蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.”   作:フルス・シュタイン

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1章㉛止める者、進む者

警報が鳴る。

鋭く、容赦なく。

『ギアノイド反応、出現!』

その音は、日常という薄い膜を、無造作に引き裂いた。

 

国連軍基地。

慌ただしく動くオペレーターたち。

怒号と報告が飛び交う。

「出撃準備!」

「バスターアームズ隊、発進急げ!」

いつもの光景。

だが――どこか、焦燥が混じっていた。

 

管理局内をユーヤが走る。

すでに格納庫へ向かっている。

迷いはない。

足取りも止まらない。

警報も、喧騒も、すべて遠い。

ただ、前へ。

その途中。

「――待ちなさい」

低く、強い声が、進行を断ち切る。

ナツキが通路の先にいる。

立っている。

まっすぐに。

逃がさない位置で。

その目は、すでに覚悟を決めていた。

 

そして対峙する。

「どいてくれよ。時間が無い。」

ユーヤは言う。

短く。

感情を押し殺して。

「ダメよ」

拒絶する。

即答。

そこに迷いはない。

 

互いに沈黙する。

一瞬。

空気が止まる。

警報の音さえ、遠くに感じるほどの静寂。

 

「……ユーヤ、その身体、どうなってるの」

ナツキが言う。

まっすぐに。

逃げ道を与えない声音で。

ユーヤの足が、わずかに止まる。

ほんの一瞬。

だが――それだけで十分だった。

「問題ないよ」

それでも、同じ言葉を繰り返す。

「嘘よ!」

怒り。

ユーヤに対してではない。

気付いてあげられなかった自分自身への。

ナツキの声が、通路に響く。

「見てたのよ!」

「右耳聞こえてないでしょ!」

「それに見えてないでしょ、左眼!」

 突きつけられる現実。

 隠しきれない事実。

 

沈黙する。

ユーヤは何も言わない。

否定もしない。

視線も逸らさない。

それが、答えだった。

 

確定した。

「……やっぱり」

ナツキの声が震える。

「なんで言わないのよ……!」

 

ユーヤは、ゆっくりと顔を上げる。

「言ったら」

一拍。

「止めるだろ」

静かな声。

だが、それがすべてだった。

 

ナツキの表情が揺れる。

怒り。

悲しみ。

恐怖。

すべてが、混ざり合う。

「当たり前でしょ!」

「これ以上、自分の息子が壊れていくのを見てろっていうの!?」

 

 

「…それでも戦うさ」

ユーヤは言う。

迷いなく。

一切のためらいもなく。

 

衝撃。

その一言で、空気が凍る。

 

「戦ってる間は、問題ない」

「ちゃんと守れる」

「だから――」

 

「ダメよ!」

ナツキが叫ぶ。

「そんなの“生きてる”って言わない!」

 

静寂が訪れる。

沈黙。

誰も動けない。

時間さえ、止まったように。

 

少し離れた場所。

静かに見ている影がある。

ゲンゾウ、何も言わない。

ただ、すべてを見ている。

口をはさめない。

「……出撃禁止」

ナツキが言う。

震えながらも、はっきりと。

「副指令として命じる」

「ユーヤは、出撃させない」

 

決定。

覆せないはずの命令。

 

ユーヤは目を閉じる。

一瞬だけ。

そして――開く。

 

一歩、前に出る。

ナツキの横を、すり抜けるように通り過ぎる。

 

「……命令違反だぞ」

低い声。

ゲンゾウ。

 

ユーヤは止まらない。

「それでも行くさ」

「こうしている間にも誰かが死ぬ」

「俺が引き金を引けば、少しでも救える命があるかもしれない」

それだけ。

それだけで、十分だった。

 

ナツキたちを振り切り、格納庫へ。

ブラウフリューゲルが、沈黙の中で待っている。

ユーヤが乗り込む。

 

『神経接続、開始』

意識が沈む。

深く、暗く。

――だが。

 

回復する。

視界が戻る。

音が戻る。

世界が、完全になる。

皮肉なほどに。

「――ブラウフリューゲル、出る!」

蒼い翼が開く。

機体が、空へと飛び立つ。

 

残された者はたたずむ。

ナツキは立ち尽くす。

止められなかった。

母として。

指揮官として。

 

「……止まらんよ」

ゲンゾウは静かに言う。

「もう、あやつは」

「…どうして」

母の涙は息子へは届かない。

 

空へ。

壊れながら進む少年。

それを止められなかった母。

見守るしかできない老人。

戦いは、次の段階へと進む。

 

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