蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.” 作:フルス・シュタイン
数時間にも及んだ会議は、ついに終局を迎えた。
張り詰めていた空気がほどけると同時に――人類側の面々は一斉に椅子へと身を預けた。
誰もが、疲弊していた。
精神も、思考も、限界まで使い果たした後の空虚。
だが、
(……これで終わりではない)
誰もが理解している。
むしろ――ここからが本番だ。
次元粒子の提供管理の構築。
ギアノイドとの協定締結。
技術供与の受け入れと統合。
世論への対応。
やるべきことは、山のように積み上がっている。
それでも――
その表情には、確かに“光”があった。
希望。
それがあるからこそ、人は前へ進める。
一方で、
ギアノイドたちは、驚くほど静かだった。
会議の終了が正式に宣言されても、動揺の一つも見せない。
すでに結論は出ている。
あとは予定通りに帰還するだけ――
そう言わんばかりに、淡々と待機している。
もうすぐ、迎えが来る。
宇宙へと帰還するための手段が。
その様子を、ゲンゾウは遠巻きに見ていた。
(……タイミングが、ない)
胸の奥に、引っかかるものがある。
聞きたいことが――あった。
だがそれは、公の場で問うべきものではない。
あまりにも、個人的すぎる。
ゆえに――
言えなかった。
(……あやつは)
蒼き英雄。
自らの孫。
(どうなった……)
さらに。
(あの娘は……取り戻せたのか)
もう一人の孫。
金色の髪を持つ少女。
(……帰ってくるのか)
すでに、三ヶ月以上が経過している。
飛び立ってから。
音沙汰はない。
(……無理か)
小さく、息を吐く。
(聞けぬ、か……)
視線の先で、ギアノイドたちが動き出す。
帰還の準備。
終わりの合図。
その時――
「よろしいか」
背後から、声がした。
振り返る。
そこにいたのは――カイン。
「なんじゃ?」
ゲンゾウが応じる。
カインは、まっすぐに見据えた。
「朝倉ゲンゾウ」
その名を、正確に呼ぶ。
「ユーヤの二世代上の個体」
一拍。
「“じいちゃん”という認識で、間違いないか?」
「……!」
ゲンゾウの目が、見開かれる。
「……ユーヤを、知っておるのか⁉」
思わず問い返す。
カインは、わずかに頷いた。
「当然だ」
「会議では固有名詞を出さないと、我々は合意していた」
「蒼き翼本人の意思でもある」
「……そうか」
小さく呟く。
そして――
抑えきれず、問うた。
「……今、あやつはどうしておる」
一瞬の間。
「……死んだのか」
空気が張り詰める。
カインは、即座に否定した。
「否」
短く、明確に。
「……!」
ゲンゾウの胸が、大きく波打つ。
「過激派の首領の討伐には成功した」
「だが――過激派個体がすべて消滅したわけではない」
静かに告げる。
「放置すれば、いずれ地球を目指す」
「それで……!」
言葉にならない焦り。
カインは続ける。
「蒼き翼は、今も戦っている」
「地球を守るために」
「……!」
ゲンゾウの拳が、わずかに震える。
「ユーヤ……あやつ……」
絞り出すように。
「今も、一人で戦っていると……!」
「否」
再び、否定。
「一人ではない」
カインの声に、確かな響きが宿る。
「我々ギアノイドがいる」
「……!」
「味方である」
「我々を、“仲間”と呼んでいる」
その言葉に――
ゲンゾウの思考が、一瞬止まった。
(ギアノイドと……友に……?)
想像すらしていなかった未来。
だが――
あやつなら、やりかねん。
ふっと、口元が緩む。
カインはさらに続ける。
「それに――」
「蒼き翼の隣には、常に“金色の姫”が並び立つ」
一拍。
「ゆえに、一人ではない」
その言葉が――
ゲンゾウの胸に、深く突き刺さる。
(金色……)
脳裏に浮かぶのは、一人の少女。
金の髪。
あの笑顔。
(……そうか)
ゆっくりと、目を閉じる。
(取り戻したか……)
頬を、涙が伝った。
声は出さない。
だが、確かに――
安堵していた。
その時、
「時間だ」
カインが告げる。
帰還の時刻。
「ああ、そうだ。最後に――伝言がある」
「……!」
ゲンゾウが顔を上げる。
カインは、淡々と、しかしどこか柔らかく言った。
「“ちょっと帰りが遅くなる。その間、地球は頼んだ”とのことだ」
静かな言葉。
だが――
それは確かに、届いた。
ゲンゾウは、ゆっくりと頷く。
「……受け取った」
その一言に、すべてを込める。
カインはそれ以上言わず、踵を返した。
やがて、
ギアノイドたちは、迎えの車に乗車し――
宇宙港へと向かっていった。
会議の翌日。
――不要となった孫二人の墓石を撤去している光景を遠目から眺める三人がいた。
ゲンゾウ、ナツキ、リョウイチの三人が並び立つ。
ゲンゾウが、ぽつりと呟く。
「あやつ……取り戻したようじゃぞ」
二人が、顔を上げる。
「そして――今も戦っておる」
その言葉に、重みはある。
だが、同時に――
確かな誇りもあった。
ゲンゾウは、ゆっくりと前を向く。
「さあ――」
低く、力強く。
「わしらも忙しくなるぞ」
口元に、わずかな笑み。
「二人が戻ってくるまでに、やることが山ほどある」
ナツキが、頷く。
「……そうね」
リョウイチも、小さく笑う。
「はい」
三人は、歩き出した。
それぞれの役目を果たすために。
未来へ向かって。
次なる戦いへ向かって。