蒼翼のフリューゲル“Two beyond dimensions.”   作:フルス・シュタイン

37 / 79
1章㉜触れられない温度

空は、すでに戦場と化していた。

 

戦闘が開始される。

ブラウフリューゲルの蒼い翼が、空を裂く。

敵影多数。

中型に、高速型が混在。

だが、ユーヤの意識は、澄み切っていた。

すべてが繋がっている。

機体の動き。

空気の流れ。

敵の軌道。

右手も、左手も。

思考と完全に一致する。

ブレードライフルの連射。

正確無比な射線。

ブレードビット・スローイングブレードナイフ改、遠隔操作武装を全て射出。

複数目標を同時に切断する。

回避、反撃、再加速。

一切の遅れも、迷いもない。

精密かつ圧倒的な制御。

それでも数が多い。

連合軍機の損失は、これ以上出させない。

 

 「アークレイズ」

 

蒼い閃光が空に描かれる。

――そして。

敵影がみるみる消失する。

高速機動しながら放たれる、ビーム、弾丸の雨。

敵の一角が消し飛ぶ。

圧倒的。

蒼い炎の前では、半端な戦力は蹂躙されるのみ。

 

連合軍機、損失軽微。

戦闘終了。

 

格納庫に帰還する。

ブラウフリューゲルが地面へ降り立つ。

蒼い翼が閉じる。

静寂。

『神経接続、解除』

ゆっくりと、世界が遠のく。

 

――その瞬間。

右手。

「……っ」

力が、抜ける。

さっきまで確かにあったはずの“輪郭”が、崩れる。

感覚が、薄い。

指先が、自分のものではないように遠い。

握ろうとする。

だが――遅れる。

命令と動作の間に、わずかなズレ。

そして、痺れが広がる。

 

(……次は、ここかよ)

驚きはない。

ただ、確認するように受け入れる。

淡々と。

あまりにも静かに。

 

遠目で見ていた、ナツキ、ゲンゾウはもう何も言わない。

言えない。

かける言葉が見つからなかった。

 

夜、帰宅する。

明かりは柔らかく、どこか穏やかだった。

エリスが料理を運ぶ。

「今日はパスタだよ」

少しだけ、嬉しそうに笑う。

その声は、温かい。

「…そうか」

ユーヤはフォークを取る。

右手で。

――わずかに、震える。

そして。

するりと、力が抜ける。

フォークが落ちる。

カランッ。

小さな音が、やけに響いた。

 

エリスはそのおかしさに気付く。

「……ユーヤ?」

静かな声。

だが、その奥に不安が滲む。

 

それでも誤魔化そうとする。

「……滑っただけだよ」

何気ないふりで言う。

もう一度、握ろうとする。

だが、指が、うまく閉じない。

掴んだはずなのに、支えきれない。

フォーク一つ握れない。

 

エリスの目が変わる。

さっきまでの穏やかさが消える。

代わりに浮かぶのは――理解。

そして、痛み。

“気づいてしまった目”。

 

ゆっくりと近づく。

音を立てないように。

ユーヤの前で、しゃがむ。

その手を見る。

逃げ場を与えない距離で。

 

「……これ、いつから…」

一言。

静かで、優しいのに。

逃げ道をすべて塞ぐ問い。

 

沈黙する。

ユーヤは、答えられない。

否定も、肯定もできない。

その沈黙が、すべてを語る。

 

エリスは、小さく頷く。

何かを飲み込むように。

そして、そっと、ユーヤの手を取る。

包み込むように、握る。

温かいはずの手。

確かに触れている。

なのに――伝わらない。

温度が、遠い。

輪郭が、曖昧だ。

それでも。

エリスは、離さない。

強くもなく、弱くもなく。

ただ、そこに在るように。

繋ぎ止めるように。

 

「…パスタ冷めちゃったな…」

ユーヤがつぶやく。

エリスは何も答えない。

ただそこには、冷たい食卓があった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。