押し入れの向こうは異世界でした   作:Brooks

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第9話 鑑定、百円ショップで暴走する

 

 篠原澪は、朝の六畳間で自分用の管理表を見下ろしていた。

 

 ミニテーブルには押入商会の在庫表と鑑定練習のメモ、大学の課題ノートが重なり、その横には自分の生活まで罫線で区切った紙が置かれている。

 

 睡眠、食事、水分、大学の課題、仕入れ予定。

 

 商品ならまだ分かる。

 

 自分まで表の中へ入れると、何かが違う気もする。

 

 澪は睡眠欄へ丸をつけようとして、ペン先を止めた。

 

 昨夜はいつもより早く布団へ入った。

 

 そこまではよかった。

 

 問題は、布団の中でスマホを開いてしまったことである。

 

『百均 安全な商品』

『小物 誤飲 危険』

『異世界 持ち込み 危ない』

 

 最後の検索語については、自分でもどうかと思っている。

 

「……三角かな」

 

 睡眠欄へ小さな三角を書いた。

 

「寝ようとはした。これは努力点」

 

 誰も採点していない。

 

 昨日、江古田の森公園で自分を鑑定した時には、体力37、筋力28、集中42のほかに『課題進捗:危険』まで出た。

 

 鑑定は2になったが、本人にはあまり優しくなかった。

 

 せめて食事はまともにしようと冷蔵庫を開く。

 

 納豆だけで済ませず、卵を1つ焼き、冷凍ご飯を温める。インスタントの味噌汁もつけた。

 

 ミニテーブルへ並べてから、澪は朝食を眺めた。

 

「体調管理、できています」

 

 まだ朝食1回分である。

 

 それでも納豆だけよりは進歩したことにした。

 

 食べ終えて食器を流しへ運んだ時、押入れの向こうから声がした。

 

「澪、いるかい?」

 

 リュシアだった。

 

 澪は手を洗ってから襖を開けた。

 

 向こうはリュシアの倉庫側につながっている。木箱に腰を掛けたリュシアが、何枚かの木札を手にしていた。

 

「おはようございます」

 

「おはよう。今日は顔が少しましだね」

 

「朝食を改善しました」

 

「朝食?」

 

「納豆だけじゃなくて、卵と味噌汁とご飯です」

 

 リュシアは少し考えてから頷いた。

 

「何を食べたのかは分からないけど、ちゃんと食べたならいいよ」

 

「褒められました?」

 

「半分くらいはね」

 

 今は半分でもありがたい。

 

 澪が敷居のところへ腰を下ろすと、リュシアは木札へ目を落とした。

 

「カラビナ、荷運びの子には評判いいよ。小袋を腰に留められるし、いちいち紐をほどかなくていいって」

 

「壊れてません?」

 

「まだね。重い荷には使わせてないよ」

 

「それならよかったです」

 

「防水ポーチは、雨の日の硬貨袋にしたいって商人がいる。ムシメガネも薬草屋と宝石を見る人から追加が来てるね」

 

「虫眼鏡です」

 

「ムシメガネ」

 

「はい」

 

 訂正だけはした。

 

 通らないことも、もう分かっている。

 

 追加注文が来るのは嬉しかった。

 

 ただし、今日の自分用管理表には『無理しない』と書き足すつもりだった。

 

「あの、リュシアさん。今日は無理しない日にしようと思ってるんです」

 

「なら、無理しない範囲で見てきな」

 

 悪気はまったくなさそうだった。

 

 澪は返事をする前に考えた。

 

 無理しない範囲で少しだけ。

 

 無理しない範囲で1店舗だけ。

 

 その範囲が午後には広がっている自信が、自分にはある。

 

「仕入れのお店は1店舗だけにします」

 

「うん」

 

「ちゃんと昼ご飯を食べます」

 

「食べな」

 

「帰ったら帳簿も放置しません」

 

 リュシアが首を傾げた。

 

「それ、澪の国の呪文かい?」

 

