蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.”   作:フルス・シュタイン

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1章㉖代償の兆し

戦いは、終わった。

――だが。

その代償は、すでに始まっていた。

 

 

格納庫へ帰還する。

低く唸る駆動音を残しながら、機体がゆっくりと降り立つ。

ブラウフリューゲル。

あの濃密な蒼は、すでに消えている。

残っているのは、見慣れた――いつもの青。

だが、

『粒子残量、著しく低下』

『出力……通常の三割以下』

表示された数値は、あまりにも異常だった。

ざわめきが広がる。

「おい……これ、しばらく戦えないぞ」

「回復にどれだけかかるんだ……?」

整備員たちの声には、隠しきれない動揺が滲んでいた。

 

静かに、ハッチが開く。

ユーヤが姿を現す。

足取りは――普段と変わらない。

だが、

「……」

一瞬、体が揺れる。

ほんのわずかな、綻び。

すぐに立て直す。

「……大丈夫……」

誰に向けるでもない、かすかな呟き。

 

「ユーヤ、大丈夫?」

「…ああ」

「…ひとまずこっちへ」

ナツキの声に促されるまま、医療チェックへと向かう。

機械が無機質に数値を吐き出す。

『異常なし』

表示された結果は――あまりにも“正常”だった。

「……本当に?」

ナツキが眉をひそめる。

疑念を抱く余地はある。だが――

データは、嘘をつかない。

「問題ないみたいだな」

ゲンゾウが静かに告げる。

「…ユーヤ…大丈夫か?」

「…大丈夫だよ」

ゲンゾウは沈黙する。

ユーヤは続ける。

「…勝った。何も問題はないだろ」

ゲンゾウは納得いかない表情を浮かべるが…

「…そうか。…今日はもう休め」

 その一言で、場は一応の結論を得た。

 

違和感がする。

ユーヤは何も言わない。

ただ――

自分の内側だけが、確かに何かを訴えている。

言葉にならない、微かな異常。

だが、口にはしない。

 

夜。自宅。

テーブルの上に、料理が並べられる。

「今日はちょっと自信あるんだ」

エリスが、少し誇らしげに笑う。

ユーヤは席に着き、箸を取る。

「そうか、楽しみだ」

一口、口に運ぶ。

「……」

動きが、止まる。

「どう?」

期待に満ちた視線。

ほんの一瞬、迷いがよぎる。

だが――

「……うまいよ」

短く答える。

その言葉に、エリスの顔がぱっと明るくなる。

「よかった!」

無邪気な笑顔。

それを見てしまったからこそ――

ユーヤは、それ以上何も言えなくなる。

 

異変は起きていた。

(……味が、しない)

何も、感じない。

舌に触れるのは、ただの食感。

温度だけ。

そこにあるはずの“味”が――存在しない。

それでも。

表情は崩さない。

 

確信する。

(……まさか…これが…)

脳裏に蘇る。

あの力。

アークレイズ。

(代償……なのか…)

 

食事後、エリスがシャワーを浴びている。

今は一人だ。

今なら確認できる。

七味唐辛子を口に含む。

同じだった。

何も、感じない。

完全に。

失われている。

 

エリスは気づかない。

いつも通り話し、笑っている。

その何気ない日常を前にして。

ユーヤは、ただ静かに思う。

(…これは…言えないな)

 

一方、格納庫では、整備班とゲンゾウがブラウフリューゲルの調査を続けていた。

「この出力低下……異常だ」

「粒子を使い切った……?」

「いや、それだけじゃない」

誰も、決定的な結論には辿り着けない。

ただ一つ、共通している認識。

「……あの状態」

「普通じゃない」

ゲンゾウは、技術班と整備班を見渡した。

「あれは何だ。……何が起こった?」

格納庫の空気が一瞬、張り詰める。

やがて、技術主任が口を開いた。

「ブラウフリューゲルに、我々の把握していない機能が搭載されていました」

「……何だと?」

「ログ上の名称は――アークレイズシステム」

聞き慣れない単語に、周囲がざわめく。

技術主任は、わずかに言い淀んでから続けた。

「……おそらくですが、フリューゲルの核――いわゆるブラックボックス領域に、封印されていたものかと…」

その言葉に、ゲンゾウは深くうなだれる。

「……リョウイチ君、か」

「あの人がそんなものを⁉」

ナツキが驚きの声をあげる。

「……はい。亡くなる前に、あらかじめ仕込んでいた可能性が高いと考えられます」

短い沈黙。

やがてゲンゾウは顔を上げた。

「……原理は?」

「一言で申し上げますと、次元粒子を全面開放し、出力リミッターを強制的に解除する機構です。一定時間、出力を大幅に増強できます」

「……容器の底に穴を開けるようなものか?」

「はい。その認識で問題ありません」

つまりは、制御を捨てて全てを吐き出すということ。

ゲンゾウの表情がわずかに険しくなる。

「……代償は?」

ナツキも固唾をのんで聞いている。

「現在確認されている範囲では、次元粒子の発生効率が極端に低下しています。機体性能の大幅な低下は避けられません。回復には、相応の時間を要するかと……」

「……つまり、一定時間の出力上昇と引き換えに、使用後は消費分の回復が必要になる、ということか」

「はい、その認識で良いかと…」

「…他には?」

「?……いえ。現時点では、他の異常は確認されていませんが……」

「……そうか」

ゲンゾウは短く応じた。

だが、その視線はブラウフリューゲルへと向けられたまま動かない。

(リョウイチ君め……)

心中で、苦く呟く。

(こんなものまで、仕込んでいたとはな……)

 

自宅、夜。

ベッドの上で、ユーヤは目を閉じる。

静まり返った部屋。

だが――

体の奥には、確かに残っている。

あの感覚。

“限界を超えた力”。

そして。

それと引き換えに、失われたもの。

「……」

小さく、呟く。

「……今更、後戻りはできない」

それは。

自分への確認か。

それとも――覚悟か。

 

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