押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第81話 プロジェクト チタン

 

 古い採石場跡は、朝の光を受けて、前よりもさらに採石場ではなくなっていた。

 

 澪は入口のところで足を止めた。

 

 昨日、真壁が「作業環境を整えただけだ」と言い張った場所である。

 

 入口の草は短く刈られ、足元の石は水で洗われ、白い石粉は道の脇へ寄せられていた。壁際の水路には細い水が流れ、くぼみには澄んだ溜まり水がある。黒砂、石粉、泥、残渣はそれぞれ別の場所に分けられ、大きな平石はどう見ても作業台だった。

 

 張り出した石壁の下には、試料置き場がある。

 石段のように整えられた場所は、座るのにちょうどよさそうだった。

 

 澪は、じっとそこを見た。

 

「やっぱり、ここ住めますよね」

 

「住むための場所ではない」

 

 真壁久忠は、黒い重砂の小瓶と淡い鉱石片の小瓶を作業台の上に置いた。

 

「雨はしのげますよね」

 

「試料を濡らさぬためだ」

 

「座れますよね」

 

「判断力は疲労で落ちる。座る場所は必要だ」

 

「水もありますよね」

 

「洗浄と前処理に必要だ」

 

「住めますよね」

 

「作業場だ」

 

 澪は小さく息を吐いた。

 

 この人は、言い換えれば勝てると思っている。

 

 たぶん勝っている。

 少なくとも本人の中では。

 

 真壁は作業台の上に、黒い重砂を少量、淡色鉱石片を少量、そして昨日分けておいた白い石粉と赤茶けた残渣を並べた。

 

 配置がきれいだった。

 

 戦場の地図を見るような手つきで、真壁はそれぞれの小瓶を少しずつ動かす。

 

「今日は、戻す」

 

 低い声だった。

 

 澪は背筋を伸ばした。

 

「石の中の金属を、金属へ戻す、でしたね」

 

「そうだ」

 

 真壁は、黒い重砂の瓶を指先で軽く叩いた。

 

 かすかな音がした。

 ただの砂の音ではない。

 重い粒が、硝子の内側を鈍く叩く音だった。

 

 澪は深呼吸した。

 

 採石場の空気は冷たい。

 でも、自分の手のひらは少し汗ばんでいた。

 

 この人は本当にやるつもりだ。

 現代でも面倒そうなことを、異世界の採石場で、収納の中で。

 

 しかも、できそうな顔をしている。

 

「まず、前提を合わせる」

 

 真壁は作業台の端に置いた記録板を引き寄せた。

 

「現代では、鉱石を直接溶かしてチタンを取り出すわけではない」

 

「違うんですか」

 

 澪は思わず聞き返した。

 

 鉄なら、鉄鉱石を溶かす。

 銅なら銅鉱石を溶かす。

 そういう雑な理解しかない。

 

 真壁は淡色の石片を手に取り、朝の光にかざした。

 

「一度、別の形に変える。不純物を分ける。金属へ戻す。最後に余計なものを抜く。そこまでして、ようやく素材になる」

 

 澪は固まった。

 

「それ、現代の工場でやるやつですよね」

 

「そうだ。普通なら、こんな採石場跡でやる話ではない」

 

「じゃあ無理では」

 

「普通なら無理だ」

 

 真壁は、そこで少しだけ口元を緩めた。

 

「だが、収納九は普通ではない」

 

「収納がまた荷袋から離れていく……」

 

「荷袋だと思うから間違える」

 

 真壁は記録板に短く線を引いた。

 

「酸素を外す。不純物を分ける。金属分を残す。余計なものを抜く。必要なのは名前ではなく、目的だ」

 

 澪はその線を見た。

 

 まるで工程表ではない。

 戦闘計画でもない。

 けれど、真壁の中ではもう、道筋になっているのだろう。

 

「それを、収納の中で?」

 

「小試料だけならな」

 

「小試料だけ、で済む話ですか」

 

「済ませる。済ませられなければ、今日は失敗だ」

 

 失敗、と真壁は普通に言った。

 

 その言い方が、むしろ怖かった。

 

 真壁にとって失敗は、止まる理由ではない。

 次に何を変えるかを知る手段である。

 

 それを澪は、もう何度も見ていた。

 

   

 

 

 真壁は、黒い重砂を米粒にも満たない量だけ取り分けた。

 

 指先に付くほどの量。

 これで何かが分かるのかと思うほど少ない。

 

 真壁はそれを小さな浅皿に置き、目を細めた。

 

 澪には、何も起きていないように見えた。

 

 火はない。

 煙もない。

 光もない。

 熱もない。

 

