蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
ゲンゾウは一歩進み出た。
「では――」
声が、場を引き戻す。
「次は人類側からの質問の番でよいだろうか」
「構わない」
ヤハウェが即答した。
迷いはない。
ゲンゾウは頷く。
「では、我々も同様の質問を」
視線が、四体を正面から捉える。
「ギアノイドの歴史を、お聞かせ願いたい」
一拍。
「……いや」
わずかに言葉を選び直す。
「歴史も含めて、“あなたたちギアノイドという存在は何か”――それを聞かせていただけるだろうか」
空気が張り詰める。
だが、まだ終わらない。
「そして」
さらに一歩踏み込む。
「なぜ地球に飛来し、次元粒子を欲したのか」
誰かが息を呑む音がした。
「なぜ、今になって“対話”という方法を選んだのか」
完全な静寂。
「その真意を、教えていただきたい」
場の全ての視線が、ギアノイドへと集中する。
逃げ場はない。
誤魔化しも許されない。
だが――
四体は、変わらず静かだった。
動揺も、逡巡もない。
ただ、わずかに頷く。
「承知した」
カインが答える。
その声は、これまでと同じく穏やかで――
そして、どこか決定的な重みを帯びていた。
人類がまだ知らない“何か”が、今まさに語られようとしている。
会場を包む静寂の中、ギアノイド代表として壇上に立つカインがゆっくりと口を開いた。
その声は不思議なほど落ち着いており、まるで昔話を語る老人のようでもあった。
「実のところ――我々ギアノイドの歴史は、ほとんど語ることがない」
会場に集まった人々は顔を見合わせた。
ざわり、と小さなどよめきが広がる。
カインは続ける。
「いや、正確には語るべき歴史が存在しないと言った方が近いだろう」
「語るべき歴史が……ない?」
誰かが思わず呟いた。
カインは静かに頷く。
「うむ。我々が個としての知性を獲得してから、まだそれほど長い年月は経過していない」
その言葉に会場は再び騒然となった。
「そんな馬鹿な……」
様々な声が飛び交う。
しかしカインは動じない。
「生命の歴史ではなく、知性の歴史だ。知性の進化という観点から見れば、我々は幼少個体に過ぎぬ」
少し考えるように間を置き、
「人間の言葉を借りるならば……赤子、と表現するべきか」
その瞬間、会場は大きなどよめきに包まれた。
赤子。
人類を滅亡寸前まで追い込んだ存在が、自らをそう表現したのである。
だが、その言葉を聞いてもゲンゾウだけは驚かなかった。
(やはりそうか……)
彼には心当たりがあった。
以前、リョウイチからエリスに関する話を聞いていたからだ。
ギアノイドが知性を獲得した経緯。
その中心にいた存在。
しかしゲンゾウは何も言わない。
カインもまた、その名を口にしない。
エリスという固有名詞は会場のどこにも現れない。
語る必要がないからだ。
それはギアノイドにとっても、人類にとっても、公にする必要などないという判断だった。
カインは再び話を進める。
「では改めて、我々ギアノイドの歴史について語ろう」
「まず、我々自身もいつから存在していたのか分からぬ」
会場が静まり返る。
「時間という概念を理解する以前の話だからだ。誕生時期は不明。少なくとも我々の記録には存在しない」
カインは淡々と続けた。
「我々の生態をそちらの言葉で表現するならば、金属生命体という呼称が最も近いだろう」
ヤハウェが空中に光を投影する。さながらスクリーンの代わりだ。
それにギアノイドの内部構造が映し出される。
有機生命とは似ても似つかない構造。
しかしそこには確かな生命活動が存在していた。
「我々は地球生命とは異なる。有機物の摂取や捕食を必要としない」
「では…どのように活動を?」
前列の学者が質問する。
カインは頷いた。
「エネルギーだ」
会場が静まり返る。
「エネルギーそのものの吸収こそが我々の食事である」
カインは人類側の反応を見ながら説明を続けた。
「例えば人類は次元粒子を利用し、電力を生み出しているな」
「ああ……」
「その電気エネルギーもまた、我々にとっては食事の一種だ」
今度は誰も騒がなかった。
皆、食い入るように聞いている。
今まで未知の怪物だった存在が、少しずつ理解できるものへと変わり始めていた。
「知性を持つ以前の我々は、ただ宇宙を漂流していた」
スクリーンに広大な宇宙を漂う光の群れが映る。
「目的もない」
「文明もない」
「文化もない」
「ただ存在し、ただ漂い、ただエネルギーを捕食する」
カインの声は静かだった。
「それだけの存在だった」
会場の誰も言葉を発しない。
「そして我々が地球へ飛来した理由も単純だ」
カインは真っ直ぐ前を見据えた。
「そこに最高の食事があったからだ」
その言葉に再びざわめきが広がる。
一人の記者が手を挙げた。
「最高の食事……とは?」
カインは迷いなく答える。
「次元粒子だ」
会場の空気が変わった。
誰もが息を呑む。
「我々にとって、それ以上の食事は存在しない」
先ほどとは違う学者が質問する。
「なぜ、次元粒子なのですか?」
誰かが尋ねた。
カインはゆっくりと告げる。
「なぜなら――」
その声はどこまでも静かだった。
しかし次の言葉は、この日最大の衝撃となった。
「次元粒子とは、老朽化し、肥大化し、ギアノイド本隊から離脱、その後自壊し活動を停止したギアノイドが体内で濃縮したエネルギーだからだ」
一瞬。
誰も理解できなかった。
だが理解した瞬間――
会場は爆発した。
「なっ……!」
「今なんと言った!?」
「ギアノイドが作り出したエネルギーだと!?」
「まさか……!」
カインは淡々と続ける。
「死を迎えたギアノイドは長い年月をかけ、自らの内部エネルギーを超高密度化させる」
スクリーンに巨大な結晶構造が映し出される。
「その最終形態こそが次元粒子である、核として結晶化しているのが本体である」
誰も声を出せない。
「つまり次元粒子は、我々と同質のエネルギーだ」
カインは静かに微笑んだ。
「言うなれば、我々同胞の亡骸から生まれたエネルギーである」
アベルが続ける。
「あまりにも膨大なエネルギー量の為、人類は無限に感じているかもしれないが、その量は有限である」
セトも続く。
「その次元粒子の核が、人類が次元リアクターと呼んでいるエネルギー発生装置の中心に組み込まれているようだな」
ヤハウェが締めくくった。
会場の空気が凍り付く。
誰もが息をのんだ。