なぜなら、できる家具の数が増え始めていたからだ。
キャビネットは、もっと面倒だった。
箱組み。扉。引き出し。棚板。脚。金具。仕上げ。
どこか1つがずれると、写真で見た時に分かる。澪がそう言ってしまったせいで、キャビネット職人は、扉の隙間を見るたびに眉間に皺を寄せるようになった。
「隙間を見られると言われると、気になって眠れん」
「すみません」
「だが、揃うと気持ちいい」
澪は返事に困った。
金具職人は、取っ手の取り付け位置を何度も確認している。下穴を開け、皿取りをして、座金を合わせる。取っ手は小さい。目立たない。だが、指をかけると冷たすぎず、角が当たらない。
「取っ手が目立たないのに、触ると分かる。こういう金具も悪くない」
金具職人は、少し不本意そうに言った。
澪は鑑定をかける。
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マホガニー・キャビネット
分類:家具/販売候補
素材:マホガニー
構造:箱組み、左右扉、引き出し、脚付き
木目連続:良
扉隙間:均一
取っ手:控えめ、触感良
仕上げ:艶良
写真適性:非常に高
販売候補:可
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「写真適性、非常に高いです」
キャビネット職人が、勝ったような顔をした。
リュシアが笑う。
「文句を言いながら、全員楽しそうだね」
「楽しくはない」
キャビネット職人は即答した。
だが、その手は、次の扉板の木目を合わせに行っていた。
仕上げ職人は、扉の左右で木目がつながる位置を確認しながら、低く言った。
「次はもっと合わせられる」
棟梁がそれを聞き、苦笑した。
「全員、うるさくなったな」
「売れてから、もっと言いますよ」
リュシアが言うと、職人たちは嫌そうな顔をした。
でも、誰も手を止めなかった。
サイドテーブルとキャビネットが予定より早く仕上がり始めると、棟梁がマホガニーの大きな板を見て言った。
「この道具とこの木なら、大きい天板もいける」
澪は、嫌な予感と期待を同時に覚えた。
「ダイニングテーブルですか」
「そうだ」
脚物職人が、すぐに口を挟む。
「椅子もだ。椅子は脚と背で嘘が出る」
「椅子も……」
澪は北欧家具カタログで見た価格を思い出した。
「あたしの国で椅子1脚10万円級を見ました」
工房が止まった。
職人たちが、ほとんど同時に澪を見た。
「椅子で?」
「椅子で」
澪は頷いた。
リュシアが、職人たちの顔を見回した。
「全員、目が変わったね」
椅子は、小物ではない。
ダイニングテーブルも、小物ではない。
けれど、この工房には保管場所がある。作る職人がいる。現代側に全部持ち込む必要はない。写真を撮り、寸法を書き、売れる分だけ押入商会が仕入れる。
澪は深く息を吸った。
「やりましょう。ただし、工程表を作ってからです」
棟梁が黒板へ向かった。
「なら、脚からだ」
脚物職人がその横に立つ。
「椅子は背の角度も書け」
キャビネット職人が、呆れたように笑った。
「箱物だけでは済まなくなったな」
リュシアが満足そうに腕を組んだ。
「家具商会らしくなってきたじゃないか」
澪は小さく呟いた。
「家具、怖い」
まだ売れてもいないのに、怖かった。
現代側の六畳間では、澪が販売ページ作りに追われていた。
北欧風マホガニー家具。
サイドテーブル。
キャビネット。
ダイニングテーブル。
椅子。
写真、寸法、材質、重量、木目の個体差、配送条件、返品条件、輸入仕入れ品であること。
書くことが多い。
多すぎる。
澪はノートパソコンの画面を見ながら、何度も手を止めた。
家具は写真で買われる。
でも、写真で信用を失うこともある。
木目は1台ごとに違う。傷ではない揺らぎもある。重量も書く。搬入経路の確認も必要。返品条件も書く。配送は専門便を使う。六畳間に全部置かない。完成品の大部分は異世界側工房で保管する。
「小さくしない。家具として売る」
澪は自分に言い聞かせるように呟いた。