 ただ、真壁の表情が少しだけ硬くなった。

 

 いつもの余裕のある顔ではない。

 視線が一点に止まり、呼吸がわずかに浅くなる。

 

 収納の中で、何かをしている。

 

 外には出さない。

 見せない。

 漏らさない。

 

 澪は黙っていた。

 

 邪魔をしてはいけない気がした。

 

 しばらくして、真壁は浅皿の上へ視線を落とした。

 

 そこには、灰色の粉と、黒く焦げたような残渣が残っていた。

 

「……え」

 

 澪は思わず身を乗り出した。

 

 真壁はすぐに鑑定をかける。

 澪も重ねて見る。

 

----------------------------------

試行生成物

 分類:鉱物処理残渣

 状態:灰色粉末/黒色残渣混在

 金属光沢:なし

 残留:酸素多/鉄分多/微細残渣多

 結果:失敗

 注意:酸素除去と残渣分離が不完全です

 注意:反応可能温度に達していません

----------------------------------

 

 続けて、真壁自身の表示が出た。

 

----------------------------------

真壁久忠

 状態:小試料製錬試行後

 疲労度:45% → 53%

 試料量:米粒未満

 結果:失敗/残渣多

 注意:収納内工程場の温度保持が不足しています

----------------------------------

 

 澪は表示を見た。

 

「八%使って灰ですか」

 

「灰ではない。温度不足の記録だ」

 

「言い方」

 

「言い方で結果は変わらん」

 

「そこは変わらなくていいです」

 

 真壁は灰色粉末を、細い木片の先で少し動かした。

 

 黒い残渣が混じっている。

 金属光沢はない。

 

 澪でも分かる。

 これは成功ではない。

 

 だが真壁の顔には、失望がなかった。

 

 むしろ、見つけたという顔だった。

 

「分離はできている。だが、石がまだ石のままだ」

 

 真壁は灰色粉末を見つめたまま言った。

 

「つまり?」

 

「戻るための状態に届いていない」

 

「それは、熱が足りないということですか」

 

「そうだ。だが外に炉は作れん」

 

 澪は採石場の奥を見た。

 

 切り立った石壁。

 作業台。

 水路。

 黒砂のくぼみ。

 

「炉を作るんですか」

 

「作らん」

 

 即答だった。

 

 澪は少しだけ安心した。

 

 ほんの少しだけ。

 

「この世界の炉では温度も制御も足りない。大きな炉を作れば目立つ。燃料もいる。人手もいる。秘匿もできん」

 

 真壁は石壁を見上げた。

 

「外に炉を作れば、ここは秘密工房ではなく工場になる」

 

「すでに工房には見えます」

 

「まだ工房だ」

 

「基準が甘いです」

 

 真壁は答えず、灰色粉末を小瓶に戻した。

 

 そのラベルに、失敗一、と小さく書く。

 

「失敗を保存するんですか」

 

「失敗は条件だ。捨てるのは品がない」

 

「真壁さんの品、たまに怖い方向に働きますね」

 

 真壁は聞き流した。

 

 聞き流し方も品があった。

 

   

 

 

 次に真壁が向かったのは、採石場の水路だった。

 

 澪は後を追う。

 

 水路は前話で真壁が通したものだ。溜まり水から細く流れ、低いくぼみに向かっている。石粉は水路の途中で白く沈み、黒い重砂は別の浅いくぼみに残るようになっていた。

 

 どう見ても前処理装置である。

 

 昨日、澪はここを「住める」と言った。

 間違ってはいない。

 

 けれど、それだけではなかった。

 

 真壁は、黒い重砂を少量、水路の上流へ落とした。

 

 水が粒を撫でる。

 軽い泥が流れる。

 白い石粉が途中で沈む。

 赤茶けた微細な粒が別のところに残る。

 そして、黒く重い粒だけが浅いくぼみに集まっていく。

 

 真壁はそれを見ながら、収納でごく細かく対象を選ぶ。

 

 白い石粉を落とす。

 泥を除く。

 軽い残渣を流す。

 鉄分寄りの粒を分ける。

 チタン酸化物寄りの重い粒を残す。

 

 澪はだんだん黙っていった。

 

 これは、ただの水路ではない。

 

 鑑定と収納の補助装置だ。

 

 真壁は、採石場そのものを、収納に入れる前の作業場へ変えている。

 

 前処理後の粒を浅皿へ取り、真壁が鑑定する。

 

----------------------------------

濃縮チタン系試料

 分類:チタン系濃縮鉱物

 状態:前処理済み

 混入:鉄分少量/微細残渣少量

 酸素結合:強

 金属化難度:高

 注意:小試料製錬に使用可能

----------------------------------

 

