押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第52話 日本の夏、異世界の夏

 

 7月のホームセンターは、入口からもう夏だった。

 

 店の自動ドアが開いた瞬間、澪の顔に冷房の風が当たり、同時に、棚いっぱいに並んだ青い冷感タオル、白い小型扇風機、蚊取り線香の緑の箱、竹のすだれ、うちわ、首に巻く冷却リングが視界へ飛び込んできた。

 

 澪はカートの取っ手を握ったまま、しばらく立ち止まった。

 

「ネッククーラーというのがあるんだけど……」

 

 独り言だった。

 

 棚には、冷蔵庫で冷やすタイプ、水につけるタイプ、電気を使うタイプ、首にかけるだけのリングタイプが並んでいる。値段は思ったより幅があり、安いものは試しやすく、高いものは見るからに富裕層向けの商品顔をしていた。

 

 澪はスマホでレビューを確認し、首冷却リングを手に取り、冷感タオルもカートへ入れた。

 

「買う〜」

 

 言ってから、カートの中を見た。

 

 ネッククーラー、冷感タオル、うちわ、蚊取り線香、蚊取り線香立て、すのこ、小型扇風機、延長コード、虫よけ用品、保冷材。

 

 そして、スーパーで買う予定のスイカ。

 

 家具事業で現代円が入った。だからと言って、買い物が怖くなくなったわけではない。むしろ、押入商会代表として買う物の種類が増えたせいで、買い物の意味が重くなっている。

 

 ただ、今回は必要だ。

 

 異世界側は7月に入り、かなり暑くなっているはずだった。補水飲料は続いているはずだが、あれだけで夏の全部を押し返せるわけではない。暑さは、休ませないと人を削る。澪は前に自分が倒れかけたことも、教会の子どもたちが腹を壊したことも思い出していた。

 

 家電売り場で扇風機を2台選んだ。セルマ工房と家具工房には太陽電池発電とポータブル電源がある。電気がある場所だけなら使える。万能冷房ではないが、熱気を動かせるだけでも違う。

 

 風鈴も買った。

 

 涼しくなるわけではない。けれど、音で涼しく感じるというのは、日本の夏の強引な知恵である。

 

 スイカは丸ごと2玉にした。冷えたスイカを持っていくなら、収納の出番だ。生ビールは売り場で一度足を止めたが、澪は自分で飲まない。飲まないが、夏の景色として必要な気がして、小型の樽ではなく、扱いやすい冷たい麦酒風の飲み物を少量だけ買った。

 

 子どもには出さない。

 

 自分も飲まない。

 

 澪は心の中で2回確認した。

 

 レジで会計を済ませる頃には、カートは完全に夏の避難所みたいになっていた。

 

 六畳間に戻った澪は、買ってきた品を床に並べ、収納へ入れるもの、冷やしておくもの、異世界側で最初に出すものを分けた。

 

 スイカには、保冷材を抱かせるようにして収納へ入れる。

 

「夏の幸せ、冷えたままお願いします」

 

 収納に頼むように呟いてから、澪は首冷却リングの箱を見た。

 

 リュシアがどう見るか。

 

 たぶん、買う。

 

 それも、全部買う顔をする。

 

 澪はその予感を、少し怖いと思った。

 

 

 

 

 

 異世界側の市場は、予想以上に暑かった。

 

 石畳から熱が返り、屋台の布屋根の下にも、逃げ場のない空気が溜まっている。香辛料の匂い、焼いた肉の匂い、果物の匂い、汗の匂いが混じり、通りを歩く人の声も少し重い。

 

 リュシアの屋台の裏では、子どもたちが日陰に座っていた。手元には、ペットボトルがある。澪が前に持ち込んだ再利用ボトルだ。中には、甘くて少し塩の入った補水飲料が入っている。

 

 ひとりの子が、両手でペットボトルを持ち、ちびちび飲んでいた。飲み終わると、フタをしっかり閉め、木箱の横へ戻す。

 

 それが、当たり前の動きになっていた。

 

 澪は胸の奥が少し軽くなった。

 

「誰もその後倒れていないのね。よかった……」

 

 リュシアは汗を拭きながら、屋台の奥から顔を出した。

 

「あのフタつき水筒と、塩の入った甘い飲み物が効いてるよ。暑い日は、あれを持ってない子の方が珍しくなってきた」

 

「よかった。水分補給、大事……」

 

「ただ、暑いのは暑い。倒れないのと、楽なのは別だからね」

 

