押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第7話 ポカリはポーションではありません

 篠原澪は、リュックの中身を確認してから押入れの前に立った。

 

 今日持っていくのは、リュシアに見せる商品と在庫表、それに自分用の飲み物だった。

 

 透明なペットボトルを持ち上げる。

 

「これも忘れないようにしないと」

 

 中身はポカリだ。

 

 修さんから、ちゃんと食べて睡眠を取るようにと言われたばかりである。暑い市場を歩き回って自分が倒れたのでは話にならない。

 

 透明盾は壁際に置いたままにした。

 

 前にリュシアから、持って歩くだけでも目立つと言われている。人通りのある道を使い、トトにも途中までついてきてもらうようになった今は、毎回抱えて歩く必要もなさそうだった。

 

 熊撃退スプレーだけは、すぐ取り出せる位置に入れてある。

 

 澪はリュックを背負い、襖を開けた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ヴァルデスの市場は、今日も朝から人が多かった。

 

 焼いた肉の匂いに香辛料が混ざり、石畳の上を荷車がゆっくり進んでいる。

 

 澪は細い横道へ入らず、人通りのある道を歩いた。

 

 目的はリュシアの倉庫だ。

 

 カラビナや防水ポーチを見せたあとの反応も聞きたいし、前回足りなかった虫眼鏡についても話がある。

 

 倉庫まであと少しというところで、人だかりが見えた。

 

 最初は喧嘩かと思った。

 

 異世界の市場で起きた喧嘩に、自分から首を突っ込む気はない。

 

 避けようとした時、人の隙間から白い法衣が見えた。

 

 老人が石畳の脇へ座り込んでいる。

 

 周囲からは何度も「司祭様」と声がかかっていた。

 

 完全に意識を失っているわけではない。呼びかけには反応しているが、額には汗が浮かび、呼吸も浅い。

 

 水売りの男が水を差し出していた。

 

 別の男は布を広げ、日差しを遮ろうとしている。

 

 小さな子どもが、泣きそうな顔で司祭様を呼び続けていた。

 

 誰も何もしていないわけではない。

 

 それでも、司祭様は水を口元へ運ばれても、うまく飲み込めていなかった。

 

 澪は足を止めた。

 

 自分は医者ではない。

 

 異世界の病気も知らない。

 

 ただ、暑さで体の水分が抜けた時の様子には似ている。

 

 リュシアを呼びたい。

 

 市場を見回したが、姿は見つからなかった。

 

 倉庫まで走ればそう遠くない。

 

 けれど、その間に司祭様の具合がさらに悪くなったらどうする。

 

 リュックの中にはポカリがある。

 

 使えば目立つ。

 

 使わなければ、ただ見ているだけになる。

 

 澪は人だかりへ近づいた。

 

「あの、日陰へ移した方がいいと思います」

 

 近くにいた男がすぐに頷き、もう1人と一緒に司祭様を支えた。

 

 澪はタオルを水で濡らし、首元へ当てる。

 

「司祭様、聞こえますか。少しなら飲めます?」

 

 わずかに頷いた。

 

 澪はリュックからポカリを取り出した。

 

 透明な容器に青いラベル。

 

 市場の中では、どう見ても場違いだった。

 

 周囲から視線が集まる。

 

「薬じゃないですからね」

 

 先に言っておいた。

 

 誰に向けて言ったのかは自分でもよく分からない。

 

 キャップを開け、無理に流し込まないよう、ほんの少しだけ口へ含ませる。

 

 飲み込んだのを確かめてから待ち、また少し飲ませた。

 

「ゆっくりでいいです」

 

 何度か繰り返すうちに、浅かった呼吸が少し落ち着いてきた。

 

 すぐに立ち上がれるほど元気になったわけではない。

 

 それでも、ぼんやりしていた目の焦点が戻ってくる。

 

 司祭様が、手元のペットボトルを見た。

 

「これは……高位の回復薬か」

 

「違います」

 

 澪の返事は早かった。

 

「ポーションじゃないです。ポカリです」

 

「ポカリ?」

 

「ええと……暑い時とか、汗をたくさんかいた時に飲むもので、水分とか塩分を補うための飲み物です」

 

