押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第68話 育成プロジェクト

 

 押入商会侯爵領事業所の机の上から、最後の注文票が記録箱へ移された。

 

 電灯の白い明かりの下で、マルテ・ロウは箱の蓋を閉める前に、もう一度だけ中身を確認した。注文票控え、受注控え、制作中、検品待ち、持ち帰り待ち、納品済み確認。昨日までは澪の頭と鞄の中を行ったり来たりしていたものが、今は木箱の中に居場所を得ている。

 

 ミラ・セイルは、注文票の端を揃えていた。紙が一枚だけ少し斜めになると、指先でそっと直す。大きな声は出さないが、目はよく動いていた。

 

 ピナ・ロッテは、検品済みの小さな部材を包んでいた布を畳み直している。角がぴたりと合うまで、何度でも手を止める。急ぐと手順が崩れる子だと分かってから、澪もマルテも急かさないようになった。

 

 トル・バッカは、最後の伝言を終えて戻ってきたところだった。扉の前で止まり、息を整え、マルテへ報告する。

 

「家具工房の親方へ伝えました。検品待ちの棚は、明日の朝にもう一つ空けるそうです。戻ったらマルテさんへ報告、でした」

 

「確認しました」

 

 マルテは記録帳へ短く書き込む。

 

 トルはそこで、ようやく得意げな顔をした。

 

 澪は、その様子を見ながら、机の横へノートPCを置いた。

 

 続いて、プロジェクターを出す。

 

 さらに、白い布を壁へかける。

 

 ミラの手が止まった。

 

 ピナは、布の端を見つめる。

 

 トルは、早くも席を立ちかけた。

 

「澪さん、それ何ですか」

 

「今日から、仕事の後に一時間だけ勉強します」

 

 澪がそう言うと、三人の表情がそれぞれ違う方向へ動いた。

 

 ミラは緊張で背筋を伸ばし、ピナは不安そうに布と机を交互に見る。トルは、露骨に嫌そうな顔をした。

 

「一時間も座るんですか」

 

「一時間だけです。算数と理科です」

 

「理科って何ですか」

 

「世界の仕組みを、少しだけ分かりやすくする勉強です」

 

 澪がスイッチを入れると、プロジェクターの光が白布に当たった。

 

 四角い光が布の上に浮かび、部屋の空気が少しだけ変わる。

 

 ミラが小さく息を呑んだ。

 

 ピナは、すぐに白布の裏側へ回り込もうとする。

 

 トルは光の前を横切り、自分の影が白布に大きく映るのを見て、口を開けた。

 

「僕が大きいです」

 

「トルさん、授業の前に影で遊ばないでください」

 

「まだ授業じゃありません」

 

「今から授業です」

 

 澪は椅子を指した。

 

 トルは渋々座る。

 

 マルテは、記録板を持ったまま、白布とノートPCとプロジェクターを順番に見た。

 

「記録上、これは授業設備でよろしいですか」

 

「はい。授業設備です」

 

「押入商会侯爵領事業所、仕事後教育、一日目」

 

 マルテがさらさらと書き始める。

 

 澪は、その字面に少しだけ心臓が跳ねた。

 

 仕事後教育。

 

 表向きにはその通りだった。

 

 ただし、澪の手帳の奥には、別の言葉がある。

 

 育成プロジェクト。

 

 ミラ、ピナ、トルをレベルアップさせる。商人へジョブチェンジさせる。収納と鑑定を取らせる。ついでにステータスも上げる。

 

 澪は顔に出さないよう、白布へ映った数字の表へ視線を戻した。

 

「まずは算数です。今日扱った注文票の数を使います」

 

 トルが少しだけ肩を落とした。

 

「ビリビリじゃないんですか」

 

「まだビリビリではありません」

 

「まだ?」

 

 トルの目が光った。

 

 澪は、少し早く言いすぎたと思った。

 

 

 

 

 白布には、箱の絵と数字が映っていた。

 

 澪は、事業所の箱を指す。

 

「注文票控えの箱に十枚あります。そこへ新しく三枚入ったら、何枚ですか」

 

 ミラが小さく答える。

 

「十三枚です」

 

「そうです。では、検品待ちが六つあって、そのうち二つが終わったら?」

 

「四つ」

 

 ミラは紙に数字を書きながら答えた。

 

 ピナは、実際に箱の中へ木片を入れたり出したりしながら数える方が早かった。六つの木片から二つを隣へ移すと、残りを指で押さえながら「四つです」と言う。

 

 トルは、椅子に座ったままだと数字が頭に入らないらしい。

 

 澪は、試しに空箱を二つ置いた。

 

「この箱から、こっちの箱へ三つ運んでください。運びながら数えます」

 

 トルは立ち上がった瞬間、顔が生き返った。

 

「一、二、三。こっちに三つ。残りは七です」

 

「座っている時より早いですね」

 

「動くと分かります」

 

 マルテが記録する。

 

