押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第65話 押し入れの向こうの一区切り

 侯爵家の執務室には、朝から紙の匂いが満ちていた。

 

 窓の外では、庭木の葉が静かに揺れている。昨日までの騒ぎが嘘のように、屋敷の外は落ち着いて見えた。けれど机の上には、落ち着いていないものが山のように積まれている。

 

 教会の受付手順。

 

 市場管理の記録案。

 

 農場の立ち入り確認。

 

 セルマ工房での少人数説明の報告。

 

 訓練場の掲示文。

 

 そして、その上に置かれた一枚が、今日の中心だった。

 

 第一布告案。

 

 澪はその文字を見て、少しだけ背筋を伸ばした。

 

 布告という言葉は重い。

 

 現代側でいえば、大学の掲示や会社の通知とは違う。もっと、領地全体へ向けて出されるものだ。自分がその場にいること自体が、まだ少し落ち着かない。

 

 けれど、今日は澪が中心ではない。

 

 そういう話だったはずだ。

 

 文官が、布告文を手に取った。

 

「職業確認および職業変更は、教会にて本人の意思を確認した上で行うものとする。職務上の技能の変化については、各現場責任者が確認し、必要に応じて記録する。市場、農場、工房、訓練場は、それぞれの職務に応じて説明と確認を行い、侯爵家は記録および通達の連携を担う」

 

 文官の声は淡々としていた。

 

 読むというより、言葉を一つずつ机の上に置いているようだった。

 

 アルベルトは黙って聞いている。

 

 家令はすでに別の紙へ目を落とし、掲示場所や使いの手配を考えている顔をしていた。

 

 澪は、布告文の続きを聞きながら、あることに気づいた。

 

 自分の名前がない。

 

 前話までの流れなら、どこかに「必要時、篠原澪の鑑定補助を得る」と書かれていてもおかしくなかった。むしろ、そう書かれているのではないかと、少し身構えていた。

 

 だが、どこにもない。

 

 澪は思わず口を開いた。

 

「あれ、私の名前、入れないんですか」

 

 文官の声が止まった。

 

 家令も顔を上げる。

 

 アルベルトは、澪を責めるでもなく、困るでもなく、静かに頷いた。

 

「入れない」

 

 その声は冷たくなかった。

 

 けれど、はっきりしていた。

 

「澪を呼べば早い。だが、それを続ければ、誰も育たない」

 

 澪は瞬きをした。

 

「誰も、ですか」

 

「そうだ」

 

 アルベルトは布告文の端を指で押さえた。

 

「必要なのは、澪に頼ることではない。鑑定を扱える者を、こちらで探し、育て、記録することだ」

 

 澪は、思わず机の上の紙を見る。

 

 そこには自分の名前の代わりに、別の言葉があった。

 

 鑑定役の育成。

 

 確認役の登録。

 

 商人系、書記官系、市場管理系の適性者の登用。

 

「教会には、職業確認を補佐する者が要る。市場には、品を見られる者が要る。侯爵家には、記録と照合を行う者が要る」

 

 アルベルトは澪をまっすぐ見た。

 

「君には初期の見本と補助を頼むことはある。だが、領内の仕組みは領内で回す」

 

 澪は、胸の奥にあった硬いものが、少しだけほどけるのを感じた。

 

 外されたのではない。

 

 遠ざけられたのでもない。

 

 自分が窓口にならないように、仕組みの方を育てる話だった。

 

「……それなら、すごく助かります」

 

 澪が本音を言うと、家令がほんの少し笑った。

 

「助かるのはこちらもです。いつ来られるか分からない方を常設の窓口にする制度は、実務として危うございます」

 

「ですよね。私、押し入れ経由ですし」

 

 自分で言ってから、澪は少しだけ遠い目をした。

 

 領内制度の窓口が押し入れ経由。

 

 冷静に考えれば、かなり怖い。

 