「生活を守るための呪文です」

 

 リュシアが笑った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 百円ショップの自動ドアが開いた。

 

 白い照明の下には整った棚が並び、商品名も値段も用途も、ほとんどの商品には最初から書いてある。

 

 ゲンダイの売り場は親切だった。

 

 以前なら、その説明を読んで「便利そう」で終わっていた。

 

 今日は違う。

 

 売れそうなものを探すだけではなく、ヴァルデスへ持っていっても危なくないものを探す。

 

「……買い物の目的としては変ですね」

 

 澪は買い物かごを取った。

 

 最初に向かったのは、前にも見たアウトドア用品と小物収納の棚だった。

 

 カラビナを1つ手に取る。

 

 親指で開閉部分を押すと、ばねは素直に戻った。前回持ち込んだものと同じ型だ。

 

 鑑定する。

 

──────────────────────────────────

カラビナ

分類:留め具

用途:軽量小物の固定

状態:良好

注意:強い荷重には不向き

注意:開閉部は使用により摩耗

──────────────────────────────────

 

 腰袋を留めるなら問題ない。

 

 店先で軽い袋をまとめるのにも使える。

 

 しかし、荷運びをしている子が「もう少し重くても大丈夫」と考え、大きな革袋を吊るしたらどうなる。

 

 もっと困るのは、人や木箱を支えるために使われることだった。

 

「3つにしよう」

 

 前なら5つ取ったところを、同じ型のものを3つだけかごへ入れた。

 

 試した結果を聞いてから増やせばいい。

 

 隣の小型フックも手に取る。

 

──────────────────────────────────

小型フック

分類:簡易留め具

用途:軽量品の吊り下げ

状態:良好

注意:強く引くと外れる場合あり

注意:重量物・吊り荷には不向き

──────────────────────────────────

 

 市場の屋台で小袋を掛けるくらいなら便利そうだった。

 

 だが、鍋や刃物の入った革袋まで掛けられたら困る。

 

 人は便利なものを見つけると、説明された上限より少しだけ先へ行きたくなる。

 

 澪にも覚えがあった。

 

「これは試すだけ」

 

 前回より数を減らした。

 

 防水ポーチでは、パッケージに大きく書かれた『防水』の文字を見てから鑑定する。

 

──────────────────────────────────

防水ポーチ

分類:簡易防水袋

用途:小物の雨・水しぶき対策

状態:良好

耐水:短時間

注意:長時間の浸水には不向き

──────────────────────────────────

 

「ですよね」

 

 雨の日の硬貨袋なら使える。

 

 濡れた手で触る程度も問題なさそうだ。

 

 ただし、池へ落としても大丈夫とは言わない。

 

 澪は3つだけかごへ入れた。

 

 そこで気づいた。

 

 昨日から鑑定を何度も使っているのに、一度も『売れる』とは表示されていない。

 

 見えるのは用途や状態、壊れやすさ、それに危ない使い方ばかりだった。

 

 便利な能力を得たはずなのに、仕入れられる商品は増えるどころか減っている。

 

 澪はかごの中を見る。

 

 まだ軽い。

 

「財布には優しいんだけどな……」

 

 押入商会には少し厳しかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 生活雑貨の棚でピーラーを見つけた。

 

 野菜の皮を薄くむく道具だ。

 

 ヴァルデスの料理人や屋台の人が見れば、欲しがるかもしれない。ナイフより刃が小さく、根菜の皮むきならかなり早くなる。

 

 持ち手の太さを確かめてから鑑定した。

 

──────────────────────────────────

ピーラー

分類:調理器具

用途:野菜などの皮むき

状態:良好

注意:刃は鋭利

注意:指を切る危険あり

使用:子どもには不向き

──────────────────────────────────

 

「売れそう……」

 

 かなり売れそうだった。

 

 だから困る。

 

 今の押入商会では、買った人全員へ正しい使い方を教えられるわけではない。替えもないし、誰かが子どもへ渡す可能性もある。

 