「ミラ、紙面上の数に強い。ピナ、実物を伴う計数に強い。トル、移動を伴う計数に強い」

 

 澪は、その記録を横目で見た。

 

 まさにその通りだった。

 

 ミラは紙と数字。

 

 ピナは物と手順。

 

 トルは移動と実地。

 

 同じことを教えるのではなく、分けて伸ばした方がいい。

 

 澪は、手帳の端に小さく書きたい衝動を抑えた。

 

 今書くと、またマルテに見られる。

 

 マルテは止める人ではない。

 

 けれど記録する。

 

 それは、それで怖い。

 

 

 

 

 算数の表を閉じ、澪は次の動画を開いた。

 

 白布に、暗い雲が映る。

 

 ミラがペンを止めた。

 

 ピナが布を畳む手を止めた。

 

 トルが、身を乗り出した。

 

 画面の中で、雲が厚く膨らむ。

 

 ごろごろごろ、と低い音が響いた。

 

 次の瞬間、空が白く裂けた。

 

 ドッカーン、という音が工房の壁に跳ね返る。

 

 ミラが椅子の上でびくりと跳ねた。

 

 ピナは両手で耳を押さえた。

 

 トルは立ち上がりかけて、机の端を掴む。

 

 マルテは記録板を抱えたまま固まっていた。

 

 澪は動画を一時停止する。

 

 白布には、黒い雲から地面へ伸びる白い筋が映ったままだ。

 

「これも電気です」

 

 三人が、一斉に澪を見た。

 

「これが、ですか」

 

 ミラの声がいつもより少し大きい。

 

「はい」

 

 澪はノートPCを指す。

 

「この機械が動くのも電気です」

 

 次に、プロジェクターを指す。

 

「この絵を布に映しているのも電気です」

 

 そして、白布に止まった雷を指した。

 

「空でゴロゴロ鳴って、ドッカーンと落ちる雷も、ものすごく大きな電気です」

 

 トルが目を丸くする。

 

「雷を持ってきたんですか」

 

「持ってきてません。動画です」

 

「どうが」

 

 ピナが小さく繰り返す。

 

 マルテはようやく動き出し、記録板に書いた。

 

「記録上、雷ではなく雷の絵」

 

「動画です」

 

「雷の絵が動いて音が出るもの」

 

「……それでいいです」

 

 澪は少しだけ負けた気分になった。

 

 けれど、授業は進める。

 

 次の動画では、雲の中に小さな粒が描かれていた。水や氷の粒が、雲の中で動き、ぶつかり、こすれる。

 

「雲の中では、小さな水や氷の粒がたくさん動いています。それがぶつかったり、こすれたりすると、電気が少しずつたまります」

 

 ミラは紙に「こすれる」と書いた。

 

「たまるんですか」

 

「はい。たまりすぎると、電気は流れたくなります。雲と地面の間に道ができると、一気に流れます。それが雷です」

 

 トルが、白布に映った雲を指差す。

 

「雲の中に、ビリビリがたまるんですね」

 

「すごく簡単に言うと、そうです」

 

 ピナが手を上げた。

 

「ためる袋はあるんですか」

 

「袋ではありませんが、似たものがあります」

 

 澪は机の上に、バッテリーを置いた。

 

 黒い箱のようなそれを見て、三人が身を乗り出す。

 

「これは、雷ほど大きなものではありません。でも、中に電気をためておける箱です」

 

 トルの目が、これ以上ないほど輝いた。

 

「小さい雷箱ですか」

 

 澪は少し悩んだ。

 

 バッテリーです、と言いたい。

 

 けれど、子どもたちの理解には、雷箱の方が早そうだった。

 

「授業中だけ、その言い方でもいいです」

 

 マルテが記録板に書く。

 

「雷箱」

 

「正式名称はバッテリーです」

 

「子どもへの説明名、雷箱」

 

「……はい」

 

 澪は、また少し負けた。

 

 次に、ゴム手袋とゴム長靴を出す。

 

 ピナがゴム手袋をつまみ上げ、指先を押した。

 

「変な手袋です。布じゃありません」

 

「電気を通しにくい手袋です」

 

 ミラが顔を上げる。

 

「通さない、ではないのですか」

 

「通しにくい、です」

 

 澪は、そこだけ強めに言った。

 

「電気は便利ですが、間違えると危険です。特に水の近くでは危険です。だから、道具の意味と手順を分かってから使います」

 

 トルは、雷箱を見ている。

 

 完全にやる気の顔だった。

 

 澪は、その顔を見て、内心で思った。

 

 理解してからやる。

 

 この世界のスキルは、たぶん、ただ動かすだけでは伸びない。何をしているのかを思い描けること。力がどこへ流れて、どこで止まるのかを分かること。それが、芽を出す形を決めるのかもしれない。

 

 育成プロジェクトは、順調に危ない方向へ進んでいた。

 

 澪はその言い方を頭の中で訂正した。

 

 順調に、実地へ進んでいた。

 

 

 

 

 澪は、白布の動画を止めた。

 

