蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
――量子ネットワークの外側
ギアノイド達は限界を感じていた。
量子ネットワークの奔流。
無限に広がる情報の海。
本来なら、
そこに存在するものは、流れに従うだけだった。
逆らうことなどできない。
だが今、
六体の上位個体は、その濁流に抗っていた。
ただ一人、
人間――ユーヤの意識を守るためだけに。
青白い光が空間を走る。
エリスの身体を借りているイブに苦痛の色が見える。
アダムの腕部構造がわずかに崩壊し、粒子となって散る。
カインが苦しげに膝をつく。
アベルの輪郭が揺らぐ。
セトの瞳からノイズが走る。
ヤハウェの声が乱れる。
異常だった。
ギアノイド上位個体。
その構造そのものが軋んでいる。
アダムが低く告げる。
「……限界だ」
ノイズ混じりの声。
「これ以上は……」
ヤハウェが続ける。
「維持できない」
イブは即座に否定した。
「いいえ」
苦痛に歪む表情で前を見る。
「まだ……もたせます」
「……間に合うか…」
カインが振り向く。
だがギアノイド達は止まらない。
存在を削りながら。
それでも。
「彼を……帰すまでは」
その瞳だけは揺らがなかった。
――量子ネットワークの内側
自我を保っているユーヤも崩壊寸前だった。
ユーヤの視界が砕ける。
空間が歪む。
音が引き裂かれる。
「――ッ……!!」
声にならない。
喉が焼ける。
脳が悲鳴を上げる。
限界だった。
意識が崩壊しかけている。
もう、
名前すら呼べない。
それでも。
ユーヤは口を開いた。
掠れた声。
いや、
声ですらない何か。
その時だった。
――ふわり。
光。
小さな。
あまりにも小さな光が、暗闇に浮かぶ。
「……?」
ユーヤは目を細める。
光はゆっくりと漂い。
彼の周囲を回る。
直感だった。
ユーヤは手を伸ばす。
そして、
触れた瞬間。
「今日のご飯……何にしようかな」
エリスの声。
優しくて。
温かい声。
「ユーヤ、喜んでくれるかな」
「……っ」
記憶。
これは。
エリスの想い。
別の光が浮かぶ。
「今度デート……行きたいな」
さらに。
「帰り……遅いな……」
寂しそうな声。
「……さみしい」
次々と光が集まってくる。
「手……つないだ……」
「……あったかい」
「幸せ」
「幸せ」
「幸せ」
ユーヤは震える声で笑った。
「……なんだよ……」
涙が零れる。
「俺のこと……ばっかじゃねえか……」
また一つ。
「ユーヤの所へ…帰りたい…」
「あぁ…むかえに来たよ…」
最後の光。
触れた瞬間。
「ユーヤ……」
エリスの声。
「好き」
涙が止まらない。
「好き」
胸が締め付けられる。
「大好き」
そして。
「……どこにもいっちゃ…やだ……」
ユーヤは俯く。
肩が震える。
でも、
笑った。
涙を乱暴に拭う。
「……ああ」
静かに。
でも確かに。
「もう…どこにも行かねえよ」
そして、
最後の呼び声を放つ。
全てを込めて。
「エリス――!!」
奇跡が起きた。
光が反応する。
一つ。
二つ。
三つ。
無数。
暗闇の中に散らばっていた光が、一斉に集まり始める。
引き寄せられるように。
ユーヤの前へ。
収束。
形を成していく。
輪郭。
線。
色。
髪。
瞳。
指先。
手。
身体。
ゆっくりと。
再構成されていく。
そして、
完成する。
そこに、
“彼女”が立っていた。
エリス。
間違いない。
ユーヤがずっと探していた人。
エリスがゆっくりと目を開く。
瞳が、
真っ直ぐユーヤを捉える。
唇が震える。
「……ユーヤ?」
時間が止まった。
ようやく。
本当にようやく。
二人は再会できた。