 リュシアが客を選ぶとしても、今すぐ扱うには早い。

 

 澪は棚へ戻した。

 

 数歩歩いてから、もう一度振り返る。

 

 やはり便利そうだった。

 

 それでも戻らなかった。

 

 次に目に入ったのは瞬間接着剤だった。

 

 壊れた小物の補修には便利で、職人なら喜びそうでもある。

 

 細いチューブへ意識を向ける。

 

──────────────────────────────────

瞬間接着剤

分類:接着剤

用途:小物・部材の接着

状態:未開封

注意:皮膚接着

注意:眼への付着危険

注意:換気推奨

──────────────────────────────────

 

 澪は棚へ戻した。

 

 判断は早かった。

 

 絶対に誰かが指をくっつける。

 

 ゲンダイで説明書を読める自分でも扱う時には少し緊張するのに、説明書そのものを読めない世界へ持っていく勇気はなかった。

 

 乾電池式の小型ライトでは手が止まった。

 

 夜道、倉庫、市場が閉まったあとの作業など、役に立つ場面はいくらでもある。

 

──────────────────────────────────

小型ライト

分類:携帯照明

用途:暗所の照明

電源:乾電池

状態:使用可能

注意:電池交換が必要

注意:強い光は周囲から目立つ

注意:分解非推奨

──────────────────────────────────

 

「電池か……」

 

 売ったあとも乾電池を供給し続けなければならない。

 

 子どもが分解する可能性もある。

 

 夜の市場で突然強い光を点ければ、人が集まるかもしれない。

 

 商品として売るのはやめた。

 

 ただ、自分やリュシアが使う限定品なら便利そうではある。

 

 澪はスマホへ『ライト 販売せず相談』と入れ、商品を棚へ戻した。

 

 ホイッスルは少し迷った。

 

 危ない時に大きな音で助けを呼べる。荷運びの子やトトに持たせれば、何かあった時に役に立つかもしれない。

 

──────────────────────────────────

ホイッスル

分類:合図用具

用途:呼集・警告

音量:大

注意:不用意な使用は周囲を混乱させる

──────────────────────────────────

 

「売るものじゃないな」

 

 危険な時だけ使う。

 

 その約束ができる相手へ渡す。

 

 安全用として2つだけかごへ入れた。

 

 反射材や蓄光シールにも目を止めたが、ヴァルデスの夜道でどれほど目立つのか分からない。

 

 これはリュシアへ相談してからにした。

 

 その頃には、同じ棚の前で手に取っては戻す動作を何度も繰り返していたらしい。

 

「何かお探しですか?」

 

 店員に声をかけられた。

 

「危なくないものを……」

 

 店員が一瞬黙った。

 

 澪も黙った。

 

「あ、違います。小物整理とか、防災とか、アウトドアとか……」

 

「用途に合わせてご案内できますよ」

 

「ありがとうございます。でも、用途がまだちょっと決まってなくて」

 

 自分で言っていて怪しかった。

 

 店員は丁寧に頷いてくれた。

 

 その丁寧さがつらい。

 

 澪は頭を下げ、かごを抱えて別の通路へ移動した。

 

「危なくないものって、広すぎる……」

 

 店員が困るのも当然だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 工具と文房具が近い棚で、今度はカッターが目に入った。

 

 ゲンダイでは珍しくもない。

 

 段ボールを開け、紐を切り、紙を切る。

 

 だがヴァルデスへ持ち込めば、小型の刃物でもある。

 

──────────────────────────────────

カッター

分類:切断工具

用途:紙・薄材の切断

刃:鋭利

注意:誤用による負傷危険

注意:子どもの使用非推奨

注意:替刃の管理が必要

──────────────────────────────────

 

 澪は手を引いた。

 

 スマホを開き、新しいメモを作る。

 

『押入商会 販売禁止品リスト』

 

 タイトルを打ってから、自分でも少し大げさだと思った。

 