「それです」

 

 澪は収納から、うちわと冷感タオルを出した。子どもたちが目を丸くする。うちわを扇いでやると、1人がすぐに真似をした。冷感タオルは水で濡らして絞り、首に当てる。子どもが「あ」と声を上げた。

 

「冷たい!」

 

「水で濡らして、首に当てます。ずっと冷たいわけじゃないけど、暑い時は楽になります」

 

 リュシアはそれを見ながら、もう商人の顔になっていた。

 

「これは安く売れるね。屋台の手伝い、荷運び、日向の仕事向け」

 

「冷感タオルはその辺りですね」

 

「で、澪。さっきから箱を抱えている方は?」

 

 見られていた。

 

 澪は収納から首冷却リングの箱を出した。

 

「これ、首を冷やす道具です。暑さ対策です」

 

 リュシアは箱を手に取り、重さを見て、形を見て、首に当てた。

 

 目が変わった。

 

「市場の子に配る値段じゃないね」

 

「ですよね」

 

「持ってきた分、全部買うよ」

 

「全部ですか?」

 

「暑さで金持ちが弱ってる時期だ。首を冷やせる道具なら、高く売れる」

 

 リュシアは箱を1つずつ積み上げていく。

 

「商家の旦那、貴族の奥方、工房主。暑いから仕事にならないって顔をしている連中が、いくらでもいる。これは庶民向けじゃない。高い金を出してでも涼みたい連中向けだ」

 

 澪は、補水飲料のペットボトルを見て、それから首冷却リングの箱を見た。

 

「補水飲料は庶民向け、ネッククーラーは富裕層向け……」

 

「そういうこと。夏は暑い。暑いなら、金持ちも財布を開ける」

 

 澪は在庫を抱えなくて済む安心と、リュシアの判断の早さへの軽い恐怖を同時に味わった。

 

 リュシアはもう、売る先を頭の中で並べている顔だった。

 

 

 

 

 

 澪は市場の屋台裏の日陰に、冷えたスイカを取り出した。

 

 丸い緑の皮を見た子どもたちが集まってくる。リュシアが包丁を用意した。澪は半分に割る前に、少しだけ間を置いた。

 

 包丁が入る。

 

 赤い果肉が現れた瞬間、子どもたちが一斉に声を上げた。

 

「赤い!」

 

「中が赤い!」

 

「水の果物?」

 

「だいたい合ってます」

 

 澪は三角に切り分け、子どもたちへ渡した。冷えた果肉を受け取った子が、まず恐る恐るかじる。

 

 次の瞬間、目が見開かれた。

 

「冷たい! 甘い! 水みたい!」

 

 別の子が、口いっぱいに頬張りながら、種を見せた。

 

「種も食べるの?」

 

「種は出してください。皮も基本は食べません」

 

「皮、硬い」

 

「食べなくていいです」

 

 赤い果汁が手につき、子どもたちが笑う。補水飲料を飲み、スイカを食べ、日陰でうちわを動かす。ほんの少しだけ、屋台裏の空気が明るくなった。

 

 リュシアはスイカを一口食べ、しばらく黙った。

 

「これは……売れるね」

 

「今日は売り物じゃないです。差し入れです」

 

「今日だけだろう?」

 

「今日は差し入れです」

 

「今日だけだね」

 

「リュシアさん」

 

 リュシアは笑って、子どもたちへ追加の一切れを配った。

 

 

 

 

 

 暑さは、日陰とうちわとスイカで少し和らいだ。

 

 それでも、屋台の裏に溜まる熱気は重い。子どもたちの額にはまだ汗が浮いている。補水飲料はある。だが、空気そのものが熱い。

 

 澪は、収納の中の清潔な水を意識した。

 

 水を出す。

 

 ただ出すのではなく、細かく。

 

 霧みたいに。

 

 ミナに水分離を教えた時のことを思い出す。泥水の上澄みを分けるように、状態を分ける。粒を細かくする。まとまりではなく、薄く広げる。

 

 澪は手を前へ出した。

 

 細かな水の粒が、ふわりと日陰の空気へ散った。

 

 子どもたちが顔を上げる。うちわの風に乗って、霧が肌へ触れた。冷たいというほどではない。けれど、汗をまとった肌に、ふっと軽い涼しさが生まれる。

 

「わ、雨?」

 

「雨じゃないです。細かい水です」

 

 澪はもう一度、少量だけミストを出した。

 