「薬ではないのか」

 

「飲み物です」

 

 そのやり取りを聞いていた周囲がざわついた。

 

「高級ポーションではないのか?」

 

「神殿の薬より効いているぞ」

 

「その透明な瓶は何だ?」

 

「瓶じゃないです」

 

 訂正するほど質問が増えた。

 

 普通の飲み物だと説明したいだけなのに、話すたびに珍しい薬の説明へ近づいていく。

 

 澪が困っていると、人だかりの外から声がした。

 

「澪」

 

 リュシアだった。

 

 人をかき分けて入ってくると、まず司祭様の顔を見た。

 

 次に澪。

 

 最後に、澪が持っているペットボトルへ視線が移る。

 

「今度は何があったんだい?」

 

「暑さで倒れたみたいで、水もうまく飲めてなかったので。これは薬じゃなくて、水分と塩分を補う飲み物で――」

 

「分かった」

 

 リュシアは澪にだけ聞こえる声で続けた。

 

「助けたのは間違ってないよ。でも、見られすぎたね」

 

「……ですよね」

 

 リュシアはすぐに周囲へ向き直った。

 

「司祭様を休ませるのが先だよ。離れて。風を通して。水売りさん、水を少し頼むよ。そこの布、もう少し高くして日を遮って」

 

 人が動いた。

 

 ただ見ていた者は後ろへ下がり、司祭様の周囲に風が通る。

 

「澪が飲ませたのは何でも治す薬じゃないよ。暑さで弱った時に飲ませるものだってさ。司祭様を休ませな」

 

 澪は隣で聞いていた。

 

 自分が何度説明しても伝わらなかった内容が、ずいぶん簡単になっている。

 

 商人は強い。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 司祭様は、近くの小神殿の控え部屋へ移された。

 

 市場より涼しく、石壁の小さな窓から風が入っている。

 

 司祭様は木の椅子へ腰を下ろし、まだ少し疲れた顔をしていた。

 

「しばらくここで休んでもらうよ」

 

 リュシアが言った。

 

 澪は小さく頷いた。

 

 司祭様の前に置かれた机には、澪が持ってきた虫眼鏡や手鏡、カラビナが並び、その端には、ほとんど空になったポカリのペットボトルも置かれていた。

 

「どうしてこうなったんでしょう」

 

「司祭様が見たいって言ったんだろ」

 

「そうでした」

 

 司祭様が虫眼鏡を手に取った。

 

 レンズを光へかざし、反対側の細かな文字を見る。

 

「小さきものを大きく見る道具。葉や石、細かき文字を見る者に向く」

 

 次に手鏡を持つ。

 

「顔を映す薄き鏡。身なりを整える者によい」

 

 カラビナでは、何度か金具を開閉した。

 

「軽き留め金具。小袋などを留めるには便利だが、強き荷には向かぬ」

 

 澪はリュシアを見た。

 

「同じこと言ってます」

 

「鑑定なんだから、そりゃそうだろ?」

 

 当然のように返された。

 

「リュシアさん、知ってるんですか?」

 

「何を?」

 

「鑑定」

 

「商人が鑑定を知らなくてどうするんだい」

 

 リュシアは呆れた顔をした。

 

「持ってる奴もいるし、欲しがる奴も多いよ。品を見る仕事なんだから」

 

「なるほど……」

 

「澪だって、あったら欲しいだろ?」

 

「それは欲しいです」

 

「だろ?」

 

 司祭様は2人の会話を聞きながら、今度はペットボトルを手に取った。

 

 空に近い容器を光へ透かす。

 

「透明で軽き水の器。水を保つ。熱には弱い。長く使い続ける器ではない」

 

 リュシアの目が変わった。

 

 澪はそれに気づいた。

 

「リュシアさん?」

 

「これ、空になったらどうするんだい?」

 

「ゲンダイなら捨てますけど」

 

「捨てる?」

 

「はい」

 

 リュシアはペットボトルを握った。

 

 少しへこみ、手を離すと戻る。

 

 栓を閉め、横へ傾ける。

 

「軽い。中が見える。栓もできる」

 

「そうですね」

 