 百円ショップの商品が相手である。

 

 それでも名前を軽くしておくと、あとで「これくらいなら」と自分が甘く考えそうだった。

 

 そのままにした。

 

 次はライターだった。

 

 火を簡単につけられる。

 

 ヴァルデスなら間違いなく便利で、間違いなく目立つ。

 

 同時に、市場の景色が頭に浮かんだ。

 

 木造の屋台が並び、布の日除けが張られ、店の裏には木箱や乾いた藁がある。

 

──────────────────────────────────

ライター

分類:携帯点火具

用途:着火

状態:使用可能

危険:火災

注意:燃料切れ

注意:子どもの使用不可

注意:使用者の管理が必要

注意:悪用可能

──────────────────────────────────

 

 これは買わない。

 

 薬品の棚では、商品を1つずつ手に取る気にもならなかった。

 

 消毒液や洗剤のラベルを見るだけでも、飲用不可、皮膚注意、換気、混合禁止といった文字が並んでいる。

 

 ポカリですら高位の回復薬と間違えられたのだ。

 

 本物の薬品を持ち込んだら、説明だけでは済まないかもしれない。

 

 販売禁止品リストへ、カッター、ライター、強力接着剤、薬品類を書き足した。

 

 刃物や火を扱うもの、交換部品が継続して必要なものも、今は慎重にする。

 

 買った商品のメモより、買わなかった商品の方が増えていた。

 

 澪はスマホの画面を見た。

 

「これも仕入れなのかな……」

 

 少なくとも、同じ迷いを次回もう一度やらずに済む。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 その日の彫金教室が終わると、澪はいつもより少し長く残った。

 

 ほかの生徒が帰り、作業机の上から工具が片づけられていく。

 

 窓の外はまだ明るかったが、室内では作業灯の白い光の方が目立ち始めていた。金属を削った細かな匂いが残り、換気扇が低い音を立てている。

 

 修さんは使い終わったヤスリを布で拭き、銀線を袋へ戻していた。

 

 澪は自分の道具を片づけながら、何度か口を開きかけてやめた。

 

「澪ちゃん、今日は金属じゃなくて、言葉の方を曲げてるね」

 

「そんなに分かります?」

 

「分かるよ。銀線より顔が曲がってる」

 

 澪は笑い、それでようやく聞けた。

 

「あの、修さん」

 

「うん」

 

「商品って、売ったあとの使われ方まで考えるものですか?」

 

 修さんはヤスリを机へ置いた。

 

「考えるよ。全部を管理するのは無理だけど、最低限は想像する」

 

「便利なんですけど、使い方を間違えると危ないものだったら?」

 

「相手を選ぶ。説明する。それでも難しければ売らない」

 

 修さんは机の端に置いてあった小さな薬品瓶を指先で示した。

 

「同じ薬品でも、使い方を知ってる職人には道具になる。でも、何も知らない人へ渡せば事故になる。刃物だって同じだよ」

 

「売った後まで考えてたら、売れる商品が減ったんです」

 

「それなら、悪いことじゃないよ」

 

「減ってもですか?」

 

「売れない品を外すのも商売だし、売ってはいけない品を外すのも商売だからね」

 

 澪の手が止まった。

 

「売ってはいけない品……」

 

「澪ちゃんが扱うなら、自分で分かる範囲から始めればいい。分からない物は、分かるまで売らない。売ったら終わりじゃないから」

 

「はい」

 

 異世界のことは話せない。

 

 それでも、聞きたかったことへの答えは十分だった。

 

 修さんは銀線の袋を棚へ戻したあと、澪を見た。

 

「それと、澪ちゃん」

 

「はい?」

 

「顔に仕入れって書いてあるよ」

 

 澪は反射的に頬へ手を当てた。

 

「書いてませんよね?」

 

「書いてないけど、見える」

 

「それ、鑑定ですか?」

 

「何?」

 

「……何でもないです」

 

 危なかった。

 