「では、理科実習に移ります」

 

 ミラが、少し不安そうに顔を上げる。

 

「ここで、ですか」

 

「ここではありません。古い管理池へ行きます」

 

 トルは一瞬で立ち上がった。

 

「外ですか」

 

「外です。ただし、走りません」

 

「まだ走ってません」

 

「走る顔でした」

 

 ピナが、小さく手を上げた。

 

「管理池って、あの魚が大きいところですか」

 

「はい。ビッグバスが増えすぎている池です」

 

 マルテが記録板を持ち直した。

 

「本日の授業は、理科実習、池のビッグバス駆除、でよろしいですか」

 

 澪は少し間を置いた。

 

「育成プロジェクトではなく、理科実習でお願いします」

 

 マルテは淡々と書く。

 

「理科実習兼ビッグバス駆除」

 

「兼がつきました」

 

「実態に合わせました」

 

 澪は訂正しなかった。

 

 古い管理池は、侯爵領の外れにあった。昔は灌漑用水と小魚採りに使われていたが、今はビッグバスが増えすぎて誰も積極的に近づかない。小魚や水草を食い荒らし、網を破り、浅瀬に入った者の足元にも食いつくという。

 

 澪は、事前にその話を聞いた時、いくつもの条件が頭の中でつながった。

 

 駆除対象。

 

 食材候補。

 

 実地訓練。

 

 経験値。

 

 雷。

 

 全部が同じ池にあった。

 

「ミラさんは数える係です。浮いた数、回収した数、逃げた数を見ます。ピナさんは桶と布、回収した魚の扱い係です。トルさんは網と連絡。合図の前に水辺へ近づきません。マルテさんは記録をお願いします」

 

「承知しました」

 

 マルテは、何も止めなかった。

 

 記録板を持って立ち上がった。

 

 澪は、収納へ雷箱と道具を収める。

 

 今日は、進める日だった。

 

 

 

 

 古い管理池は、夕方前の光を鈍く返していた。

 

 自然の湖ではない。人が作った池だ。周囲には古い杭が残り、水路跡が草に埋もれている。水草はところどころ千切れ、浅瀬には小魚の姿が少ない。

 

 水面が、不自然に大きく揺れた。

 

 黒い背が見えた。

 

 次の瞬間、大きな魚影が反転し、鈍い銀色が水中で光る。

 

 トルが身を乗り出した。

 

「大きい!」

 

「トルさんは網と桶の係です。合図の前に水辺へ近づきません」

 

 澪が言うと、トルは不満そうに頷いた。

 

「はい」

 

 ミラは、すでに紙と鉛筆を持っている。怖がってはいるが、目は水面を追っていた。

 

 ピナは、桶の縁に布をかけ、魚を入れた時に滑らないように整えている。

 

 マルテは、少し離れた場所に立ち、池の端と三人の位置を記録した。

 

 澪は収納からゴム手袋とゴム長靴を出し、雷箱を準備した。

 

 雷箱は、現代側から持ち込んだバッテリーと、収納でまとめた作中専用の道具で組んである。澪は細かな仕組みを説明しない。子どもたちに教えるのは、触れてよい取っ手、合図、雷を流す、雷を止める、止めてから回収する、その手順だけだ。

 

「これは、雷箱です。触っていいところ、絶対に触らないところがあります」

 

 トルがすぐに手を伸ばしかけた。

 

 澪はその手を掴む。

 

「今のが、一番駄目な動きです」

 

「まだ何もしてません」

 

「何もしていないうちに止められるのは、幸せなことです」

 

 ミラは真剣に頷いた。

 

 ピナは、ゴム手袋を両手にはめながら、指先がきちんと入っているか確認している。

 

 澪は、三人の前でゆっくり手順を見せた。

 

「合図を待ちます。雷を流します。止めます。止めてから、水面を見ます。回収は、それからです」

 

 ミラが復唱する。

 

「合図を待つ。流す。止める。水面を見る。回収は止めてから」

 

「はい」

 

 ピナは取っ手に触れる前に、手袋の端を直した。

 

 トルは、早くやりたくて足が動いている。

 

 マルテが記録した。

 

「雷箱実習、一回目。トル、開始前に手を伸ばす。注意済み」

 

「記録が早いです」

 

 澪が言うと、マルテは顔色を変えずに答えた。

 

「早めに残さないと、後で忘れます」

 

 最初は澪が見本を見せる。

 

 全員の距離を確かめ、合図を出す。

 

 水面が、びくりと震えた。

 

 池の中の魚影が跳ねる。

 

 ひとつ、ふたつ、銀色の腹が水面へ浮いた。

 

「浮いた!」

 

 トルが叫ぶ。

 

 澪は雷箱を止めた。

 

 水面が落ち着くのを見てから、回収の合図を出す。

 

 ミラが数える。

 

「三匹です。大きいのが一匹、小さいのが二匹」

 

 ピナが桶を押さえる。

 

 トルが網を運ぶ。

 

