蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
人類文明を支える根幹。
エネルギー革命をもたらした奇跡の資源。
それが――ギアノイドの死骸だった。
「我々と完全に同質のエネルギー、これほど美味な食事はない」
カインはそう言った。
「全宇宙を探したとしても、我々にとってこれ以上のご馳走は存在しないだろう」
誰も反論できなかった。
人類は今までギアノイドを恐れていた。
だが真実は違う。
人類はギアノイドによって今日まで生かされていたのである。
人類はそれと知らず、そのエネルギーを使用していた。
その事実が明かされた瞬間、人類とギアノイドの歴史は、誰も予想しなかった形で一つに繋がったのである。
会議室に広がるどよめきの中で――ただ一人、ゲンゾウだけが目を閉じていた。
驚きではない。
確認だった。
――(全てリョウイチ君の言った通りか…)
次元粒子の正体。
それは彼にとって、初めて知る事実ではなかった。
脳裏に、過去の記憶が蘇る。
――薄暗い倉庫。
静かな夜。
向かい合う二人。
「……お義父さん」
リョウイチの声は、どこか疲れていた。
「やはりこれは、私の罪です」
ゲンゾウは何も言わず、ただ聞いていた。
「次元粒子の正体を知った上で、私は利用した」
声が、わずかに震えている。
「人類を救うためとはいえ……それでも」
一度、言葉が途切れる。
「私自らが説明すること……それが、贖罪かと……」
静寂。
時計の針の音だけが、やけに大きく響く。
やがて、ゲンゾウが口を開いた。
「……いや」
短く、しかしはっきりと。
「君は、すでに“死んだことになっている”」
リョウイチが顔を上げる。
「それに」
ゲンゾウの声は、静かに重い。
「これは君一人の責務ではない」
一歩、踏み出す。
「人類全体が選び取った道じゃ」
視線が、まっすぐ向けられる。
「責任というのはな、若い者が背負うものではない」
一拍。
「こういうものは――年寄りの仕事じゃ」
わずかに口元が緩む。
「あとは任せておけ」
リョウイチの機械の身体が、かすかに震えた。
「……お義父さん…」
――そして、現在。
ゲンゾウはゆっくりと目を開いた。
どよめきはまだ収まらない。
混乱。
動揺。
否定。
それらが渦巻いている。
だが、
「――静まれ」
その一言で、空気が凍りついた。
声は大きくない。
だが、圧倒的な重みがあった。
「今更、次元粒子の正体を知ったところで同じじゃ」
誰も言葉を挟めない。
「我々は、それによって生かされてきた」
一歩、前へ出る。
「その事実を、まず認めるべきじゃろう!」
沈黙。
やがて――
「……確かに……」
「……事実だ……」
小さな声が、ぽつりぽつりと漏れる。
混乱は消えない。
だが、暴走は止まった。
理性が、かろうじて戻ってくる。
ゲンゾウはそれを確認すると、再び場を見渡した。
「さて」
声が、場を引き締める。
「人類の状況、ギアノイドの正体、次元粒子の正体――」
一つ一つ、区切るように。
「必要な情報は、ほぼ出そろった」
視線が全員をなぞる。
「異論はあるか?」
――ない。
言葉は発せられないが、それは明確な同意だった。
ゲンゾウは頷く。
「では」
一拍。
「これから“どうするか”が問題じゃ」
その言葉に、再び空気が張り詰める。
逃げられない問い。
そして、最も重い選択。
ゲンゾウは、ゆっくりとギアノイドへ向き直った。
「確認する」
その声は、これまで以上に鋭い。
「ギアノイド側は、次元粒子を欲している――」
一瞬の間。
「その認識で、間違いないな?」
「そうだ」
カインが即答する。
迷いはない。
その一言で、会場が再び揺れる。
だが今度は、誰も声を荒げない。
ただ、息を呑む。
ゲンゾウは続ける。
「つまり――」
言葉を選びながらも、逃げない。
「あなた方の要求は、“次元粒子の返還”ということになるのか?」
その瞬間。
誰もが理解した。
それが意味するものを。
次元粒子は人類の生命線。
それを差し出すということは――
文明の崩壊。
社会の停止。
そして、緩やかな滅亡。
会議室の温度が、下がったように感じられる。
誰かの喉が鳴る音が、やけに大きく響いた。
逃げ場はない。
選択肢も、まだ見えない。
すべては――
ギアノイドの返答にかかっている。