 万能な冷房ではない。使える水の量も限られる。けれど、日陰、風通し、うちわと合わせれば、体感は明らかに変わる。

 

 リュシアは目を細めた。

 

「これ、収納持ちがいれば市場で使えるね」

 

「え、商品じゃなくて人材の方ですか」

 

「水を運べて、細かく出せるなら、暑い日の屋台も荷運びも助かるよ。井戸から水を運ぶのも、休憩所へ霧を出すのも、収納持ちがいれば楽になる」

 

「収納持ちって、そんなにいます?」

 

「探すんだよ」

 

 リュシアは、もう周囲を見ていた。屋台を手伝う子、荷運びの若者、水場へ向かう女たち。誰が収納を持っているか。誰なら教えられるか。商売の目と、人材を拾う目が同時に動いている。

 

 澪は自分の手元の水の霧を見た。

 

 暑さ対策品のつもりで来たのに、人材発掘の話になっている。

 

 異世界の夏は、油断するとすぐ事業になる。

 

 

 

 

 

 セルマ工房は、扉を開けた瞬間に薬液と熱気が来た。

 

 火を使い、薬草を乾かし、瓶を並べ、調合をする工房である。暑くならないはずがない。セルマは髪をまとめ、袖をまくっていたが、いつもより少し眉間に皺が寄っていた。

 

「今日は、工房が煮えるわ」

 

「煮えないでください」

 

 澪は扇風機を取り出した。

 

 セルマは、羽根のついたそれを見て、すぐに興味を示した。

 

「この羽根が風を作るのね」

 

「はい。光でためた力を使います」

 

 ポータブル電源につなぎ、スイッチを入れる。羽根が回り、工房の空気が動いた。棚の上の紙が少し揺れ、乾かしていた薬草の端が浮く。

 

 セルマはすぐに扇風機の向きを変えた。

 

「薬液の匂いも少し逃がせる。でも、粉の近くでは駄目ね」

 

「風向き、大事です」

 

「風を作る道具は便利だけれど、雑に置くと材料が飛ぶわ」

 

「扇風機も錬金術師に怒られるんですね」

 

「道具はみんな怒られるものよ」

 

 澪は風鈴も取り出し、工房の窓辺に吊るした。ちりん、と細い音が鳴る。

 

 セルマが振り返った。

 

「これは?」

 

「風鈴です。音で涼しく感じます」

 

「音で……?」

 

「気分です」

 

 セルマはしばらく風鈴を見上げ、次に工房の熱気の中で鳴る小さな音を聞いた。

 

「気分も薬の一部みたいなものね」

 

「セルマさんが言うと、急に説得力が出ます」

 

 蚊取り線香を出すと、セルマは匂いに眉を動かした。

 

「虫除け?」

 

「はい。ただし火を使うので、置き場所と灰に注意です。薬草粉や紙の近くは駄目です」

 

「小さな火ほど、置き場を決めないと危ないわね」

 

 セルマは線香立てを石皿の上に置き、周囲から紙を遠ざけた。

 

 工房には、風鈴の音、扇風機の低い音、蚊取り線香の煙が加わった。

 

 涼しい、と言い切るには足りない。

 

 でも、少し働きやすくなった。

 

 セルマは冷えたスイカを一切れ食べて、目を丸くした。

 

「暑い日に食べる薬みたいね」

 

「薬じゃないです。夏の幸せです」

 

「幸せも、少量なら薬になるわ」

 

 澪は、セルマが薬に寄せて理解するのを、もう止めなかった。

 

 

 

 

 

 押入家具商会の家具工房は、木の匂いと汗の匂いが混じっていた。

 

 扇風機を出した瞬間、家具職人たちは一斉に寄ってきた。太陽電池発電とポータブル電源はすでに工房にある。電動工具の充電にも使っているので、電気そのものへの驚きは少し減っている。

 

 それでも、風が出る道具は別だった。

 

 澪が扇風機を回すと、職人たちの顔に風が当たった。

 

「おお」

 

 脚物職人が声を漏らす。

 

 次の瞬間、作業台の上の細かい木屑がふわりと舞った。

 

「風はいい。だが木屑が飛ぶ」

 

 棟梁がすぐに言った。

 

「作業中に直接当てるのは駄目ですね。休憩場所と換気用にします」

 

 澪は扇風機の向きを変え、工房の奥から入口へ空気を流すように調整した。仕上げ職人が顔をしかめる。

 

