蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
わずかな沈黙ののち、ギアノイドの代表――カインは、静かに言葉を紡ぎ始めた。
「……そこまでする理由、か」
その声音には、これまでになかった“揺らぎ”があった。
「なんと表現すべきか……」
一瞬、言葉を探すように目を伏せる。
そして、はっきりと告げた。
「――人類には、恩があるのだ」
ざわめきが、爆発する。
「恩……だと?」
誰かが呟いた声が、そのまま会場全体の疑問を代弁していた。
カインは、その反応を否定しない。
むしろ、補足するように続けた。
「先程、我々は“知性を得た”と述べた」
「だが、それは単なる進化ではない」
「……代償を伴う変化だった」
空気が、再び張り詰める。
「個々の知性を獲得した結果――我々の内部に“問題”が発生した」
その言葉に、ゲンゾウが即座に反応する。
「問題とは?」
鋭く、短い問い。
カインは、ためらわず答えた。
「分裂」
一拍。
「――そして、造反だ」
どよめきが走る。
「元来、我々は単一の生命体だった」
「意思も、目的も、すべてが一つだった」
「だが知性を得たことで、我々は“個”として分岐し、確立した」
静かに、だが確実に語られる事実。
「その結果――」
カインの声が、わずかに低くなる。
「人類を滅ぼし、次元粒子をすべて喰らい尽くそうとする勢力が生まれた」
――どよめき。
今度は恐怖を帯びたものだった。
(内部抗争……)
(敵は一枚岩ではない……)
(だが――)
カインは続ける。
「全体の七分の六は、人類を滅ぼすべきではないと判断した」
「だが、残る七分の一が――別の道を選んだ」
「人類を滅ぼし、次元粒子を独占する道をな」
会場の空気が、重く沈む。
その比率の意味を、誰もが理解していた。
少数とはいえ、無視できる規模ではない。
「我々は、その七分の六――人類への攻撃に反対した側だ」
カインは、わずかに間を置き、続ける。
「人間の言葉を借りるならば……」
「我々が“穏健派”」
「そして、もう一つを“過激派”と呼称しよう」
ざわめきが、再び広がる。
「知性獲得後、人類へ攻撃を仕掛けていたのは――過激派のみである」
「我々穏健派は、それを止めきれなかった」
「だが同時に――」
わずかに、強い響きが混じる。
「人類を守るという選択を、確かに行った」
沈黙。
それは、驚愕と理解が入り混じったものだった。
敵だと思っていた存在の中に“守る側”がいた。
その事実が、認識を書き換えていく。
だが――
ゲンゾウの目は、まだ鋭いままだった。
「……派閥の存在は理解した」
低く、重く言う。
「だが、それが“恩”とどう結びつく?」
核心を突く問い。
会場の全員が、同じ疑問を抱いていた。
なぜ――人類に恩などあるのか。
カインは、その問いを正面から受け止める。
そして――
静かに、だがはっきりと語り始めた。
「我々が分裂し、過激派が誕生したその時――」
一瞬、言葉が止まる。
「我々穏健派は、劣勢に立たされた」
その事実に、再びざわめきが走る。
「数では上回っていた。だが、過激派の人類を滅ぼすという意思は強かった、強すぎた」
「結果、力をつけすぎた。同胞のギアノイドにも攻撃を開始しギアノイドの中で最上位に立とうとしていた」
「その時だ」
カインの視線が、まっすぐ前を射抜く。
「我々に“介入”した存在があった」
誰もが、息を呑む。
予感が、走る。
「それが――」
わずかに、声が強まる。
「貴様ら人類だ」
会場が、完全に静止した。
理解が、追いつかない。
カインは、続ける。
「正確には――」
「“蒼き翼”」
その名が、再び場を震わせる。
「彼の行動が、結果として我々穏健派を存続させた」
「過激派の首領討伐を引き受け、均衡を崩したのだ」
誰も、声を発さない。
「もし、あの介入がなければ――」
一拍。
「今ここにいる我々は、存在していない」
そして――
「すなわち」
静かに、結論を告げる。
「我々は、人類によって“生かされた”」
その言葉が、重く響く。
「ゆえに――恩がある」
皆沈黙し、聞き入っていた。