 網の中のビッグバスは、完全に動かないわけではなかった。大きな一匹が、びくりと身を震わせる。

 

 ピナの顔が強張った。

 

 ミラは鉛筆を握りしめる。

 

 トルも勢いだけでは近づけないらしく、足を止めた。

 

 澪は収納から短い止め棒と、滑りにくい止め板を出した。

 

「浮いた魚は、そのまま桶に入れません。暴れると危ないです。ここで止めます」

 

 ミラが唾を飲む音が聞こえた。

 

「怖いなら、最初は見ていてください。でも、これは食べ物にするための作業です。池を戻すための作業でもあります」

 

 澪は、最初の一匹を止め板の上へ乗せた。

 

 細かな描写はしない。

 

 素早く、迷わず、手順どおりに止める。

 

 ビッグバスの動きが止まった。

 

 ミラは、紙に「一」と書いた。

 

 ピナは、布で手元を拭いた。

 

 トルは黙って見ていた。

 

「次から、順番にやります」

 

 三人の顔が引き締まる。

 

 ミラは震えながらも、数と魚を合わせてから止めた。

 

 ピナは目を逸らしかけたが、魚が暴れないよう、板の上へ置く手順を丁寧に守った。

 

 トルは力が入りすぎた。

 

「力任せにしない。仕事です」

 

「はい」

 

 マルテが記録する。

 

「止め作業、一回目。三名とも実施。トル、力加減注意」

 

「そこも書くんですか」

 

「次に直すためです」

 

 トルは口を尖らせたが、反論はしなかった。

 

 雷箱を扱う。

 

 浮いた魚を回収する。

 

 トドメを刺す。

 

 数える。

 

 記録する。

 

 食材として分ける。

 

 それは、もう見学ではなかった。

 

 澪は、胸の奥で小さく頷いた。

 

 経験値が入る流れが、成立した。

 

 もちろん、声には出さない。

 

 

 

 

 二回目からは、子どもたち自身が雷箱を扱った。

 

 最初はミラだった。

 

 ミラは雷箱の前に立つと、深く息を吸い、手順を声に出した。

 

「合図を待つ。流す。止める。水面を見る。回収は止めてから」

 

「はい。ミラさん、お願いします」

 

 ミラの手が取っ手に触れる。

 

 水面が細く震えた。

 

 小さめのビッグバスが二匹浮く。

 

 ミラはすぐに手を離した。

 

「止めました」

 

 マルテが書く。

 

「ミラ、停止確認早い」

 

 ピナの番では、雷箱の動きが少し柔らかかった。取っ手を握る前に足元を見て、手袋を直し、姿勢を整える。水面の震えは弱く、浮いた魚も少ない。けれど、魚は暴れにくく、回収しやすかった。

 

 澪は、ピナの雷箱操作が丁寧だと感じた。

 

 トルの番になった。

 

 トルは嬉しそうに雷箱の前へ立つ。

 

「トルさん。速くやらなくていいです」

 

「はい」

 

「強くやらなくていいです」

 

「はい」

 

「面白がらない」

 

「……はい」

 

 少し間があった。

 

 マルテが記録する。

 

「トル、面白がる傾向あり」

 

「そこも書くんですか」

 

「大事です」

 

 トルが雷箱を使うと、水面が大きく跳ねた。

 

 ビッグバスが三匹浮く。

 

 一匹は大きい。

 

「浮いた!」

 

 トルの声が弾んだ。

 

「止める!」

 

 澪が言うと、トルは慌てて止めた。

 

 その顔には、驚きと興奮が混ざっていた。

 

 雷が流れる。

 

 魚が浮く。

 

 止める。

 

 水面が静かになる。

 

 トルは、その一連の感覚を身体で掴み始めていた。

 

 回収は、いつもどおり止めてからだった。

 

 ミラが数える。

 

 ピナが桶を押さえる。

 

 トルが網を運ぶ。

 

 そして、三人が順番にトドメを刺す。

 

 最初はぎこちなかった手順が、二回目、三回目で少しずつ整っていく。

 

 ミラは浮いた数と止めた数を合わせてから動く。

 

 ピナは、暴れない位置へ魚を置くのが上手くなる。

 

 トルは、力任せを少しずつやめる。

 

 マルテの記録板は、すぐに文字で埋まった。

 

 澪は、池の端に増えていくビッグバスの数を見て、内心で思う。

 

 これは完全に経験値が入るやつです。

 

 言わない。

 

 絶対に言わない。

 

 

 

 

 雷箱を使い、ビッグバスが浮き、止めてから回収し、トドメを刺し、数え、分け、記録する。

 

 その流れを、休憩を挟みながら何度も繰り返した。

 

 池の端には、回収済みのビッグバスが並んでいく。大きいものは食材用に分け、傷みが早そうなものは別にする。小さいものも、ミラが数を記録した。

 

「浮いたのは五匹です。でも、桶には四匹です。一匹、沈みました」

 

 ミラが水面を見ながら言う。

 