「粉の前に置くな。艶を出す前に全部つく」

 

「すみません」

 

「休憩場所ならいい。削っている最中は駄目だ」

 

「はい。扇風機も職人技が要ります」

 

 リュシアが横で笑った。

 

「そこまで職人技にするのかい」

 

 棟梁は真面目に頷いた。

 

「道具は便利だが、使いどころを間違えると仕事を増やす」

 

 まったくその通りだった。

 

 仕事の後、澪は冷えたスイカを出した。工房の隅の日陰に職人たちを集め、手を洗ってもらい、一切れずつ渡す。

 

 汗だくの職人たちは、無言で食べた。

 

「……冷たい」

 

 金具職人が言った。

 

「甘い」

 

 脚物職人が続けた。

 

 仕上げ職人は、赤い果肉を見ながら呟いた。

 

「水を食っているようだ」

 

「夏の果物です」

 

 澪が言うと、棟梁は皮のぎりぎりまで食べてから、真面目な顔で聞いた。

 

「この皮は何かに使うのか」

 

「漬物にすることもありますけど、今日は捨てます」

 

「漬けるのか」

 

「そこに食いつきます?」

 

 家具職人は、木だけでなく、皮も無駄にしたくないらしい。

 

 

 

 

 

 教会へ着いた時、澪はすぐに空気の重さに気づいた。

 

 礼拝堂の石壁は外よりましなはずなのに、昼の熱気がこもっている。孤児院側の部屋では、子どもたちが床に敷いた布の上で横になったり、壁にもたれたりしていた。うちわを動かしている子もいるが、手つきは弱い。

 

 ペットボトルの補水飲料は、木箱に並んでいる。シスターがひとりずつ飲ませ、飲んだ子の顔を確かめていた。

 

 ミナも、隅の椅子に座っていた。膝に手を置き、ぼんやりしている。顔色が悪いわけではないが、疲れていた。

 

 シスターは濡らした布を子どもの首に当てながら、澪へ頭を下げた。

 

「飲み物は続けています。ただ、この暑さですから、昼はどうしても消耗してしまいます」

 

「ミナも?」

 

 澪が聞くと、ミナは慌てて背筋を伸ばそうとした。

 

「大丈夫です」

 

「大丈夫そうに見えない大丈夫は、だいたい大丈夫じゃないです」

 

 ミナは黙った。

 

 澪は収納から冷えたスイカを取り出した。

 

 子どもたちの目が、少しだけ開いた。

 

「今日は、冷たい果物を持ってきました」

 

 赤い果肉を切り分けると、部屋の空気が少し変わった。子どもたちは最初、見たことのない赤い果物に戸惑ったが、最初のひと口で顔が戻った。

 

「冷たい」

 

「甘い」

 

「水みたい」

 

 市場の子どもたちと、まったく同じ反応だった。

 

 ミナも小さくかじり、口元を押さえた。

 

「冷たいです」

 

「暑い時に食べると、すごくおいしいんです」

 

 澪は子どもたちが少し落ち着いたのを見て、次に日陰の端へ立った。

 

「今から少しだけ、水を細かく出します。たくさんはできません。濡れすぎないようにします」

 

 司祭様もシスターも、不思議そうに見ている。

 

 澪は収納の中の清潔な水を意識した。

 

 市場でやったように、まとまりではなく、細かな粒へ。

 

 ふわり、と日陰に霧が出た。

 

 子どもが手を伸ばす。

 

「雨?」

 

「雨じゃなくて、細かい水です」

 

 シスターが息を呑んだ。

 

「こんなに細かく出せるのですか」

 

「収納で水を分けて、霧みたいに出してます。たくさんはできません」

 

 涼しさは、わずかだった。けれど、部屋の熱気が少しだけほどける。肌に触れる霧と、うちわの風が合わさり、子どもたちの表情が楽になる。

 

 ミナが、じっと澪の手元を見ていた。

 

「お水を、細かくして、ふわって出すんですよね?」

 

 澪は嫌な予感と期待を同時に覚えた。

 

「はい。そうですけど……」

 

 ミナは、自分の前に置かれた小さな器の水へ手をかざした。

 

 最初は、水滴がぽたぽた落ちただけだった。子どもたちが「あ」と声を上げる。ミナは少し眉を寄せ、もう一度、手元の水を見る。

 

 水を分ける。

 

 細かくする。

 

 聖水を作る時の、静かな感覚。

 