「水筒よりずっと軽いじゃないか」

 

「まあ……」

 

「空になったら置いてきな」

 

「え?」

 

「捨てるんだろ?」

 

「ゲンダイでは」

 

「じゃあ、こっちじゃ捨てなくていいよ」

 

 澪は嫌な予感がした。

 

「何に使うんです?」

 

「考える」

 

 その返事が一番不安だった。

 

 司祭様は最後に、まだ少し残っている中身へ目を向けた。

 

「こちらも見てよいか?」

 

「お願いします」

 

 司祭様はしばらく見てから、ゆっくり頷いた。

 

「薬草を煎じたものではない。水と、体から失われるものを補うための飲み物らしい」

 

「そうです。ポカリです」

 

「ポーションではないのだな」

 

「最初からそう言ってます」

 

 ようやく1人、分かってくれる人が増えた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 司祭様はしばらく休んだあと、澪の方を見た。

 

「お前さんも、品を見る時にずいぶん細かく見るようだな」

 

「最近、失敗したくなくて」

 

「同じ品かどうか。何に使えるか。何に使ってはならぬか。そこまで見ておる」

 

 澪はカラビナを見る。

 

 重い荷物には使わせない。

 

 虫眼鏡は型違いを分ける。

 

 JANコードを調べ、在庫表も作った。

 

 どれも、あとで困りたくなくて始めただけだった。

 

 司祭様が澪へ手を伸ばした。

 

「少し見せてもらってもよいかな」

 

「何をです?」

 

「お前さん自身を」

 

 澪は一瞬だけリュシアを見る。

 

 リュシアは特に驚いていない。

 

「司祭様の鑑定だよ」

 

「あ、なるほど」

 

「今さら怖がるところじゃないだろ」

 

「自分が見られるのは別ですよ」

 

「そういうものかい?」

 

 そういうものだった。

 

 それでも断る理由はない。

 

「お願いします」

 

 司祭様の視線が澪へ向く。

 

 しばらくして、その眉が少し動いた。

 

「ほう」

 

「何かありました?」

 

「鑑定の芽が出ておる」

 

 澪は固まった。

 

「……芽?」

 

 リュシアがすぐに反応した。

 

「鑑定?」

 

「そうだ」

 

「澪、よかったじゃないか」

 

「ちょっと待ってください。私はまだ何も見えてませんけど」

 

「だから芽なんだろ?」

 

 リュシアの方が話が早い。

 

 司祭様は頷いた。

 

「まだ正式なスキルではない。ただ、品を見る積み重ねが形になり始めておる」

 

「これ、放っておいたらどうなるんです?」

 

「育つこともあれば、そのまま消えることもある」

 

「消えるんですか」

 

「芽だからな」

 

 澪は少し考えた。

 

「それは……もったいないですね」

 

 リュシアが笑った。

 

「澪ならそう言うと思ったよ」

 

「だって鑑定ですよ?」

 

「商人には欲しいスキルだね」

 

 司祭様は椅子から立とうとした。

 

 澪が慌てる。

 

「まだ休んでいた方がいいんじゃないですか?」

 

「無理はせぬ。すぐ済む」

 

「何をするんです?」

 

「芽を、きちんとスキルとして定める」

 

 澪はリュシアを見る。

 

「そんなことできるんですか?」

 

「司祭様ならね」

 

 今度はリュシアが当然のように答えた。

 

「芽が出ても、それだけじゃスキルにならないことがある。神前で形を定めてもらうんだよ」

 

「そういう仕組みだったんですか」

 

「知らなかったのかい?」

 

「スキルを生やしたことがないので」

 

「普通はそうだね」

 

 リュシアも納得した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 小神殿の祭壇は、控え部屋のすぐ隣にあった。

 

 司祭様に言われ、澪は祭壇の前へ座る。

 

「私は何をすればいいですか?」

 

「目を閉じて、先ほどまで自分が見ていた品を思い浮かべなさい」

 

 澪は目を閉じた。

 

 虫眼鏡。

 

 手鏡。

 

 カラビナ。

 

 同じように見えて違う商品。

 

 使える場所と、使ってはいけない場所。

 