フリマアプリにも一部を出すが、家具は専用ページを作る。写真を並べ、制作風景へ飛べるようにし、職人の手元を見せる。安心して購入できる雰囲気を作る。
ただの「珍しい家具」では足りない。
ちゃんと作っている家具だと思ってもらう必要がある。
澪はスマホを持って、再び押し入れへ向かった。
次は動画だ。
家具工房では、澪がスマホを構えるたびに職人たちが微妙な顔をした。
「作るところまで見せるのか」
棟梁が言った。
「見せます。あたしの国では、どう作っているかを見ると安心する人がいます」
「手元を見られるのは落ち着かん」
棟梁はそう言ったが、仕上げ職人は別だった。
「だが、磨きは見せたい」
リュシアが目ざとく拾う。
「見せたいんだね」
「艶が出るところは、見せたい」
仕上げ職人は、マホガニーの板に光を当て、手で磨きながら角度を変えた。濃い木目が、ゆっくりと艶を増していく。
澪はそこを撮った。
ハンドドリルで下穴を開ける手元。
皿取り錐でネジ頭の穴を整えるところ。
サンダーで面を揃え、最後に手で磨くところ。
黒板の工程表に白い線が引かれるところ。
キャビネットの扉を閉めた時、木目が左右でつながるところ。
職人の顔は映しすぎない。手元、木材、道具、工房の空気を中心に撮る。
リュシアが横で見ていた。
「職人の顔を出さないのかい」
「出しすぎると、いろいろ聞かれます。手元と雰囲気で十分です」
「澪の国は、写真だけでなく動画でも面倒だね」
「はい。でも、売れます」
「便利な言葉だ」
澪は否定しなかった。
撮影用に整えた部屋には、完成したサイドテーブルとキャビネットが置かれていた。
マホガニーの濃い木目に、柔らかい布と本、小さな花瓶を合わせる。キャビネットの上には余計な物を置かない。扉を開けた写真も撮る。引き出しに手をかける写真も撮る。
そこへ、エレナが入ってきた。
貴族風の衣装を着ている。熟したチェリーのような赤毛が、きれいに結われ、琥珀色の目がマホガニーの艶と妙に合っていた。
澪は、一瞬だけ言葉を失った。
これは、映える。
「家具の横に立つだけでいいの?」
エレナが聞いた。
「立つだけではなく、椅子に座ったり、サイドテーブルへ本を置いたり、扉を開けたりしてください」
「家具の使い方を見せるのね」
「はい。あたしの国では、使っているところが見えると、部屋に置いた時を想像しやすいです」
リュシアが、にやりと笑った。
「姫様が広告塔になるわけだね」
「あたしの国では、姫様とは言いません」
「じゃあ何て言うんだい」
「クラシック衣装のモデル、です」
エレナが少し首を傾げた。
「クラシック?」
「古風で上品、くらいの意味です」
「それならいいわ」
エレナはキャビネットの横に立ち、片手を扉の取っ手へ添えた。
澪はスマホの画面越しに見る。
家具の木目。
エレナの赤毛。
衣装の布。
取っ手に添えられた指。
これは家具の写真だ。
家具の写真なのだ。
澪は自分に言い聞かせながら、撮影ボタンを押した。
動画を投稿すると、反応は想像より早かった。
澪は六畳間で、スマホのコメント欄を見ていた。タイトルは、北欧風マホガニー家具、職人の手仕事、サイドテーブル制作、キャビネット制作。説明文には、輸入仕入れ品、手仕事、木目の個体差、受注・配送条件を丁寧に書いている。
コメント欄は、まず木目に反応した。
それから、職人の手元。
それから、エレナ。
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コメント欄
「木目がすごい」
「この職人の手元ずっと見ていられる」
「キャビネットの扉の木目がつながってる」
「モデルさんが映画みたい」
「家具よりモデルが気になる」
「どこの撮影スタジオ?」
「本当に手作りなのに精度高い」
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澪はスマホを見ながら、頭を抱えた。
「家具を見てください。いや、見てくれてる。見てくれてるけど、エレナさんも見られてる……」
ただ、結果として家具ページへの流入は増えた。