 ピナは桶の中を覗き込み、大きな魚の下敷きになりそうな小さな魚をずらした。

 

「大きいのを下にすると、小さいのが潰れます」

 

 トルは網を持って戻りながら、水面の先を指した。

 

「次、あっちの水面が動きました」

 

 澪は、三人を順番に鑑定した。

 

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ミラ・セイル

 分類:人間/見習い

 役割:雷箱操作補助/回収数確認

 現在ジョブ:見習い

 レベル:1 → 3

 既得スキル:読み書き:1

 既得スキル:注文票確認:1

 芽生え:観察:1

 状態:実地経験により成長中

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 ミラは表示を見て、目を瞬かせた。

 

「観察……」

 

「水面と数をよく見ていたからですね」

 

 澪が言うと、ミラは少しだけ頬を赤くした。

 

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ピナ・ロッテ

 分類:人間/見習い

 役割:雷箱操作補助/回収補助

 現在ジョブ:見習い

 レベル:1 → 3

 既得スキル:手仕事:1

 既得スキル:梱包:1

 芽生え:荷扱い:1

 状態:実地経験により成長中

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 ピナは自分の手を見た。

 

「荷扱い……魚でも、荷物なんですね」

 

「扱い方が大事なもの、という意味では同じです」

 

 澪が答えると、ピナは真剣に頷いた。

 

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トル・バッカ

 分類:人間/見習い

 役割:雷箱操作補助/網運び

 現在ジョブ:見習い

 レベル:1 → 3

 既得スキル:走行:2

 既得スキル:伝達:1

 芽生え:雷:1

 状態:雷の発生感覚が芽生えています

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 表示が出た瞬間、トルの指先で、ぱち、と小さな火花が跳ねた。

 

 トルが自分の手を見る。

 

「今、雷箱なしで出ました」

 

 澪は、表示とトルの指先を交互に見た。

 

「雷、出ましたね」

 

「出ました!」

 

 トルの顔が明るくなる。

 

 ミラが、驚きと不安の混じった顔で聞いた。

 

「予定はあったのですか」

 

 澪は目をそらした。

 

「教育計画です」

 

 マルテが記録する。

 

「教育計画に雷発生を含む」

 

「含んでません。今、含まれました」

 

 澪は訂正した。

 

 だが、もう含まれた。

 

 雷は、目の前で芽を出していた。

 

 ここで終わらせる理由はない。

 

 

 

 

 澪は、雷が芽生えた理由を考えた。

 

 ただ見たからではない。

 

 白布に映した動画で、雷の仕組みを見た。雲の中で粒がこすれ、電気がたまり、流れると雷になると理解した。雷箱で電気をため、流し、止める感覚を実地で見た。魚が浮く現象を、何度も観察した。

 

 そして何より、子どもたち自身が雷箱を扱った。

 

 ためる。

 

 流す。

 

 止める。

 

 そのイメージが、身体の中に入ったのだ。

 

「このまま伸ばせます」

 

 澪が呟くと、マルテが顔を上げた。

 

「記録します」

 

「まだ何をするか言ってません」

 

「澪様の顔が、続ける顔でした」

 

 澪は反論しなかった。

 

 まずは池から少し離れた乾いた場所で、指先に小さな火花を出す練習をした。

 

 現実の道具ではない。

 

 これは、この世界のスキルだ。

 

 ミラは、細く短い火花を出した。狙った場所からほとんどずれない。

 

 ピナの火花は弱いが、安定していた。一度出ると、同じ強さで続く。

 

 トルは、ぱちん、と大きめの火花を出した。だが少し散る。

 

「トルさん、強いです。でも散っています」

 

「散るって何ですか」

 

「狙ったところ以外へ行きます」

 

「それは困ります」

 

「困ります」

 

 マルテが記録する。

 

「ミラ、細い雷。ピナ、安定。トル、強いが散る。澪様、全体を見ながら自分も出す」

 

「私の分も書くんですか」

 

「育成プロジェクトですので」

 

「……はい」

 

 澪は、自分を鑑定した。

 

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篠原 澪

 分類:人間/異界渡航者

 役割:押入商会代表/育成計画実行者

 現在ジョブ:商人

 レベル:10 → 11

 既得スキル:鑑定:7

 既得スキル:収納:8

 既得スキル:錬金:4

 既得スキル:並行思考:芽あり

 芽生え:雷:1

 状態:雷の発生感覚を取得しました

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 澪は固まった。

 

「私にも生えました」

 

 トルが嬉しそうに言う。

 

「澪さんもビリビリです」

 

「言い方」

 

 ミラとピナにも、やがて雷:1が出た。

 

 白布で見た雷。

 

 雷箱で見た流れ。

 

 水面で見た震え。

 

 魚が浮く現象。

 

 それらが、四人の中で同じ言葉になっていた。

 

 雷。

 

 それはもう、動画の中だけのものではなかった。

 

 

 

 

 雷箱の出番は、少しずつ減っていった。

 