 司祭様が短い祈りを捧げる。

 

 言葉の意味は分からない。

 

 ただ、途中で自分の名前と「鑑定」という言葉だけは聞き取れた。

 

 しばらくすると、目の奥が少し温かくなる。

 

 痛みはなかった。

 

 ぼんやりしていた何かに輪郭がつくような、不思議な感覚だけが残った。

 

「目を開けなさい」

 

 澪は目を開いた。

 

「終わったんですか?」

 

「試してみれば分かる」

 

 司祭様がカラビナを1つ差し出した。

 

 澪は受け取り、意識を向ける。

 

 今までなら、金具の厚さやばねの戻りを自分で考えていた。

 

 今回は違った。

 

 見ようと思った途端、情報がまとまった形で浮かぶ。

 

----------------------------------

カラビナ

 分類:留め具

 用途:小物の固定

 注意:重い荷には不向き

----------------------------------

 

「……見えました」

 

「どう見える?」

 

「名前と、何に使うかと、注意することが分かれてます」

 

「なら、鑑定として定まっておる」

 

 澪はもう一度カラビナを見る。

 

 表示は消えない。

 

 リュシアが横から覗き込んだ。

 

「私は何も見えないよ」

 

「私には出てます」

 

「いいね」

 

 リュシアは明らかに商人の顔になった。

 

「澪、それ便利だよ」

 

「分かってますけど、その顔で言われると怖いです」

 

「何でだい?」

 

「仕事が増えそうなので」

 

「増えるだろうね」

 

「否定してください」

 

 リュシアは笑った。

 

 澪は机へ戻り、ポカリへ意識を向けた。

 

----------------------------------

ポカリ

 分類:経口保水液

 用途:水分・電解質補給

 適性:発汗・軽度脱水時

 状態:飲用可能

----------------------------------

 

「経口保水液……」

 

「何と出た?」

 

「水分と電解質を補う飲み物です」

 

 司祭様が頷く。

 

「やはり薬ではないのだな」

 

「はい」

 

 澪は少しだけ胸を張った。

 

「ポーションではありません」

 

 そこだけは鑑定にも保証してもらえた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 次にペットボトルへ意識を向ける。

 

----------------------------------

ペットボトル

 分類:樹脂製飲料容器

 用途:飲料の保存・携行

 特徴:軽量/透明/再栓可能

 注意:高温に弱い

----------------------------------

 

「……やっぱり容器ですね」

 

「何て出たんだい?」

 

 リュシアが食いついた。

 

 澪が読み上げると、リュシアはすぐにペットボトルを取り上げた。

 

「軽量。透明。栓ができる」

 

「そう書いてあります」

 

「悪くないね」

 

「売る気ですか?」

 

「まず見せるよ」

 

「誰に?」

 

「欲しがりそうなのは何人かいる」

 

 返事が早かった。

 

「これ、ゲンダイでは飲み終わったら普通に捨てる物なんですけど」

 

「何度も言わなくていいよ。だから欲しいんじゃないか」

 

「捨てるから?」

 

「澪が安く手に入れられるから」

 

 そこは商人だった。

 

「空になったら私に渡しな」

 

「それ、私が飲んでたやつですよ?」

 

「洗えばいいだろ?」

 

「そういう問題です?」

 

「何が問題なんだい?」

 

 リュシアには本気で分からないらしい。

 

 司祭様が横で笑っていた。

 

「商人の目とは恐ろしいものだな」

 

「司祭様まで言わないでください」

 

「褒めておる」

 

「褒められてる感じがしません」

 

 リュシアはペットボトルを机へ戻さなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 司祭様は、澪が鑑定を使えるようになったことを確認すると、少し真面目な顔になった。

 

「鑑定は便利な技だが、誰にでも見せびらかすものではない」

 

「やっぱりですか」

 

「品を見てほしい者は集まる。隠したい物を見られたくない者もいる」

 

 リュシアも頷いた。

 

「商人なら欲しがるよ。でも、持ってると知られれば何でも見てくれって言われる。相手は選びな」

 

「露店と同じですね」

 

「そういうことだよ」

 

 澪には、その説明が一番分かりやすかった。

 