 文官が筆を取り、布告文の一部を直し始めた。

 

「では、澪殿の名は入れず、鑑定役および確認役の育成、登録、保護の文言を強めます」

 

「保護も入れるのか」

 

 アルベルトが確認する。

 

 文官はうなずいた。

 

「鑑定を扱える者が出れば、商会や個人が囲い込もうとする恐れがあります。本人の意思確認と記録が必要です」

 

 家令がすぐに実務の顔になった。

 

「市場管理人に候補を出させましょう。商人系の者、帳簿を見られる者、鑑定の芽がある者を分けて確認します」

 

 文官がそれを書き留める。

 

 家令は続けた。

 

「侯爵家にも、家令の下に商人系の補佐を置いた方がよろしいかと。品物、記録、教会確認の三つを照合できる者が必要です」

 

 澪はその言葉に少し驚いた。

 

「商人系の家令補佐、ですか」

 

「はい。市場の品と、教会の確認と、侯爵家の記録が食い違えば、揉めます」

 

 家令は淡々と言った。

 

「商人の感覚を持ち、帳簿を読め、鑑定の扱いにも適性がある者。そういう人材を家令の下につけるのがよろしいでしょう」

 

 アルベルトが頷いた。

 

「探せ。育てろ。囲い込ませるな」

 

 短い言葉だった。

 

 けれど、その中で方針は決まった。

 

 澪は、布告文から自分の名前が消えていることより、代わりに現地の人材を育てる言葉が書き込まれていくことに、強い安心を覚えた。

 

 制度が、自分から離れていく。

 

 それは寂しいことではなかった。

 

 ようやく、押し入れの向こうの世界が、自分の背中ではなく、自分の足で立ち始めているように見えた。

 

 

 

 

 

 布告が読み上げられたのは、侯爵家と教会の間にある掲示場所だった。

 

 大きな広場ではない。

 

 群衆を集めたわけでもない。

 

 市場へ向かう者、教会へ行く者、侯爵家からの使いを待つ者が足を止める程度の場所だ。だが、そこに侯爵家の文官が立ち、家令が掲示板の横に控え、アルベルトと司祭様が並んでいるだけで、通りの空気は自然と変わった。

 

 文官が布告を読み上げる。

 

 神の御業を管理するためのものではない。

 

 人が傷つかないための守りの手順である。

 

 職業確認と職業変更は教会で行い、本人の意思を必ず確認する。

 

 市場、農場、工房、訓練場では、それぞれの現場責任者が仕事の中で起きた変化を確認し、記録する。

 

 危険なレベル上げ、職の強制、スキル持ちの囲い込み、寄進による優先は認めない。

 

 鑑定役と確認役は、教会、市場、侯爵家で確認し、育成する。

 

 澪の名前は出ない。

 

 押入商会の名も、この場では窓口としては出ない。

 

 それでいい。

 

 澪は、少し後ろで聞いていた。

 

 自分が読み上げられる側ではなく、立ち会う側にいるのが、今日はとてもありがたかった。

 

 司祭様が、布告の後に静かに口を開いた。

 

「神の御業は、人を急がせるためのものではありません。本人の意思を守り、日々の働きを確かめるためのものです」

 

 通りにいた人々が黙って聞いている。

 

 誰かが小さく頷いた。

 

 アルベルトが続ける。

 

「領内では、この手順に従う。守らせるためではなく、守るためだ」

 

 強い声ではない。

 

 だが、届く声だった。

 

 人々はざわついた。

 

 それでも、大きな騒ぎにはならなかった。

 

 数日かけて、小さな説明が市場で、農場で、工房で、訓練場で行われていたからだろう。初めて聞く者もいたはずだが、誰もがまったく知らない話ではなくなっていた。

 

「ああ、その形になるのか」

 

 市場の方から、そんな声が聞こえた。

 

 澪は、その声に少しほっとした。

 