 修さんは深く聞かず、少しだけ笑った。

 

「今日は早く帰って寝た方がいいよ」

 

「はい」

 

「その返事、たぶん寝ない人の返事だね」

 

「寝ます。たぶん」

 

「たぶんは、よくない」

 

 普通の正論が刺さる。

 

 今日の修さんは、鑑定よりも正確だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 夕方、リュシアの倉庫で、澪は買ってきたものを木箱の上へ並べた。

 

 カラビナと防水ポーチ、小型フック、それにホイッスル。

 

 前回より明らかに少ない。

 

 ライトはない。ピーラーも、瞬間接着剤も、カッターも、ライターも薬品も持ってきていない。

 

 売れそうなものを買わなかった、という報告は商人相手には少し勇気がいる。

 

 リュシアはカラビナを取り上げ、開閉部分を確かめてから澪を見た。

 

「今日は少ないね」

 

「減らしました」

 

「売れそうなものがなかったのかい?」

 

「ありました。でも、売らない方がいいものも多かったです」

 

「売れそうなのに?」

 

「はい」

 

 澪はスマホを出しかけて、寸前でやめた。

 

 代わりにゲンダイ側で書き写してきた紙を広げる。

 

「これは、押入商会の販売禁止品リストです」

 

「禁止?」

 

「現時点では扱わない品です」

 

 カッターは荷ほどきに便利だが、刃物としても使える。替刃の管理も必要になる。

 

 ライターは簡単に火をつけられるが、市場には木と布が多い。

 

 強力な接着剤は便利でも、皮膚や目に入れば危ない。

 

 薬品類は、用途を誤解されれば事故になる。

 

 リュシアは最初、少し惜しそうな顔をしていた。

 

 火を簡単につける道具や、壊れたものをすぐ接着できる品があると聞けば、商人として気になるのだろう。

 

 けれど、澪が市場の木造屋台や子どもたち、替えのない部品、説明を読めない客のことまで話すうちに、表情が変わった。

 

「こっちにも、扱う相手を選ぶ品はあるよ」

 

 リュシアはカラビナを木箱へ戻した。

 

「毒草も、強い酒も、刃物も薬も、強い魔道具もそうだね。誰にでも売るものじゃない。相手を間違えれば、売った側の信用まで落ちる」

 

「こっちでも同じなんですね」

 

「当たり前じゃないか」

 

 リュシアは販売禁止品リストをもう一度見た。

 

「売らないものを決めるのも商売だよ」

 

「鑑定が止めてくるんです」

 

「便利なのかい?」

 

「注意ばっかり出ます」

 

「いい目じゃないか。商人向きだよ」

 

「儲かる商品は教えてくれません」

 

「儲かる品だけ分かる目なんてあったら、みんなで奪い合いになるよ」

 

 澪は少し考えた。

 

「……注意だけでいいです」

 

「そうしな」

 

 その答えの方が安全だった。

 

 リュシアはホイッスルを取り上げ、穴の部分を覗く。

 

「これは何?」

 

「危ない時に大きな音を出す道具です。売り物ではなく、安全用に少しだけ。使う相手を選びたいです」

 

「面白がって鳴らす子が出そうだね」

 

「そうなんです」

 

「じゃあ、荷運びの中でも落ち着いた子にだけね」

 

「お願いします」

 

 話が決まるのは早かった。

 

 売らない商品がある。

 

 売る相手を選ぶ商品もある。

 

 そのあたりは、リュシアの方がずっと慣れていた。

 

 帰る頃になると、リュシアが倉庫の外へ声をかけた。

 

「トト!」

 

 ほどなく少年が顔を出す。

 

「澪をいつもの通りまで送ってきな。何かあったら自分で追わずに、大声で呼んで戻ってくるんだよ」

 

「分かってる」

 

「お願いします」

 

「澪姉ちゃん、今日は荷物少ないね」

 

「買わないものをたくさん決めてきたから」

 