「採石場、住める場所じゃなくて、前処理場になってたんですか」

 

「両方だ」

 

「両方って言いましたね」

 

「正確には、前処理場だ。住めるのは副次効果だ」

 

「副次効果が大きすぎます」

 

 澪は水路を見下ろした。

 

 住めるうえに前処理もできる。

 前処理できるうえに秘密工房にもなる。

 そのうち茶を淹れる場所まで整いそうで怖い。

 

 真壁は、前処理済みの試料をさらに少量だけ浅皿へ置いた。

 

「二回目だ」

 

 今度も、火は見えない。

 光も漏れない。

 

 だが、一回目より真壁の集中が深い。

 

 手は動かない。

 視線だけが、浅皿の一点を射抜く。

 

 しばらくして、浅皿の上に、灰色がかった銀色の粒が残った。

 

 粉ではない。

 黒い残渣でもない。

 

 ほんのわずかに金属光沢がある。

 

 澪は息を止めた。

 

----------------------------------

粗チタン金属粒

 分類:試作金属粒/チタン系

 状態:粗生成物/未成形

 純度:中

 残留:酸素少量/鉄分少量/微細残渣あり

 金属光沢:弱

 強度:未評価

 用途:研究試料

 注意:実用品ではありません

 注意:チタン金属化の中間成功例です

----------------------------------

 

 続いて、疲労度が出る。

 

----------------------------------

真壁久忠

 状態:小試料製錬試行後

 疲労度:53% → 65%

 試料量:米粒未満

 結果:中間成功

 注意:高精度収納操作による認識負荷が大きい

----------------------------------

 

「十二%増えて、米粒未満……」

 

「高いな」

 

 澪は真壁を見た。

 

「真壁さんが高いって言った」

 

「商人として言う。まだ採算は合わん」

 

「ちゃんと商人してる」

 

「商人だ」

 

 真壁は粗チタン金属粒を見た。

 

 目元に、ほんの少しだけ満足があった。

 しかしそれはすぐに消える。

 

「金属化はした。だが、まだ足りん」

 

 真壁は粒を動かした。

 

「酸素が残っている。鉄分も微量にある。粒が粗い。形を保てない。純チタンとは言えん」

 

「スポンジチタンとかになるんじゃないんですか」

 

 澪は、現代製錬の説明を思い出しながら言った。

 

 真壁は首を横に振った。

 

「現代工程なら、そういう形になる。だが、これは違う。不要成分を収納で抜き、金属分だけを残している。空隙を作る必要はない」

 

「現代工程を飛ばしてませんか」

 

「飛ばしているのではない。別の道を通っている」

 

「言い方で安全になりません」

 

 真壁はもう一度、粗チタン金属粒を収納内工程場へ戻した。

 

 ほんのわずかな時間。

 

 その後、取り出された粒は、形を崩していた。

 

 細かな灰色の粉へ戻り、銀色の輝きは弱くなっている。

 

----------------------------------

粗チタン金属粒

 分類:試作金属粒/チタン系

 状態:形状崩れ/粉状化

 純度:中

 残留:酸素少量/鉄分少量

 結果:成形失敗

 注意:温度保持不足

 注意:成形前に金属分が安定していません

----------------------------------

 

 澪は表示を見た。

 

「……崩れましたね」

 

「崩れた」

 

 真壁は認めた。

 

 その声に苛立ちはない。

 ただ、次の条件を探す声だった。

 

「分離はできた。酸素もある程度抜けた。鉄分も抜けた。しかし、熱が足りない。場が安定していない。チタン金属分が、塊として戻りきらない」

 

 真壁は、作業台に並ぶ三つの結果を見た。

 

 灰色粉末。

 黒い残渣。

 粗チタン金属粒。

 崩れた灰色の粉。

 

 温度不足。

 酸素残留。

 形状崩れ。

 

 表示が、線のようにつながっていく。

 

   

 

 

 真壁は黙った。

 

 採石場の奥で、水路の音だけがした。

 

 澪は声をかけなかった。

 

 真壁の目が、もう作業台の上を見ていないことに気づいたからだ。

 

 もっと遠いものを見ている。

 ここではない場所。

 この世界ではない技術。

 彼の前世に沈んでいる、危ない知識。

 

 真壁の内側で、古い記憶がゆっくりと形を取った。

 

 そうだ……あの粒子によるプラズマ化があったな。

 

 ある粒子を、あるフィールド内に張り巡らせる。

 粒子の運動量を加速する。

 閉じた場に熱を得る。

 

 刃にも炉にもなり得る高温場。

 

 出来るか?