 驚きではなく、受け止める声だった。

 

 

 

 

 

 教会の脇机では、助祭が記録帳を前にして緊張していた。

 

 本格的な受付ではない。

 

 まずは、前に名前を記録していた少人数だけを対象にした初期運用だ。

 

 それでも、助祭の手は少し硬い。

 

 司祭様は、その横に立っていた。

 

 急がせない。

 

 促しすぎない。

 

 その空気が、礼拝堂全体に広がっている。

 

 助祭が、目の前の男に向かってゆっくり言った。

 

「職を変えることを望みますか。それとも、今の職を続けますか」

 

 男は、すぐには答えなかった。

 

 助祭が少し焦りかける。

 

 司祭様が静かに言う。

 

「急がず、本人の言葉を待ちなさい」

 

 助祭は口を閉じた。

 

 男はしばらく考え、やがて低い声で答えた。

 

「今は、続けます。分かるようになったことがあるなら、まず今の仕事で確かめたい」

 

 助祭がその言葉を書き留める。

 

 澪は少し離れた場所で見ていた。

 

 見ているだけだ。

 

 誰かがこちらを振り向きかける。

 

 澪は少し身構えたが、司祭様が先に言った。

 

「必要があれば、こちらからお願いします」

 

 その一言で、視線は戻った。

 

 澪は小さく感動した。

 

「止めてくれる人がいる……」

 

 思わずこぼすと、司祭様が微笑んだ。

 

「補助の方を酷使しては、守りの手順になりません」

 

「その言葉、布告の一番上に書いてほしいです」

 

「そこまでは、少し私情が入りますね」

 

 司祭様は穏やかに言った。

 

 澪は、少しだけ笑った。

 

 教会は、教会で回り始めている。

 

 澪を呼ぶ前に、本人の言葉を待つ。

 

 それだけで、昨日よりずっと落ち着いて見えた。

 

 

 

 

 

 市場では、リュシアと市場管理人が並んでいた。

 

 商人が布を一枚持ってきている。

 

「これを見てくれ」

 

 言われたリュシアは、布を受け取らなかった。

 

「どこが気になる?」

 

 商人は少し戸惑った。

 

「いや、それを見てほしいんだが」

 

「だから、まず自分で見るんだよ。色むらなのか、織りの乱れなのか、傷なのか。何が気になる?」

 

 商人は渋々布を広げた。

 

 光にかざし、指で表面をなぞる。

 

「……端の方だけ、少し薄い気がする」

 

「なら、そこを記録する」

 

 市場管理人が横で帳面に書き込む。

 

 澪は少し離れて見ていた。

 

 呼ばれない。

 

 とてもよい。

 

 リュシアがちらりとこちらを見る。

 

「今日は出番なしでいいよ」

 

 澪は小さくガッツポーズしかけた。

 

 その瞬間、別の商人が言いかける。

 

「でも、澪に見てもらえば早いんじゃ」

 

「早くても身につかないよ」

 

 リュシアが即座に切った。

 

「商人が品を見ないでどうするのさ。見て、迷って、記録して、それでも分からなければ市場管理人へ持っていく。最初から澪に投げるな」

 

 商人は口を閉じた。

 

 市場管理人が、帳面を閉じながら言う。

 

「鑑定の芽がある者も、こちらで探します。帳簿係、品物を見る者、商人系の者を分けて記録します」

 

 澪はそれを聞いて、ようやく市場側にも受け皿ができていくのを感じた。

 

 品物を見る目は、澪の鑑定だけでは育たない。

 

 ここで毎日、布や果物や金具や香辛料を見る人たちの中から育つものなのだ。

 

 リュシアが商人へ言う。

 

「傷が見えるようになったら、傷なしとは売れないからね」

 

 商人が苦笑する。

 

「厄介な目だな」

 

「商売の目は、だいたい厄介だよ」

 

 リュシアはそう言って、少しだけ得意そうに笑った。

 

