蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
輸送船のハッチが開いた瞬間、地球の空気が静かに流れ込んだ。
四体のギアノイド――カイン、アベル、セト、ヤハウェは、ためらいなくその一歩を踏み出す。
脚が地面に触れる。
その、ごく当たり前の動作に、彼らはわずかな関心を示した。
「これが“重力”というやつか」
カインが足元を見下ろしながら言う。
「概念としては理解していたが、実際に体験するのは初めてだな」
アベルが応じる。
「常に下方向への加速度……なるほど、行動制約としては非効率だが、安定性という点では合理的だ」
セトは周囲の空気をゆっくりと吸い込むような仕草をした。
「大気との相互作用も興味深い。抵抗、温度、圧力……すべてが連続している」
「……思ったより“重い”な」
ヤハウェが小さく呟く。その声音には、わずかな愉悦が混じっていた。
「だが、悪くない」
四体は、まるで新しい遊び場に降り立ったかのように周囲を観察している。
――その様子を、誘導係は冷や汗を流しながら見守っていた。
「こ、こちらでございます……」
声がわずかに裏返る。
ギアノイドたちは素直に従い、用意された車両へと向かった。
「今度は地上専用の乗物か」
カインが車体に手を触れる。
「構造が単純だな。だが環境に最適化されている」
「効率は低いが、用途は明確だ」
アベルが頷く。
「面白いな」
セトが笑うように言った。
ヤハウェはすでに後部座席に腰を下ろし、窓の外を眺めている。
――談笑。
それはあまりにも自然だった。
運転席の男は、ハンドルを握る手に力を込めていた。
生きた心地がしない。
背後にいるのは、人類が到底対抗できない存在。
それなのに、
バックミラーに映る彼らは、ただ静かに会話を楽しんでいる。
理解が追いつかない。
恐怖と困惑が、胸の中でせめぎ合っていた。
やがて車列は、目的地へと到着する。
日本旧国会議事堂。
かつて国家の意思が交差していたその建物は、今、種族の未来を賭けた舞台へと変わろうとしていた。
ギアノイドたちは車を降り、ゆっくりと中へ進む。
案内員が先導し、重厚な廊下を抜け、待合室へと通す。
「ま、まもなく開始されます……」
緊張で声が震えている。
「うむ」
カインが短く応じた。
それだけで、場の空気がわずかに整う。
――そして、扉が開く。
会議室。
各国の代表、軍関係者、科学者たちが一斉に視線を向けた。
その瞬間、空気が凍る。
――あれが。
――ギアノイド?
誰もが心の中で同じ言葉を繰り返す。
人の形。
人の動き。
人のように歩き、人のように視線を動かし、人のように会話している。
だが、決定的に“違う”。
遠目からでも分かる。
その存在の密度が、何かが、根本から異なる。
それでも――
言葉は通じている。
しかも、驚くほど流暢に。
その事実が、人類の認識をさらに混乱させていた。
警戒は、完全には解けない。
だが同時に、恐怖だけでもなくなっている。
奇妙な均衡。
ギアノイドたちはそんな空気を意に介した様子もなく、静かに中央へと歩み出る。
やがて、所定の位置に立つ。
――会議が、始まる。