 最初は雷箱が主で、四人の雷は補助だった。

 

 次に、雷箱と四人の雷が半々になる。

 

 その次には、四人の雷だけで池の一角を震わせることができた。

 

 澪は合図を出す。

 

 ミラの細い雷が先に伸びる。

 

 ピナの安定した雷が続く。

 

 トルの強い雷が、少し遅れて重なる。

 

 澪は全体を見ながら、自分の雷を合わせた。

 

 水面が震える。

 

 ビッグバスが浮く。

 

 澪が合図を出すと、四人は雷を止める。

 

 水面が落ち着く。

 

 そこから回収する。

 

 トドメを刺す。

 

 数える。

 

 分ける。

 

 記録する。

 

 同じ流れを繰り返すうちに、動きはもう授業ではなく仕事になっていた。

 

 ミラは、どの雷でどの範囲の魚が浮いたかを見ている。

 

 ピナは、魚が傷みにくい順に桶を分ける。

 

 トルは網と桶を運びながら、次に動く水面を見つける。

 

 マルテは淡々と記録した。

 

「雷箱不使用。四名の雷によりビッグバス回収成功」

 

 澪は、その文字を見て、小さく拳を握った。

 

 バッテリーなしで、雷漁が成立した。

 

 鑑定表示が開く。

 

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篠原 澪

 分類:人間/異界渡航者

 役割:押入商会代表/育成計画実行者

 現在ジョブ:商人

 レベル:11 → 13

 既得スキル:雷:8

 状態:雷の出力調整が可能です

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ミラ・セイル

 分類:人間/見習い

 役割:記録補助/雷漁補助

 現在ジョブ:見習い

 レベル:3 → 8

 既得スキル:雷:8

 状態:細い雷を正確に流せます

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ピナ・ロッテ

 分類:人間/見習い

 役割:回収補助/雷漁補助

 現在ジョブ:見習い

 レベル:3 → 8

 既得スキル:雷:8

 状態:雷の強弱を安定させられます

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トル・バッカ

 分類:人間/見習い

 役割:網運び/雷漁補助

 現在ジョブ:見習い

 レベル:3 → 8

 既得スキル:雷:8

 状態:強めの雷を短距離へ放てます

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 雷:8。

 

 澪は、しばらく黙った。

 

 進みすぎた。

 

 だが、進んだ。

 

「記録上、雷箱なしで雷漁が成立しました」

 

 マルテが淡々と言う。

 

「はい」

 

「記録上、四名とも雷:8です」

 

「はい」

 

「記録上、かなり進みました」

 

「……はい」

 

 澪は、池の端に並んだビッグバスを見た。

 

 大きな魚影は、明らかに減っている。浅瀬には、小魚の群れが戻り始めていた。千切られた水草の隙間にも、まだ生きている緑が見える。

 

 これは、ただの経験値稼ぎではない。

 

 池も助かっている。

 

 食材も手に入った。

 

 雷も伸びた。

 

 澪は、手帳を開きかけて、やめた。

 

 今書くと、たぶん「大成功」と書いてしまう。

 

 それは、あとにした方がいい。

 

 

 

 

 ビッグバス駆除の成果は、想像以上だった。

 

 池の端には、回収したビッグバスが並んでいる。ミラは回収数と大きさを記録し、ピナは食材に回せるもの、傷みが早そうなもの、別処理に回すものを分ける。トルは桶と箱を運び、どの場所から回収した魚かをマルテに伝えた。

 

 マルテは、雷箱を使った回数、雷箱なしで成功した回数、回収数、三人の担当、レベル上昇を記録していく。

 

 澪は、池の水面を見た。

 

 大きな魚影が減っている。

 

 小魚が戻っている。

 

 水草が見える。

 

 ビッグバス駆除、食材確保、育成プロジェクト。

 

 三つが同じ池で重なっていた。

 

 澪は、三人を改めて鑑定した。

 

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ミラ・セイル

 分類:人間/見習い

 役割:記録補助/確認補助

 現在ジョブ:見習い

 レベル:8 → 10

 既得スキル:読み書き:2

 既得スキル:注文票確認:2

 既得スキル:観察:2

 既得スキル:雷:8

 状態:ジョブ変更可能

 推奨ジョブ:商人

----------------------------------

 

 ミラは、表示の中の「商人」を見て、紙を持つ手を止めた。

 

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ピナ・ロッテ

 分類:人間/見習い

 役割:梱包補助/荷扱い補助

 現在ジョブ:見習い

 レベル:8 → 10

 既得スキル:手仕事:2

 既得スキル:梱包:2

 既得スキル:荷扱い:2

 既得スキル:雷:8

 状態:ジョブ変更可能

 推奨ジョブ:商人

----------------------------------

 

 ピナは、自分の手を見て、それから桶を見た。

 