 少女だ。

 

 でも、商人だった。

 

 

 

 

 

 農場では、作業員たちが畝の間に入る前に、農場主へ声をかけていた。

 

 それだけで、前より整って見える。

 

 農場主は木の板に、今日見る場所を書き込んでいた。水の流れを見る場所、虫食いが出やすい場所、ラージラット対策品を確認する場所。どれも勝手に歩き回らないための目印だった。

 

「畑へ入る前に許可を取る。畝を踏まない。土の乾き、葉の虫食い、水の流れは、見た者が口で言うだけでなく、板に残す」

 

 農場主の声は、畑によく通る。

 

 前に作物観察の芽が出た作業員が、他の作業員へ話していた。

 

「急に何でも分かるわけじゃない。気になるところが増えるだけだ。だから、見たら言う。黙って勝手に動くと、余計におかしくなる」

 

 別の作業員が頷く。

 

「畑を歩けばいいってもんじゃないんだな」

 

「歩けば踏むからな」

 

 その返しに、何人かが笑った。

 

 澪は少し離れて見ていた。

 

 農場主がこちらへ歩いてくる。

 

「こちらはこちらで回します。必要があれば呼びます」

 

 澪はすぐ言った。

 

「必要がなければ呼ばないでください」

 

 農場主は声を出して笑った。

 

「それが一番平和ですな」

 

「本当にそうです」

 

 澪は真顔で頷いた。

 

 農場では、土の匂いがした。

 

 作物が育つ場所の匂い。

 

 そこには、澪の鑑定よりも、毎日畑に立つ人の目が必要だった。

 

 

 

 

 

 セルマの工房では、澪が扉のそばに立った瞬間、セルマに指摘された。

 

「澪、そこに立つと皆があなたを見るわ。少し横へ」

 

「あ、はい」

 

 澪は慌てて横へずれた。

 

 セルマは澪を中心にしない。

 

 それが、今の澪にはとてもありがたい。

 

 作業台の上には、昨日と同じように素材が並んでいた。

 

 乾きの違う草の根。

 

 洗い残しのある石片。

 

 わずかに歪んだ金具。

 

 弟子たちは、それを一つずつ触っている。

 

「どこが違う?」

 

 セルマが問う。

 

 弟子の一人が、草の根を持ち比べて答えた。

 

「こちらは湿っています。こちらは表面だけ乾いています」

 

「そうね」

 

 セルマはうなずく。

 

「見えるなら、手を抜けなくなるわね」

 

 弟子は背筋を伸ばした。

 

 若い職人は金具を持ち、少し角度を変えて見ている。

 

「このまま叩くと、たぶんここが歪みます。先に戻すなら、こっちからです」

 

「やってみなさい。ただし、急がない」

 

 セルマの声は落ち着いている。

 

 工房は静かだった。

 

 市場のような駆け引きはない。

 

 農場のような土の広がりもない。

 

 訓練場のような掛け声もない。

 

 ただ、手元を見る目が変わっている。

 

 文官が記録している。

 

 澪は、セルマがいる限り、工房側は大丈夫だと思った。

 

 セルマがちらりと澪を見る。

 

「澪、ここは工房で回すわ。必要な時だけ、見え方の確認をお願いする」

 

「はい。必要な時だけでお願いします」

 

「そこは分けた方がいいものね」

 

 セルマは少しだけ笑った。

 

 澪も、少し笑った。

 

 

 

 

 

 訓練場の掲示板には、太い字でこう書かれていた。

 

 強くなりたい者ほど、まず休め。

 

 澪はそれを見るたび、少し笑いそうになる。

 

 けれど、内容は正しい。

 

 若者たちはまだ全員が納得した顔ではない。木剣を持ったまま、外の方を見たくなる者もいる。だが、門へ向かう足はない。

 

 衛兵が素振りの本数を見て、区切りを入れる。

 