 商品を誰にでも見せない。

 

 金貨を人前で数えない。

 

 便利だからといって、全部持ち込まない。

 

 鑑定も同じ扱いにすればいいらしい。

 

「それと、見えたものが何でも完全だと思わぬことだ」

 

 司祭様が続ける。

 

「鑑定にも見える範囲がある。使う者が育てば、見えるものも変わる」

 

「今見えているものだけで決めつけない方がいい?」

 

「そうだ」

 

「分かりました」

 

 リュシアが横から言った。

 

「その辺は商売でも同じだね。鑑定で良い品って出ても、高く売れるとは限らないよ」

 

「そこまで鑑定に任せようとは思ってません」

 

「ならいいよ」

 

 そのあたりは、これまでリュシアに散々教えられている。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 小神殿を出る頃には、司祭様もかなり顔色が戻っていた。

 

「今日は助かった」

 

「本当にポカリを飲ませただけですから」

 

「それでも、わしが助かったことに変わりはない」

 

 司祭様は穏やかに笑った。

 

「また教会へ来なさい。困ったことがあれば相談に乗ろう」

 

「ありがとうございます」

 

 澪は頭を下げた。

 

 リュシアは、その横で空になったペットボトルを持っている。

 

「それ、返してもらえません?」

 

「何で?」

 

「私が持ってきたので」

 

「捨てるんだろ?」

 

「そうですけど」

 

「なら置いてきな」

 

「もう売る気ですよね?」

 

「まだ見せるだけだよ」

 

「まだ、って言いましたね」

 

「聞こえたかい?」

 

「聞こえました」

 

 リュシアは悪びれもしない。

 

 市場へ戻るところでトトが見つかった。

 

「トト」

 

 リュシアが呼ぶ。

 

「澪をいつもの通りまで送ってきな」

 

「うん」

 

「変なのがいたら大声で叫ぶ。それから私を呼びに戻るんだよ」

 

「分かってる」

 

 トトが澪の横へ来た。

 

「澪姉ちゃん、今日何してたの?」

 

「司祭様を助けました」

 

「すごい」

 

「そのあと鑑定が生えました」

 

「もっとすごい」

 

「あと、リュシアさんにゴミを取られました」

 

「ゴミ?」

 

 トトが振り返る。

 

 リュシアは透明なペットボトルを光に透かしていた。

 

「……あれ?」

 

「たぶん、そのうちゴミじゃなくなります」

 

 澪には、そんな気がした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 江古田の六畳間へ戻ると、澪は在庫表を開いた。

 

 ミニテーブルの上にカラビナを置き、もう一度見る。

 

----------------------------------

カラビナ

 分類:留め具

 用途:小物の固定

 注意:重い荷には不向き

----------------------------------

 

 ちゃんと出る。

 

 見間違いではなかった。

 

 在庫表の右端に、新しい欄を作る。

 

『鑑定結果』

 

「増えた……」

 

 昨日、在庫を管理するために作ったばかりなのに、もう欄が増えた。

 

 カラビナには「重い荷には使わせない」と書いてある。

 

 鑑定結果にも同じ内容が出たので、少なくとも自分の判断は間違っていなかったらしい。

 

 澪は次の行へ移ろうとして、手が止まった。

 

 ポカリのボトルがない。

 

「あ」

 

 リュシアに取られたままだった。

 

 返してもらおうと思えば、明日でも返してもらえる。

 

 ただ、あの顔を思い出すと、すでに誰かへ見せている可能性の方が高そうだった。

 

「……空のペットボトルなんだけどな」

 

 ゲンダイなら、飲み終わればゴミ箱へ入る。

 

 ヴァルデスでは、リュシアが持っていった。

 

 澪は在庫表の余白へ、

 

『空ペットボトル リュシア』

 

 とだけ書いた。

 

 その隣に置いてある大学の課題ノートへ目を移す。

 

 昨日書いた付箋には、まだ『睡眠』が残っていた。

 

 鑑定が増えても、大学の課題も睡眠時間も減ってはくれない。

 

「……今日は課題から」

 

 澪は在庫表を閉じ、課題ノートを手前へ引いた。

 

 

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