----------------------------------

トル・バッカ

 分類:人間/見習い

 役割:連絡補助/運搬補助

 現在ジョブ:見習い

 レベル:8 → 10

 既得スキル:走行:3

 既得スキル:伝達:2

 既得スキル:雷:8

 状態:ジョブ変更可能

 推奨ジョブ:商人

----------------------------------

 

 トルは、口を開けた。

 

「商人ですか」

 

「はい」

 

 澪は頷いた。

 

「ここまで来たなら、次は教会です」

 

 マルテが記録板を閉じる。

 

「ジョブ変更手続きですね」

 

「はい」

 

「記録上、育成プロジェクト第一段階成功」

 

 澪は、少しだけ笑った。

 

「まだ言い切るのは早いです」

 

「では、第一段階ほぼ成功」

 

「……それでお願いします」

 

 

 

 

 教会の中は、外の池とはまったく違う匂いがした。

 

 水と魚と泥の匂いが残っている気がして、澪は少しだけ自分の袖を嗅いだ。ミラも、ピナも、トルも、服はできるだけ整えてある。マルテが途中で身なりを確認してくれたおかげだった。

 

 司祭様は、三人の表示を見て一瞬だけ目を見開いた。

 

 だが、そこで話は止まらなかった。

 

 司祭様は、深く息を吸い、神殿の役割として、三人に向き直った。

 

「ジョブ変更には、本人の意思が必要です。ミラ・セイル、あなたは商人になる意思がありますか」

 

 ミラは、紙を握るように両手を合わせた。

 

「あります。紙と品を間違えない商人になりたいです」

 

 司祭様は頷いた。

 

「ピナ・ロッテ、あなたは商人になる意思がありますか」

 

 ピナは、自分の手を見てから答えた。

 

「あります。包むものと運ぶものを大事にする商人になりたいです」

 

「トル・バッカ、あなたは商人になる意思がありますか」

 

 トルは、少しだけ背筋を伸ばした。

 

「あります。走るだけじゃなく、ちゃんと伝えられる商人になりたいです」

 

 澪は、その言葉を聞いて、胸の奥が少し温かくなった。

 

 ただ走る子ではない。

 

 ただ包む子ではない。

 

 ただ紙を見る子ではない。

 

 三人は、自分で言葉を選んだ。

 

 司祭様は儀式を行った。

 

 静かな声が教会の中に響き、三人の足元に淡い光が広がる。

 

 澪の目の前で、表示が変わった。

 

----------------------------------

ミラ・セイル

 分類:人間/商人

 役割:注文票確認補助/記録補助

 現在ジョブ:商人

 レベル:10

 既得スキル:読み書き:2

 既得スキル:注文票確認:2

 既得スキル:観察:2

 既得スキル:雷:8

 状態:商人ジョブへ変更済み

----------------------------------

 

----------------------------------

ピナ・ロッテ

 分類:人間/商人

 役割:梱包補助/荷扱い補助

 現在ジョブ:商人

 レベル:10

 既得スキル:手仕事:2

 既得スキル:梱包:2

 既得スキル:荷扱い:2

 既得スキル:雷:8

 状態:商人ジョブへ変更済み

----------------------------------

 

----------------------------------

トル・バッカ

 分類:人間/商人

 役割:連絡補助/運搬補助

 現在ジョブ:商人

 レベル:10

 既得スキル:走行:3

 既得スキル:伝達:2

 既得スキル:雷:8

 状態:商人ジョブへ変更済み

----------------------------------

 

 トルが自分の胸に手を当てる。

 

「変わったんですか」

 

「変わりました」

 

 澪は答えた。

 

「今日から、三人とも商人です」

 

 ミラは小さく息を吸った。

 

 ピナは、手袋を握りしめた。

 

 トルは笑いそうになり、教会の中だと思い出して我慢した。

 

 マルテは記録板へ書く。

 

「三名、商人ジョブへ変更済み」

 

 司祭様は、その記録の速さに一瞬だけ視線を向けたが、何も言わなかった。

 

 澪は、さらに鑑定を続ける。

 

 商人ジョブになったことで、三人に基礎スキル取得の表示が出ていた。

 

「次は、鑑定と収納です」

 

 ミラが顔を上げる。

 

「鑑定……注文票や品物を見る力ですか」

 

「はい。最初は薄くしか見えないと思います。でも、ミラさんには向いています」

 

 ピナは、収納という言葉に反応した。

 

「小さいものを、なくさずにしまえるのですか」

 

「最初は小さいものだけです」

 

 トルは、目を輝かせた。

 

「走る時、荷物が軽くなりますか」

 

「最初は封筒くらいです。大きな荷物は無理です」

 

「封筒でも軽いです」

 

 澪は、三人を順番に見た。

 

「三人とも、鑑定と収納の両方を取ります。片方だけでは、事業所の仕事に足りません」

 

 三人は頷いた。

 

 表示が変わる。

 

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ミラ・セイル

 分類:人間/商人

 役割:注文票確認補助/記録補助

 現在ジョブ:商人

 レベル:10

 既得スキル:鑑定:1

 既得スキル:収納:1

 既得スキル:雷:8

 状態:基礎商人技能を取得しました

----------------------------------

 