マホガニーのサイドテーブルに問い合わせが来る。キャビネットの扉の木目について質問が来る。椅子の入荷予定を聞かれる。ダイニングテーブルのサイズ違いはあるかと聞かれる。
澪は返信テンプレートを整え、寸法表を確認し、配送条件を見直した。
六畳間の机の上には、家具の写真、動画のメモ、配送業者のページ、会計メモ、明石さんへの相談下書きが広がる。
家具は大きい。
やることも大きい。
そして数字も、大きくなり始めていた。
1か月後。
澪は販売管理画面を見たまま、しばらく動かなかった。
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販売管理画面
サイドテーブル
完成数:20台
販売数:18台
販売価格:128,000円
売上:2,304,000円
キャビネット
完成数:10台
販売数:8台
販売価格:360,000円
売上:2,880,000円
ダイニングテーブル
完成数:3台
販売数:3台
販売価格:580,000円
売上:1,740,000円
椅子
完成数:24脚
販売数:20脚
販売価格:128,000円
売上:2,560,000円
合計販売済み売上:9,484,000円
完成品総額:10,972,000円
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「え、1か月で948万円?」
澪は声に出した。
六畳間は静かだった。静かなのに、画面の数字だけがうるさい。
「いや、売上です。利益じゃないです。送料も手数料も仕入れも税金もあります。ありますけど……」
もう一度、数字を見る。
変わらない。
「家具、怖い」
怖いので、計算する。
計算しないともっと怖い。
澪はスプレッドシートを開いた。販売価格のおおむね3分の1を、異世界側の押入家具商会への仕入れとして入れる。家具そのものの代金だ。そこから異世界側で、職人給金、木材代、金具代、工房維持費、次回材料費が払われる。
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家具販売・仕入れ整理
合計販売済み売上:9,484,000円
押入家具商会への仕入れ:約3,161,000円相当
現代側・押入商会の粗利:約6,323,000円
設備貸付返済:初月800,000円相当
残額:次月以降返済予定
控除・引当:
販売手数料
送料
梱包材
広告費
税金見込み
返品引当
設備貸付返済処理
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「売上、948万4000円」
澪は指で数字をなぞった。
「仕入れが、だいたい316万円相当」
さらに電卓を叩く。
「現代側の粗利が、約632万円」
そこで、一度息を吸う。
「ここから手数料、送料、梱包、広告、税金、返品引当……」
画面を見る。
「やっぱり家具、怖い」
怖いが、数字は動いている。
現代円が、入っている。
異世界側の押入家具商会では、リュシアが帳面を開いていた。
机の上には金貨と銀貨が小皿ごとに分けられている。職人給金。木材代。金具代。仕上げ材料。工房維持費。次回材料費。設備返済分。
リュシアは、金貨を数えながら笑った。
「金貨を寝かせるより、木にして売った方が動くね」
棟梁は給金袋を受け取り、重さを確かめた。
「これだけ動くなら、次の材も仕入れられる」
木材商が、工房の端に立てかけられた板を見ながら言った。
「マホガニーをもっと見るか」
「見るよ。ただし、板取りで売れるものをね」
リュシアが即答する。
金具職人は、自分の取り分を受け取りながら、次の取っ手の形を考えている顔をしていた。仕上げ職人は、仕上げ用の油と布を増やす相談をしている。脚物職人は、椅子の背の角度を黒板に書き始めていた。
金貨が動いている。
職人へ渡り、木材商へ渡り、金具へ渡り、工房へ渡る。
澪が溜めていた金貨が、寝たままではなく、町の中を回り始めていた。
リュシアは帳面を閉じずに、次の小皿へ金貨を移した。
「こっちは、澪への道具代の返しだね」
六畳間で、澪は明石さんとの通話メモを前にしていた。