 トトにはよく分からなかったらしく、首を傾げた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 夜の六畳間で、澪は販売禁止品リストを開いた。

 

 名前だけ見ると大げさだった。

 

 百円ショップで普通に売られているものを相手に『販売禁止』である。

 

 それでも、別の柔らかい名前へ変える気にはならなかった。

 

 カッターは替刃と使用者をきちんと管理できない。

 

 ライターは、火を扱う場所と人を限定できない。

 

 強力接着剤や薬品も、説明も事故対応も今の押入商会には足りない。

 

 どれも永久に禁止するわけではない。

 

 信用できる相手や管理する人が決まり、使い方を説明できて、補充や保管まで考えられるようになったら、その時にもう一度検討すればいい。

 

 澪は各欄へ『現時点では扱わない』と書いた。

 

 最後に、商品ではない一行も追加する。

 

『睡眠不足のまま新商品を選ばない』

 

 書いたところで、ペンが止まった。

 

「商品じゃない……」

 

 販売禁止品リストに、自分まで入り込んでいる。

 

 少し複雑な気持ちになったが、消さなかった。

 

 昨日の自己鑑定では『課題進捗:危険』まで出ている。寝不足の頭で「たぶん大丈夫」を増やす方が怖い。

 

 隣の自分用管理表へ目を移す。

 

 明日の仕入れ候補を書く欄は空いていた。

 

 そこへペンを置きかけて、やめる。

 

 代わりに朝食の欄へ書いた。

 

『卵、味噌汁、米』

 

「先にこっちか」

 

 押入商会の商品より先に、代表本人が倒れないことを考える。

 

 そう決めて、澪は一度ペンを置いた。

 

 あとは明日持っていくものをリュックへ戻せば終わりだった。

 

 カラビナの袋を入れ、その隣へ防水ポーチを差し込む。

 

 在庫表の写し、価格表、鑑定結果のメモ、注意事項、販売禁止品リスト、リュシアへの相談用メモ、レシートの控えはクリアファイルへまとめた。

 

 紙はどれも薄いはずなのに、まとめると妙に場所を取る。

 

 押入商会は小物を扱っているはずなのに、商品より紙の方が偉そうにリュックの中で場所を主張していた。

 

 肩紐を持ち上げたところで、澪は眉を寄せた。

 

「……重い」

 

 商品そのものは軽い。

 

 物理的にも、そこまで重量が増えたわけではない。

 

 それなのに、何をどの袋へ入れたか、何個入れたか、どれが販売用でどれが安全用なのかを考えると、頭の方まで重くなってくる。

 

 澪はリュックを下ろした。

 

「カラビナ、何個入れたっけ」

 

 在庫表を見る。

 

 防水ポーチも確認する。

 

 ホイッスルは販売用ではないので、商品と一緒に数えてはいけない。

 

 頭の中だけで整理しようとしたが、不安が先に来た。

 

 結局、せっかく詰めたリュックの中身を全部ミニテーブルへ出すことになった。

 

「さっき入れたのに……」

 

 小袋を並べ直し、クリアファイルを開いて数を確認する。

 

 持っていくものだけではない。

 

 売らないもの、相談するもの、まだ保留しているものまで増えている。

 

 便利な小物を扱っているはずなのに、代表社員の肩と頭だけが先に重労働になっていた。

 

 澪はカラビナの小袋をもう一度リュックへ入れた。

 

 収納スキルとかあったら楽なのに。

 

 考えた直後、自分で首を横へ振る。

 

「いや、駄目だ」

 

 都合がよすぎる。

 

 いくら押入れの向こうが異世界だからといって、欲しいと思った能力がそのまま生えてくるとは限らない。

 

 それに、もし本当に物をどこかへしまえるようになっても、中身を忘れたら大惨事になる。

 

 今ですら、リュックの中に入れたものが分からなくなって全部出したばかりだった。

 

「収納できても、何が入ってるか分からなかったら同じか……」

 

 澪は開いたままの在庫表を見た。

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