----------------------------------

ピナ・ロッテ

 分類:人間/商人

 役割:梱包補助/荷扱い補助

 現在ジョブ:商人

 レベル:10

 既得スキル:鑑定:1

 既得スキル:収納:1

 既得スキル:雷:8

 状態:基礎商人技能を取得しました

----------------------------------

 

----------------------------------

トル・バッカ

 分類:人間/商人

 役割:連絡補助/運搬補助

 現在ジョブ:商人

 レベル:10

 既得スキル:鑑定:1

 既得スキル:収納:1

 既得スキル:雷:8

 状態:基礎商人技能を取得しました

----------------------------------

 

 三人は、しばらく言葉を失った。

 

 澪は、かなり満足していた。

 

 やり切った。

 

 ただし、説明は難しい。

 

 とても難しい。

 

 

 

 

 押入商会侯爵領事業所へ戻ると、机の上の記録箱が、朝より少し頼もしく見えた。

 

 ミラは、注文票を一枚手に取った。

 

 じっと見る。

 

 すると、日付の空欄に小さな違和感があるようで、ミラは指でそこを押さえた。

 

「ここ、抜けています。見えた、というより、気になりました」

 

「鑑定:1です。最初はそれで十分です」

 

 ピナは、小さな布包みを手のひらに乗せた。

 

 目を閉じる。

 

 布包みが、ふっと消える。

 

 ピナが目を開けた。

 

「入りました」

 

「出せますか」

 

 ピナは両手を少し開いた。

 

 布包みが戻る。

 

 ピナは、ほっとした顔でそれを抱えた。

 

「なくしていません」

 

「はい。収納:1です」

 

 トルは空の封筒を持っていた。

 

「僕もやります」

 

 封筒が消える。

 

 すぐに出る。

 

 トルは得意げに笑った。

 

「走る時、便利です」

 

「封筒だけです。大きなものはまだ無理です」

 

「はい」

 

「あと、雷は机の前では絶対に出しません」

 

 トルの口が開きかけた。

 

「ちょっとだけ」

 

「紙が燃えたら、今日の成果が全部台無しです」

 

 トルは黙った。

 

 ミラが注文票を少し遠ざける。

 

 ピナは布包みを抱えて一歩下がる。

 

 澪は、自分の指先にも小さな雷が集まりかけていることに気づき、慌てて消した。

 

「机の前では禁止でした」

 

 自分で決めた規則に自分で引っかかる。

 

 マルテが記録帳へ書いた。

 

「澪様、机前で雷を出しかける。自己注意済み」

 

「そこも書くんですか」

 

「次に直すためです」

 

 澪は反論できなかった。

 

 

 

 

 マルテは、今日の成果を記録帳にまとめていた。

 

 ビッグバス駆除数、回収量、食材として使える分、池の状態、ミラ、ピナ、トルのレベル、商人ジョブ変更、鑑定と収納の取得、雷:8。

 

 さらに、澪のレベルアップと雷:8。

 

 書けば書くほど、今日一日でやったことの量が、机の上に積み上がっていく。

 

 澪は少し引いた。

 

「初日でここまで進むとは思いませんでした」

 

 マルテは記録板を見る。

 

「記録上、かなり進みました」

 

「かなり、で済みますか」

 

「記録上、非常に進みました」

 

「言い直すと怖くなりました」

 

 ミラは注文票を見ている。

 

 ピナは小さな布包みを収納から出し入れしている。

 

 トルは空の封筒を収納に入れて、得意げに出す。

 

 三人とも、昨日とは違っていた。

 

 ただの手伝い候補ではない。

 

 商人になった。

 

 鑑定と収納を得た。

 

 雷を出せるようになった。

 

 それも雷:8である。

 

 澪は手帳を開いた。

 

 今日の最後に、何かを書かなければならない気がした。

 

 リュシアに事前説明していないことは、反省している。

 

 池でビッグバスを大量に浮かせたことも、多少反省している。

 

 子ども三人と自分が雷:8まで育ったことは、説明が難しい。

 

 とても難しい。

 

 だが、ビッグバスは減った。

 

 食材は増えた。

 

 池は少し戻り始めた。

 

 ミラ、ピナ、トルは商人になった。

 

 収納と鑑定も取れた。

 

 雷は、行商で野盗に襲われた時、逃げるための手段になる。

 

 この異世界は物騒だ。

 

 身を守る方法は、持っておいた方がいい。

 

 澪は、手帳の最後に小さく書いた。

 

 反省はしているが、後悔はしていない。

 

 書いてから、手帳を閉じる。

 

 マルテが記録帳に一行を加えた。

 

「育成プロジェクト初日、成果あり」

 

 澪は、その文字を見て、少しだけ笑った。

 

 押入商会侯爵領事業所の机は、昨日より少し狭くなっていた。記録箱の横に、商人になった三人と、雷を出せるようになった澪の手が増えたからである。

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