「家具の仕入れ値と、道具代の返済は分けます」
自分で言いながら、メモに線を引く。
「家具は家具として、押入家具商会から買う。工具代は、工房立ち上げの立替金として、押入家具商会に返してもらう」
画面の向こうで、明石さんが頷いた。
「分けてください」
「混ぜると、明石さんに怒られる」
「怒るというより、分けてください」
「同じ意味です」
「違います」
澪は少しだけ笑った。
木工道具、太陽電池、ポータブル電源、バッテリー、充電器、作業灯。それらは現代側の押入商会が先に購入した。工房立ち上げ用設備として、異世界側の押入家具商会へ貸付、あるいは立替として記録する。
家具の仕入れ代金と、設備貸付返済は別。
広告費も別。
送料も別。
梱包材も別。
税金見込みも別。
全部、別。
澪はメモの端に、小さく書いた。
家具は大きい。
帳簿も大きい。
その下に、さらに小さく書く。
明石さんは怖い。
その夜、澪は帳簿を見ていて、ふと手を止めた。
異世界側の金貨を、押入家具商会で職人給金や木材代として使う。
家具ができる。
現代側の押入商会が、家具を輸入購入扱いで仕入れる。
現代で円で売る。
澪には現代円が入る。
構造だけ見ると。
澪は口を開きかけた。
「これ、構造だけ見ると……」
そこで、口を閉じた。
家具は本物だ。
職人は働いている。
木材商も金具職人も給金を得ている。
購入者は家具を買って満足している。
帳簿も記録している。
誰も損していない。
澪は、ゆっくり帳簿の摘要欄へ書いた。
押入家具商会より、マホガニー家具仕入れ。
押入商会、国内販売。
設備貸付返済、初月分受領。
そこまで書いてから、もう一度、自分に言い聞かせるように言った。
「……家具の輸入販売です」
リュシアがそばにいたら、きっと首を傾げただろう。
何かまずいのかい、と聞いただろう。
澪は答える。
いえ。書類上は、家具の輸入販売です。
ならいいじゃないか、とリュシアは言う。
はい。いいんです。たぶん。
澪は、それ以上考えるのをやめた。
世の中には、考えすぎると寝つきが悪くなる商流がある。
翌日、異世界側の家具工房では、黒板がまた白い文字で埋まり始めていた。
サイドテーブル、次回20台。
キャビネット、次回10台。
ダイニングテーブル、天板選定。
椅子、背角度試作。
太陽電池充電、午前。
バッテリー確認、澪。
工具清掃、各自。
キャビネット職人が、黒板の前で腕を組んでいた。
「次の扉は、木目をもっと合わせる」
脚物職人は、椅子の背の図を描いている。
「椅子は、背の角度を詰めたい」
仕上げ職人は、マホガニーの板を撫でた。
「艶はまだ上がる」
棟梁が呆れたように言った。
「全員、うるさくなったな」
リュシアが笑う。
「売れてるからね」
太陽電池パネルは工房の外で光を受け、ポータブル電源の箱には力が戻っていく。職人たちはもう、その箱をただの奇妙な道具として見ていなかった。ハンドドリルもサンダーも、黒板も、工程表も、工房の一部になり始めている。
澪がいなくても、現場が動く。
それが、この家具事業の一番大事なところだった。
六畳間の小さな机の上には、販売管理画面、YouTube動画の再生数、家具工房の写真、帳簿、設備貸付返済メモが並んでいた。
澪は販売管理画面を閉じ、帳簿に最後の行を入れた。
押入家具商会より、マホガニー家具仕入れ。
押入商会、国内販売。
設備貸付返済、初月分受領。
そこまで書いてから、ペンを止める。
「……家具の輸入販売です」
もう一度、声に出した。
六畳間の小さな机の上で、現代円の売上と、異世界側の金貨の流れと、マホガニーの木目の写真が並んでいた。
どれも本物だった。
少なくとも、家具は本物だった。
スマホには、エレナがマホガニーのキャビネットの横で微笑んでいる動画のサムネイルが出ている。コメント欄では、家具の木目とモデルの美しさが同じくらい語られていた。
澪は頭を抱えた。
「家具、怖い」
その頃、異世界側の家具工房では、職人たちが黒板の前で次のダイニングテーブルの脚の角度について言い争っていた。
太陽電池パネルは、また翌日の光を待っていた。