蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
この日、その静寂は破られていた。
EU・中華・USA各国の首脳関係者、軍関係者、科学者――そして名もなき補佐官たちが、広い議場に集められていた。
重厚な天井の下、彼らは互いに視線を交わしながらも、言葉を慎んでいる。
理由は一つ。
人類史上初となる存在、「ギアノイド」との対話会議が、まもなく始まるからだ。
不安は空気のように漂っていた。
誰もが知っている。彼らは「敵ではない」とされている。
だが同時に、もし敵となれば、人類に抗う術はないことも。
――その頃、宇宙。
地球側が指定した座標に、戦闘能力を持たない一隻の輸送船が静かに到着した。
周囲には、淡い青い光を放つ複数の存在――ブルーギアノイドが漂っている。
しかし彼らは一定距離を保ち、決して近づこうとはしない。
それが条件だった。
地球側が提示した、唯一にして絶対の条件。
やがて空間が歪み、四つの影が現れる。
人の形に、限りなく近い存在。
カイン、アベル、セト、ヤハウェ。
四体のギアノイドが、何の躊躇もなく輸送船へと歩み入った。
ブルーギアノイドたちは動かない。
追従もしない。
ただ、静かに見送るだけだ。
――船内。
わずかな振動とともに、輸送船は地球へ向けて進路を取る。
無機質な壁と、整然と並ぶ機器。
そして急遽設けられた客席。
その中で、四体はまるで初めて遠足に来た子どものように周囲を観察していた。
「ほう、これが地球の乗物か」
最初に口を開いたのはカインだった。声は穏やかで、どこか感心している響きを持つ。
「しかし、次元粒子の使用効率はあまり良くないようだな」
アベルが淡々と分析する。
「地球には“重力”というものがある。それの影響だろう」
セトが補足する。わずかに楽しげだ。
「概念としては知っていたが、体験するのは初めてだ。興味深い」
「思ったより揺れるのだな。これが大気圏と重力圏の影響か」
ヤハウェは座席に触れながら、微細な振動を確かめている。
――その光景を、乗員たちは呆然と見つめていた。
言葉が通じている。
それどころか、あまりにも自然に、流暢に会話している。
異質なのは外見ではない。
むしろ、その“普通さ”だった。
やがて、一人の船員が意を決して近づく。手はわずかに震えていた。
「あ、あの……お飲みものは、いかがされますか?」
沈黙が一瞬落ちる。
「のみもの?」
カインが首をわずかに傾げる。
「ああ、生物が摂取する有機物質か。すまないが、我々はそれを必要としない」
穏やかな返答。
だが船員の顔色は青ざめた。
「も、申し訳ありません!」
「すまない。怖がらせるつもりはなかったのだが」
カインはむしろ気遣うように言った。
船員は混乱していた。
――会話が成立している。
それも、驚くほど丁寧に。
人類が恐れていた“異星の脅威”は、今目の前で礼儀正しく謝罪している。
奇妙な静けさが流れた。
「何か、他のものはないか?」
再びカインが問いかける。
「他の……ですか?」
「人間はこういう時、何をしているのだ。乗物に乗っている時など」
船員は少し考え、恐る恐る答えた。
「……えっと、音楽とか、でしょうか」
「音楽?」
ヤハウェが反応する。
「量子ネットワークの情報にあったな。ぜひ体験したい。頼む」
「は、はい!」
船員は急いで操作し、音楽を流す。
柔らかな旋律が、船内に広がった。
「ほう……これは」
四体は静かに耳を傾ける。
分析ではない。
評価でもない。
ただ、“聴いている”。
その姿はあまりにも自然で、人間的だった。
乗員たちは顔を見合わせる。
恐怖は――いつの間にか薄れていた。
理解できないはずの存在が、理解できる行動をしている。
それが、何よりも強く心を揺らしていた。
やがてアナウンスが響く。
「まもなく地表へ到達します」
窓の外に、青い惑星が広がる。
そして――
輸送船は静かに降下し、地球へと辿り着いた。
タラップが降りる。
空気が揺れる。
四体のギアノイドが、ゆっくりとその足を地上へ踏み出した。
人類の歴史が、静かに音を立てて変わる。