 それを、ふわりと広げる。

 

 次の瞬間、大粒の飛沫が、少しだけ細かくなった。

 

 ほんのわずかだが、霧に近い水が、ミナの手元から広がった。

 

「え、今ので覚えたの?」

 

 澪は思わず声を上げた。

 

 ミナは、驚いた顔で自分の手を見た。

 

「お水を、細かくして、ふわって出すんですよね?」

 

「説明が合ってる……」

 

 シスターがすぐにミナの肩へ手を置いた。

 

「ミナ、無理をしてはいけません」

 

「少しだけです。暑い子に、少しだけ」

 

 澪は鑑定をかけた。

 

----------------------------------

ミナ

 水分離:成長中

 聖水:微弱

 新規応用:ミスト化

 効果:少量の清潔な水を細かく散らす

 用途:暑さ対策、休息補助

 注意:大量使用不可

 注意:清潔な水を使うこと

 注意:疲労時の連続使用非推奨

----------------------------------

 

 澪は表示を見て、深く息を吐いた。

 

「ミナ、覚えるの早すぎます」

 

 ミナは、少しだけ誇らしそうに、でもすぐに疲れた顔になった。

 

 シスターがその顔を見て、きっぱり言った。

 

「今日はもう休みです」

 

「はい」

 

 ミナは素直に頷いた。

 

 澪は、ミスト化が万能な冷房ではないことを、司祭様とシスターに説明した。使う水は清潔なものにすること。暑い子に少しだけ使うこと。疲れている時に連続して使わせないこと。補水飲料と日陰と休憩を続けること。

 

 司祭様は静かに頷いた。

 

「水を飲ませ、休ませ、それでもつらい時に、少し助けるのですね」

 

「はい。魔法の冷房ではなく、暑さを少し逃がす手段です」

 

 ミナはその言葉を聞きながら、スイカをもう一口食べていた。

 

 

 

 

 

 夕方、リュシアの屋台裏で、澪は大人向けの冷たい麦酒風の飲み物を少量だけ出した。

 

 子どもたちはもう帰らせている。残っているのは、リュシアと、屋台周りの大人たちだけだ。

 

「これは大人用です。子どもには出しません。あと、あたしも飲みません」

 

 澪が最初に言うと、リュシアは瓶を見て笑った。

 

「なんで持ってきたんだい」

 

「夏の景色として、必要な気がして……」

 

「売れるね」

 

「すぐ商売にしないでください」

 

「泡が立って、冷えていて、大人用。暑い日に売れないわけがないだろう」

 

「管理が必要です。飲みすぎる人も出ます。今日は試しです」

 

 リュシアは少量を口にし、目を細めた。

 

「冷たい酒は、危ないね」

 

「分かってくれました?」

 

「売れる意味で危ない」

 

「そっちですか」

 

 澪は、これは後回し、と心に決めた。

 

 夏用品だけで、もう話が増えすぎている。

 

 

 

 

 

 六畳間へ戻った澪は、畳の上に座り込み、今日の反応をノートにまとめた。

 

 補水飲料は定着済み。倒れる者なし。

 

 ネッククーラーはリュシア全量買い取り。富裕層向け。

 

 うちわは市場・教会・工房で実用。

 

 冷感タオルは屋台と工房で好評。

 

 扇風機は電気がある場所限定。風向き注意。

 

 蚊取り線香は火の管理必須。

 

 風鈴は気分の涼しさ。意外に評判。

 

 すのこは床の熱と湿気対策。

 

 スイカは全員に強い。特に子どもと職人。

 

 ミストは市場で収納持ち探索へ。教会でミナが習得。

 

 澪はペンを止めた。

 

 夏対策は商品だけではなかった。

 

 水分補給、日陰、風、冷たいもの、人材、スキル応用。全部がつながる。リュシアは収納持ちを探し始めた。ミナはミストを覚えた。暑さは危険だけれど、対策は商売にも生活改善にもなる。

 

 澪はメモの最後に書いた。

 

 日本の夏用品、異世界でもだいたい効く。

 

 ただし、売るものと配るものを分ける。

 

 冷やすものは強い。

 

 水はもっと強い。

 

 ミナは、覚えるのが早すぎる。

 

 スマホの画面には、追加のネッククーラー注文ページが開いていた。

 

 澪はしばらく画面を見つめた。

 

「……買う〜」

 

 ただし、次に買った分も、たぶんリュシアが全部買う。

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