蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
ゲンゾウは一歩進み、場を見渡す。
「さて、“対話”ということで皆集まったわけだが……」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「場は整えた。しかし、どのように進行するかについては、あえて事前には定めていない」
視線をギアノイドへ向ける。
「そちらからの要望はあるだろうか」
わずかな沈黙。
四体は互いに視線を交わすでもなく、しかし確かに“考えている”気配を見せた。
数秒。
やがてカインが口を開く。
「では――まず、人類について知りたい」
会場の空気が止まる。
「人類……?」
誰かが反復する。
「人類の履歴。歴史と言うべきか」
アベルが続ける。
「可能な限り簡潔に説明していただけるだろうか」
再び、どよめき。
予想外だった。
技術でもない。
軍事でもない。
交渉条件でもない。
“歴史”。
それはあまりにも根源的で、そしてあまりにも曖昧な問い。
ゲンゾウは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
――試されている。
何を語るかではない。
“どう語るか”を。
「分かった」
短く答える。
そして振り返り、部下へと指示を出す。
「資料を」
すぐに準備が動き出す。
映像、年表、データの整理。
だがゲンゾウの頭の中では、すでに別の思考が走っていた。
――どこから話す?
原始時代か。
文明の誕生か。
戦争の歴史か。
いや、
おそらく、それらは“前座”に過ぎない。
彼らが本当に知りたいのは――
次元粒子。
それが発見され、世界が変質したあの瞬間以降。
人類が“ただの生命”であることをやめかけた、その転換点。
ゲンゾウは顔を上げる。
決断は早かった。
過去は語る。
だが、核心へと繋がる形で。
やがて、映像が点灯する。
人類の歴史が、語られようとしていた。
そしてそれは同時に――
人類自身が、自らを定義し直す時間でもあった。
人類の歴史は、静かに、しかし確かな重みをもって語られていった。
原始の火。
農耕。
都市の誕生。
国家と戦争。
科学と産業。
映像と共に流れるそれは、あまりにも長く、あまりにも複雑だった。
だがギアノイドたちは、一切の口を挟まず、ただ聞いている。
評価もしない。
否定もしない。
ただ、“理解しよう”としている。
やがて――
語りは、一つの時代へと辿り着く。
空気が変わった。
「……ここからが、転換点だ」
朝倉ゲンゾウの声が、わずかに低くなる。
映像が切り替わる。
数式。
実験装置。
そして――一人の科学者。
「とある科学者が、“次元粒子”を発見した」
ざわめきはない。
だが、誰もが息を潜めている。
「それはエネルギーでもあり、媒質でもあり、既存の物理法則を拡張する鍵でもあった」
映像には、初期の実験から応用技術への急速な進展が映し出される。
「現在、地球上には四機の次元リアクタープラントが存在する」
巨大な施設の映像。
都市のような規模。
「それは人類の生存基盤であり――生命線だ」
言葉が、重く落ちる。
そして、わずかな間。
「……その直後だ」
ゲンゾウの視線が、ギアノイドへと向けられる。
「あなたたちが飛来したのは」
空気が凍る。
映像は変わる。
宇宙。
光。
未知の存在。
「次元粒子を求めるようにして」
誰も動かない。
「戦争が始まった」
その一言で、すべてが変わる。
映像には、破壊が映る。
艦隊。
閃光。
消失。
だがゲンゾウの声は、変わらない。
抑揚もなく、淡々と。
「人類の戦力は壊滅的打撃を受けた」
一切の誇張はない。
「連合宇宙艦隊は、大損失を出した」
数字が表示される。
だが誰もそれを読み上げない。
必要がないからだ。
その意味は、誰にでも分かる。
沈黙。
重い沈黙。
それでも、ゲンゾウは止まらない。
――嘘は言わない。
当事者だからこそ。
隠す意味がないからこそ。
「そして――」
一瞬の間。
「人類は、“ブルーギアノイド”と呼称する存在により、生存を許された」
映像に現れる、青い光。
それは明らかに、他のギアノイドとは異なる振る舞いをしていた。
「彼らの介入がなければ、人類はここにはいない」
言い切る。
「その結果として、現在の均衡がある」
そして最後に。
「……対話に至った」
言葉が、静かに終わる。
「以上が――人類側から見た歴史だ」
沈黙。
完全な静寂。
誰も、すぐには言葉を発せない。
その中で――
ギアノイドたちは、ゆっくりと頷いた。
「なるほど」
カインが言う。
その声に、皮肉はない。
「理解した」
アベル。
「事実関係に齟齬は見られない」
セト。
「認識として妥当だ」
ヤハウェ。
それは評価ではない。
否定でもない。
ただ、“納得”だった。
そのあまりの率直さに、会場の空気がさらに静まり返る。