 

 真壁は、収納の奥にごく小さな場を想像した。

 

 外には熱を出さない。

 光も漏らさない。

 澪君に見せる必要もない。

 

 収納九なら、密閉できる。

 場を固定できる。

 状態を保てる。

 圧力も制御できる。

 

 鑑定九なら、何が残り、何が抜けたか見える。

 

 やはり可能か。

 

 そこで、真壁は別の思考へ移った。

 

 この技術は危険だ。

 

 高温を閉じ込められる。

 発電にも使える。

 兵器にも転ぶ。

 製錬どころではなく、国の形を変える。

 

 この世界にも、澪君の世界にも、まだこの技術はあってはならないな。

 

 真壁はゆっくり息を吐いた。

 

 名前は出さない。

 仕組みも語らない。

 使うのは、小試料を戻すための「場」という考え方だけだ。

 

 真壁は澪へ顔を向けた。

 

「澪君に仕組みは教えられないが……ある粒子を、あるフィールド内に張り巡らせる技術がある」

 

 澪の顔が、即座に引きつった。

 

「その時点で聞いてはいけない気がします」

 

「その粒子の運動量を上げ、プラズマ化する。閉じた場の中に、数千度の熱を得る」

 

「やっぱり聞いてはいけないやつですよね」

 

「発電ではない。兵器でもない。小試料を戻すための工程場だ」

 

「そう言われると、余計に怖いです」

 

「怖いと思えるなら、それでいい」

 

 真壁はそれ以上言わなかった。

 

 澪も聞かなかった。

 

 聞いてはいけない。

 それは、澪にも分かった。

 

 分かってしまったことが、少し怖かった。

 

 真壁は、前処理済みの濃縮チタン系試料をさらに小さく選んだ。

 

 米粒より小さい。

 粉と言ってもいい量。

 

 それを浅皿へ置く。

 

「始める」

 

 真壁の声が、いつもより低かった。

 

 外には、何も見えない。

 

 光も漏れない。

 熱も漏れない。

 音もない。

 

 ただ、真壁の集中だけが、明らかに重くなった。

 

 額に汗が浮かぶ。

 呼吸が浅くなる。

 手は動かない。

 けれど視線は、まるで見えない炉の中を覗いているように鋭い。

 

 澪は、鑑定を重ねた。

 

----------------------------------

収納内高温場

 分類:収納内小試料工程場

 状態:一時形成

 方式:密閉保持/高温場保持/成分分離

 熱源:場内粒子高温化

 対象:濃縮チタン系試料

 運用時間:極短時間

 負荷:極高

 注意:長時間運用不可

 注意:外部へ熱を漏らさない制御が必要です

----------------------------------

 

 澪は表示を見て、目を閉じたくなった。

 

「収納って、荷物を入れるスキルでしたよね」

 

「今は、小試料用の工程場だ」

 

「どんどん遠くへ行ってます」

 

 真壁は返事をしたが、意識の大半は別の場所にあった。

 

 収納の中の、閉じた小領域。

 

 その内側で、濃縮試料が反応可能な状態へ近づいていく。

 

 真壁は鑑定で見る。

 

 チタン分。

 酸素。

 鉄分。

 残渣。

 

 見分ける。

 

 抜く。

 

 残す。

 

 寄せる。

 

 さらに抜く。

 

 金属分だけを、小さな長方形へまとめる。

 

 澪は声をかけそうになった。

 

 真壁の呼吸が、さらに浅くなったからだ。

 

 けれど、言えなかった。

 

 ここで声をかけたら、崩れる。

 

 そう感じた。

 

 真壁の唇がわずかに動いた。

 

「保持」

 

 たった一言。

 

 けれどその瞬間、見えないところで形が固定されたのだと分かった。

 

 真壁はゆっくり手を開いた。

 

 収納から、小さな銀灰色の塊が現れた。

 

 澪の掌に乗るほど小さい。

 

 だが、砂ではない。

 粉ではない。

 粗い粒でもない。

 

 明らかに金属塊だった。

 

 澪は手を伸ばしかけ、途中で止めた。

 

「触っていいですか」

 

「まだ熱は残していない。だが、慎重に」

 

 澪は小さな金属塊を見つめた。

 

 銀とも違う。

 鉄とも違う。

 白金とも違う。

 

 軽そうなのに、存在感がある。

 

 鑑定をかける。

 

