蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.”   作:フルス・シュタイン

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3章⑰帰還

――そして現実へ帰還する。

静寂。

深い海の底から浮かび上がるように。

意識が戻っていく。

重い。

全身が軋む。

脳の奥が焼けるように痛む。

それでも――。

ユーヤはゆっくりと目を開けた。

視界に映るのは。

現実。

無機質な空間。

そして、

目の前に立つ存在。

アダムが静かにユーヤの頭部から“手”を離す。

「接続解除を確認」

淡々とした声。

だが、

どこか安堵が混じっていた。

ユーヤは額を押さえる。

熱が残っている。

微かな痛み。

量子ネットワークの残滓。

脳の奥にまだ光がちらついていた。

だが、

そんなことより、

ユーヤの視線は一つの存在を探していた。

「……エリス」

そこにいた。

静かに漂いながら。

少女がゆっくりと目を開く。

銀色の身体。

けれど、

その瞳は確かに“彼女”だった。

「……うん」

その返事を聞いた瞬間。

ユーヤの胸の奥で何かがほどける。

間違いない。

この声。

この空気。

この間の取り方。

エリスだ。

本当に、

帰ってきた。

ユーヤはそっと彼女を抱き寄せた。

優しく。

壊れ物に触れるように。

エリスは抵抗しない。

自然に。

安心したように身を預ける。

「……あったかい」

エリスが小さく呟く。

ユーヤは苦笑した。

「お前、さっきまで“何も感じない”とか言ってただろ」

「……でも…あったかい…」

エリスが少しだけ笑う。

その表情を見て。

ユーヤも笑った。

     

ユーヤはポケットへ手を入れる。

取り出したのは、

赤いリボン。

量子ネットワークへ飛び込む前。

ずっと握り締めていたもの。

「……落ちてたぞ」

エリスが目を見開く。

「それ……」

ユーヤはそっと彼女の髪へ結び直す。

金色の髪に、

赤が映える。

「もう一度……プレゼントだ」

エリスの瞳が揺れた。

涙が滲む。

「……うん」

小さく頷く。

「もう……無くさない」

 

 

【挿絵表示】

 

 

ユーヤはその手を握った。

強く、

確かめるように。

「……離さない」

エリスも握り返す。

「……うん」

静かな距離。

二人は見つめ合う。

もう、

言葉はいらなかった。

ゆっくりと。

自然に。

唇が重なる。

触れた瞬間。

ユーヤは目を閉じた。

冷たいはずなのに。

違う。

確かに、

温かかった。

本物だ。

ゆっくりと離れる。

互いに呼吸を整え。

少しだけ照れたように笑う。

その時だった。

『……これが“愛”なのですね』

突然。

頭の奥に声が響く。

エリスに似た声。

話し方はイブだった。

『素晴らしい』

「……聞こえてるぞ」

ユーヤが呆れたように呟く。

『はい』

即答だった。

エリスが苦笑する。

「イブ、空気読んでよ……」

『努力します』

たぶん分かっていない。

すると今度はアダムの声が響く。

「伝えていなかったが、成功確率は0.000001%未満だった」

「……は?」

ユーヤは唖然とした。

アダムは淡々と続ける。

「人の想いは、確率すら超越するのか……興味深い」

その言葉の奥で、

他の上位個体たちのざわめきが微かに伝わってくる。

「非合理的だ」

「だが成立した」

「理解不能」

「故に興味深い」

「……なんか分析されてないか俺ら」

「されてるね……」

二人で顔を見合わせる。

そして、

ユーヤはふと気付いた。

「……そういえば…イブはどうなってるんだ?さっき声は聞こえたが…」

エリスはそこにいる。

普通に呼吸し。

普通に存在している。

だが、

『ここにおります』

声は頭の中から響いた。

『エリスの内部に』

ユーヤの表情が固まる。

『肉体は完全に返還しました』

『現在は量子ネットワーク経由で』

『直接、意識に干渉しています』

『人間の言葉で言うなら』

『テレパシー……でしょうか』

「……いや待て」

ユーヤが眉をひそめる。

「それはおかしいだろ」

「俺は本来アクセスできないはずだ」

「その通りだ」

アダムが答える。

「だが――」

一拍。

「私の構成の一部が君の脳神経に残留している」

「……残留だと?」

少し間抜けな声が漏れた。

「完全な分離は不可能だった」

「結果として極めて限定的ではあるが量子ネットワークと接続状態にある」

ユーヤは頭を押さえる。

「マジかよ……」

「現在可能なのはイブの声を知覚する程度だ」

「それ以上の干渉は確認されていない」

ユーヤはしばらく黙る。

だが、

すぐに肩を竦めた。

「……まあ、ちょうどいいか…」

「それって大丈夫なの?」

エリスが思わず問いかける。

「問題ない」

アダムが断言する。

「極微小な残滓だ。生命活動への影響は無い」

「既に私の制御下にもない」

エリスは少し不安そうにユーヤを見る。

「……なら、いいけど」

「大丈夫だって」

ユーヤが笑う。

エリスも小さく笑い返した。

少しだけ、

穏やかな時間。

二人は互いの存在を確かめるように触れ合う。

だが、

その時間は長く続かなかった。

 

「さて」

アダムの声。

空気が変わる。

「次の段階へ移行する」

張り詰める空間。

ユーヤとエリスの表情も変わった。

戦いは、

まだ終わっていない。

 

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