蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
ユーヤの呼吸は荒れていた。
「……はあ……はあ……っ」
コクピットの中で汗が滴り、視界の端に警告表示が点滅する。ブラウフリューゲルtypeGとサタン――その力は、完全に拮抗していた。押しても引いても崩れない、均衡。
だが、その均衡は永遠ではない。
ユーヤの視線が計器へと落ちる。
粒子残量――限界域。アークレイズ稼働時間――残りわずか。
(まずい……時間が無い……!)
歯を食いしばる。次の一手を誤れば、終わる。
(どうする……どうすれば――)
その時だった。
――声が、響いた。
『我々を忘れるな』
「……!」
ユーヤの意識に直接届く、確かな意志。
『そうです。あなたは一人で戦っているのではないのです』
「アダム……イブ……!」
思わず声が漏れる。
ユーヤは短く息を吸い込み、静かに答えた。
「……ありがとな」
すると、別の声が割り込む。
『隙を作る』
カインの声だ。
『アベル、セト、ヤハウェ――いいか?』
『承知』
四つの意志が重なる。
その瞬間――
「さっさと死ねェ!! 人間がァ!!」
サタンが咆哮し、再び突撃してきた。圧倒的な質量と殺意が迫る。
迎え撃つブラウフリューゲル。
激突――!
再び鍔迫り合い。火花が弾ける。
だが次の瞬間、
「っ……!」
重い衝撃。
左手のヴルトガンクが弾き飛ばされ、宙を舞った。
「くっ……!」
体勢が崩れる。
サタンの眼が嗤う。
「死ね」
振り下ろされる絶対的な一撃――
その刹那。
「今だ!」
四つの影が、閃いた。
カイン、アベル、セト、ヤハウェ――
人に近い小さな体が、巨体へと躍りかかる。
「……何?」
サタンの動きが一瞬止まる。
全長二十メートルを超える怪物に対し、わずか二メートル弱の存在。力の差は歴然だった。
拳が、刃が、放たれる。
だが――
「……効かぬ」
傷一つ、つかない。
「どけェ!!」
サタンが腕を振るい、衝撃波で彼らを弾き飛ばす。
しかし――
その一瞬。
ほんの刹那だが、確かに生まれた“隙”。
そしてそれは、サタンにとって最も許しがたいものだった。
「再び同胞が……我に刃を向けるだと……!」
怒りが爆ぜる。理性が揺らぐ。
その瞬間を――
ユーヤは見逃さなかった。
「――!」
残された右手のヴルトガンクを、全力で投擲する。
蒼光が一直線にサタンへと奔る。
「甘い!」
サタンが即座に迎撃。
振り払われた刃は、次の瞬間――
爆散。
閃光と爆炎が、視界を覆い尽くす。
「小賢しい!」
サタンが腕を振り、煙を吹き払う。
――だが。
その視界が晴れた瞬間。
そこにあったのは。
すでに照準を終えた、死の光。
ブラウフリューゲルtypeG。
その背部から展開された、最大火力兵装――
ヘクステッドキャノン。
全エネルギーが収束し、空間そのものが歪む。
ユーヤの目が、静かにサタンを捉える。
「――これで、終わりだ!」
トリガーに、指がかかる。
次の瞬間、世界を貫く一撃が――放たれようとしていた。
ヘクステッドキャノン――それは、ブラウフリューゲルにおける最大火力兵装。
だが同時に、致命的な弱点を抱えていた。
発射までに必要な粒子チャージ時間。
そのわずかな“溜め”こそが、死を招く隙となる。
通常であれば――サタンがそれを見逃すはずがなかった。
だが、
ブラウフリューゲルtypeGは、すでにその域を超えている。
進化した機体は、弱点すら塗り替えた。
チャージ時間――大幅短縮。
照準さえ合わせれば、残存粒子を注ぎ込み、即座に発射可能。
ユーヤは、その事実に気づいていた。
進化の瞬間から、この一撃が“切り札”になると確信していた。
そして今――
サタンに生まれた、決定的な隙。
逃さない。
「――ヘクステッドキャノン……!」
ユーヤが吠える。
「ファイヤァァァァァァ!!!!!!」
次の瞬間。
二つの砲口から、極光が解き放たれた。
それは光というより、世界そのものを貫く“意志”。
蒼と光が混ざり合った奔流が一直線に走り、サタンを直撃する。
「――――ッ!?」
光が、呑み込む。
焼く。砕く。溶かす。
サタンの巨体が、音を立てて崩壊していく。
「ガ……ガガガガァァァァ!!」
だが――
消えない。
極光の中でなお、サタンは踏みとどまる。
焼け落ちる翼。崩れゆく肉体。それでも、消えない。
「ユーヤ!!」
仲間たちの声が重なる。
「うおおおおおおおおおおッ!!」
ユーヤがさらに出力を引き上げる。
だがその代償は、すぐに現れた。
砲身が、悲鳴を上げる。
過負荷。限界超過。アークレイズ最大出力。
「くっ……まだだ……!!」
金属が焼け、歪み、崩れる。
そして――
爆発。
ヘクステッドキャノンの砲身が耐えきれず、自壊した。
閃光が消え、煙が晴れる。
その中に立っていたのは――
「……ハァ……ハァ……」
サタン。
その姿はもはや原形を留めていなかった。
体の大半は焼き尽くされ、残っているのは胴体の一部、頭部、そして右腕のみ。
それでも――
まだ、生きている。
「……終わりだ……人間……!」
最後の力を振り絞り、サタンが突撃する。
対するユーヤは、静かに、だが確かに吠えた。
「終わるのは――お前だ!!」
機体が前に出る。
「お前の……ギアノイドの、人類への憎しみを――今ここで断ち切る!!」
次の瞬間――
拳と拳がぶつかる。
クロスカウンター。
衝撃が爆ぜる。
相打ち――
否。
「……まだだあああああああああああ!!」
ユーヤの咆哮が、それを否定する。
ブラウフリューゲルが踏み込む。
体当たり――タックル。
サタンの残骸を、弾き飛ばす。
「ぐッ……!?」
一瞬の浮き。
その瞬間を逃さない。
「行けぇぇぇぇぇ!!」
最大加速。
機体が悲鳴を上げる。
内部で、ユーヤとエリスの体が軋む。
それでも――止まらない。
加速、加速、加速。
一瞬で間合いを詰める。
そして――
捉える。
この戦いを終わらせるために、ブラウフリューゲルtypeGの右腕が展開する。
逃がさない。
「終わりだ」
低く、確信に満ちた声。
右腕に残存粒子が収束する。
そこに仕込まれていた、最後の武装――
インパクトショット改。
ゼロ距離。
逃げ場は、ない。
「――――」
サタンの目が見開かれる。
そして。
「消えろ」
発射。
閃光が、右腕から解き放たれる。
至近距離から撃ち込まれた破壊の奔流が、サタンの核を――
完全に、打ち抜いた。