蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
――沈黙が満ちる。
静かな空間。
誰も口を開かない。
ユーヤは考えていた。
ひたすら。
答えを探して。
「……次元リアクターブラントを…」
ぽつりと呟く。
「一つ差し出す……?」
だが、
次の瞬間には首を振っていた。
「……ダメだ」
即答だった。
エリスが静かに彼を見る。
「どうして?」
ユーヤは苦い顔をする。
「どの国のプラントを差し出すかで、今度は人類同士で争う」
拳を握る。
「内戦になる」
重い声だった。
歴史が証明している。
資源。
エネルギー。
それを巡って人類は何度も殺し合ってきた。
ギアノイドとの戦争が終わった瞬間。
今度は人間同士で地獄が始まる。
「……最悪だな」
ユーヤが吐き捨てる。
別案を考える。
「他のエネルギーを探す……?」
しかし、
自分で否定した。
「時間が足りない」
「そもそも存在する保証もない」
沈黙。
答えが出ない。
アダムたちも同じだった。
彼らも理解している。
人類は滅ぼしたくはない。
だが、
次元粒子は必要。
どちらも譲れない。
空気が沈む。
重苦しい沈黙。
誰も何も言えなかった。
その時、
「……ねえ、ユーヤ」
エリスが小さく口を開く。
「……ん?」
「分けてあげたらいいんじゃないの?」
時間が止まった。
「……は?」
ユーヤが間抜けな声を漏らす。
エリスは首を傾げた。
「次元リアクターって、すごいエネルギー作ってるんでしょ?」
「少し分けてあげればいいんじゃない?」
あまりにも自然な言葉。
だが、
その瞬間、
ユーヤの思考が一気に回り始める。
全プラントの生成量。
人類消費量。
備蓄。
輸送効率。
供給ライン。
計算。
試算。
再計算。
「……確かに」
ユーヤが呟く。
「余剰はある」
「供給自体は可能だ」
だが、
すぐに問題点へ辿り着く。
「でも……」
ユーヤが眉を寄せる。
「そんなに大量じゃない」
「人類の余りだぞ?」
「それじゃ量が全然足りないんじゃ――」
『問題ありません』
即答だった。
イブ。
「……は?」
ユーヤが唖然とする。
イブは平然と言葉を続ける。
『それで構いません』
「いや待て」
ユーヤが困惑する。
「本当に大した量じゃないぞ?」
「期待してるほどじゃ――」
『問題ありません』
再び即答。
イブが呼びかける。
アダムが静かに目を閉じる。
『アダム、他個体の意見は?』
「……ふむ」
量子ネットワーク上で高速の情報交換が走る。
数秒。
そして、
「結論」
アダムが告げた。
「少量でも次元粒子を確保できる」
「人類側の出方次第では定期的譲渡も視野に入る」
「人類側に損失はない」
「我々も生存可能」
一拍。
「何も問題はない」
静寂。
ユーヤは固まった。
「…いや…待て……本当に?」
それだけだった。
あまりにも簡単だった。
あまりにも、
当たり前だった。
奪う必要なんてなかった。
滅ぼす必要も。
ただ、
分け合えばよかった。
「……ははっ……」
ユーヤが力なく笑う。
「なんだよそれ……」
肩の力が抜ける。
今までの地獄が、
血が、
戦争が、
あまりにも馬鹿みたいだった。
ユーヤはエリスを見る。
彼女はきょとんとしていた。
「……すごいな、お前」
「え?」
「俺なんかより」
ユーヤが笑う。
「よっぽど英雄じゃねえか」
「エリスの一言で、戦争が一瞬で終わったよ…」
エリスが困ったように笑った。
「……当たり前のこと言っただけだけど」
「その“当たり前”を誰も思いつかなかったんだよ」
ユーヤは深く息を吐く。
そして、
「……あとは」
小さく笑う。
「じいちゃんに任せるか」
「父さんもいるしな」
ゲンゾウ。
そしてリョウイチ。
政治も、
交渉も、
世界の再編も、
あの二人に任せれば、きっと何とかしてくれる。
この案なら成立する。
ユーヤは確信していた。
もう、
疑念はなかった。
怒りも、
憎しみも、
目の前にいるのは敵じゃない。
共に生きる存在だ。
人類とギアノイド。
本当の意味で。
ようやく。
分かり合えたのだった。
アダムが改めて告げた。
「では、次元粒子の定期的譲渡を人類側に提案する」
「異論は?」
他のギアノイド達の言葉が重なる。
「「異議なし」」
ユーヤが深呼吸し答える。
「一応、人類の代表として、返答する」
「…この場で人類の総意というわけにないかないが…」
イブの声が響く。
『構いませんよ』
ユーヤは苦笑する。
「人類は、ギアノイドへの次元粒子の定期譲渡を条件に、完全なる停戦を要求する」
アダムが代表し返答する。
「承諾した」
「サタン討伐後、我々ギアノイドの総意として人類との停戦を前提とする」
確定ではないが、ここに人類とギアノイドの未来が決まった。
ユーヤは何とも言えない顔をしていた。
「…こんな形でギアノイドとの戦争が終わるとはな…ギアノイドが同志…仲間か…」
アダムが驚いたような声をあげる。
「我々を仲間と定義するか」
照れくさそうなユーヤ。
「違うのか?」
アダム達に柔らかい空気が流れる。
「…いや…悪くない」
カイン達も続く。
「同胞以外の協力関係か」
「ふむ、良いものだと認識する」
「なんだ…この湧き上がっってくるような感覚は…」
「少なくとも悪いものとは感じない」
エリスが諭した。
「それって…満足感とか…嬉しいってこと?分かり合えたから?」
ギアノイド達は一斉にエリスを見て納得したような雰囲気だった。
イブのはしゃぐような声。
『素晴らしいです、これが喜び、そして分かり合うという事なのですね』
『感情というものは本当に素晴らしいです』
皆優しく笑った。
人間とギアノイドは間違いなく今、同じ目標に向かって歩き出そうとしていた。