「そこまで。水を飲め」

 

「まだ振れます」

 

「倒れたら弱くなる」

 

 若者は黙った。

 

 周囲の何人かが笑ったが、そのまま水桶の方へ向かう。

 

 水桶の前には列ができていた。

 

 休憩の列。

 

 レベル上げの列ではない。

 

 それだけで、ずいぶん安全に見える。

 

 前に剣術の芽が出た訓練生が、別の若者に足の置き方を教えていた。

 

「腕だけで振るとぶれる。足を置いてから振ると、少し安定する」

 

「お前、急に先生みたいだな」

 

「俺もまだ見習いだよ」

 

 そう言って、二人で木剣を構え直す。

 

 澪は、ここも自分たちで回っていると思った。

 

 危険を止める人がいる。

 

 基礎を教える人がいる。

 

 休ませる人がいる。

 

 異世界の訓練場に、まさか休憩管理で安心する日が来るとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 夕方、侯爵家に戻った報告は短かった。

 

 教会受付、問題なし。

 

 市場、個別鑑定依頼を市場内で止めた。

 

 農場、無断立ち入りなし。

 

 工房、少人数説明を継続。

 

 訓練場、無許可外出なし。

 

 鑑定役と確認役の候補者探しを開始。

 

 文官がそれらを読み上げるたびに、澪は胸の中で一つずつ石が下りていくような感覚を覚えた。

 

 完全に軽くなったわけではない。

 

 でも、全部が自分へ積まれている感じではなくなっている。

 

 アルベルトは報告を聞き終え、静かに言った。

 

「世界改変は止まらない。だが、受け止める場所はできた」

 

 澪は深く頷いた。

 

「やっと、押し入れの向こうが全部こっちへ流れ込んでくる感じじゃなくなりました」

 

 リュシアが言う。

 

「流れてきても、受け皿があればこぼれにくいからね」

 

 セルマが続ける。

 

「器を分けたのは正解ね」

 

 司祭様が静かに言った。

 

「人の意思を置く場所も、必要です」

 

 それぞれが、それぞれの言葉で同じものを見ていた。

 

 市場の器。

 

 工房の作業台。

 

 教会の記録帳。

 

 侯爵家の布告。

 

 農場の畑。

 

 訓練場の掲示板。

 

 そして、澪の押し入れ。

 

 澪は、ようやく一区切りという言葉を信じられる気がした。

 

 

 

 

 

 押し入れを抜けると、現代側の部屋は静かだった。

 

 あまりに静かで、逆に少しだけ不思議になる。

 

 机の上には大学の資料があり、買い物メモがあり、使いかけのペンが転がっている。異世界側の布告も、教会の記録帳も、市場の帳面も、ここにはない。

 

 澪は神棚の水を替えた。

 

 今日は鑑定しない。

 

 水を供え、手を合わせる。

 

「今日は見なくていいです。だいたい分かりました」

 

 返事はない。

 

 それでよかった。

 

 澪は机へ戻り、手帳を開いた。

 

 数日前から増え続けていた文字の中に、「異世界混乱」と書いたページがある。

 

 澪は、その横に一本線を引いた。

 

 終わり、とは書かない。

 

 完全に終わったわけではないからだ。

 

 少し考えて、その下に小さく書いた。

 

 運用へ。

 

 その二文字を書いた瞬間、肩の力が少し抜けた。

 

 夏休みの予定欄には、まだ仕事が残っている。

 

 押入商会の確認。

 

 リュシアへの報告。

 

 セルマ工房の記録確認。

 

 現代側の買い出し。

 

 大学の連絡。

 

 澪は苦笑した。

 

「休みは戻ってこないんですよね」

 

 それでも、今日はもう手帳を閉じた。

 

 押し入れの戸を見る。

 

 向こうの世界は、まだ変わっている。

 

 けれど、その変化を受け止める人たちは、もう澪一人ではなかった。

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