蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.”   作:フルス・シュタイン

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1章⑳ありふれた時間

朝の光が、部屋に差し込む。

静かで。

穏やかな時間。

戦場とは、まるで別の世界。

「……ん」

ユーヤは、ゆっくりと目を開けた。

久しぶりの――何もない朝。

警報もない。

呼び出しもない。

「……平和だな」

小さく、呟く。

それを確かめるように。

その時。

「おはよう」

キッチンから声がする。

エリス。

エプロン姿で立っていた。

湯気の立つ朝食が、テーブルに並んでいる。

「できてるよ」

少しだけ、誇らしげに。

 

いつもの朝食。

「……うまい」

ユーヤが素直に言う。

その一言で。

エリスの動きが、ぴたりと止まる。

「……ほんと?」

少し不安そうに。

「ああ」

短い返事。

それだけで――

ぱっと、表情が明るくなる。

「よかった……」

ほっとしたように笑う。

その笑顔を。

ユーヤは、ほんの少しだけ長く見つめていた。

何も言わずに。

 

昼になった。

二人で街へ出る。

見慣れた道。

変わらない店。

同じ空。

それなのに。

どこかが違う。

戦いを知ったあとの、日常。

「……なんか変な感じ」

エリスがぽつりと呟く。

「何が?」

「普通すぎて」

少し考えてから。

「夢みたい」

ユーヤは、空を見上げる。

「……そうかもな」

その言葉は、どこか遠かった。

 

買い物、店内。

食材を選ぶエリス。

「今日は何がいい?」

「なんでもいい」

「ちゃんと考えて」

頬を、少しだけ膨らませる。

ユーヤは考える。

ほんの少しだけ、真面目に。

「……ハンバーグ」

「子供みたい」

くすっと笑う。

でも。

「いいよ、作るね」

その声は、嬉しそうだった。

 

少し休憩をとる。

ベンチに座る。

人の流れ。

子供の笑い声。

何気ない日常。

エリスは、そっとユーヤの隣に寄る。

触れるか、触れないかの距離。

「……ねえ」

「ん?」

「こういう時間、好き」

飾らない言葉。

まっすぐな気持ち。

ユーヤは、少しだけ目を細める。

「……俺もだよ」

短い。

だが、確かな返事。

 

夕方、帰り道。

夕焼けが、街を染める。

長く伸びる、二人の影。

自然に。

エリスが手を取る。

もう迷いはない。

ユーヤも、握り返す。

少しだけ、強く。

離さないように。

「……ねえ」

エリスが、小さく言う。

「また、こういう日あるよね?」

一瞬。

ユーヤは、答えに迷う。

ほんの一瞬。

だが――

「……俺が作るさ…」

はっきりと、言う。

与えられるものじゃない。

自分で、守るものだと。

エリスは、少し驚いたように目を見開き。

それから、柔らかく笑う。

「……約束?」

「ああ」

短い言葉。

けれど。

その重みは、戦場の誓いにも似ていた。

 

夜の食卓。

笑い声。

他愛のない会話。

戦いのない時間。

それが、どれだけ尊いものか。

二人は、もう知っている。

 

窓の外。

静かな夜空。

星が、瞬いている。

その奥。

誰も知らない場所で。

何かが、わずかに動く。

気づく者はいない。

まだ――誰も。

この平穏が。

どれほど儚いものかを。

 

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