----------------------------------

純チタンインゴット

 分類:試作金属塊/チタン

 状態:小型インゴット

 純度:高

 残留:酸素微量/鉄分微量/残渣ほぼなし

 強度:未評価

 用途:研究試料/高機能素材候補

 注意:小試料製錬成功例です

 注意:量産には疲労度コスト低減が必要です

----------------------------------

 

 澪は言葉を失った。

 

 表示の一行目から、もう重かった。

 

 純チタンインゴット。

 

 黒い砂から。

 誰も見向きしなかった採石場から。

 普通なら現代の工場でやる工程を経て得るはずの金属が。

 

 今、澪の目の前にある。

 

 真壁は小さな塊を見た。

 

「戻ったな」

 

 澪はようやく声を出した。

 

「戻ったどころか、固まりましたね」

 

「純チタンインゴットだ」

 

「言葉が重いです」

 

 澪は、もう一度表示を見た。

 

 純度、高。

 残渣ほぼなし。

 

 見間違いではない。

 

 成功している。

 

 成功してしまっている。

 

 その瞬間、澪は別のことに気づいた。

 

「真壁さん」

 

「何だ」

 

「疲労度」

 

 澪は真壁を鑑定した。

 

----------------------------------

真壁久忠

 分類:人間/異界漂着者

 現在ジョブ:商人

 状態:純チタンインゴット生成後/極度集中後

 疲労度:65% → 86%

 累積疲労増加:45% → 86%

 既得スキル:鑑定:9

 既得スキル:収納:9

 成長:収納内高温場:1

 成長:高温場保持:1

 成長:酸素分離:1

 成長:金属成形保持:1

 成長:小試料製錬:1

 注意:疲労度80%超。継続作業不可

----------------------------------

 

「疲労度、八十六。直前から二十一%増えてます」

 

「高いな」

 

「高いな、じゃないです。最初からだと四十一%増えてます」

 

「商人として言う。まだ採算は合わん」

 

「命の採算も見てください」

 

「それも含めて高い」

 

 真壁は椅子代わりの石段へ、ゆっくり腰を下ろした。

 

 座り方は乱れない。

 だが、額の汗は隠せない。

 

 澪は水筒を出して渡した。

 

 真壁は素直に受け取る。

 

 そこは素直だった。

 

「成功だ。だが、商売にはまだ遠い」

 

「純チタンインゴットなのに?」

 

「一個作るたびに疲労度を二割以上削る素材は、商材ではなく見本だ。累積で見れば四割を超えている」

 

 澪は小さなインゴットを見た。

 

 見本。

 

 言われてみれば、そうだ。

 

 これは宝ではない。

 商品ではない。

 武器でもない。

 

 証明だ。

 

 黒い砂から、純チタンが戻るという証明。

 

「真壁さんがちゃんと止まってる……」

 

「止まってはいない。次の課題を見ている」

 

「やっぱり止まってない」

 

 真壁は、水を一口飲んだ。

 

「採石場でできることは、採石場で済ませる。収納内高温場は最後だけ使う」

 

「秘密工房の意味が増えましたね」

 

「工房ではない。前処理場兼小試料工程場だ」

 

「名称が長くなるほど危ない気がします」

 

 真壁は反論しなかった。

 

 反論しない時は、だいたい澪の言葉が当たっている。

 

 澪は真壁の表示をもう一度見た。

 

 疲労度八十六。

 

 これは、もう続ける数字ではない。

 

「今日は終わりです」

 

「もう一度やれば条件が」

 

「八十六」

 

 真壁は黙った。

 

 少しだけ間があった。

 

「……よい指摘だ」

 

「前回も聞きました」

 

「よい指摘は何度でもよい」

 

 澪は、小型の純チタンインゴットを小さな容器に入れた。

 

 黒い重砂の瓶。

 淡色鉱石片の瓶。

 失敗一の灰色粉末。

 粗チタン金属粒。

 そして、小型純チタンインゴット。

 

 並べると、失敗から成功までの道が目に見えた。

 

 灰。

 残渣。

 粗い粒。

 銀灰色の小さな塊。

 

 それはまだ商品ではない。

 武器でもない。

 宝でもない。

 

 だが、誰も見向きしなかった黒い砂から、純チタンが戻った。

 

 澪は容器の蓋を閉めた。

 

 その音が、採石場の石壁に小さく響いた。

 

 黒い砂は、金属に戻った。

 

 しかも、澪の掌に乗る小さな銀灰色の塊になっていた。

 

 純チタンインゴット。

 

 その表示を見た瞬間、澪は言葉を失った。

 

 押入商会は、ついに石の中の金属を戻してしまった。

 

 問題は、それをやった真壁久忠の疲労度が、ほとんど赤信号だったことである。

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